タイトル:【FF】アトランタ正面戦マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/21 00:28

●オープニング本文


 北米に『無銘のエース』と呼ばれるバグアが存在する。
 その乗機は常に量産機。名乗りも上げず、機体色も変えず、ノーズアートも存在せず、ただ戦闘時の機動でのみ凄腕と識別できる。
 その出現は神出鬼没。デトロイト、ビアク、五大湖、メキシコ沖── 中型HW(爆撃機仕様)など、人類側にとって『重要な目標』に『勝手に』ついてきては、迎撃に上がってきた凄腕の傭兵たちと存分に空中戦を楽しんで去っていく、そういう類のパイロットだ。
 彼は今、アトランタの戦場にいた。乗機を失ったユタから離れ、撤収中の部隊と共にメトロポリタンXに向かう途中、ここアトランタで部隊ごと徴収されたのだ。
 彼はここで新たに有人型のゴーレムを受領すると、85号線を西進してくるUPC軍に対して『僚友』たちと共に遅滞戦闘を行った。
 遅滞戦闘中、反転攻勢に出る機会は遂に一度も訪れなかった。彼我の戦力と時勢の差はそれ程までに開いていた。
「やはりあの時、リリア様の下を離れるべきではなかった。リリア様と共に東海岸に残り、あの場で地球人共を喰い止めておくべきだったのだ」
 そう呟いたのは無銘ではなく、『僚友』たるバグアだった。名はドルトン。旧北米バグア軍の所属でリリアの指揮下にいた。東海岸での戦いの折、より上位のバグアであるエミタの命令に従って、迷いながらも戦線より後退した。今、このアトランタにいるバグアの多くが、あの日、ドルトンと同様に後退したものたちだった。故に、リリアの戦死と北米バグア軍の弱体化に少なからず責任を感じている。
「我々は今度こそこの地を守り切る。奴等を完膚なきまで粉砕し、再び奴等の首都に我等バグアの旗を立てるのだ」
 悔恨と敗北の恥辱を雪ぐ場を与えられた彼等の士気は高い。だが、彼等を見つめる無銘の目は醒めている。
 意気込みやよし。だが、果たしてそれが可能だろうか。先の遅滞戦闘を見れば分かるように、彼我の差は決定的だ。
 それに、無銘はここの守将『アルヴィト』のやりようが気に食わなかった。
 アルヴィトとは、ここの守将を務めるバグアの名。と同時に、アトランタの都市迎撃システムの名称でもある。アルヴィトはシステムのメインコンピュータに『機械融合』を果たしており、無数の無人ワーム、無人砲台、レーダーなどを同時に制御・操作し、広域の索敵、戦況把握、都市防衛と迎撃まで一人でこなす。彼が頼みとするのは自らの手足耳目たる無人機械であり、誇り高く勇猛なバグアですらその下に配される。
「機械融合までしたその覚悟は認める。だが、アレは我々を戦士ではなく、駒としか見ていない」
 無銘が言うと、ドルトンたちは黙りこくった。或いは、同じ様な感覚を持っていたのかもしれない。
「だが、なぁ、無銘の。それでも、我々は戦士であり、ここは戦場だ。それにここで奴等を叩いておかないと、反撃の機会は永遠になくなってしまうかもしれない」
 そんな機会は永遠にこない── 無銘にはそれが分かっていたが、敢えて口にはしなかった。無銘はエミタ派でもリリア派でもない。ついでに言えば、バグアという種に対してそれ程忠誠心を抱いている訳でもない。大切なのはあくまで自己の存在とその尊厳。彼は戦いを義務ではなく権利と思っており、この様な扱いは我慢ならない。
「‥‥まぁ、奴には機体を貰った義理はある。戦うさ。だが、無人機の捨て駒となって死ぬような真似はするなよ。誇り高いバグアであるならば」


