●オープニング本文
前回のリプレイを見る「では、迎えのBF(ビッグフィッシュ)は必要ない、というのか?」
北米ユタ州、バグア側支配地域。州都、旧旅団司令部ビル、屋上──
ユタのキメラ群指揮官、ティム・グレンの元に最後の補給物資を届けにきたバグアの無銘エースは、意外そうな表情でティムのことを見返した。
事前の話では、このユタでの戦いは既に終局に入ったという話だった。この地に残った人類は、彼らが大塩湖と呼ぶ湖の傍らにまで追い詰められており、唯一の退路であった『湖上の堤を走る鉄道』も、無人機の自爆により破壊済み。敵中にて孤立した彼らには補給の当てもなく── あとはただ武器弾薬を消耗してキメラの群れに押し潰されるか、食料を食い尽くして餓死するか。或いは、ティムの勧告に応じて降伏するかしか、彼らに選択肢は残されていないはずだった。
「どういうことだ? オグデンに残る敵を降伏させたら、それを乗せてフロリダに帰還するのではなかったのか?」
「彼らは降伏なんてしないよ。そうしてくれれば、『ここの勝負は僕の勝ち』ってことで帰ることもできただろうけど‥‥ 彼らと戦ってきた僕には分かる」
では、どうするのだ、とエースは尋ねた。敵の大規模な攻勢により、バグア北米軍はこの大陸の東海岸と3隻のギガワーム全てを失った。その煽りを受け、大陸中央部の部隊もフロリダ方面への後退を余儀なくされている。撤収が遅れれば、補給どころか宇宙への帰還すら危うくなりかねない。
「今すぐここから撤収する事を推奨するぞ、ティム・グレン」
「撤収? まさか」
「‥‥バグアの矜持か?」
「いや、ゲーマーとしてのプライドさ」
逃げる機会なら幾らでもあった。あの時──プロボ市から『敗走』した時も、東ではなく北──この州都を目指したのも、まだ戦力が残っているこちらで最後までゲームを続ける為だ。このユタの戦場は、ティム自身が『遊興』の為に設定したゲーム盤── 不利になったからといって途中で投げ出すのは『ゲームマスター』としての意地が許さない。
それに‥‥
「‥‥僕のゲームにつきあって、ゴーレム乗りのミュルス・スカーデは命を落とした。僕のミスが元で死ぬことになった彼女の仇を、とは言わないけど、この戦場の指揮者として、僕にはまだ完済しておくべき負債が残っている」
エースにそう答えながら、ティムは屋上の手摺から眼下の広場を見下ろした。
雪に白く染まった町並み── その無人の廃墟から続々と集まってくる獣人型キメラの間を、1両の地上用輸送ワームが押しのけながら広場へと入って来る。それは、プロボ市からの撤収時、ただ1両、所在の分からなくなっていた『箱持ちムカデ』──ティムが保持しておいた『本命』の戦力だった。他の箱持ちが南東で破壊されてる間、ユタ湖の底で冬眠モードで潜伏していたそれは、今、そのコンテナに秘蔵していた戦力を最後の戦場へと吐き出した。開放されたコンテナからのそりと身を出す重キメラたち──完全装備の大型人型キメラ『トロル』の1個分隊と、超大型の『タイタン』がその雄姿を州都の空の下に晒す。いずれも、ティムが南部の戦線で育て上げた精鋭たちの中から選び抜いた、百戦錬磨、一騎当千の強者たちだ。
無銘のエースはヘルメットの中で苦笑したようだった。『手駒』を見下ろすティムの表情は、こんな状況下でもとても、とても楽しげで── それを見たエースは、彼に撤収を勧めることを諦めた。
「分かった。私も『戦士』だからな。戦い続けるというのを止めはしない。だが、私が、私の部下に責任が及ばぬ範囲で、勝手に君の手助けをする分には構わぬだろう?」
エースはそう言って、促すように空を見上げた。それを見たティムもまた、手摺を背に天を仰いだ。
上空には、悠々と舞う1機のKV──RF-104『バイパー(偵察型)』。
こちらの手札は既に晒している。
遠からず、このユタに残された人間たちの、その生存を賭したリアクションがあるはずだった。
●
終局である。
ユタ州オグデン第1避難民キャンプは唯一の補給路であった湖上の鉄道を破壊された。武器弾薬、食料、医薬品──生存に欠かせぬ戦略物資は、そう遠くない将来、底をつく。
故に、人々のバグアに対するリアクションは早かった。遠からず、どころではない。彼らの脱出を賭けた『攻勢』は、まさにその日に行われることになっていた。
「作戦の最終確認をするぞ!」
