タイトル:Uta ユタ州、決戦前夜マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/23 14:19

●オープニング本文


 北米ユタ州、オグデン第1キャンプ、外縁陣地──

 まるで『悪魔が催した狂宴の跡』だ──
 人工的に作られた『丘』の上から激戦の跡を見下ろして、ユタ派遣独立混成旅団・『後衛戦闘大隊』長はそんな事を呟いた。
 陣地の前面は激しい砲撃により見渡す限り一面耕され、無数の弾痕がそこかしこで大地に穴を穿っていた。
 染み付いて離れぬ硝煙の臭い。地に倒れた無数のキメラの死骸、死骸、死骸── その攻勢に潰されたトーチカや装甲車両からは今も炎がチロチロと舌を出し、立ち昇る黒煙が蒼天の太陽を暗く煙らせる。
 明け方まで行われたキメラの大攻勢により、キャンプを守る外縁陣地の防衛線は破られ、最後の防衛線──丘の上の第3陣まで押し込まれた。敵を撃退することには成功したものの、今の外縁陣地には陣地と呼べるだけの価値がない。もう一度攻勢が行われれば、今度は守りきれるかどうか分からない。
「陣地の補修にどれくらいかかりそうだ?」
「自分たちは工兵ではないのでなんとも‥‥ ですが、出来る限り急がせます」
 A中隊第2小隊長‥‥ いや、中隊長が戦死した為、野戦任官で中隊を預かることとなったバートン『中尉』が大隊長にそう告げた。なんとも頼りない返事ではあったが、先程まで激戦を戦い抜いた兵たちにそれを求めることが酷であることは大隊長自身にも分かっていた。
「よろしく頼む。キメラ共も大きな損害を出したはずだから、そうすぐに攻めてはこないとは思うが‥‥このままだとキャンプの誰もが枕を高くして眠れないからな」
「枕で寝られるだけ贅沢ってものですな」
 大隊長は部下たちに督励の声をかけると、戦死者が埋葬された墓地に敬礼をしてから後方へと下がった。キャンプの『行政府』において各部の代表が集まり、以後の対応を検討することになっていたのだ。

 ‥‥外縁陣地とその守備隊は辛うじて維持され、後衛戦闘大隊もまた、IFVやAPCを保有する唯一の機動戦力としてその力を保持している。
 だが、西海岸へと続く唯一の補給路、ユタ救援鉄道は、先のHWの自爆により大塩湖上の堤が破壊。使用不能となっていた。

 『キメラの海』──野良キメラが跋扈する危険地帯に取り囲まれた数々のキャンプの中、かつては最も『外界』に近かったこのキャンプは。
 『蜘蛛の糸』を絶たれた今、最も孤立した場と化していた。


「外縁陣地の状況はどうか。使えそうか?」
 会議室に入るなり、『ユタ救出作戦』を統括する『救出部隊』の指揮官が大隊長にそう尋ねてきた。
 指揮官の表情は暗かった。無理もない。孤立した我々を救出する為にユタに入ったというのに、今はその自分が孤立する立場になっている。まぁ、これで、救助もなく敵中に取り残されてきた我々の気持ちが分かっただろうか、などと意地悪く思ってもみるが、結局、同じ境遇であると思えば心楽しかろうはずもない。
「現在、補修中です。我々(後衛戦闘大隊)も合流しましたし、暫くは持ちこたえられるでしょう。第3陣だけとはいえ、外縁陣地が保持できたのは大きいですよ。おかげで部下にまた市街地でのゲリラ戦をさせずにすむ」
 でなければ、今、ここも戦場になっていたかもしれない。これまで幾多の激戦を潜り抜けてきた大隊ではあるが、最も大きな損害を出したのは後衛戦闘の初期の頃、陣地に拠らずに戦った市街地での遅滞戦闘だった。
「とは言え、持ちこたえられるのはあと1、2回が精々でしょう。問題は武器弾薬です。唯一の補給路が破壊されましたから」
 大隊長がそう言うと、妙齢の女性が手を挙げた。この地で医療支援活動を行っているダンデライオン財団からこの会議に派遣されてきたレナ・アンベールだった。MAT(Medical Assault Troopers)──財団車両班・突撃医療騎兵隊の1隊員で、医療活動に忙しい医師先生たちに代わって、『相棒』のダン・メイソンと共にこの会議に参加していた。
「医薬品も不足しています。先日に発生した暴動により負傷者が多く発生し、大量の医薬品を使いましたから。特に抗生物質が足りません。このままでは近いうちに大規模感染症が発生する恐れがあります」
「食料はまだ備蓄がありますが、それももって1週間といった所です。配給を少なくすればもう少し伸ばせますが、供給が滞れば再び暴動が発生するでしょう」
 レナに続いて軍の後方支援担当者がそう言うと、出席者たちからため息が漏れた。「救出の目処はいつ立つのか」と市民の代表者が苛立たしげに訪ねてきたが、答えられる者はいなかった。貴様らはいい。なにもせずただ喚いていればいいのだからな。そう代表者に言いたげな指揮官に、大隊長は肩を竦めてみせた。市民たちの元に戻れば、その市民たちから吊し上げられるのはこの代表者だ。
「西方司令部はなんと言っているんです? 新たに戦力を出してくれるのですか?」
「航空優勢は確保している。東海岸でNS作戦が発動して以降、こちらにやって来るバグアの航空戦力は激減したからな。だが、救出の輸送機を出そうにも、このキャンプにはまともな飛行場がない。軍民合わせて6000人以上を救出できるほどにはVTOL機は数がない。ヘリではこの地に多くいる飛行キメラの餌食だしな」
 大型機の発着できるヒンクリー空港、或いはヒル空軍基地跡地までは、ここから20km以上ある。大多数の避難民を抱えて敵中を突破し、ここへ辿り着くことは容易ではない。
 或いはこれを見越して、バグアのキメラ群指揮官ティム・グレンは州都を先に抑えたのだろうか──そう考えて大隊長は眉をひそめた。実際には『偶然』なのであるが、そこまでは大隊長には分からない。
「敵指揮官ティム・グレンは、オグデン第1キャンプに対して降伏を勧告してきた。『生命は』保障するそうだ」
「なんて返答を?」
「『バカめ』と返答しておいた。何か問題でもあるかね?」
 指揮官の言葉に、市民の代表者は顔を青くし、大隊長は口元に笑みを浮かべた。元よりバグアに降伏など論外だ。結局の所、降伏云々のやり取りは覚悟を固める為の儀式に過ぎない。
「降伏はなし。外部からの救援も期待できない。‥‥となれば、自前でこの状況を何とかするしかない」
 MATのダン・メイソンが、会議参加者の顔を見回しながら淡々とそう告げた。何か策があるのか、と、縋るように代表者がダンに言う。
「なくはない。が、幾つか確認しておかなければならない事がある。避難民たちには、自らがどの程度までリスクを背負う覚悟があるのか。そして、軍には、そんな彼らを救う為に全滅を厭わぬ覚悟があるのか。‥‥そして、能力者たちには、俺と共に、自らとは関係のないこのユタの人々の為に、自らの身を危地において命を張る覚悟があるのかどうか、だ」

