●リプレイ本文
「なんじゃ、蛸か‥‥」
すわ一大事と勢い込んで船外ハッチから飛び出した美具・ザム・ツバイ(
gc0857)は、甲板上の敵を見るなり、開口一番、そう呟いた。
そのまま慣性で宙に流れ出そうになる身体をわたわたと慌てて引き戻し。ハッチにしがみついて安堵の吐息を漏らしながら、赤面しつつ咳を払う。
「‥‥宇宙で触手キメラとか。サービスシーンが微妙すぎて需要ねぇって。その辺り分かってねぇのが多いよな、バグアは」
蛸と美咲を交互に見やりながら、肩を竦めて見せる龍深城・我斬(
ga8283)。美咲が胸部を隠しながら、クッと悔しそうに歯を鳴らした。
「確かに!」
「認めるんだ‥‥」
「だが、SFと言えばやはり触手!(←偏見) それにそこはほら、やりようでどうとでも‥‥」
「ずれてる! 話がずれてるよ、美咲さん!」
まぁ、実際の所は、昔の火星人やら遊星からのなんちゃら系を意識して作られたものだろう。長く野太い触手をうねらせながら、深遠を背に這い寄り迫る巨大な蛸型── 月影・透夜(
ga1806)は眉をひそめた。強敵だから、ではない。いや、確かに強敵ではあるのだろうけれど。
「‥‥おい。本当にアレでタコ焼きをやるつもりか? なんかもう色彩だけでもドン引きなんだが」
戦慄に冷や汗を噴き出す透夜。綾嶺・桜(
ga3143)は小首を傾げた。
「む? 確かに見た目はアレじゃが‥‥ やはり食べるのは無理かのぉ。天然(略)犬娘あたりをけしかけるのも一興かと思うのじゃが」
「わふうっ!?」
桜の言葉に犬娘──響 愛華(
ga4681)が慌てて振り返る。
「食べないの!?」
「そっちかい」
それはまぁ倒してから決めるとして。能力者たちはその場で手早く役割分担を決めると、迫り来る蛸型を迎え撃つべく船上に展開を開始した。
美具たちの表情が引き締まる。甲板上には整備兵たちもおり、万一、突破されれば彼等もただでは済まない。
「しかし、やっぱり、って言っちゃうと悪いけど、KVは苦手みたいだね、美咲センセ。出撃の時、艦のみんな、顔に縦線入ってたもの」
桜と美咲、透夜と共に、前衛に横列を組みながら葵 コハル(
ga3897)が苦笑する。
ま、なんにしても、元気そうで安心したよ、と、コハルは得物に──長弓に矢を番えながら呟いた。その視線は既に前を向いて動かない。迫るにつれ、その大きさと威容が知れる蛸型── うわ、でっかー‥‥ まあその分、斬り甲斐もあるってモノだけど。
「それじゃあ、蛸のことは頼んだよ! 整備兵さんたちは任されたから!」
我斬、そして守原有希(
ga8582)と共に、愛華が船体後方へと流れていく。
愛華は前線から離れながら、最後にもう一度、「美咲さん!」と呼びかけた。
「こうしてもう一度一緒に戦えて嬉しいんだよ。この戦いもきっちり片付けて、幼稚園のみんなへのお土産話にしちゃおうね!」
●
「これより整備兵たちの避難が終わるまで、あの蛸型を食い止める。おぬしも白兵戦なら得意じゃろうが、美咲‥‥」
「?」
「「どっかに飛んでいかぬようにな」」
苦笑混じりに語尾を重ねる桜と透夜を皮切りに、能力者たちは迫る蛸に対して接敵前進を開始した。
最初に前に出たのは透夜と美具と桜だった。それぞれに防御姿勢を取りながら、命綱が手摺の支柱に引っかかるまで前進し‥‥ 迫る蛸の動静を見極めながら、次の安全柵に命綱を移し変える。
そこへ後方から放たれる支援射撃。美咲と辰巳 空(
ga4698)の銃が火を噴き、蛸の注意を前衛から逸らしにかかる。コハルは長弓に矢を番えると、軽く引き絞って蛸へと放った。地上とは異なる直線的な軌道で飛翔した矢が蛸の柔肌へと突き刺さる。
反撃が来た。蛸がその『頬』を大きく膨らませ、次の瞬間、『口』の砲口から水弾を撃ち放つ。その下を掻い潜りながらさらに踏み込み、前進し、振り下ろした双槍から衝撃波を放つ透夜。その援護の下、水弾の発射間隔を「10秒!」と見極めたコハルが床へと屈み、自らの命綱を付け替え前進する。10m進んで再び身を起こして弓射。その間に透夜がさらに前進する。そのまま敵正面にて接敵し、同様にして前進した美具と桜と共に、敵前面に伸ばされた触腕との格闘戦を開始する。
「そうか。宇宙じゃ音が伝播しないんじゃったな」
地上と同じ様に、自らの盾を剣で叩いて敵の気を惹こうとした美具は、改めて『仁王咆哮』を用いて己の気迫を叩きつけた。眼帯の奥でより燃え盛る青白い炎のオーラ。気圧された蛸が、正面、左前、左中央の3本の触手で美具を殴りに掛かる。
(来たっ!)
