タイトル:なかよし幼稚園 入園式マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/13 01:21

●オープニング本文


(「さらばだ‥‥我が戦友たちよっ‥‥!」)
 そんな仰々しい感慨を胸に抱きながら、保育士兼業能力者・橘美咲は、卒園していく園児たちを泣き笑いの表情で見送った。
 思い返せば、色々な事があった一年だった。クリスマスにはサンタキメラが子供たちを洗脳しに来たり、節分には鬼と福の神のキメラが来襲したり‥‥だが、こうして終わってみれば、それももう思い出なのかもしれない。妙に精神的に逞しくなった園児たちの無邪気な笑顔を思い出し‥‥美咲はそっと目尻を指で拭った。
「‥‥さて。いつまでも感傷に浸ってばかりもいられないや。すぐ新しい子供たちが入園して来るんだから!」
 誰もいなくなった園庭で一人、気合いを入れ直して。美咲は同僚たちが待つ遊戯室へとその足を向けた。
 その足取りは軽やかだった。園児たちの新たな門出に祝福を。激務に耐える私たちにはささやかな労いを。後片付けが終わったら打ち上げだ。今日の酒はまた格別美味いに違いない。

「え? クビ‥‥ですか、私?」
 その思いがけない展開に、美咲は呷ろうとした冷酒を慌ててテーブルに戻した。
 居酒屋での打ち上げの席、隣りに移動してきた初老の園長をマジマジと見つめ返す。酔いはいっぺんに冷めていた。
「このままではそうなるかもしれない、っていうレベルの話だよ。‥‥勘違いしないでくれよ。僕は、橘君にはこれからもずっとなかよし幼稚園で働いて欲しいと思っている」
 それはそうだろうな、と、美咲は妙に冷静になった頭で思考した。なかよし幼稚園で働くようになってもう5年。理由もなくいきなり解雇されるような立場でもない。
「だったら何故ですか。なんで美咲が‥‥橘先生が辞めなきゃいけないんですか!?」
 同期の同僚、柊香奈が叫ぶ。その声は思った以上に大きく店内に響き‥‥周囲の客たちの好奇の視線が散るまで卓に沈黙が舞い降りた。
 園長が一気にビールを呷る。美咲は小さく呟いた。
「あー‥‥やっぱり、『アレ』ですか。私が能力者だからですか?」
「‥‥‥‥。例の一件以来、問い合わせが絶えないんだ。『キメラに続けて襲われたようだけど、お宅さん本当に大丈夫?』って」
 ‥‥なかよし幼稚園という所は、元々、能力者という存在に対して寛容な場所だった。
 保育士の美咲に1000人に1人と言われる『能力者の資質』があると判明した時、そして、美咲が「能力者にはなる。でも私は保育士でいたい!」、そう告白した時。園長や同僚、保護者たちはそれを快く受け入れた。園のイベントに際しては能力者たちを招き、積極的に園児たちに能力者と触れ合わせ、『横断歩道は手を上げて渡る。知らないキメラにはついて行かない』等の講習会を月一で開いたりもした。
 クリスマスに子供たちを洗脳に来たサンタキメラを撃退した際には、さすが能力者たちだ、兼業保母さんが常駐している幼稚園だ、と皆、感心したものだ。だが、続けて節分の時にもキメラの襲撃を受けたとなると‥‥キメラとの戦闘が園庭で行われた事もあり、ご近所さんの間で悪い噂が流れるようになった。呪われている、そんな話まで出たこともある。
 異星からの侵略者に対抗し得る力を持つ者。人類の為に戦う者──能力者というものは、普通、人々から敬意を以って──少なくとも軍人に対するそれと同等には──見られる存在ではある。だが、それも、自らの周囲に危険が及びかねないとなれば話は別。まして、大事な子供たちを預ける幼稚園となればなおさらだ。
「でも、園長っ! 橘先生たちは‥‥能力者さんたちはキメラをちゃんと倒したじゃないですか。子供たちにも傷一つ付けずに守り抜いたじゃないですか!」
「能力者たちが出入りしているからキメラの襲撃を受けてるんじゃないか。そういう噂が流れているんだよ」
 そんな‥‥と香奈は絶句した。
 共にあの襲撃を潜り抜けた保育士たちや保護者たちはともかく、新たに入園してくる園児たちの親は不安でしょうがないのだろう。転園を検討する保護者も出てきているという。
 園長の話に美咲は深く嘆息した。
 潮時なのかもしれない。能力者として戦場に赴く事を、これまでの生活が破壊される事を受け入れられなかった自分。戦う事は好きだ。けど殺し合いは御免だ。大剣を握れたのは子供たちが危機に迫った時だけ。そんな『臆病さ』を誤魔化す方便として、自分は保育士を続けて来たのではないか‥‥
「そんな事ないっ!」
 叫んだのは香奈だった。当の美咲は立ち上がった香奈を仰け反る様に、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で見つめていた。
「そんな事はないよっ! 私は美咲ちゃんがこの仕事にどれだけ誇りを持ってるか、子供たちをどれだけ愛しているか知ってるもん! 美咲ちゃん、逃げてる。保育士を続けられないかも、って現実から逃げて、そんな事言って諦めてる!」
 香奈は周囲の奇異の視線も構わずに一気にそう吐き出すと、続けて園長へと向き直った。
「園長先生っ! 入園式! 今年の入園式でも去年のように、能力者さんたちの寸劇をやるんですよねっ!? 転園するかどうかは、それを見てから決めてもらいましょう。私たちや能力者さんたちがどんな思いでこの仕事をやっているか‥‥伝えればきっと分かってくれます!」

