タイトル:3室 影を曳き、日向をマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/19 21:08

●オープニング本文


●影を曳き、日向を行く

 北米ネバダ州、ドローム社KV実験場で発生した『小規模な』『叛乱』は、社外にも、そして、社内の大部分にも漏れずに終幕した。
 幕引きに貢献したのは、ドローム社調査部(通称、『情報部』)の後押しを受けた『新進気鋭の若手幹部』、モリス・グレーと‥‥
 それまで社内政治にまったく興味がないとされてきた、第3KV開発室長、ヘンリー・キンベルの二人による献身的な働きによるものだった。
「誰の為にやったわけじゃない。僕と僕の友人たちを助ける為にやったことだ」
 そうでなければ、能力者たちと共に実験場に乗り込み、『情報部』の鎮圧部隊が介入してくるより早く、叛乱の基盤たる武力を制圧し、首謀者に対する説得を行うなど、考えつきもしなかったろう。
 実際の所は、モリスと情報部の穏健派の手の平の上で踊っていた感も強いのだが‥‥ その状況を自身の目的──誰一人死なせることなく、同期の友人たちが起こした『叛乱』を収束させる事──を達成する為に最大限利用したのはヘンリーにしても同様だ。
「まったく、お前はいつも私の予測の外を行くな、ヘンリー。リッジウェイの時も、フェニックスの時もそうだった」
「だが、それも今日までだ。僕と君の行く道は、もう交わることはない」
 出世街道を進む為に3室を利用してきたモリスと、開発の便宜を得る為にモリスを利用してきたヘンリー。大学時代からの同期の友人同士の互恵関係は、しかし、終わりを迎えようとしていた。
 ミユ・ベルナール社長の下、新たな道を歩み始めたドローム社。この新体制の中で、モリスは上層部に繋がる確固たる立場を得た。既にKV開発でポイントを稼ぐ必要はない。今のモリスは‥‥ 最も愛していた家族を計略の道具として割り切る『野心の鬼』だ。
 一方、ヘンリーもまた、既に軍用KVの開発から身を引く考えを明らかにしていた。将来的には、戦後の復興を見据えたLM-04ベースの土木用KV──よりコンパクトに、多機能に、大量生産に向いた、通常機とAU-KVの中間のような機体も含む──の開発を視野に入れているが、それらの開発には軍用KVほど多大な予算は必要としない。
「これからは、これまでのように頻繁に会うこともなくなるわけだ、ヘンリー。もう足を引っ張られることもないな」
「せいせいするよ、モリス。こちらこそ何度煮え湯を飲まされたことか」
 互いに苦笑で顔を突き合わせ‥‥ それきり、二人は本社の廊下を、別々の方向へ向け歩き始めた。
 ふとヘンリーが振り返り、モリスに対して呼びかけた。
「あの時、君は、最愛の奥さんと娘さんを計略の道具として『情報部』に差し出したのではなく、ルーシーを、友人を助ける為に、僕に託した──僕はそう言う風に、理解している」
 さらに言えば、新たな『パートナー』となる『情報部』に対して、『今後、モリスにとって家族は人質とはなり得ない』とのメッセージでもあったのだろう。彼等の関係は利用し合う関係であり、紐帯と呼べるほど絆の強いものではない。いざという時、家族を利用しようとしても無駄だぞ、とモリスは宣言してみせたのだ。‥‥それが家族の安全に繋がると信じて。
 ヘンリーに声を掛けられたモリスは、「甘いな」と言う風に肩を竦めると、無言で廊下を去っていった。
 その後、社内において、二人が会う機会は殆どなくなった。
 それでも、毎年、ヘンリーの元には、モリスから娘の誕生パーティーの招待状が欠かさず送られてくることになる。