最短距離で突き出された正面の突き、左上方から振り下ろされた触腕の殴打を盾で逸らし、受け弾き。最後、足を掬い巻き取らんとした下段からの横撃を盾の淵にて踏み止める。
美具への全力攻撃で態勢が崩れた敵に突っ込む桜。本体への直撃を恐れた蛸が慌てて触腕を引き戻し、だが、桜はその触腕自体を狙って薙刀を横へと払い、刃を返して振り上げる。何か悪魔的な体液を撒き散らしながら暴れる触腕。桜は振るわれた反撃を踏み蹴り、反動で後方へ高く跳び‥‥ 直後、桜の下を潜って放たれた透夜の衝撃波が触腕を穿ち、切り飛ばす。
「よし、トドメじゃ!」
そのまま身体を丸めて着地し、追撃をかけようとした桜は‥‥ だが、無重力の中、跳躍の反動そのままに宇宙へと飛び出していった。ピンと張る命綱。反動に「げふんっ」と息を吐く桜。慌てて駆けつけた美咲がその張った命綱を靴の裏で蹴り踏み抜き。振り子の様に振られた桜が遠心力ごと高速で甲板へと帰還──要するに叩きつけられる。
「へぶしっ!?」
「大丈夫、桜ちゃん!?」
「ぬぅ、ダメージの殆どは美咲の所為じゃが‥‥ 助かったのじゃ。普段の癖でつい飛んでしまった」
「跳躍は避けてください。必ず床面に足をつけて攻防を」
最後の言葉は、美咲ではなく空だった。かつて地上で受けた訓練で、空は散々に脅かされた。慣れない宇宙、特に慣性については最大限の警戒が必要だ。
空は直刀を抜き放ちながら蛸に接近すると、それを正面に構えつつ『呪歌』の歌詞を紡ぎ出した。歌詞冒頭──目の前の蛸に目に見えての効果はない。平歌、変調── 触手の一本の動きが鈍くなる。効果あり、と空が確信を得た瞬間、右方から別の触手が横殴りに振るわれた。届くのか、と驚き、回避に転じようとした瞬間、その眼前に割り込んだ人影が盾でその触手を受け弾く。
美具だった。『呪歌』を歌う空に気づいた彼女は、文字通りの『不壊の盾』と化して蛸の前に立ち塞がっていた。
「歌に集中するが良い。あの触腕は引き受ける」
更に襲い来る2本の触腕。美具の盾がそれを受け凌ぐ。空は心中で礼を言うと、美具へと迫る触腕を後方から『エアスマッシュ』で斬り払いながら、更にサビへと『呪歌』を進めた。淡く白く発光する彼我の光量が強くなり、それに応じて蛸の動きが徐々に鈍くなっていく。
「今だ!」
きゅぴ〜んと目を光らせたコハルが、得物を刀と盾へと換えつつ肉薄、近接戦へと移行する。狙うは桜と同じく触腕自体だ。力押しで削り切るにも、逆転狙いで本体を狙うにも、前面に展開したこの触腕は邪魔すぎる。
反撃の触手に盾ごと押し潰されそうになりながらも一喝と共にそれを押し返し、刀身に残光を曳きながら素早く触腕を切り裂くコハル。同様に美咲も大剣を抜き放ち、桜と並んで前に出る。
だが、直後、断ち切られたはずの触腕がぶるりと震え‥‥ 次の瞬間、傷の中から新たな触腕が再生した。無い筈の方向から振るわれた一撃に目を見開く美咲。それを踏み込んできた透夜が双槍で受け弾く。
「KVだとなんてことない相手が、生身だとこれか‥‥」
左右の槍の連撃により左翼の触腕を穿ち切る透夜。だが、それもすぐに再生しては反撃の殴打を振るってくる。
「斬り甲斐があり過ぎる!」
触腕と切り結びながら、半泣きで叫ぶコハルと美咲。切り刻まれた蛸足の欠片がポロポロと周囲を舞う情景に、桜は「大漁じゃな」とその笑みを引きつらせた。
●
