タイトル:美咲センセと園庭の決戦マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2011/10/09 08:22

●オープニング本文


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 戦士ではない者は殺さない。遥かな昔、あるヨリシロを得た時から、『私』はそう誓っていた。
 理由は明快、かつ、単純だ。我らバグアにとって、この宇宙の生きとし生ける全ての知的生命体は、貴重な資源に他ならない──その一般的な考えが私の魂に染み付いているからだ。ああ、勿論、その『進化』の『過程』で個人差ともいうべき価値観の相違は発生するから、バグアにも様々な考え方がある。例えば、そう、あのバークレーがしたような‥‥地球人の言葉でなんと言うべきか──そう、『ちゃぶ台をひっくり返す』ような真似をする連中もいなくはない。‥‥私に言わせれば、あれは、自分の思い通りにならないから、と癇癪を起こして暴れる子供の様な所業であって‥‥っと、いけない、話が逸れた。
 ともかく、我々、バグアにとって、他星への侵略とは──えぇと、『戦略ゲー』ではなく『育てゲー』‥‥この表現はあっているのか? どうにもこのヨリシロの語彙には偏りが見られる気がするのだが‥‥まぁいい。話を戻そう。ともかく、そんな感じであり、『私』という個体は特に『それ』を楽しむ傾向があった。
 即ち、『私』はヨリシロの選別にあたって、自らが戦い、育て、鍛え上げた戦士を打ち倒す、という『縛り』‥‥? を自らに課していたのだ。つまり、冒頭の誓いもまた、『私』の個人的な趣向である。

 その日は、『私』にとって屈辱に塗れた日であり、同時に、歓喜に身を震わせた一日でもあった。
 我らが到着した新たな餌場に住む地球人という生き物は、『私』がこれまで渡り合ってきた者たちに比べて余りにも脆弱であり、『私』は全く興味が惹かれなかったのだが‥‥ その日、戯れにHWで地上に降下した際、敵の新型機──確かS-01といったか──に遭遇し‥‥その中でもやたらと動きのいい1機と渡り合い、あろう事か撃墜されたのだ。
 燃える地球人たちの巣の集合体──町の中にあって、『私』は歓喜に震えて夜空を見上げた。機体戦闘は得意ではないし、正直なところ油断もあった。以前、下級生物に敗北したのはいったいどれくらい前だったろうか。だが、そんな屈辱よりも遥かに喜びが大きかった。‥‥この地球に到着して以来、ようやく、『私』は敵手足りえる存在に巡り遭えたのだ。
 ところが、そんな感動に打ち震える『私』の前に、生身の地球人たちが数人、SESと呼ばれる兵器を手に集まって来た。それを見た『私』は不機嫌になった。先も言ったように地球人は脆弱だ。つまらない存在にかかずらって、この感動を邪魔されたくはない。『私』は彼らを一蹴した。
 だが、その時、信じられない事が起こった。弱き者が、自分よりも強き者を守る為に、この『私』に挑みかかってきたのだ。
「逃げろ、美咲!」
 その青年はただの鉄パイプを手に打ちかかってきた。その動きは鋭いものの、正規の戦闘訓練を受けた者の動きではなかった。‥‥『私』には分からなかった。弱き者がなぜ勝ち目のない戦いに挑むのか。『自己の存続』が第一であるバグアにとって、『自己犠牲』という言葉は縁が遠い。
 『私』は苛立ちと共にその青年を一撃し、振り払った。その直後に起きた出来事も『私』には信じられないものだった。戦闘能力を失っていたはずの女戦士──美咲、と呼ばれていた地球人だ──が、雄叫びを上げて突っ込んできたのだ。その一撃は、動揺する私の背を一撃した。『私』は倒れた。女戦士の刃は、優位主たる我が身には掠り傷すらもたらさなかった。だが、その一撃は『私』のパイロットスーツ──気密服の致命的な部分を砕き、切り裂いていた。
 この星に下りた時点での『私』のヨリシロは、以前の戦いで『私』が育て上げた極上の戦士であったが、この地球という惑星の環境には適合していなかった。『私』は夜空を見上げた。空中戦は──信じがたい事に──いまだに継続していた。救助は早くても夜明け前になるだろう。
 『私』は周囲を見回した。『私』が慌てている間に、負傷した戦士たちは既にこの場から離脱していた。‥‥目の前には、青年の遺体が一つ。『私』は自爆装置を握り潰すと最後の力を振り絞り、生き残るために新たなヨリシロを──この地球環境に適応したヨリシロを得る為、気密服から這い出した‥‥