 『叛乱』を起こした二つの勢力の内、生存権を求めて決起した旧ストリングス派の私兵たちは、彼等『隠れ能力者』のエミタを『プチ強化人間』の治療に用いることを社から提案され、恭順した。元々、『隠れ能力者』は『情報部』が通常の手続きの枠外で獲得した後ろ暗い存在であり、そのエミタを『プチ強化人間』(これもドローム・ストリングス派とバグアが繋がる都合の悪い存在)の治療に使い潰すことは、証拠隠滅の観点からも都合がよかった。彼等は、所属していたダミーの民間軍事会社にそのまま社員として登録された。社長・役員は全てドロームから送り込まれた人物であり、実質、監視つきの日々を送っている。
 もう一つの勢力、グランチェスター開発室は解体された。ただし、所属する技術者たちに咎が及ぶことはなかった。SES-190系エンジンを開発した彼等の技術力は社内でも高く評価されており、それを惜しむ声は確かに存在していたのである。
 泥を被ったのはグ室の副室長、イクス・マクラーレンだった。彼は今回の『復讐劇』の責任が全て自らにあることを認めると、室長のルーシーと部下たちには寛大な処置を求めた。結果から言えば、イクスの要求は受け入れられた。彼の提案は、事件の穏便な幕引きを図る社にとっても都合が良いものだった。
「グランチェスター重工の技術力を、生きてドロームの連中に知らしめろ」
 投降前、イクスが最後に行った訓辞に、部下たちはよく従った。以後、エンジン関係の研究室にバラバラに配属されたグ室の面々は、新たに数多くの派生エンジンを開発していくことになる。
 余談ではあるが、社の監視下、軟禁生活を送っていたイクスは、4年後、グ重工の名誉が『回復』したのを確認した後、それを待っていたかのように拳銃自殺した。息子ディの死にずっと責任を感じていたと伝えられている。

 ルーシー・グランチェスターは、半年に亘る『情報部』の聴取を受けた後、一技術者として『釈放』された。
 だが、彼女が社に残ることはなかった。彼女はヘンリーに連絡を取ることも無く、一人娘と共に姿を消した。
 それに伴い、SES-200系エンジンの開発も中止となった。他に類を見ない大出力を誇りながらも運用に手間とコストがかかり、既に完成形であり発展性が望めない点が上層部に忌避されたのだ。地上戦が終息に向かう中、それ程高価・高性能のエンジンが必要とされなくなる、という事情もあった。
 ルーシーの失踪以降、抜け殻の様になったヘンリーは、無言でそれを受け入れた。
 君のSES-200の性能を発揮できる機体を、俺が作ってみせる── 
 ヘンリーの誓いは、F-204によって果たされた。
 だからこそ、最後まで見届けなければならない。

 ヘンリーはモリスを介して社のツテを利用すると、時限的な特技兵としてUPC北中央軍に同行する資格を得た。
 表向きの理由は、正規軍F-204の技術的アドバイザーとして。個人的な動機としては、フロリダに出てきたシェイドをこの目に焼き付ける為である。
「全ては、アレから始まったんだ。僕の、技術者としての戦いが──」
 血と汚泥に塗れながら見上げた、シェイドの姿を思い返して‥‥ ヘンリーは前線基地へと向かう輸送ヘリへと乗り込んだ。

●参加者一覧

寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
アクセル・ランパード(gc0052
18歳・♂・HD

