タイトル:【AW】over the gameマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/04/09 01:01

●オープニング本文


 4年間── およそ4年もの長きに亘って、『僕』らの大隊はこのユタの地で、追い詰められた避難民たちを守って敵キメラの集団と戦い続けてきた。
 思い返せば負けっぱなしの4年だった。
 本隊は州南部で決戦で負けに負け、殿に立った僕らもさんざんに叩かれた。
 孤立した州都を守る為に築いたプロボの防壁は、工兵隊まで戦線に投入する激戦の末に突破された。
 民間人を徴募、訓練してまで再編した後に行われた冬季反攻は、二度に亘って撃退され‥‥ ようやくプロボを取り戻したものの敵将ティム・グレンには逃げられた。
 挙句、そうまで苦労して取り戻したプロボも、西方司令部の救出作戦開始により戦略的価値を失い、放棄する羽目となり。最後には、逃げられたはずのティム・グレンに救出作戦のどさくさで手薄になった州都を急襲され、上部組織たる旅団司令部が壊滅する有様だ。

 だからと言って、『僕』たち『後衛戦闘大隊』の戦いが無駄だったというわけではない。
 僕らの後衛戦闘によって、旅団本隊は州都まで逃げ延びる事が出来た。追撃で本隊が壊滅していれば、避難民たちを守って籠城することもできなかった。
 プロボの防衛線があったからこそ、ティムの本隊が州都になだれこむことはなかった。
 『僕』らが兵力を保持し得たからこそ、最後の救出作戦にも戦力として計算できた。
 そして、なにより── 『僕』らが囮とならなければ、オグデン第1キャンプに残された避難民たちが西海岸まで逃れることは出来なかった。

 最後の砦としたアンテロープ島から撤退した時、『僕』らの大隊はその戦力の半分以上をすり潰していた。
 その身は常に最前線にあり、武器持たぬ市民の為、4年間の長きに亘り、自らの命を削って戦い続けた──
 ──今日、『僕』らの大隊が『英雄』と称される所以だ。

 そして、5年目──
 再編を終え、新たに『アヴェンジャー大隊』と名づけられた『僕』らは再び、大塩湖の東海岸──オグデン第1キャンプ跡地に上陸した。
 味方地上部隊の損害を抑える為に西方司令部は、長い戦乱で廃墟と化した市街ごとキメラを焼き払うことにしたようだった。爆撃機がフレア弾と気化爆弾を投下した後、対地攻撃機が、ガンシップが、攻撃ヘリが、250kg爆弾を、ロケット弾を、30mm劣化ウラン弾を空中からばら撒き、キメラを吹き飛ばしていく。
 それを『僕』らは呆気に取られて眺めていた。‥‥正しく。まさに正しく、それは『アメリカの戦争』の戦争の光景だった。
 新兵たちは歓声を上げたが、古参兵は誰も声一つ上げなかった。
 無力感に苛まれた者がいた。自分たちが見てきたあの地獄は── 4年間はなんだったのか、と。
 怒りにも似た感情を抱く者もいた。目の前の光景が、自分たちの戦いに対する侮辱のようにも思われたのだ。

 徹底的な空爆がなされた後。『僕』たちは前進を開始した。焼け焦げた廃墟に進出し、生き延びたキメラを掃討して回るためだ。
 その日の夜。野営地において、敵将、ティム・グレンが能力者たちによって討ち取られたと聞いた。
 大隊の戦いはその日で終わった。


 2年── バグアとの戦争が終わってより、それだけの月日が流れていた。
 バグアとの戦いでユタ州が被った損害は、まさに壊滅的なものだった。キメラとの戦闘で多くの町が戦火に晒され、州都を除く近郊の都市全てがUPC軍の爆撃の対象となった。終戦時においてほぼ全ての市民が西海岸への避難を余儀なくされており、一時は復興が絶望しされたこともあった。
 だが、市民たちは戻ってきた。ある者は先祖伝来の土地を守る為に。またある者はフロンティアをそこに求めて。
 西方司令部は支援の為、40台ものLW-04──非能力者も使用できる土木作業用リッジウェイを手配した。多くの者がそれら重機と土木作業の習熟に積極的に志願した。整地し、区割りし、道やライフラインを整備しつつ、出来る端から家を建て── 民間の医療支援団体は、街が形作られる前から現場にスタッフを派遣した。不衛生になりがちな作業現場において流感の類が発生しなかったのは、かれらの医療支援によるところが大きかった。

