●リプレイ本文
索敵は、5分と掛からずに終了した。キメラ『リトルグレイ』は、前の戦闘が行われた広場にそのまま残っていたからだ。
索敵A班、第1発見者のメディウス・ボレアリス(
ga0564)が建物の陰から様子を窺う。広場中央、戦災により半壊した噴水の石像跡。そこに、まるで取って代わったかの様に、頭でっかちの銀色の小人は佇立していた。
「移動してないとは、また随分と大胆だな。‥‥ま、奴は前回の戦闘でも姿を晒していたというが」
敵は複数。なら、あのグレイは囮、もしくは撒餌の類なのかもしれない。噴水の周囲50mに遮蔽物は何も無く‥‥防御と遠距離攻撃が得手だというのなら、囮としてこれ以上の適地はない。
「しかしまあ、バグアも色んなキメラを作ってくるのう。確かにアレはわし等の知る『宇宙人』じゃ」
呆れた様に苦笑する綾嶺・桜(
ga3143)に、メディウスは同感だと苦笑した。アレを見ていると古い映画を思い出す。思わず口をついて出る五音階のメロディ。だが、映画と違ってあのキメラは問答無用だ。流石はバグアと言うべきか。
「相手が何であろうと構いませんわ。私の相手をして下さるのなら。‥‥それが強敵ならば尚の事」
鷹司 小雛(
ga1008)がそう言って愛剣『望美』を握り締めた。
その刀身が鞘の中でカタタ‥‥と音を立てる。それにふと気がついて、響 愛華(
ga4681)はゴクリと唾を飲んだ。
前の戦闘で能力者たちを半壊滅させたというキメラたちだ。自分たちがその二の舞にならないとは限らない‥‥
「あはは‥‥小雛さんも、やっぱり怖い?」
努めて明るく振舞う愛華。固い笑顔。ぺたっ、と寝た赤い犬耳が頭の上でフルフルと震えている。小雛は思わず口元を綻ばせ、その柔らかい笑顔を愛華に向けた。
「これは武者震いですよ、愛華様。それに落ち着かない時もこうすれば──」
そう言って小雛が愛刀をその豊かな胸に掻き抱く──
「──不安など、吹き飛んでしまいます」
ニッコリと笑う小雛。愛華はコクリと頷いて‥‥トコトコと歩いていって、桜をギュッと抱き締めた。
「この分だと蛸の火星人型キメラとか出て‥‥ひゃあっ‥‥っと、いっ、いきなりなにをするのじゃ、天然娘‥‥!」
大声も上げれずに腕の中でワタワタとする桜。愛華はギュッと力を込めて‥‥
「うん、大丈夫。絶対にやっつけるんだよ!」
ここで倒さないと他の人が怖い思いをする事になる。そう自らを鼓舞する愛華。そして、それが分かるだけに、桜は愛華を怒れない。
「むぅ‥‥ともかくB班と合流せんと‥‥」
その瞬間、台座の上で佇んでいたグレイがこちらに気がついた。
メディウスがそれに気付く。グレイの腕が上がるのとメディウスが「散開!」と叫ぶのは殆ど同時だった。
キュボッ‥‥!
超高速で撃ち出された礫弾が壁を砕く。降り注ぐ破片が4人を打った。
「我(オレ)が援護する。再攻撃の前に突っ込め!」
パラパラと頭から破片を零しながらメディウスが叫んだ。『練成弱体』を使用しつつ、近場の生垣へ身を躍らせる。攻撃こそ防げはしないが、視線は通らないはずだ。
(「これよ‥‥! 強力なキメラ相手の、生と死の境の見えない戦い‥‥これこそ、私の求めるスリルですわ。さぁ、望美。この一時を共に楽しみましょう‥‥!」)
頬を赤く上気させ。小雛はキメラへと突っ込みながら、手にした愛刀を鞘走らせた。
小雛、桜、愛華のA班前衛組3人は、互いに距離を取って3方から噴水上のキメラに迫った。
前回の戦闘から、グレイの攻撃は『威力は大きいが連射できない』ものと予想される。指先で指向する照準は正確だが予測し易く‥‥つまり、当たらなければどうという事はない。
左右にステップを踏みながら、ジグザグに進路を取る3人。体格の小さいキメラは肉体的には脆弱な事が多い。近接して、相手の防御力以上の攻撃力で叩き潰せば──
だが、攻撃は別の所から──予測とは少し違った形で、彼女等に襲い掛かった。
キュボッ!