 より良い戦士のヨリシロを得る事を至福としてきた『私』が、なんの力も持たない脆弱な個体をヨリシロとする無念が分かるだろうか。夜の闇の中、破壊された瓦礫の下で、バグアとして最も脆弱な時間を震えて過ごさねばならなかった屈辱が分かるだろうか。
 『私』は件の女戦士を──我が最強たるヨリシロの仇を、新たなヨリシロとする事にした。幸いというべきか、このユーキという新たな脆弱な地球人のヨリシロの記憶に、美咲という女戦士の半生が存在していた。なぜ我が身を犠牲にして他者を助けたのか。『私』のその疑問については、解答が得られなかった。生殖しないバグアにとって、『愛』という感情はなかなかに理解しがたい。
 ともあれ、『私』は美咲を戦士として鍛えるべく、ユーキの身体で情報収集を開始した。
 だが、完全に戦闘への意欲をなくした美咲は、なかよし幼稚園の先生として働くばかりでまったく戦場へ出てこなかった。
 出てこなければ、こちらからキメラを送り込むしかない。『私』はヨリシロの記憶から地域の知識を引き出すと、宅配業者を使って次々とキメラを送りつけた。美咲も『居場所』をなくせば、戦場へ出てくるほかないだろう。
 しかし、美咲とその友人たる能力者たちは、送り込んだキメラたちをことごとく打ち倒した。園児たちが戦場の残酷さを直視することもなく、美咲はヒーローとして憧憬の対象となってしまった。
 仕方なく、『私』は美咲を戦場へ引き出すのを諦め、園内で美咲を鍛える事にした。
 宅配業者から『私』──ユーキの情報が漏れた事など知りようもなく。

「逃がさないわよ。今日こそは」
 どうやら待ち伏せを受けたらしい。目の前に現れた美咲はいつものエプロン姿でなく、完全装備でその身を固めていた。
 驚愕は、不意打ちを受けた事に対するものではなかった。‥‥美咲は上級職になっていた。それは即ち、美咲が戦いに身を投じる覚悟を固めたという事。それに対する驚きが、『私』の中を歓喜の渦となって駆け巡っていた。
「戦士として、戦う覚悟ができたという事かな?」
「‥‥決着を、つけましょう。ユーキ」
 問いには答えず、静かに大剣を抜き放つ美咲。
 それだけで『私』には十分だった。『私』は『収穫』を始めるべく、腰を落として戦闘態勢を整えた。

●参加者一覧

相沢 仁奈(ga0099
18歳・♀・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

 ユーキを乗せた宅配トラックが園舎北側の駐車場へ進路を変えた── 園庭南側のバックヤードで待機していた綾嶺・桜(ga3143)は、その報を聞いて移動を開始した。
 積まれた荷の間の『抜け道』を走り抜け、閉鎖された正門の通用扉から大通りへピョンと出る。
 自らの倍はある薙刀袋を抱えて歩道を走るち巫っ女を、微笑ましく見送る通行人たち。だが、彼らのその表情は、目の前に停まったゴツい軍用車両と、飛び出してくる完全武装の兵たちを見て硬直した。それは園の周辺を封鎖する為、美咲たちが手配しておいた軍と警察の部隊だった。
 事前の想定に従い、手早く一般人を誘導していく要員たち。その人ごみの中でも、桜の『探しもの』はすぐに見つかった。正門前に停まった二人乗りの自動二輪── ヘルメットを取って頭を振る乗り手の背中に金色の髪が零れ落ちる。その二人、MAKOTO(ga4693)と相沢 仁奈(ga0099)が頂く豪奢な髪は、ロービジ迷彩の野戦服の中で一際目立っていた。
「来たか、仁奈、MAKOTO!」
 ぴょんぴょんと飛びながら手を振る桜。走り寄ってきた二人を仰ぎ見て‥‥「相変わらず、でかいのぅ‥‥」と色んな意味で眉をひそめた。
「状況は?」
「ユーキは予定通り駐車場へ向かった。わしは園外を回って奴の後ろを取る」
 MAKOTOの問いにそう答えつつ、桜は一連の戦いの概要を仁奈に簡潔に説明した。仁奈は驚き、呆れつつ、百面相で桜の話を聞き終えた。
「ん、事情はよく分からへんけど、お姉さん(美咲)の因縁に決着をつけようちゅうのは理解した!」
 仁奈がそう力強く頷いた時、園舎の方から激しい銃声が響いてきた。
 桜と仁奈は頷き合うと、敵の後背をつくべく走り出した。同様に走り出そうとしたMAKOTOは、園庭から響いてきた剣戟の音に足を止めた。流体金属に覆われたビキニ姿の牛頭──大型キメラ『メタリックタウロス』の1体が、園庭にまで辿り着いていたのだ。
「‥‥あれが今回の敵かぁ‥‥うん、流石に一人じゃ大変そうだよね」
 MAKOTOは腕を組んで一瞬、考え込み‥‥槍の穂鞘を払うと、園舎の壁を乗り越えた。


