タイトル:北米地方都市 分隊救出マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/12/01 23:39

●オープニング本文


 2007年 11月──
 『僕』たちは、地獄にいた──

 異星からの侵略者と、それに対する人類のささやかな抵抗は、『僕』たちの故郷を瓦礫の山へと変えていた。
 毎日、嫌々ながら通っていたかつての母校も、入り浸っていたショッピングモールも‥‥もう原形を留めていない。
 人々の営みも絶えて久しく‥‥廃墟に遮蔽物としての価値を見出す者たち──『僕』たち兵隊だけが、今もそこにへばり付いて戦っていた。
 暗く重い曇天の下に広がる、崩れかけたビルのコンクリートと、ひび割れたアスファルト‥‥
 目に映る光景は、何もかもが無彩色。ただ、血と炎の赤だけが、時折、この灰色の世界に極彩色の花を咲かせるだけだ。
 ‥‥華やかな彩りに包まれていた街並みは、今は見る影も無い。‥‥もっとも、それは、この町を故郷とする『僕』たちにも言える事ではある。
 ほんの一年前まで、『僕』は美大に通う平凡な一学生だった。それが否応無く状況に巻き込まれ‥‥今では一兵士として故郷を戦場に、異星人の作り出した化け物共と戦っている。
 かつては絵筆を握っていたこの指先も、今ではただ引き金を引くだけ。
 殺し合いも、板についてきた。

「来たぞ、ジェシー、キメラ野郎だ‥‥! 仕掛けるぞ、ドジるなよ‥‥3、2、1‥‥っ!」
 同郷の戦友の合図と共に、『僕』たちは瓦礫の山から頭を出し、路上に無造作に佇む甲虫型のキメラ『ビートル』に向けて自動小銃を撃ちまくった。
 パパパパパパ‥‥ッ!!!
 閃光。銃口から吐き出される硝煙と鉛弾。銃声は、派手だがどこか頼りない。それはそのまま、手の中の武器が相手に与える効果に比例する感情だ。
 『僕』と戦友の撃ち放った銃弾は、その殆どが命中し、その殆どが力場によって弾かれた。キメラの周囲で跳弾し、花火の様に舞い落ちる火花。分かっていた事ではあるが、効果など殆ど無い。
 キメラがこちらに気付いて向きを変える。フルオートで撃ち続けた銃の弾倉は、2、3秒ですぐ空になった。
「よし、ずらかるぞ、急げ!」
 戦友と共に、キメラとは反対の方向に瓦礫の山を駆け下りる。駆け下り、走る。10秒としない内に、キメラは瓦礫の山を登り切ってその姿を現した。
 走れ、走れ、走れ‥‥!
 瓦礫の建物の中を抜け、廃墟の中の道路を駆け抜ける。必死に、無様に、ただひたすらに。少しでも遅れれば、すぐに追いつかれる。追いつかれれば、待つのは死だけだ。
 背後で瓦礫が派手に崩れ落ちる音。
 後ろを振り返る余裕はない。ああ、畜生。奴は今どこにいる? もうすぐ後ろにまで来ているのではないか? 次の瞬間には、跳ね飛ばされ、地面に叩き付けられ、押し潰され、無様な屍をさらす事になるのではないか? これまでの戦友たちがそうであったように‥‥!
 畜生、ああ、畜生! 瓦礫だらけの道はとてもとても走り難い。なぜ自分には足が2本しかないのか。奴には6本もあるというのに。理不尽だ。ひどく不公平だ‥‥!
 いつの間にか、知らぬ間に。『僕』は持っていた自動小銃を捨てていた。今の自分たちにとって貴重な銃器だ。意識してやった事じゃない。多分、走るのに‥‥いや、逃げるのに邪魔だったからだろう。そして、人の生死は、そんな些細な事で分ける事もある。
 悲鳴。そして、断末魔。
 気が付いた時には、隣で走っていた戦友の姿が消えていた。
 『よかった。自分ではなかった』。『次は自分だ』。安堵と恐怖がごちゃまぜになった感情が胃を締め付ける。怒りも悲しみも後回し。そんな感情は、自分に余裕のある者だけが抱ける贅沢だ。
 走る、走る、走る‥‥!
 振り返りたい衝動を必死に抑えて駆け続ける。
 荒い呼吸。早鐘のように打つ心臓。過酷な行使に悲鳴を上げる脚の筋肉に心中で鞭を入れる。
 やがて見えてくる終着点。交差点の中心で待つ高機動車。その荷室に『僕』は跳び込みながら転げ込む。
 同時に急発進する高機動車。追いついてきたキメラがそれに跳びかかろうとして‥‥
 次の瞬間、キメラの足元で地面が爆ぜた。
 閃光と轟音。
 仕掛けられていたのは、閃光手榴弾と指向性の対人散弾地雷だった。そのどれもがキメラを傷つける事など出来なかったが、不意を打たれたキメラは一瞬、動きを止めた。
 交差点のド真ん中で。
 そこへ、瓦礫の陰から、廃墟の窓から、ビルの屋上から、そして、走る高機動車から、使い捨ての携帯型ロケットランチャーが次々と撃ち放たれる。
 成型炸薬の弾頭を持つ現代の矢。それは噴煙を棚引かせながらキメラに飛び、四方八方から命中、爆発した。
 膨大な火力を集中され、さしものキメラも沈黙する。兵たちの間から、歓声が上がった。
「さっさとずらかるぞ。すぐに新手が来る」
 小隊長の言葉に、そのまま四方へと散る兵隊たち。『僕』は、走り去る高機動車の荷台から後ろを顧みた。
 焼け焦げて動かぬキメラの死骸と、路上に広がる赤い花。
 振り返ってみれば、自分が走った距離は100mにも満たなかった。
「‥‥また一人死んだ‥‥」
 『僕』の発した呟きは、風に乗って流れて消えた。