ユタ救出部隊司令部、会議室──
そのまま脱出作戦の作戦司令部と化したその部屋で、なにやら作戦部長と化したダン・メイソン(医療支援団隊『ダンデライオン財団』、車両班MAT(突撃医療騎兵隊)機関員)が皆を集めて言った。
『引越し』作業で慌しい室内の中央、地図の置かれたテーブルに関係者が集まってくる。このユタに派遣され、共に孤立した救出部隊の指揮官、百戦錬磨の精鋭『後衛戦闘大隊』の大隊長── ほか、ここの守備隊の隊長や市民の代表者、そして、このユタで戦う能力者たち、いずれも、このユタの厳しい苦難を乗り越えてきたタフな人間たちだ。
「まず、このキャンプ唯一の機動戦力たる後衛戦闘大隊が前面の野良キメラどもに攻勢をかける。目的は敵の誘引──囮だ。敵がこの攻勢に混乱する隙に、守備隊および避難民たちはこのキャンプを引き払い、旧ヒンクリー空港跡地まで移動。やって来る救出機に乗って離脱する」
そこで確認するようにダンが目をやると、指揮官は頷いた。救出機の手配は、彼が属するシスコの西方司令部が手配した。この救出機にはなんとしても来て貰わねばならない。でなければ、避難民たちは陣地もない敵中に孤立することになる。
大丈夫なのか、と訊ねてくる代表者に、ダンは手は打ってある、と答えた。これが成功すれば、バグアはヒンクリー方面に来るどころではなくなるはずだ。
「いや、それだけでなく。いくら誘引するとはいっても、ヒンクリーまで行く間にも敵は多くいるだろう?」
「なるべく負担はかけない。ルートはここと‥‥ここだ」
地図に赤線を二本引くダン。参加者たちは唸り声を上げた。
「確かに、これなら大量の人員を移動できるだろうが‥‥」
できるのか? との問いに、ダンは肩を竦めて見せた。できるか、ではない。やるしかないのだ。
「そして、俺たちMATと能力者たちは‥‥ このドサクサに紛れて州都に赴き、敵指揮官ティム・グレンの首を取る」
沈黙── 卓の周囲の喧騒だけが静かに響く。
ダンの視線を受け、能力者たちは頷いた。今更、覚悟を問うまでもない。
「いいか。前にも言ったが、死ぬ覚悟なんて考えるな。全ては、生きてこの地獄からおさらばする為の手段に過ぎないんだからな」
改めて念を押すダンは、しかし、信頼のこもった視線で見返されて、照れたように視線を逸らした。
「あー‥‥それじゃあ、皆、始めるぞ。祝杯は西海岸で、だ。奢れよ、お前ら」
●リプレイ本文
オグデン第1キャンプを発した後衛戦闘大隊は、キャンプ前面に展開する野良キメラ群に対して全面攻勢を開始した。
縦列突破から横列展開── MBTやIFVといった装甲車両の重火器で敵を殲滅しつつ、降車した歩兵を展開させて戦線を面でもって押し上げる。
「降車、降車! 動け、動け、動け!」
バートン少尉の声に押されるように、重火器を手にIFVから飛び降りていくジェシーたち。その中には戦う決意を新たにした無明 陽乃璃の姿もある。
「‥‥みんな‥‥赤槻‥‥さん‥‥どうか、生きて帰ってきて‥‥! ここは私が‥‥さ、支えます!」
救急セットを手に、兵隊たちと一緒になって泥まみれの雪へと身を投げ出す陽乃璃。州都へ往く仲間を想い、怯む心に鞭を打ち。隊列に飛び込んできたキメラを追い払っては、負傷兵の傷口を手で抑えて止血する‥‥
大隊が出撃してから30分後。キャンプの別のゲートから、全ての避難民を乗せてヒンクリー空港を目指す別の一団が進発を開始した。
隊列の左右両翼には、護衛の装甲車両の縦列。そして、その中央には──大勢の避難民を抱えた『列車』の車両が、線路の状態を確認するようにゆっくりと『前』へと進んでいた。
「たしかにこれならたくさんの人員をいっぺんに運べるけど‥‥ まさか『終点』のオグデンからさらに奥へと行こうとは!」
運転士が声を震わせる。既にここは敵地であった。長い間放置されてきたレールの状態は分からないし、全ての敵がいなくなったわけではない。案の定、護衛の車両からはすぐに発砲音が聞こえ始め‥‥レール上に紛れ込んだ獣人型がこちらに気づいて咆哮する。
だが、直後。キメラたちは列車の眼前に下りてきた『巨大な翼』によってあっけなく蹴散らされた。運転士が目を丸くする。その『翼』はF−201A3『フェニックス』──上空から人型降下したクリア・サーレクの機体だった。
「KV‥‥っ!? KVが来てくれたのかっ?!」
