タイトル:美咲センセと鰻の見送りマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/30 21:31

●オープニング本文


 これが見納めになるかもしれない。
 そんな覚悟を胸に抱いて。兼業能力者・橘美咲は、これまで教諭として勤めてきた『なかよし幼稚園』の園舎を見上げた。
 イベントの度、幾度となくネタキメラの襲撃を受けてきたなかよし幼稚園── だが、園にキメラを送り続けていたバグア・ユーキは、美咲と能力者たちの手によって討ち取られた。もはや脅威は存在しない。これからはごく普通の幼稚園として、当たり前に存続していくだろう。
 だが、その代償として、美咲はこの園を離れなければならない。ユーキを倒す力を得る為に上級職への転職を選んだ美咲は、最初期被験者の一人として得た『兼業』の特権を失った。長い、長い戦いの末に美咲たちが勝ち取った、ささやかな勝利の証── それを得る為の大きな代償は、しかし、美咲自身が望んで払った対価だった。
「橘先生。あくまでも『休職』ですからね。戦争が終わったら、必ずここに帰ってきてください。ここに帰る為に、何があってもあきらめず生き抜いて‥‥」
 園長の送辞はそれ以上言葉にならなかった。咽び泣く園長に謝辞を言い、もらい泣きする同僚たちひとりひとりの手を握り‥‥ そうして別れを済ませた美咲は、親友・柊香奈が待つ車の助手席に乗り込んだ。
 ゆっくりと動き出すハッチバック。駐車場を出た所で、手描きの旗や横断幕を掲げて並ぶ子供たちの姿が目に入った。
「美咲センセー! 頑張れー!」
「美咲センセー、またねー! 元気でねー!」
 声をからして、或いは泣きながら、子供たちが手を振り続ける。車の背が見えなくなるまで、いつまでも見送る園長、先生、子供たち── 遠ざかる彼らの姿が交差点の角に消え、園舎が住宅の地平に沈み、その姿が完全に見えなるまで、美咲はそれを振り返り続けた。
 さようなら、みんな。さようなら、私の日常。たとえ私がいなくなったとしても、せめて彼らの日常は平和で穏やかでありますように。

