●リプレイ本文
メインシャフトを進む動力炉制圧班が最初に見出したものは、先行する威力偵察部隊が後方に設置した野戦救護所だった。
補給車および医療車仕様のリッジウェイとクノスペが『店を開いて』いる横を、装輪で疾走して行くフル装備のKVたち。それを負傷兵たちが歓声でもって送り出す。
それに機の拳を握って応える、守原有希(
ga8582)のスレイヤー『Exceed Divider』。月影・透夜(
ga1806)はディアブロ『影狼』の操縦席から救護所の様子を横目で見やると、その眉根を軽くひそめた。‥‥威力偵察部隊は苦戦をしている。敵は寄せ集めとは言え、それなりの戦力をかき集めてはいるらしい。
「後々のことも考えると、ここは時間を優先したいところですね。まだ敵の展開が十分ではないうちに、動力炉まで進みたい」
ハヤテ『Swallow』を駆るガーネット=クロウ(
gb1717)が淡々とそう呟いた。彼女の状況認識は正しかった。前面の敵は、所謂、遅滞部隊だ。防衛隊が迎撃態勢を整えるまでの時間稼ぎに過ぎない。
「同感ね。可能な限り電撃戦で── 敵に余計なことをさせる時間を与えたくはないわ」
勿論、敵の配置とか仕掛けるタイミングとか最大限考慮する必要はあるけれど。そう付け加えて、フローラ・シュトリエ(
gb6204)──ディアマントシュタオプ『Schnee』搭乗──がガーネットに同意する。
フローラの懸念にガーネットも頷いた。幸い、こちらには偵察隊が収集した敵情がリアルタイムで入ってくる。
「前面の敵防衛部隊は、比較的硬い大型キメラを前面に出してプロトンビーム発射態勢で砲列を引き、そのすぐ後方に中型キメラを、その上方に無人小型HWを配置しているようです。指揮官と思しきタロスは1機。こちらは最後列から出て来んそうです」
前線からの報告を伝える有希。果たして、前方、薄闇の向こうに、その報告通りに並ぶ敵隊列が砲火の煌きの中に見えてきた。
やはり、敵の数は多い。だが、所詮は戦闘経験の蓄積もない弱敵の群れだ。それに、敵の半分は軍が責任を持って引き受ける、と少佐は請け負ってくれた。であれば、歴戦の自分たちなら、やりようはいくらでもある。
「敵防衛戦を突破して動力区画へ突入する。ここの制圧はこの要塞の死命を制する。なんとしてもやり遂げるぞ」
透夜の檄が飛ぶ中、装輪で駆けるKVがそれぞれ砲の銃把を握る。本隊の前に出る傭兵4機。有希の連絡を受けた前方の威力偵察隊が、隊列を転換してその進路を空ける。
「突撃!」
号令とともに、能力者たちは速度を落とさず前に出た。有希機が、フローラ機が手にしたレーザー砲が蒼い光の刃と化して、正規軍の砲火と共に敵前衛を征圧する。応射する虫型大型キメラの脚部が有希の光刃に切り裂かれ、擱座したその上に、フローラが撃ち貫いた小型HWが墜落してきて押し潰す。諸共に爆発して砕けたそれらを照準の向こうに見やりながら、有希とフローラはその砲口を敵隊列の端へと向けた。その敵の正面、味方の砲火の邪魔にならぬシャフトの左端を、突撃砲を撃ちながら機剣を抜刀した透夜機が一気に駆け上がっていく。
放たれたプロトンビームの応射を、透夜機は地を滑るように右へ左へ、蛇行する様に回避した。回避しながらブーストを起動し、擬似慣性機動でもって跳躍。横の壁を蹴り、三角跳びの要領で一気に敵の頭上に飛ぶ。咄嗟に対応しようとした宙空のHWは、その砲口を向けるより早く、透夜機によってすれ違い様に切り裂かれた。そのまま大型キメラの背後に着地し、振り返りざまにもう一閃。後脚2本を断たれた虫型が尻を落とすその上で、斬撃を受けたHWが爆発して砕け散る。