●参加者一覧

綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
美空(gb1906
13歳・♀・HD
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
天羽 圭吾(gc0683
45歳・♂・JG
赤槻 空也(gc2336
18歳・♂・AA
無明 陽乃璃(gc8228
18歳・♀・ST
マキナ・ベルヴェルク(gc8468
14歳・♀・AA

●リプレイ本文

 乾いた大地に雪が降る。
 ユタにまた、冬が来た。

●ユタ州、オグデン第1避難民キャンプ。外縁陣地外、市街地──

 セレスタ・レネンティア(gb1731)は周辺で最も高い廃ビルを見繕うと、崩れた内壁を蹴り跳びつつ4階──最上階へと移動した。
 手にした狙撃銃と視線を振って敵の不在を確認しつつ、崩れた外壁の陰まで腹這いになって這い進む。
 白い吐息を抑えながら、構えた銃のスコープを覗き込むと、世界は驚くほど静かだった。
 ──動くものはなにもなかった。
 視界は驚くほどクリアで、つい先日まで、砂塵に煙っていた同じ街とは思えない。まるで世界に一人きり── 天から降り下りた天使の羽根雪が、地上の醜い諸々を覆い隠してしまったかのようだ。
 無論、セレスタは夢想家ではないから、それが現実ではないことを知っていた。雪に覆われたこの美しい廃墟の町並みは、キメラの跋扈する危険地帯である。
「斥候班各位、こちら、セレスタ。ポイントアルファに到達。周辺に敵影なし──地上の様子はどうですか?」
「‥‥こちら覚羅。敵影なし。ポイントブラボーより50m‥‥ちょうど十字路を越えた辺りだ」
 セレスタが呼びかけると、借り受けた軍用無線機が、同じ斥候として市街地に入った鳳覚羅(gb3095)の返事を伝えてきた。
 だが、同じく斥候のマキナ・ベルヴェルク(gc8468)からは返事がなく、代わりに無線をON/OFFするカチカチ、という音が返ってきた。それはマキナが声を出せない状況にある事を意味していた。
 セレスタは覚羅に状況を伝えると、スコープ越しの視界をマキナがいるはずの地点へ振った。‥‥いた。白い軍用外套を重ねた人影が膝をついて地面を調べている。恐らく雪に残ったキメラの足跡でも見つけたのだろう。セレスタは視界を先に進め、敵影を探した。予想通り、マキナのいるちょっと先に狼人型のキメラがいた。狙撃は‥‥SESの有効射程外。セレスタは敵の位置をマキナに伝える。
 連絡を受けたマキナは立ち上がると、音がしないように慎重にそちらへと歩を進めた。
 音もなく淡々と二刀小太刀の一を抜き、まだ気づいていない敵の背後から音もなく跳びかかる。気づいた敵が振り返るより早く、マキナはその喉元に刃を走らせた。噴出す血液、暴れる狼人。敵の膂力に振り払われたマキナは着地と同時に地を蹴り、そのまま、振り返った敵の『鳩尾』へ小太刀を柄まで突き入れる。初撃で不意をつかれた狼人型は反撃する間もなく崩れ落ちた。
 と、そこへ突然、背後から別の咆哮。もう一匹いたのか、と驚く間もなく、振り下ろされた熊人型の鉤爪がマキナの頭部を掠めた。崩れる膝。傷から流れた血が視界の半分を赤く染める。
「マキナ君!」
 間一髪、駆けつけた覚羅が放った銃弾は、狙い過たず熊人の頭部を直撃した。力場を貫通した銃弾は、だが、熊人の分厚い頭蓋骨に逸らされた。表皮を削られ、パッと散る血の赤い華── 着弾の衝撃にグラリと揺れる熊人の身体を、突進してきた覚羅が袈裟切りに斬り下げる。
