タイトル:UT 脱出マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 12 人
サポート人数: 3 人
リプレイ完成日時:
2012/04/22 02:48

●オープニング本文


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 『キメラの海』──野良キメラの跋扈する広範な危険地帯の只中にあって、後衛戦闘大隊は常にユタの人々の盾となるべく戦い続けてきた。
 敗走する旅団の尻を守り、多数の市民が取り残された州都を守るべくプロボの防壁を維持し続け‥‥ そして、残された最後の避難民キャンプ、オグデン第1キャンプの防御陣地に拠って戦った。
 だが、その奮闘ももうじき終わる。
 キャンプの避難民を脱出させる為、囮として出撃した大隊は‥‥ 半日に亘る戦闘でその兵力の過半を失い、今、グレートソルトレイク湖上のアンテロープ島にいる。
 地の利を活かし、島北端、対岸から続く湖上道路の出口に布陣して、渡ってくるキメラを十字砲火で薙ぎ払い続けているものの‥‥ それも弾薬が続くまでだ。
 全長20kmにも亘るアンテロープ島。だが、この島に大型輸送機が着陸できるような滑走路はない。ヘリではこの地に多くいる飛行キメラを突破できず、そして、西方司令部手持ちのクスノペはあまりにも数が少ない。
 大隊は今、孤立している。
 守るに堅く、退くに難いこの湖上の島にあって。
 彼らが助かる術などもうどこにもないように思われた。

「島北端の防衛線は維持されています。ですが、弾薬は残り20%を切りました。特にIFV(歩兵戦闘車)の25mm機関砲弾が足りません。対キメラ誘導弾は既に底をつきました‥‥」
「北から程ではないですが、島南端からもキメラが上陸しつつあります。どうやら浅瀬を渡れることを学習したようです。そちらは現在、能力者が対応していますが、渡渉するキメラの数が増えれば、その時は‥‥」
 アンテロープ島、北端防衛線。大隊本部、天幕──
 暗い顔をして居並ぶ幕僚たちが大隊長に状況を報告する。
 端的に言って状況は絶望的だった。とにかく手持ちの弾薬が足りなかった。せいぜいあと1、2回戦分といったところか。今、かろうじて防衛線を維持し得るのも地の利と火力があるためだ。弾がなくなればひとたまりもない。
「つまり、今日中には、私と、私の大隊はこの地球上から綺麗サッパリ失われるというわけだな?」
 幕僚たちは沈黙した。大隊長は立ち上がると頭をポリポリ掻きながら、自らのテーブルに寄りかかった。
「‥‥俺たちは軍人としての務めを果たした。民間人を脱出させるのに最善と思われる行動を取り、結果、自らの身の安全を犠牲にした。‥‥我々は英雄となった。或いはこのまま、何かをやり遂げたという自己満足に浸りながら、ギリシャ悲劇よろしくこの地で死に絶えるのも悪くない‥‥ まさか、そんな風に思っているのではなかろうね?」
 返事はない。ただ、乾いた笑いが返ってきただけだ。
 たとえ英雄になろうとも、キメラの胃袋に収まるような死に様は御免だった。だが、彼らには最早打つ手がない‥‥
 大隊長は天を仰いで‥‥ 僕はトラヴィスにもカスターにもなる気はないよ、と呟いた。その言葉に気づいた何人かが顔を上げ‥‥ 大隊長は、そんな彼らにニヤリと笑った。
「実のところ‥‥ 救出隊の指揮官とは、こういった事態も想定して話をしていた。彼なら上手くやってくれるはずだ」
 今度こそ、全員が気づいた。大隊長は確かに救出隊が来ると言っている。
 絶対の希望を持って、或いは、何かに縋るように── 自分に熱い視線を送る幕僚たちを一人一人見返して。彼らを安心させるように、大隊長は大きく頷いた。
「兵たちにも伝えておけ。あの腐れキメラ共にありったけの弾薬を浴びせかけたら、さっさとこの地獄から脱出する、とな。いつでもずらかれるように準備させろ。救出予定地点は──」

 会議を終えた大隊長は、その足で仮設された野戦病院へと向かった。
 かつて血の臭いと呻き声とに満ちていたこの場所も、今では大分落ち着いている。民間の医療支援団体『ダンデライオン財団』の車両班MATが、危険地帯に分け入って医薬品を回収してきたからだ。もっとも、そのお陰で南からもキメラたちが島に侵入して来るようになったわけだが‥‥ まぁ、部下たちの命には代えられない。
 大隊長は天幕の角まで行くと、若い女性の横に付き添う中年男に声をかけた。男はMATの機関員、ダン・メイソン。敵将ティム・グレン暗殺に向かう能力者たちを輸送した彼は、現在、大隊に合流して負傷したレナの治療に当たっている。
「すまないが人手が足りない。軍医と共に、ここの負傷者たちを連れて先に救出予定地点まで移動してくれ」
 大隊長がダンに言う。だが、協力と言っても、実際の移動は軍が車両で行うのでダンにすることは無い。実質的には、民間人を戦闘に巻き込ませぬ方便だ。
「おい、中佐。ここまできて‥‥」
「民間人を巻き込んだとあっては名折れだからな。‥‥実際、救出隊が間に合うかは分からない。いざとなったら君たちだけで逃げろ。あの『車両』を使えばなんとか逃げ切れるはずだ」
 あの『車両』──ダンデライオン財団が所有する、LM-04リッジウェイの装輪型試作車──乗る能力者がいない為、財団ではせいぜいでかい輸送車両として使われているだけだが、確かにアレならばここからでも逃げ切れよう。
「では、そういうわけでよろしく頼む」
 それだけを伝えると、大隊長はさっさと病院の天幕から出ていった。ダンは大きく嘆息すると、大隊長が示した地図を改めて見下ろし‥‥
「‥‥湖?」
 と小さく眉をひそめた。
 大隊長が地図で示した救出予定地点は──
 島の西端部、湖岸を指し示していた。


