タイトル:決戦宇宙の美咲センセマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/10/09 22:55

●オープニング本文


 拝啓 柊香奈様
 日本はもう残暑も終わり、暑さも和らいできた頃でしょうか。園長先生ほか皆様方もつつがなくお過ごしのことと存じます。
 私、橘美咲は相も変わらず元気です。一傭兵として戦場に立つ日々は、幼稚園でネタキメラと戦っていた頃とは異なり、気苦労も多くありますが、皆様、良くしてくださるのでどうにかやっていけてます。幾つか土産話も出来ました。そちらに帰った際に披露したく思っておりますので、楽しみにして頂けましたら嬉しく思います。

 やっほー! 幼稚園のみんな、元気かなー? 久しぶり! 美咲先生だよー!
 先生はね、今、なんと、お仕事で宇宙に来ているのでーす!

 ‥‥‥‥‥‥
 ‥‥‥‥
 ‥‥


 2012年9月、宇宙某所。とある戦場の片隅にて──

 宇宙用KV母艦として艦隊の後方に控えた改リギルケンタウルス級KV輸送艦『スピカIV』の艦内飛行甲板に、被弾した1機のS-02が突っ込んできた。
 機体各所で砕けた装甲の、奥で飛び散る炎と火花。コンソールが警告灯で真っ赤に染まった機体の進路がまるで暴れ馬の様にぶれにぶれる。
 それでもどうにか着艦コースに乗り、逆噴射で減速しようとした瞬間、負荷に耐え切れなくなったエンジンが小爆発を起こして脱落し── クルクル回りながら艦上方を飛び過ぎて行くエンジン一つを宙に残して艦内に飛び込んだS-02は、艦の床と壁面を跳ね回りながら、緊急展開したクラッシュバリアの幾つかを突き破りつつ、どうにかこうにか停止した。
「またお前か、ミサキ! いったい何度、艦と機を壊せば気が済むんだ!?」
「うぅ‥‥ モウシワケナイデス‥‥ 機体戦闘苦手なもので‥‥」
 救護班や消火班が駆けつけるより早く遮蔽板から飛び出し、文句をつける整備班長。自力で操縦席から這い出してきた女性パイロット──身体のラインが出る宇宙服で女性と知れる。‥‥Bだけど──が、土下座で平謝りをする。
「おやっさん、この機体はもうダメです」
 部下の言葉に頭を抱えながら、整備班長が投棄を指示する。無重力化、機体を追い出しにかかる整備兵たち。苦虫を噛み潰したような表情でパイロット──美咲を振り返った班長は、「‥‥怪我がないなら、それでいい」とだけ告げると、作業に加わるべく部下たちの方へ跳んで行った。
「ををっ、おとがめなしだ‥‥!」
 感動した面持ちで立ち上がる(?)美咲。その反動で身体が宙に浮く。慌ててワイヤに掴まり、廊下を医務室へと向かう。入るや否や、「また墜ちたのか?」と笑いかけてくる医療スタッフ。艦内の誰もが、美咲が自らと機を犠牲に船を守ったことを知っていた。
