タイトル:3室 燻るモノマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/05/23 02:10

●オープニング本文


 2012年1月。
 F-204系の試作実験機の『テスト飛行中』、シエラネバダの山中に墜落、後に救助されたドロームKV企画開発部のモリス・グレーは、遭難から2週間たった今でも入院加療中である──少なくとも対外的には、そのように公報されていた。
 実際、モリスは遭難に際して、病院の世話になるような大きな傷は負っていなかった。今回の措置は、彼を『狙った』何者かから、その身を守る為の一次的な方便だ。
 サンフランシスコ郊外にあるその大病院はドローム系列の資本であり、『訳ありの患者』を受け入れられるように、上階の幾つかのブロックが高級病室として一般病棟から隔離された造りになっている。
 今回の『遭難事件』に対して調査すべく訪れた社の調査部──通称を『情報部』という、社専属の情報・渉外機関──の『捜査官』二人は、同じ社の人間である警護課に徹底的な検査を受けた後、病室へと案内された。
 病院には似つかわしくない両開きの扉が開かれ、これまた病室と呼ぶには豪華に過ぎるスイートルームが現れる。こういうのは趣味じゃないんだが‥‥ そう笑いながらモリスは捜査官たちを応接室へと案内した。
「ディは──あの実験機のパイロットは、HWとの遭遇を口実として、山中で緊急着陸を行おうとしていた。非能力者たる自分たちを乗せていては戦闘機動はできないから、と。‥‥ディは『隠れ能力者』だった。ULTに登録はされているもののLH島には移動せず、社の為に働く『社内能力者』── ディはその中でも、ULTの人間に金を握らせて不法に、だが、書類上はあくまで合法的に、エミタの移植を受けたもぐりの社内戦力だった。
 おそらく、山中に私たちを下ろした後は、件の武装勢力が私を拉致する計画であったのだろう。だが、私の乗る後席のセンサーモニターには、ディが言うHWも何も映ってはいなかった。胡散臭いものを感じた私は、『お荷物(非能力者)が降りれば戦えるのだな』と口実を告げ、中席に座る3室(第3KV開発室)長ヘンリー・キンベルの脱出装置を作動させ、自らも射出座席で脱出した。ディは慌てていたな。まさかこちらがそんな突飛なことをするなんて考えてもいなかったのだろう。山中に見失った私たちを探して、ディもまた機を捨てて追いかけてきた。
 後は君たちも知っての通り、私たちはディと武装勢力から身を隠し続け、救出隊の到着まで持ちこたえた。助かったのは‥‥即座に『救助活動』に出た傭兵能力者たちの機転のおかげだろう」
 モリスは自らも椅子に座ると、『捜査官』の男二人に、今回の『事件』の概要をそう説明した。
 男たちは顔を見合わせた。よく気がつきましたね、と、感心したように話を振る。
「気づいていたわけではない。ただ、最悪な状況だけは常に想像してみるようにしている。‥‥他人に恨みを買う、心当たりが多すぎるのでね」
 このドロームという企業風土の中、栄達する為、若い時分から随分と無茶をしてきた。最近の話では、昨年のベルナール派とストリングス派の抗争というゴタゴタに紛れて、現上層部の弱みとも言うべき強力なカードも手に入れており、現在、モリスは本社の重要な会議の末席に加われる程度にはその発言力を強めている。それが面白くないという人間も、当然ながら多いだろう。
「‥‥そのディという操縦者ですが。現在もその消息は不明です。山中で死亡した可能性も考慮しておりましたが‥‥『隠れ能力者』だというのであれば、恐らく逃走したものとみて間違いないでしょう」
 そうか、とモリスは俯いた。怯えているのか、と捜査官は思った。自らの身柄を狙った犯罪者が今もどこかをうろついている。それを不安に思っているのではないかと。
 実際は違った。かのディ・マクラーレンは、モリスと大学時代の同期であるルーシー・グランチェスターの開発室に所属している整備士だった。それを思い、顎に手を当て思案するモリス。捜査官は先を続けた。
「まだディ・マクラーレンの行方は判明しておりません。ですが、彼がここ数ヶ月の間、度々、接触を行っていた人物の名前は判明しました。旧ストリングス派の‥‥バリー・エドモンドソンです」
 その名前にモリスは顔を上げた。バリーはモリスが入社した当時の直接の上司であり、その仕事を一からモリスに教え込んだ師とも呼べる存在だ。そのやりようは、例えばモリスなどと比べるとかなり強引なもので、タカ派とか武闘派とか、そう呼ばれる類のやり方をする男だった。配置転換を機に、モリスが上司と異なる派閥に属する事を決めた際に決別。交流は途絶えている。噂では、自ら派閥を立ち上げ、独立。ストリングス派に属して権力闘争に敗北し、今ではかろうじて社内に勢力を止めているらしいが‥‥
「そのエドモンドソンは、独自に動かせる私兵を社外に抱えていたようで‥‥ どうもそれが、件の武装勢力なのではないかと」
 私怨か? とモリスは唸った。だが、そこまで恨まれる覚えはないし、モリスを排除したからといって、ストリングス派だった彼が即座に復権するとは思えない。或いは、ただの鬱憤晴らしか? であれば、順調に出生街道を歩む自分を狙う理由にはなるが‥‥
「‥‥ここだけの話ですが。トミー・マクスウェルとネブラス・キンドゥの二人をご存知ですか?」
 捜査官の唐突な話題転換に、モリスは戸惑いつつ頷いた。トミーとは若い自分にプロジェクトを共にしたことがある。温厚で明快な男で、誰かに恨まれるような人柄ではない。ネブラスの方は名前だけ聞いたことがある。捜査官たちと同じ『情報部』の人間で、かなり悪辣な渉外活動を行っていたという話だ。
「そのトミー・マクスウェルの所在が現在、不明となっております。‥‥あなたが遭難する3日前のことです。ネブラスの方は、先日、死体で発見されました。州警察は酒を飲んでの溺死、と判定しましたが‥‥ 我々は、『その道のプロ』の『犯行』と見ています」
 それを聞いたモリスは押し黙った。やはり、なにかが起きている。
「‥‥この件について判明したことは、これからも逐一報告してくれ。‥‥社が微妙な時期だ。くれぐれも表には出ぬように、内密にな」
 捜査官たちは頷いた。彼等にとって、モリスは捜査対象であると同時に、社の上層部に連なる若手の幹部候補──重要なクライアントでもある。
 ついでに言えば、この件に関してこれからも『捜査』を続ける『お墨付き』を得られたとも言える。