 同刻、西海岸サンフランシスコ。西方司令部、ブリーフィングルーム──
 居並ぶパイロットたちを前にして、救出隊の指揮官が檄を飛ばす。
「救出機はなんとかかき集めた。作戦は予定通りに。護衛機の皆は先の避難民救出作戦に続いての出撃になるが、よろしく頼む。‥‥彼らは2万人の避難民を守る為に彼の地で戦い続けてきた英雄だ。だが、そんなこととは関係なく、私はあの男たちを助けたい。我らに力なく、何もできなかった時も、彼らは彼の地で戦い続けた。私には‥‥ いや、我々には、彼らを救う義務がある」


 さらに同刻。
 南で戦う能力者たちのエマージェンシーコールを受けて、大隊長は丘の上から双眼鏡で南の戦場を見渡した。
「なんだ、ありゃぁ‥‥」
 思わず素で呟く大隊長。巨大な──そう、全長20m以上はあろうかという巨大なヒトデが、まるで古い映画に出てくる宇宙船かなにかの様に、5本の足でズシン、ズシンと、島に向かって『歩いて』きていた。
「北の戦力をこちらに回すわけにはいきません‥‥が、救出隊が来るまで、アレはなんとしても止めなければなりません」
「‥‥止めれると思うか、アレ?」
「‥‥救出隊が早く来てくれるのを祈るしかありませんね」
 幕僚ととりとめも無い言葉を交わす大隊長。
 間に合うかな、と一言。思わず、指揮官として言ってはならないことを口にした。

●参加者一覧

月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
天羽 圭吾(gc0683
45歳・♂・JG
赤槻 空也(gc2336
18歳・♂・AA
無明 陽乃璃(gc8228
18歳・♀・ST
マキナ・ベルヴェルク(gc8468
14歳・♀・AA

●リプレイ本文

 ユタ州大塩湖、アンテロープ島、南端──
 最初に『それ』の接近に気づいたのは、後衛、斜面の上にあって、比較的広い視界を確保していた回復役の無明 陽乃璃(gc8228)だった。
「あれは‥‥な、なに?」
 声を震わせながら、自らの襟元をギュッと握り締める陽乃璃。予兆は対岸。廃ビルの一つが轟音と共に崩れ去り‥‥ 立ち昇る砂塵の向こうから現れた全長20mを越える巨大な何かが、その全容をつまびらかにする。
 5本足で聳え立つ、悪魔的にまで巨大なヒトデ── ソレの概観を一言で言い表すとその様なものだった。‥‥小高い丘。或いは、背の低い5脚のテーブル。人によっては、SF映画に出てくる様な多脚戦車に見えるかもしれない。
 2歩、3歩── 巨大ヒトデがさらにその歩を進めた時‥‥ 能力者たちの周囲にいた野良キメラたちは、その本能に従ってこの戦場から逃げ出した。セレスタ・レネンティア(gb1731)はその背に銃撃を浴びせることも忘れ、ただ無言で手の中のSMGを見下ろした。
「おおっ、超肉食系の予感。喰うか? 喰うわな。そりゃもうバリボリと」
 洋弓を手にした阿野次 のもじ(ga5480)が、冗談みたいにバカでかい軟体生物を見て口笛を吹きながら軽口を叩く。弦に矢を番えたその指は震えてはなかったが、なんというかバカバカし過ぎて引き絞る気にもなれない。
「くっそ‥‥ 後は『脱出』するだけってのになぁ‥‥」
 赤槻 空也(gc2336)がそう言いながら、SMGを持った手をダラリと下げる。やはり、自分と『脱出』は縁が悪いらしい、と、どこか呆れたように諦観の吐息を漏らす。
 瞬間、空也はハッとして、背後の陽乃璃を振り返った。彼女にもまた、バグアの攻撃から脱出する際にひどいトラウマを負っている。
「‥‥だ、脱出‥‥です、か‥‥うぅ‥‥脱出‥‥燃えて落ちる‥‥あぁぁ‥‥」
 皆、死ぬ。死んでしまう── 自らの両腕を抱き、震える陽乃璃。空也は彼女の元へ走り寄ると、その両肩を掴んだ。
「あー、俺はバカだっ! 諦めてる場合じゃねぇ。この脱出を上手くいかせんのぁ‥‥ 俺らじゃねーか!」
「私‥‥たち‥‥」
「そう! 俺らだって、もうあの時の、何の力もなかった頃のままじゃねぇ!」
 空也は陽乃璃の手を引っ張ってのもじとセレスタの所まで戻ると、20m間隔で──とりあえず、範囲攻撃に巻き込まれないと思しき程度に距離を取って、湖岸に横列を組むよう頼んだ。
「真正面から迎撃する気っ!?」
 のもじは驚いた。いくら能力者と言えども、あんな怪獣映画じみた質量を『止める』手立てなんてない。せいぜいが出来て陽動── であればこそ、後方の味方に出来うる限り撤収を急いで貰うしかない。
「いえ、ここで迎撃しましょう」
「セッちゃんまで!?」
 だからこそ、セレスタが空也に賛成したことにのもじは驚いた。
「だからこそ、です。ここを通してしまえば、どんなに撤収を急いでもアレは味方の横腹に突っ込みます。他の戦線で戦う仲間の為にも、アレを、ここから一歩も進ませるわけには行きません」
 SMGに新しい弾倉を叩き込み、レバーをスライドさせながら、淡々とした調子で答えるセレスタ。自分に出来ることは戦うことだけ── でも、それが仲間を守ることになるのであれば。私は全力をもって戦おう。これ以上、誰も死ななくて済むように──
「遅滞戦闘です。北側防衛線の撤収が完了するまで、アレを牽制して足止めできれば‥‥」
「それに、この後なにをすんにせよ、情報は大事だろ? ある程度ヒトデに進まれるのはやむを得ねぇとしても、アレのデータは収集しておかないと!」
 セレスタと空也の言葉を聞きながら、のもじはチラと陽乃璃を見た。陽乃璃は涙目でふるふると震えながら、それでも、のもじに決意を込めて頷いた。
「通さない‥‥通しちゃだめ‥‥ 通したら、皆、死んじゃうから‥‥」
 のもじはバリバリと頭を掻き、ヒトデとの交戦を了承した。ともかく、北側には連絡を入れて早期の撤収を促すと共に、可能な限り多くの増援を回してもらわねばならない。
(だけど‥‥抑え切れるの、アレを?)
 まるで怪獣映画の登場人物になったような気分で苦り切るのもじ。
 絶対に守り切る── そんな言葉を、のもじは今回、使える気分にはなれなかった。


