タイトル:Uta 終わりの始まりマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/27 05:26

●オープニング本文


 北米ユタ州、州都ソルトレイクシティ近郊。
 大塩湖ファーミントン湾東方、山中の防衛線──

 美しかった緑の木々が、彼我の砲撃により根こそぎ吹き飛ばされた戦場で。
 それまで引っ切り無しに繰り返されてきた、バグア側の砲撃が唐突に途切れた。
 後に残されたのは静寂と── 青い空を流れゆく白雲。塹壕の中に兵たちが身じろぎする音が鳴り‥‥戸惑ったように互いに顔を見合わせる。
 『僕』──後衛戦闘大隊A中隊第2小隊第1分隊長、ジェシー・カーソン軍曹──は、砲撃で降り積もった土砂を野戦服から払い除けながら、ゆっくりと、慎重に‥‥塹壕から頭を出した。
 ‥‥‥‥攻撃はなかった。それどころか、前方、見渡す限りの範囲において、敵キメラはただの1匹もいなくなっていた。
「‥‥ウィル! トマス! ‥‥そっちからなにか見えるか?!」
 『僕』は隣の塹壕に篭った戦友たち──『僕』と同じ様に塹壕から頭を覘かせた二人の分隊長たちに声をかけた。
「いえ、なにも‥‥猫の子一匹いませんね‥‥」
「いったいどうなっていやがるんだ!? 今日は4月1日じゃねぇはずだよな!?」
 トマス、そしてウィルからも、戸惑いの声が返ってくる。兵たちがざわつき始め、塹壕から顔を出し始めた。
 『僕』はその穴倉から抜け出すと、その身を曝して高所から周囲を見回した。‥‥本当に誰もいなくなっていた。ここ何週間もの間、つい先程まで、彼我共に血で血を洗う防衛戦を繰り広げてきたというのに。これまでの激戦がまるで嘘のようだ。ウィルではないが、これはなんの冗談だ、と言いたくなる。
「‥‥先ほどの敵の砲撃は攻撃準備射撃でなく、撤退支援の為のものだったのか?」
 撤退? それこそ悪い冗談だ。敵は優勢だった。あのまま攻め続けられていたら、『僕』らは今日の撤収時刻を待たずに防衛線を突破されていたかもしれない。
 通信兵に受話器を返した小隊長のバートン少尉が、立ち上がって『僕』たちに指示を飛ばた。
「ウィル! 隊を率いて斥候に出ろ。斜面まででいい。『土竜』には十分注意しろ。 トマス! ここは任せる。俺は中隊長の所へ行ってくる。‥‥ジェシー、ついてこい」
「イエス、サー。‥‥デイジー、ルー! 少尉のお供だ、同行しろ!」
 『僕』はすぐ側に居た二人の兵に声をかけると、下士官上がりのこの豪胆な少尉の後に続いた。
「どう思う?」
 道すがら、少尉が尋ねてきた。『僕』は先ほどの感想を率直に伝えた。
「ここの戦力を他に転用する必要がでてきた、とか」
「戦力の転用? まさか。我が軍はこのユタではどこもかしこも押されっぱなしだ」
「それでも結構持ちこたえていますしね。戦力が欲しい戦線は他にもあるでしょう。或いは‥‥」
「或いは?」
「15号線を分断する必要がなくなる。もしくは、なくなった、とか」
「‥‥気づいているか、ジェシー?」
「なんです?」
「我々はここの野良キメラ群に指揮官ができた事を前提に話しているぞ?」
「まったく。厄介な事です」