 簡単な治療を終えた美咲は自室に戻らず、パイロット控え室へと向かうことにした。機体は失ったが、まだ予備操縦士として激務の交代くらいはできる。‥‥それに3段ベッドがあるだけの自室より控え室の方が広いし、なにより戦友たちが居る。
 廊下を流れるように移動していた美咲は、だが、鳴り響いた衝突警報にその身を固くした。直後、衝撃に震える船体。隔壁閉鎖──緊急ではない──を報せる赤色灯が光る中、美咲は身を泳がせて閉鎖予定区画から逃れ出る。
 ゆっくりと閉まる隔壁を背にして、美咲は状況を報せるアナウンスを聞いた。戦線を突破してきた宇宙用キメラが力場ごと船体に激突し、外壁上に取りついたらしい。装甲の薄い輸送船だ。KVで排除するのは難しい。
「やっぱり、私には生身の方が性に合っている」
 美咲は改めて廊下の壁面を蹴ると、操縦士控え室に飛び込み、得物を手にすると再び飛び出した。
 そのままハッチから外部へ出る。状況を確認── 取りついたのは宇宙用中型キメラ。これはKVと比して中型ということで、人から見れば超大型の部類に入る。生物モデルは軟体、蛸型。10m以上ありそうな長く太い触腕と、砲の様に突き出た長い口が特徴か。岩場に張り付く蛸の様に、吸盤で船体に張り付いている。
 状況を厄介なものにしているのは、船体後方、飛行甲板から続く機体用エレベーター上にいる整備士たちの存在だった。損傷した機体──はい、私、美咲のS-02です。ゴメンナサイ──を投棄する為、船外に出ていたのだ。キメラが衝突する直前、慌てて機体の陰に隠れた為、まだ見つかってはいないようだが、艦内飛行甲板に敵を引き込むことを心配しているのか、エレベーターを動かせないでいるらしかった。
 ふむ、と美咲は呟いた。まずは彼等の安全確保が第一だ。続けて、キメラの撃破。わざわざ体当たりをしてきたことから、対KV・艦船用のフェザー砲等は持っていない、或いは故障していると見て良いだろう。であれば、生身でもなんとかなる。
「あー、おやっさん、聞こえる? 私たちがなんとかするから、ここはおとなしくこっちの指示に従って‥‥?」
 短距離通信で報せる美咲の言葉に散々悪態をつきながらも、整備班長は指示に従ってくれることを了承した。美咲は微笑を浮かべると、感謝の言葉を班長に送った。
 さて、と。美咲が呟きながら、戦闘用宇宙服からワイヤを引き出し、船体表面、10m間隔で縦に走る安全索用の手摺にフックした。さらに磁力靴を確かめる。無重力下ではこれが無ければまともに格闘戦もできない。
 美咲はハッと息を吐いて気合を入れると、手にした大剣を引き抜き、身体の正面へと構えた。‥‥強敵を相手に、守るべきものを背にしての戦い。だが、幸か不幸か、美咲はそんな戦いに十分以上に慣れていた。
「さて、それじゃ始めましょーか。どーにもでかくて大味っぽいけど、さっさとずんばらりんにしてタコ焼きにしちゃいましょーか」