驚く運転士をよそに、新たに香坂・光のペインブラッド改が隊列後方に降下し、追い縋る敵の前に立ち塞がる。砲甲虫──対車両用の大型キメラが高初速の礫弾を撃ち放ち‥‥ 跳弾が装甲を叩く音にも、コクピットの光は怯まない。
「後ろへは一歩も行かせないよ! 『真雷光破』、食らえー♪」
光機の前面へ放たれる光波と放電。それに薙ぎ払われるキメラたち。その頭上を、避難民たちを救出する為の輸送機と護衛機たちが通過していく‥‥
「ユタ上空に展開中の全ての作戦参加機へ。敵機感知。小型HWと思しき反応16。1個中隊規模。0時方向より接近中」
傍らを飛ぶ多数の救出機を横目にチラと見やりながら、篝火・晶が捉えた情報を味方機へと伝達した。
「こちら『Dame Angel』。指示了解。‥‥さあ、ユタ避難民を救う為に出来うる限りの手を尽くすわよ」
リンクス改を駆るアンジェラが、複数のKVを引き連れて制空の為に前に出る。シュテルンGのソードは、晶の報告を聞いて「少ないな」と呟いた。以前だったら、敵の数はとてもこんなものでは済まなかった。
「聞いたか、ソード? 『お客さん』だ。接敵直後に初撃をかますぞ」
ロングボウIIを駆る井筒 珠美に声をかけられ、ソードは共に機を前進させた。センサーが捉えた敵へ向け、全てのマルチロックミサイルの発射態勢を整える。
「諸元入力完了。『レギオンバスター』────発射ッ!」
2機から一斉に放たれた無数の小型誘導弾は、16機の敵全てを呑み込んで爆発を連鎖させた。砕け散る装甲、宙に咲く爆炎の華──僅かに生き残った敵へ向け、アンジェラが正規軍機と突進を開始する。
その間に、救出機各機はサム・ゴードンの旅客機を先頭に、続々とヒンクリーの滑走路にアプローチを開始した。滑走路の状態は‥‥どうやら使用に耐えられそうだ。
「有希さん。こっちはどうにか守れそうだよ‥‥ だから、絶対、生きて帰ってきて‥‥」
降りてくる救出機を見上げながら、クリアが呟く。
避難民の救出はどうやらうまくいきそうだ。
後は、州都に突入した婚約者たちが無事に任務を終えて帰ってくるのを祈るばかりだった。
●
「州都上空に敵影なし‥‥これより地上に降下するよ。援護はお願いねっ!」
州都南東部、州間高速道路80号線上空──
眼下の市街地廃墟の中をまっすぐに走るハイウェイに向けて、葵 コハル(
ga3897)は愛機のシコンを失速寸前まで減速させ、人型による降下を開始した。
その左右に随伴し、降下中の無防備な機体を守るスレイヤー(守原有希(
ga8582)機)と破曉(美空(
gb1906)機)。その上空を、月影・透夜(
ga1806)のディアブロと阿野次 のもじ(
ga5480)のシュテルン・Gが上空支援の為に旋回する。
ふわりと滑空する独特の浮遊感── 眼前に広がる地表がせり上がる様に迫る中、コハルの右上を飛ぶ有希機が着陸ポイント周囲に煙幕を展開する。逃げ惑う獣人型のキメラたち。コハルは機を接地させると、そのまま装輪をバウンドさせながら路上を滑走。逆制動をかけて停止した。すばやく周囲へ視線を走らせ、47mm砲の銃撃で付近のキメラを追い散らす。そこへ、対地攻撃の為に低空侵入していたセレスタ・レネンティア(
gb1731)のシュテルン・Gが続けてアプローチを開始。垂直離着陸能力を使って、銃撃を続けるコハル機の後ろにピンポイントで人型降下する。
続けて美空機が着陸態勢に入った時、ヒンクリーと州都の間に位置し、岩龍による電子支援を行っている比企岩十郎から、敵接近を報せる連絡が入った。
「州都上空、高度8000に展開する敵編隊を捕捉。数は8。どうやら成層圏からこの機会を伺っていたようだ」
やはり来たか、と上空警戒を続けていた透夜が呟き、機首を上空へと向ける。敵はFL──蒼い三角錐型の高機動ワーム『フライングランサー』4機を含む、という追加情報に、のもじはふーんと鼻を鳴らした。
「さあ、ここが正念場だぞ」
奮励を促す岩十郎に礼を返す透夜。降下態勢に入った敵が陽光を反射してキラキラ光る。数は16。半分はダミーだろう。後方からのもじが放ったK−02がその内の半分を吹き飛ばし‥‥直後、火線を交差させながら、透夜機と9機のワームがすれ違い、2機のHWが炎と破片を撒き散らして落ちていく。
「その機体‥‥『有明の白い悪魔』か」
「うん。でも、今日は忙しいからまた今度ね」