●分隊救出依頼
 北米のある地方都市で、本隊の後退援護の為に遅滞戦闘を行っていたとある中隊が敵中に取り残された。
 諸君には、その内、町の最も南側に位置する第2小隊36名の救出を依頼したい。
 小隊に能力者は存在しない。彼等は通常兵器によるゲリラ戦で敵に消耗を強いてきた。だが、補給が絶えた今、これ以上の継戦は不可能。このままでは撤退も困難だ。
 だが、我等UPC北中央軍が、彼等を見棄てる事は絶対に無い!
 彼等は不利な状況下、我が本隊が後退する時間を稼ぎ続けてきた。そして、今も、絶望的な状況下で戦い続けている。我々は、彼等の献身に報いなければならない。
 能力者の諸君にお願いする。我等に力を貸して欲しい。市街地に点在する各分隊を見つけ出し、脱出させるのだ。出来うる限り多くの兵を‥‥救える限りは救いたいのだ。
 (依頼用VTRにて。UPC北中央軍某少佐。少佐は後衛戦闘を任された中隊が属する大隊の指揮官であり、中隊を見棄てる決定をした上官に内密、独断で救出依頼を出している)

●参加者一覧

リディス(ga0022
28歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
天上院・ロンド(ga0185
20歳・♂・SN
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
角田 彩弥子(ga1774
27歳・♀・FT
クリストフ・ミュンツァ(ga2636
13歳・♂・SN
棗 当真(ga3463
15歳・♂・GP
アッシュ・リーゲン(ga3804
28歳・♂・JG

