タイトル:美咲センセと始末の戦いマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/05/01 13:38

●オープニング本文


 最初にそれを思いついたのは── キメラに関する何もかもが綺麗に片付いて、だけど、それ故に、絶望の只中にいた頃‥‥ 美咲ちゃんを見送りに行った駅前に、キメラが届けられたあの日のことだった。
 最初からそうと考えていたわけではなかった。一緒に駅舎に避難した宅配便の社長さんから、まだ倉庫にキメラの入ったコンテナが残っていることと、それを既に軍と警察に通報したことを聞いた時。私が「大丈夫なんですか?」と訊ね返したのは、ただ純粋に、武器を持った兵隊さんたちをコンテナが感知した時、中に居るキメラが一斉に開放される可能性を心配したからだった。
 私の指摘に、顔を蒼くした社長さんがコバヤシ君に連絡し、コンテナを一纏めにして載せていたトラックをひとまず移動させるよう伝えた時。その考えが突然、私の中に閃いた。
 ──或いは、この状況を、残されたキメラを利用すれば、美咲ちゃんをここから‥‥ なかよし幼稚園から離れさせずに済のではないか?
 魔が差したのか。私は社長さんに、そのキメラたちを隠匿するよう頼んだ。事情を聞いた社長さんはひどく驚きながらも、協力を約束してくれた。社長さんは、知らずとは言え、園にキメラを配達していた会社とコバヤシ君の処遇に関して、私たちが軍や警察に口添えしたことを恩義に感じてくれていた。
 かくして、コバヤシ君は首尾よくコンテナを運び出し‥‥ その後、年が明けると同時に、私は園に対して『予告状』を送付した。『襲撃』の日時を指定し、知りうる限りの情報を添付して。コバヤシ君には、指定日の前日、夜中に、園庭の中庭にキメラの入ったコンテナを置いてくるようお願いした。記した日付は1月4日。三が日は仕事始めの前で見つかる心配は殆どない。
 かくして、周到に準備を整えた美咲ちゃんと能力者さんたちは、置きっぱなしのコンテナから出てきた独楽型キメラと相対した。その戦いを屋上から見ていた私は、ただひたすらに祈るしかなかった。美咲ちゃんの為、と私がしでかした事の所為で、みんなが、美咲ちゃんが危険な目に遭っている。その矛盾は酷く私を苛めはしたものの‥‥ より酷い戦場で美咲ちゃんが危険に晒されるよりは、と自らに言い聞かせた。
 心臓が張り裂けそうな、長く短い時間が過ぎ。美咲ちゃんたちは危なげなく独楽型キメラをやっつけた。私たちは心の底からホッとした。
 新たに園に現れたキメラの存在に、軍や警察は事件がまだ終息していないものと判断せざるを得なくなった。だけど、美咲ちゃんのLHへの移動は、延期にはなったものの中止とはならなかった。
 私は再度、園にキメラを配置することにした。
 三度目はない。その事は分かっていた。
 そうして再びキメラに勝利した美咲ちゃんが、何もかもを察して事務室の扉を開ける。
 私──柊香奈は微笑を浮かべながら、親友である美咲ちゃんを出迎えた。

「‥‥なぜこんなことを?」
 そう尋ねてくる美咲ちゃんの視線はまっすぐで、こんな時になんだけど、私はとても嬉しくなった。
 選りにも選って、親友であるはずの私がこんなことを仕出かしたと知って、いったいどれ程、悩み、苦しんだことだろう。‥‥だけど、今の美咲ちゃんに迷いはない。全ての事実を受け入れる覚悟で、今、私の元にやって来た。
 だから、私も美咲ちゃんから逃げることはしなかった。‥‥たとえ、それがさらに美咲ちゃんを苦しめることになるとしても。
「前にも言ったけど‥‥ 美咲ちゃん、園のことも祐樹君のことも、何もかも自分の所為だと思ってる。そんな自棄っぱちの美咲ちゃんを、戦場に行かせるわけにはいかないよ」
 愛する幼馴染は自らを庇って死に、挙句、その幼馴染をバグアにヨリシロにされ‥‥ そのバグアによって、平穏を求めて辿り着いた職場で戦いを強いられ、挙句、目の前で二度も幼馴染を失う光景を目の当たりにする羽目になった。‥‥その上、まだ、望まぬ戦場に美咲ちゃんを送り込むと? ‥‥もういい。もうたくさんだ。なぜ彼女がそこまで苦しまなければならないのか。彼女の戦争はもう終わったのだ。であれば、いい加減、幸せになってもいいはずだ。
「‥‥私だけじゃない。こんなご時勢、私みたいなのは‥‥いや、私以上に不幸な人たちだって、この世界にはたくさんいる」
「そうだね。でも、私の親友は美咲ちゃんだし」
 とは言え、美咲ちゃんと共に戦う能力者さんたちには、事前に説明しておくべきだったかもしれない。実際に命を張って危ない目に遭うのは彼等なのだから。でも、事が露見した場合を考えれば、彼等にまで罪と責任が及ぶことはなんとしても避けたかった。
「それは別にいい。説明がなくたって、裏にどのような事情があれ、依頼を受ければ命を張るのが能力者だ」
「そうだね。それが美咲ちゃんたち、能力者の世界‥‥ そんな世界に、私は美咲ちゃんを行かせたくなかった。‥‥私はね、美咲ちゃん。私は、美咲ちゃんが無事でさえいてくれたら、世界がどうなったって関係ないの」