 山腹に設けられた中隊本部には、麓から大隊長も上がってきていた。集まった面々を見て、『僕』は寂しくなったものだ、と思った。‥‥士官の数も大分減った。大隊の戦力も、既に新兵徴募前の規模にまで落ち込んでいる。
「州都の独立混成旅団司令部と連絡がつかなくなっている」
 大隊長が開口一番、告げたその内容に、その場にいた誰もが驚愕した。それは州都の第1避難民キャンプが陥とされた事を意味していた。
「大隊長」
 第2中隊長が発言を求めた。
「我々は『駅馬車』隊──州都からオグデンへと逃れる避難民たちの脱出路を確保する為、15号線を守ってきました。ですが、州都の第1キャンプが陥落し、駅馬車隊が来ないのであれば、ここを守る意味もなくなります」
 司令部を沈黙が包んだ。第1キャンプが陥ちたとしたら、我々は孤軍となる。袋叩きに会う前に、さっさとここから逃げ出してしまわなければならない。
 ただし、それは、第1キャンプの生き残りを──いるとすればだが──見捨てる事を意味していた。
「斥候からの報告は?」
「山の東側、3マイルまでは敵影なし。少なくとも正面の敵は完全に姿を消しました」
 伸び放題に伸びた髯をしごきながら、大隊長が考え込む。と、中隊本部付きの通信兵が慌てた様子で振り返った。
「第1キャンプの『駅馬車』隊です! 『避難民をつれて州都を脱出、敵キメラの追撃を受けている。支援を請う』。以上です!」
 大隊長の決断は早かった。
「山を下りる。各中隊、車両を並べて15号線に縦深を敷け。撤退してくる味方が通過するまで、出来る限り時間を稼ぐ」
 『僕』たちは山の上へと戻ると、出来うる限りの装備を抱えて山を下りた。今日中に撤収を予定していたので、移動はスムーズに行われた。
 『僕』らは大隊付きのMBT(戦車)とIFV(歩兵戦闘車)を15号線に並べると、それらを中心に簡易的な防衛線を構築して味方と、そして、敵を待った。
 程なくして姿を現した味方の車列は、恐らく、強力なキメラの集団を強引に突破してきたのだろう。見るも無残なものだった。避難民を連れた『駅馬車』隊はまだ集団としての秩序を保って後退していたが、それに続いて撤収してきた第1キャンプ外縁陣地の防衛部隊は這々の体、既にキメラの追撃によりバラバラになっていた。
「なんてこった。これじゃまるっきり敗走じゃないか!」
 道路中央の『避難路』を挟んで守備するウィルが叫んだ。
 併走するキメラの鉤爪に幌を切り裂かれるトラック、車体の上に取り付かれ、上部ハッチを破られるAPC(装甲兵員輸送車)── 横転して火を噴いた装甲車両から炎に包まれた兵たちが零れ落ちて、短い死の舞踏を舞う‥‥
 『僕』は奥歯をギリと噛み締めると、部下たちに射撃の開始を命じた。一斉に放たれる対物ライフルと重機関銃。狼型と虎型の獣人型キメラがその弾幕に弾き飛ばされ、使い捨てのロケットランチャーに狙い撃ちされた熊型がどうと地面へ倒れこむ。
 『僕』らが射撃を停止すると、入れ替わるように戦車とIFVが味方から離れた敵へ向かって戦車砲と機関砲の射撃を始めた。その援護を受けて、『避難路』へと駆け込む友軍車両。続々と逃げてくる味方へ群がるキメラへ向けて、『僕』は再び射撃を命令する。
「能力者を出す」
 通信兵に受話器を返して、バートン少尉が早々に告げた。
 切り札の投入は当初の予定より早かった。状況は思った以上に悪化しつつあるようだった。

