タイトル:美咲センセと作戦会議マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/21 12:25

●オープニング本文


 自分とこの車両がキメラの輸送に使われていた──
 地元で小さな運送会社を営む山中熊雄は、その事実を聞かされた際、身体中から血の気が引くような、そんな感覚に捉われた。
 時節のイベントの度にネタキメラに襲われ続けてきた『なかよし幼稚園』── 前線から遠く離れたこの場所にキメラを運び入れる為に、襲撃の黒幕たるバグアはなんと、宅配便を──しかも、選りに選ってうちの宅配便を、利用し続けていたという。
 目の前が真っ暗になる、という言葉があるが、それが比喩表現でもなんでもない事を、この時、自分は初めて知った。脳裏に浮かんだのは、家族や社員たちの顔。‥‥小さなことからコツコツと。軽トラ1台から始め、人生の半分を費やして大きくしてきた私の会社もここまでだろう。軍や警察の手入れを受けたとなれば、小さな宅配業者などあっという間に潰れてしまう。
「いいわよ? 通報しなくても」
 土下座する私に、幼稚園教諭の若い女性──確か、美咲先生と呼ばれていた──がそう言った。その時の私には、彼女の姿が女神に見えた。‥‥それが錯覚である事は、すぐに思い知らされた。
「その代わり。やってほしい事があるんだけど」

 以来、私、山中熊雄のため息を吐く毎日が始まった。
 ユーキ(黒幕のバグア)が来たら、すぐにそれを報せる── それがあの時、美咲から出された条件だった。
「ユーキはこちらに手の内がばれた事を知らない。なら再び同じ手を使ってくる可能性がある」
 なるほど、その為には、うちが何食わぬ顔でふつーに営業を続けている必要がある、というわけだ。おかげでなんとか事業は継続する事ができたが、代わりに、ビクビクしながらバグアを待ち続けなければならなくなった。しかも、実際にその時が来たら、ユーキを美咲先生に引き合わせる為、キメラと分かり切った荷をなかよし幼稚園まで運んでいかなければならない。
 ‥‥胃が痛い。正直、勘弁してくれ、と思う。熊雄という名前に反して、私の気は小さいのだ。
「まぁ、シャチョー。『なるよーになる』ッスよ。フランス語(またはスペイン語)とか沖縄弁で言えば、チョーいー感じッス」
 社の事務所のカウンターで、部下の一人のコバヤシ君が『ちょー気楽』にそう言った。
 この今風の若者、といった感じの風体をした若い部下は、お世話になったヒトが残した一人息子であるのだが‥‥ 会社に内緒でアルバイト──社を通さず、個人的に請け負った荷を運んで報酬を貰う、といった勝手を行い、知らぬ内にキメラの輸送に手を貸していたという、いわば全ての元凶とも言える男だった。
「ちょっと、コバヤシ君‥‥元はと言えば、みんな君のせいなんだからね。分かってる?」
 コバヤシ君は聞いちゃいなかった。事務所の扉を開けて入ってきたお客さんに対応する為、こちらに背を向けるコバヤシ君。色々と諦めた表情でそれを見やりながら、私は事務仕事に戻ろうとして‥‥ 瞬間、視界に入った客の顔に目を見開いた。
 吉野祐樹── 大荷物のお得意様、『なかよし幼稚園』にキメラを送り続けたバグアの『ユーキ』‥‥!
 その男と視線が合いそうになって、私は慌てて身体ごと机に振り向いた。‥‥早鐘の様に鳴る心臓── がたがたと震える手をもう片方で押さえ込み、書類仕事を続ける振りをしながら耳を澄ませる。
「至急便‥‥本日中ッスね。時間の指定は‥‥午後7時? また急ッスね〜。受け取りは向こうで? お? 今日は同乗していきますか!」
 バグアを前にしても、コバヤシ君はいつもと変わらず落ち着いたものだった。淡々と書類に必要事項を埋めていくコバヤシ君。いや、流石に口笛交じりというのは接客態度としてどうなのよ?
「シャチョー。ユーキさんの仕事が入ったので、ちょっくら行ってきまーす」
 伝票の控えをこちらに渡し、バグアと共に荷を載せるため平然と出て行くコバヤシ君。積荷の欄には、『なかよし幼稚園 イベント用仏像。6本腕仁王像(?)、メタリックビキニタウロス ×2』と書かれていた。‥‥相変わらず、よく分からない。
 私は震える手で電話の受話器を取ると、なかよし幼稚園の電話番号をプッシュした。美咲先生はこちらから電話が来る事を予測していたようだった。彼女はコールが2回と鳴らない内に電話に出た。
「もしもし。来るの?」
「‥‥はい。これより、お届け時間と積荷の内容? を伝達します‥‥」


