●リプレイ本文
ディ・マクレーン。
グランチェスター開発室に属する若き技術者だ。
他開発室との技術・人材交流の一切を断ってきた同開発室においては、買収後に配属されたほぼ唯一の人間である。F−201および204の開発にも携わっており、『若く、明るく、機械弄りが本当に好きそうな好青年』といった印象が強く残っている。
「トミーは確か、経理の人間だったはずだ。バリーは名前だけ。ネブラスという男に関しては名前も聞いたことがない」
サンフランシスコ近郊、ドローム本社近くのセーフハウス──
私的な調査の為に集まってもらった能力者たちを前にして、3室長ヘンリーは、寿 源次(
ga3427)の質問にそう答えた。
「ヘンリーさん、グ室の人員不交流とかって、やっぱり他の開発室にはない特別扱いだったりするの?」
クリア・サーレク(
ga4864)の質問に、ヘンリーは首を横に振った。各開発室は技術部門の一つであると同時に、独立した開発単位でもある。社の利益に反しない限り、その独自性は認められることが多い。
「‥‥つまり、ディさんの異動は、グ室自体が受け入れた、ってこと?」
「となると、ディさんが『グ室外からのスパイ・工作員』という可能性は低くなりますが‥‥」
クリアの予測に、守原有希(
ga8582)がうーんと唸る。答えはない。『隠れ能力者』になった時点で、ディの経歴は全て改ざんされている。
「ディさんを『隠れ能力者』にしたのって、いったい誰なんだろ‥‥?」
悩むクリア。ヘンリーによれば、能力者適正が判明した時点で、ドロームの社員には3つの選択肢があるという。一つは傭兵となってLHに渡る道。一つは、ドローム所属の能力者となって、保安部や警護部要員になる道。社の思惑や恩給もあって、多くの者はこれを選ぶ。
最後の選択肢が『隠れ能力者』。ドロームの暗部を一手に担う、いや、暗部そのものと言える陰惨な仕事とあって、この道を選ぶ者は殆どいない。いるとすれば『情報部』の人間か、諜報活動の経験者か‥‥ でなければ、余程の経済的な事情を抱えていたか、最初からその道の資質を心の中に飼っていた者くらいだろう。
「ただ、ディさんの場合は‥‥そのどれとも異なる気がします」
アクセル・ランパード(
gc0052)が呟き、話を続けた。
「ディさんの態度は、本来、ヘンリーさんを巻き込む意図がなかったことを推測させます。であれば、最初からモリスさんを狙ったということ。でも、ディさんがモリスさんを襲うには、個人的な動機が少な過ぎます」
勿論、モリスが勝手に個人的な恨みを買った可能性は否定しきれないが、ヘンリーを巻き込み、バリーの私兵まで動員されていることを考えればその確率は高くない。
「‥‥モリスさんとトミーさんは同じプロジェクトに関わっていた。ネブラスさんは悪辣な渉外活動を行っていた。‥‥もし、これら全てがグ室の買収絡みに繋がるとしたら‥‥」
アクセルの言葉を、ヘンリーは静かな表情で受け止めた。そんなヘンリーを、ヴェロニク・ヴァルタン(
gb2488)が複雑な表情でそっと見やる。
そんな重苦しい空気を察して、源次がよっ、と明るい調子で立ち上がった。
どうやらここで得られる情報はこんなところか。後は実地で情報を集めるだけだ。
「勝手に社内を歩き回るのもまずいと思ったんでな。『特使』をモリスの所へ送っておいた。‥‥専門職には敵わないからな。差しさわりの無い範囲で調査部と情報を共有させてもらえれば、と」
源次の言葉を受け、能力者たちが腰を上げる。ヴェロニクは最後に、ヘンリーにこう尋ねた。
「ヘンリーさんは‥‥ ディさんの身柄を確保して、いったいどうするつもりですか?」
ヴェロニクの言葉に、ヘンリーは迷わず、事情を聞きたいね、と答えた。