●参加者一覧

月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
赤槻 空也(gc2336
18歳・♂・AA
火霧里 星威(gc3597
10歳・♂・HA
月隠 朔夜(gc7397
18歳・♀・AA
柊 美月(gc7930
16歳・♀・FC

●リプレイ本文

 大塩湖ファーミントン湾東、州間高速道路15号線──
 州都からオグデン方面へと続くこの長い『回廊』は、逃げる車列と追うキメラによる殺戮の場と化していた。
「マジかよ、州都の第1キャンプが‥‥」
 その光景に目を見開き、呆然と立ち尽くす龍深城・我斬(ga8283)。少年能力者、火霧里 星威(gc3597)はその身を震わせながら、傍らにいた柊 美月(gc7930)にしがみついた。
「‥‥空にぃ、ボク怖いよ。ヒト死んじゃうの、やなの‥‥」
 美月に抱きついたまま、赤槻 空也(gc2336)を見上げる星威。空也は前を睨みながらギュッと拳を握り締める。
「逃げ遅れ、か‥‥昔を思い出すな。俺の故郷が消えた、あの日を、よ‥‥」
 生きていてぇよな。死にたかねェよな‥‥ 路上に燃える車両を見て思う。それは即ち‥‥過去の自分たちが望んで止まなかった──叶わなかった想いそのものだ。
 空也は星威に歩み寄ると、その頭の上にポンと手を乗せた。
「いいか、星威‥‥前にも言ったがよ、俺らがキバりゃ、その分、一人でも多く生き残れんだ。‥‥気合入れろォ!」
 そのままグリグリと星威の頭をこねくり回す空也。その振動に一緒になって揺られながら、美月はポン、と手を打った。
「そうですね〜。やっぱり、誰も死なないのが一番なんですよ〜」
 ぽわぽわと光の粒子を背景に飛ばしながら、ほわほわと気合を入れる美月。彼女は星威を空也に抱かせるとぽわぽわと残滓を飛ばしながら前へと歩き‥‥黒刀「鴉羽」を抜き構えてふわっと表情を引き締める。
「‥‥空にぃ。怖いけど‥‥ボク、頑張るねっ!」
 それを見た星威が空也を見上げてニパッと笑う。空也は改めて星威の頭をわしゃっと撫でた。
「皆、脱出路を中心に鶴翼に展開するぞ。前衛は距離200、中衛は120まで前進。味方車列を追って突っ込んでくる敵を左右から削り潰す」
 迫り来る車両と獣人たちを見やりながら、月影・透夜(ga1806)が改めて作戦を確認する。前衛は透夜と綾嶺・桜(ga3143)。ガトリング砲を持った響 愛華(ga4681)がその二人と味方の撤収を支援する為同行する。後衛は空也と星威、そして美月の3人。後方から全体の動きを観察・管制しつつ、抜けてきたキメラを潰す最終防衛ラインを軍と担う。
「よし、じゃあ俺らは中衛だな。いけるか、朔夜?」
「はい、です‥‥ えっと‥‥頑張ろう‥‥おー」
 雷槍と小銃をダラリと構えて、ちっちゃく拳を上げる月隠 朔夜(gc7397)。苦笑する我斬の耳に「来るぞ!」と透夜の叫びが入る。
「行くぞ、皆! 一人でも多く‥‥いや、全員助けるのじゃ!」
「うん! 絶対、みんなを助けるんだよ‥‥!」
 桜の叫びに愛華が呼応し、透夜に続いて前へ出る。それを聞いた我斬はその意を強くした。何人助けられるか、じゃない。全員助けるんだ。少なくともその意気で当たらにゃ、とてもじゃないがやってられん!
「死なせねぇ! ただの一人でもよぉ!」
 応じて空也が雄叫ぶ。我斬は気合を入れ直すと、中衛まで進むべく走り始めた。


