タイトル:銘無き戦士の、銘無き戦マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/09/21 23:58

●オープニング本文


 2012年8月。北米フロリダ半島、決戦場──
 敵の陽動によりメトロポリタンXから引き離されたエミタ・スチムソンとその主力部隊は、UPC北中央軍と傭兵たちの大部隊に拘束され、進むことも退くこともできなくなっていた。
 両翼の部隊は既にUPC軍の攻勢を支えきれず、中央への後退を始めている。左右から流れてきた部隊の合流によって中央の兵力は厚さを増しつつあるが‥‥ 敵は敢えてこちらを分断せず、全て中央に追い込むように動いているようだった。
 何故か──? エミタのシェイドをここで確実に葬る為だ。こちらが一箇所に纏まれば、敵も戦力を集中できる。敵の方が数でも勢いでも勝っている現状、そうなってしまったらこちらは包囲殲滅されるのを待つしかない。
「エミタ様より戦場離脱の命が下った。メトロポリタンXの守備隊には合流せず、南東の海上へ脱出するように、と」
 自らの無念を言の葉に引きずるように、バグア・ドルトンは近場の部下たちに向かって噛み締めるようにそう告げた。エミタが発したその命令は、戦況を転換する術が既に失われた事を意味していた。
 傍らに立つ『無銘のエース』は、それを無感動に聞き入れていた。
 どうやらこの北米では、自分が戦える場所は無くなるらしい── ぼんやりとそう理解する。
「さて、無銘の。我々も選択をせねばならん。このままここで戦い、雄々しく散るか‥‥ エミタ様の言う通り、海上へと逃れて最後まで戦い続けるか」
 ドルトンとその部下たちは旧リリア派のバグアであり、エミタと共に往く義理はなかった。無銘自身は無派閥であり、後は自分自身の始末を自分で決めればいいだけだ。
 無銘は沈思した。‥‥この戦場はもうダメだ。エミタは恐らく、敵の総大将がいるアトランタへ吶喊するだろう。エミタ派の多くはそれに付き従うのだろうが、旧リリア派など他の多くは示された退路へ心を移してしまっている。‥‥遠からず、戦線は崩壊するだろう。そうなってしまえば組織的な抵抗など行えず、各個に槍衾にされるだけだ。
「流石にそのような最後はつまらんな。正直、まだ戦い足りない所ではあるが、この場で戦い続けるのは論外だ。かと言って、メトロポリタンXや海上──中米への退路──に抜けるルートには、当然、網がかけられているだろう」
「では?」
「敵の包囲網はまだ完成したわけではない。こちらの左翼を追う敵右翼と、敵中央の間隙を衝き、突破する。タイミングはシェイドの吶喊直後。戦力が要る。周辺の味方にも出来うる限り声をかけろ。突破後はキメラを残し、各自散開。敵に組織的な追っ手をかけさせるな」

 こうして敵中を突破した無銘たちは、半島南部にある後方基地の一つを目指した。
 移動の途中でメトロポリタンXが陥落し、アスレードもエミタも戦死した事を知った。バグアたちは無言で歩を速めた。メトロポリタンXが陥ちたとなれば、半島全土にUPCの手が及ぶのも時間の問題だ。
 無銘たちが到着したとき、件の後方基地は既に敗残兵でごった返していた。この後方基地は地球と宇宙とを繋ぐ補給拠点の一つだったが、基地司令が決戦前に真っ先に宇宙へ逃亡した為、残された防衛命令を律儀に守る基地作業員と敗残兵との間で悶着が起きつつあった。
 無銘とドルトンは顔を見合わせ、半ば強引な手段で基地の指揮権を掌握すると、基地に残っていたBF(ビッグフィッシュ=バグアの輸送母船)を用いての脱出計画──重力圏離脱のスケジュールを作成させた。