 返す一刀で横に腹を裂かれ、熊人がドゥと地に倒れる。大丈夫ですか、と振り返る覚羅。当のマキナは傷口を押さえて地に倒れ‥‥ ハハハ、と思わず笑い出した。
「ど、どうしました?」
「‥‥いや、我ながら度し難い性分だな、と」
 自嘲するマキナ。──ああ、戦場。これこそが戦場だ。医療支援? 避難民との交流? 自分自身すら『他人事』な自分に、いったい何が語れるというのか。
 そもそも、自分には、他の傭兵たちのようにこの地に思い入れがない。故に、ここで自分にできる事は、一戦闘員として戦うのみ。──ただ、血を流す為に戦っている。ただ、苦しむ為に生きている── 当たり前と思ってきたその生き様が、だが、妙にイラつくのはなぜだろう‥‥?
「少数での進入‥‥斥候、というわけではなさそうですね」
 地に倒れた死骸を調べて覚羅が呟いた。死骸に変わった所はなかった。キメラの知能は獣程度。機械化されていない以上、これが斥候である筈はない。
「では、なぜわざわざ少数で行動を‥‥ もしかして、『野良』なんでしょうか」
 顎に手をやり、覚羅が唸る。もしそれが事実であるとしたら、この辺りのキメラはまだ『統率』されていない──それは即ち、ティムがまだこちらへ進出していないことを意味している。
「確認しに行きますか?」
 傷口を押さえたマキナが立ち上がりながら覚羅に告げる。覚羅は苦笑した。州都はここから50km以上離れている。行って返ってくるには流石に遠すぎた。


●同刻、オグデン第1キャンプ。救出隊本部、会議場──

「では、キメラの死骸の後始末と、避難対応マニュアルの改訂はすぐに取り掛かるということで‥‥」
 能力者代表の一人として会議に参加した守原有希(ga8582)は、会議前半の結果をそう纏めた。
 それを受け、各代表者は即座に関係各所へ指示を飛ばし始める。実際的な作業はさすがに早い。有希は改めて彼らを頼もしく感じた。
「で、ティムが抱える元特殊部隊の強化人間たちなんですが‥‥」
 雑然とする会議室の中で、有希は改めて指揮官に小声でそう尋ねた。
 指揮官は眉をひそめた。かつてティム暗殺作戦の一環として敵地に侵入した特殊部隊──生き残った10人ばかしが洗脳され、強化人間としてティムの配下にいる。彼らにキャンプに入り込まれ、内部から引っ掻き回されるのが一番『怖い』ことだった。‥‥その事実が、市民に漏れることも含めて。
「それはこちらで手配する。‥‥彼らは元々、西方司令部隷下の人間だ。資料はすぐに揃うはずだ」
 すみません、と肩を落とす有希に、指揮官は頭を振った。ユタ派遣旅団の要請に応じて、特殊部隊び派遣を決定したのは自分だ。後始末はつけなければならない。
「あ、それなんだけど。『迷子』が直接入り込む可能性もあるんじゃない?」
 と、そこへてくてくとやってきた阿野次 のもじ(ga5480)が、ダンの背にのしかかりながらそう言った。背に張り付いたのもじをダンは引っぺがそうとしたが、やがてそれも面倒臭くなって諦めた。
「『迷子』‥‥?」
「そう。ティム・グレン本人。『迷子』を見た人がいないか、早急に確認した方が良いと思うわよ? 特に子を持つお母さん方。ああ、偉大なるご近所一声運動。人の親なら、他人の子でも『気をかける』ものだし」
 ともかく、進入している連中がいれば、早期に発見して人知れず包囲殲滅するしかない。ダンに負ぶわれた呑気な体勢でのもじが怖いことを言う。