●参加者一覧

月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD

●リプレイ本文

「なんじゃ、蛸か‥‥」
 すわ一大事と勢い込んで船外ハッチから飛び出した美具・ザム・ツバイ(gc0857)は、甲板上の敵を見るなり、開口一番、そう呟いた。
 そのまま慣性で宙に流れ出そうになる身体をわたわたと慌てて引き戻し。ハッチにしがみついて安堵の吐息を漏らしながら、赤面しつつ咳を払う。
「‥‥宇宙で触手キメラとか。サービスシーンが微妙すぎて需要ねぇって。その辺り分かってねぇのが多いよな、バグアは」
 蛸と美咲を交互に見やりながら、肩を竦めて見せる龍深城・我斬(ga8283)。美咲が胸部を隠しながら、クッと悔しそうに歯を鳴らした。
「確かに!」
「認めるんだ‥‥」
「だが、SFと言えばやはり触手!(←偏見) それにそこはほら、やりようでどうとでも‥‥」
「ずれてる! 話がずれてるよ、美咲さん!」
 まぁ、実際の所は、昔の火星人やら遊星からのなんちゃら系を意識して作られたものだろう。長く野太い触手をうねらせながら、深遠を背に這い寄り迫る巨大な蛸型── 月影・透夜(ga1806)は眉をひそめた。強敵だから、ではない。いや、確かに強敵ではあるのだろうけれど。
「‥‥おい。本当にアレでタコ焼きをやるつもりか? なんかもう色彩だけでもドン引きなんだが」
 戦慄に冷や汗を噴き出す透夜。綾嶺・桜(ga3143)は小首を傾げた。
「む? 確かに見た目はアレじゃが‥‥ やはり食べるのは無理かのぉ。天然(略)犬娘あたりをけしかけるのも一興かと思うのじゃが」
「わふうっ!?」
 桜の言葉に犬娘──響 愛華(ga4681)が慌てて振り返る。
「食べないの!?」
「そっちかい」
 それはまぁ倒してから決めるとして。能力者たちはその場で手早く役割分担を決めると、迫り来る蛸型を迎え撃つべく船上に展開を開始した。
 美具たちの表情が引き締まる。甲板上には整備兵たちもおり、万一、突破されれば彼等もただでは済まない。
「しかし、やっぱり、って言っちゃうと悪いけど、KVは苦手みたいだね、美咲センセ。出撃の時、艦のみんな、顔に縦線入ってたもの」
 桜と美咲、透夜と共に、前衛に横列を組みながら葵 コハル(ga3897)が苦笑する。
 ま、なんにしても、元気そうで安心したよ、と、コハルは得物に──長弓に矢を番えながら呟いた。その視線は既に前を向いて動かない。迫るにつれ、その大きさと威容が知れる蛸型── うわ、でっかー‥‥ まあその分、斬り甲斐もあるってモノだけど。
「それじゃあ、蛸のことは頼んだよ! 整備兵さんたちは任されたから!」
 我斬、そして守原有希(ga8582)と共に、愛華が船体後方へと流れていく。
 愛華は前線から離れながら、最後にもう一度、「美咲さん!」と呼びかけた。
「こうしてもう一度一緒に戦えて嬉しいんだよ。この戦いもきっちり片付けて、幼稚園のみんなへのお土産話にしちゃおうね!」