 くれぐれも隠密に── そう言ったモリスの配慮は、だが、その日の内に破られた。
 事情聴取に来た捜査官たちから同様の内容を聞いた3室長、ヘンリー・キンベルは、親しい能力者たちを集めて、この件について個人的に調べることを決めたからだ。
「グ室のディさんの行方を探してください。無事であるなら、その身柄の安全も」

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
水円・一(gb0495
25歳・♂・EP
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
アクセル・ランパード(gc0052
18歳・♂・HD

●リプレイ本文

 ディ・マクレーン。
 グランチェスター開発室に属する若き技術者だ。
 他開発室との技術・人材交流の一切を断ってきた同開発室においては、買収後に配属されたほぼ唯一の人間である。F−201および204の開発にも携わっており、『若く、明るく、機械弄りが本当に好きそうな好青年』といった印象が強く残っている。
「トミーは確か、経理の人間だったはずだ。バリーは名前だけ。ネブラスという男に関しては名前も聞いたことがない」
 サンフランシスコ近郊、ドローム本社近くのセーフハウス──
 私的な調査の為に集まってもらった能力者たちを前にして、3室長ヘンリーは、寿 源次(ga3427)の質問にそう答えた。
「ヘンリーさん、グ室の人員不交流とかって、やっぱり他の開発室にはない特別扱いだったりするの?」
 クリア・サーレク(ga4864)の質問に、ヘンリーは首を横に振った。各開発室は技術部門の一つであると同時に、独立した開発単位でもある。社の利益に反しない限り、その独自性は認められることが多い。
「‥‥つまり、ディさんの異動は、グ室自体が受け入れた、ってこと?」
「となると、ディさんが『グ室外からのスパイ・工作員』という可能性は低くなりますが‥‥」
 クリアの予測に、守原有希(ga8582)がうーんと唸る。答えはない。『隠れ能力者』になった時点で、ディの経歴は全て改ざんされている。
「ディさんを『隠れ能力者』にしたのって、いったい誰なんだろ‥‥?」
 悩むクリア。ヘンリーによれば、能力者適正が判明した時点で、ドロームの社員には3つの選択肢があるという。一つは傭兵となってLHに渡る道。一つは、ドローム所属の能力者となって、保安部や警護部要員になる道。社の思惑や恩給もあって、多くの者はこれを選ぶ。
 最後の選択肢が『隠れ能力者』。ドロームの暗部を一手に担う、いや、暗部そのものと言える陰惨な仕事とあって、この道を選ぶ者は殆どいない。いるとすれば『情報部』の人間か、諜報活動の経験者か‥‥ でなければ、余程の経済的な事情を抱えていたか、最初からその道の資質を心の中に飼っていた者くらいだろう。
「ただ、ディさんの場合は‥‥そのどれとも異なる気がします」
 アクセル・ランパード(gc0052)が呟き、話を続けた。
「ディさんの態度は、本来、ヘンリーさんを巻き込む意図がなかったことを推測させます。であれば、最初からモリスさんを狙ったということ。でも、ディさんがモリスさんを襲うには、個人的な動機が少な過ぎます」
 勿論、モリスが勝手に個人的な恨みを買った可能性は否定しきれないが、ヘンリーを巻き込み、バリーの私兵まで動員されていることを考えればその確率は高くない。
「‥‥モリスさんとトミーさんは同じプロジェクトに関わっていた。ネブラスさんは悪辣な渉外活動を行っていた。‥‥もし、これら全てがグ室の買収絡みに繋がるとしたら‥‥」