 アンテロープ島、北端防衛線──
 対岸から続く湖上道路の出口に掘られた塹壕だけの簡易な陣地は、今日この日に至るまで、キメラの侵入を阻み続けていた。
 防御には理想的な地勢だ、と、塹壕の中から周囲の地形を多機能ゴーグルで見やりながら、鳳覚羅(gb3095)は呟いた。‥‥周囲は湖。敵の侵入路は湖上道路しか存在しない。高所の利は斜面に陣取るこちら側。向かってくる敵に対して一方的に火力を集中できる。
 だが、それも武器弾薬があれば、の話だ。大隊が持つ弾薬は既に枯渇しかけており、節約しながらの砲火では陣まで抜けるキメラも出てくる。
「行くぞ、坊主」
 味方の射撃の停止を待って、能力者・天羽 圭吾(gc0683)は、突入してくる敵キメラを迎え撃つべく両手に銃を構えて塹壕から飛び出した。
 同様に二刀小太刀を抜き放ちつつ飛び出したマキナ・ベルヴェルク(gc8468)は、キメラに向かって斜面を駆け下りながら。『坊主』という呼称に気づいて憮然とした顔をした。
「坊主、ではないのだが‥‥」
 いや、別段、気にはしないが、なんとはなしにそう伝える。
 圭吾は右手に持った小銃を、拳銃を握った左腕で保持しながら、向かってくる虎人型キメラに一連射を浴びせかけ。血みどろになってなお迫る敵の顔面に左手の大口径拳銃を撃ち放つ。倒れた敵にさらに2発、止めの銃撃を浴びせつつ、圭吾は傍らを通り過ぎていくマキナを見返した。‥‥なるほど、どうやら『坊主』ではないらしい。とはいえ、『女』と呼べるにはまだ5、6年は早かろう。
 二刀小太刀を曳いて斜面を駆け下りたマキナは、圭吾の援護射撃の下、残った狼人目掛けて地を跳ぶように疾駆した。横合いから突っ込んでくるマキナへと視線を移す狼人。その態勢が整わぬ内、マキナは右手の小太刀を振って衝撃波を叩きつけた。『ソニックブーム』──放たれた斬撃が狼人の肩口を薙ぐ。苦痛の叫びを上げながら、敵は鉤爪を振り被り‥‥ マキナはそれを左の小太刀で受け凌ぐとそのまま懐へと飛び込み、すれ違い様に胴を薙いだ。
 危なげなく敵を殲滅してきた仲間たちを、予備戦力として待機していた覚羅は笑顔で出迎えた。と、そこへ、借り受けていた軍用無線機が能力者たちをコールする。
 呼び出し主は島の南端側に展開している能力者たちだった。通信は早期の撤収と、戦車の支援を要請していた。
「戦車‥‥ですか? いえ、こちらの防備は万全です。派遣する余裕はありますが‥‥」
 覚羅はそう答えながら、戻ってきた圭吾に目で訊ねた。圭吾は頷いた。敵はその数と回復能力に任せて突撃と後退を繰り返すばかりで、とても統率が取れているとは言えない。こちらの戦力を考えれば、たとえ戦車がなくても小揺るぎもしないだろう。
 とはいえ、戦車の要請とは尋常ではない。いったいなにがあったのか。
「あのね‥‥『怪獣』が、出たの」
 顔を見合わせ、小首を傾げる覚羅と圭吾。小太刀の血糊を拭うマキナがその様子に不思議そうな顔をする。
 聞き返そうとした時、軍の部隊が蒼空に照明弾を1発上げた。負傷者と一部部隊からの撤収開始の合図である。それは即ち、いよいよ弾薬が枯渇し始めたことを意味していた。
「‥‥撤収が始まります。戦車隊には話を通しておきますので、とにかく、その巨大キメラに関する情報をよこしてください」
「了か‥‥ザザ‥‥」
 通信が切れた。覚羅は不吉な予感と共にマイクを見下ろして、再び圭吾と目を合わせる。
「KVが、出ます」
 知らせてくるマキナの頭上を、人型による装輪で疾走する2機のKVが塹壕を大きく飛び越えていく。
 それは月影・透夜(ga1806)のディアブロと、葵 コハル(ga3897)のシコンだった。MATの車両と同様、あの作戦後に大隊と合流。そのまま温存していた戦力だった。勿論、修理も整備も出来ず、100%の性能発揮など既に望むべくもないが、それでも、この島に残された中では最大の戦力であることに変わりはない。
「フレームに深刻な歪み、他にも各部に損傷多数。FLとの戦闘が響いたか。それでも‥‥動くなら、まだやれる」
「一般の人たちはうまく脱出できたし、残るはここの軍の人たちだけ。ゴールはもう少しのトコまで来ているからね。あとは駆け抜けるだけっしょ!」
 最初に突入したのはコハル機だった。土煙を上げながら斜面を下りたコハル機は、湖上道路の出口に照準。肩口に括りつけたG−44グレネードを敵中に向け撃ち放つ。擲弾が炸裂し、破片が周囲のキメラを薙ぎ払い。コハルはその阿鼻叫喚の惨状に機を乗り入れさせると、脚部を蹴立てながら減速。道路出口に立ち塞がりつつ、種子島を腕部に展開した。
「この入口は只今入場制限中! 言う事聞けないってんなら、地獄への入口になるからね!」
 アクセラレータ起動、発砲。放たれた光条が敵を薙ぎ、敵隊列のど真ん中に光刃の楔を討ち込む。
 その只中へ、後方から疾走して来た透夜機が湖上道路の上に突進。文字通りキメラたちを蹴散らしながら前進した。
「『影狼』より軍部隊長。殿は任せろ。負傷者を先に随時撤退を。敵追撃路はこちらが寸断する」
 湖上の堤の上に立ち、手にしたハンマーボールを横殴りに振る透夜機。まるで玩具か何かの様に、キメラたちが鉄球に潰され、吹き飛び、パシャパシャと音を立てながら湖へと落ちていった。