「今ですっ!」
叫び、抜剣する有希機。フローラもまた武装を凍風から練機爪へとスイッチする。
「行きましょう、swallow。その名の通り、疾風の如く」
ガーネットは機に盾槍──シールドスピアを構えさせると、腰溜めに構えた姿勢のまま一気に『アクセルを踏み』込んだ。スラスターから推進剤が光の奔流となって迸り、装輪で走る機体がトップスピードへと加速。尻をついて腹を晒した虫型の、その腹部へ機の質量と速度ごと槍の穂先を突き入れた。甲殻を打ち破られ、体液をぶちまけながら、大きく一回転して背中から仰臥する大型キメラ。後ろの中型キメラの群れが慌てた様子で逃げ惑う。
敵から槍を引き抜いた──というより、速度で抜けるに任せたガーネット機は、そのまま速度を落とさずに中型キメラの群れを突き抜けた。突破し、敵の背後を横断しつつ、後ろから敵隊列へ機関砲を撃ち捲くり‥‥ その最中、別の場所から敵陣を突破してきた透夜機が、そのまま最後列のタロスへ向けて突進する。
フローラもまたレーザーを撃ち放ちながら装輪で突進すると、透夜とガーネットが開けた穴から敵陣の中へと飛び込んだ。そのまま機を回転させながら機爪を敵に煌かせ。かつ、反対の腕を振って横殴りに凍風を撃ち放つ。フローラは敵中に──中型キメラの中に敢えて留まり、散々に敵を引っ掻き回しにかかった。混乱する敵をレーザーで追い散らし、敵が態勢を整えるより早く突っ込み、包囲陣を蹴散らして移動する。
有希は敵隊列に空いた穴、それ自体を広げにかかった。ガーネットの槍に沈黙した虫型の前で右旋回し、隣りに位置する別の虫型を側方から襲撃する。敵は有希機に向き直るより早く、レーザーの集中攻撃によって甲殻を穴だらけにされ擱座した。そこへフェザー砲を撃ち下ろしてくるHW。有希は機速を落とさず前進し、擱座した大型を踏み台にして跳躍。そのHWを機剣で切りつつ、正面眼下の大型キメラにレーザーを撃ち下ろす‥‥
敵の組織的な抵抗は、透夜が敵の指揮官機を撃破した時点で終了した。うろたえ弾をかわしつつタロスに肉薄した透夜機は、数合、剣を打ち合わせただけで、その敵を機槍の一撃の下、屠りさっていた。恐らく、本来はタロスに搭乗する資格のないバグアが急遽、動力炉防衛の為に乗せられていたのだろう。少なくとも、地上で出会ったタロス乗りたちに比べれば未熟なこと甚だしかった。
そのまま残敵の掃討を正規軍に任せ、突入する傭兵たち。辿り着いた動力区画は、直径500mはあろうかという巨大な球形の空間だった。その中央に位置する、直径100m位の球形のユニットが、おそらくは動力炉なのだろう。
球形の内部は、無重力の空間だった。メインシャフトからブーストを焚いて内部へ飛び出した有希は、やはり天地は無いか、と呟きながら、流れ弾の恐れの無い斬撃によりキメラの一を切り捨てた。
そのまま慣性で流れ行き、動力炉に張り付いてから周囲を見渡す。動力区画内に存在する敵は、まだ殆どいなかった。その少ない敵を掃討していく傭兵たち。動力区画は瞬く間に軍の制圧下に置かれた。
「これがバグアの動力炉‥‥ これを守るのですか? 破壊するのではなく?」
傍らまで浮遊してきたガーネットが、同様に流れて来た指揮官機の少佐に尋ねる。自分たちが侵攻してきたルートも含め、動力区画には前後左右、そして上下と、6本ものメインシャフトが通じていた。その全てが動力炉奪還に動く敵の侵攻路足り得る。守り切るには随分と厳しい『地形』だった。
「どこから敵が侵入して来るか分かりません。防衛配置は柔軟に変更・対応できるようしておくべきです」