降下してきた無銘エースのFLをよそに、構わず旧旅団司令部ビル方面へ向け飛び続けるのもじ機。のもじがティムを直撃するつもりとあらば、エースもまた追わないわけにもいかない。
「気をつけなさいよ。あなた、今、前門にゴッドのもじ、後門にもーっと怖いトーヤさんを抱えてるわよ?」
構わず水平飛行を続けるのもじ機に迫る4機の『蒼い槍』は、だが、直後、鋭角にその機動を変えた。ブーストの擬似慣性制御で素早く反転した透夜機が背後からその高火力で一撃したのだ。ライフルの連射により空に砕ける蒼石1機。直後、鋭角機動で宙を跳ね回るように互いの位置を変えた3機が、3方から透夜機を押し包む。
「それを待っていた! のもじ!」
「はいさ」
いつの間にかその機首を翻していたのもじ機が機首下の砲を撃ち放つ。どんな高機動機でも、攻撃の為には目標に機首を向けねばならない。どんなに速くても進む先が分かっていれば、幾らでも当てようはある。
透夜機を取り囲んだ3機のFL、そのさらに外側背後からのもじ機が放った攻撃に、最後のHWとFL1機が立て続けに砕かれる。
透夜自身もまた反撃に転じた。敵が無人機との連携で隙を埋めてくることは分かっていた。ならばその無人機を1機ずつ剥いでいけばいい。
透夜はギリギリまで敵機を引きつけると、再びブーストを焚いて突っ込んでくるFLに正対した。力場に包まれたFL機首の『槍の穂先』が、透夜機の煌く剣翼が、それぞれ相手の機体の装甲を抉る。鋭鋒に抉られた透夜機の破片がキラキラと宙を舞い‥‥一方、剣翼に裂かれたFLは二つに分かれて砕け散った。砕け散ったのは‥‥無人機だった。
「クッ‥‥!」
後方の死角からフェザー砲を放つ敵エース機。そこへ横槍を放つのもじ。後ろを取り返した透夜機がガトリング砲で牽制射を放ちつつ集積砲を撃ち放ち‥‥その光条に機体の一部を打ち砕かれて蒼石を空へと撒き散らしながら、、機体に練力を叩き込んだFLは高高度へと離脱していった。
「義理は果たしたぞ、ティム・グレン?」
この機体では最早勝てない。そう認識したエースはあっけない程いさぎよく戦場を離脱する。それを見送ったのもじは、むしろ感心したように呟いた。
「あ、やっぱり州都死守って感じじゃないのね。前からだけどフリーダム。好きなんだけどね、貴方とその職場スタイル」
一方の透夜は、戦場を『振り返り』ながら、地上の仲間たちを思った。だいぶ戦場から『引き離されて』しまった。戻る頃には既に終わっているだろう。
「決着をつけてこい。窮鼠猫を噛むと言うが、俺たちの牙は鋼をも裂く。そいつを見せてやれ」
一方、地上に降りた3機のKVは、元軍人のセレスタ機を中心に隊列を組むと、一路、ティム・グレンがいると思しき旧旅団司令部ビル目指して前進を開始した。
「『各員』に通達。これより作戦領域に進入します」
デルタ隊形の先頭、ポイントマンの位置についたセレスタが前方を警戒しつつ前進。左右後方についたコハル機と美空機が隊形を維持しつつ左右後方を警戒する。
その上空を、地上支援に専念することにした有希機が大きく旋回していた。上空から見下ろすと、地上の3機はまるで無人の野を行くが如く、であった。巨大な人型兵器の登場に、地上のキメラは逃げ惑うばかりで足止めすらかなわない。パッと地上で砲火が輝き、運の悪いトロルが1匹、逃げるところを背中から撃たれて雪上に赤い華をぶちまけ、倒れた。
「見えた。敵司令部ビル」
旧旅団司令部が置かれていたビルを射程に捉えたセレスタは、機が両腕部に保持した135mm対戦車砲を腰溜めに構えてそちらへと向けた。3点射で放たれた3発の砲弾は、緩い弧を描いてビルへと着弾。コンクリ壁をあっけなく貫いて内部で爆発する。
「各機、全周警戒。これでいぶり出されてくれればいいが‥‥」
警戒を促したそばから、警告の叫びが上がった。右方、廃ビルの上階に上がった元特殊部隊の強化人間が2人、窓枠から対戦車ロケット弾を撃ち放ったのだ。直撃を受けた装甲が一部融解、穴を開ける。直後、後方からコハル機が47mm砲弾を連続で叩き込み、廃ビルの壁面ごとフロアを瓦礫の山へと変える。
だが、本当の脅威に対する警告はその直前に発せられた。
「セレスタさん、後ろ!」
美空の声にセレスタは後部カメラのモニタに視線を飛ばし、そこに少年──ティム・グレンの姿を見出し、操縦桿とフットペダルを押し込んだ。十分に警戒していたはずのセレスタは、だが、その行動が遅れた。