 車は混雑する大通りを避け、交通量の少ない土手沿いの道へと入った。
 春には爛漫と咲き乱れる桜の木々も今はすっかり葉を散らし、土手の緑の原も枯れて一面黄色になっていた。薄ら寒い青空も薄く広がる雲に煙り、冬の顔でこちらを見下ろしている。
「‥‥美咲ちゃん、これからどうするの?」
 土手横の坂を上り終えた所で、運転席の香奈が美咲に訊ねた。
「ん? 電車で名古屋まで出た後は、そこから軍の高速連絡艇に便乗させて貰って、ラストホープまで一直線! って予定だけど」
「そういう事じゃなくて‥‥」
 これからの生活のこと。そう言いかけて、香奈はその口をつぐんだ。これからどうするのか── そんなこと、美咲ちゃん自身にも分かるはずがない。彼女はこれから、これまでの日常とは全く異なる環境に‥‥戦場に身を置くことになるのだから。
 車が蛇行した。
「おいおい、危なっかしいなぁ。やっぱり運転替わろうか?」
 そう笑って運転席の香奈を見やった美咲は言葉を失った。それまで気丈に振舞ってきた香奈が、目に涙をいっぱいに溜めていた。
「だ、大丈夫だよ。今日は私が美咲ちゃんを送るんだから。それに‥‥もういつまでも美咲ちゃんに頼ってばかりいられないから」
 車は橋を渡って市内へと入り、駅前ロータリーのコインパークに駐車した。
 香奈は荷運びを手伝う為、美咲と一緒に人気の少ないホームに入った。電車が来るまでにはまだ幾ばくかの時間があった。美咲と香奈は荷物と共にベンチの端に掛けた。互いに言葉もないまま時間だけが過ぎていった。
 そこへ、一組の若い母子が近づいてきた。美咲の大剣のケースを見て能力者だと気づいたらしい。
「お姉ちゃん、頑張ってね!」
「お気をつけて。無事のお帰りをお祈りします」
 パパの仇を取ってね、と告げ、はにかみながら去っていく男の子と若い母親。その背中に、美咲は立ち上がって礼をした。
「そうか‥‥ これからは園児たちの為だけでなく、ああいう人たちの為にも戦うんだ」
 なにやら感慨めいたものを胸の内に見つけて、美咲はそう呟いた。
 それを聞いて、香奈が顔を上げた。
「なんで美咲ちゃんが‥‥」
「香奈。大丈夫だよ。私は大丈夫。別に死ににいくわけじゃないんだから」
「嘘。このまま戦場に行ったら、美咲ちゃん、死んじゃうよ」
 香奈のその言葉に美咲は声を失った。‥‥図星だった。そのような気分は確かに美咲の心の内にあった。
「美咲ちゃん、園が襲われ続けた原因が自分だったって責任を感じているでしょ? 自分がいなければ、子供たちを危険な目に合わせたり、怖い思いをさせる事もなかったって。そんなの、美咲ちゃんの責任じゃないよ!」
 そうだね、と美咲は頷いた。確かに責任は自分にはない。だが、原因には違いない。
「それだけじゃない。美咲ちゃんは、祐樹君が死んだのも、バグアのヨリシロになったのも、みんな自分のせいだと思ってる! あのバグアを倒した今も、美咲ちゃん、ぜんっぜん吹っ切れてなんてない! そんなんじゃ、美咲ちゃん、戦場に行ったらすぐ死んじゃうよ!」
「わかった、香奈、わかったから‥‥」
「わかってない! 美咲ちゃん、全然わかってないよ! 私は、美咲ちゃんが無事でさえいてくれたら、せ‥‥!」
 その時、一際大きな車のブレーキ音が響き渡って、香奈はハッと言葉を止めた。顔を見合わせフェンスへ走る。音は駅前のロータリーから聞こえていた。激しいクラクションが鳴り響いている。
 ロータリーには、自分たちの車と客待ちのタクシーの他は一台しか車が停まっていなかった。クラクションの騒音はその一台が立てていた。
 見覚えのある一台だった。それは宅配業者のロゴの入った軽トラックで、知らず知らずの内にユーキのネタキメラを園に『配送』していた業者のものだった。その荷台には、嫌な予感しかしない小型のコンテナが乗っている。
 クラクションを鳴らしていたドライバー──宅配業者の社長は、美咲たちを見つけると車を降り、時計を気にしながら美咲たちのもとへと走ってきた。
「すいません、どうしたらいいか分からなくて‥‥ うちのコバヤシ君、あのユーキって人から勝手に期日指定の荷物も請け負っていたらしくて‥‥調べてみたらもうゴロゴロと!」
「じゃあ、なに? あの荷物ってまたキメラ!? どうして軍に連絡しないのよ!」
「時間がなかったんですよ! あれの指定配達日時、今日の正午なんです! こっちに来れば、美咲さんと見送りの能力者さんたちがいるって聞いてたんで‥‥!」
 慌てて駅の時計を見る。11:59分を指していた時計がカチリと動き、正午を報せる鐘の音を鳴り響かせる。
 直後、軽トラに乗せられていたコンテナが盛大に煙を噴出し、中から宙を泳ぐように何かが外へと鎌首をもたげた。
 それは長く、黒く、ぬるりとした有角のウナギ型のキメラだった。その角からパチリと小さく、稲光が明滅した。