有希の言葉に、フローラはふぅん、と生返事を返した。どうにもこれは給金以上の状況であるように思われた。
「‥‥なるべく動力炉には傷をつけずに防衛したいけど、多少は割り切らないと、かしら」
「動力炉の損傷は、報酬(=成功度)の査定対象でもあるが?」
「いやだわ、少佐、聞いてたのね? 勿論、がっちり守らせて(報酬を)いただくわよ? ‥‥私の能力が及ぶ限り」
となると、と。フローラはすぐさま頭を切り替えた。問題は敵の進攻路の多さなのだから、それをなんとかする必要がある。
「シャフトが封鎖できればよいのですが‥‥」
有希の呟きに、フローラはそれね、と頷いた。ガーネットはそれに小首を傾げた。
「メインシャフトの幅は40m‥‥ さすがに塞げそうなものは落ちてないでしょうが‥‥」
その言葉を受け、透夜が機をシャフトの1本に侵入させ、天井に向けてガトリング砲を撃ち捲くり始めた。崩落する天井部、積み上がる瓦礫。だが、それもせいぜい数mといったところで、山を崩すようにはいかない。
「完全封鎖は無理か‥‥ せめて、侵入を妨げられれば」
「先程の敵機の残骸を運び込みましょう。全部の封鎖は無理でも、瓦礫と合わせて2箇所位ならなんとか‥‥」
そう言うと、有希機は動力炉を蹴って、慣性で進攻路へと跳躍した。それ以外は現地で調達するしかない。やって来る新手を倒し、その残骸でバリゲードを構築するのだ。
方針を決め、それぞれに動き出す能力者たち。正規軍も総動員で左右のシャフトを残骸で塞いでいく。
15分後。それまで封鎖されていた各シャフトの隔壁が、要塞司令室の操作によって次々と開放された。それは、戦力を整えたバグア軍が反撃に転じたことを意味していた。
拓いた隔壁を越え、進軍してくるワームとキメラの大群── 積み上げられた残骸に向け、敵が一斉に放火を放つ。
幾筋もの光条が残骸群に突き刺さったが、背後まで貫通した光線は無かった。積み上げたのは、曲がりなりにも戦闘機械の装甲材だ。半壊したものの寄せ集めとは言え、光線だけではそう簡単に崩せはしない。
敵は光線による破壊を諦めると、残骸を乗り越えての侵入を図った。必然、敵は狭所を抜けて来ることとなる。
「侵入口は狭めた。浸透して来る敵の数は決して多くはない。救出部隊が成功するまで、暫しここで持ち堪えよう」
前方のシャフトと動力炉の中間地点に陣取った透夜が、周囲の兵たちをそう励ます。
その言葉が終わらぬ内に、シャフトを抜け出してくる敵。砲撃がそこへ集中し、敵の第一波は無残に撃ち砕かれた。
上部シャフトからの進攻がないことに気づいたのは、予備戦力としてフローラと共に待機していたガーネットだった。
怪訝に思って確認する。敵は、上方の隔壁だけ開放していなかった。
「自分だったら、他のシャフトの防衛に戦力が集中させておいて、時間差をつけてあそこから主力を突入させる。ただし、これは十分な戦力があればの話だ」
呟く少佐。しかし、敵の主力は艦隊と共に出撃している。
「であれば、単純に上に来て欲しくない理由がある‥‥ そういうことなんでしょうね」
●
「この前は低軌道ステーションで、今度は本部ステーション。ここを制圧すれば、あの赤い星に手が届くのかしら‥‥」
動力炉制圧隊と分かれて別ルートを進攻中の司令部制圧隊──
その内の1機、S−02の操縦席で、愛染(
gc4053)は呟いた。
そうすればこの戦争も終わるのに、と今度は心中でのみそう呟く。彼女にとって、勝利は目標ではなかった。その勝利の向こうにある『平和』が彼女の目的だった。
誰にも言ったことはないが、愛染は傭兵というこの仕事に何らやり甲斐を感じてはいなかった。彼女にとっては、バグアとの戦争などより、病院の受付業務の方が何倍も有意義なものだった。