●参加者一覧

ブラッディ・ハウンド(ga0089
20歳・♀・GP
愛紗・ブランネル(ga1001
13歳・♀・GP
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
ダーギル・サファー(ga4328
31歳・♂・SN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
絢文 桜子(ga6137
18歳・♀・ST

●リプレイ本文

「幼稚園児の前で寸劇か。柄じゃないな」
 会の準備が行われている遊戯室の壁に背を預け。ブラッディ・ハウンド(ga0089)、綾嶺・桜(ga3143)、ダーギル・サファー(ga4328)の3人は異口同音にそう呟いた。
 ダーギルがチラと横目で二人を見る。この二人も自分同様、劇も子供も苦手なようだ。何でここにいるのだろう?
 興味、という程のものではない。ポリポリと頭を掻きながら欠伸を噛み殺し‥‥要するに、ダーギルは退屈だったのだ。
「『狂犬』の姐さんよ。お前さん、なんでこの仕事を請けたんだ?」
 問われたブラッディは心底面倒臭そうな顔をダーギルに向けた。その目に映ったのはどうでもよさげな男の横顔。ブラッディは舌打ち一つしてそっぽを向き‥‥ボソリと答えを口にする。退屈なのはブラッディも同様だった。
「寸劇なんざ正直、面倒臭ぇ、が‥‥節分の時、俺も現場にいたぁしね。能力者が勘違いされたままってぇのは癪だぁし」
「ふぅん‥‥で、そっちの『ち巫っ女』は?」
「ち巫っ女言うな(←命名:某墜落大佐)。‥‥わしはあそこにおる『天然貧乏腹ペコ3倍、いい年して子供にたかるとは将来設計どうなっておるのじゃ、わしがおらねば今頃は(以下略)』な赤犬娘に、無理矢理、連れて来られたのじゃ」
 巫女装束に身を包んだ桜がそう肩を竦めて見せる。その桜の視線の先に、絢文 桜子(ga6137)と共に劇の準備をする響 愛華(ga4681)の姿があった。
「わぅ〜‥‥このシーンはどの曲を流すのが良いかなぁ?」
「‥‥おどろおどろしくいくか、音を張るか‥‥演出にもよりますね」
 説明会まであと3日。皆で決めた方針の下、美咲を主人公にした脚本を纏めるのが愛華の役割だった。桜子は園児や保護者への解説役。愛華の台本を見ながら劇中の解説部分の尺を決め、それに使う資料を纏めていく。香奈ら保育士たちがその資料を元に、OHPシートにマジックで園児向けに絵図を描き込んでいた。
「うぅ‥‥難しいんだよ〜」
 ぷしゅ〜、と音を立てて愛華がテーブルにへたり込む。それを見た桜は「やれやれ、仕様のないやつじゃのう」などと溜め息を吐きながら、それでもどこか嬉しそうにそちらへと歩いていく。
「たっだいま〜♪」
 遊戯室の扉を開けて、買出し班の愛紗・ブランネル(ga1001)が勢い良く飛び込んで来た。パンダのぬいぐるみ『はっちー』の他にもこもこした紙袋を抱えている。中身は愛紗とはっちーの衣装に使う毛糸やフェルトだ。
「ただいまさー」
「全身タイツやら布切れやら‥‥買えるものは買ってきたよ。まだ車にベニヤ板と貰ってきたダンボール乗ってるからさ」
 愛紗に続いて、御影 柳樹(ga3326)とMAKOTO(ga4693)、美咲が大きな荷物を両手に抱えて‥‥あるいは肩に担いで入って来た。ショッピングセンターで、衣装や飾り付けに使う諸々の材料を買ってきたのだ。材料費は保育士たちも含めて皆でお金を出し合った。
「えへへ。柳樹さんにレストランでパフェ奢って貰っちゃった♪」
「パフェじゃと!?」
 満面の笑みを浮かべる愛紗を、桜が驚愕の表情で振り返った。
(「しまった。わしも買出しについていくべきじゃったか!?」)
 ムムム‥‥と顔をしかめる桜。しかし、すぐ隣りに自分以上に落ち込む大人を見て我に返る。
「わぅ〜、ぱ、ぱふぇ〜‥‥」
