タイトル:2室 空の剣士と赤き蠍マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/06 21:22

●オープニング本文


 ベルナール派とストリングス派の対立、および、ビル・ストリングスがバグアであったという事実は、ドローム社内に大きな混乱をもたらした。
 2つの派閥の対立は‥‥まぁ、いき過ぎではあったにしろ、上層部の権力闘争という『分かり易い』ものではあった。だが、自分たちが所属している社の上層部──それも社長以上の権力を有していた実力者が、実はバグアであったという衝撃は、ドロームの社内においても──いや、社内だからこそ、決して小さなものではありえなかった。
「いったいこれからどうなってしまうんだ?」
 食堂で、廊下の片隅で、社員の間で囁かれる不安の声──
 それは、第2KV開発室においても例外ではなかった。もっとも、そこで話し合われている内容は社の命運に関してなどではなく── 自分たちの属する派閥が衰退する、というひどく利己的なものではあったが。
「我が第2KV開発室は、ミユ社長の1研と袂を分かつ形で設立された開発室です。ミユ社長とは立場が異なる派閥に属し、今回の騒動においてもストリングス派に与する形になりましたが‥‥ 議長がバグアである事実が判明した時点で、いち早く議長に対する不支持を表明しました。ベルナール派が社の実権を掌握した現状を鑑みれば、最もよいタイミングで『足抜け』できたとも言えますが‥‥最早、社の主流からの脱落は避けられないでしょう」
 2室──第2KV開発室の副室長が、エルブン・ギュンター室長をはじめ、集まった技術者たちを前にそう語る。
 その言葉に、技術者たちは互いに顔を見合わせ囁きあった。予算や技術、新製品── それまで2室が社から様々な『融通』を受けられたのも、上層部との太いパイプがあったからだ。だが、今回の騒動でそのバック自体がコケたとなれば、これまでのように開発資金を調達する事はできなくなるのは必至だった。2室の技術者たちは自分たちの技術に自信を抱いており、その自負は決して誇大なものではなかったが‥‥自分たちが作りたいものを作る事ができる開発環境を維持するには、莫大な予算を必要とする事も十分以上に理解していた。
「となると、ベルナール派の人間と新たにパイプを作る必要が‥‥」
 テーブルに顔を寄せ合い、深刻な表情で議論を続ける技術者たち。
 その様子を、一人、テーブルから離れた所で冷ややかに見つめる若い技術者がいた。
 ハインリヒ・ベルナー。出世を求め、自ら3室──第3KV開発室から2室への異動を人事部へ申し出て認められた──転向者である。
「ふん。『帰る場所』がある者は気楽でいいものよ」
 我関せずを決め込むハインリヒを、技術者の一人がそう揶揄する。ハインリヒは内心で冷笑しながら、その肩を竦めて見せた。
「俺にだって気になる事ならありますよ」
「ほう、なんだ?」
「先日、公衆の面前で3室のヘンリー室長がグランチェスター開発室のルーシー女史に告白をしたそうですが‥‥その結末が気になりますね」
 かつての上司の告白話をするハインリヒに、その技術者があきれ返る。ハインリヒはそれを無視して沈思した。噂では、「ごめんなさい」と走り去られてヘンリーが振られたらしいが‥‥翌日にはもう、これまでと変わらず一緒に顔を合わせて仕事をしていたらしい。‥‥結局、あの二人の間には、もう男女の仲がどうとかいうより、互いに尊敬し合う技術者の仲、という関係性がこびりついてしまっているのだろう。色恋沙汰『程度』では揺るがぬ鎖が、二人を結び付けている。
(なんというか、らしいというか‥‥)
 ヘンリーら3室の『仲間たち』を思い出して、ハインリヒは微笑を浮かべた。恐らく、今回の騒動に対しても、ヘンリーはきっと「悩むのはモリス(KV企画開発部)の仕事だ」などと言って、のほほんとしているに違いない‥‥
「すまないな。ウチのがキツい物言いをして。状況が状況だけに苛立っているんだ。許してやってくれ」
 語りかけてきたのは2室長のエルブンだった。いつの間にか会は解散していた。三々五々に散っていく技術者たちを見やって、ハインリヒは立ち上がった。
「君は現状をどう思う? ‥‥この2室じゃない。ドロームの現状を、だ」