だが、自分でも厄介なことに、能力者としての、人類への義務感から逃れることが出来なかった。そして、そんな中途半端な自分も嫌で嫌で仕方なかった。
(けじめを、つけよう)
そう思い、傭兵業に復帰した。後々、他人にも、そして、自分にも、堂々と胸を張って看護師の道を歩めるように。ああ、勿論、看護学校に通えるだけの費用も稼いでおかねばならないし──
「そうだね、愛染さん。ここを陥落させれば、バグア本星艦隊も退かざるを得ないから、敵本星にグッと近づくんだよ!」
そんな愛染の心は知らず、正規軍歩兵に交じってLM−04の兵員室に乗る響 愛華(
ga4681)が、声を弾ませた。久しぶりに最前線に立つ愛染を気遣っての口調かもしれない。
もう一人、愛華が気にかける新人傭兵、アシュリー・ベル(
gc9018)は、疾走する機体の操縦席で思いっきり眉根を寄せた。
「‥‥ところでさ、その『本星艦隊』ってなんなのよ?」
「えっ!?」
愛華は驚いた。能力者になったばかりのアシュリーは、戦場の情勢について疎かった。
「えーっと、本星艦隊っていうのはね、第1、第2、第3、ってあるバグアの宇宙艦隊でね‥‥」
「てか、ぶっちゃけわしらが叩き潰すべき敵じゃ。それ以上でも以下でもない。ま、興味があるなら【詳細は【福音】特設ページを参照】というやつじゃな」
愛華の言葉を遮り、きっぱりと断言するち巫っ女、綾嶺・桜(
ga3143)。アシュリーは気のない風で「ふぅん」と返事をすると、「よくわかんないけど、なんとかするわ」とあっけなく疑問を捨てた。
その時、動力制圧班のガーネットから、敵の司令部は恐らく要塞上部(上半分)にある、という連絡が来た。アシュリーはビクリと身を竦めた。混線する通信波に、激しい砲声と増援を求める音声が紛れ込んでいた。
果たして、案の定。基地区画は予測通り、中央軸線シャフトに沿った上部区画に面していた。集まっていた生身バグアやキメラといった戦力は、突進して来るKVの姿を見て逃げ出した。残された歩哨ロボットを機銃弾で粉々にして、区画入り口を確保する。
「ふん! やっぱり上にありましたのね。お爺様の言う通りですわ! 偉ぶった連中は、常に上から下々を見下ろしたがる、って‥‥ あ、勿論、お爺様は別ですわ! これはお爺様の言う『(ジョンブルらしい皮肉の効いたジョーク交じりの罵詈雑言)野郎』のことですから!」
早口でまくし立てるアシュリーの言葉は、だが、若干、震えていた。
初めての戦場が激戦区。怖くないと言えば嘘になる。──訓練の成績は良かった。自分には出来る! ‥‥そんな出発前の自分を鼻で笑う。自分はまだ戦場に出会ってすらいないのに。
アシュリーは奥歯を噛み締めて身体の震えを止めると、機体から下へと降りた。『バイブレーションセンサー』で、基地区画内の様子を確認する為だ。制圧隊は200m前進する度に、これを繰り返し行ってきた。
同時に、LM−04からも周辺警戒のために兵たちが降りてくる。愛華もまたエネルギーキャノンを手に降車すると、そっと壁に手をついたアシュリーに寄り添うと、安心させるように背中に手を添えた。
アシュリーは大きく深呼吸をひとつした。──社会勉強のため── 能力者を志望する理由を、彼女は家族にそう説明した。嘘だった。本当は、親や周囲に心配して欲しかっただけだ。だが、尊敬する立派な家族たちは、そんなアシュリーを誇り高く送り出した。‥‥私はまた一人になった。ちょっぴり泣きたくもなった。けど‥‥ 『ノーブレスオブリージュ』── その言葉を口にした以上、やり遂げるしかないではないか──