「お、おぬしは‥‥後でわしが連れて行ってやるのじゃ。かっ、勘違いするでないぞ。別にわしが食べたいわけでは‥‥!」
「あの、桜様、愛華様、わたくしが後でお作りしましょうか?」
 そんな二人の様子を見た桜子が言う。愛華は二人に抱きついた。
「わぅ〜♪ 二人ともありがとうなんだよ〜♪」
「こ、こら、顎を頭に乗せるでない! じゃから、胸を押し付けるなと言うておろうが!」
 真っ赤になって照れる桜と、苦笑しつつ振り回される桜子。そこに「愛紗もー♪」と突っ込むチビッコ。ほよほよと形を変える愛華の胸に柳樹は気まずそうに視線を逸らし‥‥すぐ横に、さらに凶悪な凶器を見出した。
「‥‥ん?」
 視線に気付いたMAKOTOが振り返り、113cm、Jcupの最終兵器がぶるんと揺れる。その不意打ちに赤面する柳樹に、MAKOTOは悪戯な笑みを浮かべた。
「なに、ああして欲しいの?」
 挑発的に腕を組み、胸を強調してやる。溢れそうな双房に柳樹がゴクリと唾を飲んだ。
「そそそそんな事はないさぁ(汗)。無理にして貰わなくても構わないというかそこまで飢えてないというか、でも、もしよろしければこうギュッとして頂けたりするとすんごく幸せかもしれないさぁ」
「だが、断る」
「ぐはあっ‥‥!」
 けらけらと笑うMAKOTOと、がっくりとその肩を落として見せる柳樹。二人ともお遊びだが、芸能系の仕事を辞めて半年、まだまだ捨てたものではないかもしれない。
「べっ、別にいいさぁ‥‥優しい女神様なら他にもいるさぁ‥‥」
 顔を上げた柳樹の視線が桜子とぶつかる。桜子の心臓が一つ跳ねた。
「わっ、わたくしですかっ!? その、あの‥‥」
「‥‥胸の大きさだけが女性の魅力でもないさ?」
「おほほほほほほほほ!」
 きゅぴーんと桜子の目が光り、ニッコリ笑顔に殺気がこもる。柳樹は、自らの行為に恐怖した(その2)。
「‥‥まったく。何をやっているのかねぇ」
 皆の様子を見ていたダーギルが苦笑する。無言でいたブラッディが億劫そうに壁から離れた。
「お。どこに行くんだ?」
「‥‥ベニヤとダンボールを取ってぇ来る」
 真面目だねぇ、と茶化すダーギルに、ブラッディは足を止めて皆の方に顔を向けた。美咲が主役は自分だと知らされて驚いている所だった。
「‥‥誰にでも大事なもんがある。美咲にとってそれが子供たちだってぇんなら、離れたくはないだろうさ」
 柄にも無い事を言った。ポリポリと頭を掻きながらブラッディが不機嫌そうに駐車場へと向かう。その背を見送り、ダーギルはニヤリと笑った。
「まったく。皆、色々と複雑だな」
 もっとも、一々理由を探さずにいられない自分が一番複雑なんだがね。ダーギルは心中で呟くと、ブラッディを追って壁を離れた。


「はーい、みんな元気かなぁ? お姉さんはなかよし幼稚園の保育士で、美咲っていいます。みんな、美咲先生って呼んでね」
 寸劇は、美咲の自己紹介から始まった。
 演舞台に立たず、子供たちと同じ床の上に立った美咲に、子供たちが元気に返事を返す。一方、保護者たちはザワザワと声を立て‥‥問題の根深さを垣間見せていた。
「愛紗ね、幼稚園の時は美咲先生の組だったんだよ!」
 園児たちの中に、『怪盗ぱんだ紳士』に変身したはっちーを抱えた愛紗が混じっていた。
 はっちーと一緒に積極的に園児たちに話しかけ、みんなのお姉さんとして場を盛り上げる。それはまるで沢山の弟や妹が出来たみたいで‥‥幼稚園に通う機会の無かった愛紗は、素で会を楽しんでいた。
「優しくってね、楽しくってね、とっても格好いいんだよ! みんないいなぁ。愛紗もまた美咲先生と遊びたいなぁ!」
 愛紗の話に目を輝かせる子供たちに、美咲やなかよし幼稚園に関するエピソードを聞かせてやる。それは愛紗の事実ではなかったが、全くの嘘でもなかった。実際に美咲や香奈と共に過ごした5日間、そして、年長組の園児たちに聞いた体験談。それは愛紗にとっても胸躍る『日常』のお話であり‥‥ほんの少し、愛紗を寂しくさせた。