「能力者による州都への偵察許可は出して頂けますか? 許可が出れば、すぐにでも偵察隊を派遣できますが」
 各種事案への指示出しが終わり、議題がダンの言う『策』へ及んだ時。有希が再び挙手をしてそう提案した。
 どんな作戦を行うにせよ、この状況で情報不足は危険だった。敵の布陣と敵将の位置、そこから割り出される攻勢の規模や侵攻ルートの想定くらいはしておきたい。
 だが、ダンは、できれば今はまだ『能力者』という切り札の存在は伏せておきたい、と(のもじを乗せたまま)頭を振った。
 どういうことか、と訊ねられて、ダンはテーブルの上の地図に手をやった。彼の言う『策』とは、ここから打って出る『攻勢』だった。
「まず、このキャンプで最大の遊撃戦力である後衛戦闘大隊が、前面の敵に対して攻勢に出る」
「こっ、攻勢!? この陣地から、外に出て!?」
 声をひっくり返したのは、大隊長ではなく市民の代表者だった。当の大隊長は無言で腕を組んだ。‥‥敵は先の攻勢で多くの戦力を失っている。突破は可能だろう。だが、敵がこちらより圧倒的多数であることに変わりはない。
「分かっているとは思うが、この攻勢は『囮』だ。大隊の攻勢に敵が混乱、誘引されている間に、ここのキャンプの人間全てを連れてヒンクリー空港跡まで移動する。道中の護衛はここの守備隊。空港に着いたら、西方司令部が手配した輸送機に乗っけて全員を運び出す」
 市民の代表者は口をあけたまま絶句した。無謀な賭け、その一手に全てを賭けて、一気にここから逃げ出そうというのだ。とても『策』なんてよべる代物じゃあない。
「言いたいことは分かっている。‥‥だが、この脱出行も『囮』だ。本命はこっち‥‥州都のティム・グレンだ。俺たちMAT──突撃医療騎兵隊が混乱する敵中を突っ切って、奴を倒せるだけの能力者たちを州都まで送り込む」
 その場にいた全員が、今度こそ絶句した。数秒の沈黙── 勝ち目はあるのか、と代表者がようやくそれだけを搾り出す。
「航空優勢はこちらが確保している。それはつまり、敵も補給に難儀をしているということだ。以前と違い、航空支援だって期待できる。それほど無謀な賭けと言うわけでもない」
 最初にダンの作戦を受け入れたのは、能力者と軍人たちだった。このままここで持久していてもいずれ押し潰されるだけだ。である以上、攻勢をかけるしかなく、そして、その機会はただの一度しかない。
「‥‥命を張る覚悟? 皆に代わって先回りして返答しておくわね。‥‥傭兵たちからの回答は、『馬鹿め』よ」
 その背からぴょんと飛び降り、のもじがダンにそう言った。
 待ってくれ、と止めたのは、市民の代表者たちだった。彼らはそこまで思い切りが良くなかった。或いは自棄になれなかった。
 そんな彼らに有希が向き直った。
「バグア統治下にあった人々の末路を、うちは実際に見聞きしてきました。生きたまま生体機械や化け物にされる‥‥そんな結末、うちは願い下げです」
 求めるのは貴方たちの全力だ、と有希は言った。皆の全力の集まりは、先日の民兵たちが示した通り、それだけで力を生む。
「それは‥‥少し酷な話じゃないか?」
 有希の言葉に反論したのは、それまでその場にいながら一言も発しなかった天羽 圭吾(gc0683)だった。元フォトジャーナリストであり、この会議にも中立者的な立場で参加していた。能力者でありながら、思うところあって長く傭兵稼業から離れていたこともあり、その視点は避難民たちのそれに近い。
「‥‥民兵として武器を取り、戦える者はまだいい。目先の目標が明確になり、余計なことを考えずに済むからだ。‥‥だが、戦う術のない女子供は他人を頼ることしかできない。己の無力、不安、疑念だけが、心身を蝕んでいくんだ。軍を、能力者を信じていいのか。全員が助かるなどありえるのか。いざとなったら、見捨てられるんじゃないか、ってな」
 圭吾は奥の椅子から立ち上がると、空いていたテーブルの席の一つに座った。そのままやる気なさそうに胸ポケの煙草に手をやって‥‥空になっているのに気づいてくしゃりとそれを握りつぶす。
「‥‥なにも、無理に軍とか能力者とか、立場の違う人に合わせなくていいんですよ。でも、軍と市民と能力者、皆がそれぞれの全力を束ね、未来を掴む‥‥ これが皆の最終目的の筈でしょう」
「ああ、勿論、その通り。だが、基本的に、彼らにはリスクを受け入れる覚悟がない。彼らが最も優先する価値観は自己保身のそれなんだ。それが正しいか正しくないかはまた別の話だが、そんな相手に正論をぶったところで、『説得』なんてできるもんじゃない」
 淡々と答える圭吾に、有希は言葉を詰まらせた。圭吾は有希に答えながらも、どこか自分に語りかけているようだった。
「でも、納得してくれなきゃ、未来はありませんよ?」
 沈痛な表情で語る有希。上着のあちこちを探した圭吾は、ようやく1本、煙草を見つけて火をつけた。
「‥‥ああ。だから、どう納得させるか、だろうな」
 不味そうに、圭吾は煙を吐き出した。