 85号線を西進していた北中央軍第3師団は、アトランタ市内を臨む285号線との交差ポイントまで到達していた。
 アトランタ市を環状に囲む285号線沿いにはバグアによってグルリと防壁が築城されており、それに沿って設置された大型レーダー、防壁上の城砦砲、壁前面に展開した出城とワーム群によって堅固に守られていた。防壁の裏には対空砲群がびっしりと配され、異常なまでに緻密な弾幕網により、空からの攻撃は困難だ。

 後退する有人機に引きずられるように前へと吸い出されたKV隊は、直後、いつの間にか半包囲態勢を整えていた陸戦無人機による一斉砲撃に晒された。損害を出しながらも前進を命じる指揮官。この場に留まり応射すりより、一気に敵陣に突入して乱戦に持ち込むつもりだった。乱戦下であれば空恐ろしいまでに統率の取れた敵無人機群の威力も半減するし、城壁上の城塞砲も撃てなくなる。
 だが、突進を続けるKV隊を前にしても、正面の敵は怯まなかった。並んだ横列に僅かに隙間を空け‥‥直後、その間を城砦砲から放たれた怪光線がすり抜ける。城門の前、高台上になった『出城』に突入しようとしていたKV隊は、その砲撃をまともに喰らって壊乱した。第2撃。前線指揮官の乗ったLM-04(指揮車仕様)がその一撃で吹き飛ばされる‥‥

「第一波、後退。指揮官戦死。続けて第二波、攻撃を開始します」
 前線後方の師団司令部──
 前線から届けられる映像を見やりながら、師団長はその眉をひそめながら腕を組んで嘆息した。
 ひどいものだな、と独り言つ。敵は城壁を背負っている為、こちらは突破も包囲も出来ない。空対地支援もあてに出来ぬ以上、正面攻撃しかないわけだが、敵は緻密な部隊運用で密集隊列の隙間からでも城砦砲を撃ってくる。
「しかし、師団長。作戦は予定通り進んでおります。彼等の犠牲は必要な犠牲であったと信じます」
 参謀の一人が渋面を崩さぬ師団長を慰めるようにそう言った。
「分かっている。我々の役割はここに多くの敵を引きつけて置くことだ。その為には間断なく敵を締め付け続けねばならん。‥‥たとえどれ程の犠牲が出ようとも」
 無言で戦闘の状況を見守り続ける司令部要員たち。第二波は第一波より上手くいった。戦場に取り残されていた第一波の生存者を回収しつつ、隊列を維持したまま退いてくる。
 続く第三波の背を見送りながら、第四波に出撃準備を伝えるオペレーターが、直後、歓声を上げて振り向いた。
「ガリーニン隊、攻撃成功! 攻撃成功です!」
 20号線、およぎ85号線で攻撃を仕掛けたUPC北中央軍は、敵がそちらの戦場に集まっている隙に、輸送機に偽装したガリーニン4機を飛ばし、その進路を偽装しつつ戦場到達寸前で針路変更。城壁沿いにある大型レーダー──アルヴィトの『目』のうち、20号線と85号線の中間の1基を狙い、突撃させていたのである。
 結果、3機が撃墜されたものの、G4弾頭を抱えた本命の1機が突撃に成功。レーダーと敵防衛網の一部破壊に成功した。北中央軍は旧バンク・オブ・アメリカ・プラザビル内のアルヴィトを『破壊』すべく、そこから討伐部隊を次々と送り込んだ。
 歓声に沸く師団司令部。師団長は出撃準備中の第四派に命令を発した。
「敵はまだ、こちらの突入に気づいていないな? よろしい。引き続き我々は、ここに敵を釘付けにする。圧力を掛け続けろ。一兵たりとも敵を市内に戻らせるな!」

●参加者一覧

月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
アンジェラ・D.S.(gb3967
39歳・♀・JG
神楽 菖蒲(gb8448
26歳・♀・AA
ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751
18歳・♂・DF