「機体が‥‥重い!?」
悟ったセレスタが対戦車砲を手放し、リヒトシュヴェルトを抜き放つ。だが、その時には既にティムはその内懐に飛び込んでいた。廃ビルの瓦礫を踏み飛び、力場を拳に漲らせ──機剣を持つ指2本を続け様に打ち砕き、落ちる剣と共に飛び降り、膝関節部を破壊する。
真っ赤に染まった警告灯に舌を打ちつつも、セレスタはどうにか機のバランスを保ち続けた。だが、この先一度でも倒れたら、その時には恐らく二度と立てない。
だが、そのままそのセレスタ機を駆け上がったティムは、コハル機と美空機に向け光線銃を2発ずつ撃ち放った。盾を裂き、装甲を切り裂く光の刃。反撃しようとしたコハルと美空は、だが、照準の先にセレスタ機を見出し躊躇する。
「このまま盾にされ続けるくらいならっ!」
セレスタ機は自ら膝部を破壊して大地へと倒れ伏した。足場を失ったティムが一瞬、宙に浮く。すかさず47mm砲を放つコハル機。間合いを詰めた美空機がモーニングスターを振り下ろし──腕輪の力場でそれを『受け凌いだ』ティムが、苦痛に顔をしかめながらビルの陰へと跳び退さる。
「ティム発見! 繰り返す、ティム発見!」
上空を旋回していた有希機がそれを空から追いながら、地上の『全ユニット』に知らしめる。ビルの陰へと隠れたティムは顔をしかめながら、いまだ痺れの収まらぬ左腕に目をやった。
「まさかKVとは‥‥無粋な事を考える奴がいる」
この策を立てた奴は、どうやらこれまでの相手と違うようだ。やりようがあまりにも違いすぎる。
「つまり、貴方のゲーム盤はもう既に壊れているということです。これまでのルールが通用しないまでに」
迎えに来た強化人間の一人が諭すようにティムに言う。どうやらそうらしい、とティムも認めた。
気は進まないが、とそう呟いて‥‥ 渋々といった態で、ティムは『メルゼズ・ドア』のリンクを開いた‥‥
周囲のキメラたちが一斉に歓喜の咆哮を上げ── 脱出したセレスタを回収していたコハルと美空は、コクピットの中で思わず息を呑んだ。
それまで逃げ惑っていたキメラたちが全身に力を漲らせ、廃ビルの陰から1匹、また1匹とこちらを伺う。ビルの陰から現れる、人型キメラ『トロル』の姿──その向こうにさらに大型の『タイタン』がのそりと姿を現し、戦いの昂ぶりを咆哮に乗せ、その巨体に似合わぬ速さで走り出す。
「なんか‥‥ヤバい感じ。退く?」
「美空達は皆さんの為に戦うのであります。ですから最後まで戦うのを諦めないでほしいのであります」
冗談まじりに呟くコハルに、美空はその小さな身体に意気を漲らせてそう答えた。先日、美空は遺書を書いてこっぴどく怒られた。以来、皆のために努力を惜しまず、最大限力を尽くすことを誓っている。
「まぁ、生きて帰るまでが作戦だからねぇ。‥‥ムチャはしなきゃいけないところが難しいトコロだけど」
敵が『メルゼズ・ドア』を使ったのなら、本体が弱体化している今こそ叩くべき機会である。
だが、その為には、ここのバカみたいな戦力をこちらに引き付けておかねばならない。
「よしっ! あたしたちは、勝って、生きて帰る! 必ずだよっ!」
突進して来るタイタンをかわして、コハル機と美空機が左右に散る。タイタンが振るう巨大な大剣を盾で受け『弾かれ』つつ、美空機が手にした星球を横から膝へと叩きつける。その間にコハル機は装輪で下がりながら種子島を展開。タイタンとトロルが並ぶ直線上に機位をつけて発砲した。光線がタイタンを貫き、その背後のトロルまで撃ち貫く。焼かれた傷口を押さえ、ビルの陰へと逃れるトロル。タイタンは全く怯んだ様子をみせず、再び突進を開始する。
「こいつは‥‥思ってたよりヘビーなことになりそう」
手に汗を滲ませながら、コハルと美空は苦笑した。
●
「現在、ティム・グレンを上空より追跡中。座標──」
有希から報告を受けた装甲救急車は、キメラのいない地区を縫うようなそれまでの隠密機動から一転、キメラの跋扈する危険地帯を全速で一気に突破にかかった。
運転席にはMAT機関員、ダン・メイソン。助手席でナビを勤めるのはかつての相棒、レナ・アンベールである。
「200m先、R20。のち300m道なりで目標地点に到達です。‥‥崩落したビルの瓦礫が多数、転がっている道です。迂回したほうが安全ですが」