●リプレイ本文

 ヘンリーが辿り着いたフロリダの航空基地は、メトロポリタンX攻略作戦と言う緊張の只中にありながらも、どこかのんびりした雰囲気を漂わせていた。
 前線から遠く離れた後方の基地ということもあるのだろう。或いは、兵たちもこの北米における戦闘に、既に片が『ついている』ことを感じているのかもしれない。
 ヘンリーは眉をひそめた。確かに、この先いかにシェイドが奮戦しようと、北中央軍の最終的な勝利は揺るがない。だが、アトランタのオリム中将の所まで突破するだけなら‥‥ あのシェイドには、それだけの力がある。
「とは言え、中将もその辺りは十分考慮に入れているっぽいですけどね」
 話しかけてきたのは、傭兵・守原有希(ga8582)だった。201の開発を通じて顔見知りになった青年で、いつも実験場の厨房を借りては、心づくしの料理を皆に振舞っていた。
「まぁ、緊張のし過ぎもよくないですし、適度に解す事も重要です。と言うわけで‥‥」
 飯にしましょう! 有希は笑ってそう言った。基地担当者の許可を貰い、宿舎の前の庭の一角にテーブルを並べて立食パーティの体裁を整える。和装にタスキ姿で調理の準備を整えた有希が用意したお品書きは以下の通り。ローストビーフ、鯛そうめん、ガスパチョ、シルパンチョ、冷や汁、茄子田楽、そして、びわゼリーにわらび餅‥‥ 最初、関係者だけで始められた食事会は、やがて、他の傭兵や非番の兵たちを巻き込んで巨大なパーティ会場へと変化した。
 楽器を持ち出してきた誰かが勝手に演奏会を始める中、そこかしこで乾杯の音頭が上がる。作戦中なのでアルコールの摂取は禁止されていたが、兵たちはコーラとノンアルコールのシャンパンだけで『勝利の美酒』に酔っていた。
「お、ヘンリー室長じゃないか! あの事件以来だな! どうだい、実験場内を走り回った、自分の囮っぷりも中々のモノだったろう? ハハハハハハ‥‥ はぁ‥‥」
 シャンパンを片手に赤ら顔で近づいてきた寿 源次(ga3427)が、ヘンリーの背をバンバンと叩きながらそう言った。源次もまた古いつきあいで、遡ればリッジウェイの開発時にまで辿り着く。先のグ室の『叛乱』時には、無人の車を『人質』が乗っているよう偽装しながら走り回り、グ室と『情報部』を引きずり回した。
 落ち込む源次の背を、ヘンリーはポンと叩いた。‥‥道化役を任せてしまったのは、つきあいの古い源次に対する甘えだったかもしれない。だが、『人質』の──ヘンリーが持つ唯一の交渉カードの存在秘匿は重要なキーの一つだった。源次の偽装工作が果たした役割は、決して小さなものではない。
「‥‥まぁ、子供服姿で窓から突入したという阿野次は見てみたかった気はするが‥‥」
 演奏会に飛び入りで参加した阿野次 のもじ(ga5480)を見やりつつ。源次は苦笑混じりに話題を変えた。
「ところで、室長はなんでまた前線に? 皆はどうしてる?」
 ヘンリーは源次と、そして、アクセル・ランパード(gc0052)を交えて、グ室の『叛乱』以降の現在の状況について話した。
 モリスとの決別、グ室の解散── 休暇中のラファエルは再びフリーで何かやるべく計画中。また、3室の『新人』だったアルフレッド、ハインリヒ、リリアーヌの3人は、2室から独立したハインリヒを室長として新たなKV開発室を立ち上げている。
「社内での立場の違いを明確にしようということか。それぞれがそれぞれの道を行く‥‥ だが、それで縁が切れたってわけでもないだろう? 同期なんて、まぁ、そんなもんだ。
 しかし、新人たち‥‥って、いい加減、もう新人ではないか。それ相応の実績はあるとは言え、数年で自分たちの開発室を持てるとは」
「まぁ、まだ数ある開発室の一つに過ぎないけどね。僕と2室長の推薦もあってのことだし‥‥ とは言え、KV自体、ここ十年で急激に成長した歴史の浅い分野だから、珍しいことじゃないよ」
 先人が思う以上に若者の成長は早い。ハインリヒは僕と違って社内政治にも気を配れるし、アルの才覚は間違いなく天才のそれだ。地に足の着いたリリアーヌがいれば、二人が先走っても上手く手綱を捌けるだろう。
「‥‥遭難が去年の年末、あの事件からはもう半年‥‥ そんなに時間が経っているんですね」
 感慨深く、アクセルが呟いた。内々に処理する必要があったとは言え、事件の関係者に対する社の処遇は温情措置と言ってもよいものだった。変わり始めたドロームにとっては、得るものも、失うものも、共に多くあった事件と言えるだろう。願わくば、あれがドロームに残った『最後の闇』であらんことを── アクセルがそう天を仰ぐ。
「‥‥俺がLH島に入ったのは『己丑北伐』の直後でした。その頃はKVについて何も分からず、各企業のKVに関して情報を収集したり、系譜図を作成したり‥‥ そんな中、報告書でフェニックスとSES−200エンジンの存在を知りました。そして、バレンタイン強襲戦までに急いで資金を貯めて購入、初陣でスノーストーム対応で出撃、と‥‥ 今思い返してみれば、無茶にも程がありますが」
 昔の自分を思い返して思わず苦笑を挟みつつ。アクセルは話を続けた。
「‥‥そこからは、不評が多かった空中変形など、フェニックスの特性を活かすことだけを考え、戦闘プランを構築しました。‥‥半ば意地でしたが、この時の経験が、後のスレイヤーの開発プランとそのアイデアに繋がるんですから、何が幸いするか分かりません」
「空中変形か‥‥ それ無しでも戦える機体にしたつもりだったんだけどなぁ」
「シュテルンがありましたからね。俺だって、SES−200エンジンの存在がなければ、フェニックスやスレイヤーに乗ることはなかったかもしれません」
 そのアクセルの言葉に笑うヘンリー。‥‥伝わっているだろうか? とアクセルは思った。開発の日々の果て、多くのものを失った貴方が、しかし、如何に多くのものを皆に与えてくれたのか。貴方は多くを失ったかもしれないが、それでも貴方が成してきたもの全てが無になったわけではない‥‥
「SES−200が‥‥『スルト』が死んだわけでわけではなか」
 背後から声がして、3人はそちらを振り返った。そこには和装姿の有希がいた。
 有希は運んで来た料理の皿をテーブルに置きながら、そのまま3人に話を続けた。
「確かに、『スルト』自体は完成形かもしれません。でも、それを御し得る制御系とプログラム、高出力に耐えうる素材や構造── 長所は勿論、短所も含めて‥‥いや、短所があったからこそ、関わった多くの人々の中に、多くの技と知識を残してくれた。‥‥たとえ元の形は失っていたとしても、己が内に宿った技術と魂は新たなエンジンに受け継がれていくんです」
 それだけを言い終えると、有希は再び厨房に戻っていった。ヘンリーは暫しじっと手を見た。自分たちが生み出してきた技術── それらは決して消える事なく、新たなものに綿々と受け継がれていく‥‥