●オグデン第1キャンプ。ダンデライオン財団、医療拠点──

 前線以外にも戦場があるとすれば、そこはまさに戦場であったろう。
 医者志望という事もあり、医療活動の手伝いに財団の医療拠点にやってきた無明 陽乃璃(gc8228)は、両開きの扉を開けた瞬間、その只中に叩き込まれた。
 病院の待合所には、先の暴動で怪我をした一般人と、キメラとの戦闘で負傷した兵隊たちとが運び込まれていた。むせ返る熱気と、薬品と血の臭い── 苦痛の呻き声が澱んで溜まり、その身に纏わりついてくる──
「‥‥あ、あ‥‥何、これ‥‥こんなの‥‥」
「無明さん!」
 その身を硬直させた陽乃璃は、看護師が呼ぶ声に叩かれ、我に返った。廊下にまで溢れた怪我人たちを避けつつ、看護師について先へ進む。
「も、もう大丈夫ですよ! 今、治しますね!」
 陽乃璃がつれてこられたのは、重症患者が集められた部屋だった。練成治療でともかく動脈からの出血を止め、次から次へと患者を移る──
 だが、命を救う実感を得られたのは最初の数分だけだった。練力を使い果たした陽乃璃は、すぐに軽症患者に移された。部屋を出る際に聞こえた悲鳴がいつまでも耳にこびりつく‥‥

 一方、美空(gb1906)もまた、にわか看護師として医療拠点のお手伝いにやって来ていた。
 本来は厨房で料理で貢献しようとしていたのだが、その余りの惨状にこちらへ配置転換となったのだ。
 ぐちゃぐちゃになって入り混じった『食材の残骸』をドドンと前にして、包丁を手に目元を暗くした美空が口の端を引きつかせる。
「きょ、兄妹二人暮らしの長かった美空は戦闘以外も引く手数多! 過酷な医療関係もこなせる万能超人なのですよっ?!」
「料理以外は?」
「くっ‥‥!」
 だが、実際、美空は馬車馬の如く働いた。事務、応急、看護、雑務‥‥八面六臂の仕事っぷりだ。
「あ、エミタの支援があるので、少しくらいの無茶は平気でありますよ」
 少しでも他の医療関係者を休ませようと汗を拭き拭き笑う美空。医師の一人、スコットは、苦笑しながら首を振った。
「ここの仕事はね。身体より先にまず心が疲れてくるんだよ」
 思いがけず暇な時間を手に入れた美空は‥‥横になっていたソファから飛び起き、荷から筆箱を取り出した。
「拝啓、兄上様。美空は今、ユタ州オグデンにおります。美空の全存在を賭けて日々忙しくしておりますゆえ心配御無用。無事の帰還は‥‥ちょっと無理かも。でも悲しまないでください。美空は死に場所を見つけたのであります。先行く不幸は武功の誉と‥‥」
 きっちりと音読しながら書き上げる美空。それを同じく休憩に来た陽乃璃が聞いてしまった。
「み、美空さん、それは‥‥」
「遺書であります。何通かしたためて、先生たちに預けていくいくのです。‥‥それが美空の覚悟なのであります」
「い、遺書!?」
 美空はそう言うと、手紙を手に部屋の外へと出て行った。そのままその場に立ち尽くす陽乃璃。そこへ、陽乃璃が信頼する先輩傭兵たる赤槻 空也(gc2336)がやって来た。この後、陽乃璃と空也は士気向上の為、避難民たちの前で一芝居打つ手筈になっていた。
「よし、んじゃあ、本番前に最後のリハーサルといっとこうか」
 明るく、ポンと手を叩く空也。顔を上げた陽乃璃はチラと空也を横目で見やり‥‥台本にあった台詞を紡ぎ出した。
「‥‥『明日はここも激戦になります。‥‥勝てるんですか? 私たち、生き残ることができるんですか?』」
「おお、気合の入ってんな‥‥あー、『勿論です。皆さんは軍と私たちが守ります。皆さんは心を強く持ち、私たちを信頼して‥‥』」
「‥‥ほんとの‥‥ ほんとの、ホントのホントにっ! 勝てるんですか!? 皆、助かるんですか!? 赤槻さんたちと違って、誰も彼もが戦えるわけではないんですよっ!?」
 その時、初めて、空也は陽乃璃の様子がおかしい事に気づいた。空也が伸ばした手を、陽乃璃が振り払う。
「みな、みんな‥‥死んでしまう。死ぬのはいやあああっ!」
 トラウマを刺激され、パニックに陥る陽乃璃。その両肩を空也が掴み上げた。
「落ち着け! 忘れたのかよ、『俺らが頑張りゃ変えられる』ッ!」
 その言葉に、陽乃璃はハッとした。落ち着きを取り戻したその様子に、空也がホッと息を吐く。
「‥‥ったく。バーカ。なにガチでパニクってんだ?」
「あぁ‥‥血が‥‥」
 見れば、空也の手から血が出ていた。さっき、陽乃璃が振り払ったとき何かに引っ掛けたらしい。陽乃璃はすぐに応急手当を始めた。それを受けながら、あらぬ方を向いて空也が呟く。
「死なせねーよ。誰も。俺らがよ」
 陽乃璃は泣き続けた。空也は困ったように頭を掻き‥‥
「飯を食おう」
 と、その手を掴んで引っ張った。