 同刻、その少し前。園舎北側の駐車場──

 ネタキメラを送りつけていた張本人、全ての黒幕を前にして。美咲は手にした大剣を鞘からゆるりと引き抜いた。
 その刀身と鞘が立てる、カタカタと鳴る小さな音── 美咲の隣に立つ守原有希(ga8582)は、その微かな異音に気がついた。
(橘先生、震えている‥‥?)
 それは一度敗北した相手への恐怖だろうか。それとも、ここで決着をつけるという気負いからか。
(いや、違う‥‥)
 美咲は今初めて、死んだはずの幼馴染と直接対峙しているのだ。自らを助ける為に死んだ『最愛の友人』が、それを手にかけたバグアのヨリシロになっている── その事実を勿論、美咲は理解してはいただろうが‥‥こうして直接目の当たりにすれば、誰でも動揺は禁じえない。
 まずい、と有希は思った。こんな状態では美咲は勝てない。戦えない。戦う前から既に己自身に負けている。
 ユーキはそんな美咲の様子に(信じがたい事にあの距離から)気づいていた。
「ああ、この姿が気にかかるのか。友人の姿をした者を斬るのは忍びない? なら安心してくれていいよ。君の友人を形成していたものはもう欠片も残っていない。見た目が同じだけの、全く別の生き物だ。僕らバグアにとってヨリシロは器に過ぎない。この姿も、知識と経験を得た後の、いわば搾りカスのようなものであって──」
 ‥‥‥‥‥‥‥‥もう我慢できない。
 通信機越しにそう呟いたのは、美咲ではなく、屋上の『銃座』──パネルや飾りつけなどで遮蔽した手すりの陰に身を隠した、響 愛華(ga4681)だった。
 隣に伏せたクリア・サーレク(ga4864)が、愛華を心配そうに見やる。愛華はガトリング砲の銃把を血の気が失せるほどに握り締めていた。
「あのバグアは美咲さんたちの大切な思い出を穢した。美咲さんの何よりも大切なものを失わせた。それだけ分かっていれば‥‥戦う理由なんて、もう十分なんだよ!」
「‥‥ありがとう」
 美咲は頷いた。──目の前のアレは祐樹の存在を穢すもの。戦う理由は明々白々。迷うべき理由はどこにもない。
 美咲が大剣を正眼に構えた時、手の震えは消えていた。本当にありがたい。たとえそれが、あのユーキの思惑通りであったとしても。
「御託はもういいや。掛かってきなよ、ユーキ。私が引導を渡してやる」
 それでこそ、だ。と呟くユーキ。そうして傍らの牛頭──メタリックタウロスへ前進の指示を出す。
「全ては作戦通りに。‥‥決着をつけますよ、美咲さん!」
 地を蹴り、有希と美咲が『ユーキへ向けて』走り出す。その行く手へ立ち塞がろうと進路を変える牛頭。
 直後、園舎屋上に身を伏せていた愛華とクリアが、遮蔽からその身ごと得物を振り出した。


「ちっ、始まっちまった‥‥!」
 屋上から撃ち下ろされる砲声を耳にして、園舎内の一室に伏兵していた龍深城・我斬(ga8283)は焦りの色を見せていた。
 廊下の向こうの遊戯室、その窓越しに見える園庭には、ユーキが先行させたもう1匹の牛頭が既に辿り着いていた。駐車場で戦闘が始まった以上、ユーキはすぐにあれを呼び戻すだろう。或いは園舎を突っ切って駐車場に抜けるかもしれない。
 だが、我斬は、屋上からの砲撃が途切れた瞬間、駐車場のキメラに突っ込む事になっていた。しかし、そうすると── 我斬は視線を振って、部屋の反対側に位置する葵 コハル(ga3897)に目をやった。──そうすると、園庭の牛頭はコハル一人で相手をする事になってしまう‥‥
 そんな我斬の視線に気づいて、コハルは肩を竦めて嘆息した。ひらひらと手を払って見せる。
「いいから行ってきなさいよ。香奈先生に頼まれたんでしょ? 美咲先生を助けてくれって。園庭のアレは、あたしが抑えておくからさ」
 その言葉にハッとする我斬。屋上からの砲撃が止んだ。迷っている時間はなかった。だから迷わなかった。
「じゃ、任せるぜ」
 我斬はそう言って窓を開けると、窓枠を乗り越えて一気に駐車場へと突っ込んでいった。
 コハルは嘆息と苦笑でそれを見送り‥‥自らも得物を持ってエントランスから外へ出た。
 既に日は落ちていたが、園舎の中よりは明るかった。夕焼けに染まる藍色の空── 遠く照明塔の光を浴びて、牛頭の身体がキラリと光る。
 園庭のキメラは駐車場へ帰ろうとしていたが、コハルを見つけるとすぐに戦闘態勢に入った。流体金属製の腕がぐにゃりと歪み、鋭い剣の形へと変わる。それを見たコハルはやっぱりね、と呟くと、刀と盾を胸の前へと掲げ上げ‥‥スッと頭を下げると一気に突進を開始した。
 敵はコハルの突撃を待ち構えると、剣に変わった腕を振るった。それを盾で受け流すコハル。そのまま一歩踏み込んで敵の脚部へ斬りつける。
(まずは物理攻撃がちゃんと効いてくれるかだよね)
 『槌』による一撃を前転で潜り避け、『急所突き』でもって牛頭の『アキレス腱』を突いて裂く。たわむ流体金属を抜け、中の肉を切られた牛頭の姿勢がグラリと揺れて‥‥だが、再び流体金属に覆われた直後、再び力強く踏ん張ってその姿勢を立て直す。
(再生能力? いや、周りの流体金属が『ギプス』の代わりをしてるんだ‥‥!)
 姿勢の回復は敵の方が早かった。再び振るわれた『剣』は──直後、ぐにゃりと『鞭』状に変化した。タイミングをずらされたコハルの盾を、『餅状』になった『鞭』がべちゃりと左腕ごと絡め取る。
「なにこれっ!?」
 叫ぶ間もあらばこそ。コハルは盾と左腕ごと『引っこ抜かれ』るとそのまま地面へと叩きつけられた。その衝撃に肺の空気を吐き出すコハル。牛頭が『槌』を大きく振り上げ‥‥
「ちぇすとぉ〜っ!」
 次の瞬間、『瞬速縮地』で飛び出してきたMAKOTOが瞬間的に牛頭に肉薄した。不意をつかれ硬直する牛男。MAKOTOはそのまま槍を振り被って腰を捻ると、大リーガー張りのスイングで敵の腹部を打ち据えた。
「ホームラン!」
「わきゃあ!」
 『獣突』により弾き飛ばされ、地を滑る牛頭。一緒に転がったコハルから絡まった餅状の『触手』が剥がれる。
 すかさず距離をつめたMAKOTOは、今度は槍の石突きでもって牛頭の胸部を打ち据えた。再び『獣突』で吹き飛ばされて、牛頭が園庭とバックヤードを仕切る門扉に激突する。
 敵を園庭の南端まで追い込んだMAKOTOは、チラと後ろの園舎を振り返った。園舎から50m以上は引き離した。これだけあれば、まずはセーフティリードだろう。
「‥‥それにしても、ホント某格ゲーみたいな外見だよね」
「あたしは某ハリウッド大作2を思い出しちゃったけど」
 MAKOTOと身を起こしたコハルがそう言って笑い合う。勿論、軽口は一瞬だけ。それだけの時間を敵は与えてくれない。
「あたしがアレの裏を取るわ、マコっちゃん。二人で挟み込みましょう」
「そうね‥‥じゃ、私が北側を」
 瞬時に連携を示し合わせる二人に対して、牛頭はその口を大きく開き、『氷の息』を吐き出した。牛頭の前方、扇状の空間が瞬時に白い水蒸気に包まれ、文字通り肌を切る様な冷気と鋭い氷の礫となって吹き抜ける。
 コハルとMAKOTOはそれぞれ反対側に跳び退くと、そのまま敵を挟み込むように左右から襲い掛かった。