 島南端──
 まるで水溜りを蹴立てるように湖水を跳ね上げながら、こちらへ『歩く』巨大ヒトデ。その動きはひどく緩慢に見えるが、移動速度は決して遅くはない。歩幅がとにかく大きいからだ。
「‥‥奈良の大仏が全速で走れば新幹線より早いと言うけどさ」
 迫り来る敵を見ながら苦笑するのもじ。そこまで速くはないにせよ、あの調子ではここから島北端まで30分とはかかるまい。
「わ、わたっ、私が‥‥! 皆さんが傷ついたら、練成治療で治します! 全力で戦ってください!」
 回復役として後衛に陣取った陽乃璃が、精一杯の想いをこめて声をかける。じわり、じわりと湖を渡って近づいてくるヒトデ。セレスタがそっと左手を掲げ上げ‥‥
「攻撃開始」
 告げると同時に手を振り下ろし、そのままSMGを保持してフルオートで撃ち捲くる。
「負けねーぞ! 通ってみろよ、軟体ヤロォおッ!」
 叫び、腰溜めにSMGを撃ち捲くる空也。のもじは無言で洋弓から矢を放ち、地に突き立てた矢を摘んでは新たに番えて引き絞る。
 ヒトデは全くその歩みを止める事なく進み続け‥‥ と、その表面にポツポツと点在していた多くのカラフルな『染み』が、その体表の上を前方へ、こちら側へと移動してきた。赤色、青色、白、黒、金、緑色── サイケデリックな模様と化したそれらがキラキラと明滅を始め‥‥
「‥‥き、来ます! 避けてください!」
 陽乃璃が叫ぶと同時に、爆裂火球が、電撃が、吹雪が、酸が、光条が、毒の飛沫が、一斉に、立て続けに能力者たちに浴びせかけられた。
 周囲で炸裂する出鱈目な破壊と化学反応。それを能力者たちが飛び避ける。
「残像だ‥‥ 『瞬速縮地』でなければヤラレテいた(嘘)」
 泥だらけになりながら、それでも余裕な口調で呟くのもじ。
 ヒトデは体表から攻撃を放ちながら歩を進めた。振り上げた腕を無造作に振り下ろし‥‥その巨大な腕が、飛び避けた空也が数瞬前までいた大地を踏み砕く。
「あ、危っ‥‥! 別の意味で文字通りの『デスタッチ』じゃねーか!」
 身体中に冷や汗を掻きながら下がる空也。その一撃は、ヒトデが島に上陸した最初の一歩だった。