 美咲は絶句した。
 香奈の考えをエゴと呼ぶのは簡単だ。そんな事、香奈自身にも分かっているだろう。
 ただ、香奈をそんな風に『追い詰めて』しまったのが自分だということに、美咲は愕然とするしかなかった。

 美咲ちゃんが苦しんでいる。それも、他ならぬ自分の所為で。
 香奈にはそれが悲しかった。
 悲しかったが、それでも、他に手段がなかった。

 沈黙は、長くは続かなかった。こういう時、美咲は切替が早い。
 美咲は苛立たしげに頭を掻きながら溜め息を一つつくと、香奈の頬を一つ張り‥‥ その後、ぎゅっと抱きしめた。
「私の分は、これでちゃらにしてあげる。‥‥ごめん。そして、ありがとう。でも、どうせなら最初から話してくれればよかった。親友なのに、水臭いよ」
 こんな自分をまだ親友と呼んでくれるのか。感極まった香奈は美咲の胸で涙を流し、その感情を爆発させた。
 美咲はそんな香奈の頭をポンポンと叩いて落ち着くのを待ちながら‥‥携帯を取り出し、とある番号に電話した。
「もしもし? ああ、私。珍しい? どうせあんたの事だから予測済みでしょうに。うん、そう。その件。どうせ調べはついているんでしょ? それ、あんたの所でもう少し、話、止めておいてくれない? うん、うん‥‥ 悪いけど、後始末はこっちでするから」
 美咲は一方的に電話を切ると、香奈の両肩に手を置いて問いかけた。
「それで、香奈。キメラの入った残りのコンテナはどこにあるの?」

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

 残りのコンテナは、尾間浜(おまは)島に隔離してある──
 香奈からそれを聞いた美咲は、翌日早朝には能力者たちと共に船上の人となっていた。
「だけど、まさか尾間浜島とは‥‥ また随分と懐かしい気がするさぁ」
 眼前に横たわる静かな海を眺めながら、巨漢の能力者、御影 柳樹(ga3326)が呟く。
 尾間浜島── それは、なかよし幼稚園の園長家が代々相続してきた島だった。小さな丘とうっそうとした木々に覆われているだけの取り立てて特筆するべきものもない小さな島だが、柳樹も参加したネタキメラの討伐戦が行われて以降は、(特訓の為に来訪した美咲たちを除いて)上陸する者もない。
「‥‥だからこそ、香奈先生もコンテナをそこに運んだんだろう。‥‥しかし、この島が園長先生の持ち物ってことは‥‥ もしかして、園長先生も香奈先生に協力してた?」
 柳樹の傍らで呟く龍深城・我斬(ga8283)。この漁船の船長も園長の古い友人だというし、恐らく間違いないだろう。園長の協力がなければ、香奈はそもそもコンテナを島へ運べない。
「つまり、周り中、みんなして、香奈先生に協力していたってことか」
 愛されてんな、と呟いて、我斬は船首に立つ美咲へ視線をやる。
 柳樹もまた視線を追った。つい先日まで、柳樹は、なぜ香奈がそこまで美咲をLHに行かせまいとしているのかが分からなかった。それがなんとなく想像できるようになったのは、軍と繋がりのあったとある壮年傭兵に話を聞いてからだった。
「能力者は基本的に、正規軍人でもない限り、ほぼ全員が特殊作戦軍所属となってLH島へ送られる。だが、能力者の力は絶大だ。出来うることなら、自らの属する組織の手駒に残しておきたい。そう考える連中も多いだろう」
 つまり、今回の場合、美咲は『何らかの組織』の『ヒモ付き』としてLHに送られる事になる。それは恐らく、自分たちとは異なる類の『危険』な『任務』となるのだろう‥‥
「世界よりも友達が大事。家族が大事。恋人が大事。‥‥誰だって本音はそうさ。香奈先生の言葉を、俺は否定しきれないな」
 嘆息し、首を横に振る我斬。とは言え、それだけでは世の中は回らないということも理解している。自分たちが生きるこの世界は、人が人として当たり前に生きていくには幾分か過酷に過ぎる。
「だからこそ‥‥私たちがここにいるんだよ」
 振り返る我斬と柳樹。そこに響 愛華(ga4681)がいた。幾多の戦いを経て絆を深めた美咲の為、愛華は覚悟を込めて頷いた。
「この戦いは、美咲さんと香奈さんが‥‥ 祐樹さんが死んだあの日から背負わされ続けてきたもの全ての、後始末の戦いなんだよ。二人が、園の皆が少しでも良い未来に向かって進んでいけるように。私たちは全力で、全てに終止符を打つべく『戦う』んだよ!」
 その為にはあの島にいるキメラが邪魔だ。あれが残っている限り、香奈は負い目を背負い続ける羽目になる。
 そうだな‥‥ まずはそこからだ。そう我斬は頷いた。この後、どう転がるにしろ、そこから始めなけりゃならない。
 それに頷きを返しながら、柳樹はふぅ、と天を見上げた。
「今年は色々と立て込むだろうけど‥‥ 来年の夏はまたみんなで、ここに笑顔で遊びに来れるといいさぁ‥‥」
 頷き、無言で佇む3人。
 船だけがただ淡々と、靄の中を進んでいく。

