●リプレイ本文
やはり生きていたか──
ティム・グレンと超大型ヒトデキメラが現れたとの報告を受けた時、オグデン・アヴェンジャー大隊の指揮官と幕僚たちの反応は、概ねそんなものだった。
脇の甘い新兵たちと異なり、この地獄のユタで何年もティムと戦い続けた彼等はそのような事態も想定に入っていた。直ちに全隊に警報が出され、上空、傭兵のKV隊にも支援攻撃が要請される。
「なんだ? ティムがこっちに来るって?」
「ああ。おそらく、決着をつけようというのだろう」
防衛態勢を整える旧オグデン第1避難民キャンプ・外縁陣地の塹壕の中で、部下に指示を出しながら軍曹たちが──ウィルとジェシーが会話を交わす。その上空を、白く水蒸気の雲を曳きながら飛んでいく3機のKV── 暮れ始めた空を見上げて、陣地内の兵たちが作業の合間に、拳と歓声でそれを見送る。
「HQ、HQ。こちらGeese1。オグデンを通過。これより戦域に進入する」
その3機のKVの一、シュテルンを駆るセレスタ・レネンティア(
gb1731)が、上空から陣地を見下ろしながら状況を司令部へと報告した。
眼下の兵たちを思って浮かべた微笑に、だが、すぐに苦々しいものが交じる。少し前まで、セレスタも彼等と一緒にあの地で、そして、アンテロープ島で傭兵歩兵として戦った。‥‥あの巨大ヒトデと見えるのはこれで二度目だ。二ヶ月前、大隊が戦略的撤退を果たす際にも奴は現れ、味方に、仲間たちに多大な損害を与えていった。
部隊の撤収自体は、どうにかギリギリで果たされた。だが、代償として、かけがえの無いものを奪っていった。
「‥‥俺たちは、ダンには大きな借りがある。俺たちが今、こうしてここにいられるのもあいつのお陰だ」
「許せんと‥‥ ダンさんにそれを決断させた敵と‥‥ それを止めれんかったあん時のウチが‥‥」
僚機、ディアブロ『影狼』に乗る月影・透夜(
ga1806)と、スレイヤー『Exceed Divider』の守原有希(
ga8582)もまた、KVパイロットとしてあの戦場にいた。自らの身を犠牲に、大隊の、負傷した相棒の撤収する時間を稼いだ民間人──医療支援団体『ダンデライオン財団』車両班・MAT(突撃医療騎兵隊)の機関員、ダン・メイソン。彼の献身と犠牲に報いる為にも、あの敵は自分たちが倒さねばならない。
「‥‥いました。HQ、ポイントアルファにて目標を視認。報告通り、大型ヒトデ1、各種キメラ多数。現状、上空からはティム・グレンの姿は確認できず。‥‥予定通り、降下し、攻撃を開始します」
発見した敵の上空を綺麗なトライアングルで旋回しながら、セレスタは司令部にそう報告した。
戦場は、荒野。本来なら『斜面』のあるキャンプ外縁陣地まで引き込みたいところだったが、既に仲間の傭兵歩兵たちがティム討伐のため荒野まで出張っている。彼等の接敵前にティムとヒトデを分断する必要がある以上、ここで仕掛ける他はない。
「正規軍の対地KV隊は、今、大規模な空爆を終えて帰投中です。上空は制空隊に任せ、ここはうちら3機で始末をつけます」
眼下の敵を見下ろしながら、有希がそう気負って告げる。降下態勢に入りながら、透夜とセレスタは頷いた。
「了解だ。ここでユタの全てに決着をつけよう」
「ですね。これはこの地で散っていった方々の為の戦いです。勝ちましょう。皆さん、幸運を!」
やはり、来たか──
一方、当のティム・グレンは、頭上を飛ぶ3機のKVを見ながらそんな事を呟いていた。
