タイトル:3室 『屠る者』──マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/29 01:30

●オープニング本文


 シエラネバダの山中にて『遭難』したドローム社第3KV開発室長、ヘンリー・キンベルは、サンフランシスコの本社で簡易な治療と聴取を受けた後、そのままネバダにあるドローム社KV実験場へと足を伸ばした。
 乗り合わせたKVが墜落し、謎の武装集団に襲われるという、なにがなんだか分からない状況ではあったが、ともかく、無事に済んで良かった。共に遭難したというディ──グランチェスター開発室整備士──がまだ見つかっていないというのが気になるが、徹底的な『捜索』にも関わらず遺体はまだ見つかっていないらしいから、或いはどこかで生き延びていてくれているのかもしれない。自身が生き残れたのは、共にいた同期のモリス・グレーのお陰だろう。そう言えばそのモリスは未だ『入院』しているらしいが、あいつ、そんなに大きな傷を負っていただろうか──?
 ヘンリーが物思いにふけっている内に、社用機はネバダの実験場へと到着した。滑走路に降りた瞬間、迎えの車から飛び出してきたルーシー・グランチェスターが、目に涙を一杯に浮かべて飛び込んできて── 気恥ずかしさと同時に、余程、心配をかけてしまったのか、と、ヘンリーは心苦しく感じた。ルーシーは大学時代からの20年来の友人で、つい先日、ヘンリーが告白して断られたという間柄ではあったものの‥‥ こうして変わらず接してくれるのはありがたかった。積み上げてきた時間は埃の様に──だが、確かに二人の間に存在するのだと、そうヘンリーを安堵させる。
 泣き止んだルーシーは、直後、多少照れ臭そうにはしたものの。すぐに技術者の顔に戻って仕事の話を始めた。ヘンリーもまたそれに並んで歩きながら、開発者としてそれに答える。ヘンリーが遭難していた間、彼らの仕事は滞っていた。急ぎ、片付けなければならない仕事は山ほどある。
 F-204『スレイヤー』の傭兵向けVer.Up。機体開発を担当したヘンリーと、搭載するエンジンを担当したルーシーが、今、担当している仕事がそれだった。
 これをもって、SES-200エンジンの開発は終了となる。
 ヘンリーとルーシーが、共に手がける最後の仕事となるはずだった。


「最初から宇宙機として設計されたわけではないので、バージョンアップによる宇宙への対応(簡易ブーストの搭載)はできません。しかし、宇宙で使い易いように、特殊能力などを調整することは可能です」
 F-204『スレイヤー』のバージョンアップに関する意見を聞くため、集められた能力者たちに向かって、ヘンリーはそう告げた。
 204は開発中に社の方針がゴタゴタしたこともあり、機体のブロック化、ユニット化が徹底して推し進められた機体である。故に、搭載する機材の交換は他機種に比べて比較的容易に行える。勿論、ユニットの規格に機材を合わせて貰う必要があるので、機材開発の手間が軽減されるわけではないのだが、204は開発中止となった205と規格を統一している為、そちらの機材を転用できるという強みはあった。
「具体的には、『空中変形のブースト前提への変更』、『空中変形時の行動軽減を現行のものから、開始時の戦闘機形態→人型形態に変更』、『オーバーブーストの出力を抑え目にして消費連力を減らし、ブーストと併用がし易いように』あたりが可能となります。『空中変形のブースト前提への変更』は、宇宙で必須となるブースト、オーバーブーストなどとの併用がし易いように。『空中変形時の行動軽減を戦闘機形態→人型形態に』は、宇宙では失速の危険はないので安全装置が必要ないため、通常の連続使用により実質的に人型飛行状態が維持できるため。『オーバーブーストの追加消費低減』は、タダでさえ宇宙はブーストの消費が厳しいので使用し易いように。‥‥ただし、効果も下がってしまうので、これも皆さんのご意見次第ですね」
 詳細を記せば‥‥
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『宙空変形スタビライザーA』
 消費70、行動+1

『エアロサーカス』
 (A部分)ブースト前提。さらに練力40追加消費で即座に人型へ変形。空中で人型飛行可能になり近接・中距離武器の使用が云々。
 (B部分)さらに(A使用中に)、命中判定の前に行動力1を消費する事により、隣接移動。その場合、威力+300、命中+100。格闘のみ。