「これより整備兵たちの避難が終わるまで、あの蛸型を食い止める。おぬしも白兵戦なら得意じゃろうが、美咲‥‥」
「?」
「「どっかに飛んでいかぬようにな」」
 苦笑混じりに語尾を重ねる桜と透夜を皮切りに、能力者たちは迫る蛸に対して接敵前進を開始した。
 最初に前に出たのは透夜と美具と桜だった。それぞれに防御姿勢を取りながら、命綱が手摺の支柱に引っかかるまで前進し‥‥ 迫る蛸の動静を見極めながら、次の安全柵に命綱を移し変える。
 そこへ後方から放たれる支援射撃。美咲と辰巳 空(ga4698)の銃が火を噴き、蛸の注意を前衛から逸らしにかかる。コハルは長弓に矢を番えると、軽く引き絞って蛸へと放った。地上とは異なる直線的な軌道で飛翔した矢が蛸の柔肌へと突き刺さる。
 反撃が来た。蛸がその『頬』を大きく膨らませ、次の瞬間、『口』の砲口から水弾を撃ち放つ。その下を掻い潜りながらさらに踏み込み、前進し、振り下ろした双槍から衝撃波を放つ透夜。その援護の下、水弾の発射間隔を「10秒!」と見極めたコハルが床へと屈み、自らの命綱を付け替え前進する。10m進んで再び身を起こして弓射。その間に透夜がさらに前進する。そのまま敵正面にて接敵し、同様にして前進した美具と桜と共に、敵前面に伸ばされた触腕との格闘戦を開始する。
「そうか。宇宙じゃ音が伝播しないんじゃったな」
 地上と同じ様に、自らの盾を剣で叩いて敵の気を惹こうとした美具は、改めて『仁王咆哮』を用いて己の気迫を叩きつけた。眼帯の奥でより燃え盛る青白い炎のオーラ。気圧された蛸が、正面、左前、左中央の3本の触手で美具を殴りに掛かる。
(来たっ!)
 最短距離で突き出された正面の突き、左上方から振り下ろされた触腕の殴打を盾で逸らし、受け弾き。最後、足を掬い巻き取らんとした下段からの横撃を盾の淵にて踏み止める。
 美具への全力攻撃で態勢が崩れた敵に突っ込む桜。本体への直撃を恐れた蛸が慌てて触腕を引き戻し、だが、桜はその触腕自体を狙って薙刀を横へと払い、刃を返して振り上げる。何か悪魔的な体液を撒き散らしながら暴れる触腕。桜は振るわれた反撃を踏み蹴り、反動で後方へ高く跳び‥‥ 直後、桜の下を潜って放たれた透夜の衝撃波が触腕を穿ち、切り飛ばす。
「よし、トドメじゃ!」
 そのまま身体を丸めて着地し、追撃をかけようとした桜は‥‥ だが、無重力の中、跳躍の反動そのままに宇宙へと飛び出していった。ピンと張る命綱。反動に「げふんっ」と息を吐く桜。慌てて駆けつけた美咲がその張った命綱を靴の裏で蹴り踏み抜き。振り子の様に振られた桜が遠心力ごと高速で甲板へと帰還──要するに叩きつけられる。
「へぶしっ!?」
「大丈夫、桜ちゃん!?」
「ぬぅ、ダメージの殆どは美咲の所為じゃが‥‥ 助かったのじゃ。普段の癖でつい飛んでしまった」
「跳躍は避けてください。必ず床面に足をつけて攻防を」
 最後の言葉は、美咲ではなく空だった。かつて地上で受けた訓練で、空は散々に脅かされた。慣れない宇宙、特に慣性については最大限の警戒が必要だ。
 空は直刀を抜き放ちながら蛸に接近すると、それを正面に構えつつ『呪歌』の歌詞を紡ぎ出した。歌詞冒頭──目の前の蛸に目に見えての効果はない。平歌、変調── 触手の一本の動きが鈍くなる。効果あり、と空が確信を得た瞬間、右方から別の触手が横殴りに振るわれた。届くのか、と驚き、回避に転じようとした瞬間、その眼前に割り込んだ人影が盾でその触手を受け弾く。
 美具だった。『呪歌』を歌う空に気づいた彼女は、文字通りの『不壊の盾』と化して蛸の前に立ち塞がっていた。
「歌に集中するが良い。あの触腕は引き受ける」
 更に襲い来る2本の触腕。美具の盾がそれを受け凌ぐ。空は心中で礼を言うと、美具へと迫る触腕を後方から『エアスマッシュ』で斬り払いながら、更にサビへと『呪歌』を進めた。淡く白く発光する彼我の光量が強くなり、それに応じて蛸の動きが徐々に鈍くなっていく。
「今だ!」
 きゅぴ〜んと目を光らせたコハルが、得物を刀と盾へと換えつつ肉薄、近接戦へと移行する。狙うは桜と同じく触腕自体だ。力押しで削り切るにも、逆転狙いで本体を狙うにも、前面に展開したこの触腕は邪魔すぎる。
 反撃の触手に盾ごと押し潰されそうになりながらも一喝と共にそれを押し返し、刀身に残光を曳きながら素早く触腕を切り裂くコハル。同様に美咲も大剣を抜き放ち、桜と並んで前に出る。
 だが、直後、断ち切られたはずの触腕がぶるりと震え‥‥ 次の瞬間、傷の中から新たな触腕が再生した。無い筈の方向から振るわれた一撃に目を見開く美咲。それを踏み込んできた透夜が双槍で受け弾く。
「KVだとなんてことない相手が、生身だとこれか‥‥」
 左右の槍の連撃により左翼の触腕を穿ち切る透夜。だが、それもすぐに再生しては反撃の殴打を振るってくる。
「斬り甲斐があり過ぎる!」
 触腕と切り結びながら、半泣きで叫ぶコハルと美咲。切り刻まれた蛸足の欠片がポロポロと周囲を舞う情景に、桜は「大漁じゃな」とその笑みを引きつらせた。