バグアがこの地の航空優勢を失って大分経つ。先の撤収戦の際にも、KVに押し込まれて気を取られている隙に、送り込まれていた暗殺部隊に危うく不覚を取るところだった。あの時は隠しておいた輸送用ワームのお陰でなんとか難を逃れたが、ここで同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。
ティムは、頭上のヒトデに命じて触腕の一つを大きく振り被らせると、その『掌』の上に飛び乗り、そのまま古の攻城兵器よろしく自らを大きく投げ出させた。身を丸まらせたティムが砲弾よろしく宙を飛び‥‥ 数百m離れた地面に土煙を上げつつ、着地する。
振り返ると、人型で強襲降下してきた3機のKVがヒトデと戦闘に入るところだった。閃光と火線、爆発が周囲に撒き散らされ、随伴していたキメラたちが為す術もなく、方々へと散っていく。
或いはティムもあの場に残り、『メルゼズ・ドア』で周囲のキメラを強化していれば、3機のKVを数で圧倒できたかもしれない。だが、ティムはそれをしなかった。
改めて振り返る。その視線の先には、砂煙を上げて止まる一台の軍用車と、そこから降りてくる能力者の傭兵たち。
やはり、来たか。と、ティムは改めて呟いた。『メルゼズ・ドア』は周囲のキメラをすべからく強化できる反面、使用中は使い手の能力を大きく損なう。ワーム、陣地、隠れ家等、安全な場所を確保しておかねば、使用者が危険に晒されることになる。‥‥それは即ち、撤収戦時と同じ轍だ。
「あの坊主がティム・グレンか。本人と会うのは初めてだな。‥‥もっとも、奴の作戦は散々、邪魔してやったはずだがね」
降車し、大剣から鞘を外しながら、傭兵・龍深城・我斬(
ga8283)がティムを見てゆるりと笑う。なるほど、とティムも笑った。知らずとも、直接、顔を合わさずとも。互いの行為の帰結として、因縁が生まれることはあるらしい。
「ティム君‥‥ やっぱり生きてたんだ。そうだとは思っていたんだよ‥‥」
「フッ、安心したぞ‥‥って言うのも変な話じゃな。じゃが、これでちゃんとわしらの手でトドメを刺せる」
我斬の隣に立つ二人── 響 愛華(
ga4681)と綾嶺・桜(
ga3143)には、ティムにも見覚えがあった。戯れで潜入した新兵訓練と、二度に亘る暗殺作戦── 能力者たちの中では最も直接的な因縁を持つ相手と言える。
「君はもうどこにも行かせない。だから、この見晴らしのいい荒野を戦場に選んだ。‥‥ダンさんの、子供たちの、君に笑顔を奪われたこのユタの全ての人たちの仇を、今、ここで取るんだよ!」
愛華の叫び。それを聞いたティムは、何やら形容し難い‥‥ 皮肉気な、不思議そうな顔をした。それが何を意味しているのか、この時点では分からない。
「ダンの死に様は── いや、『生き様』は聞かせて貰った。仇を取る、なんて無粋は言わねぇよ。だが、ケジメだけはつけさせてもらうぞ、黒幕!」
叫び、ティムに対して斜めに走り出す我斬。それが開戦の嚆矢となった。小さく肩を竦めて息を吐き、洋弓に弾頭矢を番える阿野次 のもじ(
ga5480)。防御力に自信のある堺・清四郎(
gb3564)は、囮となるべく敢えて真正面からティムに向かって突っ込んでいく。
「私たちも行こう、桜さん! 今度こそ、ここで全部終わらせるんだよ!」
叫び、抱えたガトリング砲に貫通弾入りの弾帯を装填する愛華。桜もまた頷いた。
「決着をつけさせてもらうのじゃ。もうこれ以上、お主の所為で泣く者を増やさせはせぬ!」
●
垂直離着陸機構を用いて真っ先に人型で降下したセレスタのシュテルンは、スラスターを微妙に調節しながら接地。装輪へと移行しつつ、眼前の巨大ヒトデに向かって小型ミサイルを乱射した。