「‥‥そうですね。社内の、しかも上層部にバグアがいたのは事実です。感情論からくる拒否反応、不買運動等によるグループ全体の業績の悪化は避けられないでしょう。でも、まぁ‥‥このドロームが無くなる事はないでしょう。戦後はどうなるか分かりませんが、それでもそれぞれの部署は引き継ぐ形で残ると思いますよ」
 なぜなら、ドロームは一巨大企業というだけではなく、既に巨大な社会システムの一部と化しているからだ。それ程までに、このドロームという企業連合体は広く、深く、社会に根を張っている。それら全てを引っこ抜いて一から構築し直すなど、それは社会の自殺にも等しい。
「同様の理由で、この2室が属する派閥もドロームからなくなる事はないと思います。ベルナール派は実権を握ったとはいえ、その支持基盤はまだ磐石なものではない。ストリングス派についた派閥を悉く解体、解散させていては、この大企業を支えられない。主流から外れる事は避けられないとしても、新ベルナール派の傍流として一定の発言力は維持できるでしょう。いずれ機が来るまで耐え忍んでもいいし、勿論、時流に乗って船を変えるのも悪くない選択だと思いますよ」
 君は技術畑でなく営業部にいくべきだったな、と冗談を言いながら、エルブンはハインリヒに色違い、二つのファイルを渡した。それは2室が開発したF-196『スカイセイバー』と、同じアサルト・フォーミュラシステムを搭載するACS-001A『パピルサグ』の運用データだった。
「これは‥‥Ver.Up用の資料ですか? いいんですか、私が担当してしまって‥‥?」
「他の連中はあんな感じだからな。自分で、これは、と思うスタッフを集めてやってみるといい。‥‥これからは宇宙機の時代だ。私のような主流から外れたロートルには厳しい時流だが、まだ若い君らならどうとでもなるだろう。この2機の強化で実力を示し、実績を積むといい」
 ハインリヒは暫し無言でエルブンを見返すと‥‥ファイルを抱え直して礼をした。
「ありがとうございます。なにかと同僚には恵まれなかった自分ですが、上司だけは最高の師を頂けました」
 バカを言うな、私だってまだ技術者として死んだつもりはないのだぞ── エルヴンはそう言って笑うと肩を竦めて立ち去った。
 ハインリヒは自らのデスクから必要な荷を取り出すと、かつての『恵まれなかった同僚』目指して歩き始めた。

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
榊 刑部(ga7524
20歳・♂・AA
ルナフィリア・天剣(ga8313
14歳・♀・HD
三枝 雄二(ga9107
25歳・♂・JG
イーリス・立花(gb6709
23歳・♀・GD
殺(gc0726
26歳・♂・FC
D・D(gc0959
24歳・♀・JG

●リプレイ本文

(まずはこのパピルサグとスカイセイバーのVer.Upからだ)
 2室を出たハインリヒは、傭兵たちの意見を伺うべく本社からLH島へと向かった。
 LH支社が彼に意見聴取の場として用意したのは、第4会議室── かつて3室の仲間たちと共に使った部屋だった。寂しさと懐かしさ‥‥えも言われぬ感慨に捉われるハインリヒ。その横をルナフィリア・天剣(ga8313)は無造作に通り過ぎると、いつもの様に議事録を広げて書記をする態勢を整えた。同様に部屋へと入り、思い思いの席へとつく能力者たち。7番目に部屋へと入ろうとしたD・D(gc0959)は、立ち尽くすハインリヒの背を軽く叩くと不器用に微笑みかけながら中へ入るよう促した。彼女にとってドロームの内情など余り興味のない事案ではあるが、彼の様な若い技術者たちの意欲がなくなれば、自分たちが乗るこの機体の未来もなくなってしまう。
「まずは、このような大変な時期にこういう場を設けて下さった事を感謝します。この機会を有効に活用したいものですね」
 会議の冒頭、イーリス・立花(gb6709)が立ち上がってそう挨拶をした。返礼をするハインリヒ。どうやら会議の口火は彼女が切るらしい。
「最初に確‥‥」
「すいません、遅くなりましたっ!」
 イーリスが口を開きかけた時、会議室の扉が開いて響 愛華(ga4681)が飛び込んできた。よほど急いで来たのだろう。その長い赤毛は微妙にぼさぼさで、目の下のクマも隠しきれていない。初めての機体関連依頼──自らの愛機の改良ということで、今回の会議の為に夜なべまでして意見を纏めてきたらしい。