「社の誰が何を考え、企んでいるかなんて、どうでもいいんだ。僕は、ただ僕が望む未来をこの手に引き寄せたい」
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「ヘンリくんが迷子の子猫探し。要相談。一週間前から行方不明のアレ」
そういう内容のメールを送って正確に3分後。「5分だけ時間を取る」という返信が阿野次 のもじ(
ga5480)の携帯に送られてきた。
病室で携帯かよ、と悪態をつきながら、スキップで院内に入るのもじ。話が通っていたのか、警護部の人間はほぼフリーパスでのもじを通した。のもじは病室の扉をノックして、珍妙なポーズで中へと飛び込んだ。「いつもニコニコ、貴方の側に這い寄るモナミ、阿野次のもじ、ただいま惨状(間違い)」
「‥‥あと4分30秒だぞ?」
モリスの言葉にのもじは慌ててポーズを解くと、今回のいきさつをモリスに話した。調査部がヘンリーに情報を流した、と聞いても、表面上、モリスは動じなかった。
「と、いうわけで、こっちはG社怨恨説が根強いけど‥‥まずいってんなら、表面上は別の調査、ってことで押し通すこともできるわよ?」
「別の?」
「バグアによるヨリシロ回収説」
「‥‥その筋で展開すると、ディもバリーも手下もみんなバグアの手先、って流れになるぞ」
「別に事実である必要はないのよ。会社視点の彼等には見えていない、別の見方もあるということを提示できれば」
「‥‥で、そちらの要求は?」
「相互WinWinの為の情報提供。互いにぶつからない為の協調関係。これをモリスくんには調査部にねじ込んで欲しいわけ」
ちゃきちゃきとリンゴを剥きながら、淡々と言葉を続けるのもじ。モリスは暫し考え込んで‥‥5分、きっかりに了承した。
「ハイホー。じゃあ、そのウサギちゃん(リンゴ)はあなたに上げる。‥‥最後に一つ。確認しておくけど、奥さんと娘さんは大ジョブなのよね?」
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のもじから提携成功の連絡を受け、能力者たちは早速、調査の為に社内へと進入した。
とは言え、公認というわけではなく、あくまで暗黙の了解下のことである。勿論、警備レベルによって立ち入りは制限されるし、社外秘以上の資料は閲覧できない。調査部の監視もつくはずだ。
依頼者であるヘンリーはセーフハウスで待機となった。護衛についたのは終夜・無月(
ga3084)。髪の毛をリボンで一つに纏め、スーツの下に小銃と超機械を忍ばせている。
ヴェロニクはネバダのKV実験場にいるルーシーの元へと向かった。本来であれば、ヘンリーと一緒に纏めて護衛したいところであったが、グ室が皆いるとなれば流石に連れてはいけない。
「トミー・マクスウェルはいるか? 2週前に預けたゴルフコンペの企画書について、いい加減返事が欲しいんだが‥‥」
源次は、トミーが属する経理のフロアに行くと、堂々とそう告げながらオフィスがある部屋へと入っていった。
忙しく動き回る社員たち。その中から同い年位の男が源次の方へと歩いてくる。源次はその男の動きを追う振りをしながら、トミーのオフィスを確認した。
「トミーならもう10日前から出社していないよ。まったく、何があったのやら。無断欠勤するような男ではないんだが‥‥」
源次はそりゃまいったな、などと呟きつつ、堂々とトミーのデスクまで入り込む。
「おい、ちょっと‥‥」
「いや、いい加減、上司からせっつかれて困ってるんだ。知ってる? 企画部のモリス。あれがまた陰険で‥‥」
「見つけたぞ。トミーはモリスと共に、グランチェスター重工買収に際して同じチームに所属していた。リーダーは件のバリー・エドモンドソンだ」
ドローム本社、第3KV開発室──