 『僕』ことジェシー・カーソン軍曹は、戦争が終わった後も軍に残った。
 彼が属した『後衛戦闘大隊』は元々、州軍と志願民兵の集合体であり、復興するかの地においては軍警察の役割を果たしていた。
 復興していく街並の中を走り抜けていく高機動車‥‥ その助手席に座るジェシーの後姿を、TV局のカメラが──『英雄たち』の番組クルーが無言で撮影し続ける。
 やがて車は町を抜けると、郊外に立つ一軒家の前で停まった。降車したジェシーが後続の軍用トラックを手で制しつつ、家の呼び鈴を押し、出てきた女性から話しを聞く。事前に電話で聞いた通り、野良キメラの目撃情報だった。終戦から二年が経つが、郊外ではまだ野良キメラが出て、家畜などに被害を出したりもしている。ユタのキメラは再生能力を持つものが多く、こうして野良として残るものが多い。
 話を聞き終えたジェシーは部下たちをトラックから降ろすと、目撃地点まで移動し、兵を展開した。通信士と共に前進し、盛り土の陰から双眼鏡で様子を窺う。
 ‥‥いた。かつて軍が設営したコンクリ製のトーチカ。1匹の赤茶色い何かが蠢いている。
「‥‥狼の獣人型キメラだ。両腕を失っている。トーチカに残された缶詰でも漁っているんだろう。危険? 単独の野良ならそこまで脅威ではないよ」
 (カメラの前での)状況の説明を求める撮影クルーに、ジェシーは愛想もなく淡々と答えた。そのままカメラを無視するように、部下たちに淡々と矢継ぎ早に指示を飛ばす。
 撮影クルーは落ち着かない様子で腕時計に視線を落とした。この後、オグデンにおいてユタ復興の記念式典が行われることになっていた。このユタにおける‥‥ いや、西海岸も含めて、戦後の一つの区切りとなる一大パジェントだ。大統領も参加する。その式典にはこのユタの『英雄』たる能力者たちや『後衛戦闘大隊』も参加するのだが‥‥ その一翼たる伝説の『バートン小隊』の面々はこんな所で野良キメラ狩りをやっている‥‥
「大丈夫なんですよね?」
 時間が、というつもりでクルーは聞いた。わかるわけないだろう、とジェシーは答えた。倒せるのか? という意味に取ったのだった。
「戦闘は常に危険と共にある。戦場において、死は常に隣り合わせだ。どんなに万全を尽くそうとも、犠牲者が出るときは出る」
 それを聞いた瞬間、クルーは身に鳥肌が立つのを感じた。すっかり感覚が麻痺していたが、自分は今『戦場』にいるのだ。
 ジェシーは同僚のウィル、トマスと言った分隊長たちと意見を交わすと、3隊でトーチカを半包囲した。敏感にその気配を感じたキメラがトーチカから顔を出す‥‥
「それでは皆、始めるとしよう。‥‥俺たちの、後始末を」