まるで多脚戦車の様に五本の触腕で立つヒトデの『テーブル』に、次々とミサイルが命中しては表皮に爆発を乱舞させる。
その隙に地上へと降下した透夜のディアブロと有希のスレイヤーは、着地の衝撃に機をバウンドさせながら、そのまま装輪走行へと移行。一定の距離を保ってヒトデの周囲を回るようにしながら、手にした銃砲の薬室に給弾。その砲口を敵へと向け、構えた。
「まずは表皮の敵砲台── 張り付いたスライム型キメラから排除する。十字砲火で薙ぎ払うぞ!」
敵を中心に周回しつつ、小刻みにその機動を変えながら、透夜機が手にしたスラスターライフルを撃ち捲くる。狙うのは言葉通り、ヒトデの表面に浮き出ている『シミ』──スライム型キメラだ。この『シミ』はヒトデの表皮を自由に動き回りながら、爆裂火球、電撃、吹雪、酸、光条、毒の飛沫を吐き散らす厄介な存在で、ヒトデに近づくものを排除する近接火砲の役割を担っている。
有希機もまた、両腕に構えたスラスターライフルとレーザー砲『凍風』をヒトデに向けて撃ち始めた。有希が狙ったのは、ヒトデの触腕部に張り付いていたスライムだった。火線が、そして蒼い光線が『多脚戦車』の『脚』の一つに集中し、その皮膚という名の『装甲』を、スライムという名の『砲台』を切り裂いていく。
反撃が来た。表皮のスライムから放たれる攻撃は驚くほど少なかった。初撃の制圧射撃が効を奏したのだ。元々が対人級のキメラであり、その耐久力は高くない。セレスタ機のミサイル、透夜機と有希機が放つ銃砲の連続射撃を浴びせられ、面白いようにパタパタと表皮から剥がれ落ちていく。
慌てふためき、わらわらと表皮を逃げ惑うスライムたち。それを抱える触腕本体の腕の一つが持ち上げられ‥‥ 振り被ったその先に光が──エネルギーの塊が集まり始めた。
撃ち尽くした空のミサイルポッドを切り離しながら、レーザーガトリングを構えたセレスタ機がスラスターを吹かして、横に滑るように回避行動を開始する。先の戦いで、セレスタはヒトデのあの攻撃を目の当たりにしていた。あの光の塊は、装甲の塊である戦車を蒸発、融解させるだけの威力を持っている。
「攻撃、来ます! 射線に注意を!」
セレスタの警告に従い、各個に回避運動を始めるKVたち。エネルギーの塊は‥‥有希機に向け放たれた。舌を打ち、スロットルを全開に押し込む有希。限界のさらにその先へ──オーバーブーストが噴き出させる光の尾。有希機が飛び退いた空間を光球が飛び過ぎ、遥か後方の地面に着弾して破壊と熱量を撒き散らす。
その攻撃のヒトデの隙を透夜とセレスタは見逃さなかった。背後から砲火を浴びせ、残余のキメラを撃ち払いに掛かる。スライムたちは堪らず、ヒトデの表側から裏側へと──5本脚で立つヒトデの『腹』の下へと逃げ込んだ。
そこへ、オーバーブーストの余韻も消えぬ有希機が、回避運動の姿勢からグレネードを撃ち放つ。放たれた2発の擲弾は、ヒトデが攻撃の為に振り上げた腕の下から『中』へと飛び込み、その『腹』の下で炸裂する。爆発の衝撃はヒトデの巨体を一瞬浮かせ‥‥ 飛び散った無数の破片は、逃げ集まっていたスライムたちを薙ぎ払い、一掃した。
「さぁ、行くぞ、相手をしてやる! 因縁はないが、その首、貰い受ける!」
鞘走る音も高らかに太刀を抜いた清四郎が、それを両手に構えながら一直線にティムへと吶喊する。──白兵戦は久しぶりだが、その防御力とタフネスさには変わらぬ自信があった。故に、清四郎が自らに課した役割は囮役。正面から突っ込んだのも、叫んで名乗りを上げたのもその為だ。攻撃態勢に入る味方から敵の眼をこちらに引きつける──!