臨時に設けられた捜査本部に、資料を見つけた源次が戻ってきた。
デスクの一つで、バリー・エドモンドソンについて調査していた水円・一(
gb0495)が、片手を上げてそれを出迎えた。
「随分ときな臭くなってきたな。宇宙が騒がしいこの時に、地上で、天下のドロームが、こんなことをしている暇も余裕もなかろうに」
「その辺りが大会社の面倒なとこでな。会社社会ってのは、大きければ大きいほど、それが顕著になってくものさ」
源次にそう返しながら、一がその肩を竦めて見せる。元刑事の彼にとっては珍しい話ではない。現役時代に似たような事件を抱えたこともあるが、大抵は他所の部署に捜査を攫われるのが常だった。
「アクセルとクリア、有希がバリー・エドモンドソンについて調べている。戻ってきたら、そちらで見つけた事実を伝えてやってくれ」
コートを羽織って出て行こうとする一。どこへと訊ねる源次に、一は手にした鞄をパンパンと叩いて見せた。
その中には、一が閲覧し、調べ上げた、バリー関連の施設の情報が入っていた。ドローム関連の施設だけでなく、バリー個人の資産まで含まれている。
「こっちは足で稼ぐさ。現地へ赴いて、最近、変わったことがないか、ディやバリーの私兵たちを見かけたことがないか、周囲に聞き込みをかけるつもりだ」
一方、アクセルは有希とクリアの二人と共に、グランチェスター重工が存在した地元へと赴き、図書館で当時の記事を当たっていた。
買収騒動のことは地元でもセンセーショナルに扱われていた。グ家は地元の名士であり、グ重工もまた各種内燃機関を扱う老舗メーカーとして定評を得ていた。次期社長を継ぐべき若き後継者夫妻が高性能なKV用エンジンを開発したことも、明るいニュースとして流れていた。
だが、それも、新型軍用ヘリが墜落し、海兵隊員8人が死亡するという事件が起こると、一気に凋落へと向かった。事故原因はエンジンと特定され、紳士然とした老社長はイエロージャーナリズムの徹底的な個人攻撃に曝された。不正、汚職、女性遍歴── あることないこと書き立てられた老社長にとって、だが、本当に堪えたのは、自信を持って送り出したエンジンに不良品の烙印を押されたことだろう。
グランチェスター老人は自室のデスクで短銃自殺した。
その価値を大幅に下落させたグ重工を、ドロームが買収したのはその直後のことだった。
「この時、残務処理に駆け回ったルーシーさんの旦那さんも亡くなっているんですよね‥‥ もし、これが、買収チームが仕掛けたことだったとしたら‥‥」
呟き、アクセルが肩を落とす。グ室には愛機の開発で世話になった。彼等の為、事件の解明に力を入れようとしたのだが、その雲行きは怪しくなるばかりだ。
「ただ一つ、分からないのはディさんですね。年齢的に重工時代の人間ではない。なぜ『隠れ能力者』になってまで‥‥」
もう少し、調べてみます、と言うアクセルを残して、有希とクリアは本社に戻った。
向かったのは2室──第2KV開発室だった。2室長エルブン・ギュンターの属する派閥は、バリーと同様、元ストリングス派に属していた。
「不躾の失礼、平にご容赦を。御社の危機に関わるやも知れぬゆえ」
丁寧に挨拶を交わしつつ、すぐに本題に入る有希。権力闘争に負けた形の旧ストリングス派において、最近、派手に活動している剣呑な派閥はないか、訊ねてみる。
「‥‥今、旧ストリングス派は、自分たちが生き残ることに汲々としている派閥が殆どだ。優秀な人材はさっさと鞍を変えたし、予算と規模を大幅に縮小されてはそれを引き止める余力も無い。うちみたいな技術系ならともかく、武闘派たるバリー・エドモンドソンに、今、何かを仕掛ける余裕はないはずだ」
有希は絶句した。ギュンターの言葉は真実。だからこそ、何かが裏返る。