●リプレイ本文


 最後衛にあって取り残された一個小隊を救出すべく、北東方面から市街地に進入した救出隊B班の能力者4人は、300mと進まぬ内に、救出対象である分隊の一つに接触した。
「貴方たち、第2小隊の人?」
「第3分隊だ。あんたたちは?」
「騎兵隊です。お髭の素敵な少佐殿の依頼を受けて、貴方たちを助けに来ました」
 長く美しい銀髪のグラップラー、リディス(ga0022)はそう言いながら、掌のエミタを掲げて見せた。
 能力者か、と驚く男を余所に、リディスは、外で周囲を警戒しているクリストフ・ミュンツァ(ga2636)と棗 当真(ga3463)の二人を口笛と手信号で呼び寄せた。気付いた二人の少年が道路を横断して駆けて来る。それを確認してからリディスは無線機を取り出して、街の西側を探索しているA班に第3分隊発見を報告した。
「誰か怪我をしている人はいませんか?」
 分隊が立て籠もる廃墟に入った当真が救急セットを手に進み出た。奥の部屋に負傷者が二人いる、と案内されて入った奥の部屋には2人の負傷兵が担架ごと床に横たえられていた。重傷だった。それでも彼等は銃を手放さない。
 一方、クリストフは事前に用意しておいた市街地の地図を広げ、分隊長の軍曹に他の分隊の所在について知らないか尋ねていた。
「市街地に突入する前に連絡を試みたのですが、通じなくて‥‥」
 軍曹が通信機を持つ兵を呼び寄せ、各分隊に連絡を取った。そして、地元の人間にしか分からぬような符丁で位置を確認し、地図上に印を付けていく。
 第1分隊と第2分隊の位置情報だった。どちらも市街の西側だったので、リディスはそれをA班へと連絡する。
「第4分隊だけ応答がない。‥‥バッテリーか通信機に異常があったか、バグア共の妨害電波の網にかかったか。或いは‥‥」
 そこへ、負傷兵の治療を終えた当真が戻ってきた。重く冷たい空気の中、当真の明るい声が響く。
「処置、終わりました。2人とも重傷ですが、脱出行には十分耐えられると思います‥‥けど‥‥あれ?」
 きょとんとする当真を見て、リディスが苦笑する。そうだ。ここで暗くなっていても仕方がない。
「‥‥分かりました。連絡の取れない第4分隊は私たちが探します。第3分隊は合流予定地点まで後退して下さい」
 リディスは、スナイパーのアッシュ・リーゲン(ga3804)に連絡を入れ、周辺の様子を尋ねてみた。アッシュは、付近のビルの屋上に陣取り、高所から周辺の索敵と分隊探索を行う、言わばB班の『目』だ。
「あー、あー、こちらアッシュ。現在、退路に敵影なし。今なら思う存分、大通りを突っ走ってくれても構わないんだがね?」
 飄々とした、どこか緊張感に欠けるアッシュの声。だが、その言葉は明確に、脱出の機会を告げていた。
 リディスが目で訴える。数秒の逡巡の後、軍曹は謝罪と礼の言葉を残して北へと離脱を開始した。

 リディスと当真、二人のグラップラーが前進を開始する。クリストフはリディスに代わり、無線でアッシュに状況を説明した。
「とにかく時間が惜しいので、なるべく敵とかち合わないように進みたいんです。アッシュさんには早め早めの誘導をお願いします」
「了解した。ただ、市街地っていうのは思った以上に視界が悪い。大通り沿いなどの開けた場所ならともかく、ちょっと入り込むと死角だらけだからな。そちらでも十分に気をつけてくれよ」
 通信を終え、さて、とアッシュは立ち上がった。進行方向隣りのビルへと視線を移す。その屋上部分は崩れてしまっていた。
「やれやれ。俺はB班の『目』だもんなぁ。なるたけ先行しとかんとなぁ」
 アッシュはわざとらしく溜め息を吐くと、残ったビルの壁面部分にひょいと飛び降りた。狭い足場。落ちたら能力者といえど只では済まない。だが、アッシュは飄々とそこを行く。
「さてさて。迷子の兵隊さんたちはどこかなぁ?」
 呟くアッシュの口元は、どこか楽しそうだった。