 ‥‥やがて、公民館の照明が暗く落とされ、おどろおどろしい音楽が流れ始めた。ざわつく会場。何が起きたのか分からず、子供たちがキョトンとする。
「ギャーっ、ハッハッハァー! このぉ幼稚園はぁ、俺たちバグアが乗っ取ったぁ!」
 公民館中に、ブラッディの如何にも悪そうな声音の叫びが轟いた。下手から舞台に飛び出すブラッディ。同時に、派手で威圧感のある音楽が鳴り響く。
 全身を黒で纏めた悪役衣装。ダンボールで作った角と肩鎧は刺々しく、暴力をイメージした作りをしている。獣性を象徴する毛飾り(お掃除用)製の犬尻尾。照明を受けて虹色に輝く瞳。衣装から覗く刺青が淡く、赤く、浮かび上がって残像を闇に残す‥‥実際のバグアは知らないが、十分に悪役のイメージは伝わる出来だった。
「そ、そんな事はさせないわっ! 幼稚園の平和は私が守る!」
 硬い台詞回しと共に、美咲がウレタンソードを手に園児たちの前に立ちはだかる。それでいい、と唇の端を歪ませて。ブラッディは予定通り、台本の台詞を口にした。
「なにぃ、能力者だと!? この俺の邪魔をするとは生意気な。来い、キメラたちよ!」
 その台詞が終わると同時に、バァン! と公民館の扉が開かれた。同時に、演舞台下のパイプ椅子収納スペースがガタガタと音を立てる。
「ゲシャシャシャシャ〜!」
 派手なポーズをつけながら、ダーギルは扉から内部へと侵入した。
 ダンボールで作った巨大な尻尾。一枚一枚作って貼り付けた鱗(凝り性)。トカゲ人間をイメージして作られた『キメラ』が公民館を練り歩く。ずっと扉の外で待っていて、お巡りさんに職質をかけられたのはちょっと秘密だ。
 照明用のキャットウォークからは、MAKOTOの『ワータイガー』が降って来た。赤い全身タイツを基調に虎柄の布で腰と胸とを覆い、キラリと自作の爪を光らせる。顔面は実際の虎と見間違うほどにメイクされ、獣じみた顔面と隠しきれない色気が共存するアメコミチックなキメラだった。
 最後に舞台の下から、あちこち何かに引っかかりながら柳樹の『鬼キメラ』が姿を現した。虎柄塗装の褐色タイツに同柄のバミューダパンツ。元の巨躯と相まって十分な威圧感を発している。
「やーってしまえぃ、キメラたち。思う存分暴れるがいい!」
 ガオォォォ‥‥!
 ブラッディの台詞にそれぞれの『キメラ』が咆哮を上げて呼応する。
 MAKOTOと柳樹は子供たちの中に分け入り、両脇に子供を抱えあげた。攫われたのは年長組の園児たちで、紛れ込ませておいたサクラだ。柳樹がその子供たちにウインクをする。連れて行くついでに肩まで担ぎ上げてやると、子供たちは喜んでキャッキャッと歓声を上げた。
「美味そうなガキどもだぁ。どいつから喰らってやろうかぁあ〜?」
 顔の部分にも細かく鱗を書き込んだダーギルが叫ぶ。視線が子供の一人のそれとぶつかり‥‥ニヤリと笑って見せる。だが、その瞬間、その子供だけでなく、顔が向いていた方面の子供たちが(サクラも含めて)、一斉に、火が点いた様に泣き出した。
 ダーギルの動きがピタリと止まる。確かに子供受けするツラじゃあないとは思っていたが‥‥なんだこりゃ? 俺のツラは範囲兵器か? ダーギルは少し落ち込みながら、泣き叫ぶサクラを抱えて壇上へと移動する‥‥
 美咲がキメラを追って壇上へ上がり、子供たちを取り返した。だが、多勢に無勢。守りながらの戦いは美咲は次第に追い詰められ‥‥
 と、まるで時間が止まったように、能力者たちはピタリと動きを止めた。
 照明の明度が落とされ、舞台袖にULTオペレーター風のスーツに身を包んだ桜子が姿を現した。
「は〜い、みなさん、こんにちわ〜。なかよし幼稚園の良い子の味方、解説係の桜子お姉さんですよ〜」
 お料理教室を思わせるBGMと共に、桜子のほんわかとした声が公民館中に響いた。客席で子供たちを宥める愛紗にチラリと目をやって‥‥桜子は皆に人類が戦う敵について解説を始める。
「みんな、バグアは知ってるよね? ある日突然地球にやって来て人間を苦しめる悪い宇宙人よ」
 照明が追加され、動きを止めたブラッディを照らし出した。
「で、バグアの命令で動く怪物がキメラね。怖ーい格好をしていて、凶暴で、力が強い事が多いの。とっても強くて、兵隊さんでも敵わない位」
 桜子の台詞に合わせてOHPが点けられ、イラストが示された。背後に控えて偉そうにしているバグア、がおーと暴れる怪獣がバッテン目の兵隊たちを蹴散らしている。「そんなのやだー」と怯える子供たち。桜子がニッコリと微笑んだ。
「そうね。でも安心して。これら人類の敵に対抗する為に生み出されたヒーローたち。それが‥‥」
 桜子が為を作った瞬間、一斉に点灯する照明。動き出す『キメラ』たちが一斉に上手を振り返り‥‥
「わぉ〜ん! 助けに来たよ、美咲さん!」
「待たせたの。悪いキメラを共に退治するのじゃ!」
 ウレタン製の武器を持ちノリノリでポーズを決める愛華と、恥ずかしそうに頬を染めながらどこかたどたどしく台詞を言う桜。二人は苦戦する美咲を助け、瞬く間にキメラを押し返す。
「‥‥それが、能力者よ」
 朗らかに、しかし、絶対の自信を持って。桜子がそう宣言した。