「‥‥司令室なんだから、迎撃に出てくる戦力とは別に、そこを守る為の防衛戦力がいるはずよ。‥‥動かない反応を探すわ」
意識を集中し、周囲の振動を感じ取る。‥‥雑音が多い。サイズを人型程度に絞る。慌てる人々の動きの流れ、増援に出る中型キメラの振動── ‥‥いた。10人位集まって、殆ど動かない区画がある。二つに分かれているのは、司令部の中と、その扉の前で防衛態勢を敷いている連中だろう。
「直線距離で約100m。司令部と思しきエリアがあるわ。廊下や部屋の配置は分からないけど‥‥ 増援の反応も感じられた。急いだ方がいいわよ」
得られた情報を知らせるべくアシュリーが振り返る。いつの間にか、愛華の側に小さな少女が立っていた。
「これが基地区画の入り口かの‥‥ さて、早めに司令部を制圧せねば」
「ここを制圧できれば、人類はまた一歩、勝利に近づくことが出来る‥‥ 最後の最後に皆で笑っている為にも、必ず生き残らないと、だね!」
愛華が今いいこと言った。グッと拳を固める愛華に、愛染がチラと視線を送る。だが、アシュリーはその言葉を聞き流し、傍らの桜を見て唖然としていた。
「‥‥あなた、私より小さかったのね。ずっと偉そうで分からなかったわ」
「なんじゃ、子ども扱いは許さんぞ? わしのことは桜さんと呼ぶがいい。決して『ち巫っ女』などと呼んではいかん」
言いつつ、桜は手と足に爪武装を装着すると、ここは任せる、と告げて区画内へと入っていった。その後を光線砲を抱えてついて行く愛華。ライフルに装弾した愛染が、アシュリーをチラと横目で見やって去っていく。
軍の歩兵隊が続き‥‥ その場には、アシュリーと傭兵機、そして2機のLM−04が残された。アシュリーは腕を組んで彼等の背中を見送ると、溜め息を一つついてから、自機S−02の操縦席へ戻っていった。
乗り手のいなくなった機体を護衛し、基地区画入り口を確保する──それが今、彼女に託された任務であった。
どうやら自分たちが到達したのは『裏口』であったらしい。基地区画の廊下を走りながら、桜はそう見当をつけていた。
アシュリーがもたらした情報により、司令室の大まかな位置は予測できていた。勿論、そこまでまっすぐ続く都合の良い通路があるわけもなく、桜たちは多くの三叉路を曲がりながら進んでいく。
ふと、通路の角を飛び出しかけた桜は、素早いバックステップで後ろに跳んだ。直後、曲がり角の先から激しい銃撃が浴びせられた。
「愛華!」
「うん!」
叫ぶと同時に、角から銃だけを出してSMGを乱射する桜。その援護の下、砲を抱えた愛華と愛染が反対側の角に移動する。愛染は銃を手に腹這いになると角に立った愛華の足元まで這い進み、伏射姿勢とって愛華を見上げた。視線を合わせ、頷く愛華。反対側の桜と歩兵たちが手信号でカウントを取り‥‥ ゼロになった瞬間、壁から半身を出して銃撃を開始する。
「支援砲撃! 突破口を抉じ開けるんだよ!」
伏射姿勢の愛染をまたいで、愛華がビーム砲を撃ち放つ。その一撃で、正面にいた銃撃型甲虫が1匹、甲殻を貫かれてその中身を蒸発させた。爆発的に砕る甲虫。第二射がもう1匹を同様にして撃ち倒す。
その隙に、桜は姿勢も低く、廊下の端を突進した。愛染がそれを支援する。光線銃を手に角から顔を出そうとするバグアに素早く照準、発砲し、その頭を押さえにかかる。顔を出そうとする度に眼前の壁面を砕かれたバグアは、銃だけを出して発砲した。怯まず突進する桜。愛染が再び発砲して、銃を持つバグアの指を吹き飛ばす。