『オーバーブースト』
 ブースト使用中、追加消費20。通常の効果に加え、ターン中、威力+70、命中+40、回避+40
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 といった感じ(数値はいずれも実験値)になる。
「これらは勿論、皆さんのご意見によってある程度の変更は可能です。
 また、宇宙への調整はきっぱりと諦めて、地上機としての性能向上を図ることもまた可能です。こちらの場合は、これまでのバージョンアップと同様、『能力値の上昇数値』と『特殊能力の改良』、どちらを重視するか、どのような内容にするか、のご意見を伺うことになります」
 勿論、現状を維持する、というのも立派な選択肢ではある。改良により特殊能力の内容が変われば、その特殊能力の個人改造の効果が失われるからだ。
「ともあれ、『機体に関する』僕らの仕事(シナリオ)はこれで最後となります。僕らの生み出した204をより強く羽ばたかせるために。皆様のご意見をお待ちしています」

●参加者一覧

響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
クラーク・エアハルト(ga4961
31歳・♂・JG
ゲシュペンスト(ga5579
27歳・♂・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
アクセル・ランパード(gc0052
18歳・♂・HD
夜神・零夢(gc3286
13歳・♀・CA

●リプレイ本文

 北米ネバダ州、ドローム社KV実験場──
 F−204『スレイヤー』のVer.Up依頼に参加した能力者たちは、ヘンリーの到着を受け、宿泊棟の食堂に集まっていた。
 そのテーブルの上には、守原有希(ga8582)が作った料理の数々── ステーキやカジキのグリルをメインに、刺身を中心とした魚料理にサラダ、ご飯ものや汁物、デザートまで。そのすべてが有希の手作りである。
「さ、遠慮なく!」
 和服にエプロン姿の有希がそう言うと、スタッフたちが歓声を上げた。
「いただきます!」
 目の前一杯に並べられた料理を前に瞳を輝かせながら、響 愛華(ga4681)が通常の3倍の速度でナイフとフォークと箸を動かす。物凄い勢いで口へと消えていくお魚お料理。傍らに抱えたタッパーには、友人のお土産にするデザート類が素早く、丁寧に詰め込まれていく。
 負けじとこぞって、思い思いに食事を始めるスタッフたち。それを見たアクセル・ランパード(gc0052)は、この光景を見るのもこれが最後か、と寂しく思った。今回のVer.Upをもって、SES−200エンジンに関するプロジェクトは終幕となる。再びこのメンバーで集まることがあるのだろうか、と考えると、このなんでもない光景すら感慨深くもなる。
 一方、ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)は、食堂の窓から外の景色を眺めながら、箸を殆ど動かすことなく嘆息を一つした。
「涙は‥‥ずるいな‥‥」
 ルーシーがヘンリーを出迎えた際の光景を思い返して、そんなことをポツリと呟く。有希の手伝いを終えた友人のクリア・サーレク(ga4864)が隣に座りつつそれを聞いて── 「でも、素直に泣けるのは『強い』んだよ」、とそう友人に呟き返した。
 微苦笑と共に視線を逸らしたヴェロニクは、その視線の先に、入室してくるヘンリーやルーシーたちを見出し、身を固くする。
 お待たせした、と言いながら席に着くヘンリー。ヴェロニクは複雑な思いで自らの鼓動を聞いていた。