50m後方のエレベーター上、S−02の陰に隠れた整備兵たちの所へ急ぐ有希と我斬。そんな2人から離れて一人、愛華は途上で足を止めた。場所はハッチとS−02との中間地点。蛸と機体を結ぶ直線上。即ち、整備兵たちを狙える水弾の射線上である。
フックを安全柵に掛け、抱えたガトリング砲を構えて蛸へと向ける。後方へと下がる3人についても、蛸は勿論気づいていた。放つ水弾の一部を割き、彼等の背を撃つべく射出する。
「ぐるるるるっ! 蛸は水より墨を吐くべきだよ!」
高速で射出されたその水の塊を『撃ち落』とすべく、愛華はガトリング砲を連射した。CIWSにも似た火線が宙を飛び、水弾を捉えて叩く。水の塊である水弾は爆発したりはしなかったが、砲弾にその質量をそぎ落とされたことにより、その威力を大きく減じた。愛華に当たって弾ける水の球。飛散した水がすぐに凍ってキラキラと周囲に光を放つ。
そんな愛華の砲声を無線機越しに聞きながら、エレベーターまで辿り着いた有希と我斬は、整備兵たちが隠れるS−02の陰へと飛び込んだ。
「皆さん、大丈夫ですか? 怪我などをしている人は?」
整備兵たちの中に班長──おやっさんの姿を見つけて、有希は勢い込んで尋ねた。大丈夫だと答える班長。有希はホッと息を吐くと、今度は機体の上に取り付いてそちらを調べ始めた。きょとんとする班長に対して我斬が方針を説明する。
「皆にはこれから船内に避難して貰う。エレベーターはあのタコ野郎が入り込む可能性があるから、俺たちが出てきたあのハッチからな」
「しかし、ハッチは50m先だ。その間、遮蔽物もなにもない。水弾で撃たれ放題にならないか?」
「遮蔽物ならあるさ」
我斬はそうニヤリと笑うと、頭上の有希を振り返った。頷く有希。既に大破した機体であるが、対人用の水弾であれば十分に耐えられそうだ。
有希と我斬は愛華に『決行』を連絡すると、機体の両端に移動して手をかけた。そのまま豪力でもって、僅か二人で容易くそれを持ち上げ、保持して宙に固定する。ギリギリまで水弾を撃ち落しながら退がってきた愛華がその裏側に回り込み。持ち替えたハルバードでもって『獣突』つきでブッ叩く。
「まさか、おい‥‥」
「そうだ。機体の後を追ってハッチまで走れ!」
叫び、獣の力で打ち出され、慣性で宙を走るS−02の残骸を追って、能力者たちが走り出す。整備兵たちは慌ててその後を追った。
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「わぅわぅ! 桜さん、おっきいのがそっちに行くんだよ!」
愛華からその連絡を受けた時、桜は触手に跳ね上げられた美咲の命綱を薙刀の峰で引っ掛け、手繰り寄せてるところだった。
美咲を急いで叩き‥‥もとい、引き下ろし、皆に避難の指示を出す。慌てて蛸正面から退避する能力者たち。事態を察した蛸が一瞬、その動きを止めた。迫るS−02の残骸を──自らに匹敵する質量の接近を目にして、蛸が前方3本の触手で防御の体勢を取る。
「てい!」
と、その触手の1本を、側面に回り込んだコハルが思いっきり『天地撃』の一撃で叩き伏せた。慌てる蛸。2本では質量を防ぎきれない。かと言って他を回せば衝突時に船から引き剥がされる。
蛸は攻撃を捨て、対衝撃姿勢への移行を優先することにした。だが、空の『呪歌』に捉われたその動きは遅い。
さらに、美具が2度目の『仁王咆哮』を発動し、一瞬、そちらに注意を逸らされる。改めて正面に向き直った時、S−02は蛸の眼前にあった。その質量が2本の触手ごと本体へとぶち当たる。
