●リプレイ本文
キメラの接近を告げる警報が鳴り響き、病院は混乱と喧騒の坩堝と化した。
慌てて外の車両へと殺到する患者たち。悲鳴が飛び交い、急かす兵たちの怒号が響く。轟く対空砲火。漂う硝煙。なんてこった。まさかこんな所で戦場の匂いを嗅ぐ事になろうとは。
「よし、いいぞ。急いで連れていってやってくれ!」
開いた傷口を『練成治療』で塞ぎ終え、寿 源次(
ga3427)は患者のストレッチャーから身を離した。礼を言い、看護師がそれを押して駆けて行く。駐車場では、患者で一杯になったトラックが既に移動を始めていた。
その喧騒の最中、白鴉(
ga1240)は一人、呆けた様にぼんやりと青い空を見上げていた。視線の先、クルクルと螺旋を描く様に降下してくる有翼のキメラたち。中でも天使を模したキメラ『アンゲロイ』は人の目から見ても美しく‥‥
「すげー‥‥綺麗なキメラ‥‥あんなのもいるんだな‥‥」
見惚れた白鴉が嘆息する。源次は溜め息を吐いて、その額を指で弾いた。
「いつっ!? ‥‥って、寿さん?」
「あれが『綺麗』? 貼り付けた美しさなど、俺には胸糞悪いだけだがな」
眉をひそめた源次が呟く。その言葉に彫り師の夜木・幸(
ga6426)が頷いた。
「俺もよく天使は刺青のモチーフにするけど‥‥外見だけの美しさじゃモデルとしてはまだまだだな」
そう。外見だけを幾ら取り繕っても駄目なのだ。魂ってもんが籠もってなけりゃ‥‥まぁ、バグアの『量産品』に芸術性を問うても意味はないが。
その間も車両は次々と駐車場を進発していく。源次は救急車に乗り込むと、白鴉と幸を乗せてエンジンのキーを回した。病院入口に救急車をつけるのだ。
「さて。探索班が戻るまでこいつを守るのが俺たちの仕事だ。折角迷子を見つけても、帰る足が無いんじゃ意味がない」
「湊さんは?」
「もう狙撃位置についている」
言いながらギアをバックに入れ、アクセルを踏み込む源次。エンジンの咆哮と共に急発進、タイヤを軋ませ突っ走る。
それで強かに頭を打ちつけて‥‥幸は、ふと感じた妙な懐かしさに首を傾げた。
出口へと向かう人の流れをすり抜けながら、鏑木 硯(
ga0280)とMAKOTO(
ga4693)は病院1階の廊下を駆け抜けた。
薄暗い廊下を走りながら、順番に、手分けをして扉を開けていく。
鍵の掛かった扉にMAKOTOは一瞬躊躇して‥‥構わず、気合いと共にその身を扉へとぶち当てた。キメラの来襲に怯え、閉じ篭っている可能性だってある。
両開きの扉をぶち破った先には空っぽになった救急処置室があった。一応、暗がりや物陰等、人が隠れられそうな所を見て回り、誰もいない事を確認してから隣室へと移動する。
そして、再び立ち塞がる鍵の扉。MAKOTOは「またぁ!?」と悲鳴を上げつつ、その金属扉も一発で破壊した。
一方、向かいの診療室に飛び込んだ硯は、耳を澄ましながら室内を捜し回った。
救出時、そして、雪中の撤退行。ユミィはいつも歌を口ずさんでいた。今もどこかに身を潜めながら、歌を口ずさんでいるかもしれない。
だが、歌は聞こえてこなかった。人の気配も全く無い。
硯は足音高く部屋を横切ると、ブラインドの隙間から外の様子を窺った。そこには病院裏手の木陰を探す綾嶺・桜(
ga3143)と響 愛華(
ga4681)の姿。そちらも未だ発見できていない様子で‥‥硯はキュッと唇を噛むと、汗で張り付いたポニーテールを払って廊下に出る。
そこに、松葉杖をついた患者を補助して歩く女医のアイナ・スズハラがいた。
「彼女が行きそうな場所? 残念だけど、私は聞いてないわ。けど、ウォルトが階段を駆け上がるのは見たわよ?