「わ、わふぅー‥‥ちょ、ちょっと張り切りすぎちゃって‥‥」
 赤面しながらばたばたと卓の端に座る愛華。イーリスは苦笑を隠しながら咳を払うと、改めて言葉を紡ぎ直した。
「最初に確認して置きたいのですが‥‥Ver.Upでは宇宙機への対応、つまり、簡易ブースト機能の追加は無理なんですよね?」
 ハインリヒが頷くと、イーリスは「ああ、やっぱり」と嘆息した。もし可能であるならば、それが最も推したい改良案であったのだ。

●パピルサグ
「まず、Ver.Upの方向性だが‥‥個人での改造・強化ができない部分を優先するべきだと思う。具体的には、兵装・アクセスロットの増設、ブラストシザースの射程延伸、移動能力の向上、などだ」
 自らの言った意見を手元の議事録に書きとめながら、ルナフィリアは自らの考えを提案として披露した。
「特に、アクセスロ。本体性能を拡張性補う設計思想の機体として、ここが最も伸ばすべき箇所かと思う。個々人が好きな部位を補強できるし、総合的には満足する人が多い筈。一番欲しい要素だ」
「‥‥なるほど。簡易ブーストがダメだというなら、宇宙対応で落ちる性能の底上げと水素カートリッジの搭載量、その両面で、擬似的に宇宙対応力を引き上げられるな」
 ルナフィリアのアクセスロ増設案を聞いたD・Dが感心してポンと拳を打った。さもありなん、と頷くルナフィリア。D・Dはさらに言葉を続けた。
「兵装スロも、海と空──戦域が二つに跨ると若干窮屈だし‥‥大きな不満とは言わないけれど、もう少し持ち込める兵装の幅が広がれば助かるね」
「まさにそうだ。戦術の幅も広がるし。これらがどうにかなるなら、基本性能の向上はいっそ無しでもいいくらい」
 ルナフィリアがそう言うと、愛華は飲んでいたドロームコーラ(走ってきて喉が渇いていたのだ)を思わずばふっ!? と噴き出した。愛華は機体性能──防御性能と練力量、この2つを(例え機動性を犠牲にしてでも)大幅に強化するという意見を持っていたのだ。練力は宇宙対応を見越して。防御性能は、ただでさえ大きな機体、標的になりやすい上、仲間を守る『動く壁』としての役割を期待しての事だった。
 イーリスは少し考えて‥‥ルナフィリアとD・Dの意見に賛同した。
「そうですね‥‥とにかく適応能力がずば抜けている機体なので、その長所を伸ばす方向がいいと思います」
 中途半端に機体性能を上げてしまうよりは、そちらの方が元々の『高い拡張性で機体自体の非力を補う』というコンセプト、万能性にも合致している。イーリスはそう考えたのだ。
「ああ、勿論、可能であれば積載量や練力もガツンと上がってくれればそれに越したことはないですけど、まぁ、次点、といったところですね。不十分だった走行性能を改良して移動力を強化するのもアリだと思います。特に水中だと鈍足っぷりが顕在化しますし」
 その意見を聞いて涙目でぷるぷる震える犬娘。資料のファイルに目を落としていたハインリヒが、表情を冷徹に保ちつつ──だが、どこか済まなさそうに、3人娘に声をかけた。
「申し訳ない、が、アクセ、兵装、両スロット共にこれ以上の拡張は不可能だ」
 パピルサグは既に限界までスロット枠を確保している──それを知らされた3人は、落胆こそすれ驚いたりはしなかった。或いはその可能性も想定していたに違いない。
 ハインリヒも残念だった。これが可能だったなら、パピルサグはまたその価値を新たにしていただろう。
「ブラストシザースの性能強化に関しては兵装開発部と検討できます。移動に関しては‥‥不可能ではないですが、この巨体の速度を上げるとなると結構、大掛かりな改造となるので、他に皺寄せがいくかと」
 さて、どうするか。改めて話し合いを始めようとした時、それまで沈黙を貫いていた綿貫 衛司(ga0056)が挙手をした。
「さっきイーリスさんも言ってましたが‥‥『有腕潜水艇モード』、あれの改良は出来ませんかね?」
 具体的には、水中時の移動マイナスをなくし、消費練力を抑える方向での改良、となる。傭兵の水中戦闘に関わる需要は決して高いとは言えないが、やっておいて損はない分野と考える──衛司はそう訴えた。