 その頃、市街地の西側を探索するA班の『目』たるスナイパー、天上院・ロンド(ga0185)は、ビルの屋上から屋上へと、全力で駆けていた。
(「無茶苦茶だ‥‥!」)
 心中で呟く。声に出す余裕はない。屋上の柵を飛び越え、疾走。また次のビルへと飛び移る。
 視界の悪い市街地で地上班を誘導するには、常に先行しなければならない。そして、彼が導くべき地上班は、すぐ下の大通りを、全速力で南下中だった。
「大丈夫かい、小鳥ちゃん? 辛いようなら俺が抱っこしようか?」
「う〜‥‥こ、子ども扱い‥‥しないでくださいぃ〜!」
 鏑木 硯(ga0280)が発した台詞に、幸臼・小鳥(ga0067)は、頬を膨らませた。小柄な、というよりもチビッコな容姿にコンプレックスを持つ小鳥が、意地になって硯を追い抜こうとして‥‥盛大にすっ転ぶ。
「なぜこんな所にバナナの皮が‥‥っ!?」
 涙目で戦慄する小鳥を、戻って来た硯がひょいと抱き上げた。
「あはは、ゴメンね。こんな強行軍でさ。‥‥でも、助けられる限りは助けたいんだ」
 その言葉に小鳥は硯を見上げる。長い黒髪をポニーテールに纏めた硯は、まるで本物の女の子みたいで‥‥でも、その心はしっかりと男の子だ。
「おい、てめぇら。真面目にやれよ? 不純異性交遊はおウチに帰ってからだ」
 先頭を行く角田 彩弥子(ga1774)が苦笑しながら二人を振り返った。からかう様な口調で茶化してやる。まさか、こんな所で、生徒を引率する教師の気分にさせられるとは思わなかった。
 と、突然、彩弥子が真面目な表情に戻って拳を上げた。硯が小鳥を下ろし、彩弥子のすぐ後ろにつく。
 彩弥子はそのまま少し先行すると、双眼鏡で様子を窺った。視線の先には4車線の道路が交わる交差点。周囲にキメラの姿はない。頭上を見上げる。四つ角のビルの一つ、その屋上を占位したロンドからも、同様の手信号。よかった。だいぶ時間と距離を稼いだようだ。強行軍をした甲斐があるというものだ。
 この交差点が、連絡の取れた第1、第2分隊との合流予定地点だった。予定通りなら、既に二つの分隊は近くに到着しているはずだ。
 彩弥子は懐から照明銃を取り出すと、頭上に一発、打ち上げた。ポンっ‥‥と上空で光の花が咲く。彼等が到着した印だった。
 道路に面した建物の一つから兵士が顔を出す。彼等は一人、また一人と道路を渡ると、能力者たちが隠れる建物へと走り込んだ。
「第2分隊です。援護、感謝します」
「第1分隊は?」
「分かりません。自分たちとは合流しておりません」
 その時、ズゥゥゥン‥‥と、遠雷のような音が響いてきた。
「‥‥あれは?」
「トラップです。誘い込んだキメラをビルごと瓦礫で押し潰すという‥‥」
 それは、つまり。まだここに辿り着いていない第1分隊が途中でキメラと戦闘になったという事であり。
「ロンド!」
 彩弥子が無線機にがなる。屋上のロンドからは、市街地に立ち昇る煙がはっきりと見えていた。
 その方向をロンドがライフルで指し示す。次の瞬間、硯が路上へと飛び出していた。
「硯さん!」
 その後を追いかけて小鳥も飛び出していく。彩弥子も後を追おうとして、慌てて無線機にがなり立てた。
「ロンド! 第2分隊は任せる。危ないようだったら、俺様たちを待たずに撤退しろ!」