 尾間浜島の沖合いに到着した漁船は、そこでエンジンを止めて投錨した。
 能力者たちはエンジンつきのゴムボートを海面に投げ下ろすと、それに乗り換えて一路、島へと向かった。
「三猿とはまた道徳的なモチーフなんだけど‥‥ このキメラ、いったい何のイベント用だったんだろうね、有希さん?」
 走るゴムボートの上で、資料を手にしたクリア・サーレク(ga4864)が、傍らの婚約者、守原有希(ga8582)に声をかけた。
 クリアが手にした資料には、香奈たちから聞き得た情報が記されていた。それによれば、残るコンテナの数は3つ。伝票に記された品名はそれぞれ、イベント用着ぐるみ『見猿』、『言わ猿』、『聞か猿』となっている。配達指定日時は既に超過。それら3つの自走式コンテナは、同時起動を危惧した香奈の手によって、『見猿』は島で一番高い丘の頂の上に、『言わ猿』は山腹の森の中に、そして、『聞か猿』は海辺の洞窟の中に、と3箇所に分散して置かれている。
「名前から推察するに、連携を前提としたキメラでしょう。既に3匹全てが起動していると考えた方がいい」
 同じく、資料に目を落としながら、有希がそう推察する。クリアも頷いた。こんなあからさまな名前のものを、バラバラで使うはずはない。
「モチーフは‥‥ちょっと分かりませんね。或いは、前みたいにゲーム由来の何かかも。でなければ、皮肉、ってわけでもないでしょうが‥‥」
「皮肉、かぁ。そうだね。ボクたちには、何も見ず、何も聞かず、何も言わない、ってわけにはいかないもんね」
 先行する別のゴムボートを‥‥美咲の乗るそれを見やって、そう声を落とす有希とクリア。有希はクッと奥歯を噛み締めると、自らの掌に拳を打ちつけた。
 いつも顔を合わせていたのに、香奈の、そして、美咲の二人がどんな想いでいたのか気づかなかった。それが有希には申し訳ない。自分が情けなくて仕方がない。
「社長さんも、コバヤシ君も、美咲さんと香奈さんの為に随分と無茶をしてくれた。それを無にしない為にも、今度はウチらが、今、ここで」
 これまでにも幾度となく、心や命をこの掌から零してきた。だけど諦めたくはない。戦い、生き抜き、その果てにある何かを守り抜くことを。
「なんだか紆余曲折、っていうか、エラい回り道をしちゃった気がするけど。あたしたちの『大事な話』はこのキメラ戦の後なんだから。残ったキメラはホントにこれが最後だよね? だったら、サクッと倒して片付けよーよ」
 そう答えたのは同じボートに乗る葵 コハル(ga3897)だった。考えるより先に身体が動く。それがコハルの『思考法』だ。有希とクリアは、コハルらしい、と笑った。今、この場に必要とされるのはその様な陽気さなのかもしれない。