 その意見に積極的に賛同したのはD・Dだった。彼女はパピルサグを主に海が絡む戦場で使用している。水中戦時のマイナス要素は身に染みて分かっていた。
「水中専用機に性能が劣るのは、まぁ、やむをえないとしても。行軍の足が揃わないのでは『対応している』とは言い難い‥‥ 変形せずとも接近戦が可能、という利点も、足の遅さが台無しにしている気がする」
 なるほど、と頷くハインリヒ。水中性能の向上であれば、総合的な移動性能の向上に比べて格段にやり易くはある。その横でルナフィリアは一人、沈思した。『変形せずとも接近戦が可能』──D・Dの言葉を脳裏に繰り返す。
(宇宙で飛行形態のまま、鋏で物を持てるようにできないだろうか──? 空気抵抗はないのだから、風圧でバランスを崩したり腕もげたりはしないと思うけど‥‥)
 一方、ハインリヒと衛司はパピルサグの正規軍運用について熱いトークを交わしていた。
「本筋とは異なる話ですが、機体を使うのは正規軍も同じですし、彼らにも使い勝手が良いものが求められるのではないでしょうか。昨今の攻勢転移や、今後行われるかもしれないオーストラリア方面への上陸作戦においても、揚陸・掃海部隊の増強に繋がるのでは」
「うーん‥‥でも、軍の水中専用機に割り込めるか‥‥」
「いや、空を飛べて潜れる全領域機パピルサグ。敵前上陸や水陸両用作戦をよく行う海兵隊辺りに」
「なるほど、その搭載能力を輸送スペースにできればLCACとしても‥‥ あとは、作戦区域に部隊を緊急空輸しつつ、潜行して敵地侵入、人員を揚陸させるような特殊部隊なんかにも‥‥」
「でしょう!? 同じ全領域機のグリフォンと違って、潜り続けていられるのがパピルサグの強みです。あ、揚陸支援となると、緊急時の為に歩行性能の補強も欲しいなぁ‥‥」
 ‥‥5分後。
「「すいませんでした」」
 熱く語りすぎて他の皆に頭を下げる衛司とハインリヒ。若い技術者はバツが悪そうにパピルサグの改良案を纏めた。
「えー‥‥ まずは、水中性能の向上、これをなんとかしてみます。ブラストシザースの性能向上と宇宙での飛行形態腕部展開については関係各所と要相談。能力は積載量と練力に重点。値は諸々兼ね合いによる、と‥‥」

●スカイセイバー
 続けて、ハインリヒはスカイセイバーについて意見を聞く事にした。
 こちらで中心となったのは、殺(gc0726)と榊 刑部(ga7524)、三枝 雄二(ga9107)の3人だった。いずれもスカイセイバーを愛機とする、もしくは、身近にスカイセイバー乗りがいる者たちである。
「俺は最後までこの機体を使いたいと思っています。だから、少しでも役に立てれば‥‥」
「愛機となるスカイセイバーのバージョンアップ案‥‥忌憚のない意見を出させて頂きます」
「まぁ、うちの小隊だと、乗ったら墜ちる印象の機体なんスけどね(汗)」
 挨拶がてら、そう言って苦笑する雄二。ハインリヒは笑わなかった。なぜそうなるのだろう? と真面目な顔で雄二に聞き直す。その表情に、雄二は居住まいを正した。
「んー‥‥ 現状、空中変形による『全力攻撃』(エアロダンサー+アグレッシブ・トルネード)が『カウンター技』になっちまっているから、じゃないスかね? せめて距離を詰められるようになれば、大分変わると思うんスけど」
 ハインリヒは頷いた。他の二人に尋ねてみても、改良点の要望は空中格闘に関する2つの特殊能力の改善に集中していた。
「この機体の売りは空中変形攻撃にあると考えます。実質的にトルネードを使用しない限り手数に劣るというのに、練力の負担が大きすぎて、通常の改造程度の機体では1回の使用が限界です。それでは折角の機体能力が泣くというものです」
「そうですね。消費練力の減少はありがたい。そのままだとブーストや他のスキルとの併用がし難いし。他には‥‥ターン継続型のダンサーに、例えば移動+1などの付加能力を付与できないか。移動+1なら、強襲や一撃離脱がしやすくなると思います。でなければ、機体変形の高速化。これが通るなら消費練力はそのままでもいいかな、なんて」
 そう言って頷く刑部と殺。同じ『空中格闘の改良』ではあっても、刑部は消費練力の改善を、殺は付加価値の付与を重視しているようだった。
「空中変形以外──例えば、アサルトフォーミュラでの強襲機として運用している人には余り『おいしくない』改良になるけど良いのかな?」