側方から飛来した礫弾にその身を貫かれ、桜は地面に叩きつけられた。
回る視界。衝撃に目の中を星が飛ぶ。桜さんっ、と愛華の悲鳴。飛びそうな意識がそれで引き戻される。
「馬鹿者っ! 足を止める奴があるかっ!」
叫び、無線機を引っ張り出す。B班に新手の位置を伝えなければ‥‥!
「広場北側、2階、3番目の窓、カフェレストランにグレイがおる!」
一息に言ってから負傷の具合を確かめる。礫弾は右鎖骨の下を抜けたようだった。服が血で赤く染まっていく。出血があるという事は非物理攻撃か。まったく、乙女の珠の肌に傷が残ってしまうではないか‥‥
朦朧とする意識で身を起こし‥‥件の窓からグレイがその指先をこちらに向けるのが見えた。
自らの死を前にしても、意外と感慨など湧かぬものなのだな。ふとそんな事を考える。
「桜さんっ!」
愛華には、躊躇いなどなかった。
攻撃が放たれるその直前、両手を広げてその身を桜の前に飛び込ませる。受けきれるのか、致命傷にならないか、そんな恐怖は頭から消えていた。
桜を狙った礫弾は、愛華の右肩に大穴を開けて逸れて行った。衝撃と激痛に落ちる膝。それでも愛華は倒れなかった。
「‥‥えへへ、さ、桜さん、無事?」
「天然娘‥‥このバカもんが‥‥!」
血と共に吐き出した桜の声は、しかし、思った以上に力があった。その事に当の本人が驚いて‥‥ハッとして振り返る。恐らくはメディウスの『練成治療』、だが、既にその姿は見えなかった。すぐに場所を移動したのだろう。
同様に、治療を受けた愛華が声をかけてくる。桜は頷き、立ち上がった。
「行くぞ、愛華。あの宇宙人野郎を星の彼方までぶっ飛ばすのじゃ!」
「ギャハァ‥‥キメラ風情がよくもやってぇくれるじゃねぇかぁ! 血ぃが騒いで仕方がねぇぜェ!」
カフェレストランの階段を駆け上りながら、ブラッディ・ハウンド(
ga0089)は獣にも似た咆哮を上げた。
命のやり取りは大好物だ。だが、人がバグアに殺されるのだけは我慢ならない。しかも、ち巫っ女やら犬娘やら、知った顔まで傷つけられたとあっては‥‥
「野郎、人間様に手ェ出すとどうなるか、この狂犬様がしっかり教えてやんぜ!」
凶悪に歪んだ笑みと怒りに血走った眼。全身の刺青が真っ赤に染まり、今にも噛み付きそうな勢いだ。
先頭を疾走するその背後をフォローするように、B班の面々が菱形に隊形を取る。遠石 一千風(
ga3970)とツァディ・クラモト(
ga6649)が並んで走り、側方からの奇襲を警戒。最後尾の古河 甚五郎(
ga6412)が後方に注意を払う。
「まさか、キメラに狙撃兵の真似事までされるとはなぁ」
スナイパーのツァディがその皮肉に苦笑した。周囲へ怠り無く視線を飛ばしながら‥‥同様に甚五郎が口を開く。
「全くです。どうにも、相手の思う壺に嵌っているような気がしてなりません」
そう言って溜め息をつく。敵は囮と狙撃兵、そして恐らく近接奇襲用の触手キメラだ。戦術行動が取れるキメラなのか、偶然の配置なのか、はたまた前回の戦闘で学習したのか‥‥そんな事は分かりようがないが、確かに『それ』に適した地形ではある。
ならば‥‥
「皆さん、建物内には恐らく、触手キメラが潜んでいます。奇襲に注意。警戒を厳にして下さい」
まったく、まさに敵の思う壺だ。相手に有利な地形に誘き出されている。だが、『狙撃兵』を放って置くわけにもいかない。そんな事をしたら、広場の味方が延々と高攻撃力の『銃撃』に曝される事になる‥‥