それを見た桜は、清四郎のその思惑に乗ることにした。突進する清四郎をブラインドにして、その後についてティムへの肉薄を図る。
「よかろう、来い!」
対するティムは光線銃を抜き、それに対応しようとした。だが、そこへ、前衛の突撃を支援する後列からの突撃支援射撃が行われ、瞬間、ティムは行動の自由を奪われる。
「『超長距離狙撃』── これはまだ、君に見せたことは無かったよね!」
「人生という名のゲームに『あがり』なし。なれば去ね。あんたの居ない明日の世界で、私たちは朝日に向かってラジオ体操を踊る」
レバーを引き、貫通弾を装填した愛華が腰溜めに構えたガトリング砲を撃ち捲くり、その轟音の中、のもじが静かに弾頭矢を番えた洋弓を、構え、引き絞り、敢えて同じ一定のリズムで、弦の音も高らかに矢を放つ。
「多方向からの攻撃は対処し難いだろ! 人型なら尚の事な!」
我斬は清四郎にはついていかず、ティムに対して斜めに前進しながら、足を止め、愛華やのもじと十字砲火を形成するよう、ライフルを撃ち放った。
嵐の様な弾幕。次々と降り注ぐ弾頭矢。かわし、力場で防ぐティムを別方向から小銃弾が狙い撃つ── それらから逃れるべく跳び退さるティム。それを追って砲口を振る愛華。のもじが弾着を修正しつつ、リズムは変えずに矢を送り続ける。
(20秒‥‥! せめて20秒、ティム君の動きを阻害できれば‥‥!)
銃身も焼けよとばかりに引き金を引き続ける愛華。20秒押さえられれば、前衛が接近戦に入る前にティムから射撃を受ける事態は避けられる。
(邪魔なんてさせない‥‥! あと十数歩。必ず皆を届かせる‥‥!)
だが、その砲撃は、強制的に停止させられることとなった。ティムが、突進する清四郎と桜を愛華の射線に重なるよう移動したのだ。クッ、と息を吐き、『瞬速縮地』で位置を変える愛華。ブラインドされ、敵との距離感を喪失したのもじもまた、射撃を止め、矢を番えたまま横へ跳ぶ。
瞬間、ティムはステップで我斬の射撃をかわしながら、左手──力場を発生させる腕輪をつけた手を清四郎に向けた。
「撃つのか? だが、我が信念の刃は絶対に折れん!」
叫び、眼前に太刀を構える清四郎。直後、放たれた衝撃波──力場による攻撃。その強力な一撃を、腕に万力を込めて見事、受け凌ぐ。
それを見たティムは一瞬、驚いた顔を見せたものの、次の瞬間には清四郎から視線を逸らしていた。ティムがその攻撃に求めたのは、ダメージではなく、『効果』だった。
「なにっ!?」
突然、大きくなった清四郎の背中に、桜は慌てて多々良を踏んだ。巨大化したわけではない。攻撃の衝撃に、清四郎が10m程押し戻されたのだ。
「『獣突』じゃと!?」
友人たちの使うそれに似た効果。それが清四郎と、後ろに居た桜の足を止めたものだった。そうして足を止めておいて、別の場所へと走るティム。その先には、他から一人、孤立した位置にいる我斬の姿──
「来るか!?」
我斬は銃を撃ち放ちながら、ティムが持つ銃に注意を向けた。銃や力場の遠距離攻撃なら、予兆が分かるから射線は予測できる。素手格闘に織り交ぜられないだけ対処しやすいはず‥‥
だが、ティムは射撃をしなかった。我斬との接敵を──愛華やのもじたちの支援射撃を受けない肉薄を優先させたのだ。その動きを見て冷静に手の中の得物を変える我斬。クルリと回した銃が背に消え、『抜刀・瞬』によりいつの間にか手品の様に大剣が現れる。
(リーチはこちらに分‥‥先手を取る!)