 園舎屋上から撃ち降らされた猛烈な火線の雨は、美咲と有希に向かいかけていた牛頭の歩みを押し止めた。
「ここは子供たちが安心して遊ぶ幼稚園‥‥そりゃ、まぁ、ネタキメラは確かに子供たちも喜んだかもしれないけど‥‥いい加減、そろそろ遠慮してもらうんだよっ!」
 両手で大型リボルバーを保持したクリアが、その手を『銃座』に押し付けながら引き金を引き絞る。速射を重視したダブルアクション──強烈な反動を無理やり押さえ込みつつ、続け様に放たれる銃弾を必中範囲へ送り込む。
 一方、ガトリング砲を屋上の鉄柵から大きく振り出した愛華は、その身を赤く染めながら一気に砲弾を撃ち下ろした。高速回転する多重砲身、吐き出される炎の舌── 焼けた空薬莢が屋上を跳ね回り、着弾の砂柱が敵キメラの周囲に立ち上る。
 光沢のあるその硬い『皮膚』に跳弾が弾け、火花がその身を包み込む。だが、本命はその直後、照準射撃の後だった。一連射後に装填されていた『貫通弾』が撃ち放たれ、牛頭の『装甲』を撃ち貫く。愛華とクリア、二人がかりで放たれる『貫通弾』の豪雨。流体金属の下、キメラの胴部本体に血の華が咲き、牛頭が怒りの咆哮を上げる。
 だが、直後、キメラ表面の流体金属が大きくたわみ、着弾による衝撃を逃し始めた。火花が消え、代わりに流体金属が大きく波打つ。その強固で柔軟な『鎧』に『受け止められた』銃砲弾が、パラパラと地面に落ちた。
「銃撃が‥‥!?」
 驚く愛華とクリアをよそに、再び美咲へ歩き出す牛頭。愛華は奥歯を噛み締めた。『避け』ない相手を銃砲撃だけで完全に足止めするのは難しい。
「我斬さん‥‥!」
「おうよ!」
 瞬間、園舎の窓枠を蹴り越えた我斬が『迅雷』でもって突っ込んだ。新手の妨害者に向き直る牛頭。稲妻の如く跳び進んだ我斬が振り被った両手剣を打ち下ろす。
「このイカレた襲撃事件は今ここで終わらせる! まずはてめぇから消え失せろ!」
 敵が持つ6本腕、その一本を切り飛ばそうと振るわれた一撃は、だが、餅のようにしなる流体金属によっていなされた。舌を打つ我斬。別の腕からの一撃を地を蹴り後ろへ跳び避ける。途端、牛男の腕の1本が胴体に『引っ込み』、槍状に変形した反対側の腕がその分だけ伸張した。本来届くはずの無い場所へ突き出されたその鋭鋒を、我斬は大剣で跳ね上げる。
 そこへ再装填を済ませた愛華が再び砲火を撃ち下ろし、幾発かの砲弾が流体金属部分の薄くなった部分を貫通した。
 クリアは懐から指揮棒型の超機械を取り出すと、マジカルよろしく振り上げた。放たれた電磁波が牛男の『中身』を熱して焼く。或いは、知覚武器ならばあの『流体装甲』にも威力を半減されないのかもしれない。
 そんな手の届かぬ場所からの攻撃に苛立ちの声を上げる牛男。ユーキは懐から光線銃を取り出すと、園舎の屋上を怪光線で薙ぎ払った。偽装と遮蔽の為に鉄柵に括り付けておいたパネルと飾りつけが一瞬で燃え上がって吹き飛び、裏側に仕込んでおいたシールドに隠れた愛華とクリアが悲鳴を上げる。
「それ以上はさせん!」
「む‥‥!」
 第2射を放とうとしたユーキは、だが、突っ込んできた有希によってその射撃を妨げられた。有希と美咲はキメラでなくユーキに突っ込んでいた。キメラは我斬によって押し止められている。
「テメェの相手はこっちだって言っただろうが!」
 牛男の前に立ち塞がり、大剣で一撃する我斬。流体金属下の牛角が火花を散らして斬り飛ばされる‥‥
「言ったでしょう、もう逃がさないって!」
 袈裟斬り、斬り上げ、左の払い──有希の三連撃に間髪入れず、美咲が大剣で斬りかかる。ユーキはそれを半身でかわすと、袖の中から小剣を滑らせ、握る。
 先手を取ったユーキはゆらりと小剣を持ち上げると、踏み込みながら有希へと突き出した。有希は左でそれを払うと右の刀で反撃した。敵はそこにはいなかった。ユーキは有希が受けに使った左側、左側へと回りこみながら、浅く鋭い突きをジャブの様に突き出した。
(右の半身を『殺された』‥‥! 円の内側にいるうちより速いなんて‥‥!)
 有希は左での受けを諦め、その半身を引く事で相手に正対した。それに付け入るべく踏み込んだユーキの追撃は、しかし、態勢を立て直した美咲の突きに阻まれた。有希は間髪を入れず反撃に転じた。振り上げた一刀をフェイント気味に止めつつ、反対側の剣をその視界の『死角』から振り払う。それをかわさせておきながらクルリと身を回し、先程止めた一撃を遠心力と腰の捻りで再加速して振り払う。
 ユーキはそれを小剣で受け凌ぐと反撃へ転じた。ダン、と踏み込んだ小剣の突き。それを退いてかわした有希は、だが、次の瞬間、後ろへつんのめった。踏み込んできたユーキの足が、有希の足を踏んでいた。
「しまっ‥‥!?」
 引き戻される敵の刃を見ながら、有希は二刀を交差させる。だが、敵は刺突の為に退きはしなかった。むしろ前に出て密着し、足を踏んだまま反対側の膝を有希の腹へと叩き込む。
 屋上のクリアが悲鳴を上げた。上げた時にはもう撃っていた。ユーキに当てる事が出来るか分からないので、距離を取った有希を追撃しようとしたユーキの、その眼前の地面を撃った。弾着にたたらを踏むユーキ。そこを美咲が斬撃で割って入る‥‥
 絶体絶命の大ピンチ。だというのに、有希の口元には笑みが浮かんでいた。ヨリシロはシロートだというのにこの戦闘力。いったいどれほどの研鑽を積めば、ここまでの域に達せられるのか‥‥!
 強敵と対した戦士のサガ。畏敬にも似た念は、だが、次の瞬間消え失せた。
 気づいたのだ。
 奴はバグア‥‥その力もまた、他者が鍛え上げたものを奪い取ったものに他ならない。
 自らを鍛えず、他人の魂を貶めてきただけのモノが‥‥可能性を拓く事も知らぬ高等生物気取りの塵芥が、いったい戦士の何を語ろうというのか。
「戦士を、騙るな」
 再び二刀を握り直し、身を起こして有希が呟く。ユーキに斬撃を加えた美咲が『瞬天速』で有希の隣へ退いた。小剣を手に提げたユーキがゆっくりと歩み寄りながら言う。
「‥‥せっかくこちらの戦力を分断したのに、そちらも戦力を分散したのか。二人じゃ僕の相手は厳しいでしょうに」
 美咲がふん、と鼻を鳴らすのを見て有希は苦笑した。なかよし幼稚園の園舎は守るには、園庭にも戦力がいる。
「‥‥無機物の為に有機物を危険にさらす‥‥? まったく、地球人の考える事は分からないな」
「分からなくて結構。守っているのは無機物ではなく、想いです。それに‥‥もう一つ」
 意味ありげに、有希は言葉を切った。
「貴様の相手が二人だなんて、いったい誰が言いました?」