 敗残兵と物資を目一杯シャトルに詰め込み、端から宇宙へと送り出す。余計な『荷物』を背負ってしまった為、無銘たちは最後まで残る羽目になった。途中、先行してきた敵の威力偵察部隊をゴーレムで蹴散らしたりもした。
(この後方基地に逃げて来た味方の数が少なくて助かったな)
 敗走する敵を見送りながら、無銘はそう心中で呟いた。この後方基地はあくまでメトロポリタンXのサブであり、宇宙への輸送能力は決して高くはない。限界を超える敗残兵が押し寄せていたら、脱出計画の遂行などまともにできなかっただろう。
 やがて、休み無く作業を続けた結果、後方基地に残っていた敗残兵はその殆どが宇宙へと旅立った。
 無銘たちは、基地に残された最後のBFに敗残兵と物資、自分たちの機体を余裕を持って乗り込ませると、作業員たちに基地の自爆装置を起動させ、自らも脱出船に乗り込んだ。
 地上より発進し、その船首を天へと向けるBF。ブーストを焚いて上昇へと転じるその船のブリッジで、センサーが敵を捉えたのはその時だった。
 バラバラの機種で構成された2個小隊規模のKV隊── 傭兵隊、敵の精鋭だ。なかなかどうして、地球人も打つ手が早い、と、緊急事態にも関わらず無銘が笑みを零した。
「俺のゴーレムを出してくれ。俺が敵の足を止める。なに、すぐ追いつくから気にするな」
「馬鹿を言うな。ゴーレムでは加速するBFに追いつけまいが!」
 渋るドルトンに、無銘は「頼む」とだけ告げた。このまま逃げてもおいつかれるだけだ。ドンガメ(鈍亀)の輸送船の中で何も出来ずにただ死ぬのは、パイロットとして、戦士として耐え難い。
 なら俺も、と言うドルトンを、無銘は片手を上げて制した。ドルトンには部下がいる。そして、この敗残兵の集団には統率者が必要だ。
 言葉に詰まったドルトンは、ならば自分のタロスを持って行け、と無銘に告げた。強化型だ。ゴーレムよりも戦力になるし、なにより本格的な飛行が可能である。
「あのぅ‥‥」
 そこへ基地作業員の一人が言葉を挟んだ。
「それならば、基地にあったティターンを使ってください。本当はメトロポリタンに送られるはずだった機体ですが、決戦前のゴタゴタでこちらに送られてしまって‥‥ 基地司令がいなくなってしまったのでどうすればいいのかも分からず、そのままこちらで預かっていたのですが、この状況なら使ってしまっても構わんでしょう」
 一分後── そのティターンの操縦席で、無銘は「なんてこった」と呟いていた。これまで量産機に乗って戦ってきた自分が、最後の最後でエース機に乗ることになってしまった。無派閥故の冷遇と諦念を抱いてきた無銘だが、ここに至り遂にその力量に相応しい乗機を得たと言える。
「戦場は宇宙にもある。無駄に死ぬな。必ず追いつけ」
 ドルトンの言葉と共に、空を飛ぶ輸送船のハッチが開く。無銘はそれに答えず、蒼空の只中に向けて機を跳躍させた。
(妙な話になったものだ。だが、死に装束としてはありがたい)
 迫る敵影を見つめながら、無銘は一人、口の中で哄笑を鳴らした。

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
美紅・ラング(gb9880
13歳・♀・JG

●リプレイ本文

 敗残兵討伐の任務を受けた能力者たちのKVは、忙しく離発着を繰り返す正規軍機の合間を縫って、UPC軍航空基地の滑走路から飛び立った。
 追撃戦から掃討戦へと移行しつつある航空基地は、上空もせわしなかった。だがそれも2分も飛ぶと、蒼い、静かな空へと取って代わる。