 能力者たちは湖岸を放棄し、後退。それまでに得た情報を確認した。
 現在もヒトデの速度に変化なし。敵は普通より強力なフォースフィールドを持っている。その力場を抜けて与え得たダメージもあの巨体と軟体構造の前では焼け石に水。しかも、回復能力で短時間の内に癒してしまう。
「見ましたか? 赤が火球、青が電撃‥‥ こちらに対する攻撃は、あの表面の『移動する染み』から放たれていました」
「『スライム』系ッスね。道理でこちらに反撃してもヒトデの足は止まらないわけだ」
 セレスタと空也、二人の言葉を聞いて、陽乃璃は息を呑んだ。あの巨大ヒトデはその表面に別のキメラを多数、密着させていた。それは即ち、アレは1個の敵のように見えて、その実、多数の敵の集合体ということになる。
「あのシミは別個の生命体、で間違いないでしょうね。攻撃を受けた際、本体を守るよりむしろ逃げようとしていたから」
 遠くヒトデを双眼鏡で観察しながら、のもじが言う。ともかく、あの『砲台』──シミを減らせば、敵の手数は確実に減るだろう。
 能力者たちは再びヒトデへ接近し、迎撃を開始した。
 敵の本体でなく、シミに向け銃撃を加える空也とセレスタ。ヒトデの体表に張り付いたシミがその身に銃弾を弾けさせてポロポロと地面に落下する。
 反撃。爆発する火球を背景に降り注ぐ土砂の下、セレスタが残された数少ない弾倉の数を確認する。‥‥ここで全てを撃ち尽す。そのつもりでいる。だが、それでもアレの歩みを止める事はできるだろうか‥‥?
「傭兵諸君、聞こえるか? 戦車隊だ。目標を確認。M1A1−SES、4両、丘の稜線に配置した。退避を開始してくれ。合図とともに砲撃する」
 セレスタが持つ無線機が声を伝える。即座にセレスタは返答した。
「即座に集中火力支援を願います。目標、巨大キメラ脚部!」
 伝えてから、セレスタは能力者たちに退避を指示した。慌ててヒトデから距離を取る4人。直後、丘の上から光を曳きつつ緩やかに弧を描いて飛来してきた4発の砲弾がヒトデの腕周辺に着弾する。
 ヒトデが始めて停止した。──ダメージのせいではなく、反撃の為に。
 その腕を大きく振り上げ、その先に光り輝くエネルギーの塊を漲らせる。稜線の陰へと後退する戦車隊は、しかし、間に合わなかった。腕により『投擲』された光球は1両を『蒸発』させ、もう1両を融解・爆発させた。
「‥‥全員、高機動車まで移動。戦車隊の生き残りを乗せて撤収します」
 能力者たちの負傷も大きい。これ以上の継戦は不可能だった。
 丘の後ろに止めてある高機動車まで走る能力者たち。セレスタは戦車兵の生き残りを肩に担ぐと、一度、ヒトデを振り返り‥‥ そのまま車両へ向かって走り出した。

「出発はまだ、まだよ‥‥ もうちょい‥‥ よし、今!」
 最後まで残っていたのもじの車両が、ヒトデが稜線を越えるのを待ってから走り出す。
 それを見たヒトデは‥‥ その針路を島の東側へと向けた。


 ヒトデが南で確認される少し前。野戦病院。撤収時刻──

「そのリッジウェイ装輪型試作車はお前たちに任せる。好きなように使ってやってくれ」
 そのダンの言葉に、操縦士としてやって来た綾嶺・桜(ga3143)と、砲手として来た響 愛華(ga4681)は互いに顔を見合わせて‥‥ 予定通り、それを負傷者たちの搬送と護衛に使うことにした。
 また生きて合流しよう、と、前線に向かうジェシーやウィルたちと慌しく別れを済ませ。担架を手に、レナやトマスといった負傷者たちを野戦病院から試作車の荷室へ移す。
 サムや軍医たちと手分けして全ての負傷者を車両に乗せると、ダンは自ら車列の先頭に立って、島西端の救出予定ポイントへと移動を開始した。
 桜は隊列の中ほど、斜面の上方へと機を位置づけた。この試作車もまた多脚装輪により斜面でも車体の水平を維持できる。
「桜さん、地上の方はお願いするよ。空は私が警戒するから‥‥」
「うむ、了解しておる。‥‥このリッジも随分長いが、これが最後の働きとなるかのぅ」
 桜の言葉に、愛華はしみじみと頷いた。長い間、このユタの地で働き続けてきたこの子を残していくのは忍びないが‥‥ せめて、その働きに報いる方法は一つしかない。
「やろう、桜さん。この子と一緒に、皆を守ろう」
「‥‥そうじゃな。ここで最後にもう一花咲かせてやるとしよう。最後までしっかりと頑張って貰わねば」