 そう言ってハインリヒはその他の皆にも意見を求めてみたが、反対意見は得られなかった。
「空中変形、燃費良くして空中、地上、どちらでも使い勝手の能力に出来ればいいね」(愛華)
「何らかの付加価値を追加するのは良いアイデアだと思う。‥‥トルネードが単独で使えれば最も良いのだが」(ルナフィリア)
「ダンサーとトルネードが最大の特徴です。それらの使用練力低減を提案します」(イーリス)
 なるほどねぇ、と頷くハインリヒに、刑部は微笑した。正直、空中変形攻撃の為のVer.Upと割り切って着手して頂いた方がよろしいかと思います── そう言う刑部に「そうみたいだ」とハインリヒが首を振る。
「もういっそ、F−15EやF/A−18Eみたいに、見た目一緒だけど新規設計7割くらいの大改装やった方がインパクトあるんじゃ」
 雄二の言葉に、ハインリヒはHA、HA、HA、とアメリカ人っぽく笑って肩を竦めた。いや、F−201Cではそれくらいの事をやったんだけどね。ごたごたしたこの時期、同じだけの予算は下りるかなぁ‥‥
「でも、ま、冗談は抜きにしても、殺さんの言ってた変形の高速化──そう、『強化変形機構の追加』はあるとありがたいス。スレイヤーのエアロサーカスのような踏み込みとかは‥‥あ、新規すぎてダメっすか。なら強化変形機構押しで。あとは燃費もどうにかしてほしいスが‥‥こっちは可能な限り、で」
 こんなとこッス、と言う雄二にハインリヒは頷き返し、改良提案の纏めに入った。
「刑部の消費練力低減案‥‥これは、これのみをメインに据えるなら、装備と改造で頑張ればどうにか2回できるかも、という位には頑張れそう。機体変形の高速化──強化変形機構の採用はなんとかできる。元々、技術的には問題ない。ただし、こちらが採用された場合は、消費練力の低減数値はあまり‥‥或いは、まったく期待できなくなる」
 そこまで言って、ハインリヒは刑部を見直した。実質的な2択──刑部は静かに首を振った。
「‥‥技術的な事は門外漢ですから、分かりかねます。ですが、その改良が機体の戦力向上に繋がるのならば、試してみて損はないかと思います」
 刑部のその言葉にハインリヒは瞑目して謝意を表した。せめて機体の搭載練力向上‥‥これについては出来うる限り頑張らせてもらおうと思う。
「では、スカイセイバーの方は『強化変形機構』の搭載を最優先課題に。消費練力の改善、利便性付与に関しては、出来うる限りの範囲で努力目標に。機体能力の向上部位に関しては、意見が分かれたので保留に。ただし、練力の向上に関しては、ほぼ総意があったものとみなして優先します」


 かくして、パピルサグとスカイセイバー、2機種のバージョンアップに関する会議は終了した。
 議事録を静かに閉じるルナフィリア。その他の能力者たちも思い思いに退室していく。
 室内に最後に残ったのはハインリヒと、殺と雄二、衛司の3人だった。
「スカイセイバーのアグレッシヴ・トルネード‥‥やっぱり、宇宙では水素カートリッジ3個使うのか」
「あれは機体というより兵装の問題だからな‥‥宇宙でも兵装が必要とする水素量は変わらないから‥‥」
 トルネードの宇宙使用に関して話すハインリヒと殺。そこへ雄二と衛司が引っかかった。
「そういえば‥‥ドロームの空間戦闘用機体の上位機種はいつッスかねえ? 知り合いのドローム信者(アメリカ製戦闘機信者)が暴れ始めそうなんすけど(笑)」
「今回の両機種、宇宙に対応は不可能でも、両機で得られたデータを基に新たな宇宙機を作るのは可能ですよね? 大積載量、堅牢な気密性、軽快なフットワークの中堅宇宙対応機──夢のある話じゃありませんか」
 落ち着け、宇宙機が出てからまだ二ヶ月だ(笑) そう言ってひとしきり笑ってから、ハインリヒは礼を言った。‥‥需要があるというのはありがたい話である。だが、アイデアは幾つかあるものの‥‥それがどう転ぶかはまだ分からない。
 3人と分かれると、ハインリヒは資料を纏めて扉へ歩き、室内を振り返って電気を消した。
 まだどう転ぶかは分からない。だが、これからもこのドロームで技術者として生きていくなら、ありとあらゆる準備は進めておかねばならない。
 ハインリヒは扉を閉めると、出張期間中、支社内に宛がわれた自室へ向かって歩き出した。
 その脳裏には、かつての同僚二人の顔が浮かんでいた。