●リプレイ本文

 アトランタには、昔、来たことがある。勿論、故郷がバグアに占領される前のことだ。
 あの時のボクは家族と一緒で、どこにでもいる平凡な少女に過ぎなかった。まさか地球が宇宙人に侵略されるなんて(ちょびっとしか)思ってなかったし、自分がその宇宙人と戦うなんて(ちょびっとしか)考えていなかった。 運命という名の現実は、無慈悲で、残酷で、どこまでも平等だった。故郷を失い、家族を喪い、いくらかの偶然で命を拾って、バグアと戦う力を得た。
 今、目の前には、アトランタ。故郷──メトロポリタンXに通じる最後の関門が、眼前にそびえている。

「『ピュアピース・プリンセス』より各機。これよりタクティクス『FUWAFUWA−Paradise』を開始する。敵をなんかフワフワした感じにするのだ。FUWAFUWAーFUWAFUWAオーイエ♪ 各班、連携して事に当たるよろし」
 情報支援機、ピュアホワイトに乗り込んだ阿野次 のもじ(ga5480)が、傭兵各機と回線を開いてそう言った。
 FUWAFUWA、時々、be−Happy。意味はよく分からない。一応、デジタル派の守将アーたん(アルヴィトのことらしい)に対する嫌がらせであるらしい。
「確かに、頭が一つしか無い以上、手を広げすぎればリソースが足りなくなるとは思うけど‥‥」
 苦笑するクリア・サーレク(ga4864)。だが、現状、アルヴィトの無人機管理にその手の支障は出ていない。状況の把握から戦術判断、命令伝達まで、まるで一つの生き物の様にこなす『アルヴィト』の優位性は健在だ。
「必要な犠牲? ‥‥ただの貧乏くじよね、これ」
 負傷者を満載したLM−04F──前進する第四波と入れ替わりに後退して来る第三波後衛をコクピットから見やって、神楽 菖蒲(gb8448)は喉を唸らせた。
 勿論、戦争である以上、犠牲が出るのは防げないし、出るなら出るでなるべく『効率的』である必要はあるのだが。それでも『あっちは無人機。こっちは命がけ』では流石にレートが割に合わない。
「そうね。でも、敵にも、指示を出す『頭』が潰れれば『防衛線全体が死ぬ』リスクもあるわ」
 菖蒲とペアを組むアンジェラ・D.S.(gb3967)が考えながらそう告げる。
 だからこそ、軍は別働隊に『頭』を潰しに行かせたわけだし、それに、敵中で全滅するかもしれない突入隊だって、ある意味、貧乏くじには違いない。
「必要な犠牲‥‥ やりきれないが、この先の作戦を成功させる事で報いるしかないな」
 月影・透夜(ga1806)がそう呟く。
 全ては人類の勝利の為に。‥‥あぁ、勿論、菖蒲だってそれは分かっているし、アンジェラもまたそんな菖蒲のことは分かっている。