「今日はF−204『スレイヤー』のVer.Upに関して、皆さんの率直なご意見をお聞かせ願いたく思います。まずは、我々が提示した宇宙戦向けにスキルを再調整する案について」
 ヘンリーは皆の食事が落ち着くのを待ってから、本日の本題をそう切り出した。
 最初に挙手をして発言を求めたのはアクセル・ランパード(gc0052)だった。‥‥アクセルもまたこの機体に関わって長い。これで最後であればこそ、どこに出しても恥ずかしくない名機として送り出したくはある。
「スレイヤーにとって唯一の泣き所は、(特殊能力の燃費の悪さ)にあると思います。この点に関して、皆さん、異論はないでしょう」
 アクセルがそう水を向けると、能力者たちは皆うなずいた。もぐもぐと口いっぱいにステーキを頬張っていた愛華が慌ててゴクリとそれを飲み込み、同意する。
「わぅっ! 大食いなものには、ものすごーっく共感できるんだよ! お腹が空いたらKVだって戦えないもんね」
 だからこそ、燃料タンクの増設と、宙空変形スタビライザーの使用練力の軽減が必要だ。愛華の言葉に有希も頷いた。
「弱点である(スキルまわりの燃費)は、(スキル)が2系統に分かれているのが一因です。現状、空中格闘で最大威力を発揮するには、スタビA:70、スタビB:30、ブースト:50、OB:30で計180の練力消費。それが今回の改修案では、ブースト:50、エアロA:40、OB:20の計110。約6割で併用が可能です。エアロAが改造可なら3桁を切る破格の改修──文句なしです」
 べた褒めをする有希に対して、照れ臭そうに苦笑するヘンリー。まぁ、スタビAの行動強化を併用したら消費量はトントンなのだが、それを引き換えにしても宇宙での選択肢は多い方が良いと思う。
 勿論、反対意見もある。
「たとえ練力消費を抑えたとしても、元の消費が大きすぎる。宇宙でのブースト使用量を考えると、せいぜい1〜2撃が限度‥‥ どうせなら、大気圏内最強を維持する感じでいいんじゃないか?」
 座の全員に食後のコーヒーを配膳しながら、クラーク・エアハルト(ga4961)がそう意見を述べた。クラークはあくまで大気圏内専用機としての強化を提案した。(スキル)に費用を突っ込むくらいなら、全体的に性能を底上げした方がよい。
 勿論、それに対する反論もある。
「宇宙での常時ブーストも、消費練力的には人型飛行での空戦と大差ない。一撃必殺の短期決戦特化型と見れば、それほど大きな問題ではない」
 ありがたくコーヒーを受け取りながら、ゲシュペンストがそう告げる。大気圏内最強の204を、宇宙に上がっても既存の宇宙機に見劣りしない機体にする── それがゲシュペンスト(ga5579)の目的だ。
「宇宙か地上か‥‥私も、個人的には後者かと。宇宙は安価かつ高性能な機体が出てきており、地上特化の方が利は大きいと判断します」
 ヴェロニクはそう言った。練力関連の強化には同意。売りである特殊能力を多く使えることには意味がある。ただ、その特殊能力の効果自体は既に完成されており、消費練力量の改善以外、弄る余地はない。
「‥‥正直、簡易ブーストが載せれないのは大きなハンデなんだよねー‥‥」
 腕を組み、うーん‥‥ と唸るクリア。それでも、宇宙で戦えるようにするなら、燃費を劇的に改良するしかない。
「その上で、宇宙機にはないエアロサーカスを売りにするとか。できれば(スタビの効果を+2)に強化するとかできればいいんだけど」
 クリアが示した方向背に、ゲシュペンストは積極的に賛同した。3室の案だけでは押しが弱い。もう一声、傭兵の個人改造で弄れない部分が改良できれば更に良い。
「(変形時の行動消費をゼロ)にできないか? 飛行・人型形態が混在する宇宙で、(変形行動消費なし)は大きな優位点だ。空戦でも、空中格闘時の手数が増えるのは利点だろう?」
 実現可能かは度外視、と前置きして、ゲシュペンストがそう自案を述べる。有希もまた頷いた。そういう意味では、クリアの言うスタビ+2も面白いかもしれない。+2は無理でも、特定の行動の強化‥‥ 例えば、接近移動補正を付与するとか。
「(変形行動消費ゼロ)は‥‥ F−196でも、196のVer.Upでも、204でも超えられなかった壁だ。おそらく今回も無理だろう。
 スタビライザーは、現在、クルーエルの生産に最優先で回されている。それに、既存機が最新鋭機の領分を侵す(売りとなる特徴を被せる)ことを営業が許すとは思えない」
 ヘンリーが申し訳なさそうにそう答える。
「では、エアロサーカスを、格闘武器だけでな銃火器でも使えるようになればいいなー、というのも‥‥?」
「察してください」
 クラークに即答しつつ、テーブルに突っ伏して涙を流すヘンリー。既に通ってきた道か。色々あったんだろうなぁ、と、能力者たちは互いに顔を見合わせる。
「となると、やはり3室案か既存のデータを叩き台にしてやるしかないですね」
 現状、クリア、ゲシュペンスト、有希、アクセルの4人がブースト前提型を支持。クラークとヴェロニクが現状からの改良・発展型を支持している。残るのは、幸せそうな顔をしてデザートをパクついている愛華だけ。皆の注目を浴びた愛華はスプーンをくわえたままハッと気づいて‥‥ テーブルの上のタッパーを傍らにそっと隠した。
「わふ? 私は『宙空変形スタビライザーの使用練力軽減(ブースト前提)』に賛成だよ。ただ、スレイヤーは『大気圏内最強』を旗印にしている機体だから、地上運用を基軸にしたバージョンアップがいいんじゃないかな。宇宙を完全に諦めるというわけでなくて、燃費面での改良を加えることで、結果的に宇宙でも戦えるようになれれば‥‥」
 愛華のその意見は有希が考えていた方針と同じだった。(スキル)を宇宙向けにするにも、大気圏内機としてVer.Upするしかない── なら、圏内機として質を高めて結果的に宇宙に通ず。そういう考え方で事に臨む方が良い。
「とはいえ、(特殊能力)を変えると、個人改造の再強化費がかなりの額になりそうなのが難点ですね」
 そう言って有希はちらとアクセルの方を見やった。たしか、アクセルは結構な強度で特殊能力に改造を施していたはずだ。
「たしかに、個人改造が無に帰すのは痛いところですが‥‥ 俺はそこまで考えて改造を施していましたから」
 結果として同等の効果であれば仕方ない。そう言って頷くアクセル。流石に同等とはいかないが、せめて、と有希はヘンリーに向き直った。
「もし、他に優先したい点ができれば、改修前後で比較的差の小さいオーバーブーストを敢えてそのままにして、他に注力することを考えてもいいと思います」
 ヘンリーは頷いた。