●参加者一覧

月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
BLADE(gc6335
33歳・♂・SF

●リプレイ本文

「それでは皆、始めよう。ウィルとトマスの右翼と中央が支援射撃。僕と左翼の第一分隊で突撃する」
 ジェシーの指示から1分としないうちに、兵たちは素早く展開を終えて、攻撃態勢を整えた。
 歴戦の兵らしく、その動きには全く無駄がなかった。セレスタ・レネンティア(gb1731)は同様に無駄のない動きで配置につき‥‥ 狙撃銃の伏射姿勢を取ったところで、すぐ横で撮影を続けるカメラマンに気が付き、驚いた。
「もっと頭を低く。‥‥ここは戦場ですよ」
 鉄帽を押さえ、カメラマンの姿勢を下げさせるセレスタ。‥‥呆れたものだ。意気は買うが、さすがにそれは危険過ぎる。
「カメラを貸しな。自分が撮影してきてやる。第一分隊に紛れての突撃シーンだ。絵的にはそっちの方がおいしいだろ?」
 BLADE(gc6335)は半ば強引にカメラを奪い取ると、そのまま左翼へ移動した。待機する兵と能力者たち──槍使いの月影・透夜(ga1806)、『ち巫っ女』綾嶺・桜(ga3143)、和装双刀の守原有希(ga8582)から、ジェシー、そしてトーチカ跡へとカメラをパンしていく。
 と、トーチカの陰から狼人型がひょっこりと顔を出し。ジェシーの命令と共に重機関銃隊が射撃を開始。彼等に交じってガトリング砲の銃座を構えた響 愛華(ga4681)も、これでもかとばかりに鋼の豪雨を叩きつける。
 揺れるカメラの画面には、爆薬を提げて突撃する第一分隊と能力者たち。そして、敵の頭を押さえ込む激しい制圧射撃の弾着の土煙── 瞬間、『瞬天速』で飛び出した桜がトーチカの側面に取り付き、穿たれた破孔から焼夷手榴弾を放り込む。
 退避する桜。誘爆し、穴という穴から爆炎を吹き出すトーチカ。直後、火達磨になって──だが、FFを煌かせて飛び出してきた狼人は、有希が振るった剣閃にその足を止められた。眼前を薙ぐ切っ先にたたらをふむ狼人。そのままクルリと一回転した有希が、右の刀で足を薙ぐ。
 片脚を斬られた狼人の胸部を、連結した双槍の穂先で透夜が一息に貫いた。そのまま背負い式に中から吊り上げ、トーチカの外へと叩きつける。
「うーん、やっぱ結構なグロ画像よね。後で映像に編集かけなきゃ」
 BLADEのカメラから送られてくるその映像を見て、なんか大物監督然とした格好で呟く阿野次 のもじ(ga5480)。
 その横で引き金を引くセレスタ。銃声が鳴り響き、起き上がりかけた狼人の頭部を銃弾が撃ち貫く。
「はい、終了」
 敵が倒れて動かなくなる前に、のもじはレイバンを外しつつ颯爽と歩き出していた。次に控えるシーンは開拓民──もとい、通報者の女性のインタビューだ。
(復興が始まったとは言え、戦いの爪あとはまだ完全には消え去っていない。ジェシーたちの存在が『今も』市民たちにとっていかに重要なものか、インタビュアーとしてそれを引き出さなくちゃ)