 50m後方のエレベーター上、S−02の陰に隠れた整備兵たちの所へ急ぐ有希と我斬。そんな2人から離れて一人、愛華は途上で足を止めた。場所はハッチとS−02との中間地点。蛸と機体を結ぶ直線上。即ち、整備兵たちを狙える水弾の射線上である。
 フックを安全柵に掛け、抱えたガトリング砲を構えて蛸へと向ける。後方へと下がる3人についても、蛸は勿論気づいていた。放つ水弾の一部を割き、彼等の背を撃つべく射出する。
「ぐるるるるっ! 蛸は水より墨を吐くべきだよ!」
 高速で射出されたその水の塊を『撃ち落』とすべく、愛華はガトリング砲を連射した。CIWSにも似た火線が宙を飛び、水弾を捉えて叩く。水の塊である水弾は爆発したりはしなかったが、砲弾にその質量をそぎ落とされたことにより、その威力を大きく減じた。愛華に当たって弾ける水の球。飛散した水がすぐに凍ってキラキラと周囲に光を放つ。
 そんな愛華の砲声を無線機越しに聞きながら、エレベーターまで辿り着いた有希と我斬は、整備兵たちが隠れるS−02の陰へと飛び込んだ。
「皆さん、大丈夫ですか? 怪我などをしている人は?」
 整備兵たちの中に班長──おやっさんの姿を見つけて、有希は勢い込んで尋ねた。大丈夫だと答える班長。有希はホッと息を吐くと、今度は機体の上に取り付いてそちらを調べ始めた。きょとんとする班長に対して我斬が方針を説明する。
「皆にはこれから船内に避難して貰う。エレベーターはあのタコ野郎が入り込む可能性があるから、俺たちが出てきたあのハッチからな」
「しかし、ハッチは50m先だ。その間、遮蔽物もなにもない。水弾で撃たれ放題にならないか?」
「遮蔽物ならあるさ」
 我斬はそうニヤリと笑うと、頭上の有希を振り返った。頷く有希。既に大破した機体であるが、対人用の水弾であれば十分に耐えられそうだ。
 有希と我斬は愛華に『決行』を連絡すると、機体の両端に移動して手をかけた。そのまま豪力でもって、僅か二人で容易くそれを持ち上げ、保持して宙に固定する。ギリギリまで水弾を撃ち落しながら退がってきた愛華がその裏側に回り込み。持ち替えたハルバードでもって『獣突』つきでブッ叩く。
「まさか、おい‥‥」
「そうだ。機体の後を追ってハッチまで走れ!」
 叫び、獣の力で打ち出され、慣性で宙を走るS−02の残骸を追って、能力者たちが走り出す。整備兵たちは慌ててその後を追った。