バグアが悲鳴を上げて手を引っ込める間に角の向こうへ飛び込んだ桜は、爪による斬撃から裏拳、飛び上がっての回し蹴りでもってそのバグアを打ちのめす。反対側の角からその桜の背を撃とうとしたもう一人のバグアは、キャノンを抱えて飛び込んだ愛華がゼロ距離射撃で撃ち貫いた。
制圧した旨を知らせる手信号を受け、愛染は歩兵の先に立って廊下を前進。新たな角から警戒の銃口を振った。敵がいない事を確認して、ホッと視線を上げた愛染は、愛華が肩口に銃創を負っているのを見て絶句した。先程、桜を庇った射撃は、バグアとの同時射撃だったのだ。
掠り傷だよ、と笑う愛華を止めて、自ら救急セットで応急処置を施す愛染。‥‥傭兵の仕事が空しくなるのはこんな時だ。いや、治療してる時ではなく‥‥ 同じ様な状況で、どうにも手の施しようが無く、見捨てざるを得ない時。個人の力では、戦争がもたらす大量の破壊と死に抗し切れないと思い知らされる。医療の技術も、戦闘の技術も、掌から零れ落ちていく多くの命を救えない。
「愛染さんは、この戦争が終わったらお医者さんになるのかな?」
屈託無くそう訊いてくる愛華に、愛染は瞬きを一つした。戦争が終わったら、と、ようやくそれだけ搾り出す。
「わぅ! それじゃあ、早く終わらせないとだね! まずはこの本部ステーションを私たちで陥っことすよ!」
おー、怪我をした側の拳を突き上げ、あいたたた、と呻く愛華。こちらを心配そうにチラチラと見ていた桜が、愛染の視線に気づいて慌ててその視線を逸らす。
愛染は微苦笑を浮かべながら、そうね、と一言呟いた。まずは目前の仕事をこなしてからだ。それからのことは、また後で考えればいい。
前進を再開した制圧班は、その後、数多くの関門を潜り抜けて司令部へ向け前進した。
廊下の重力をON、OFFする罠は、大した被害をもたらさなかった。能力者相手では精々、飛び蹴りの体勢から床に落っこちた桜の尻をちょっぴり赤くする程度だ。
むしろ、局地的に重力を制御する装置が出てきた時の方が脅威だった。廊下の真ん中まで出張ってきたこの円筒形の自走装置は、極めて狭い範囲の重力を操作し、後方へ抜けようとする銃弾をスイングバイよろしく捻じ曲げ、ランダムに『跳ね返して』きた。だが、それも、手榴弾を10個ばかし転がしてやると、自らに吸い寄せてしまいあっけなく吹っ飛んだ。
途中の防衛線で出会ったバグアに、地球人型はひとりもいなかった。亡命した異星人からもたらされた『本星艦隊はヨリシロの獲得を後回しにされる、バグアの中でも場末の部署』という情報は、案外、的外れでもなさそうだった。
そうして遂に司令部の前面まで辿り着いた能力者たちは、扉の前に防衛線を敷いた敵を蹴散らし、その入り口にまで辿り着いた。
擲弾の爆煙が薄れゆく中、バグアとキメラの死骸が散らばる床に滑り込む桜と愛華、愛染たち。兵が閉鎖された扉に指向性爆薬を仕掛ける後ろで、煤に汚れた顔を見合わせ、閃光手榴弾を手に頷きあう。
爆発が扉を吹き飛ばし、そこへ駆け寄った愛華と桜がその中に閃光手榴弾を放り込む。室内に閃光と轟音が炸裂し、直後、爪兵装を装備した桜と愛華が飛び込んでいく。
愛染は扉の陰に取り付くと、そこから支援射撃を開始した。桜と愛華に続けて突入しようとした兵が、室内からの応射により傍らに倒れ込む。愛染はその傷口を押さえると衛生兵を呼び、血塗れの手で銃把を握って応射する。
「命を捨てよ! 司令官閣下が転進する時間を稼ぐのだ!」
どこか偉そうな服装のバグアが、司令室の奥で叫ぶ。近場の雑魚バグアを切り捨てていた桜は、その声に振り返った。
「まずは指揮官から潰させて貰うのじゃ! 指揮するものさえおらなければ!」