「俺がハンドルを握っている以上、そんな時間のロスはなしだ」
「了解。左車線の方が比較的ビルの崩落が小さいはずです」
車輪を滑らせカーブを曲がり、最小限のハンドル捌きで瓦礫を抜けていく救急車。後席、予備機関員として同乗したサム・ワイズナーが、ただ一言、「すごい‥‥」と呟く。
(なるほど、MATのトップドライバーというのは伊達ではないらしい)
ティム討伐の討ち手として荷室に乗り込んだ天羽 圭吾(
gc0683)は、そう納得しつつ眉をひそめた。患者が乗っていないためか、ダンの運転は容赦がない。装甲救急車は優れたサスを持つはずだが、中に乗った能力者たちは程よい具合にシェイクされている。
だが、その甲斐もあってか、能力者たちは雑魚との戦闘に消耗することもなく、どうやらティムの元まで辿り着けそうだった。全てをブッチして危険地帯を駆け抜ける──MATの面目躍如だ。
「『Exceed Divider』より全ユニット。ティム・グレン、ロスト。どこかビルの陰に隠れたらしい」
「AMB6了解。‥‥後はこちらで片を付けます」
通信機を持った鳳覚羅(
gb3095)が有希にそう告げる。マイクを置き、荷室に乗り合わせた皆を振り返る覚羅。綾嶺・桜(
ga3143)と響 愛華(
ga4681)が互いに顔を見合わせ、頷いた。
「ここで今までの腐れ縁を断ち切る。‥‥向こうもそのつもりではいるのじゃろうが、勝利の女神にはこちらに微笑んでもらうのじゃ」
「‥‥負けられないよね。私たちの背中には、大勢の人たちから託された色んなものが乗っている‥‥ 多くの命を、人生を蹂躙してきたあの子には、もう絶対負けられない」
桜と愛華の言葉に、マキナ・ベルヴェルク(
gc8468)は無言で二刀小太刀の目貫を確認した。
‥‥恐らく、この刃はティムには届かない。相手は遥か彼方の存在。全力を尽くしても、いや、自分では命を賭したとしても彼の地平には届くまい。
だが、それは戦わない理由にはならない。
戦うことでしか、自己の存在を表現できない。他者の認識を介してしか、己を識ることしかできない。‥‥それは破綻だ。分かっている。それでも、いや、だからこそ。自分から折れるわけにはいかない。
「まぁ、あれっす。ここまで来りゃ、後ぁ気合のモンダイっすよ。燃えろ大一番! 倒せバグア! ってね!」
赤槻 空也(
gc2336)がバシンッ、とマキナの背を叩いて気合を入れる。その衝撃にマキナは一つ咳き込んで‥‥『仲間』が隣にいるその事実に改めて困惑の表情を浮かべた。
「着いたぞ。思いっきりやってこい」
ダンがどこか広場の端に装甲救急車を停車させる。覚羅が後部扉を開いて飛び出し、圭吾と共に走りながら周囲に銃口と警戒の視線を向ける。
上空には旋回する有希の204── ティムがいるとすればこの周囲の屋内か。有希が上空から観察している以上、まだ遠くへは行けていないはずだ。
「捜索する。各員、隊列を展開。固まるな、広がれ。相互に支援できる距離を維持」
手信号でそう伝えながら、覚羅が前進を開始する。愛華は隣の桜と目を見て頷き合いながら、その後に続いて歩き出した。
‥‥静かだった。KV組に誘引されたのか、周囲にキメラの姿はなかった。見覚えのある無人の町並み──守れなかった州都を想い、愛華はひとり「戻ってきたよ‥‥」と誰にともなくそう呟く。
直後、遠く周囲の町並みから、キメラたちの咆哮が轟いてくる。「ティムが『メルゼズ・ドア』を使用したようだ──」 そうKV組から無線で知らされたのは、それから程なくしてのことだった。
「性質(タチ)の悪い‥‥ 子供のおもちゃには過ぎた力だ。おいたが過ぎるってもんだぜ」
キメラたちの遠吠えを聞きながら、圭吾が肩を竦めて見せる。だが、本人が弱体化しているならば、その間、屋内に身を隠している可能性は高い。能力者たちの探索の足が速くなる。
一方、装甲救急車に残ったダンたちもまた、すぐにでも来るかもしれない危機に備えて離脱の準備を進めていた。
「いつでも出られるようにしておけよ」
「了解。‥‥ってあれは?」
路上に何かを確認して。レナはダンが止めるのも聞かずに救急車の外に出た。
「おいっ!」
「大丈夫ですって。何年、キメラの相手をしてきたと思って‥‥」
路上にしゃがみこむレナ。落ちていたのは白い獣の毛のようなものだった。レナはハッとした。確か、ティムとかいうバグアの長は、白狼型のキメラを常に側に置いている。