 負傷者たちを乗せた車列は、島北側の湖岸道路を通って救出予定地点へ向かっていた。
 移動はつつがなく行われていた。北に広がる湖面は静かで、ここが戦場である事が嘘のようだ。遠く、南側の斜面の奥には、時折、鹿やバッファローの姿も見える。
 愛華は思い切って砲塔の上部ハッチを開けると、そこから空を仰ぎ見た。抜けるように高い蒼空と雲間から差し込む陽光── その隙間にキラキラと輝く翼端の光を見つけて、愛華は目を瞠った。
 それは、救出隊に先んじて航空優勢を確保に来た、軍と傭兵たちの制空隊だった。
 傷の軽い兵たちが車の窓から声援を送る。KVたちは風景画のような空の景色を背景に、空を北へと横断していった。

 アンテロープ島を越えて東へと進出した制空隊は、前方から迫り来る敵HW隊と戦闘状態に突入した。
 アンジェラ・D.S.のリンクス改、アクセル・ランパードのスレイヤー、地堂球基の天からそれぞれ、D−04AとK−02マイクロミサイルが発射され、宙を乱舞するそれらが敵を前面から駆逐する。
 その様子を、管制機から送られてきたセンサー情報で確認した守原有希(ga8582)は、コクピットで微笑を浮かべた。軍と彼の友人たちは完璧な迎撃戦を展開している。
 有希は傍らを飛ぶ救出機の編隊にチラと視線をやると、機の出力を上げてアンテロープ島上空まで先行した。‥‥上空には未だ飛行キメラの影はなし。機を傾げて風防モニタ越しに地上を見下ろす。救出予定地点に車列。思ったより数が少ない。車列の中には‥‥試作リッジウェイ? 有希は短距離無線機の回線を開いた。
「こちら『Exceed Divider』、守原。地上のリッジ試作機、聞こえますか? 随分と車両が少ないようですが‥‥」
「ぬ? 有希か? 桜じゃ。まず負傷兵を先に連れて来たのじゃ。大隊はまだ戦っている。随時撤退してくるはずじゃ」
 状況を把握した有希は改めてセンサーを確認すると、救出隊本隊に連絡を入れた。
「上空に敵影なし。救出隊は降下を開始してください」
 そのまま北側防衛線の様子を確認するべく、上空を通り過ぎていく有希機。
 桜と愛華はハッチを開けて、キラキラと光りながら迫る救出機たちに訝しげな視線を向けた。この島に着陸できそうな場所はない。いったいどうやって救出しようというのか‥‥
 段々と大きくなる機影。構わず高度を下げ続けるそれを桜と愛華は見やり続けて‥‥ その表情が、驚きと歓喜へ変わる。
 湖面に着水する大小様々な飛行艇の群れ── それが救出機の正体だった。
 湧き上がる歓声。それに応えるように、『沖』に止まった飛行艇から巨大なエンジンつきのゴムボートが投げ下ろされた。


 甲高い金属音が響き渡り、同時に、左手の小太刀が手の中からすっぽ抜けた。
 敵の鉤爪を受けた拍子に、己と敵が流した血で滑ったのだ。マキナは舌を打ちながら、残された右手の刃で目の前の熊人の右鉤爪を受け止めて。直後、左の鉤爪を振るわれる。
 それが命中する直前、後ろから襟首を掴んで引き倒されて。その掴み主、圭吾が大型拳銃を熊人型の顔面へ撃ち放つ。目の前を通り過ぎる鉤爪。顔面を押さえて暴れる熊人。その胸に、背中から突き入れられた刀身が突き出し、熊人は血のシャワーを撒き散らしながら目の前にドゥと倒れた。
「ここはもう持ちません。塹壕まで後退しましょう」
 そう言いながら、その刃の主、覚羅は『前』へと斬りこんで行く。地面に刃の一を突き刺し、両手に拳銃を引き抜いて迫る敵へと浴びせかける。側方から敵。左手の拳銃が弾き飛ばされた。構わず覚羅は機械剣を抜き放ち、光刃の一閃にてその敵の腹を横に裂く。さらに別の角度から敵。銃で迎撃、間に合わぬと悟るやそれを投げ捨て、突き刺した刀を再び抜いてその敵と渡り合う──
 その隙に、圭吾はマキナを小脇に抱えたまま、後方へと走り去る。
 マキナは笑った。とても口には出せないけれど── 誰かと共に戦う事は、ああ、やはり好い事なのだ、と。
「どうかしたか?」
「いえ‥‥」
 覚羅も、圭吾も、ここにいる軍の人たちも。それぞれがそれぞれの戦場で修羅道に身を置いていた。彼等はいったい、これまでその瞳になにを映してきたのだろう‥‥
「そいつは俺も知りたいもんだな‥‥いちジャーナリストとして」
 答えながら、圭吾は塹壕を飛び越え、斜面の稜線の向こうに身を伏せた。彼もまたこの地に関わって短いが‥‥ この地獄からの脱出という、多くの者が待ち焦がれた瞬間が今なのだとは分かっている。
「ここから出れたらまた改めて取材でもしてみるさ。あと少し‥‥あと少しで、この地ともおさらばできるんだからな」
 そこへ、二刀を手に斜面を駆け上ってくる覚羅の姿。その背後には多数のキメラが続いている。
 圭吾は覚羅が通り過ぎた瞬間、動けなくなった高機動車に向け、『超長距離狙撃』でもって構えた拳銃を撃ち放った。あらかじめガソリンタンクに開けられた穴により、揮発したガソリンに火が回る。爆発。さらに2台、3台。その火勢の強さに一瞬、キメラたちの動きが止まる。
 その間に3人は後方で待機していた高機動車に乗り込み、戦場から離脱した。追い縋ろうとしたキメラたちは、圭吾が仕掛けた落とし穴──塹壕に布を被せただけの簡易な、だがそれ故に有効な──に落ちて足を止めた。