 先行したゴムボートが歩行可能な水深にまで進出した瞬間、終夜・無月(ga3084)は我斬と共にゴムボートから飛び降り、浅瀬の水を蹴立てながら砂浜へと走り出した。
 それぞれの得物を手に、無月と我斬がそれぞれに違う方向へと走り出す。狙撃を避けるためジグザグに針路を変えながら砂浜へと上陸し、そのまま周囲へ警戒の視線と銃口を振りながらさらに縦深を確保する。
 その間に、桟橋に飛び移った愛華が、腰溜めに構えたガトリング砲を砂浜奥の森へと振り向け‥‥ その横を、薙刀を手に提げたち巫っ女、綾嶺・桜(ga3143)が、美咲と共に飛ぶ様に桟橋を前へと駆け抜ける。
 上陸に対する応射はなかった。第2陣が上陸した後も、砂浜に変化はない。
「反撃はなし、と‥‥ とはいえ、今回もどんな相手か分からない猿の着ぐるみが三つも相手。注意し過ぎるに越したことはないさぁ」
 長弓を手にばしゃばしゃと砂浜へ上陸しながら、柳樹が見える範囲に警戒の視線を飛ばす。
 或いは、キメラは1体も起動しておらず、まだコンテナの中にいるのではないか。能力者たちがそう思い始めた時。砂浜の左手の磯の奥、洞窟のある方学から、なにか哀切感に満ちた哭き声のような『重低音』が響いてきた。
「‥‥ぬ。何か嫌な声が聞こえるの。どうやら少なくとも1体は起動しておるらしい」
 桜が洞窟方面を見やりながら、眉をひそめてそう告げる。
 愛華は頷いた。
「‥‥どうする、桜さん? コハルさん? まずは全員でこのキメラから片付ける?」
「いや、これは恐らく、洞窟の中に置いたというキメラじゃろう。全員で押しかけてもこちらが手狭になるだけじゃ」
「そうだね。有希くんの推理によれば、他の2体も起きてる可能性が高そうだし」
 能力者たちは班を二つに分けることにした。洞窟に向かうのは、無月、桜、愛華、我斬の4人。山腹の森から山頂へ向かうのが、柳樹、コハル、クリア、有希、そして美咲の5人となる。
「洞窟の方は頼みます!」
 そう告げる有希たち、野外班に見送られて、洞窟班が海岸を先へと進む。
「では、こちらも『登山』を始めましょう」
 有希の声に応じて「おー!」と、クリアとコハルが拳を上げた。