「では、(能力値)に関してはどうでしょう? (練力)の他には?」
 特殊能力に関する意見を一通り伺ったヘンリーは、次に基本性能に関する話題に移った。
 先陣を切ったのは、またしてもアクセルだった。
「そうですね‥‥ (装備)の底上げは欲しいですね。性能は申し分ないですが、積める武器やアクセサリーの割には、積載量が十分とは言い難い部分がありますから。
 ‥‥それと、もし可能であれば、(兵装スロット)を一つ増やすことは無理でしょうか? 盾や剣、誘導弾、防御用ファランクスと言った兵装を同時に賄えれば、独特の強みになると思うのですが‥‥」
 それに、【SP】武器は言わば練力タンクの代わりにもなる。兵装スロットが増えることは燃料問題の改善にもつながるのだ。
 話を聞いたヘンリーは感心しながら、だが、やはり無理だ、と首を振った。スレイヤーのそれは既に汎用機としては最高のレベルにある。これ以上はパピルサグや西王母持って来いのレベルであり、払うべき代償も看過できないものになる。
「では、(行動4)は?」
 無茶押しと承知しつつ、ヴェロニクがそう訊ねる。ヘンリーは資料も見ずに即答した。(行動4)を実現するには増加装甲から何からを全て外し、201程度まで性能を下げれば可能ではあるらしい。ただ、その場合でもやはり新型機として設計すべきで、Ver.Upの範疇ではない。
 能力者たちは再びうーんと唸って黙り込んだ。
「‥‥宇宙用フレームを装着すると、必然的に能力が下がっちゃうから、それを考慮には入れたいよね」
 愛華がそう呟くと、有希が再び頷いた。
「宇宙用フレーム、そして、重い【SP】兵装の搭載を見越して(装備)。それと‥‥」
「「「(攻撃)!」」」
 有希の言葉に、愛華とクラークの言葉が重なった。
「奇遇だね。でも、私の場合、(練力)・(攻撃)の他には、(命中)かなぁ」
「自分は(練力)>(攻撃)>(命中)な感じで」
 続けて自分の意見を述べた愛華とクラークの内容は、完全に一致していた。異なる道を通って同じ山頂に至った二人がキラリンと目と目で通じ合う。
 宇宙用フレーム装備を前提とした性能向上案は、ゲシュペンストもまた同じ。ただし、こちらは目指した山頂は異なっていた。
「地上でも有用なアクセサリスロットの増設‥‥はダメなんだっけか。ならば、速さ・機動性・積載量。これらは205の技術を取り込んで下がった部分を、本来の204の水準に戻す意味もある」
 できるか? と訊ねるゲシュペンスト。増加装甲を外して本来の高機動型に戻せば、と答えるヘンリー。ゲシュペンストは首を横に振った。確かに上記性能の向上は欲しいが、代わりに他の能力を下げてまでやる必要はない。
「うーん‥‥ 現状では、練力のほか、攻撃・命中と積載量に需要が集中してる感じかな?」
 ヘンリーがそう纏めつつ、まだ意見を言っていないヴェロニクとクリアに意見を求めた。
 ヴェロニクは少し考えて、練力の他は命中、と答えた。クリアもまた少し考えて‥‥
「大型コンフォーマルタンクと宇宙用ブースターを一体化した新型宇宙用フレーム! とかって出る予定はないのかな?」
 ‥‥と言った。
「担当者に伝えてはおきます」
 ヘンリーはそう答えた。