「貰います!」
「喰らいやがれ!」
さらに流れる残骸を隠れ蓑にして突入してきた有希と我斬が、命綱のフックに火花を散らしながら蛸正面へと突入する。正面の触手に大剣で、そして二刀流で目にも留まらぬ連撃を繰り出す我斬と有希。幾度と再生を繰り返してきた触腕が切り刻まれ‥‥ やがて、10本の細い触手となって我斬へと襲い掛かる。
「ま・た・お・れ・かぁー!」
大剣を立て、襲い来る触手の半数を受け千切った我斬に、残りの半数が絡みつく。瞬間、我斬の手の中に現れる近接戦用のアーミーナイフ。素早い連続攻撃により絡まった触手を切り裂いていく。
それを見た有希はハッとした。細い触手に分裂した触腕は、その触手を斬られた後は再生をしていない。
「各自、集中攻撃を! 蛸の再生能力にも限界があるようです!」
有希は皆にそう告げ、眼前の触腕に向かって連撃を継続した。ズタズタに切り裂かれ、触手と化して千切れ飛ぶ蛸の脚── 最近、有希にはようやく分かってきたことがあった。‥‥バグアという生き物は、強者で在り続けたが故に、己の死というものに対して正面から向き合った経験に乏しい。最後まで行き抜こうともがくこともしない。──自分たちは違う。限界を受け入れつつも、それでもなお全力を尽くす。その強さが最後まで希望を有らしめる。バグアを倒す力となる。
「触腕さえなくなれば、後は本体を叩くだけじゃ!」
我斬と有希が開拓した正面から本体へと突入する桜と美咲。素早い連続攻撃が力場を切り裂き、その奥の肉体を穿ち、抉り、切り裂いていく。
「突進系でも、勢いを止める『壁』があれば!」
透夜は敢えて命綱のフックを外すと両手にその槍を構え、『迅雷』でもって突入した。そのまま蛸の身体を緩衝材代わりに、槍ごと、身体ごとぶち当たる。反動を磁力靴で押さえ、そのまま連撃に入る透夜。本体に無数の穴を穿たれた蛸が‥‥ 直後、焼いた餅の様にぷっくりと膨れだす。
「これは‥‥」
「まさか‥‥」
互いに目を向け合い、予感を共有する能力者たち。慌てて蛸から離れようとして命綱に引き止められて。慌ててフックを掛け直して更に遠くへ移動する。
限界まで膨れた蛸は、一瞬、赤く明滅して‥‥ 直後、巨大な火球と化して爆発した。
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「うぅぅ‥‥ せっかくたこ焼き何人前かな、って楽しみにしてたのに‥‥ 涎で溺れ死にしないよう我慢してたのに‥‥」
バラバラに弾け跳んだ蛸の残骸を見やり、えぐえぐと涙を流して悔しがる愛華。触腕の欠片を手にした桜は、それをそっと投げ飛ばした。如何に犬娘と言えど、こんなものを食べたら流石にお腹を壊してしまう。
「ねーねー、美咲さん。やっぱりハードシェルスーツの方が良いって。‥‥それはもう色んな意味で」
「クッ、ちょっと見ない間に生意気な。成長期だからって、成長期だからって‥‥」
コハルを拳でグリグリと挟み込む美咲。勿論、ハードシェルスーツだから痛くない。
「指揮所より全艦。当船団はこれより第二次攻撃隊を発艦する。パイロットは機体への搭乗を開始せよ。繰り返す‥‥」
そこへ伝えられるアナウンス。取りついた蛸の脅威は去ったが、戦いが終わったわけではない。
慌しく動き出した『スピカIV』の甲板に、機体をなくした美咲が一人、取り残される。
上手くならなきゃなぁ、と美咲は一人、呟いた。