●参加者一覧

綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

「うん、この苺も美味しそう‥‥って、なんだろう? 随分と外が騒がしいけど‥‥?」
 駅前通りの果物屋でケーキ作りに使う苺を探していたシクル・ハーツ(gc1986)は、駅前の方から聞こえてきた悲鳴交じりの喧騒に眉をひそめてそちらを見やった。
 小麦粉などが入った紙袋を抱え直し、フリルのワンピースを揺らしながら横断歩道を渡って駅前ロータリーを覗き込む。その横を、けたたましくタイヤを軋ませながら、1台のファミラーゼが滑り込んで来て停車した。
「こんな街中の、しかもど真ん中にキメラなんて‥‥!」
 槍を手に飛び出して来た赤毛の女──事前に社長から通報を受けた軍と警察に依頼を受け、急遽、駆けつけたた遠石 一千風(ga3970)(昼食未完食)は、だが、直後、駅前ロータリーの光景を目の当たりにして絶句した。
 その視線をシクルが追う。‥‥蒼天へと立ち昇る鰻型キメラ。周囲には能力者と悲鳴を上げる一般人── なるほど、避難が完了していない。という事は偶発的な遭遇か。
「ホントに『鰻』なのね‥‥」
 呆然と。文字通り呆れ果てながらポソリと呟く一千風。あの態で宙に浮かすなら龍じゃないかしら。変なキメラには慣れたつもりだったけど、それにしてもなぜ鰻?
 その呟きを、駐車場まで得物を取りに来ていたMAKOTO(ga4693)が聞いて、不思議そうに一千風を見やった。その背後には、MAKOTOと同様に駐車したバイクに武装を取りに来た龍深城・我斬(ga8283)と葵 コハル(ga3897)の姿もある。
「コバヤシイィィぃ! あの野郎、本当にもう、シリアスな別れのシーンが台無しだよ!」
「うわぁん、こんな事ならスカートになんか着替えなきゃよかったー!」
 バイクから慌てて二つ三つと得物を取り出す我斬とコハル。MAKOTOは一千風の顔をまじまじと見やりながら、「そうか、傍から見たら変なのか」などと感慨深く嘆息した。
「?」
「いや、私たちは、なんというか‥‥ 平常通り? とか思ってたから」
 そう苦笑するMAKOTOも身体の前後に首から2つのギターを提げていた。一千風は思った。なんだろう。この辺りではまくー空間とか固有結界とか、そういうのがふつーに発生してたりするのだろうか。
「社長さん、既に軍には通報してあるのよね? OK! なら、今すぐ求人会社に電話して至急、コバヤシ君に代わる『普通の人』を雇いなさい!」
 小太刀と爪型武装を装着しながら、コハルが社長に叫んで、走る。シクルは自らも能力者である事を示しながら、私は住民の皆さんの避難を、と告げた。
 MAKOTOは頷いた。噴水の近くでは既に戦闘が始まっていた。
「じゃ、私たちも行こうか。とりあえず、今は孵化したあの『鰻』を捌くのみ! ‥‥ふふふ。こんな事もあろうかと! ってわけでもないけれど、ちゃんと戦える格好なんだよ。カプロイア製品は!」