あと、参考になるか分からないけど‥‥所在の分からぬ相手を捜す時は、居たら最も困る場所から探せばいいんじゃないかしら?」
居たら困る場所。それは、降下してくるキメラたちから真っ先に見つかる場所だ。視界の開けた場所。例えば病院周辺の裏庭や駐車場、そして‥‥
「MAKOTOさんっ!」
3つ目の扉に体当たりをしようとしているMAKOTOを呼びながら、硯は返事も待たずに廊下を走り出した。
「いない‥‥っ! ユミィさん、見つからないよ!」
「ええい、情けない声を出すでない! ぬしが諦めてどうするのじゃ!」
泣きそうな顔で振り返る愛華の頭に、桜は跳び上がってチョップをくれた。別の理由で涙目になる愛華に背を向け、焦燥の表情を押し隠す。
(「‥‥どこにおる。せめてキメラに見つからぬ場所に居てくれれば良いのじゃが」)
顔を曇らせる桜。裏手の庭は決して広くはないが、人一人隠れるには十分過ぎる。
「諦めない‥‥絶対に諦めないよ! だって、ジェシー君と約束したんだよ。一緒にお見舞いに来ようって! ここでユミィさんを見つけなきゃ、その約束守れない‥‥絶対、絶対に連れて帰るんだよ!」
撤退行を共にし、今も州都南部で後衛戦闘を続ける戦友の顔を思い出し、気合いを入れ直す愛華。桜はニヤリと‥‥その唇の端は心底嬉しそうに──笑って見せた。
「それでこそ、じゃ。いくぞ、天然娘!」
「うんっ!」
改めて裏庭を駆け巡る2人。くまなく走り回ってユミィがどこにも居ないことを確認する。
「どうやらいないようじゃな‥‥戻るぞ、天然娘。そろそろキメラが下りてくる頃じゃ。硯や虎娘と合流して院内をローラー作戦で‥‥」
「桜さん、待って! ‥‥聞こえる。ユミィさんの歌が聞こえるんだよっ!」
犬耳をピンと立てた愛華がきょろきょろと頭を振る。それが一点で止まり、その視線の先の屋上にパジャマ姿のユミィが見えた。
「桜さんっ!」
「うむ、急ぐのじゃ!」
疾風の様に病院へと駆け戻る愛華と桜。その屋上に、『天使』が舞い降りようとしていた。
●
理由などなかった。
強いて上げるなら、それが日課だったから。
いつもは担当の看護士さんが屋上まで車椅子を押してくれる。けど、今日はみんな忙しそうだったから、1人で屋上にやって来た。
青空の下で歌うのは気分が良い。警報が鳴った時は怖かったけど、舞い降りる『それ』を見たらそれも止まった。
目の前で羽ばたく『天使』が、逃げもしないユミィを見て鳩の様に小首を傾げる。ユミィも同様に小首を傾げ‥‥
「天使、様‥‥?」
それはとても皮肉な事に。ユミィが半年振りに口にした有意の言葉だった。
●
半開きの扉を蹴破って硯とMAKOTOが屋上へと飛び出した時には、少し時間が経ち過ぎていた。
彼等の視界に飛び込んできたのは、へたり込んだユミィと、その前に倒れ伏すウォルト・ダルトン、そして、得物を構えた『天使』の姿。
自らを庇って怪我をした医師の血、それに塗れた両手を見下ろして‥‥フラッシュバックする記憶にユミィが大きく悲鳴を上げる。
その瞬間、硯の瞳が真っ赤に染まった。
その姿が掻き消えた次の瞬間、敵の懐に飛び込んだ硯が渾身の力で翼を打つ。一撃、二撃。さらに攻撃を加えようとして、硯は吐血と共に膝をついた。
カッと見開かれたキメラの目。何かをされた。だが、避けるわけにはいかなかった。背後には無防備なユミィが居る。
「‥‥ンのぉッ!」
無理矢理に血の塊を呑んで立ち上がる。だが、キメラは無防備な硯に得物を振り上げて‥‥
吹っとんだのは、キメラだった。裂帛の気合いと共にMAKOTOが突っ込んだのだ。
「‥‥シュッ!」