「ダン! もしかして、この痕跡を探せば‥‥!」
レナに誤算があるとすれば。それは、彼女には銃弾の相手をした経験がないということだったろう。
レナが立ち上がった瞬間、銃声が響き渡り──肩口に被弾したレナは自らが飛び散らせた血の雪上に倒れこんだ。
「レナさん!」
叫ぶサム。ダンは装甲救急車を急発進させて、車体を狙撃手とレナの間に割り込ませた。後部扉からサムが血塗れのレナを引っ張り上げる。
「レナはっ!?」
「右肩部に貫通銃創っ‥‥止血しますっ!」
すぐに応急処置に入るサム。ダンは無線機に向かってがなりたてた。
「有希っ! こっちから左前方のビル上階に狙撃手が潜んでいるっ!」
「っ!」
ダンが皆までいうまでもなく、有希は目標へ向け降下を始めていた。崩れかけたビルの瓦礫の中を、逃げ出す狙撃手の姿が見える。降下を続けながら、有希はそのビル周辺に誘導弾の照準をロックした。そして、そのままありったけの弾数を地上へと降り注がせる。
「なんだっ!?」
レナへの銃声と、そして有希が行った空爆に、探索に向かった能力者たちが足を止める。そこへ爆発が連載して崩れ落ちる廃ビル群。その粉塵の向こうに、こちらと同じ様に驚いているティムと強化人間たちを見出したのは偶然だった。
完全な遭遇戦である。不意をつかれたのは彼我の両者。我に返った双方は、まず、敵の射線に晒されている我が身を手近な遮蔽物に隠れさせた。
遮蔽物の陰から闇雲に放たれる牽制射。最も早く混乱から回復し、意味のある行動を取ったのは強化人間の一人だった。ドアの使用で弱ったティムを引っ掴み、空いている屋内へと放り込んだのだ。
「ティム!」
宿敵の存在を確認した桜と愛華が互いに顔を見合わせ、突破する、援護してくれ、と皆に叫ぶ。
覚羅は考えた。敵の数は、元特殊部隊の強化人間が4人。いずれも銃器と銃剣で武装している。ランチャーを持った2人と狙撃手はKVとの戦闘でリタイアした。いずれもメルゼズ・ドアで強化されてはいるが‥‥4人であれば、突破できなくなくはない。
混乱から立ち直った敵は、一人を左側の建物へと移動させて、こちらを十字砲火に捉えようとしていた。覚羅は決断した。桜と愛華に頷きを返し、圭吾たちに呼びかける。
「まずは裏から回り込んで左の敵を排除。後、中央を潰します。マキナさん、ついて来てください。圭吾さんと空也君は援護を!」
以降は口に出さず、桜と愛華にタイミングを見て突破するよう目で示す。頷き、匍匐前進で右へと回る桜と愛華。それを確認した覚羅もまた、マキナと共に下がって左へと回り込む。
「よし、やるぞ坊主」
「坊主じゃねぇ。空也だって!」
圭吾は閃光手榴弾のピンを抜くと、それを一つ離れた壁の陰にいる空也へと放ってやった。そのまま遮蔽物の陰から小銃『シエルクライン』の銃口を突き出し、ブリットストームによる制圧射撃を実施する。その激しい弾幕に頭を抑えられ、壁の陰へと隠れる中央2人。その間に空也が渡された閃光手榴弾を左の建物の窓枠へと放り込む。
「俺らぁ、ウシロに目は付いちゃいねぇ! まずは確実に数減らすぜッ!」
炸裂する閃光と轟音に、瞬間、屋内からの銃撃が止む。その隙に室内に飛び込んだ覚羅の援護射撃の下、二刀を引き抜いて走ったマキナが目の眩む敵へと肉薄。両の刀身を一閃させて敵を切り裂き、床へと蹴り倒して首筋に刃を突き立てる。
「よしっ、このまま‥‥!?」
中央の敵の背後に回りこもうとした覚羅とマキナは、だが、眼前に現れた敵の姿に、瞬間、その身を固まらせた。敵の背後に味方を回り込ませる、という作戦は、敵もまた同じだった。
「行ってください。邪魔は、させません」
覚羅にそう告げ、眼前の敵に跳びかかるマキナ。覚羅は一瞬躊躇したものの‥‥30秒粘ってください! と叫んで中央の敵へと突進する。
マキナが相対した強化人間は、パワーも、スピードも、マキナより上だった。左右の連撃をかわされ、腹に膝を一発貰い‥‥そのまま手首を捻られて背から床へと打ちつけられる。抜き放たれるナイフ。その刀身を他人事の様に見つめながら、マキナはその強さに憧憬にも似た想いを感じていた。
恐らく、自分よりも何倍も戦闘の──人殺しの訓練を受け続けていたであろう練達の兵。より強い力に敗れるのが戦の力学。だが、味方の刃があのティムに届くのならば、この敗北にも意義はあるだろうか‥‥?