大剣を構えて一気に突き出す。ティムはそれを受けずにかわした。衝撃で足を止められることを嫌ったのだろう。そのまま地を蹴り、頭部の横から回し蹴りを放ってくる。我斬は片腕で頭部を守ると『迅雷』で距離を取った。そこへ愛華とのもじの支援射撃。我斬はそのまま振り上げた大剣の柄を掴むと、ティムの着地を狙って振り下ろす。
それを半身で避け、我斬に片手を突き出すティム。その手の中には、光線銃──
「なっ!? 拳銃格闘術とでも‥‥っ!?」
放たれた怪光線を大剣の峰で凌ぐ我斬。飛び散る飛沫が防具を焼く。繰り出した反撃は当たらなかった。自覚する。一人ではこのちょこまか動き回るバグアに攻撃を当てることはできない‥‥
「凌げ、我斬!」
その時には既に桜が動き始めていた。動きを止めた清四郎の背をぴょんぴょんと跳び越え、『瞬天速』でもって一気にティムへと肉薄する。『真燕貫突』を用いた足爪による跳び蹴り二連── そこからさらに薙刀へと手を変え、切り上げと切り下ろし、さらに着地してからの突きへと繋げる。
文字通り横槍を入れられたティムは、桜に正対してその身をかわした。そこに息つく暇も与えず、我斬が痛みをものともせずに横殴りに大剣を振り払う。避けれぬと踏んだティムが防御に力場をかざし、我斬の力に打ち弾かれる。
「一刀両断! 喰らえ!」
さらにそこに駆けつけた清四郎が、流れるような所作で振り被った太刀をティムに振り下ろす。小細工なしの一撃一刀、『両断剣・絶』を用いた振り下ろしだ。体勢を崩したティムにそれをかわす術はなかった。張り巡らせた力場ごと刀身が叩き込まれ‥‥ その一撃に膝をつき、転がり逃れたティムの額から赤い血が流れ落ちる。
「‥‥いけるわね。たとえバグアと言えど、傷を負わせられるなら倒せるわ」
それを遠目から見ていたのもじが確信を持ってそう告げる。
「行くわよ、愛華ちん。前衛3人が接近戦に突入した‥‥ 私たちは背後に回ってティム僧の退路を断つ」
のもじの言葉に頷くと、愛華もまた直ちに『瞬速縮地』で走り出した。
早く‥‥もっと疾く! 自らの脚を叱咤する。今度こそ逃がさないように、もう後悔しないように。ティム・グレンを討ち取る為に、持てる力の全てを出し切らないと‥‥!
●
序盤の攻勢によりスライムというヒトデの近接火砲をあらかた潰したKV隊は、続けて近接戦闘に移行し始めた。
有希機とセレスタ機が片側から銃撃を浴びせて気を引く間に、機刀を抜き放った透夜機が背後(?)から速攻。斬撃で触腕の一つを斬りつける。一際大きな悲鳴(??)を上げた巨大ヒトデは、二本脚(???)で立ち上がると、その両腕を広げて透夜機へと掴みかかった。瞬間、不意打ち気味に、腹側に残っていたスライムたちが酸やら爆裂火球やらを放ったが、その数は余りに少なく、透夜機を捉えられるほどの弾幕を形勢することは出来ていない。
「組み付きか! 同じ手は喰らうかよ!」
透夜は両側から抱きつきを迫るヒトデの両腕をブーストを焚いてバックステップでかわすと、下がりながら一腕を斬り上げた。胃袋は露出していない。あれは組み付きが確定してからの追撃らしい。
さらに背後から接近した有希機が機刀でヒトデの背を袈裟切りに、さらに左の機剣が脚部を逆斜めに斬り下ろす。堪らず手と頭(????)を地につき、5本脚へと戻るヒトデ。まるで駄々っ子が雪球を投げるように、周囲にミニ光球を放ち捲くる。