 アクセルの言葉を、ヘンリーは静かな表情で受け止めた。そんなヘンリーを、ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)が複雑な表情でそっと見やる。
 そんな重苦しい空気を察して、源次がよっ、と明るい調子で立ち上がった。
 どうやらここで得られる情報はこんなところか。後は実地で情報を集めるだけだ。
「勝手に社内を歩き回るのもまずいと思ったんでな。『特使』をモリスの所へ送っておいた。‥‥専門職には敵わないからな。差しさわりの無い範囲で調査部と情報を共有させてもらえれば、と」
 源次の言葉を受け、能力者たちが腰を上げる。ヴェロニクは最後に、ヘンリーにこう尋ねた。
「ヘンリーさんは‥‥ ディさんの身柄を確保して、いったいどうするつもりですか?」
 ヴェロニクの言葉に、ヘンリーは迷わず、事情を聞きたいね、と答えた。
「社の誰が何を考え、企んでいるかなんて、どうでもいいんだ。僕は、ただ僕が望む未来をこの手に引き寄せたい」


「ヘンリくんが迷子の子猫探し。要相談。一週間前から行方不明のアレ」
 そういう内容のメールを送って正確に3分後。「5分だけ時間を取る」という返信が阿野次 のもじ(ga5480)の携帯に送られてきた。
 病室で携帯かよ、と悪態をつきながら、スキップで院内に入るのもじ。話が通っていたのか、警護部の人間はほぼフリーパスでのもじを通した。のもじは病室の扉をノックして、珍妙なポーズで中へと飛び込んだ。「いつもニコニコ、貴方の側に這い寄るモナミ、阿野次のもじ、ただいま惨状(間違い)」
「‥‥あと4分30秒だぞ?」
 モリスの言葉にのもじは慌ててポーズを解くと、今回のいきさつをモリスに話した。調査部がヘンリーに情報を流した、と聞いても、表面上、モリスは動じなかった。
「と、いうわけで、こっちはG社怨恨説が根強いけど‥‥まずいってんなら、表面上は別の調査、ってことで押し通すこともできるわよ?」
「別の?」
「バグアによるヨリシロ回収説」
「‥‥その筋で展開すると、ディもバリーも手下もみんなバグアの手先、って流れになるぞ」
「別に事実である必要はないのよ。会社視点の彼等には見えていない、別の見方もあるということを提示できれば」
「‥‥で、そちらの要求は?」
「相互WinWinの為の情報提供。互いにぶつからない為の協調関係。これをモリスくんには調査部にねじ込んで欲しいわけ」
 ちゃきちゃきとリンゴを剥きながら、淡々と言葉を続けるのもじ。モリスは暫し考え込んで‥‥5分、きっかりに了承した。
「ハイホー。じゃあ、そのウサギちゃん(リンゴ)はあなたに上げる。‥‥最後に一つ。確認しておくけど、奥さんと娘さんは大ジョブなのよね?」


 のもじから提携成功の連絡を受け、能力者たちは早速、調査の為に社内へと進入した。
 とは言え、公認というわけではなく、あくまで暗黙の了解下のことである。勿論、警備レベルによって立ち入りは制限されるし、社外秘以上の資料は閲覧できない。調査部の監視もつくはずだ。
 依頼者であるヘンリーはセーフハウスで待機となった。護衛についたのは終夜・無月(ga3084)。髪の毛をリボンで一つに纏め、スーツの下に小銃と超機械を忍ばせている。
 ヴェロニクはネバダのKV実験場にいるルーシーの元へと向かった。本来であれば、ヘンリーと一緒に纏めて護衛したいところであったが、グ室が皆いるとなれば流石に連れてはいけない。