桜は愛華に支援を要請すると、爪を振って敵指揮官を指差した。頷き、そちらへ走る愛華。立ち塞がる敵を天拳によるワンツーで崩し、がら空きになった腹部にレバー。頭が下がったところをアッパーで打ち上げる。
その傍らを抜けて来る桜を見やって、指揮官はニヤリと笑うとコンソールの一つを叩いた。途端、走りの反動で宙に浮く桜の身体── 指揮官がこの部屋の重力をゼロにして、無重力という名の『落とし穴』をしかけたのだ。
だが‥‥
「舐めるでないわっ! それは一度喰らっておる!」
桜は無重力の中、『回転舞』で宙を蹴ると、そのまま指揮官目掛けて突っ込んだ。驚愕に目を見開く指揮官に、弾丸と化した桜が突っ込む。腹に致命傷を受けた指揮官は、もうダメだ、とコンソールの一つ──動力炉の暴走させる自爆装置──を叩こうと拳を振り上げ‥‥ 『強撃弾』を使用した愛染の狙撃にその肩口を撃ち抜かれる。
そこへ肉薄した桜に止めの足爪を受け、指揮官は体液を撒き散らしながら宙に舞い、天井に当たってから跳ね返ってきた。
絶命したその死骸に目もくれず、桜はコンソールに取りついた。バグアにしては手応えがなかった。この場にいない艦隊兼基地司令官の副官か、或いは文官か。ともあれ、今はそれもどうでもいい。
「よし、ここの制圧は完了じゃ! 動力炉の方はどうなっておる!?」
メインパネルに味方不利の戦況を見て取って、桜は焦りながらも、コンソールを前にしてまごついた。えぇい、どうやって動かすのじゃ! と叫ぶ桜に、浮遊してきた愛染が落ち着くように声をかける。
「下手に弄っても厄介よ。隔壁の操作とか、単純なものでも十分だけど‥‥」
そうこうしているうちに、軍の特技兵がやって来た。放棄されたバグア基地や墜落したギガワームの調査にも参加した専門家だ。多数のヨリシロを獲得してきたバグアの言語体系は複雑、というより突飛である。だからこそ、共通言語やこの手のコンソールの類の表記は意外にも単純であるらしい。簡単な操作であれば、地球人にも分かるものがある。使い勝手を考えればバグアも地球人も大差はない──少佐の言は、ここでも正しい。
「隔壁の閉鎖ですね? では、モニタの記号を見て、閉めたい隔壁と同じ模様のスイッチをonにしてください」
特技兵の言葉に従って、桜と愛染、そして愛華は、動力炉へ繋がるルート上の隔壁を片っ端から閉鎖した。格納庫、ワーム工場、キメラ生産施設から動力炉へ向かっていた敵の増援が、その進路を阻まれ、右往左往する。
「わぅわぅっ! これでここは私たちの縄張りだよ」
モニタ上の味方が戦局を巻き返していく。愛華がグルグルと尻尾を回した。
●その少し前、動力区画──
かろうじて維持されてきた動力区画の防衛線は、残骸のバリゲードが排除された側方から破られた。
右方の敵にはフローラと軍が後詰に向かい、崩れたバリゲードを突破してきた敵をフローラ機がレーザーと練機爪で排除し、一時的にだが押し返した。破壊されたLM−04の残骸を押し込み、バリゲードの補修をする。
だが、反対側の左方には手が回らず、完全に瓦礫を排除した敵軍はそこから動力区画へ雪崩れ込んだ。
それはまるで、ダムが決壊したようなものだった。シャフトと動力炉の中間地点に待機していた透夜とガーネットがそちらに砲火を集中するも、その全ては防ぎきれない。そして、応射の弱くなった前方、下方のシャフトからも、じわじわと敵が浸透して来る。
中間地点での防衛を諦めた透夜とガーネットは、そこを放棄して後退することにした。軍の殿軍に立ち、動力炉を背に振り返る。瞬間、発砲を躊躇する無人ワーム。そこへ透夜とガーネットが機関砲で狙い撃つ。