「ちぃ、死んでなお旬をしっかり意識したキメラを残すとは‥‥って、ゴロゴロじゃと!?」
「まさか他にも‥‥? と、とんでもない置き土産なんだよ〜!」
 背負ったバッグと荷物から機械剣と機械爪をわたわたと取り出しつつ。綾嶺・桜(ga3143)と響 愛華(ga4681)は宙を舞う『鰻』を見上げながら、こめかみに一筋の汗を垂らした。
 見送りがなんでこんなことに、と、ガクリと肩を落とす守原有希(ga8582)。だが、そんな事を言いながら準備万端なうちもなんですが、と呟きながら、トホホと懐から小太刀と短剣を取り出す彼も立派に平常運行だ。
「能力者です! 近くの方は最寄の避難所まで!」
 キッと顔を上げ、よく通るアルトな美声で有希が周囲の一般人たちへ呼びかけた。かけながら駅前交番に飛び込み、周囲の交通整理と避難誘導を手配するよう要請する。
「わぅっ! 美咲さん! ここは私たちが抑えるから、まずは香奈さんと社長さんを!」
 振り返り叫ぶ愛華に了解して、美咲が香奈たちの殿に立って駅舎へと退き始める。宙を舞う鰻がそれに気づいた。鰻は跳躍して機械剣と機械爪で連続斬りを仕掛けた桜の刃の上を飛び越えるとその身を縮めて膨らませ‥‥ 直後、まるで一本の槍の様に物凄い勢いで飛び出した。ハッと気づいた美咲がそれを大剣の腹を盾代わりに受け弾く。
 心配そうに見やる香奈たちを逃がしながら、美咲がその場で大剣を構え直した。愛華はそれをフォローする為、その傍らに移動する。だが、桜はそこから少し離れた場所で、両手をダラリと下げて立ち尽くしていた。
「さ、桜さん、どうしたの!?」
「せっ‥‥せが‥‥」
「SE○A‥‥?」
「背が届かんのじゃ!(くわっぱ)」
 ぷるぷると震える桜に和んだ視線を向ける愛華と美咲。
「じゃ、下に下ろそうか」
 と、宙を舞う鰻の背後から。まるで陸上選手の様に地を蹴り、跳躍したMAKOTOが、手にしたバトルギター(打撃武器)を鰻目掛けて思いっきり振り下ろした。あらゆるギタリストの暴虐に耐え得るよう作り出されたそのギター(打撃武器)は、喰らえばもうなんか色んなものが砕けそうな強烈な一撃であったが、鰻はFF(フォースフィールド)を展開させることもなく、ぬるりとその先を滑り抜けた。着地し、振り返ったMAKOTOに、鞭の様にしなった身を叩きつける鰻。それをギターで受けたMAKOTOが、こいつはっ! と笑みを浮かべる。
「なるほど‥‥粘液は対物理減衰コーティングか」
 交番から戻ってきた有希が鰻の皮膚を見てそう呟く。MAKOTOに続いて攻撃を仕掛けていたコハルの小太刀と爪の連撃も、ぬるりと滑って刃が立たない。
 その時には、得物を取りに行った者たちも戻ってきて、鰻を全周で取り囲むように動いていた。鰻はその状況を嫌い、包囲から脱出しようとした。その進路上に我斬が慌てて立ち塞がった。その先には能力者たちが駐車した二輪や四輪が並んでいる。
「マイバイクの為にも‥‥貴様はロータリーから出す訳にはいかん!」