「しかし、ドキュメンタリー番組のスタッフが小隊に同行するとか‥‥ 取材? 撮影? 挙句に出演? よしてくれ。そんなのやったことないぞ」
 野良キメラ掃討終了後──
 オグデンの式典会場に向かうトラックの荷台に揺られながら、BLADEは「勘弁してくれ」といった調子でそう言った。
 BLADEは元々、傭兵として隊に随行していただけだ。こんな話は聞いてないし、そもそもユタに来るのも初めてだ。
「そんなに気負わずとも。この地に先入観がない分、貴方の立場は視聴者に近い。何を知りたいか、何を撮りたいか‥‥ 貴方の素直な感想が一番、視聴者の興味に近いんですから」
「と、言われてもなぁ‥‥ アメリカの戦いの記憶と言えば、リリア・ベルナールにビル・ストリングス。あとパンケーキ(ギガワーム『ビッグワン』)にロウソク(ク・ホリン)くらいしかないんだよな〜」
 有希の助言に困惑するBLADE。困り切った彼は、隣りに座るセレスタに困り切った視線を向けた。
「私もここに来たのは、ユタの戦いが佳境を迎えた後でしたから‥‥ でも、今回、集めた映像や資料を見て、大隊がいかに過酷な状況を潜り抜けてきたのか、改めて実感しています」
 手元の資料に目をやりながら、軍服姿のセレスタが答える。‥‥今回、番組で使う映像資料の殆どは、彼女が軍と交渉に当たり、借り受けてきたものだ。
「資料によれば、州南部での決戦後、殿を務めた後衛戦闘大隊は多大な損害を出しています。ジェシー軍曹の小隊も、最初期からの生き残りは4人だけだとか」
「‥‥また懐かしい話じゃな。雪の降り積もる中、追っ手から逃れる為に道を外れて山中を、味方の前線目指して逃げ回ったものじゃ‥‥ 思えばジェシー、おぬしたちとの付き合いも長いのぉ」
 桜が(ち巫っ女なのに)大人びた、懐かしそうな表情で天井を見やる。本当に色々なことがあった。強力な『トロル』を足止めする為、親友の愛華と共に立ち塞がった。空からの追撃を防ぐ為、『ワイバーン』の巣穴に乗り込んだこともある。
 優勢な敵に敢えて逆撃を仕掛けて敵の進軍を遅らせたり。鉱山から発破をかき集め、敵の頭上にビルを崩して潰してみたり。圧倒的な敵キメラの群れを前に、ジェシーたちは手持ちの武器と戦術でよく抵抗した。プロボの野戦築城が完了するまで彼等は後衛戦闘を継続し、見事、その時間を稼いだのだ。
「そうか。セレスタさんもあのプロボの戦いは知らないんだ」
 愛華が戦闘後のドカ喰いの手を止めて、もぐもぐとそう口にする。
「『防壁の戦い』か‥‥」
 愛華の言葉に応えて天を仰いだのは透夜だった。開戦初期から傭兵として戦い、今も各地の復興支援や掃討戦を戦う強者も、あの戦いには思うところがあるらしい。
「あの戦いは今も印象に残っている。あれはまさに『死線』の上を踊る戦いだった‥‥」

(映像:プロボの防衛線──)
 その年、最初の雪が降り始めたその日、敵は遂に、それまで幾重もの防衛線を蹂躙してきた巨大アルマジロ型キメラ『鎧角竜』を投入してきた。
 その分厚い装甲と質量を活かし、『防壁』を破壊すべく突進して来る『鎧角竜』。これあるを予期して備えていた防壁上の兵士たちが、戦車砲、ロケットランチャー、無反動砲による十字砲火を一斉に浴びせかける。その猛攻撃に遂に力尽きる『鎧角竜』。だが、死んだアルマジロはその身を丸め、突進の勢いもそのままに『防壁』へと突っ込み、破壊する。
 突入路を開拓した敵は間髪入れず、足の速い狼型キメラを一斉にその『穴』へと突進させた。もし、そこを突破されれば、大隊は敵の圧倒的大群を前に蹂躙されるほかはない。
 決死の覚悟でその穴の手当てに向かうジェシーとウィルの二個分隊。脳裏に浮かぶは、焼け石に水──
 だが、そんな彼等の傍らに、共に往く者の姿──
 それは練力を消耗し尽くして休んでいた能力者たちだった。彼等は練力切れで覚醒できない身体に鞭打ち、陣内に侵入した敵を排除すべく、兵たちと共に迎え撃つ──