 同刻。園周辺部、交差点──

 周辺道路の封鎖は完了した。ようやくそれを確認して、能力者・御影 柳樹はホッと息を吐いた。
 道路に張られた封鎖線、回転する赤色灯。警官の誘導に従って車列が右へと流れていく‥‥ ともかく仕事は果たせそうだ。あとは幼稚園の屋台に残された食べ物を片付ける事に全力を‥‥
 と、そうこうしているうちに、封鎖線の『内側』からやって来た宅配トラックが検問に引っかかって止められた。
「あー、コバヤシ君? ちょーっと失礼するさー」
 運転席まで上るやそう言って、力を加減しながら運転手の頭にチョップする。きゅ〜、と目を回すコバヤシ君。フォースフィールドは確認できない。
 柳樹は通信機に手を伸ばすと、コバヤシ君が少なくともバグアや強化人間ではない事を皆に報告した。洗脳についてはまたこれから詳しく調べられるだろう。
(頑張ってさ、美咲さん。ここが正念場さぁ‥‥)
 すっかりと暗くなった空を見上げる柳樹。夜空には星が瞬き始めていた。


 刀と『剣』が打ち合わされる音が園庭に響いた。
 すっかりと暗くなった空。照明塔の明かりだけが広いグラウンドを照らす。
 敵と切り結ぶコハルと敵を挟み込むMAKOTOが、背を見せた敵に突進して槍の穂先を素早く繰り出した。流体金属の薄い部分を貫き、本体を傷つける連続突き。怒った牛頭が振り返り、腕の一本を鞭状に変化させてコハルの接近を牽制しながら、2本の腕を槍状にしてMAKOTOへと突き出した。MAKOTOは余裕を持って槍の穂先でそれを払うと、下段へのフェイントを入れてから上段──敵の胸部へと突き入れた。瞬間、牛頭の胸部が今以上に盛り上がり、その鋭鋒を受け止める。MAKOTOは舌を打ちながら、槍がその胸に呑まれる前にその穂先を引き抜いた。槍はどうしてもピンポイント型の防御に弱い。故に読まれぬよう位置を変えて突くのだが、今回は上手く合わせられた‥‥
 と、突然、牛頭は地面に2本の『槍』を突き立てると、その胸部をぐにょん、と引っ込めた。あっけにとられるMAKOTOの背後、地面から槍が突き出される。
 その視覚外からの攻撃を、MAKOTOは地面に落ちた影から察し、身を捻ってかわしにかかった。だが、2本の『槍』の両方はかわしきれず、1本がMAKOTOの大腿部を斬り貫いた。激痛が走り、MAKOTOが地面に膝をつく。
 だが、その『地下茎』による攻撃は、牛頭にとっても致命傷を招くこととなった。
 MAKOTOは地面から突き出されたその2本の『地下茎』を引っ掴むと、地面を梃子にして肩越しに保持。拘束したのだ。
「分離した一部が独立して動かないことも、自ら切り離したり出来ないことも、これまでの戦いで分かってる‥‥今だよ、コハル! 今なら奴の『装甲』は薄いはず!」
 コハルはハッとした。流体金属の質量はその多くが『地下茎』に振り分けられている。
 コハルは盾を捨てると、両手で刀を保持して牛頭へと切りかかった。『地下茎』で地面に固定された敵は動くことすらままならない。コハルは反撃をかわしながら、細くなった胴体部分を一文字に薙ぎ払った。致命傷を受けた牛頭が倒れ、流体金属がどろりと融けてなくなる。後には頭と胴と脚の骨格だけが残された。
「マコっちゃん!」
 コハルはそれに見向きもせずに、戦友の元へと駆け寄った。脚部を縛って応急処置をしたMAKOTOは、「まだ戦える?」とコハルに問うた。
「そりゃ勿論‥‥て、まさか!?」
 その怪我で!? と叫ぶコハルにMAKOTOはニヤリと笑った。
「とりあえず‥‥駐車場まで運ぶ事くらいはできるよ?」
 そう言うMAKOTOの手には、ヘルメットが握られていた。