「どうやら南から例の大型キメラが向かって来ているらしい。俺が抑えに行くのでコハルはこのまま撤収する部隊の殿を守ってくれ」
「大丈夫なの、一人で?」
「分からないが、このまま隊の殿を空けるのも怖い。手が余るようならアレに頼むさ」
 そう言って、透夜は上空の有希機を指差した。有希機は現在、部隊に追い縋るキメラの群れに煙幕弾を叩き込んでいる最中だった。緩やかな降下から上昇へと転じる有希の204。地上で炸裂した煙幕が湖からの風に流れていく。すっかりと混乱する敵キメラ群。その間に透夜とコハルはそれぞれに別の進路を取る。
 透夜の連絡を受け、有希機は上空から彼我の位置を報告。透夜機をヒトデへ向け誘導した。
「巨大ヒトデは一直線に北上中。‥‥このまま湖まで到達しそうな勢いです」
「視認した。これより奴の足止めを試みる」
「援護します」
 ブーストを焚き、土煙を上げながら荒野を疾走する透夜機。その上を通過しながら有希は低空侵入しつつ、地を歩く巨大なヒトデを照準して発砲した。
 放たれるレーザー。上空から斜めに降り注いだ光の刃が立て続けにヒトデを貫き、その身体を苦悶に歪ませる。さらにスラスターライフルを掃射しながらフライパスする有希機。上昇から反転して再び光線を撃ち放ち‥‥ その直後、再ブーストで加速した透夜機がぶち当たる。
 透夜機はハンマーの一撃でヒトデの腕を横殴りにぶん殴ると、その腕による反撃を潜り抜け、そのまま装輪で横へ、横へと回り込みながら、肩部の47mm砲をヒトデの本体へ浴びせ続けた。
(効いている‥‥!)
 上空からその様子を観察していた有希が、再び対地攻撃の態勢に入ろうとして‥‥ 直後、センサーモニターに何かの陰が映し出された。
 それは前方、高空で警戒に当たっていたアクセル機から管制機を通じて知らされた敵接近の報せだった。
「‥‥湖上、北側から大規模なキメラの集団が接近中です‥‥」
「構わない。行ってくれ」
 両腕によるハンマーの殴打から、すかさず機刀を抜き放ち、突っ込む透夜機。怯んだ敵腕部に刀身を突き入れ大きく横へと切り裂き、払う。
「すみません‥‥っ!」
 一言告げ、ブーストを焚いて救出地点方面へと離脱する有希。透夜機が47mmを撃ちながら機刀を振り被り、再びヒトデへ吶喊した。

 もしも透夜機が万全の状態であれば、倒せぬまでも長期間に亘って足止めする事ができたかもしれない。だが、単騎でそれを抑えるには、透夜機の損傷は大きすぎた。
 突如、『2本脚』で立ち上がり、直立する巨大ヒトデ。その『両腕』が透夜機を両脇から抑え付け‥‥ 中央の口から吐き出された『胃袋』がべちゃりと機体に密着する。あっという間に真っ赤に点灯する警告灯。透夜は迷う事なく、自身を機から脱出させた。
 戦場を走って離脱しながら、最後に背後を振り返る透夜。ヒトデは融解し、沈黙した透夜機をその場に残し、再び前進を再開していた。


 続々と着水し、或いは離水していく飛行艇たち。沖と湖岸をゴムボートが引っ切り無しに往復し、『砂浜』から多くの人々が機内に吸い込まれていく。
 上空、救出地点から少し離れた場所には、囮と対空防御を兼ねて『遊弋』するガンシップ仕様のV−22。同様に飛行キメラの接近を知らされた桜は、試作車を救出地点近くの斜面の上へと移動させた。
「Exceed Divider、攻撃開始!」
 上空から突っ込んできた有希機がGP−02Sミサイルをキメラの群れにリリースする。曳光と爆発。さらにレーザーとライフルを撃ち捲くりながら突入する有希機に追随する正規軍機。その様は雲霞の群れを追う隼のようだ。
 その迎撃網を抜け、やって来る飛行キメラ。V−22隊が隊列を組み、一斉にドアガンを撃ち放つ。20mm砲弾を受け、パラパラと落ちていく敵キメラ。対するV−22の中からも、火を吹き、落ちていく機体がポロポロと出始める。
 それを唇を噛み締めて見つめながら、愛華はジッと待ち続けた。やがて、V−22隊を抜けて来た天使型。愛華はそれへ砲を向ける。
 放たれる20mm機関砲。まるで見えざる壁にぶつかったように、天使型が砕け、湖面に落ちる。