 コンテナを隠したという件の洞窟が近づくにつれ、キメラの『慟哭』はその音量を増しつつあった。
 洞窟の壁に反響して響いてくる多重音に眉をひそめながら、そっと入り口から中の様子を窺う。
 果たして、キメラは既に起動した後だった。洞窟の奥、数人が立ち回れる程度には広い奥まった空間には、その巨躯を狭そうに縮めた1匹のキメラがうろうろと、泣きながら動き回っている。
「随分とまぁ、何と言うか‥‥」
 様子を見ていた無月が思わずそう絶句する。
 件のキメラはその挙動だけでなく、その外見もおかしかった。一言で表すなら怪物系。本来耳があるべき部分には巨大な『ネジ』。その巨躯は筋骨隆々だが、その両腕はなぜか薄汚れた包帯でグルグル巻きになっている。
「あの包帯、あからさまに怪しいのぉ‥‥」
「聞か猿、ってことで耳は分かるけど‥‥ いや、猿にはまったく見えないけれど‥‥ なんで腕をわざわざ使えない状態に?」
 むぅ、と頭を捻る桜と我斬。これがゲームなら、リミッターとか第2形態とか何かが起きるフラグだろうが、これは実戦、最初から本気だせよっつー話ではある。
「‥‥まぁ、ここで考えていても仕方がない。怪しいものには手を出さぬが吉じゃろうしな」
「そうだよ。これでネタキメラたちともお別れ‥‥ 派手にいくんだよ‥‥!」
 桜の言葉に同意しながら、愛華がそっと中を覗く。聞か猿は今、地面に横たわってハラハラと涙を零していた。その啼き声もさめざめとしたものに変わっており煩くない。攻撃を始めるには丁度いい。
 愛華は皆と顔を合わせて頷き合うと、洞窟の入り口からガトリング砲の砲口にそっと中を覗かせた。敵に変化の兆しはない。愛華は先程まで洞窟内の様子とキメラの位置を思い返すと、砲口を少し修正してから、その引き金を引き絞った。
 轟音が洞窟内に反響し、発砲炎が壁面に影絵を揺らす。物凄い勢いで連射された砲弾は、一度、洞窟の天井や側壁で火花と共に『跳弾』し、文字通りの豪雨と化してキメラの周囲へ降り注いだ。突然の攻撃に慌てふためいる敵。敵は腰を抜かしたように後退さりながら、何かを探すように周囲を見回し、助けを呼ぶように泣き喚いた。
「な、なんか、こっちが悪い事してるみたいな気分になってくるのじゃが‥‥」
「き、気のせいだよ、桜さん!」
 冗談じゃ、と愛華に告げてから、薙刀を手に洞窟内へと突入する桜。聖剣を手にした無月が敵正面から突進をかけ、雷槍を構えた我斬がヒーローマフラーをなびかせ側面へと回り込む。
 愛華はギリギリまで『跳弾』による支援射撃を継続した後、武装をリボルバーへと変更し、自らも洞窟内へと侵入した。
 正面、3方より迫る脅威に気づいて、聞か猿がヒッと息を呑む。瞬間、前衛の3人は自分たちの勝利を確信した。だが、直後、聞か猿はその場で動く事なく、まるで『泣き女』(バンシー)の様な悲鳴を炸裂させた。
 洞窟内に反響して増幅されたその音の暴力は、物理的な作用力となって能力者たちの鼓膜を打った。身を竦ませる能力者たち。瞬間、聞か猿の怯えた表情が怒りのそれに変わり、自らの身を戒める包帯を引き千切る。
「んなぁっ!?」
 ダンッ、と一歩踏み込んだ聞か猿が、桜に向かってその拳を雷光の如く振り下ろす。桜は薙刀の石突を眼前の地面に突きたて、無理やり後ろに跳躍した。殴打された薙刀が桜の手の中から暴れて飛び出し、そのまま地面を跳ねて転がっていく。宙でクルリと回転する桜。その背が岩盤に叩きつけられる前に、愛華がぼふん、と受け止める。
「腕の包帯解いたら真価発揮とか‥‥ どこのアニメのゴリラロボだ!」
 自身の硬直を『キュア』で回復させた我斬が、桜と愛華に追撃をかけようとする敵の眼前に手にした雷槍を突き出した。たたらを踏んで止まる敵。その手が槍を掴むより早く穂先を引き戻し、素早く敵の側方へと回る我斬。開かれた射線。その向こうに、銃を構えた愛華と桜の姿がある。
 発砲炎で視界を灼かぬよう、目の前に手をかざして銃撃を始める二人。愛華のリボルバーが、桜のSMGから銃弾が撃ち放たれ、キメラに着弾の血煙を舞い上がらせる。
 無月はその一連射が終わるタイミングを待って、大剣を曳きつつ突進した。気づいた聞か猿が身体を向ける。リーチは互角。スピードは『上段』にある相手が早い。無月は瞬間的にそう判断すると、視界の下に見える敵の足元を見てその踏み込みを見極めて──
(来る──!)
 瞬間、歩幅を半歩ずらし、フック気味に放たれた敵の右拳を横から叩いて回り込む。受け流すことは諦めた。彼我の重量が違いすぎる。代わりにギリギリをすり抜けつつ、無防備になった横腹に回り込もうと──
 だが、次の瞬間、そのまま身体を回した敵の左の裏拳が振るわれて、無月はその身を沈ませた。すぐ上を唸りを上げて通り過ぎていく敵の拳。その回転に巻き込まれた岩が砕けて飛散する。
 その『散弾』を身をかがめてかわした桜が、そのまま薙刀を拾い上げて、地を蹴り、突進する。斬撃。反撃。それを後ろ跳びに避けた桜の後から愛華の狙い済ました『部位射撃』が敵の足首を打ち弾く。
 そこへ斬撃を浴びせかけようとした無月は、だが、指向性を与えられた咆哮を浴びせられて吹き飛んだ。直前、聖剣を立ててその衝撃を弾いた無月は、しかし、10m以内にあった側壁に背を打ちつける。
 踏み込んだのは我斬だった。死角からの刺突。すんでのところで気づいた聞か猿が、顔面目掛けて突き出されたその穂先を腕を盾にして止める。貫通したその槍の持ち手は、既に手を離していた。そのまま内懐に飛び込んだ我斬の手には、手品の様に現れた機械剣。その光の刃が瞬間、敵の胴を横に薙ぐ。
「止めじゃ!」
 さらに距離をつめた桜の刃先が反対側から突き入れられる。2本の槍に貫かれて、瞬間、動きを止める聞か猿。止まったままの呼吸をものともせずに踏み込んだ無月が、振り上げた白銀色の刀身を『両断撃・絶』と共に叩き込む。
 肩口から腹部まで。一刀のもとに切り裂かれた聞か猿は、そのまま力尽き、白目を剥いて崩れ落ちた。噴き上がった血飛沫が地に落ちるより早く、離脱して刀身の血を拭う無月。桜と愛華は頷き合うと、洞窟の外に出て無線で野外班を呼び出した。
 そのレシーバーに、低く抑えた声で、こちらも交戦中である旨伝える声が届く。さらに、近くで何かが弾ける音。遠く、森の中から何かの爆発音が響いてくる──
「早いとこ、合流しようぜ。どうもあっちもヤバそうだ」
 我斬の言葉に頷くと、能力者たちは走り出した。