 園外を回りこんで駐車場の北へと達した桜と仁奈は、駐車場のブロック塀の陰からそっと中を覗き込んだ。
 屋上からの援護の下、牛頭と戦う我斬の姿。そこから少し離れた場所で、ユーキが美咲と有希と対している。何かを話しているのか、その背中は無防備にこちらへ向けられていた。
「よし、チャンスじゃ。仁奈、息をあわせて『ダブルペネトレーターキック』といくのじゃ」
「おおっ!? 桜ちゃん、なんか格好ええよ!」
 目を輝かせる仁奈に胸を張る桜。二人は刑事ドラマよろしく塀の影からタイミングを伺うと、タイミングを合わせて『瞬天速』で突っ込んだ。
「うちと桜ちゃん、愛と、正義と、肉欲のー‥‥」
「にく‥‥え???」
「だぶるゆにぞんきーっくっ!!!」
 足の裏を並べた連携飛び蹴り。叫んでいる。勿論、奇襲などではない。その本意は牽制。敵の注意をこちらへ向ける事が第一だ。
 だから、ユーキに後ろ回し蹴りで対応され、吹き飛ばされたとしても、その意は既に達せられた。ユーキが体勢を立て直すより早く突っ込む美咲と有希。受け損なったユーキの皮膚に血の赤い筋が走る。
「仁奈、大丈夫か!」
「『ぐふぅ‥‥な、内臓がいっちまったぜぇ‥‥』」
「よし、大丈夫じゃな、行くぞ!」
「うぅ‥‥桜ちゃんてば分かってるぅ」
 飛び起きて背後から襲い掛かる桜と仁奈。屋上からそれを見ていた愛華が、弾薬箱から弾帯を引っ張り出しながら羨ましそうに指をくわえる。
 柳樹から周囲の封鎖が完了した、との連絡が入ったのはその時だった。
「なるほど‥‥準備は万端、整っていたというわけですか‥‥」
 ユーキが無表情に呟いた。周りにはぐるりと能力者‥‥園庭のキメラは既に倒されている。突破は困難。突破できたとしても、包囲を抜けるのは至難だろう‥‥
 敵中に侵入するという無茶が祟った。最初から美咲に拘泥などしなければ、このような事にはならなかった。
 だが、後悔はない。
 美咲は自分が育て上げた一級品だ。これまでも、そして、今この時も──そのような存在に倒されるならば、冥利につきるというものではないか。
「私が打ち倒されるときは、そのような者が相手でなければならない──だからこそ、全力で応えよう」
 そう言った瞬間、ユーキの身体に異変が起こった。肉体が一回り大きくなり、その腕には鉤爪、頭には角が、そして、口には牙が生えてきて、皮膚をぬるりとした鱗状のものに覆われる。
 『限界突破』か──? いや、そうではなかった。『従者力(サーヴァントノウ)』──キメラの特殊能力を全て使えるようになる、バグアの特殊能力である。
 ユーキ、いや、祐樹以外の何者かへと外観の変貌を遂げたバグアが、美咲へ向け呟いた。
「さぁ、これで全力を出せるだろう‥‥? 決着を、つけるとしよう」


「邪魔はさせねぇよ。美咲先生の決意を知った以上、尚の事!」
 我斬は大きく息を吸って突進すると、大剣の先を地に滑らすように走りながらその切っ先を振り上げた。上段‥‥見せかけて下段。弧を描いて振り下ろされた切っ先に対応して流体金属が下へと集まる。
 瞬間、我斬は身を伏せた。流体金属の薄くなった上半身が周囲の射界に晒される。
「愛華!」
 砲弾の雨が撃ち下ろされ、何発もの砲弾がその『装甲』を貫いた。ガクリと揺らぐその身体──我斬の斬撃と愛華の砲撃を喰らい続けた牛頭は既に限界だった。その前に立つ我斬。大剣を構えた彼は──そのまま何もせずに次の戦場への移動を優先させた。
「止めは任せるぞ」
「然るべく!」
 大剣を手に佩いて走り去る我斬。再装填を終えた愛華が力尽きかけた牛頭を砲撃で介錯する──