一から連絡を受けたのは、そんな折のことだった。
サンフランシスコ郊外の山中にバリーが所有する高級別荘の一つで、厳つい男たちが屯しているとの情報を聞き込んだ、という連絡だった。その中にはディと思しき人体をした人物も目撃されているのだが、ここ数日は見かけられてないという。
有希とクリアは頷き合うと、慌てて2室を飛び出した。
急がなければ。最悪の場合、『道具』が黒幕によって処分されてしまうかもしれない。
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「ふむふむ、これがバリー・エドモンドソン‥‥うん、いかにもな顔してる」
一の報せを受け集まった現地において、渡された顔写真をみて、クリアはうげー、と眉をひそめた。
その横では、無月と有希、一が武装の最終確認をしている。集まることができた能力者はこの4人だけだった。それ以外の4人はそれぞれ離れた場所にいる。
件の山荘は商店などがある集落からは離れた場所に建っていた。その為か、私設武装集団の一員と思しき何人かの厳つい男たちは、これ見よがしにライフル等で山荘周辺の警戒に当たっている。
男たちの中に、強化人間や隠れ能力者はいないようだった。能力者たちは素早く、音もなく男たちを制圧すると、山荘内に進入すべく玄関、ベランダへと回りこんだ。
「待った」
最初にそれを感じた無月が、後続の皆を制止した。
何事かと思った皆も、山荘から漏れ出る鼻をついた異臭にハッとその身を固くした。それは、ある意味、能力者には慣れた臭い──死臭と呼ばれるものだった。
慎重に山荘へと入る能力者たち。中には、だが、敵はいなかった。
その代わり、ガレージに置かれた椅子に縛られた男が一人。死臭の主ではない。まだ生きている。
男は、だが、ディではなく‥‥行方不明のトミーだった。トミーは目隠しをされ項垂れたまま、「知らなかったんだ‥‥そんなことになってたなんて‥‥」と、ただひたすらに呟き続ける‥‥
異臭の主は、奥の書斎で見つかった。デスクに座り、短銃自殺をしたと思しきその男は‥‥ バリー・エドモンドソンだった。
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ネバダ州、ドロームKV実験場──
夕日に真っ赤に染まった室内で、ヴェロニクはコールしたままの携帯を内ポケットの一つに入れた。
自分が酷い事をしている、と、ヴェロニクは自覚していた。
電話をかけた相手はヘンリー。そして、彼女に呼び出されて部屋に入ってきたのはルーシーだった。
「ディさんは、どこにいるんですか?」
できうることなら、間違いであってほしい。そう願うヴェロニクの前で、ルーシーは悲しそうな顔をした。
その表情を見た瞬間、彼女の願いは叶わないのだと、ヴェロニクは実感してしまった。
「ディさんの最後の狙いは‥‥モリスさんなんですか?」
だから、残酷な問いを続けるしかなかった。眼を伏せるルーシー。代わりに返事をしたのは、ルーシーの背後に現れたグ室の副室長だった。
「あの男には、そうされるだけの理由がある。‥‥そうだろう、息子よ」
振り返った時にはもう遅かった。ヴェロニクはその後頭部を一撃され‥‥ 薄れゆく意識の中、その襲撃者、ディの顔を見た。
「ごめんなさい。あの人のことをよろしく‥‥」
その声だけが、暗闇に沈む意識に届く。ヘンリーを前に寂しそうに佇むルーシーの姿が思い浮かび‥‥ ヴェロニクの意識はそこで途切れた。
電話のコールに目を覚ましたヴェロニクは、自分が実験場近くのスーパーに車ごと放置されているのを知った。
痛む頭を抑えながら電話に出る。その内容は、ヘンリーがモリスの妻子を連れてネバダに向かっているというものだった。