目標の部屋の前に辿り着いたブラッディは、速度を緩める事無くレストラン内へと飛び込んだ。警戒もせず疾風の様に。だが、それが却って待ち伏せたグレイの間を外す。
撃ち出された礫弾はブラッディの顔の横を高速で通過した。頬の肉が裂け、衝撃波が鼓膜を叩く。グラリ、と揺れる身体を踏ん張るブラッディ。その横を、一千風がその名の如く、風の様に駆け抜ける。
「これ以上はやらせない!」
グレイの懐に飛び込んだ一千風は、シュッと熱い息を吐いてコンパクトにその身を回転させた。近距離での後ろ回し蹴り。フィールドに阻まれてもその衝撃は消えはしない。弾かれ、体勢を崩したグレイに、一千風は連撃で拳の爪を叩きつける。
「一千風さん!」
「‥‥っ!」
甚五郎の警告に、一千風は慌てて身を翻した。一千風の死角、背後の足元から1本の触手が伸びていた。
切り払う。だが、2本、3本と触手はその数を増し、遂にはグラップラーの命──脚へと纏わり付いた。
「この蛸助が‥‥酢蛸にして喰っちまうぞ!」
叫んだのはブラッディだった。頬を流れる血をペロリと舐め、懐から取り出した小銃『S−01』を触手の伸びる暗がり──隣の部屋、恐らく厨房──へと向けて引鉄を引き絞る。パン、パン、パン、と乾いた銃声が響き渡り、何本かの触手が震えて引っ込んだ。
「チッ‥‥おい、一千風、そのまま引っ張り出せ!」
「無茶を言いますね、あなたは!」
ウネウネと近づく触手に纏わりつかれて悲鳴を上げる一千風。それを見てツァディはふむ、と頷いた。
「蛸と触手と美女‥‥これが和のエロスなのかね?」
「北斎ですか? ま、その話は後程。洒落になる内に片付けましょう」
援護を、と告げて、一千風に絡む触手を切り払う為に前へと出る甚五郎。ツァディはほいよ、と頷いて、アサルトライフルの銃口を立ち上がるグレイへ向けた。練力を流し込み、銃のSESを活性化させて威力を上げる。例え大ダメージは与えられなくとも気を引くくらいは‥‥
パパパパパパッ‥‥!
フルオートで撃ち放つ。銃弾は頭部へと集弾し‥‥その全てがフィールドに弾かれた。
「あちゃあ」
なんてこった。この豆鉄砲では貫通させるのも一苦労だ。
それでも、キメラはその所業がお気に召さなかったらしい。その人差し指をこちらに向け──撃たれる前に、ツァディは跳んでいた。
遮蔽物にしていたテーブルが半分、粉々に吹き飛んだ。突き刺さる破片。ツァディはゴロゴロと床を転がりながら、次の遮蔽物へと身を隠す。
「ったく、いきなり洒落になってねぇぞ、っと‥‥!」
忌々しげに吐き捨てて、ツァディは荷から救急セットを引っ張り出した。
桜が狙撃を受けて倒れた事は、走る小雛にも見えていた。
だが、足は止めない。もし小雛まで立ち止まったら、噴水からの攻撃を受け続ける事になる。
グレイが桜たちへ指を向けるのを視認して、小雛は一気に距離を詰めた。グレイの顔がこちらに向くがもう遅い。噴水の縁に足を掛け、そのまま一気に飛びかかろうと‥‥
次の瞬間、グレイの大きな瞳がカッと光を放っていた。ジュッ、と、何かが焼ける嫌な臭いが鼻につく。撃ち放たれた光線は小雛の右腕を焼いていた。
近接戦用の『飛び道具』まで持っていたか、と小雛は小さく舌を打った。だが、同時に笑みも浮かぶ。そうだ。それでこそ私の相手に相応しい‥‥!