「トミー・マクスウェルはいるか? 2週前に預けたゴルフコンペの企画書について、いい加減返事が欲しいんだが‥‥」
 源次は、トミーが属する経理のフロアに行くと、堂々とそう告げながらオフィスがある部屋へと入っていった。
 忙しく動き回る社員たち。その中から同い年位の男が源次の方へと歩いてくる。源次はその男の動きを追う振りをしながら、トミーのオフィスを確認した。
「トミーならもう10日前から出社していないよ。まったく、何があったのやら。無断欠勤するような男ではないんだが‥‥」
 源次はそりゃまいったな、などと呟きつつ、堂々とトミーのデスクまで入り込む。
「おい、ちょっと‥‥」
「いや、いい加減、上司からせっつかれて困ってるんだ。知ってる? 企画部のモリス。あれがまた陰険で‥‥」

「見つけたぞ。トミーはモリスと共に、グランチェスター重工買収に際して同じチームに所属していた。リーダーは件のバリー・エドモンドソンだ」
 ドローム本社、第3KV開発室──
 臨時に設けられた捜査本部に、資料を見つけた源次が戻ってきた。
 デスクの一つで、バリー・エドモンドソンについて調査していた水円・一(gb0495)が、片手を上げてそれを出迎えた。
「随分ときな臭くなってきたな。宇宙が騒がしいこの時に、地上で、天下のドロームが、こんなことをしている暇も余裕もなかろうに」
「その辺りが大会社の面倒なとこでな。会社社会ってのは、大きければ大きいほど、それが顕著になってくものさ」
 源次にそう返しながら、一がその肩を竦めて見せる。元刑事の彼にとっては珍しい話ではない。現役時代に似たような事件を抱えたこともあるが、大抵は他所の部署に捜査を攫われるのが常だった。
「アクセルとクリア、有希がバリー・エドモンドソンについて調べている。戻ってきたら、そちらで見つけた事実を伝えてやってくれ」
 コートを羽織って出て行こうとする一。どこへと訊ねる源次に、一は手にした鞄をパンパンと叩いて見せた。
 その中には、一が閲覧し、調べ上げた、バリー関連の施設の情報が入っていた。ドローム関連の施設だけでなく、バリー個人の資産まで含まれている。
「こっちは足で稼ぐさ。現地へ赴いて、最近、変わったことがないか、ディやバリーの私兵たちを見かけたことがないか、周囲に聞き込みをかけるつもりだ」
 一方、アクセルは有希とクリアの二人と共に、グランチェスター重工が存在した地元へと赴き、図書館で当時の記事を当たっていた。
 買収騒動のことは地元でもセンセーショナルに扱われていた。グ家は地元の名士であり、グ重工もまた各種内燃機関を扱う老舗メーカーとして定評を得ていた。次期社長を継ぐべき若き後継者夫妻が高性能なKV用エンジンを開発したことも、明るいニュースとして流れていた。
 だが、それも、新型軍用ヘリが墜落し、海兵隊員8人が死亡するという事件が起こると、一気に凋落へと向かった。事故原因はエンジンと特定され、紳士然とした老社長はイエロージャーナリズムの徹底的な個人攻撃に曝された。不正、汚職、女性遍歴── あることないこと書き立てられた老社長にとって、だが、本当に堪えたのは、自信を持って送り出したエンジンに不良品の烙印を押されたことだろう。
 グランチェスター老人は自室のデスクで短銃自殺した。
 その価値を大幅に下落させたグ重工を、ドロームが買収したのはその直後のことだった。
「この時、残務処理に駆け回ったルーシーさんの旦那さんも亡くなっているんですよね‥‥ もし、これが、買収チームが仕掛けたことだったとしたら‥‥」
 呟き、アクセルが肩を落とす。グ室には愛機の開発で世話になった。彼等の為、事件の解明に力を入れようとしたのだが、その雲行きは怪しくなるばかりだ。
「ただ一つ、分からないのはディさんですね。年齢的に重工時代の人間ではない。なぜ『隠れ能力者』になってまで‥‥」
 もう少し、調べてみます、と言うアクセルを残して、有希とクリアは本社に戻った。
 向かったのは2室──第2KV開発室だった。2室長エルブン・ギュンターの属する派閥は、バリーと同様、元ストリングス派に属していた。
「不躾の失礼、平にご容赦を。御社の危機に関わるやも知れぬゆえ」
 丁寧に挨拶を交わしつつ、すぐに本題に入る有希。権力闘争に負けた形の旧ストリングス派において、最近、派手に活動している剣呑な派閥はないか、訊ねてみる。
「‥‥今、旧ストリングス派は、自分たちが生き残ることに汲々としている派閥が殆どだ。優秀な人材はさっさと鞍を変えたし、予算と規模を大幅に縮小されてはそれを引き止める余力も無い。うちみたいな技術系ならともかく、武闘派たるバリー・エドモンドソンに、今、何かを仕掛ける余裕はないはずだ」
 有希は絶句した。ギュンターの言葉は真実。だからこそ、何かが裏返る。
 一から連絡を受けたのは、そんな折のことだった。
 サンフランシスコ郊外の山中にバリーが所有する高級別荘の一つで、厳つい男たちが屯しているとの情報を聞き込んだ、という連絡だった。その中にはディと思しき人体をした人物も目撃されているのだが、ここ数日は見かけられてないという。
 有希とクリアは頷き合うと、慌てて2室を飛び出した。
 急がなければ。最悪の場合、『道具』が黒幕によって処分されてしまうかもしれない。