「マズい!」
「行け、坊主」
マキナの危機を見た空也が『瞬天速』で地を翔ける。一人になった圭吾に対する中央からの応射は苛烈だった。幾つもの弾着が遮蔽物に弾け、砕けた破片の一つが圭吾の眼鏡を砕いて額を切り裂く。舌を打って遮蔽に隠れ、袖を破いて額に巻く圭吾。敵の銃口は走る空也に向き‥‥その火線が放たれる中、間一髪、左の建物へと前転で転がり込む。
「負けっかよっ! ここで! 全部ッ! 終わりにさせちまおうぜッ!」
マキナにナイフを振り下ろそうとした敵を巨大な『拳』でもってぶん殴る空也。吹っ飛んだ敵はそのまま屋外へと転がり出て‥‥2対1を不利と見たのか、その戦場から離脱する。
一方、敵中央側面に回りこんだ覚羅は、そのまま足を止める事なく2人の敵へと突っ込んだ。
味方が向かった方角から、突如現れた覚羅に驚く敵。覚羅は振り上げた直刀をそのまま地面へ叩きつける。
「道を拓く‥‥っ! 受けろ、鳳凰の羽ばたきをっ!」
『十字撃』による一撃が、中央にいた敵2人の真ん中で炸裂する。2人は慌てて覚羅から距離を取ろうとして──その中の1人、こちら側へと下がった一人が、止血を終えた圭吾に背後から撃たれて崩れ落ちる。驚き、遮蔽に身を隠すもう一人。その正面から覚羅が剣を振り被る。
その傍らを、機を伺っていた桜と愛華が駆け抜けた。メルゼズ・ドアを使用中のティムは部下に言われるがまま、『暗殺者』たちの魔手から逃れるべく後退を始めていた。だが、その足元はおぼつかず、大した距離は逃げれていない。
ティム・グレン! と桜が叫んだ。苦しそうにティムが振り返る。
「この一撃で全てを断ち切る! おぬしとも色々あったが、それも全てこれで終いにするのじゃ!」
『瞬天速』でもって一気に距離を詰める桜。そこに、まるで庇うように白狼型が突進し‥‥吐いた吹雪を突破してきた桜に上段から切り捨てられる。
その横を『瞬速縮地』で駆け抜ける愛華。受けようとするティムを振るった砲身で弾き飛ばし、眼前にガトリング砲をつきつける。驚き、目を見開くティムに、一瞬、その砲身が揺れる。奥歯を噛み締め、引き金を引く愛華。必死に火線の下を潜り抜けたティムが砲身を跳ね上げ、愛華の足を払い──だが、直後、間合いを詰めてきた桜の刀身を腕の力場で受け弾く‥‥!
「止めじゃ!」
勝利を確信した桜がその刀身を振り被り‥‥メルゼズ・ドアを解除したティムが跳び退さる。構わない。敵は手負いだ。桜と愛華は全てに決着をつけようと‥‥
‥‥だが、次の瞬間。突如、側面の廃ビルが音を立ててこちらへと崩れてきた。
いったいなにが、と叫んだ瞬間、口の中に埃が入って咳き込む二人。
粉塵はまるで煙幕の様に周囲を多い尽くしていた。
「BINGO。なんというか‥‥これもゴッドノモディのお導きかしらね?」
戦場に戻ってきたのもじが、逃げるティムを空から見つけたのは偶然ではなかった。
戦闘が行われている座標は皆に報告されていたし、それを元に逃走路を推察するのはそう難しい作業ではない。
空中を人型で浮遊、静止し、狙撃砲を構えるのもじ機。ん? 流石にこれじゃ威力がありすぎる? PRMを全て命中に回せば味方を巻き込む事なく撃てるだろうか。
だが、攻撃の直前、戦場に到達した最後のFLが直上から降ってきたのも、また偶然ではありえなかった。
「ティムはやらせん。やはり、最後まで付き合って貰うぞ、有明の」
「んなっ!? なに、その『横からイノシシ』みたいなのっ?!」
こちらより遥かに優速な突進攻撃を自爆気味に突き入れられ、一緒になって地に落ちる。
側に居たティムと桜、愛華の3人は、墜落地点のビルの崩落に視界を奪われた。もうもうと立ち込める煙の中、廃ビルの陰から飛び出してきた輸送用ワームがそのまま戦場を離脱する。
「有希さん!」
すかさず連絡を入れる愛華。有希機がそれに追いつき、上空からそれを狙い撃つ。
爆発、炎上する箱持ちムカデ。だが、その中にティムがいるのか確認する術はない。
見失ったティムを再び探し出すだけの時間的余裕も、既に失われていた。
●
美空機が膝に叩きつけた星槌による何度目かの一撃は、再びタイタンの分厚い筋肉によってその衝撃を逃がされた。
このユタの大型キメラは、ティムの方針によりすべからくその関節部を強化されている。なら、これで! と星槌を振り回して、フェイント一つ入れてから頭部を横殴りに引っ叩く。くらりとその身を揺らすタイタン。すかさず踏み込んだコハル機がソニックブレードで切りかかり‥‥ 直後、足を踏ん張らせたタイタンが振るう大剣を、寸前でたたらを踏んで仰け反りかわす。
「まだ倒れないっ?!」
叫ぶ二人の機の足元には、倒れて沈黙した3匹のトロル。だが、目の前のタイタンは未だ倒れない。
既に2機は洒落にならない損傷を受けている。このままではこのキメラの海の只中で、機を失って孤立しかねない‥‥
焦りに表情を曇らせる二人の前で、だが、突然、タイタンが苦しみ、倒れ伏した。メルゼズ・ドアが切れ、受けたダメージに耐え切れなくなったのだ。
周囲を散々にぎやかしてきた獣人型のキメラたちも、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
タイタンに止めを刺した二人に、ヒンスリー空港からの連絡が届いた。
曰く、こちらは無事に全員の救出を完了した。そちらの首尾はいかがであるか、と。
装甲救急車の運転席で、ダンは通信機のマイクを取った。
「ティム・グレンの生死は確認できない。それと‥‥レナが、撃たれた」