 情報支援機たるのもじは、軍の第四波の指揮官に対して斜形陣による戦闘を提言した。敵城砦砲・貫通攻撃による被害を最小限にする為だ。
 指揮官はのもじの提言を‥‥採用した。指揮官は左斜形陣を、敵の『出城』──防壁前、門の左右に構築された、鬼の角の様に出っ張った防御陣地──のうち、こちらから見て左側の陣地の『外側』(内側は門側)へと前進させると、そのまま右45度旋回して横列へと転換。敵左側陣地への攻撃を開始した。
「Fire!」
 号令と共に放たれる大量の火線。だが、見た目の派手さとは裏腹に、塹壕に籠もる敵にはそれ程損害は出ていない。陣から放たれる敵の応射も、陣から距離を取ったKV隊には似たようなものだ。
 防壁上の敵一番砲(左から順に一番、二番とナンバリングがされていた)が眼下の正規軍部隊に向けて発砲し、初めて損害らしい損害が発生した。続けて、敵隊列の隙間を抜けて放たれる二番砲。正規軍機の1機がエネルギーの奔流に焼け爛れる。
 だが、それも、斜形陣を取った部隊には大損害とはならなかった。そして、右側の三番砲、四番砲は、戦場の左側には届かない。
 焦れたのか、或いはこのまま遊兵と化すのを危惧したのか。右の『出城』で待機していた有人機の敵遊撃隊が、複数の無人陸戦ワームを引きつれて出陣してきた。
 敵遊撃隊はそのまま左出城の先端を回ると、軍斜形陣の最右翼──最後衛から襲い掛かった。盾の壁と砲でもって方陣を組むLM−04F隊。敵の先頭は3機のタロスだった。後列、ゴーレムが放ったプロトンランチャーに盾の壁の一部が崩され、タロスがそこをこじ開けにかかる。
「来たか。『影狼』より桜。前は抑える。援護を頼む」
「了解じゃ。桜より正規軍小隊長。孤立した敵から優先して撃破する。射撃援護を頼むのじゃ!」
 横列後方で待機していた3機の傭兵機──透夜のディアブロと綾嶺・桜(ga3143)のシコン、ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751)のリンクス──と、軍の精鋭、F−201C/E(COP)からなる遊撃隊の二個小隊は、戦線後方を抜け、最右翼に喰らい付いた敵側方へと回り込んだ。
 装輪で地を駆けながら、左腕に機刀を抜き放つ透夜機。そのすぐ後に、88mm光線砲を抱えた桜機と201隊が続く。透夜機の発砲。タロスに続いて突入しようとしていたゴーレムの脚部に弾着が弾け、その内の一弾が膝部を粉砕する。片足のまま、滑るように前進し続けたゴーレムは、直後、狙い済まして発砲した桜の88mmに撃ち貫かれて転倒。派手に砂煙を上げ、地面の上を跳ね回る。
 新手に気づいた残り4機のゴーレムは機に練力を叩き込むと、地を滑るように走りながら一斉に透夜と桜へ回頭した。
 一方、ドゥ機ともう一つの201隊は、さらに足を伸ばして敵の後方へ回り込んでいた。有人機に後続していた敵無人機群がそれに気づいて一斉回頭。砲列でもって壁を築く。
 さて、とドゥは独り言ちた。眼前には強力な無人機群。こいつらを叩き潰して、敵の退路を断たねばならない。
「長い散歩だったけど‥‥ もう少し付き合ってくれよ、『ファミリアレ』」
 愛機にそう呟きながら、ドゥの『猫』──リンクスは、突進する201隊に交じって敵HWへと突っ込んだ。
 敵横列から迎撃の砲火が放たれ、火線を集中された端の201が脚部を破壊され落伍する。ドゥはリンクス・スナイプを起動すると、足を止めてマシンガンを撃ち捲くった。火線が敵横列を渡り、味方機の火線と交差する。そこにいたHWの装甲が瞬間的に穴だらけになり、爆発して弾け跳ぶ。再び装輪で走り出し、位置を変えつつ発砲するドゥ。味方機との十字砲火に捉われたHWが砕け散り、敵横列に爆発が連鎖する‥‥
「ピュアプリ(略)より遊撃第二班。第一班が敵有人機隊を拘束した。各機、行動を開始せよ」
 連絡を受け、それまで待機していたクリア、アンジェラ、菖蒲の各機がそれぞれ行動を開始した。
 クリアの駆るスレイヤーは待ってましたとばかりに待機地点から飛び出すと、S−01COP隊と共に最前列──横列最左翼に向け走り出した。敵一番砲の第2射の発砲直後に滑り込み、防壁上の砲台へ向けレーザーライフルを撃ち放つ。放たれた光の刃が砲塔基部を真横に切り裂き、灼熱の傷跡を走らせた。だが、固定目標たる城砦砲の耐久性は低くない。
 一方、アンジェラのリンクスおよび菖蒲のサイファーEの2機は正規軍KV小隊と共に、有人機と味方機が戦う『鉄火場』の脇をすり抜け、左側陣地を迂回して正門正面へと侵入した。選択したルートは中央より左側。そこなら右側陣地から距離が遠く、左側陣地は戦闘中でこちら側──内側配置の敵は少ない。
 途中、こちらに気づいた敵遊撃隊の無人機群から一部の戦力が回されたが、それは、走りながらクルリと転回した菖蒲の砲撃によって阻まれた。ドンッ、ドンッ、ドンッ、と放たれる95mm砲。砲弾がHWの正面装甲を貫通し、ハンマーで叩かれた様に動きを止めた敵が内から膨らみ、爆発する。
「コールサイン『Dame Angel』。これより敵城砦砲に対する攻撃を開始するわよ」
 菖蒲機が破壊したHWの爆発を背景に、アンジェラ機が地面にテールアンカーを突き入れる。そのまま僚機と共に狙撃砲を照準。左翼の正規軍横列に砲撃を加える二番砲をレティクル越しに覗き込み、必中を期して後、立て続けに二発、発砲する。正規軍機と合わせて4発。全て狙い過たずに命中したが、固定砲はやはり堅い。
 そこへ放たれる三番砲。だが、その時には既にアンジェラはテールを抜いて、別の射点へと移動している。
 背後の敵を撃滅した菖蒲機が再びクルリと転回し、二番砲に向けて95mm砲を撃ち放った。