 洞窟班と別れた野外班の5人は、早速、山腹から山頂目指して歩き始めた。
 一行は海岸の砂山を抜けると、小川沿いに山の奥へと入った。人の手に依らぬ周囲の植生は濃く、木々の背は低いものの下繁えが多くて歩きづらい。いざという時、身を隠す場所には困らないだろうが、それは敵にしても同じことだろうから、取り立ててこちらが有利というわけでもない。
 最初にそれに気づいたのは、『探査の眼』をかけた柳樹だった。
 その時、能力者たちは山腹まで到達し、言わ猿のものと思しき空っぽのコンテナを見つけて途方にくれていたところだった。
「やはり、既に起動していましたか」
「つまり、この森の中を探し回らなきゃならない、ってことだよね」
 有希とクリアがそう呟き、顔を見合わせ苦笑する。柳樹はやる気満々のコハルと共に、無言で移動の痕跡を探す美咲を手伝おうと歩み寄り‥‥ ふと見上げた木々の上、遠く小山の頂にその敵を見出したのだった。
「あれは‥‥まさか『見猿』、さ?」
 柳樹の言葉に、有希が双眼鏡を取り出し、その様子を仔細に観察する。
 それは眼窩に暗い闇を湛えた、まるで幽鬼のような外観をしていた。なにか蝙蝠の翼の様な、異常に長い手を持つが、風を受けるべき翼膜がない。となれば、あれは飛行の為のものではなく、近接戦用のブレードだろうか。
 ふと、拡大された視界の向こうで、見猿の顔がこちらを向いて。思わず身を竦めた有希は、時間を置き、改めてグラスを覗く。気づいているのかいないのか、見猿は先程と同じ姿勢──丘の上にしゃがみこんだような体勢でこちらを向いたままだった。
「どうする? 先に居場所が分かっているあっちをやっちゃう?」
「山腹を放置して? 挟み撃ちにされないさ?」
「勿論、挟撃には十分注意して。そうすれば時間を空費しないで済むし、ほら、言わ猿を探し回らなくてもいいじゃない」
 そう相談するコハルと柳樹。うーん、と小首を傾げたクリアの視界の隅、木の上に何か違和感があった。改めて注視する。
 なにかの影がそこにわだかまっていた。最初に見えたのは、異様に血走った目であった。全身は濁った血の色。口元はクロスステッチ状に縫い合わされており‥‥ と、その縫い合わされた口元が、ビチビチと引き千切られ、中から筒状の何かが顔を出し──
「有希さん!」
 それが発砲される直前、クリアの警告の叫びが飛んで、有希は振り返る事なくその場に自身の身を落とした。次の瞬間、有希の頭があった空間を何かが高速で突き抜け、傍らの木の幹に当たって弾け跳ぶ。
「狙撃っ!?」
 振り返った柳樹も敵を見つけ、その方角に指を差す。コハルは腰を落としながら、そちらへ向けリボルバーを乱射した。被弾したそれが下繁えの中へと落下する。止めを刺すべく突進しようとした美咲は、だが、幾重もの茂みを抜けて放たれた銃撃に、自らも慌てて身を隠した。
「見えないはずなのに‥‥!?」
 驚愕する美咲。その後も茂みの奥から正確無比な銃撃は続き、能力者たちは完全にその頭を抑えられてしまった。
「そういうことか‥‥」
 地に伏せながら、有希は呟いた。見えない場所への正確無比な攻撃── 連携が前提のキメラであるなら、こちらを『見る』者と攻撃するものが別であってもおかしくはない。
「つまり、あの山頂の『見猿』がこちらの位置をあの『言わ猿』に伝えているってこと?」
「見猿には目がない。つまり視覚以外の何かで索敵している。最有力は重力波。‥‥蝙蝠‥‥蝙蝠か。或いは聴音も併用しているかもしれない」
 推察を交し合う能力者たち。その『音源』へ向け木々の奥から長距離砲撃が浴びせられる。能力者たちの周囲で炸裂する礫弾と爆裂火球── やはりそうだ。敵は音を使っている。
 或いは、推測に過ぎないが、前衛型の聞か猿が囮兼アクティブソナーの発信役で、それを受信機兼中継役の見猿が後衛役の言わ猿に伝達、死角から攻撃を行わせる── そのような連携を前提としていたのかもしれない。
「つまり、敵の連携は完全ではない。パッシブに頼らざるを得ないから命中率が低いんだ」
「でも、この下繁えじゃ、音もなく移動なんてできないよ」
「動けば、撃たれる。敵は全力で隠れっぱなし‥‥ 八方塞じゃん」
 状況が動いたのは、洞窟班が聞か猿を倒したという報告が入ってからだった。野外班の面々は、こちらでなく山頂の見猿をどうにかしてくれと伝えた。
 やがて、自らに迫る危険を察知して、全力で逃げに懸かる見猿。恐らく個人の戦闘能力は高くない個体らしい。
 ともかくこれで、こちらを見張り続けていた『目』の視界から外れたことになる。
「正面の敵──言わ猿に対して、突撃をしかけたいと思うんだけど‥‥ どうさ?」
 地に伏せたまま、柳樹が大声で皆にそう告げる。砲撃はない。どうやら本当にこちらをロストしたらしい。
「賛成。言わ猿も既に異常は分かっているだろうし、見猿が呼び寄せる可能性もある。今、ここで仕留めないと」
 美咲の言葉に、能力者たちは頷いた。前衛は、ガーディアンである柳樹と、盾を持つコハル。敵の攻撃を引きつける囮である。支援役は銃手のクリア。迂回する有希と美咲が本命の攻撃役だ。
「転職してまだ幾日‥‥ まだ脆い盾だけど、精一杯、みんなの盾として頑張るさぁ‥‥」
 呟く柳樹。後衛のクリアが状況開始の手を振って── 柳樹とコハルはそれと同時に、盾を前面に構えて突っ込んだ。
 派手に動き始めた二人とは別に、遮蔽に隠れるようにしながら側方へと回る有希と美咲。雄叫びを上げながら突っ込む柳樹に、異常に気づいた言わ猿が立ち上がり、視覚による直接照準で口の砲をぶっ放す。
 姿を現したそれへと向けて、膝をつき、両手で大口径のリボルバーを構えたクリアが、狙い済ました支援射撃を立て続けに連射する。不利を悟った言わ猿は慌てて後方へと退がり始めた。
「このっ! チョコマカうーごーくーなーっ!」
 コハルが足を止め、クリアが前進してくるまでの間、代わりに支援射撃を実行する。さらに、追いついてきたクリアの銃撃。大腿部に被弾した聞か猿がよろけて‥‥その眼前に、回りこんだ有希と美咲が木々の陰から現れる。
「遅かっ!」
 『迅雷』によって瞬時に肉薄した有希が、手にした二刀を流れるように振るいながら、怯んだ敵へ斬りつけた。交差する刃の軌跡にその身をX字に切り裂かれながら後退さる聞か猿。その後頭部を、突っ込んできた柳樹が手にした杖で殴り倒す。
 均衡さえ崩れてしまえば、決着するのは早かった。元々が後衛型。接近戦は得手ではない。
 美咲の大剣が振るわれ、言わ猿の首が飛ぶ。それまでの苦戦が嘘の様に、言わ猿はあっけなく絶命した。