●オグデン第1キャンプ、仮設住宅街。その端の広場に仮設された民兵用訓練場──

 会議を終えて外に出た圭吾は、そのままキャンプの住宅街へと向かった。
 その端にある広場では、後衛戦闘大隊の一部が能力者たちと一緒に、志願した民兵たちの訓練をしているはずだった。
 だが、そこで行われている訓練は、圭吾が想像していたものとは違った。いや、体力訓練などは十分に激しいものなのだが、その中に火器の実射訓練がなかったのだ。なるほどね、と圭吾は肩を竦めた。武器弾薬の欠乏は、彼らの訓練にも影響しているらしい。そして、それは、軍がこの民兵たちを戦力として数えていない事も意味していた。
「わしらが教えられることはしっかり教える。じゃからしっかり覚えて‥‥生き残るのじゃぞ!」
 とある民兵の班の一つ。整列した民兵たちの前で、巫女服に襷がけをして薙刀を持った黒髪の少女がそう訓示を述べていた。
 能力者の綾嶺・桜(ga3143)だ。こんなナリだが潜ってきた修羅場の数は馬鹿に出来ない。ちなみに、異国の装束を身に纏ってキャンプのあちこちに顔を出すこの少女は、常に一緒に行動する『親友』の犬耳尻尾、響 愛華(ga4681)とセットでマスコット的な扱いになりつつある。
「今から教えるのは棒術よ。攻撃はともかく、防御なら覚えておいて損はないわ」
 桜の横で、長い物干し竿を立てて構えた葵 コハル(ga3897)が、それをぶんと振ってみせる。桜の薙刀と基本動作を数合打ち合わせ、それを隣の者と練習させる。
「こんな訓練、キメラ相手に意味あるのか?」
「ないでしょーね」
 離れた場所から訓練を見守りながら、コハルは隣に立った圭吾の質問にあっさりとそう認めた。相手は軽装甲くらいならひん曲げる膂力を持つキメラたちだ。人間の体力ではとてもその攻撃は受けられまい。
「だが、兵はその手に納めた得物の存在に、己が内の恐怖を忘れる、か‥‥」
「そういうこと。一般人が最も生き残る確率が高いのは、他人に構わず一目散に逃げ出すことだけど‥‥逃げられる場所なんて、もうないしね」