「人の思い出を汚す無粋なバグアには、早々にお引取り願おか!」
「美咲はこの園に居なくてはならぬ者じゃ。お主なぞに連れていかせはせぬ!」
 美咲と有希の連続攻撃が終わると同時に、続けて仁奈と桜が切りかかった。
 桜の薙刀による薙ぎ払いからの打ち下ろし、それに合わせて仁奈がにゃー、と腕のクローをコンパクトに振り出しつつ迫る。
 その斬撃の全てをユーキは避けなかった。分厚い甲殻と回復能力にダメージの半分以上を吸収させつつ、口から火炎の息を吐く。
「わわっ!?」
 輻射熱に炙られながら、桜と仁奈はそれをかわした。地に突いた薙刀を軸にクルリと身を回した桜が、炎を飛び避けながら脚爪でユーキの頬を裂く。地に伏せた仁奈はそのまま身体を回すようにして脚爪でユーキの足を刈った。瞬間的に高速化した蹴りが目にも留まらぬ速さで足を薙ぐ。
 だが、肉を半ばまで切り裂かれながらも、ユーキは倒れなかった。ポゥ、とユーキの手に集まる淡い光──それを見た仁奈は目を見開いて後転で飛び起きて‥‥
 しかし、ユーキはそれを仁奈には放たなかった。後ろから打ちかかろうとした美咲を振り返り、防具越しに『神弾』を叩き込む。後ろの二人には、代わりに巨大な『尾』が振り払われた。薙刀を吹き飛ばされつつも、桜は後方宙返りで後方へと着地した。仁奈は避けられなかった。左腕の上から尾を打ち付けられ、その尾っぽごと吹き飛ばされる。
「いかん! 外式、叶星乃太刀‥‥!」
 『天地撃』でユーキを打ち上げようとした有希は、だが、その出だしを相手の『怪力』に潰された。ユーキが右手に持っていた小剣を左手に投げる。
「スイッチ‥‥!」
 それを目で追った‥‥追えてしまった有希は、右手の鉤爪にその頭部を一撃された。ガクリと右膝をつく有希。左の小剣を振り上げたユーキが止めを振り下ろそうと‥‥
「有希さんっ‥‥!!!」
 直後、超機械を持つ左手の上に銃把を握った右腕を乗せ、クリアがアラスカ454を撃ち放った。ギィンッ! と金属音が鳴り響き、ユーキの小剣がクルクル回りながら宙を舞う。それを見上げたユーキは、直後、ライトに照らされその目を細めた。爆音が鳴り響き、突入してくるMAKOTOのバイク。刀を手にしたコハルが飛び降りた直後にMAKOTOは車体を滑らせ‥‥その質量で力場ごと薙ぎ払う。
「今じゃ!」
 薙刀を拾い上げた桜が、コハルが、身を起こしたユーキの背の鱗を全力を込めた一閃で切り裂く。
 美咲は血を吐きながら立ち上がると、ユーキの頭部目掛けてその大剣を振り被り── 祐樹を思わせる理知的な瞳にその身を硬直させた。
 ユーキがその牙を剥き出しにして美咲の首筋に喰らいつこうと飛びかかる。だが、次の瞬間、ユーキはクイ、とその足をつんのめらせた。
 左腕を砕かれながらも尻尾を離さなかった仁奈が、その体重をかけて押さえ込んでいた。相手の動きを止めることはできない。だが、動きを鈍らせるには十分だ。
 その間に我斬は無言で走り寄ると、動けない美咲に代わってユーキの背を一撃した。
 致命傷だった。
 折れた背骨が鱗を突き破って露出して‥‥倒れ伏したユーキは、その全身を粟立てながら消えようとしていた。
「バグア・ユーキ‥‥いえ、あなたの本当の名は何?」
 歩み寄ったコハルが消え行くバグアにそう訊ねる。バグアは小さく首を振った。我がヨリシロにしてきた戦士たち、その全ての名が我の真名だ。その詠唱には何十分とかかる。
「これで君は自由だ、美咲‥‥我が、戦士、よ‥‥」
 その言葉だけが風に乗り、美咲の耳元へと届き‥‥
 やがて、激しい戦いが嘘の様に、後には何も残らなかった。