 204に関する話し合いを一通り終えて。
 有希やクリアは改めて、皆に出すスイーツの準備を始めた。
 出てきたのは、2月ということで、義理チョコフォンデュ。覚醒した愛華が犬耳尻尾を千切れんばかりに振り回しながら、タッパーを手に走り寄る。
 ヘンリーはクラークに近づくと、どうやら宇宙向け改修になりそうだ、とそう告げた。クラークは気にしなくていい、と手を振った。
「ん。俺も一応はスレイヤー乗りだが‥‥ 機体に関しては浮気性でな。その時、その時で色々乗り換えているような人間よりも、一筋な人の意見を聞いて上げてくださいな」
 まぁ、なんにせよスレイヤーに幸あれ。そう言って去りかけたクラークは‥‥ だが、直後、戻ってきて付け加えた。
「いや、言っておくけど女は俺、奥さん一筋だからね? 浮気なんてしてないよ?」
 一方、ヴェロニクはそんなヘンリーを離れた所から見やりながら、後ろ手に回したチョコトリュフを渡すか渡さぬか悩んでいた。そんなヴェロニクに気づいたクリアが、ヘンリーにとことこと歩み寄ってこう訊ねる。
「ねぇ、ヘンリーさん。宇宙用機体を開発しないのって、ルーシーさんのエンジンが使えないから?」
 どよめきと歓声。スタッフたちもヘンリーがルーシーに告白して『振られた』ことは知っている。
 ヴェロニクは意を決した。ツカツカとそちらに歩み寄り、チョコトリュフの入った包みを渡す。
「バレンタインのチョコです。義理じゃないですよ?」
 そうして試作機を用いたランデブーへと誘うヴェロニク。周囲がさらに大きくどよめく。
「時は待ってはくれませんよ。クリアちゃんなんか、もうお腹に新しい命が‥‥(大嘘)」
「わーっ! わーっ! それはデマだからっ! そーいうのは結婚してからだからーっ!」
 わたわたと慌てるクリアをよそに、ルーシーを見やるヴェロニク。3年前、ヘンリーに平然と日本のバレンタインについて説明していたルーシーは‥‥ 今、どこか透明感のある微笑でヘンリーとヴェロニクを見つめていた。
「行ってきなさいな、ヘンリー。女の子の誘いは無碍にするものではないわよ」
 そう言って部屋から出て行くルーシー。『戦友』たるヘンリーとヴェロニクは不思議そうな顔で目を合わし‥‥ヴェロニクはヘンリーの腕をギュッと取ってハンガーへと歩いていく。
 退室し、休憩所へと達したルーシーは、追いかけてきたアクセルに声をかけられた。
「‥‥俺は3室やF系列の機体もそうですが、その根幹を成すスルトエンジンとその開発元であるグ室の人々も──なんというか、特に気に入っているんです」
 それ以上は何も言わず‥‥ ディさん、まだ見つかってないんですよね、とだけ続けるアクセル。
 ルーシーは何も答えなかった。アクセルの不安は、なにも払拭されはしなかった。