「敵にもなかなかの手練れが居るようだが、ここで残党を残すわけにもいかんしな。速やかに後顧の憂いを断つとしよう」
 空を往く雷電の操縦席でそう告げる榊 兵衛(ga0388)。機のセンサーが反応を示したのはその時だった。増設したブースターから炎を噴射し、上昇していくBF。その足元では、自爆した地上施設が燃えている。
 宇宙へと逃げる気か── ブーストを焚き、追撃態勢に入った能力者たちは、だが、次の瞬間、信じられない光景に目を瞠った。地球から脱出しようと上昇を続ける宇宙船── その中から、1機の人型ワームが蒼空へと身を躍らせたからだ。
「あれは‥‥ティターンか? わし等への抑えじゃろうが、あれだけの機体を、このタイミングで出してくるとは‥‥」
 引っかかるものを感じ、綾嶺・桜(ga3143)が眉をひそめる。同様の感覚を抱いた阿野次 のもじ(ga5480)は無線機のスイッチを入れ、現れた敵機に向け、全周波数で問いかけた。
「‥‥まず確認するわ。その輸送船、非武装で非戦闘員のみなら見逃すけど‥‥ そんなことはないわよね?」
「なるほど、貴様か、『有明の白い悪魔』。あの時とは立場が逆というわけだ」
 その返答を聞いて、のもじは「やっぱりね」と呟いた。『無銘無紋』──名も語らず、誇らず、戦い続けたバグアの凄腕パイロット。以前、この敵手は避難民を満載した輸送機を見逃し、兵を退かせたことがある。
「‥‥避難民船ということはありえない。あの船には完全武装のティターンが乗っていた。残存戦力を宇宙へ送る兵員輸送船と判断すべきです」
 守原有希(ga8582)の状況把握に、感心したような声を漏らす無銘。有希は通信にスクランブルをかけると、味方に対して指示を出した。
「全機、W字隊形。ティターンに対する包囲態勢を取ると見せかけつつ、両翼の4+1機でBFを追撃します」
 有希はさらに、敵の新手の出現に関しても味方に注意を促した。ティターンだけということはあるまい。それ以外の戦力もある公算が大である。
「ここであの船を宇宙に行かせるわけにはいかないんだよ! 絶対、後々の禍根になるはずだから‥‥!」
 響 愛華(ga4681)が、僚機と足並みを揃えるようにスロットルを開いて機速を上げる。美紅・ラング(gb9880)は頷いた。逃がすものか、である。地球上にはびこるバグアを全て掃討しようという今、ここで脱出を許してしまっては興醒めも甚だしい。『どぶに落ちた犬は沈める』を信条とする美紅としては是が非でも、どぶに落ちたバグアどもには浮かぶ瀬も無く沈んで貰わねば。
「なるほど。もはや語るべき言葉は持たぬ、か」
 無銘は機の出力を全開にすると、BFとKVの間に立ち塞がった。そのまま小手調べとばかりに、マルチロック式のマイクロミサイルを一斉に撃ち下ろす。
「全機、隊列を維持!」
「突進だよ! 多少の被弾は覚悟の上!」
 上昇する機の加速度にシートに押し付けられた能力者たちの眼前、風防越しに広がる蒼空に、まるで投げかけられた投網の様に無数の小型誘導弾が降り注いでくる。愛華のクラーケン、クリア・サーレク(ga4864)のスレイヤー、のもじのピュアホワイトが装備した近接防御火器が迎撃を始め、中央前衛に位置するディアブロのパイロット、月影・透夜(ga1806)が前方へ集積砲を撃ち放つ。
 無数の爆炎が空に咲き‥‥ 煙と破片の只中を傭兵機たちが突き抜ける。ブーストを全開にした彼等は、その擬似慣性制御を用いて一瞬、その機首を横に向け‥‥ ティターンを包囲しようと見せかけたその動きに無銘が反応した──反応してしまった──瞬間、再びブーストを焚いて機首を上へと戻し、再び最大戦速でBFを追い始める。