 前線に位置する正規軍の兵士たちは、砲声と爆発音に紛れて聞こえてくる航空機のエンジン音を聞いて首を傾げた。
 いや、ありえない。壁の向こうには敵の対空砲陣地がある。この空域に入れる機体があるはずもない。
 だが、その直後、低空を──彼等のすぐ頭上を1機のKVが轟音と共に通過していった。
 それは、後方で旋回待機していた響 愛華(ga4681)のクラーケンだった。敵に奇襲を行うべく、ずっと機会を窺っていたのだ。
「わぅっ! こちら『ハングリードッグ』! 航空支援、行くんだよ!」
 とは言え、コクピットの愛華は実際の所、高度計を見ながら目をグルグルさせていた。こんな低空飛行などしたことがない。かといって、高度を上げれば対空砲によって蜂の巣だ。
 愛華は慎重に高度を維持しつつ、機を旋回させながら防壁上の目標に照準した。同時に警報。敵照準センサーの追尾を受けている。愛華は味方の安全を確認するとブーストを起動。同時にG放電装置のトリガーを引いた。
 味方が地上から見上げる防壁上を、稲妻を降り落としながら愛華機が物凄い勢いで通過していく。
 電撃に打たれた砲台の内、大きな損害を受けていた二番砲がまず吹き飛んだ。すかさずテールを打ち込み、リンクススナイプを起動して三番砲を狙撃するアンジェラ。続く菖蒲機の攻撃で、砲台が巨大な火柱と化して爆発する。

 敵の射程外へと無事、逃れることができた愛華は、再び機を旋回させ、残弾を放つべく再びアプローチを開始した。
 だが、その動きはアルヴィトに察知されていた。旋回したのが『目』を失った南側ではなく、北側だったのだ。右側陣地のHWが下から煽るように砲火を上げる。進入する高度と進路が分かっていれば、対空射撃の不利は無い。
 回避運動を取った愛華は、思わず高度を上げてしまった。風防越し、防壁の向こうに顔を出す対空砲群。その砲口が一斉に光を放つ‥‥

 透夜機が振るった機刀に膝を払われ、ゴーレムが1機、擱座した。その透夜機の背に機剣を振りかざして迫る別のゴーレム。横合いから突っ込んだ桜機がその頭部センサを三枚爪で思いっきり殴り飛ばす。
「いつものハンマーと勝手が違うが‥‥」
 苦笑し、頭上を見上げた桜機の視線の先で、被弾した愛華機が火を吹くのが見えた。瞬間、蒼白になる桜の顔色。「離脱するのじゃ!」と叫ぶ桜の元に、1機のゴーレムが飛び込んでくる。
 突き出された小剣の一撃を、桜はなんとか爪で受け弾いた。他のゴーレムとは一段、動きが違った。無銘がこの戦場にいることはのもじから聞いている。
「またお主か! ユタで邪魔してくれた礼は、ここでしっかりさせて貰う!」
 だが、その瞬間、戦場の様相がガラッと変わった。無人機の動きが一瞬、止まり‥‥ 直後、慌てたように、一斉に前線から退き始めたのだ。市内に突入した別働隊に気づいたのだろう。──有人機は、取り残された。
「門が開く!? クッ、ならば、この榴弾砲の出番なのじゃが‥‥!」
 しかし、目の前の有人機がこのままタダで行かせてくれるとは思えない。
 だが、無銘は無言で一歩退いた。驚く桜。その向こうで、タロスと切り結んでいた状態から離脱した透夜が桜を呼ぶ。
 桜はブーストを焚くと、自らは門を狙える射撃位置へと移動した。
 有人機は追ってこなかった。敵は生き残りのバグアを出来うる限り回収すると、戦場からの離脱を開始する。
 敵の退路を塞いでいたドゥたちは、その進路を見て驚きの声を上げた。
 向かう先は、門ではなかった。彼等は戦場の外縁へ──南東へと向かって移動を開始したのだ。
「後ろじゃなく‥‥前に退くのか」
 追撃するドゥの声音に、感心したような色が響く。