それを右に左に装輪でかわしながら、有希機の後退に間髪入れず、セレスタ機がレーザーをヒトデ脚部に撃ち放った。その光刃が焼くのは、透夜と有希が切りつけた2本の脚部に集中している。彼等が狙うのは、脚部へのダメージ一極集中── 隣接しない3本の脚を焼き切ることができれば、ヒトデは二度と立ち上がることは出来なくなる。
「どうした! 撤収戦の時の勢いはどこへやった!? あの時より色合いがくすんでいるぞ!」
「今日は一人じゃない。仲間がいる。連携した時のうちらを舐めるな!」
周回し、銃撃を浴びせかけながら、透夜と有希が罵声を浴びせる。動きが鈍い。再生力が鈍い。二ヶ月の野ざらしはヒトデを確実に弱らせていた。元々、プロボのような防衛線を破る為の、攻城用のキメラだったのだろう。その動きは熟練のKVパイロットが駆る万全のKV3機を相手取るには機動性が低すぎた。
「そろそろ頃合かと。撤収戦時の借りを纏めて叩き返してやりましょう」
セレスタの言葉を機に、3機は一斉に最終攻勢に出た。セレスタ機の援護の下、二刀を手にヒトデの真正面から突っ込む有希機。応じて二足で立ち上がったヒトデの『拳』をフェイント交じりの機動でかわし‥‥擬似慣性制御を用いたスタビライザー付きのエアロサーカス、その3次元機動でアクロバティックに背後へ回る。
ん達と弱い自分ば超えて生き抜く。それがダンさんに応える事──!
「今です!」
有希機の流れるような二刀の斬撃が、セレスタ機の放つ正確無比なレーザーが、その時、二本脚で立つヒトデの脚の一つに集中する。──それは奇しくも、ダンが操縦したトラックがぶち当たった脚だった。
「いい加減‥‥倒れなさい!」
肉薄し、ショルダーキャノンを放つセレスタ。遂に脚部のダメージに耐え切れなくなったヒトデが仰向けに引っくり返る。
「これでトドメだ! ぶち抜け! ルーネ!」
そこへ跳躍した透夜機が、真下に倒れたヒトデの『口』目掛けて、ルーネ・グングニルを自機の質量ごと突き入れた。Feuer! の叫びと共に、ヒトデ体内に噴霧された液体炸薬に点火する。ヒトデはボコリと膨らんだ後、内部からの爆破に引き千切られ、体液と肉片を撒き散らして弾け跳んだ。
桜と我斬、清四郎の3人に接近戦に持ち込まれたティムは、格闘戦に衝撃波を織り交ぜながら、常に3人に囲まれないよう戦闘を続けていた。
上手く位置取りを見極めながら、常に一人を後ろへ追いやる。とは言え、それも熟練者3人相手では常に成功するとは限らない。増してや、移動を終えた愛華とのもじの二人が射撃位置を確保した後とあっては。
清四郎を衝撃波で後ろへ弾きつつ、我斬に肉薄しようとしていたティムは、直後、眼前を飛び過ぎていった矢にたたらを踏んだ。
見れば、離れた左手後方に、洋弓を構えてフッと笑うのもじの姿。構え、引き、打つ──それまで同じ弓矢の呼吸で矢を放ってきたのもじが、ここに来てそのタイミングを変えてきたのだ。
しまった、と呟くティム。足を止められた所に桜と態勢を立て直した我斬が切りかかる。距離を取ったティムに放たれる愛華の砲撃。苦し紛れに放った衝撃波を桜が『回転舞』でかわし‥‥ 追いついてきた清四郎が一刀を振り下ろして力場を打つ。
このままではヤバイ、と、今更ながらにティムは理解した。能力者たちはティムの戦闘パターンに慣れつつある。本来なら、ヒトデにはティムと同様に多数のスライムを追加で投げ届けて貰うはずだったのだが、それを行うだけの戦力がヒトデの方に残されていない。
(お陰で単騎戦闘を余儀なくされた‥‥ まずは敵の数を減らさないと!)