「わぅわぅ! 桜さん、おっきいのがそっちに行くんだよ!」
 愛華からその連絡を受けた時、桜は触手に跳ね上げられた美咲の命綱を薙刀の峰で引っ掛け、手繰り寄せてるところだった。
 美咲を急いで叩き‥‥もとい、引き下ろし、皆に避難の指示を出す。慌てて蛸正面から退避する能力者たち。事態を察した蛸が一瞬、その動きを止めた。迫るS−02の残骸を──自らに匹敵する質量の接近を目にして、蛸が前方3本の触手で防御の体勢を取る。
「てい!」
 と、その触手の1本を、側面に回り込んだコハルが思いっきり『天地撃』の一撃で叩き伏せた。慌てる蛸。2本では質量を防ぎきれない。かと言って他を回せば衝突時に船から引き剥がされる。
 蛸は攻撃を捨て、対衝撃姿勢への移行を優先することにした。だが、空の『呪歌』に捉われたその動きは遅い。
 さらに、美具が2度目の『仁王咆哮』を発動し、一瞬、そちらに注意を逸らされる。改めて正面に向き直った時、S−02は蛸の眼前にあった。その質量が2本の触手ごと本体へとぶち当たる。
「貰います!」
「喰らいやがれ!」
 さらに流れる残骸を隠れ蓑にして突入してきた有希と我斬が、命綱のフックに火花を散らしながら蛸正面へと突入する。正面の触手に大剣で、そして二刀流で目にも留まらぬ連撃を繰り出す我斬と有希。幾度と再生を繰り返してきた触腕が切り刻まれ‥‥ やがて、10本の細い触手となって我斬へと襲い掛かる。
「ま・た・お・れ・かぁー!」
 大剣を立て、襲い来る触手の半数を受け千切った我斬に、残りの半数が絡みつく。瞬間、我斬の手の中に現れる近接戦用のアーミーナイフ。素早い連続攻撃により絡まった触手を切り裂いていく。
 それを見た有希はハッとした。細い触手に分裂した触腕は、その触手を斬られた後は再生をしていない。
「各自、集中攻撃を! 蛸の再生能力にも限界があるようです!」
 有希は皆にそう告げ、眼前の触腕に向かって連撃を継続した。ズタズタに切り裂かれ、触手と化して千切れ飛ぶ蛸の脚── 最近、有希にはようやく分かってきたことがあった。‥‥バグアという生き物は、強者で在り続けたが故に、己の死というものに対して正面から向き合った経験に乏しい。最後まで行き抜こうともがくこともしない。──自分たちは違う。限界を受け入れつつも、それでもなお全力を尽くす。その強さが最後まで希望を有らしめる。バグアを倒す力となる。
「触腕さえなくなれば、後は本体を叩くだけじゃ!」
 我斬と有希が開拓した正面から本体へと突入する桜と美咲。素早い連続攻撃が力場を切り裂き、その奥の肉体を穿ち、抉り、切り裂いていく。
「突進系でも、勢いを止める『壁』があれば!」
 透夜は敢えて命綱のフックを外すと両手にその槍を構え、『迅雷』でもって突入した。そのまま蛸の身体を緩衝材代わりに、槍ごと、身体ごとぶち当たる。反動を磁力靴で押さえ、そのまま連撃に入る透夜。本体に無数の穴を穿たれた蛸が‥‥ 直後、焼いた餅の様にぷっくりと膨れだす。
「これは‥‥」
「まさか‥‥」
 互いに目を向け合い、予感を共有する能力者たち。慌てて蛸から離れようとして命綱に引き止められて。慌ててフックを掛け直して更に遠くへ移動する。
 限界まで膨れた蛸は、一瞬、赤く明滅して‥‥ 直後、巨大な火球と化して爆発した。


「うぅぅ‥‥ せっかくたこ焼き何人前かな、って楽しみにしてたのに‥‥ 涎で溺れ死にしないよう我慢してたのに‥‥」
 バラバラに弾け跳んだ蛸の残骸を見やり、えぐえぐと涙を流して悔しがる愛華。触腕の欠片を手にした桜は、それをそっと投げ飛ばした。如何に犬娘と言えど、こんなものを食べたら流石にお腹を壊してしまう。
「ねーねー、美咲さん。やっぱりハードシェルスーツの方が良いって。‥‥それはもう色んな意味で」
「クッ、ちょっと見ない間に生意気な。成長期だからって、成長期だからって‥‥」
 コハルを拳でグリグリと挟み込む美咲。勿論、ハードシェルスーツだから痛くない。
「指揮所より全艦。当船団はこれより第二次攻撃隊を発艦する。パイロットは機体への搭乗を開始せよ。繰り返す‥‥」
 そこへ伝えられるアナウンス。取りついた蛸の脅威は去ったが、戦いが終わったわけではない。
 慌しく動き出した『スピカIV』の甲板に、機体をなくした美咲が一人、取り残される。
 上手くならなきゃなぁ、と美咲は一人、呟いた。