「わふぅー。あの時は大変だったよね。桜さんと二人がかりでガトリング砲を運んだことを思い出すよ」
「『ダイアウルフ』1匹に対して、能力者4人がかりで致命傷すら与えられなかったからな。覚醒さえできれば10秒かからず倒せる相手だったのに。結局、最後はジェシーたちの火力を借りて、ようやく倒すことができた」
「まったく。あの時は、ジェシーたち一般兵の苦労と気持ちが痛いほど良くわかったの」
「ああ。俺たち能力者は『主役に過ぎない』と改めて思い直させてくれた戦いだった。能力者だけで戦線は維持できない。彼等のような『裏方』がいなければ、人類はとっくにバグアに蹂躙されていただろう」
 懐かしそうに『思い出話』に華を咲かせる愛華、桜、透夜の3人。知られざる戦いに「ほぅ」と呟くBLADEに、改めて透夜と有希は笑いかけた。
「ユタの戦線は、敵の数と質量が圧倒的だった。自分より遥かに大きい敵。有り余るキメラの大群── 『防壁』を崩され、陣内に浸透され、兵たちは後退しながら相手に出血を強い続けた‥‥ ユタの戦は、そんな戦だ」
「BLADEさんの仰る通り、多くの人々はこのユタでの戦いを知りません。でも、皆が知らないだけで、世界中でここと同じ様な戦いが繰り広げられていたはずなんです。僕らの勝利は、各地で戦線を支え続けた無名の兵士たちのお陰です。それを皆に知ってもらうだけでも、意味があると思いませんか?」


「戦争は、終わりました。ですが、その被害は今も各地にその爪痕を残しています。多くの戦災孤児たちの存在もその一つです」
 言葉と共に映像が変わり、戦地の瓦礫の中で泣き叫ぶ、或いは力なく座り込む子供たちの写真がスライドショーで映し出される。
 その上に示されるグラフ。あの戦争でいかに多くの子供が被害を受けたか、どれだけ多くの子供が援助を必要としているか、データとして記される。
「非営利の医療支援団体『ダンデライオン財団』は、子供たちの支援活動にも力をいれています。あなたたちの援助が、子供たちの生きる力となるのです」
 映し出される映像が『貧しくとも笑顔を見せる子供たち』へと変わる。
「皆さんの協力が必要なのです。明るい未来を、一人でも多くの子供たちへ。貴方のご寄付を、どうかよろしくお願いします」
 最後に、可憐な少女モードになったのもじが、祈るように両手を組んだポーズで訴え、CMは終わる。


 オグデン、ユタ州復興記念式典会場──
 礼服姿の軍人たちがずらりと並ぶ会場に、遅れて到着したジェシーたちが到着した。
 泥だらけの野戦服姿のまま、野良キメラの掃討をバートンに報告するジェシー。しょうがないな、と苦笑して、バートンが整列するようジェシーに告げる。
「では、みなさん。今までありがとうございました」
「一先ず、じゃあな。また後で飲みに行こうぜ!」
 トマスが、そして、ウィルが、能力者たちに声をかけて去っていく。ジェシーは無言で見事な敬礼を能力者たちに一つすると、隊の先頭へ向け走っていった。
 軍楽隊が演奏を始め、車から降りてきた大統領が演壇へと上がる。東海岸、フロリダ、メキシコ湾岸、中央部、西海岸を回った後の、ようやくのユタだった。
「先の戦争中── 我等がアメリカは、苦難の時にあった。このユタの人々もまた、非常な苦難の中にあった」
 演説を始める大統領。その様子を、能力者たちは会場ではなく、観覧席から眺めていた。
「皆は下に行かなくてよかったのか?」
「俺たちは『英雄』なんかじゃない。このユタの『英雄』は、紛れもなく彼等、兵隊たちだろう」
 カメラを回すBLADEの問いに、透夜が答える。
 その時、ちょうど演説も、苦難に耐えた避難民たちと、ユタの兵隊の英雄的な献身を賞賛するくだりに入っていた。
 『英雄』か── 透夜は改めて呟いた。
 彼等にとって、その呼称にいったいどれだけの価値があるのだろう。このユタで戦ってきた彼等を、英雄として祭り上げる必要はない。美化も美談も必要ない。彼等は英雄たるべくして戦い続けてきたのではない。彼等の潜り抜けてきた戦いが、ただ英雄的であっただけなのだから。