 訓練がひと段落すると、陽乃璃の手を引いてきた空也が、「飯にしよう!」と呼びかけた。
 飯と言っても、この場の皆だけでなく、住宅街の市民たちも含めてのものだった。
「そういえば、ジェシーたちとも長いつきあいじゃのう」
 ジェシーとウィルたちとテーブルを囲みながら、桜はしみじみと呟いた。それを聞いた愛華が最初の任務を思い出す。‥‥あれはまだプロボ市にも到着していない頃。キメラに追われながらの雪中の逃避行だった。
「『トロル』の足止めしたり、『飛竜』の『巣』に入ったり‥‥プロボからの敗走とか、なんかずっと負け続けだったね」
 思えば、ユタ州都南部の戦いは、その殆どがジェシーたち後衛戦闘大隊と共にあった。最も初期にいた小隊員は、もうここのジェシーとウィル、トマス、そしてバートンしかいない。
「いよいよ、来る所まで‥‥いや、その一歩手前くらいカナ? まあ大して変わんないけど、とにかくココまで来ちゃったかぁ‥‥」
 愛華のその言葉に、コハルもまた遠い目で嘆息した。こんな抜き差しならぬ状況まで追い込まれた事実に眉をひそめる。勿論、その時その時で最善を尽くしてきたのだが‥‥ ここまで状況を悪化させてしまったことに、何とかできなかったのだろうか、と、不安とか、寂しさとか‥‥悲しさとかを覚えてしまったりもする。
 だが、避難民たちの関心は、やはり自分たちの生命に関わることにあった。この陣地は大丈夫なのか。線路の復旧はいつなのか。そういう事を訊ねてくる。
「線路の普及は無理だろう。だが、ダン・メイソンという男が、現状を打破する策があると言っている」
 圭吾がそう言うと、避難民たちはその表情を明るくした。ダンがどういう男かは分からないが、少なくとも財団とMATは彼らの信頼を得ているらしい。この状況がいつまで続くのか、いつ終わるのか。ゴールが見えないからこそ人々は不安になる。目指すものがあれば、耐える事が出来るだろう。
 だが、圭吾が作戦内容を伝えるにつれ、彼らの表情はまた暗くなっていった。それで本当に助かるのか? と顔を合わせて囁き合う。
「なんとかなるか? ではない。『皆で』なんとかするのじゃ。既に他人任せでどうにかなる状況ではないからの」
 呆れたように桜が言うが、避難民たちの不安は消えない。コハルは改めて状況を認識させることにした。
「このままでは、ただ押し潰されるのを待つだけの状況となっています‥‥ だからこそ皆さんを脱出させる為に、軍や財団はこの作戦を行う覚悟を決めました。もちろん私たち傭兵もです。ですから住民のみなさんにも、私たちを信じて、覚悟を決めて脱出に向けて動いて欲しいのです!」
 他人頼りではなく、自らの手で道を切り開く覚悟を。桜がそう言葉を続ける。
「なら、為す術もなく諦めて死を待つかね? それよりは可能性に賭けてみるのもアリなんじゃないか?」
 圭吾が言葉を続けても、避難民たちの踏ん切りはつかなかった。まぁ、自分と家族の命が懸かっているのだから当然だが‥‥ やはり、彼らに『覚悟』を求めるのは無理なのだろうか‥‥?
 ざわざわと席がざわめく中、空也は、避難民たちに苦労話を話してほしい、と話を振った。
 避難民たちは最初は遠慮がちに、自分たちの苦労話を語って聞かせた。急な避難を余儀なくされた話、『キメラの海』の中、助けもなくただひたすらに孤立していた日々── その中には、勿論、家族や友人を失った話も含まれている。
「そうッスか‥‥大変だったんスね‥‥ でも、ちょいと羨ましいッス」
 空也のその言葉に、唖然とする避難民たち。彼らが言葉を継ぐ間もなく、空也は再び口を開いた。
「だって、まだ守るべき、支えてくれる家族が残っているじゃないッスか。俺ぁ、家族も古い友人も‥‥皆ぁ殺されちまったッスから」
 水を打ったように、場が静まり返った。
「俺は羨ましいッス。みんなにはまだ、家族を守る為にやれる事がある‥‥ なに、大丈夫っスよ。怖いのは俺ら自身で崩れること。逆を言えば、俺らが輪を固めりゃ、もうどこまでもイケるって事ッスよ!」
 空也の叫びに、愛華も立ち上がって声を上げた。
「そうだよ! お母さんも言ってたよ! 未来は与えられるものじゃなくて、自分の手で掴み取るものだって!」
 ジェシーたち最初の生き残りは4人だけ。だが、それでも、彼らは生き残ってきた。大丈夫、私たちはやれる。今までもそうやって乗り越えてきたのだから!
「大丈夫。お姉ちゃんたち、頑張るから‥‥だから、君たちも諦めず、絶対に泣かないで。私たちを信じてね」
 近くで泣きべそをかいていた子に、微笑でそう語りかける愛華。それを見上げて、力強く頷く男の子。それを見た大人たちの中から、ぽつり、ぽつりと「やろう」、「やってやろうぜ」、といった声が出始めた。
「そーよ、過ぎた事を嘆いてもしょーが無いっしょ! 最後に立って、笑った人が勝ちなんだから、ヘコんでるヒマも無い!」
 両の頬をぱちこーん、と叩いて、コハルが立ち上がってそう叫ぶ。場の空気は完全に熱くなっていた。
 空也は泣いていた子供の一人を、陽乃璃の所へ連れていった。怯えていた陽乃璃の手を、その子が握ってにっこり笑った。
「赤槻さん‥‥こ、こんな私でも‥‥戦えるというなら、戦います! 一生懸命! だから、だから皆さんも! 私たちと一緒に戦って下さい!」

 完全に空気が変わった会場の中。圭吾は一人、醒めた目で食堂を見回していた。
「なるほどね」
 と呟く先には、ここから立ち去るダンの姿。その背でのもじが「英雄殿、ご苦労様」と意味ありげに呟いていたりする。
「恐らく、どう状況が動くか、外から観察していたのだろう。‥‥ということは、市民の間に何人かサクラがいたりしたのかね」
 そう看破してもなお。圭吾は無言で天を仰ぎ、その口の端を笑みに歪めた。
 どうやら自分はこういう空気が嫌いではないらしい。‥‥自分もまた、傭兵という仕事から逃げ続けてきた。避難民に対する苛立ちは、即ち、自分に対する苛立ちでもある。
(若き日の夢とは異なるが‥‥カメラを銃に持ち替え、正面から傭兵の仕事に取り組むのもいいかもな‥‥)