小雛はダメージにも構わず台座を蹴り上げ、その身体ごと、盾ごと、噴水の上のグレイに突っ込んだ。
もつれ合うように転がり、地に落ちる。右腕を焼かれた際、不覚にも取り落とした愛刀を拾って顔を上げる。先に立ち上がったキメラは既にその指をこちらに向けて──ガンッと、咄嗟に差し出した盾に礫弾が直撃、衝撃が小雛の身体を駆け抜ける。
「うおぉぉぉ! 燃え上がれ、我の練力!」
後方のメディウスが叫んだ。その右手に浮かぶ獅子座の紋様が激しく回転、激しい光を放っている。振り返るグレイ。メディウスは構わず、手にしたエネルギーガンをそちらに向けた。
「喰らえ、我が光速の一弾を!」
迸る閃光。グレイは抵抗力も高いキメラであったが、メディウスの一撃はフィールドごとその身を貫いた。
「桜さん、いっくよーーーっ!」
直後、滑るように背後に回った愛華が、その回転力ごと斧槍をぶん回す。展開されるフィールド。だが、愛華が秘めた獣の力は、問答無用で弾き飛ばす。
その先には、突撃する騎兵に対する槍兵のように、しっかりと斧槍を構えた桜がいた。
「倍返しじゃ、喰らうがよい!」
弾き飛ばされたグレイの急所を狙い過たず、桜の槍の穂先が貫いた。そのまま斧で引っ掛けて地面へと打ち倒す。
「小雛さん、止めを!」
愛華が叫ぶ。小雛は既に走っていた。
(「ありがとう。楽しませて頂きましたわ。貴方は強かった‥‥でも、私たちの方がずっと上手でしたわね」)
躊躇も無く、愛刀を突き出す小雛。強力なフィールドは最後まで本体を守ろうと展開され‥‥そして、空しく消えて果てた。
グレイと触手、2体のキメラを相手にしたB班の面々は、噴水の敵を倒したA班が合流するまでその攻撃に耐え切った。
荒い息を吐きながら、血塗れで腰を下ろしたツァディが援軍に手を振って見せる。『狙撃兵』と撃ち合って、前衛から気を逸らし続けたツァディは、グレイから与えられるダメージの半分を引き受けていた。
「良くやった。後は我等に任せるがいい」
「ありがたい。少々頑張りすぎたんでね」
『練成治療』を施すメディウスにおどけて答え、ツァディは小さく息を吐いた。
「では、触手キメラの本体を引っ張り出します。援護願います」
際限のない斬り合い、殴り合いからようやく解放され、甚五郎はホッと息を吐く。ブラッディは楽しそうだったが‥‥新たな触手の生贄の登場に、一千風がちょっと安堵したのは内緒である。
「では皆様、せーので引っ張ります‥‥って、なんですか、この触手。次から次へと纏わりついて‥‥っ!」
「わぅっ!? ど、どこ触っているんだよ〜っ!」
「‥‥なんじゃ。わしの所に来ないのは何か含む所でもあるのか?」
そうしてやんやと引っ張り出した触手キメラは‥‥予想していた火星人型キメラではなく、体長5m以上もある巨大な蛸型キメラだった。
引き出されまいと周囲に伸ばされ、張り付いた腕部。でろり、と重力に負けて床に広がる様は、ある意味、火星人型キメラよりも気持ち悪い。
「‥‥殺るか」
誰かがボソリと呟く。だが、蛸は予想以上に強かった。
ウネウネと身を拘束する触手。その締め付けは巨体と相まって強力だった。フィールドは通常のものだったが、ブヨブヨした身体は容易にダメージを通さない。
だが‥‥
「あ、逃げた!」
奮戦するも多勢に無勢。キメラは次第に追い詰められていき‥‥劣勢を感じ取ったグレイが窓から飛び降りて逃げ出した。追いかけようにも触手が邪魔だった。
「ちっ‥‥ツマミは焼き蛸に変更だ」
触手の届かぬ後方からグレイを狙い撃っていたメディウスがエネルギーガンで蛸を焼く。蛸も壁を這いまわって逃げようとしたが‥‥その巨体と動きの鈍さで叶わなかった。
逃げ出したリトルグレイキメラの行方はようとして知れなかった。ただ1体のキメラが戦局を左右する事などないが‥‥或いは、廃墟の戦場に潜み、狙撃兵を決め込んでいるかもしれない‥‥