「あのバグアは最後まで分からなかったね‥‥美咲さんは『戦士』じゃない。『先生』なんだってこと」
 連絡を受け駆けつけた軍や警察でごった返す駐車場。多数の赤色灯が回るこの戦場跡で、クリアはそう呟いた。
 園児たちを守りたいから武器を取る、守るべき者がいるから強くなれる── 美咲さんの強さは『戦士』のそれとは違う。恐らく『母親』のそれに近い。それは恐らく、あのバグアが求める『戦士』の強さではないのだ。或いはだからこそ求めたのかもしれないが‥‥きっと、あのバグアには永遠に理解できまい。
「でもこれで、イベントにネタキメラが来なくなって子供達が退屈するかもね」
 苦笑しながらそんな事を言い残し。クリアは有希に付き添って救急車に乗り込んだ。
 同じく、桜にサムズアップをしながら別の救急車に乗せられる仁奈。病院へと走り去るその姿を見送って‥‥桜は美咲を振り返った。
「さて! これからが大変じゃ。そろそろ平和なイベントもせぬとの? 園児達もお主が戻るのを望んでおるじゃろうて」
「‥‥いや、まだだよ」
 そう呟いた美咲は、桜たちをよそに歩き出した。その向こう、制服だらけの中で目立つ背広姿の男が美咲へ歩み寄り、無表情にこう告げる。
「‥‥上級職への転職条件として、これまで貴女──橘美咲に認められていた兼業の権利は失われた。これより貴女が向かう先は‥‥他の能力者たちと同じLH、戦場だ」
「問題ありません。‥‥お陰で、ユーキを‥‥バグアを倒せましたから」
 淡々と答える美咲に、背広の男はその表情を歪ませた。
「貴女は、バカだ‥‥」
 そのまま早足で歩き去る背広の男。彼と美咲の間に何があったのか、それは能力者たちには分からない‥‥
「‥‥なんにもなくなってしまった」
 能力者たちの所へ戻った美咲は、呆然とそう呟いた。ヨリシロにされた祐樹の亡骸は残らない。あれだけ倒すことを望んでいた宿敵ももう存在しない。園児たちとの日常も失われた。これから待つのは顔も知らぬ敵との戦いの日々だけだ‥‥
「バカを言うな」
 我斬が告げた。彼が顎をしゃくった先には、MAKOTOとコハル、柳樹に連れられて来た、香奈や園長を初めとするなかよし幼稚園の先生たち──
 なにもかも失われた? バカを言うな。なかよし幼稚園は今もまだ、こうしてここにあり続ける。
「忘れないで、美咲ちゃん。私たちはここでいつまでも美咲ちゃんを待っているから」
 香奈の言葉に目を見開いて立ち尽くす美咲。愛華は後ろからそれをギュッと抱きしめた。
「美咲さん‥‥泣いても、いいと思うよ?」
 香奈が、園長が、そして、先生たちが。ギュッと美咲を中心にして抱きしめる。
 その温かい人々の真ん中で、美咲は天を仰いで咽び泣いた。