●夕刻。オグデン第1キャンプ、外縁陣地正面ゲート──

 威力偵察を終え、覚羅とセレスタ、マキナの3人がキャンプへと帰還した。
 進められる陣地の復旧──斜面を忙しく走る複数のドーザーが、戦場跡に横たわる多数のキメラの死骸を砲弾痕へと落とし込んでいく‥‥
 ユタ救出隊本部へ戻った3人は、報告の為に会議室へと足を運んだ。
「正面の敵は、未だティムの指揮下には入っていないと思われます。ティムはまだ州都にいるのでは」
 威力偵察の結果を報告する覚羅とセレスタ。その数歩後ろでマキナが他人事の様に沈黙する。
「では、改めて聞くとしよう。君たち能力者には、直接関係のないこのユタの人々の為に、命を張る覚悟はあるか?」
 作戦の決行を能力者たちに告げ、ダンは改めてそう尋ねてきた。 
「命を張る覚悟‥‥? そんなものはね、能力者になった時にとっくに済ませているよ」
 ダンの問いに覚羅は苦笑した。絶望に囚われて、泣き言を言っているだけなんてのは性に合わない。可能な限り、皆を助ける為の手段は増やしたい。
「全ての作戦に命を賭ける覚悟はできていますが」
「遺書は既に預けてあるのであります!」
 セレスタと美空が事も無げにそう告げる。最愛の人の婚約者、そして、友たちの故国です。命を張るのに、これ以上の理由がいりますか? と続ける有希。圭吾に関しては、覚悟を他人にとやかく言われる筋合いはない。
「お父さん、私、負けない」
 拳をギュッと握って呟く陽乃璃。愛華は一人、自らの拳を思いつめたように見つめていた。彼女が固めていたのは‥‥死ぬ覚悟でなく、殺す覚悟だった。
(お母さん、御免なさい‥‥私、悪い子になるよ。でも、後悔だけはしないから。死んでいった全ての人たちの仇を討つ為に‥‥大切なものを失った人たちの恨みを晴らすために‥‥ この地獄を1日でも早く終わらせる為に。お母さん、私は、『あの子』を──)
 悲壮な決意を固める愛華を見て、しかし、桜は大きく溜め息をついた。つかつかと背後に回り、手にしたハリセンで命を賭けると言った者たちの後頭部を片っ端から叩いていく。
「ちょ、桜さん、何を──」
「なにをみんなしてシリアスになっておるのじゃ! 全員助け、わしらも全員無事に戻る。それ以外の終わり方などあろうわけがなかろうて!」
 どうやら本気で怒っているらしい桜を見て、叩かれた者たちが呆気に取られる。
 それを見たダンが笑い出した。
「他人の為に命を懸ける──そう言うのは容易い。だが、自分の命を使命感如きの為に捨てられるような奴は、結局、いざという時には誰も救えない」
 ダンのその言葉に、レナは、ああ、そうか、と思った。共にペアを組んだ時から‥‥ダンが遠まわしに言ってきたことは、つまりはそういうことなのだろう。
「難しいことは俺にはよく分からないッス‥‥ただ、『平凡』であることは、とても大事なことで‥‥それを守るのは、きっと大事なことッス」
 空也が難しそうな顔で照れ臭そうにそんな事を言う。コハルの叫びはシンプルだった。曰く、「今と、これから出来ることをやるだけだっ!」。
 そんな傭兵たちの様子を見ていたマキナは、不意におかしくなって笑い出した。
 ただ、戦い続けてきた自分──無間の修羅道を駆け抜ける英雄足らんことを渇望してきたこの自分が、地獄の具現たる戦場でふと脳裏に掠めたこと──
 あぁ、つまりだ。こんな事は決して口が裂けても言えないけれど。
 決戦の為にと意気込み、心を共にして臨むこの仲間たちが。
 ──私は、羨ましくて仕方がないのだ。

「『馬鹿め』、か── 本当にその通りだったな」
 それぞれに覚悟を示して去っていった能力者たちを見送って。ダンはのもじにそう呟いた。
 レナたちを手伝うべく、医療拠点へ歩いていく桜と愛華。ナイチンゲールじゃなくって無骨な中年男で申し訳ないが、と圭吾が後についていく。
 コハルは子供たちの様子を見回るべく、住宅街へ戻っていった。みんなで歌とか歌ってみれば、また少し雰囲気が良くなるかもしれない。
 空也はギターを手にその後についていくことにした。その空也が差し出した手を陽乃璃が取って立ち上がる。
「じゃ、私も子供たちに笑顔と歌を届けに行くかね」
 そう言って立ち上がったのもじに、ダンは意外だな、と声をかけた。
「そう? 別にそんな事はないわよ? 私は自分に決めたルールは裏切らない。したいからしてるだけ‥‥ そういう意味ではバクアさんと距離間近いかもね」
 そう言って立ち去りかけたのもじは、ふと立ち止まってダンを振り返った。
「西方司令部に駄目元で『星条旗』の出張要請しとけば? 変な力学働くかもよ?」
 『星条旗』とは、西方司令部KV隊のパイロットで、『英雄』に祭り上げられたセシル・ハルゼイ『中尉』の事である。
 それを聞いたダンは、KV、KVか、と少しの間思案して‥‥出て行きかけたのもじに声をかけた。
「高速連絡艇がついたら、何人か連れて西方司令部に行ってくれないか? 少し、頼みたいことがあるんだ」