ティムは戦法を変え、攻撃対象を一人に集中することにした。狙ったのは‥‥ 桜だった。互いに蹴りを交差させつつ、光線銃を撃ち放つ。『回転舞』でかわした桜を追い打つ衝撃波。体勢を崩して倒れたところを怪光線で乱打する‥‥!
「桜さん!」
目を剥いた愛華が砲口を向けると、ティムは倒れた桜に近づき、攻撃を封じた。追う我斬と清四郎をティムが立て続けに銃撃する。
「とぅ!」
瞬間、のもじが矢も番えていない弓を手にしたまま跳躍した。そのまま上空から『真音獣斬』による衝撃波をティム目掛けて打ち下ろす。
「『七音咆哮』──セブンス・ハウリング。切り札は最後で、って定番よね」
反動を抑えつつ放たれた衝撃波が、ティムの足元に当たって砂塵を周囲に撒き散らす。咳き込むティム。その砂煙のカーテンの向こうからヌゥッ、と姿を現す清四郎。横殴りに振るわれた清四郎の剣をティムは一歩下がってやり過ごそうとして‥‥ 瞬間、柄の根元を握っていた清四郎が力を緩め、遠心力で抜けた柄尻を掴み直して振り払う。僅かなリーチの変化に、だが、ティムは対応できなかった。目の下の頬肉を斬られてティムが苦痛に目を細める。
「我が流派の秘剣の一つだ。地獄に行く前に良い物が見れたな、小僧」
流れた刃を戻しながら、そう語る清四郎。人間は自らが弱いことを知っている。だからこそ知恵を尽くして工夫し、学ぶ。他者から奪った知識や技能を付け焼刃でしか使えないバグアとの差はそこにある。
「止めだ。このユタの地とそいつの魂を解放させてもらおうか」
「お寝んねの時間だぜ、坊主! 俺は人の‥‥ いや、生物の尊厳を踏みにじる、お前等バグアの存在そのものを認めねぇ!」
清四郎が、そして、砂塵のカーテンの向こうから現れた我斬が、力場の上から力任せにティムの頭部をぶん殴る。
「人間の理屈で、勝手な事を!」
叫ぶティム。彼等は気づいているのだろうか。バグアを一人殺すということが、そのバグアがヨリシロにしてきた全ての生物の知識と経験──言わば人生の痕跡を消し去る行為だという事に。それは言うなれば、人間界で言うところの焚書にも似た愚かで野蛮な行為である。‥‥認められない。やはり人とバグアは根本から価値観が違う。こんな生物相手に自分が死んでよいはずがない。やはりここは生き延びて、新たに連綿と自己存在の歴史と進化を続けるべきだ‥‥
ティムは全周に向けて衝撃波を放ち、近接していた我斬と清四郎を吹き飛ばした。風圧にサァァ、と引く砂煙。至近、その眼前にガトリング砲を抱えた愛華が現れ──
「ティム君。人は本とは‥‥物とは違うんだよ」
多連装砲から放たれる砲弾。避けようとしたティムは、その足首を倒れていた桜に掴まれ、果たせなかった。煌く跳弾。その内の何発かが力場を貫き、ティムの体内に叩き込まれる。
やがて砲声が止み、動力音と砲身が回るカラカラという音だけが響く。砲煙が風に流れる中、動くものは何もなく── ティムはカハッと小さく吐血すると、ユタの大地の上に仰向けになって倒れた。
●
「腐れ縁も長くなったが、どうやらここで終いじゃな。‥‥何か言い残すことはあるかの?」
薙刀を杖代わりに立ち上がった桜が、その切っ先を倒れたティムの喉元に宛がう。ティムはそれをチラと見やり、続けて自らの手を染めた吐血に目をやった。幼い少年の身体には親指程もある砲弾が何発もめり込んでいる。たとえバグアであろうとも、致命傷なのは明らかだった。