シャフト内で迫る敵を払い続けてきたフローラも、背後に回り込んだ敵にシャフトの外から砲撃を受けるに及び、バリゲードを放棄して後退した。
唯一の例外が有希だった。彼が守るのは自分たちが進攻してきた路──つまり、いざという時の退路である。一度、味方が制圧したということもあり、こちらから迫る敵の数が少なかったことも継戦を可能としていた。
「冴えろ、陽光独占者、新月!」
オーバーブーストを焚き、正面の敵隊列を切り裂いて後衛へと達した有希機が、前線指揮官機のタロスを切り捨てる。命令を失い、右往左往する敵。それを軍の部隊が掃討していく。
文字通り一息ついた有希は、味方と共に救護所まで退いた。半ばやけばちになって突っ込んでくる新手の中型キメラの群れ。その数の多さに、いい加減、有希も嘆息する。
だが、そんな有希の目の前で、隔壁がシャフトの全周からゆっくりと閉まり始めた。敵に劣らず困惑しながら、有希は隔壁の内側へと後退する。
同様に、動力炉に繋がる全てのシャフトで、隔壁の閉鎖が始まっていた。戸惑い、右往左往する敵を他所に、まず、事態を把握した傭兵たちが歓声を上げた。
「隔壁が閉まる‥‥? 制御室が制圧できたか!」
まず、透夜が反撃に転じた。退路を失い、孤立した敵を、勢いのままに動力区画から駆逐していく。その鋭鋒から逃れ、後退して隊列を整えようとした敵は、フローラとガーネットが背後から突き崩した。さらに、有希たちが動力区画に戻り、正規軍も反攻へ転じると、バグアは数の上でも劣勢に立った。
やがて、完全に殲滅され、区画から消えてなくなるバグア軍。一つずつ、順番にシャフトの隔壁が開放され‥‥ 軍と傭兵たちは、孤立した敵を各個に殲滅していった。
●
基地区画の裏口前は、左右に走る一本のシャフトに面していた。即ち、敵の侵攻路は、前と後ろ、その二つということになる。
アシュリーは自機──2門のガトリング砲を構えたS−02を前方に配置すると、2機のLM−04の内、1機を背後に配した。
‥‥暫くして、敵はまず、前方からやって来た。小型キメラの類は、立ち塞がるKVを見てあっけなく逃げ散った。残った中型キメラがフェザー砲を撃ちながら、鎌を振りかざして突進して来る。
「通さないわよ! このあたしが任されたんだから!」
叫ぶアシュリー機にガトリング砲の連射を浴びせかけられ、粉砕される中型キメラ。倒れ込むその死骸を盾にして、さらに新手が迫り来る。アシュリーは背後の味方に撃ち尽くしたガトリング砲のリロードを任せると、残る片方の砲撃でその新手を迎え撃った。穴だらけにされながらもなお迫る敵。アシュリー機がガトリングを捨て、二刀で敵に斬りかかる。
数分後、通常型の機剣は、まず水素が切れて使い物にならなくなった。それを床に突き立て、拾い上げたガトリング砲を装填しながら‥‥ アシュリーは途切れる事なく迫る新手を泣き笑いの表情で迎え撃つ。
アシュリーの孤軍奮闘は、司令室から能力者たちが戻って来るまで続いた。
全ての戦闘を終え、KVから降りたアシュリーの顔に涙の跡がなかったのは、勿論、アシュリーの矜持によるものであった。
●
こうして、軍と傭兵たちは、本部ステーションの動力区画から基地区画にかけての広いエリアを、その制圧下に納めた。
閉鎖したシャフトの一角には救護所が設けられ、愛染はその手伝いに入った。護衛についたガーネットがそれを見やって、戦いの大きさに比例する被害の大きさに心を痛める。
「あとは、救出班の成功を待つだけだな。それが終われば‥‥」
透夜の言葉に、愛華や桜、有希たちが首肯する。
これでいよいよ障害はなくなった。
あとは、バグア本星のみだ。