「突入する。桜、砲撃を開始してくれ」
 開く門へと殺到するHWの群れへと向けて、透夜はグレネードの射程に達するべくブーストを焚いて前進した。
 桜機が足を止めて、背負った榴弾砲を撃ち放つ。次々と着弾し、炸裂する破砕榴弾。爆風と飛び散った破片が門前に密集したHWを薙ぎ払う。
 透夜に続いて自らも距離をつめようとしたアンジェラは、だが、菖蒲によって止められた。
「見て、敵の動き‥‥ 左右の陣地の後退は、整然とし過ぎている」
 ここは左右に張り出した出城の中間──敵の顎の真っ只中だ。敵は反撃を狙っている。こちらの追撃の足を鈍らせてから、悠々と後退するつもりだろう。
 それは透夜にも分かっていた。だが、市中に敵を戻らせるわけにはいかなかった。必要な犠牲──それを無にすることになってしまう。
 そんな透夜機に向けて、左右の陣地から夥しい数の十字砲火が放たれた。随伴していた201数機が左右から穴を穿たれ、爆発する。アンジェラは数の少ない左の陣地に向けて狙撃砲を発砲した。顔を出しっぱなしのHWは良い的だった。数が減った所で菖蒲機が跳躍し、敵陣内へと突入。第一線の塹壕を制圧していく。
 爆煙の中から透夜機が門前へと転がり出る。慌てて振り返る敵へ向けてグレネードを射つ透夜。門の中へ飛び込んだ擲弾は、市中へ抜けかけていた敵の只中で炸裂した。

「無人機の連携と有人機の連動に差があったから、『あ、これ仲悪くねーべかな』と思ってはいたんだけどね?」
 でも、まさかそれが後方にいる自分の所まで及ぶとは。逃げてくる有人機──生き残りのタロス×3、ゴーレム×2──をヴィジョンアイで見据えながら、のもじはそう独り言ちた。
 まぁ、こんなこともあろうかと、十字砲火で待ち構える態勢は作ってある。のもじは味方を左右に配すると、自らもレーザーで狙い撃った。かまわず突進して来る敵機。応射が傍らのワイズマンを撃ち倒す。
 追いついてきたドゥと201隊がその両者の間に割って入り、のもじ機に斬りつけようとしていたタロスを両の機銃で牽制する。
 さらに、一番砲を破壊したクリアがここまで戻って来て、背後からオーバーブーストでもって突っ込んだ。
 振り返るゴーレム。その時には、エアロサーカスを用いたクリア機が、砂煙を円に曳いて更に背後に回りこんでいた。振り下ろされる、練剣『白雪』による一閃。肩口から胴半ばまでを断たれたゴーレムが爆発して砕け散る。
 残った3機のタロスと1機のゴーレムは、そのまま味方の戦線を突破。こちらの戦力が薄い地点──20号線と85号線の間を抜けてメトロポリタンX方面へと逃走した。

 突入隊が、無事、アルヴィトのいるビル内に突入した、と伝えられたのは、第3師団が城門を占拠した後だった。
「ようやく、ここまで‥‥」
 感慨深く、クリアが──あの日の少女が、呟いた。