「僕は死ぬ。知識も消える。それを残せる手立てがない以上、今更、言い残すことはない」
「では‥‥」
「待って」
とどめを刺そうとする桜を、駆け寄ってきたのもじが引き止めた。桜は眉をひそめた。たとえバグアであろうと、苦しみを長引かせるのは流儀じゃない。
「いいえ。これだけは聞いておかないと‥‥ ねぇ、ティム・グレン。元特殊部隊の強化人間のおじさまたちはどこにいるの? 決戦にはいなかったけど‥‥ もしかして、大隊本部を襲撃させようとしてたりするの?」
のもじの言葉を聞いたティムは、血の堪った口中でクッ、クッと哄笑した。そういえば、言い忘れていたことがあった。気まぐれではあったが、これも彼等の機会だろう。
「州都の旧旅団本部跡地に、強化人間を二人、眠らせておいた。‥‥洗脳は解いてある。治療するなり、処刑するなり、お前たちの好きにするがいい」
その予想外の言葉に、我斬と清四郎は互いに顔を見合わせた。貴方たち(=バグア)、面白いわね、とのもじが目をぱちくりさせる。
「面白い? 私からすればお前たちの存在の方が余程興味深い。我々は、地球人類ほど己の内に他者への愛憎と矛盾を抱えた存在を見た事がない。お前たちの言う愛情が‥‥ お互いに助け合うのが本当に人の本質であると言うのなら‥‥ このティムというヨリシロの少年の、貧しい孤児であったが故に誰にも顧みられることのなかった一生は、いったい、どういう意味を持つというのだ‥‥?」
コホリ、と血を吐くティム。どうやら退場する時間が来たようだった。
「我の負けだ、人間ども。‥‥だが、振り返ればまぁ、少なくとも退屈しないゲームであったよ」
最後にそれだけを言うと、ティムはあっけなくユタの大地と空気に溶けて消えていってしまった。
「結局、ユタの戦いは全て、一人の子供の遊び場に過ぎなかったのかしらね」
そう言うのもじには、不思議とティムに対する怒りや恨みは無かった。これは戦争だ。ティムの言うように水掛け論にしかならないだろう。‥‥まぁ、遊びなら迷惑の掛からない『外』でやって欲しい、とは、苦笑混じりに思いはするけれど。
やっぱり俺は許せねぇよ、と我斬が呟く。その脳裏には、バグアによって運命を狂わされた幾人かの顔がある。
「ま、それもいいんじゃない? 必ずしも答えは一つだけ、ってわけじゃないんだし」
のもじはそう言うと、懐から照明弾を取り出し、上空に向けてそれを撃った。
それはティムとヒトデ、二つを討ち取ったという証だった。このユタにいる全ての人に、勝利を伝える為のものだった。
「作戦終了。‥‥これはこのユタで亡くなった、全ての方に捧げる勝利です」
シュテルンの操縦席からのもじが上げた『狼煙』を見やって、セレスタはそう祈りを捧げた。
長かったな、と呟く透夜。有希が風防を上げてダンと犠牲者たちに黙祷する‥‥
やがて、能力者たちは撤収を始めた。ユタの各地、および西方司令部では、勝利の凱歌に酔いしれていることだろう。
車両まで達した桜は、一人残って天を仰ぐ愛華に声をかけた。振り返った愛華の顔を見て、桜は絶句した。愛華の両目からは止め処なく涙が溢れ続けていた。
「ねぇ、桜さん。私、嬉しいんだよ? ダンさんたちの‥‥ 皆の仇が討てて、物凄く嬉しいはずなんだよ?
でも、どうしてなのかな‥‥ とても、とても悲しくて‥‥ 涙が、止まってくれないよ‥‥」
桜は無言で歩み寄ると、愛華の背をポンと叩いた。