「おいおいおいおい、聞き逃せない話題があるじゃないか。LM−04ベースの土木用KVだと? 我が愛機、リッジウェイの新たな運用が構想にある、って事だよな? こんな話聞いちまったらおちおち死んでいられんぞ!」
「あの、復興用AU−KVは‥‥」
「そのリッジ試作機が出来たら是非乗せてくれ! 立候補する! どうせならラファエル氏を巻き込んででっかくやろうぜ!」
「AU‥‥」
「あの日、試作リッジウェイの横で戦ったあの日から! 自分の心はリッジウェイと共にある! 行け、ごーいんぐリッジ道!」
 力強く立ち上がった源次がしゅぽぽ〜ん! とシャンパンのコルクを飛ばす。
 あああ‥‥ とその身をプルプルさせるヘンリーの背後に、突然、にょっきりとのもじが生えた。
 いつの間にっ!? と驚愕するヘンリーにのもじはがっしとしがみつくと、手にした企画書をにゅっとヘンリーの眼前へと差し出した。
「くくく‥‥ ヘンリー博士。話は全て聞かせてもらった。KV兵器開発から身を引く‥‥? ならば、私のこのドローム用新規事業キャンペーン企画に巻き込‥‥いやいや、是非、協力してもらおう」
「企画?」
「ハイ、ドン! 『特選救助隊 キング・ダンデライオン』! 全米胸熱(予定)の復興支援特撮番組よ! 室長が開発する救助、土木、医療用KVと完全タイアップ。大きなお友達と子供たちの子供たちの心をがっちりゲット」
 ペラリとめくられる企画資料。そこには登場予定のキャラクター(KV)がずらりと並んで描かれていた。その中央には主人公機と思しきイラスト。胸にライオンの顔があるKV(目線黒塗り)が描かれている。
 ヘンリーは真面目な表情で企画書をめくった。企画の中身はしっかりしていた。その点、のもじにぬかりはない。実際、ドロームには積極的に企業イメージを変える必要がある。未来を担う子供たち──即ち、将来のお客様たちにイメージ戦略をしかけることは、決して悪い着眼点ではない。
 源次はピクリと耳をそばだてた。雲行きが怪しくなってきた。慌ててのもじをヘンリーの背からひっぺがす。
「ちょ、おい、阿野次。俺の新リッジ(予定)に変なモノ付けるなよ‥‥ って、待て、『ダンデライオン』、だと?」
「‥‥そうよ。これは、戦地や被災地、どんな危険な所にも飛んでいって、救助を続ける救助隊の物語よ」
 それを聞いた源次は、そうか、と言って手を離し、のもじも神妙に地に下りる。
 この企画は、ある一人の男とその仲間たちの活動がモデルになっている。もっとも、この企画でそれを声高に語るつもりはない。『本当の英雄』のその意志は、確かに継がれていると分かっているから‥‥


「ヘンリーさん、少し機体の調整につきあって貰えますか? 対シェイド用に短時間だけでも高出力、高機動が可能なように、ギリギリの調整で臨みたいんです」
 時間の経過と共に非番の終わった兵たちが敬礼と共に去っていき‥‥ 『祭り』は自然と終息へと向かっていった。
 ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)はヘンリーが一人になるのを見計らうと、そう声をかけて格納庫へ誘った。事務的な会話を交わし、無言でヴェロニク機の整備と調整を始める。
 自身の作業を終えて、ヴェロニクがヘンリーに視線をやった。ルーシーが何も告げずに失踪したことは聞いていた。ヘンリーのことを頼む─── 事件前、ルーシーはヴェロニクにそう告げていた。以来、ずっともやもやとしたものが胸の中に残っている。
 ヴェロニクはギュッと拳を握って覚悟を決めると、作業を終えたヘンリーに向き直った。
「ヘンリーさん!」
「ん?」
「あ、いえ、えーと‥‥ こっ、この戦争が終わったらどうされるおつもりですかっ? わ、私はドロームのOLさんとかいいかなーとか考えてましたが、傭兵で貯めたお金でいっそ会社でも作ろうかしら、とか!」