「抜けた‥‥! 桜さん、あのティターン‥‥!」
「構うな! わしらが今追うべきはあのBFじゃ!」
 そのまま上昇を続ける愛華と桜。同様に兵衛の雷電、有希のスレイヤー、美紅のR−02Sがほぼ垂直に空を往く。
 透夜、クリア、のもじの3機は、ティターンを抑える為に残った。横に向いた機首を上へは戻さず、そのまま無銘機の背後に滑るように愛機を操る透夜。左捻りこみ── ジェットの時代になってから失われた往年の空戦機動を、擬似慣性制御でもって擬似的に再現し、正面、機のレティクルに敵機を捉える。
「多角急旋回攻撃は、FL(=フライングランサー。かつての無銘の愛機)だけじゃないんだよ」
 高威力の集積砲を撃ち放つ透夜。その高エネルギーの奔流を、無銘機はかざした盾で──その表面に一点集中した力場で受け凌ぐ。
 だが、その背後にはクリア機が回り込んでいた。申し分の無いタイミングだった。ここ一連のティターンの動きは、隊列の底に位置するのもじの情報支援機が余す所なく捉えている。
「この状況で『捨て肝』に出て来る君の戦意と豪胆さは認めるけど‥‥ でもね、死に場所を探しているような人になんか、絶対に負けないんだから!」
 機を人型へと空中変形し、力場の白光を纏いながら練剣『白雪』を手に吶喊するクリア。──ボクは未来を捨てない。だって、やりたいことがいっぱいあるんだもの。だからこそ、ここでBFは沈める。最終決戦を少しでも有利にする為に。バグアに怯えずに済む、平和な時間を取り戻す為に──!
「挟撃か!」
 無銘は戦慄し、同時にその笑みを強くした。背後へ一気に推進波を叩きつけ、その奔流で一瞬、透夜機の態勢を崩す。そのままクリア機に向き直る無銘。反撃は間に合わぬと悟り、半ばまで鞘走らせた機剣で受け凌ぐ。
 手にした白雪を横殴りに一閃させたクリア機は、その光刃で無銘の剣を半ばから断ち斬った。空中で急停止する無銘機。その横を流れるように飛び過ぎながら、クリア機が戦闘機形態へと変形する。
 一方、空中停止した無銘機はその両腕にプロトンランチャーを引き出すと、離れた位置で情報支援を行うのもじ機に向けて不意打ち気味に撃ち放った。瞬間、操縦桿を傾けて回避するのもじ。機体の装甲表面の塗料がその莫大な熱量に炙られて焼け落ちる。
「さすがはティターン、半端じゃないわね‥‥ ってか、この期に及んでティターンを手に入れるとか」
 水を得た魚の様に暴れる無銘を見て苦笑を浮かべるのもじ。
 ちらとセンサーモニタに視線を落とす。そこには、上昇し続ける追撃班の皆が、遂にBFをその射程に収めようとする姿が映っていた。


 空中に、色とりどりの雲が咲く── それは、無銘機突破後に、美紅が無銘機とBFの間に放った煙幕弾の煙だった。
 これで無銘はBF方向を直接視認することができなくなった。即ち、長距離砲撃と言う横槍を入れることが難しくなったのだ。無論、計器射撃はできるだろうが、その命中率は当然、低下する。
「射程に捉えた‥‥ じゃが、攻撃機会はそうそう無いかの‥‥」
 ぶれる照準越しにBFを睨み、呟く桜。全力で逃げる目標を追い撃つのは難しい。88mm光線砲の射程に到達── と同時に、アクチュエータで砲を制御しながら、BFの増加ブースター目掛けて発砲する。
 光線は狙い過たずに命中し、ブースターの装甲表面に切れ目を入れた。それは即ち、能力者たちが確実に当てられる距離を把握したことを意味していた。
「必中距離じゃ! まずはその余分なブースターから壊させて貰うのじゃ!」