 展開した能力者の間を、逃げてきた味方の車列が物凄い勢いで走り抜けた。
 その数は4台ずつ、2班8台。その全てが高機動車だ。追いかけてきた獣人は3匹。スピードのある狼人が2匹と、パワー型の虎人が1匹だった。
「足の速い奴から潰すぞ。多少は抜かれても後ろに任せて、車両狙いを排除する」
 愛華と桜にそう告げると、透夜はDF−700──スコープつきの小銃を構え、立射姿勢で先頭の狼人を立て続けに狙い撃った。2発、3発と斜め横合いから銃弾を浴びせられた狼人が、弾着の衝撃にその身をくねらせながら血の華を咲かせて地に転がる。
 透夜と反対側の道の端を北上した愛華は、腰溜めに構えたガトリング砲を、透夜と十字砲火を形成するように撃ち放った。曳光弾交じりの鉄の豪雨が狼人に容赦なく浴びせられる。妨害者の存在に気づいた狼人は、フェイントを交えてその火線から逃れると、地を駆け、一気に愛華へ肉薄した。重い砲身を振る愛華はその突進に対応できない。目を見開いた愛華の表情は‥‥だが、次の瞬間、笑みへと変わった。直後、横合いから疾く突っ込んでいく白衣と緋袴の紅白残像。そのまま敵の内懐に入り込んだ桜は、身の丈の倍はあるその長柄を横に払って狼人の足を跳ね上げた。
「ここから先は通行止めじゃ! わしらより後ろへは行かせぬ!」
 そのままド派手に地を転がった敵へ地を蹴って距離を詰め、その喉元へ尖先を突き入れる。返り血がその身を汚す前に跳び退いた桜が避難路を振り返る。残る虎人は車両を追って前進を続けていたが、横合いから放たれた透夜の銃撃によって既に倒れ伏していた。
「まずは良し、かの‥‥」
「次、来るよ、桜さん!」
 前方の道路へ向け砲身を振り、休む間もなく砲撃を始める愛華。緩やかな弧を描いて飛翔した砲弾が、車両に近づく獣人をその周囲から追い払う。
 続けてやって来た『第二陣』は、『第一陣』と同じ2班8両。現れた5匹のキメラは、先と同様に前衛で打ち払われた。
 続く『第三陣』は計7台。1班4台の高機動車とバラバラに逃げてくる3両のAPC。キメラは7匹。数も多く、これまでより車両との距離が近い。
 妨害者の存在を確信した敵は、軽度な連携を以って当たってきた。透夜が狼人1匹を銃撃で倒す間に肉薄してくる2匹の虎人。透夜は咄嗟に双槍を引き抜き、左の槍で鉤爪を受けつつ右の槍を腹部に突き入れる。ガシリ、とその右腕を抱え込むように掴む虎人。その隙をついて踏み込んできたもう1匹の鉤爪を仰け反るように透夜がかわす。
 桜もまた同様に虎人の肉薄を受け、車両へ迫るキメラに対する進路妨害を妨害されていた。両の鉤爪を振るいながら迫る虎人。それを桜が袖を翻しながら跳び避ける。その間に車両を追って中央を突っ切る狼人2匹と重パワー型の熊人1匹。愛華の砲撃がそれを追う合間にも、次の車両とキメラが次々と現れ始める。
「来るぞ!」
 我斬は朔夜にそう声をかけると、重い大型小銃を腰溜めに構え、迫り来る虎人の下半身を狙ってぶっ放した。立て続けに両足に銃弾を浴び、盛大に脚を跳ね上げ転げる敵。それが起き上がるより早く、我斬は残弾を叩き込んで止めを刺す。
 朔夜は覚醒してその髪色を銀へと変えると、片手の雷槍を地へと突き立て、DF−700のスコープをその赤い瞳で覗き込んだ。照準越しに映る敵──それを睨んで奥歯を噛む。キメラなど、全ていなくなればいい。こいつらのせいで人が犠牲になる。‥‥情けはかけない。懺悔の時間も与えない。もしもそれだけの知能があるのなら‥‥私たちの前に現れた事を後悔しながら、自らが流した血と汚泥の中で、もがき苦しみ、死ぬがいい。
「キメラなんて‥‥消えちゃえ!」
 瞬間、朔夜の銃が赤く光り、威力の向上した銃弾がスコープの向こうのキメラへとHitした。両脚、そして両肩と立て続けに銃弾を浴びせられて転がる虎人。そこへ銃撃を加えながら歩み寄った朔夜は、血塗れになった敵の目の前で銃の弾倉を交換し‥‥傷を回復して跳びかからんとした虎人の頭部に止めの一発を叩き込む。
「前だ!」
 我斬の叫びに朔夜がハッと顔を上げる。迫り来るのは物凄い勢いで突進して来る重パワー型の熊人型。朔夜は慌てて銃を構え直して発砲したが、その突進は止まらない。
 我斬は『抜刀・瞬』で即座に得物を大剣に持ち替えると、熊人の突進へ稲妻の如く横合いから突っ込んだ。
 相手の眼前に剣を振ってたたらを踏ませ‥‥身体が開いたところへ剣を跳ね上げ、熊人の右腕を切り飛ばす。ドウッと仰向けに倒れる熊人。朔夜はその身に駆け上ると、その口中に銃口を突っ込み発砲した。路上に血の華が咲き、熊人がそのまま動かなくなる。
「足は速いし、再生するし‥‥厄介な獣だぜ」
 大剣の血を払いながら嘆息する我斬。その横手、空いた道の端を新手のキメラが駆け抜けていく‥‥
「空にぃ! 敵がちゅーえーを抜けたよ! 右の端!」
 星威がそれを指差して空也に報せる。来やがったか、と空也は呟いた。後ろは俺たちが任されたんだ。ここを抜かせる訳にはいかない。
「星威! しっかり支援しろよぉ! ジェシー! 砲撃支援を頼まぁ! 各自、流れ弾に注意! 3、2、1‥‥」
 後衛まで抜けてきた敵へジェシーの分隊がありったけの火力で出迎える。その激しい着弾の衝撃にたたらを踏む虎人。そこへ戦車砲が撃ち込まれ、敵が粉々に砕け散る。
 ふわ〜、とびっくりする美月。兵たちが歓声を上げて互いの手を打ち合わせた。