 硯が戦場に到達した時、第1分隊は半数しか残っていなかった。
 瓦礫の山をワラワラと、甲虫型のキメラに追われる兵士たち。手にした銃はキメラに効果もなく‥‥最後尾を守っていた一人が、キメラの巨体に押し潰された。小隊長ぉ、との若い男の悲痛な叫び。キメラはその新たな目標に狙いを定め‥‥
「‥‥!」
 硯の目が赤く染まった。姿が消える。次の瞬間、硯はキメラと若い兵の間に割って入っていた。
 ガリッ、と頭の近くで嫌な音がした。視界を飛ぶ赤い飛沫。気のせいだ。痛みは感じない。硯は雄叫びを上げながら、そのまま瓦礫の斜面を利用して『ビートル』を投げ転がす。
「小鳥ちゃん!」
「はいっ‥‥!」
 転がる先に、追いついた小鳥がいた。小鳥は足を止め、背中の矢筒から矢を取り、番え、引き絞る。
 その背中がパアッと輝き、光が翼の様に背に広がる。目に映るキメラの甲殻の継ぎ目。小鳥は迷う事無く、そこ目掛けて矢を放った。
 放たれた矢は、キメラの全面に展開された力場を容易く貫通すると、狙い過たずにそこへと命中した。がしゃり、と脱力し、沈黙する『ビートル』。小鳥は、それがまた動き出さないかビクビクしつつ、兵隊たちに呼びかけた。
「み、皆さぁん、こっちに集まって下さいぃ‥‥!」
 小鳥の叫び声はか細かったが、それでも何とか聞こえたらしい。戦場に現れた天使の元に、兵隊たちが死に物狂いで走り寄る。そこを目掛けて襲いかかろうとするキメラ。その足を止めようとする硯を、質量で押し切ろうとする。
 そこへ、横から。駆けつけた彩弥子が長槍を構えて疾風の様に飛び込んだ。見開かれた瞳は蛇の様。禁煙パイプを銜えたままの口元が、心底楽しそうに笑みに歪む。
 彩弥子の突き放った槍突撃は、バキャッ、という音を立ててキメラの甲殻を突き破った。引き抜く。グルリと回る槍の穂先。ビチャリと飛び散った体液が綺麗に地面に円を描く。
 キメラに反撃の機会はなかった。続く彩弥子の一撃が、至極あっさりとキメラに止めを刺していた。

 第2分隊を預かったロイドは、一足先に脱出すべく北上を続けていた。
 ビルの上から索敵し、分隊を誘導する。地上の分隊から、背後より迫ってくるキメラの存在を報告されたのは、そんな時だった。
 ロイドは舌打ちした。あと少しで安全圏へと離脱できたというのに。
 ロイドは前方を確認すると、そのまま真っ直ぐ大通りを北上するよう、分隊に言った。了解し、全速で大通りを駆け始める兵たち。それに気付いたのか、キメラは速度を上げ、まっすぐにそちらへと進み始めた。
「‥‥さて、スナイパーはスナイパーの仕事をしますか」
 独りごち、屋上に身を伏せる。淡々と銃を構え、スコープの向こうに目標を探す。
 いた。
 随分と狙い易い、直線的な動きだった。兵を囮にした格好だが‥‥仕方がない。スナイパーライフルといえど、キメラに対する有効射程は長くはない。せいぜい70mといったところか。
 その70mに目標を捉え、ロンドは涼しげな表情で引鉄を三回引いた。
 パァン、パァン、パァァァン‥‥ 銃声が響く度、『ビートル』の右側の足三本が、次々に弾けて飛んだ。
「さて。後は皆を信じて撤収、と、いきたいところだけど‥‥」
 やはり、そういうわけにもいかないだろう。
 ロンドは、第2分隊が安全圏に離脱するのを確認すると、動けなくなったキメラに止めを刺し、第1分隊を連れたA班の三人が戻って来るまで、そこで退路を確保し続けた。