「残るは君だけ。最後だよ。だから、後腐れなく眠ってね!」
 容赦なく放たれる愛華のガトリング砲。逃げ回る見猿の周囲で木々や枝が弾け跳び、『網』へと向けて追い込んでいく。
 自衛程度の戦闘能力しか持たない見猿は、最初から逃げに徹していた。木々を蹴り、翼膜のない腕のブレードを広げ、緩やかに滑空しながら下繁えの上を飛び越える。
 追いかけながらの攻撃ではどうしても止めを差しきれない。
 だからこそ、能力者たちは敵を挟撃することにした。
「そんなに飛んでみたいってんなら‥‥手伝ってあげよーじゃないの!」
 突如目の前に現れたコハルが斜めに振り上げた一刀が、不意をつかれた見猿の身体を上空へと打ち上げる。顎の先をぶん殴られた見猿は、『天地撃』で打ち上げられても体勢を立て直すことができなかった。
「蝉時雨、乙女桜! 皆と願いば叶える為の力を!」
 落ちてくるところを、『急所突き』と『猛撃』を併用した有希の二刀が刺し貫いた。


 漁船で港までに戻った美咲たちを、香奈と園長、そして、背広姿の男が出迎えた。
 これまでにもキメラ戦の『後始末』の場で度々見かけた男だった。園で美咲が電話をかけていたのは、恐らくこの男へなのだろう。
 誰よりもまず──美咲よりも早く、男に声をかけたのは我斬だった。
「とりあえず、香奈先生が起こした事については、園内で被害は収まっている。人的被害もなし。再犯も起きようがない。‥‥ってとこで、穏便に済ませて欲しいんだが?」
「被害者である幼稚園とあたしたち傭兵は、香奈さんに罰を求めない。それでいーんじゃないでしょーか。この件を公にしても‥‥軍や警察にとっても、メリットは少ないでしょう?」
 慌てて追いかけてきたコハルが、続いて我斬のフォローに入る。だが男は首を横に振った。
「彼女たちは天下の往来で、堂々と危険物──キメラの入ったコンテナを、それと自覚して運んでいたんですよ?」
 流石に親告罪で済ませられない。万が一にも街中で開放されてたら‥‥ どれほどの被害が出たか分からない。
 有希は拳を握り締めた。彼女たちをそこまで追い詰めたのは、彼等なのだ。
「私がLHに行く。だから香奈のことは放っておいてくれ」
 美咲が言う。だがそれは無茶だった。それは美咲先生が上級職になる時の条件だ。今回の交渉材料にはならない。
 だというのに、背広の男は沈痛な面持ちで沈黙したままだった。クリアはおや、と首を傾げた。
「‥‥事実をなかったことにはできません。‥‥だけど、まぁ、今回は、『香奈さんは、コンテナ回収時における軍や警察の被害を避ける為、緊急避難的に場所を移した』、『開放時間が来たキメラは、同じく、緊急避難的に傭兵たちに処理して貰った』。その辺りで収めて見せますよ。実際、多くの兵の命と軍の面子が救われたのは事実ですし」
 事実を変えることはできない。だが、情報統制の一環として、内々に処理することはできる。今回の件に関しては、事情を知る人間が『当事者』以外におらず、公にすることも望んでいない。そして、能力者たちの言うように、軍にも警察にも『恥』を掻きたくない人物が何人もいる。その辺りを上手くつつけば、『バグア・ユーキの生前の計略、その後始末』としておっかぶせるくらいはできるだろう。
「そういうわけで、美咲さんも組織のヒモ付きになる必要はないですよ。LHへの移動はどうなるか分かりませんが、それでも普通の能力者として活動していけるはずです」
 それが出来るだけの地位と人脈を、彼と彼の属する組織は持っている。‥‥もっとも、出世街道からは完全に外れてしまうだろうが。
 どうしてそこまで‥‥ と、立ち去ろうとする男に尋ねるクリア。男は振り返って苦笑した。
「僕には、美咲さんに借りのようなものがあるんです。‥‥彼女が被験者になったのは、僕の所為みたいなものですから。それに‥‥」
 惚れた弱み、ってやつですよ。
 はにかむように口にした男の呟きは、クリア以外の誰にも届かず風の中に消えていった。