 だが、やって来る敵は増えるばかりだった。
 前衛の3人はまだラインを維持していたが、突破する敵が増えるにつれ、敵中に『孤立』する事が多くなった。
「そろそろ辛いか‥‥ 桜! 愛華! 中衛まで下がるぞ!」
「クッ、分かった! 愛華、先に下がるのじゃ。これ以上増えると守り切れん‥‥!」
 頷き、砲撃を続けながら退く愛華。その横を駆け抜けた1台のAPCに、愛華は思わず目を瞠った。車の後部に狼人と虎人が取り付いていたのだ。
「それ! キメラが張り付いてるよ!」
「なにっ!?」
 驚いた我斬が横を通過した車両を振り返る。屋根に上がた狼人が上部ハッチを破り‥‥操作を誤った車両が熊人の死骸に乗り上げ、転倒する。
「朔夜、フォロー!」
「っ! キメラがっ!」
 中衛を離れ、そちらへ走り寄る朔夜。APCの後部扉から転げ出た兵たちへ向かって虎人が跳びかかり‥‥その鉤爪が兵を捉える直前、空也がそこへ飛び込んだ。
「言ったろ‥‥死なせねェってよぉ!」
 空也は両腕の巨大な拳型武装で受けた鉤爪を跳ね上げると、虎人の横っ腹目掛けてその拳を振り抜いた。朱色の髪、金の瞳──虎人の反撃をまた受け弾き、炎の様に赤い気を纏った拳で殴りつける。顎に一撃を受けた虎人が大きく仰け反り‥‥瞬間、攻勢をしかけた空也のラッシュと虎人のラッシュが空中で火花を散らす‥‥
「みんな、今のうちに! ボクらが守るから、集まって逃げてぇええ!」
 『ひまわりの唄』で周囲を回復しながら、APCから転げ出てきた人たちを星威が避難誘導する。
 もう1匹の狼人には美月が立ちはだかっていた。放った『エアスマッシュ』でたたらを踏ませ、『迅雷』で回り込んで進路を塞ぐ。
「相手が人型で僥倖です〜」
 ぽわぽわと光の粒子を飛ばしながら呟いた美月が、掴みかかってきた狼人の腕を掴んで脇へと流す。そうして体勢を崩した敵が振り返るより早く、身の丈以上もある黒色の太刀を振り下ろす。
「後ろからいっくよー! 雷神、いっけぇええ!」
 巻物型の超機械を投げ打つようにしゅるりと広げ、星威が電磁波を放って空也と美月を支援する。そこへ駆けつけてくる朔夜。能力者たちは倍する数で2匹のキメラを押し包んだ。