 桜の照準射撃に続き、各機が本格攻撃を仕掛けようと、搭載した武装に火を入れる。
 BFのハッチが開き、2機の強化型タロスが飛び出してきたのはその時だった。
「えぇい、邪魔するでないわ! 邪魔をするなら、おぬし等も纏めて喰らうがよいのじゃ!」
 出撃したタロスは、だが、飛び出した直後、桜のシコンに種子島の貫通攻撃を、有希機にGP−02Sミサイルの2目標攻撃を同時に受ける羽目になった。船内に発生した新たな重力波の歪みを、のもじが察知し、警告していたのだ。
 先手を取られたタロスの1機は、回避運動を取ったことで母船から離れてしまった。その間隙に機を突っ込ませる兵衛。物凄い勢いでBFとの間に割り込み、雷電とは思えない高機動で巴戦をしかけ、擬似慣性制御による急旋回で追い回す。タロスの1はそれに対応するだけで手一杯となった。機に練力を叩き込んで攻撃を回避し、ライフルで反撃を行うタロス。兵衛は機銃を撃ち捲くりながらそれを追いたて、さらにBFから引き離す。
 もう1機のタロスには有希が対応を始めていた。出て来た連中がBFを逃がす為の死兵であることは想像がついた。狙うは短期撃墜だ。防御に徹せられればBFを逃がしかねない。
 その傍らを通過した愛華は有希機にチラと視線をやると‥‥ロックオン済みの多目的誘導弾を全弾、BFへ向け発射した。
「わぅっ! 外部ブースター‥‥ あれを破壊できれば、宇宙には行けなくなるはずだよね!」
 でなくても、その移動速度は大きく減じることができるはず。そうして上昇するミサイルの軌跡を追った愛華は、だが、着弾を見届けずに反転、降下した。
「あとはよろしく、桜さん!」
 叫び、逆落としに降下していく愛華機。その背後、BFのブースターに誘導弾が次々と着弾し、破片がキラキラと空を舞う。愛華は雄叫びを上げながら、眼前に迫るタロスに向けG放電の引き金を引いた。振り仰ぐタロス。それを絡め取る幾筋もの電撃の束。瞬間、力場を纏って人型へと変形した有希機が機剣を抜き打ち気味に振り下ろし。円月の軌跡を描いた刀身がタロスの左腕を切り飛ばす。
 桜は好機を見逃さなかった。保つはブースト、必中距離。BFに重なったロックオンシーカーが緑から赤へと変わる。
「今じゃ!」
 桜機から次々と放たれる16式螺旋弾頭弾。それは宙を疾走して上昇するBFに喰らいつき‥‥ 突き刺さった弾頭がドリルを回転させ、内部へと潜り込む。
 直後、一際大きな爆発が起こって、ブースターの1基が炎と共にBFから脱落していった。その横を駆け抜け、上昇していく1機のKV。美紅のS−02Sだ。こと降下・上昇に関して、この機体の右にでる機体はない。
「はっはーっ! スピードなら負けないのである!」
 光の奔流を吐き出しながら、一気にBFを抜き去る美紅。そのまま大きく弧を描くように反転し、直上から衝突コースでBFへと突っ込んでいく。増加ブースターを破壊されたBFは、艦本体の慣性制御装置で上昇を続けていた。その加速度は落ちている。即ち、攻撃機会が増えたということだ。
「沈めぃ!」
 一直線に降下しながら、機首下、威力を強化した狙撃砲を立て続けに撃ち放つ美紅機。装甲をへこませつつ貫通した砲弾がBF船首で爆発する。
 美紅は衝突直前まで攻撃を続けると、操縦桿を傾けて突進して来る船体をかわし、すれ違いつつ甲板上に砲撃を浴びせ続けた。まるでミシンで縫ったように、BFの船体を小爆発が縦に走る。急降下する美紅機。すれ違う桜機。そこから放たれた誘導弾がさらにBFの機関部へ貫通する。