 第4分隊を探して市街東部を南下していたB班が、銃声と爆発音を聞いて、南西へと走り出したのは数分前の事だった。
 今は、もう、銃声は聞こえてこない。
 それが何を意味するのかは分かっていた。それでも、僅かな可能性に希望を託して、爆煙棚引くビルの中へと入っていき──
 その光景を前にして。リディスは、思わず、口と鼻を手で覆った。クリストフも顔を背ける。無理もない。彼等は能力者として戦闘には慣れていても‥‥戦場に慣れているわけではない。
 屋内には、文字通り、血の海が広がっていた。
「‥‥阿鼻叫喚‥‥ですらないですね、もう‥‥」
 当真は眉をひそめながら、一人、室内へと足を進めた。そして、一人一人の遺体から認識票を取っていく。
 リディスとクリストフの二人も覚悟を決めて中へと入った。靴の裏に張り付く血の感触を、無理矢理心から引っぺがす。
「遺体は8体‥‥もしかしたら、一人、どこかで生き残っているかも」
 縋るような口調でリディスが言う。どこかで死んでいるのかも‥‥クリストフはそんな事を考えたが、口にはしなかった。どちらにしろ、調べれば分かる事だ。

 何かが聞こえたような気がして、リディスはその足を止めた。
「‥‥歌?」
 微かに聞こえてくるそれは、確かに歌だった。リディスは慎重に足を進め‥‥狭い隙間にうずくまる女性兵士──まだ若い少女──を発見した。
「‥‥見つけた」
 目が潤んだ。駆け寄り、抱き起こして呼びかける。だが、少女は心が壊れてしまったのか、ただただぼんやりと歌を口ずさむだけだった。
 リディスは他の二人を呼びながら、少女の肩を抱き上げた。そして、廊下へと出た所で‥‥いつの間にか、そこに、キメラがいた。
 少女を抱えたままリディスが跳ぶ。直後、キメラの体が入り口に叩き付けられた。バキバキとパーテーションを砕きながら、進入してくる『ビートル』。そこへ、ヴィアを腰に溜めて構えた当真が横合いから突っ込んだ。
「―――はああぁぁぁッ!!」
 力任せに押し込み、廊下の奥へ。リディスは開いた出口から飛び出すと、跳弾の危険を鑑みて発砲できないクリストフに少女を押し飛ばす。
「先に行って、守ってあげて。当真君! ここで戦っても意味はないわ。私が足止めをするから‥‥当真君?!」
 ゴリッ、とヴィアを突き込む当真の顔には表情がなかった。
 そこへさらに、窓を突き破るように一匹のキメラが雪崩れ込む。リディスの髪がブワッと漆黒に染まった。
 難なく攻撃をかわし、衝動に任せて拳を叩き付ける。今度は当真がリディスを止める番だった。
「下がりましょう。退路は確保しましたし」
 初めのキメラに止めを刺した当真が言う。その言葉で冷静さを取り戻し、リディスは一つ、息を吐いた。
「‥‥そうね。ここにもう用はない」
 同時に、キメラの前からリディスと当真の姿が消えた。二人は瞬時に外へと離脱する。
 そのまま俊足を活かして走り去る。建物からは、『ビートル』が2体這い出してくる所だった。
「そのまま追わせる訳にはいかんなぁ‥‥」
 近くのビルの屋上に伏せてライフルを構えるアッシュが呟く。呟きながら、キメラの近くに放置された乗用車へと発砲する。
 パスン‥‥カンッ。
 銃弾はガソリンタンクに穴を開け、残っていたガソリンが流れ出す。煙草をに火を点け、もう一発。それで車は爆発し、爆炎がキメラを呑み込んだ。
「懐かしい、戦場の空気‥‥随分と久しぶりだ」
 口元が思わず愉悦に歪むのに気がついて、アッシュは煙草を手に苦笑する。我ながらどうにも度し難い事だ。
 アッシュは皆の離脱を確認すると、自らもビルの上を北へと走り去った。
 爆煙を越え、殆ど無傷のキメラが姿を現した時。既に、視界には能力者たちの姿は見えなくなっていた。


 幾体かのキメラを倒し、生き残りの兵を救出し、能力者たちは戦場を離脱した。
 生き残りは22人。どうにか過半数を助け出す事には成功した。
「死すべき運命にあった22人。君たちがいなければ、彼等は間違いなく全滅していただろう。前線でバグア共と戦う全ての兵士たちになり代わり感謝する。ありがとう」