肩から半身を突っ込ませたMAKOTOが獣の力でキメラを柵へと吹き飛ばす。追撃。地を蹴り、肘を突き込んで、そのままクルリと背中越しに肘を打つ。再び吹き飛ばされたキメラは柵を越え、そのまま下へと落ちていった。
「硯君、大丈夫!?」
駆け寄るMAKOTOを手で制して、口の端の血を拭いながら硯はウォルトの側にしゃがみ込んだ。脈を診る。良かった、まだ生きている。
救急セットを取り出すMAKOTOにウォルトを任せ、硯は小さく悲鳴を洩らし続けるユミィを抱き締めた。かつて聞いた歌をあやす様に口ずさむ。やがて落ち着き、意識を失うユミィを胸に抱き、硯は頭上の空を見上げた。
数体のキメラが、続けて屋上へと下りてくる所だった。
「まずここを離れましょう。治療は中に入ってからで」
そう言って、そっとユミィを背負う硯。MAKOTOは『お姫様抱っこ』でウォルトを抱えてスッと立つ。
「‥‥ん? 何?」
「いや‥‥格好いいなぁ、と」
自分にしか分からぬ理由で、硯はそっと笑みを零した。
「こっちだ! ほら、お前たちの相手はこっちにいるぞ!」
救急車から少し距離を取り、白鴉は下りてくるキメラたちに挑発の言葉を投げつけた。出来うる限り戦闘は避けたいが、院内へと迫るキメラは流石に看過できなかった。
白鴉の言葉に引かれる様に、一匹の『ハーピー』が鉤爪を前に突っ込んでくる。白鴉はそれを半身で避け、カウンターで手にした白銀の槍を突き出した。
地に叩きつけられて暴れるハーピーに止めを刺し、空を飛ぶアンゲロイを手で招く。『天使』は空中から白鴉を睥睨し‥‥直後、少年は血を吐いていた。
(「見えない攻撃っ!?」)
戸惑いつつも地を蹴り跳ねる。それを追う様に視線を飛ばすアンゲロイ。必死にそれを避けながら‥‥いつしか、白鴉は『天使』をその射程に収めていた。
「いつまでも調子に乗んなぁ!」
ブゥン、と振り下ろした槍から放たれる衝撃波。不可視の波が『天使』を打ち据え、その身を地上へと叩き落す。白鴉は即座に距離を詰めると、その槍でキメラを貫いた。
「ハッ! 俺に翼はないけど、地上戦なら負けねぇぜ!」
血に濡れた槍を振るい、空中の敵へと見得を切る。見上げた敵の数は、いつの間にか倍近くになっていた。
「へ‥‥?」
まるで餌場に群がるカモメの様に殺到するキメラたち。白鴉が堪らず悲鳴を上げる。
「ちょ‥‥流石に数が多すぎますよ? って、うおぉっ、みんな早く帰ってきてーっ!」
「ほぅ? いっちょまえにキメラが怒るか。ならこっちに来るがいい」
源次と幸のサイエンティストの2人は、鏡で反射させた光で以って、病院へと近づくキメラたちを誘引していた。病院内への進入を出来る限り減らす為だ。
「来たぞ、夜木。外すなよ」
「りょーかい」
急降下してくるハーピーを冷静に見つめ、二人が超機械を起動する。キメラの全身から真っ白な煙が吹き上がり‥‥次の瞬間、火達磨と化して大地に激突する。
「哀れみはせんよ。私怨で悪いが、空を飛ぶキメラには良い思い出がなくてな」
冷徹に呟く源次に幸がヒュゥ、と口笛を吹く。
「いいねぇ。今度、刺青彫らせてよ」
「無駄口はいい。次が来るぞ」
その後も高火力で敵を焼き続ける二人。だが、戦闘はそれ自体が新たな敵を呼ぶ要因と化す。
「グッ‥‥!」
建物の陰になるように垂直に降下してきたハーピーが、幸の背中を鉤爪で抉った。既に二人が焼ける以上にキメラが集まって来てしまっていた。
傷口を押さえ、『練成治療』で癒す幸。接近されてしまえばサイエンティストは脆い。顔を上げた幸の瞳にハーピーの鉤爪が迫り‥‥!
パパパアァァン!