「皆さん、ありがとうございます。私のことはともかく、美咲ちゃんを助けてくれて」
 香奈は笑顔もなく、改めて能力者たちに深々と頭を下げた。
 そんな香奈の背を桜が叩く。
「あまり悲観的になるでないぞ。たとえ美咲がLHに行くとしても、美咲とて一人ではないのじゃからな」
 え? と目を見開く香奈。有希が桜の言葉を続けた。
「周りを見てください。美咲さんと香奈さん、二人は勿論友達で‥‥ でも、それだけじゃない。園長先生も、社長も、ウチたちもいる」
「そうじゃ! わしらがついておる! それに、ただ無目的に戦いに行くわけでもあるまい。この場所を‥‥香奈や、園や、そこにいる皆を──自らの帰る場所を守る為に戦うのじゃ」
「そうだよ。能力者が‥‥ 人が戦う理由は、人それぞれ。私だって、本当は戦いたくない。‥‥でも戦う。帰りたい場所があるから、待ってくれている人たちがいるから、だから私は戦うんだよ」
 目の前の桜をギュッと抱きしめ、その頭をわちゃくちゃと撫で回しながら、愛華が香奈にそう告げる。
 クリアも笑って頷いた。死んでしまった誰かの為に、というのは格好良いけど、それだけでは人は戦えないし、生きられない。それが、かつて故郷を失い、後に愛する人を得たクリアの結論。自分がどう生きたいのか。その先の事を考えなければ、中々生き残るのは難しい。
「美咲先生。貴女はあの日、ユーキと共に死んだんじゃないんだよ? こうして今を生きている。そして、生きている人には、死んだ人の分まで、生き続ける義務があるんだと、ボクは思う」
 美咲の手をギュッと握り締めるクリア。自分の身を本当に案じてくれている、と感じて、美咲がその手を握り返す‥‥
「ささ、美咲さんも分かってくれたところで。‥‥香奈先生にはお別れなんかよりきっちり戻って来るって言っておかないと。そうでないと、僕ら、この戦争が終わったら、まとめて職にあぶれるさ?」
「え? マジで? そいつは大変」
 保父になる気満々の柳樹とコハルが、美咲の背を押して香奈の前へと連れて行く。まぁ、恩給と年金は出るだろうけど、人はパンのみで生きるにあらず、だ。
 香奈の前に出た美咲は、暫し、照れたように笑い合い‥‥ やがて、真面目な表情になると親友に向けて語りかけた。
「私はこれまで、園の為だけに戦ってきた。私一人の両手には、それしか抱え切れなかったから。でも、あの日‥‥LHに移動するはずのあの時、駅で親子連れを見たとき、これからはあの人たちの為に戦うんだ、って、そんな風に思えたんだ。私一人の力だけでは無理でも、みんなと一緒なら守りきれるんじゃないか、って。だから、香奈。これは私が私自身で決めたこと。私は香奈を守る。園の皆を守る。でも、それだけではなく、能力者として皆の為に戦う。だから、香奈。貴女がその事を気に病む必要なんてない。ただ笑顔で見送って。そうしてくれたら、私は必ず帰ってくるから」
 目から涙を零れさせ、咽んで何度も頷く香奈を、しょうがないなぁ、という風に抱きしめ、頭を撫でる美咲。
 それを傍から見ていた我斬は、苦笑と共に頷いた。
「美咲先生も香奈先生も、何もかも背負いすぎなんだよな。もっと誰かによっかかることを覚えた方が良いんじゃね?」
「だよねー。新しい恋でも始めてみたらいいかもよ?」
 あ、でも、有希さんはダメだよ? そう言って惚気るクリアに、美咲はてんでピンと来ない顔をする。ああ‥‥名も知らぬ背広の人。どうにも脈は薄いような気がします‥‥
「さて、今度こそLHで歓迎会をさせてもらうさ? この間のは危うく無駄にする羽目になるところだったから」
 腕を捲くり、そう気合を入れる柳樹。歓迎会の料理の半分以上を胃袋の中に『処理』した愛華が、その首を横に振った。
「違うよ、柳樹さん。その前にまず『行ってらっしゃい会』をこっちでやらないと」
 美咲がまた先生として、こちらに帰ってこられるように。その言葉に頷きながら‥‥ 柳樹は、またその料理も自分が作るのだろうか、と思考した。