 我斬はドドン、とそう叫ぶと、鰻の鼻先に向け小太刀を振るった。ダメージを目的とした攻撃ではなく、移動を牽制しようという攻撃だ。目前に刃を振るわれた鰻は、その身を縮めて『たたらを踏んだ』。その隙に、姿勢も低く突っ込む桜。呼応した愛華が鰻を挟んだ位置を取り、同時に斬りつける。地を蹴り跳んだ桜が横に薙いだ光刃を仰け反ってかわした鰻が、背後からその背を愛華の機械爪によって切り裂かれてその身を竦ませる。その時には宙の桜が斬撃に続いてその身をクルリと回していた。裏拳気味に放った機械爪が粘膜ごと鰻の表面を焼いて斬る。
「いける! 非物理ならやれるのじゃ!」
「そうだよ! 非物理の方がおいしそうな匂いがするんだよ!」
 桜と愛華の叫びに、我斬は得物を放って物理と非物理の左右を持ち替え、MAKOTOは前後のギターを入れ替えた。襷がけにしたベルトにその身をたわませながら、取り出したピックで弦をかき鳴らす。
 放たれた衝撃波は、その周囲の空間ごと鰻の身を打ち据えた。すかさず切り込んだ我斬が機械剣を振り下ろす。白い煙となって気化する粘膜。ダメージの減衰効果は物理よりは低そうだ。
 ダメージを受けた鰻は大きく一声啼くと、滝を登る様にその身をばたつかせ上空へと翔け昇った。そして、角を光らせたと思った次の瞬間、周囲に多数の電撃が降り注ぐ。『疾風脚』を用いて跳び避ける一千風。角から降り注ぐ雷が縦横無尽に地を走り、能力者たちを打ち据えた。
「このまま『上空から一方的』はまずい‥‥! あそこから打ち落とします!」
「みんな、援護を!」
 二刀を杖代わりに立ち上がった有希と愛華が足場となる噴水めがけて走り出す。他の能力者たちは、鰻の注意を惹く為に走り出した。突進と跳躍攻撃、移動と離脱を繰り返しながら、まるで鼠花火の様に地を駆け回る桜。一千風は、風天の槍を大きく振り回しながら踏み込み、その穂先を天の鰻目掛けて突き出した。まるで歌うように唸りを上げ、或いは風を切る音を響かせる風天の槍。一千風は敢えて同じ動作を繰り返し、音で鰻に攻撃動作を学習させてその注意を惹きつける。
 その隙に移動した有希と愛華は噴水を足場に跳躍し、その瞬間、宙を舞う鰻よりも高所を取っていた。眼下に敵を見下ろしながら、瞬間、落下しながら得物を振り下ろす。
「仕掛けます!」
「鰻は鰻らしく、水の中を泳ぐんだよ!」
 有希の二刀の『天地撃』。そして、愛華の拳の『獣突』。宙を泳ぐ鰻を地に叩きつけるべく放たれたその一撃は、だが、鰻の表面を滑り抜けた。回避された!? と驚く二人を、宙を跳ね回った鰻の身体が空中で跳ね飛ばす。地に落ち、倒れる二人。鰻は再び能力者たちに電撃を降らせると、我斬目掛けて突っ込んだ。痺れる身体で咄嗟に『ソニックブーム』のカウンターを放つ我斬。だが、螺旋状にその姿を変えた鰻は、その突き出した我斬の腕にペタリと小さな手足を張り付かせた。クルクルと巻きつきながら、ぬるぬるとした黒い鰻がぬらぬらと我斬の上を這い回り‥‥あっという間にその全身を絡め取られて転倒する我斬の身体を、鰻が万力で締め上げる。
「ちょ、おま‥‥他にいくらでも女子がいるのに、誰得だぁ!」
 せめて俺じゃなく有希だろう、と、鰻との間にねじ込んだ左腕で締め付けに抵抗しつつ、そんな事を叫ぶ我斬。
 なんというか、神の見えざるサイコロの目を、この時ほど恨んだ事はない。