三連の銃声が響き、そのキメラは頭部を粉砕させて力なく地に堕ちた。
集ろうとしていたキメラたちが一斉に高度を取る。源次はその隙に、幸を担いで装甲救急車の荷室へと飛び込んだ。
(「荒れ果てた大地に天使が舞い降りる‥‥ありがちなフレーズですけど、この『天使』は頂けないですね。人々を救済するのではなく、ただ破壊の為に存在するなんて」)
病院敷地に隣接する民家の二階の窓の奥。アサルトライフルを構えたスナイパー、鳳 湊(
ga0109)はぼんやりとそんな事を考えた。
考えつつも冷静に、視線と銃口は60m先の戦場を捉え続ける。やがて、白鴉のすぐ側に最初の『天使』が舞い降りた。
(「『天使』だけは、真っ先に潰さなければ」)
機械的に進む思考。『神弾』に追われる白鴉を見ても慌てる事無く、慎重に照準を絞りつつ‥‥敵がその背中を見せた瞬間、『影撃ち』で翼を狙い撃つ。
パパパンッ!
三点射のように素早い三連射が『天使』の背の翼を撃つ。着弾は白鴉が衝撃波を放つのと同時だった。地に落ち、止めを刺されるキメラの姿を確認して、すぐに次の目標を探し始める‥‥
その後も、湊は主に味方の背後から襲いかかろうとする敵を狙撃し続けた。
死角から幸を襲ったハーピーを三連射で仕留め、敵中の白鴉を援護する。だが、どうにもこうにも、集まってきたキメラの数は対処能力を超えようとしていた。
(「院内に入ろうとしたキメラは半分以上こちらに誘引したはず‥‥捜索はまだですか!?」)
内心、焦りつつも照準がぶれないのは過去の鍛錬の賜物か。湊は敵中に見つけた『天使』に再び狙いを定めて引き絞る。
着弾。蒼空に白い羽根が舞う。だが、その『天使』は堕ちる事無く羽ばたいて‥‥その視線を湊へ真っ直ぐ向けた。
(「見つかった!?」)
再び銃を構える湊。『天使』は大きく高度を取って射程外へと逃れ出る。湊は舌打ちと共に部屋を飛び出し‥‥直後、窓枠をぶち破って『天使』が室内へと飛び込んだ。
「桜さん、いくよ!」
合図と共に、愛華は院内に侵入した敵に『真音獣斬』を叩きつけた。タイミングを合わせ、小さな身体で壁を蹴るように疾走する桜。短めに持った斧槍がシュパパッと振るわれ、切り刻まれたハーピーが羽根を散らす。
ドカッ‥‥! とそこに突き込まれる突撃愛華の槍の穂先。動かなくなった敵から槍斧を引き抜き、愛華は小さく息を吐いた。
「この近辺の敵は皆、追い払ったようじゃな‥‥」
溜め息を吐く桜。ユミィとウォルトを連れた硯とMAKOTOが階段を下りてきたのはその時だった。
「ユミィさん!?」
硯の背中でぐったりとするユミィに駆け寄る愛華。硯に怪我はしていないと聞いてホッとする。
「先生も怪我してるけど応急処置はしておいた。今すぐどうこうはないと思う」
「なら長居は無用。なに、後は階段を駆け下りて、玄関先の救急車に飛び乗るだけじゃ!」
得物を持つ愛華と桜、二人を先頭にして四人が走る。階段を下りれば一直線だ。1F廊下のキメラたちが気がつくも、無視して救急車の荷室へと走り込む。
「よう。おかえり」
怪我の治療を済ませ、荷台で横になっていた幸が笑う。後部扉を閉めると同時に源次はアクセルを踏み込んだ。
白鴉に集るキメラに突っ込み、後輪を滑らせて円を描いて追い散らす。そのまま白鴉をピックアップ。続けて湊が潜伏していた民家の前へと移動する。
鳴り響くクラクション。追い縋る、或いは周囲から寄ってくるキメラに箱乗りの桜とMAKOTOが銃撃を加え‥‥
民家の二階から湊が窓を突き破って救急車の屋根へと飛び下りてきた。続けて飛び出した『天使』に向かってフルオート。おまけに銃把で殴り飛ばす。
「しっかり掴まってろよ!」
住宅街の中の道を疾走する救急車。湊が敵中に撃ち放った照明弾の閃光を残して。救急車は味方の防衛線へと走り去った。