(ナレーション:のもじ)
「ひとつ、誤解しないで欲しいことは、彼等大隊の兵士たちは、直接、市民を守っていたわけではないということ。彼等は誰の目も届かぬ離れ小島で戦い続け、敵の進軍を食い止め続けてきた。彼等の献身を、孤独を、絶望を。彼等以外に知る者はない。それを知らぬ者とは軋轢が生じるし、時には酷い言葉を浴びせる人もいる」
「だけど、それで彼等が揺らぐことはない。彼等は自身が守りぬいたモノを知っているからだ。‥‥それは何かって? そんなの、言葉にすれば陳腐だから言わないけどね」

「彼等は今もこの地に立ち、キメラを狩り続けている。その理由を考えれば、『英雄』という言葉の本当の意味も伝わるのではないかな」
 透夜の言葉に、大統領の演説のピークが重なる。
 曰く、かつて東西の大陸横断鉄道が接続したこの地において、今、再び、アメリカは一つとなる。今、この日こそ、アメリカが復興する記念日になるのだ、と──

(ひたすら負け続けた部隊‥‥ それでも戦い続けた部隊、か。‥‥埼玉の人たちにも見せてあげたいものだ)
 カメラで全景を捉えながら、BLADEはそんなことを考えた。
 式典は、終わりを迎えようとしていた。


「まぁ、予想通り、大して面白いものでもなかったのぉ。これで平和となったわけでもなかろうが‥‥ じゃが、まぁ、一つの区切りにはなったかの」
 退屈な式典が終わり、大きく伸びをする桜。帰りに何か食っていくか、と話しかける桜の横で、憮然とした様子で愛華がポツリと呟いた。
「ティム君に関して、なんにもなかったね」
 ティム・グレン── ユタ州のキメラ群を指揮するバグアで、このユタの災厄のほぼ全てがティム一人に由来する。
 その動機は、このユタをゲーム盤に人類とゲームを楽しむこと。その姿勢は首尾一貫しており、自らが不利になった際にも己が定めたルールから逸脱せず、最後は敗北を受け入れ、能力者たちに討ち取られた。

(ナレーション:有希)
「ティムは強かった。遊ぶからこそ、手を抜かない。だけど、うち等は折れても折れても、何度でも立ち上がる。だから、最終的に勝つことができた」

(ナレーション:のもじ)
「ティム自身はそんな私たちに強く惹かれていたようだけどね。なぜ私たちにそれが可能か。その概念は上手く理解できなかったようだけど」

「まだ何も終わってはいません。尊い日々を壊し、哀しい涙を生む戈がある‥‥ ならばウチは、それを全て止めて、斬るまでです」
 決意を込めて、有希が言う。フロリダで能力者事務所の所長と食堂の料理長を兼任する彼にとって、世界は未だ、復興への道を歩き始めただけに過ぎない。
 有希の言葉に頷きながら、愛華は無言でジッと自分の手の平を見た。
 ティムに致命傷を与えたあの時、その胸に去来したのは『皆の仇が討てた』という喜び以上に、深い哀しみの感情だった。
「どうして私はこんなに弱いんだろうって、戦いの最中に何度も思ったよ。でも、諦めることが出来なかった。死んでいった皆の分まで頑張ろうって」
 だが、そうして仇を討ってみれば、胸をつくのは虚しさばかり。ならば、と愛華は思った。生き残った自分は、生きられなかった『全存在』の分まで生きる義務があるんじゃないか、と。
「私は忘れない。あのユタでの戦いの日々を。死んでいった‥‥死なせてしまった、たくさんの人たちのことを。そして、この手で奪った全ての命を。私は決して忘れない」
 拳を握る愛華の背を、桜は掌でポンと叩いた。
「全てが終わったら、ぬしの実家に帰ろう。稼業を継ぐのなら‥‥わしが手伝ってやらんこともない」

(ナレーション:のもじ)
「ジェシーたちが守ったもの? しつこいわね。何? そんなに知りたいの?
 ‥‥彼等が守ったもの。それは『未来』。‥‥私たち人類が、世界を回す原動力よ」