 その頃、最前線と化した中衛ラインは、新たな難敵を迎えていた。
 それは巨大な蟷螂型のキメラだった。その背に蟷螂の卵の様なユニットを載せ、その上に回転式の銃座が設けられている。
「新型か‥‥また嫌なタイミングで‥‥」
「これもティム君の‥‥だよね」
 州都の敵指揮官を思い出し、眉を潜める我斬と愛華。
「ティムの奴が作ったとなればどんな隠し玉があるか分からぬ。気をつけてかかるのじゃ!」
 叫び、突入していく桜。愛華が後列から支援の砲撃を蟷螂に浴びせかける。我斬は大型銃を構えると、とにかく目ぼしい場所へ向けて銃撃を開始した。胴体、頭、背部のユニット──とにかく、その特性なり弱点なりを探さなければ‥‥
 一方、桜は支援の下、敵の足元目掛けて突っ込んでいた。回転式銃座から放たれる迎撃のレーザー光。それを地を跳ぶように駆け避けながら、脚の1本目掛けて薙刀を振り払う。
「ちっ、硬いか」
 刀身の震えを感じながら、レーザーの連射を跳び避ける桜。我斬は唸った。大型の足元を狙うのはセオリーだ。当然、敵も対抗してくるか‥‥
 と、突然、蟷螂の背腹部が大きく開き、巨大な羽根を展開させた。直後、高速で振動を始める薄い羽根。前方、離れた距離にいる愛華と我斬目掛けて扇型に衝撃波が放たれる。
「わぅぅ!? 案の定なんだよ〜!」
 吹き飛ばされて転がる愛華と我斬。口中に血の味を感じながら愛華はホッとした。もしジェシー達に放たれていたら‥‥そう思うとゾッとする。
「‥‥絶対に通さないよ!」
 立ち上がる愛華と我斬。と、蟷螂の背後から透夜が突っ込んだ。銃座は桜に向いている──叩き潰すチャンスだ。
 蟷螂の背を駆け上がる透夜。だが、その槍を突き立てる寸前、『卵』の防護カバーが弾け跳び、近接戦用の対人兵器が炸裂した。放たれる散弾。直前、背を蹴って跳び下がる透夜。身を捻って着地した透夜の上腕部から血が流れる。
「まだじゃ!」
 叫び、再び突進を開始する桜。傷口を縛った透夜が立ち上がり、砲撃を続ける愛華の横で、大剣を抜いた我斬が突っ込んだ。


 銃座を透夜に突き壊され、片足を桜に切り飛ばされて──
 地響きと共に倒れ伏した蟷螂は、我斬にその首を叩き落され、息絶えた。
 だが、同時に。増え続けた獣人型は既に対処し切れぬ程にその数を増していた。
「まだだ! まだ味方が残っている! 俺は諦めんぞ!」
 我斬は叫んだ。
「全てを守り切ることは出来ないかもしれない。だが、それでも俺は足掻く! せめてこの命がある限りは、だ!」
 再び前線へ向かおうとする我斬の肩を、透夜が掴んで首を振った。既に限界だ。これ以上の交戦は部隊に深刻な被害をもたらしかねない。
「ちぃ、ここまでか‥‥ジェシーたちは撤収を。余裕のある者たちは撤退まで時間を稼ぐのじゃ!」
 薙刀を手に進み出る桜。我斬も一緒にそれに続く。
 空也は星威を抱えてAPCの兵員室に乗せてやった。
「空にぃ‥‥」
「先に行っとけ。俺は可能な限りやっていく」
 戦場へと走る空也。追おうとした星威を美月が引っ張り、最後までキメラを殺し続けて包帯塗れになった朔夜が兵員室の扉を閉める。走り始めるAPC。星威が朔夜に抱きついた。
「‥‥ヒト、いっぱい死んじゃった‥‥」
 泣く星威をギュッと抱き返す朔夜。美月がそんな二人の頭をぽんぽんと撫でてやった。

 愛華の支援射撃の下、能力者たちはギリギリまで戦闘を続け、残っていた最後の戦車に跳び乗った。
 追い縋るキメラたち。その足元のあちこちで透夜と空也が投げた閃光手榴弾が炸裂する。
 時速70kmで走り去るMBT。その背で戦場を振り返る能力者たちは、後方、『キメラの海』に呑まれて消える車両の断末魔を確かに聞いた。
「ティム君‥‥私は今ほど、君の事が憎いと思ったことはないよ。そして‥‥そんな君を倒せなかった自分たちも」
 愛華の呟きに頷く桜。クールな透夜が珍しくその拳を打ち鳴らした。
「‥‥またしてやられたか。だが、反撃はさせてもらうぞ。必ずだ」