 互いに吼え声を上げながら、MAKOTOと愛華が激突した。流麗に打撃を放つ虎娘を犬娘が棒でいなす。ダーギルの振り回した尻尾(ダンボール)を桜が飛び越え、中央では柳樹と美咲が大剣と金棒(共にウレタン)を激しく打ち合わせる。
「‥‥このように能力者は、生身でキメラと戦うことができるわ。でも、怖いものではないのよ。みんなを守る為に能力者になった、みんなと同じ『人間』なんだから。でも、能力者は数が少なくて、1000人に1人しかなれないの。だから‥‥みんなの応援が必要なの」
 ギィィン!(効果音)
 台詞に合わせ、激しい音を立てて美咲の大剣(ウレタン)が弾き飛ばされる。沸き上がる悲鳴。愛紗が力強く立ち上がった。
「みんな! 先生たちを応援しようよ! みんなの声が力になるんだから!」
 子供たちに声をかけ、自ら率先して「がんばれー!」と力の限りに声を張り上げる。戻った年長組がそれに続き‥‥やがて、全員が立ち上がって声を枯らして声援を送る。
「おおっ、みんなの温かい声援で‥‥力が、湧き上がってくる!」
 BGMの調子が変わり、クルリと互いの相手を変えた愛華と桜がそれぞれダーギルとMAKOTOを舞台の外へ弾き飛ばした。地に落ちた大剣を足で蹴り上げ、片手で掴んだ美咲が柳樹に迫る。その目の端には感動の涙。同時に、得物を狙う狩人の目。
(「ちょっ、美咲さん、本気じゃあ!?」)
 繰り出された三連撃、その初撃を思わずかわし、その仰け反った横腹を払い抜けられる。振り返りざまに縦一文字。ウレタンでもやっぱり痛かった。
「ぐわー!」
 大仰に悲鳴を上げて、地響き(SE)と共に倒れ伏す柳樹。歓声が一気に沸き起こる。
「おのれ〜。能力者ども、そして、なかよし幼稚園の子供たち! 覚えておれ〜!」
 悔しそうに台詞を吐き捨て、その実、唇の端を笑みに歪めながら、ブラッディは舞台の袖へとはけて行く。
 寸劇は好評の内に幕を閉じた。

 だが、結局、保護者たちを納得させたのは、寸劇ではなくその後の質問会だった。
 とりあえず、美咲は保育士として仕事を続ける事が出来ることになったが、それは消極的な同意に過ぎず、保護者たちが完全に納得したとは言い難い。
 この先、どう転ぶのか‥‥状況は、未だ流動的であった。