「ふむふむ、これがバリー・エドモンドソン‥‥うん、いかにもな顔してる」
 一の報せを受け集まった現地において、渡された顔写真をみて、クリアはうげー、と眉をひそめた。
 その横では、無月と有希、一が武装の最終確認をしている。集まることができた能力者はこの4人だけだった。それ以外の4人はそれぞれ離れた場所にいる。
 件の山荘は商店などがある集落からは離れた場所に建っていた。その為か、私設武装集団の一員と思しき何人かの厳つい男たちは、これ見よがしにライフル等で山荘周辺の警戒に当たっている。
 男たちの中に、強化人間や隠れ能力者はいないようだった。能力者たちは素早く、音もなく男たちを制圧すると、山荘内に進入すべく玄関、ベランダへと回りこんだ。
「待った」
 最初にそれを感じた無月が、後続の皆を制止した。
 何事かと思った皆も、山荘から漏れ出る鼻をついた異臭にハッとその身を固くした。それは、ある意味、能力者には慣れた臭い──死臭と呼ばれるものだった。
 慎重に山荘へと入る能力者たち。中には、だが、敵はいなかった。
 その代わり、ガレージに置かれた椅子に縛られた男が一人。死臭の主ではない。まだ生きている。
 男は、だが、ディではなく‥‥行方不明のトミーだった。トミーは目隠しをされ項垂れたまま、「知らなかったんだ‥‥そんなことになってたなんて‥‥」と、ただひたすらに呟き続ける‥‥
 異臭の主は、奥の書斎で見つかった。デスクに座り、短銃自殺をしたと思しきその男は‥‥ バリー・エドモンドソンだった。


 ネバダ州、ドロームKV実験場──
 夕日に真っ赤に染まった室内で、ヴェロニクはコールしたままの携帯を内ポケットの一つに入れた。
 自分が酷い事をしている、と、ヴェロニクは自覚していた。
 電話をかけた相手はヘンリー。そして、彼女に呼び出されて部屋に入ってきたのはルーシーだった。
「ディさんは、どこにいるんですか?」
 できうることなら、間違いであってほしい。そう願うヴェロニクの前で、ルーシーは悲しそうな顔をした。
 その表情を見た瞬間、彼女の願いは叶わないのだと、ヴェロニクは実感してしまった。
「ディさんの最後の狙いは‥‥モリスさんなんですか?」
 だから、残酷な問いを続けるしかなかった。眼を伏せるルーシー。代わりに返事をしたのは、ルーシーの背後に現れたグ室の副室長だった。
「あの男には、そうされるだけの理由がある。‥‥そうだろう、息子よ」
 振り返った時にはもう遅かった。ヴェロニクはその後頭部を一撃され‥‥ 薄れゆく意識の中、その襲撃者、ディの顔を見た。
「ごめんなさい。あの人のことをよろしく‥‥」
 その声だけが、暗闇に沈む意識に届く。ヘンリーを前に寂しそうに佇むルーシーの姿が思い浮かび‥‥ ヴェロニクの意識はそこで途切れた。

 電話のコールに目を覚ましたヴェロニクは、自分が実験場近くのスーパーに車ごと放置されているのを知った。
 痛む頭を抑えながら電話に出る。その内容は、ヘンリーがモリスの妻子を連れてネバダに向かっているというものだった。