 船体後部に一際大きな爆発を発したBFは‥‥ 二つに折れて更に巨大な爆発の華を蒼空へと咲かせた。爆風にひしゃげた船体前部は信じられないほど高速で回転し‥‥海面へと激突すると、巨大な水柱を突き上げた。


「行かせないよ!」
 足止めのKV3機を突破して味方と合流しようとする無銘機に、側方からクリアが突っ込んだ。
 RG−04E誘導弾を翼下からリリースしながらプラズマライフルを放つクリア機。かわそうとする無銘機を透夜が銃撃で頭を抑え。直撃せんとするミサイルを無銘は脚を振り上げ叩き、その足首から下を持っていかれる。
(自己修復機能、強化。強化慣性制御、再起動)
 ひらひらとキルゾーンから逃れながら、反撃の銃火を放つ無銘機。情報支援を行うのもじは、まるで天使みたいに空を飛ぶのね、とそんな事を考える。
「‥‥無銘のエース。キミの本当の名前は?」
 開いた距離を詰めながら、クリアが眼前の敵に問う。名か‥‥ と無銘は呟いた。バグアにとってそれは個の本質を示すものではなく、言ってみれば記号に過ぎない。
「‥‥ふざけるな!」
 叫んだのは有希だった。愛華機と、そして、炎を吐きながら墜ちるタロスの残骸と共に下りて来る有希機。その向こうでは、兵衛機の狙撃砲に右腕を、頭部を、そして胴を立て続けに貫かれたタロスが、蒼空に爆発して砕け散る。‥‥一人になったか、との無銘の呟きは、だが、有希の怒りの声に掻き消された。
「街を破壊し、命だけでなく知識と経験を‥‥言わば人生の全てを収奪する、それがお前たち、バグアだ! 己の名すら奪わねば持てぬ塵芥が。ふざけんじゃねぇ!」
 振り絞るような有希の叫びは、だが無銘には届かない。生物としての在り様が違う。故に話にならない。そも他者の生命を犠牲に喰らうは、人類だって同じこと‥‥
(自己修復するか‥‥? いや、最早‥‥)
 無銘は残った練力を全て能力の一時強化につぎ込むことにした。空中変形で切りかかってきた有希機をかわし、抜剣して切り捨てる。爆発するエンジンブロック。折れて短くなった刀身は操縦席まで届かない。
 無銘は更に、残ったマイクロミサイルを撒き散らし、有希機後方にいた愛華機をも巻き込んで撃墜した。有希と愛華はタロス戦で消耗していた。無駄ではなかったぞ、と、散った戦友に無銘が呟く。
「流石にやる! だがこっちも負けられない。純粋に、一戦士として勝負だ!」
 ブーストを焚き、正面から突っ込んでいく透夜。迎撃のライフル弾をバレルロールでかわし、集積砲を撃ち放つ。その一撃に盾を持った左腕を砕かれ、大きく高度を下げる無銘機。そこへ兵衛機が、さらに、美紅機と桜機が降下してきて、クリア機と共に攻撃を浴びせかける。
 練力が切れた無銘機に、それ以上為す術はなかった。四肢を、頭部を、推進器を砕かれ、破片にその身をズタズタにされて墜ちていく。
「‥‥まぁ、ここで逃げ延びたところでジリ貧になるだけだしな‥‥ 野ざらしで損耗した挙句の敗北、というのもつまらんよ‥‥」
 戦士として最高の状態の時に、より強い敵手に討ち取られる── これでいい、と無銘は血を吐いた。
 『機体融合』は行わなかった。搭乗者の死亡を確認した彼の最後の愛機は、自爆装置を作動させてその最後の役目を遂行した。

「‥‥バグアとか関係なく、あいつは最後まで戦士だったんだな」
 墜ちていくティターンの残骸を見送りながら呟く透夜。
 笑って死んでいったのだろうな、と、痕跡すらなくなった空を見やり、のもじはひとり嘆息した。
(いい男ばかり先に格好つけて死んでいく。‥‥ったく。見送る側の身にもなってよね)
 今夜は飲もう、とのもじは誓った。空だけがいつもと変わらず蒼かった。