「住民たちの避難は完了‥‥ あとはキメラだけですね」
 慌てて走って倒れたお婆さんと、泣き叫ぶ子供を小脇に抱えて。そのまま警官まで運んでいったシクルは戦場を省みた。
 鰻を包囲下においた能力者たちは、我が身のダメージと引き換えにキメラを噴水付近に押し止めていた。偶然とは言え、彼らがいてよかった。おかげでつつがなく一般人の避難は完了した。
 シクルは物陰でワンピースから太極服に着替えると、大太刀を手に戦場へと赴いた。
 赴いて、呆気に取られて立ち尽くした。
 戦場は、くんずほぐれつすごいことになっていた。

 我斬が鰻に絡み取られて、MAKOTOはピタリとピックを停めた。
 MAKOTOだけではない。能力者たち全ての攻撃が止んでいた。こうも密着されては手の出しようがない。SES武器は威力がありすぎる。
「待ってて。今、そいつを押さえ込む」
 真っ先に一千風が倒れた我斬と鰻に取りついた。レスリングの要領で鰻の首を締め上げ、我斬から引き剥がそうとする。ぬるぬるの粘液が一千風のチャイナドレスをベトベトに濡らし、その身にピッタリと張り付かせる。
 だが、鰻はヌルッと一千風の腕をすり抜けると、改めてその身に絡みついた。電撃を放って弱らせ、我斬と一緒くたになって締め上げる。
 密着し、顔を赤くして苦しむ我斬。そこへコハルがなんか無言で歩み寄り‥‥ニッコリと笑いかけた。
「たっつん」
「‥‥なに?」
「痛くしないから。じっとしててね(ハート)」
「なにさっ?! ちょっ、コハル、ねぇ、なにすんの!?」
 コハルは小太刀の刃を張り付いた鰻のちっちゃな手に押し当てると、一気にそれを横へと引いた。大きく一声啼いて暴れる鰻。『固定具』を斬られた鰻は、そのヌルヌル故にそれ以上締め上げる事が出来なくなった。我斬と一千風を放り出して再び上空へと逃げ昇る。
「もう一度‥‥なんとか地面に下ろさないと!」
 追撃をかわされた愛華が、宙を舞う鰻を見やって喉を唸らせた。どうやら鰻はあまり高くまで上がれないようだったが、先程よりも高い位置につけていた。それに、何の策もなくいけば先ほどの二の舞だろう。
「なるほど。流石は鰻だな。表面の体液で攻撃を受け流すのか」
「わあっ!?」
 いつの間にか横に来ていたシクルに愛華は驚きの声を上げた。シクルは構わず、それならこれはどうだろう、と愛華に手にした荷物を見せた。それはシクルがケーキ作りの為に買った小麦粉の袋だった。気づいた愛華が目を見開く。
「うちはさっきので練力がガス切れです。コハルさん!」
「オッケー! 行くよ! コハル、in the sky!」
 もう一人の『天地撃』持ち、コハルが跳躍準備態勢に入り、一千風が再び陽動に入る。
「よっしゃ、来い、コハル! 俺が鰻まで打ち上げてやる!」
 身体の前でバレーのレシーブの如く手を組んで、コハルを待ち受ける我斬。コハルは自分のスカートを見下ろすと‥‥ 我斬の隣にいた桜に声をかけた。
「桜ちゃん、お願い」
「侮辱っ!? コハルさん、侮辱っすよ!」
 聞く耳持たず桜へ一目散に走るコハル。噴水に取りついたMAKOTOが「こっちに放って!」と叫び。瞬時に切り替えた桜がそちらへコハルを放り上げる。
「ナイスレシーブ!」
「へ?」
 わけもわからず飛ばされてきたコハルを、MAKOTOは『獣突』でさらに上へとトスをした。悲鳴を上げて飛ぶコハルを見上げて、ああ、今回は飛ばなくて良かったなぁ、としみじみと桜がそう思う。
「シクルさん!」
「いつでも」
 同じく、噴水に取りついた愛華が、小麦粉を持ったシクルを『獣突』で空へと打ち上げる。シクルは空中で小麦粉の袋を開くと、それを空中の鰻へ目掛けて投げつけた。
 粉が鰻の表面に張り付き、その粘膜を吸収する。高空から落下へと転じたコハルは、白く染まったその部分へ向け『天地撃』を振り下ろした。
 今度は刃は滑らなかった。まともに喰らった鰻が地面へと叩き付けられ、のたうち回る。
「今よ! 鰻の調理法!」
 大剣を杖代わりに立ち上がりながら叫ぶ美咲。シクルと有希がハッとした。
「鰻の調理法と言うと‥‥マラカイトグリーンをすり込むという‥‥?」
「そんな調理法はありません!」
 真顔で言うシクルにツッコみながら、有希は美咲に頷いた。鰻を捌く際には、まな板に釘で固定する。
「遠石さん!」
「了解」
 有希の呼びかけに、『槍』を手にする一千風が一気に鰻に駆け寄った。駆け寄りつつ槍を『釘』にすべく逆手に持ち替え、小麦粉を被った鰻の頭部目掛けて全体重を込めて突き入れる。
 さらにそこへ、噴水から跳躍したMAKOTOがバトルギターで槍の石突を思いっきり上から叩きつけた。より深く打ち込まれた『釘』が鰻を地面へ縫い付ける。
「さて‥‥じゃあ、バラして焼いてタレを塗ってまた焼いてタレに浸けてまた焼いてご飯に乗っけてタレをかけるとしようか」
 ばたばたと暴れる鰻を見下ろすMAKOTO。
 何人前くらいかな、と愛華ゴクリと唾を呑んだ。


 地面に縫い付けられた鰻は、文字通りまな板の上の鯉、ならぬ鰻と化した。
 噴水の側、グルリと円で囲んだ能力者たちの真ん中には、綺麗に開いてバラして焼いてひっくり返してまた焼いた鰻型キメラが横たわっていた。
「‥‥タレがないな」
 ゴクリ、と唾を呑んだ能力者の誰かが呟く。

 能力者たちの進言により、美咲のLHへの移動はとりあえず中断された。
 多数のキメラが残っているという運送会社の倉庫へは、通報を受けた軍が向かった。
 だが、彼らが辿り着いた時、『荷物』は一つも残ってはいなかった。