 そんな二人の様子を、陰から見守る者がいた。ヴェロニクの友人、クリア・サーレク(ga4864)と、その婚約者の有希である。
 ヴェロニクとヘンリー、二人の会話は傍から見ていてもギクシャクしていた。ルーシーの失踪が、やはり二人の間にわだかまりの陰を落としていた。彼女はそれで責任を取ったつもりなのかもしれない。答えを出したつもりなのかもしれない。だが、結局、ルーシーは何の決着もつけずに二人の前から消えた。それが残された者たちに何をもたらすかも知らず。
「やっぱり、ボク、モリスさんを突っついてルーシーさんの居場所を聞いてくる。『情報部』が把握していないとも思えないし!」
 慌てて格納庫から、というか、基地から飛び出しかねない勢いで走り出そうとするクリアを、有希は慌てて引き止めた。
「落ち着いてください、クリアさん! こういうのは結局、当事者が自分たちで納得して答えを出さんと‥‥!」
「‥‥有希さんは大人だね。でも、このままルーシーさんに黙って消えられたままじゃ、納得ができないんだよ! 今まで側で見てきた者として‥‥ 友達として!」
 或いは皆、このままを望んでいるのかもしれない。でも、そうやって有耶無耶に終わらせるのが大人だというのなら、ボクは子供のままでいい。
「ヘンリーさんはなんで『スルト』に拘ったの? シェイドを越えるだけなら他のエンジンでも良かったのに! スルトが力を発揮できる機体を作って、ルーシーさんの喜ぶ顔が見たかったからじゃないの!?
 ‥‥ボクはただ、皆に後悔して欲しくないだけなんだ。いなくなるなら、ちゃんと別れを告げてから‥‥ 伝えるべき事は伝えないと、きっといつか後悔する。‥‥それはとても悲しいんだよ」
 半分、涙目になってしょんぼりしていくクリア。有希はクリアの頭にポンポンと手を置いた。
 ウチたちに出来ることはやりましょう、と、しょげかえるクリアにそう言いながら、有希は懐から一通の封書を出した。
「ウチらの結婚式の招待状です。住所が分からなければ出せませんから、皆さんに教えてもらいましょう。‥‥勿論、所在の分からないルーシーさんのは、モリスさんに聞かないといけません」

「会社の社長は勿論、オーナーである私です。ヘンリーさんとラファエルさんが開発で、のもじちゃんが営業部長。クリアちゃんは‥‥寿退社かなぁ。夢物語じゃありませんよ? シェイドを倒せば、賞金1億crなんですから!」
 目の中に炎を燃やして、グッと拳を握り締め‥‥ そこで、怯えた仔犬の様な瞳でヘンリーを振り返る。どうですか、ヘンリーさん。私と一緒に‥‥ 皆でそんな風に、楽しく、幸せに過ごすというのは‥‥?
「それもいいかもしれないね‥‥」
「えっ?!」
 一瞬、喜びかけたヴェロニクは、だが、次の瞬間、ヘンリーの顔を見てその表情を固まらせた。
 ヘンリーの静かな微笑── だが、そこには空っぽで何もない。
「やっぱりダメです」
「え?」
「ダメなんです、こんなのは。あんなすっきりしない譲られ方‥‥ ていうか、こんな勝ち逃げみたいなやり方、許せるかー!」
 呆気に取られるヘンリーを他所に、ヴェロニクが天に吼える。
 と、そこに鳴り響く警報。キッと表情を引き締めたヴェロニクが目の前の愛機の操縦席に飛び乗り込んだ。
「ヘンリーさん!」
「はいっ!?」
「もし、シェイドを倒して戻ってきたら、一緒にルーシーさんを探しに行きますよ!」
 出撃準備を整えながら、警報に負けずに声を張り上げるヴェロニク。ヘンリーは目を見開いて‥‥ ゆっくりと頷いた。
「‥‥わかりました。この戦争が終わったら、皆でルーシーに会いに行きましょう。‥‥だから、ヴェロニク。必ず生きて帰ってきてくださいね」
 今度はヴェロニクが目を見開く番だった。
「大丈夫。必ず帰って来ますよ。その為の翼ですから」
 全てはこの戦いが終わってからだ。ヴェロニクは微笑んだ。