 結果から言えば、立ちはだかる全ての障害を各個に撃破した巨大ヒトデは、島東側のルートを最短に近い時間で北端まで辿り着いた。
 ずしり、と西へ──救出地点方面へと針路を変える巨大ヒトデ。その先には、いまだに後退中の部隊の後姿が見えている。

「冗談でしょ!?」
 部隊の殿を務めていたコハルは、叫び、迫るヒトデへと正対した。既に光線銃や擲弾砲は弾もなく、槍は半ばから折れている。
 コハルは、救出地点へ続く丘の上の道、その稜線上に機を立たせると、残っていた47mm砲をありったけヒトデに浴びせかけた。その体表で肉を削ぎ、弾ける砲弾。そのどれもが瞬く間に回復していく。
「このっ!」
 突き出した半ばの槍は、キメラの腕に刺さって再び折れた。腕の一撃が横殴りにコハル機を吹き飛ばし、腕部を砕かれたそれが斜面を転がり落ちていく。
 かくして、逃げ散る部隊最後衛を蹴散らしながら、ヒトデは遂に救出予定地点に到達した。直立したヒトデの腕3本に光が滾り、砂浜に集まった部隊に放られる。炸裂するエネルギー。溶けてガラス状になる砂浜の砂。その内の一弾は、リッジ試作車の至近に着弾した。放電が防弾タイヤを焼き千切り、左脚部の油圧・電装系が一発でおじゃんになる。
「クッ‥‥皆が撤退するまでは引くわけにはいかん。リッジ、もう少しだけ‥‥もう少しだけ頑張るのじゃ!」
 小爆発の煙立ち込める操縦席から煙を抜く為、扉を蹴破る桜。その頭部から血が流れて伝う。
「わぅんっ、もう此処の縄張りは引き払うから――私達は放っておいてよ!」
 無力と知りつつも、2本足で迫り来るヒトデに20mm機関砲を浴びせ続ける愛華。そこへ、ダンから無線が入る。
「多目的誘導弾は残っているな? 合図と共に全弾、奴の『左足』に叩き込め」
 確かにここが使い時だ。愛華は敵『左脚』を狙って諸元を入力すると、立て続けに撃ち放った。
 全弾命中。グラリと揺れるヒトデの上体。だが、倒れかけた所でヒトデは踏ん張り‥‥
 直後、ガソリン缶を荷台に満載した高機動車が1台突っ込み、その左足にぶつかり爆発した。
「えっ!? なに‥‥!」
「誰が乗っていたのじゃ!?」
 驚愕する桜と愛華の目の前で、バランスを崩したヒトデがズシン、と左側へと倒れる。それは湖へつづく斜面の傾斜──軟体であるヒトデの巨体は、勢いをつけて倒れ込んだ自らの質量を支えきれなかった。
 そのまま水袋の様に斜面を転がり、派手に湖へと突っ込むヒトデ。その隙に、兵たちは装備もなにもかも投げ打って湖へと飛び込んだ。
「上げろ、上げろ! 翼にも上げろ! 飛べなくてもいい! とにかく乗せろ!」
 泳ぎ着く人々をとにかく引っ張り上げ、走り出す飛行艇。たとえ飛べなくなっても、飛行艇は水上を走ることができる。目指すは対岸、塩の荒野。とりあえずこの場から離れられればどうとでもなる。
 起き上がろうと暴れるヒトデ。離脱を始める飛行艇とV−22隊。追い縋る飛行キメラを、戻ってきたKV隊が一撃して追い散らす。

「ここは‥‥」
 負傷し、意識を失っていた陽乃璃は、ゆらゆらと揺れる感覚に目を覚ました。
 雲の上にいる── それが最初に思ったことだった。そうか、私は死んだのか、と一瞬考え‥‥身体に走った痛みに現実へと引き戻される。
「え‥‥本当に、私たち‥‥生きてる、んですか‥‥?」
 完全に覚醒して身を起こす。今、いる場所は湖上を走る飛行艇の中。周りには能力者たちが揃っている。
 笑顔を見せかけた陽乃璃は、しかし、皆の様子がおかしい事に気がついた。陽乃璃は何があったのかを彼等に尋ね‥‥ その時、初めて、どの飛行艇にもダンが乗っていない事を聞かされたのだ。
「そんな‥‥」
 助けられなかった。陽乃璃は意識を失いかけた自分を無理やり現実に引き戻すと、俯いた口の端から謝罪の言葉を繰り返した。
「‥‥ごめん‥‥なさい‥‥ごめんなさい、ごめんなさい‥‥っ!」
 陽乃璃や能力者たちの嗚咽が、いつまでも飛行艇の中に響いていた。