「宅配便から連絡があったわ。これより2時間後に『ヤツ』が来るって」
 なかよし幼稚園の教室の一つに設けられた『対ユーキ作戦会議室』──
 中で待機していた傭兵能力者たちに向かって、幾分、緊張気味の美咲がそう言った。
「ひっかかりましたね」
 そう言う彼らに、美咲はぎこちなく口の端を上げる。今回、園の内外に周知されたイベント、『花火大会』は、美咲がユーキを誘き出すべく画策した偽イベントだったのだ。
 美咲は卓上に園の見取り図を広げると、それを地図代わりに説明を始めた。
「『敵』の到着は午後7時── 『予定』では、イベントが始まってから30分後、って所ね。勿論、実際には園児たちもおらず、ヤツを待ち構える私たちしかいないわけだけど‥‥なるべく、気づかせるのを遅らせる為に、飾りや屋台、囃子なんかは流すつもり。でも、実際に車から降りれば、一発で気づかれてしまうでしょうね」
 美咲は言った。故に、戦闘は相手が車から降りたその場所で始められる事になるだろう。
「予測される『敵』の乗り入れ地点は2箇所。園舎の裏手、北側に広がる園駐車場。そして、園庭の南側にある送迎バスの降車スペースよ。北の駐車場は広い砂利敷きの駐車場で、車両は避難済み。大型の照明塔もあって、戦うには申し分ないわ。ただし、園舎を挟まなければ他の場所にいけないのが玉に瑕、ね。南側のスペースはマイクロバスが転回できる位の広さがあるけど、駐車場や園庭と比べると狭く、照明も暗くて『戦い易い』とは言えないわね。門の外がすぐに通りなのも逃げられ易くてマイナス、かな」
 ユーキとの決着を目指す美咲たちにとって、今回の戦いは逃げられてはならない戦いだ。敵は既にイベント内容に拘らない、戦闘能力を優先させたキメラを連れてくるようになっており、それらを排除、あるいは隔離した上でユーキを討たねばならない。
 その為に、主戦場をどこに設定し、どのような仕掛けを施すか‥‥ヤツが来る2時間で考え、準備をしなければならない。
「あの『ユーキ』は私になんかしらの執着を持っている‥‥上手く使えば、ヤツをこちらのキルゾーンに持ってこれるかもしれない」
 その為に私は上級職になったのだから。あの日から始まった因縁に決着がつけられるというのなら──
「私自身を含めて何を使ってくれてもいい。今度こそ、ここでユーキを倒すための、作戦を練り上げましょう」

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

「遂に、美咲さんが決着をつける時が来るんだね‥‥」
「そうね。長い因縁にピリオドを打つ時‥‥これで園長先生の胃が痛くなくなるとイイね」
 響 愛華(ga4681)と葵 コハル(ga3897)は顔を見合わせ頷いた。
 黒幕のユーキと決着をつける── 美咲は強い決意を能力者たちに告げていた。提示された依頼内容は、ユーキを待ち伏せ、叩くというもの。これまでの警護や護衛とは違う。
「今までのパターンからすれば、イベントへの襲撃にはユーキは加わらないはずよ。むしろ、ユーキ本人は戦闘を避けてる節があるわ」
 美咲が言う。『逃げ』に徹するであろう敵をいかにして決戦に引きずり込むか。ユーキを討つにはその辺りが重要になってくるだろう。
「──南側の駐車スペースを封鎖できませんかね?」
 園の見取り図を見下ろしながら、鋼 蒼志(ga0165)が顎を摘んでそう言った。現状では、敵が北と南、どちらに来るのかが分からない。片方を封鎖する事ができれば、戦場となるべきエリアを限定できる。
「駐車スペースをイベントのバックヤードにしちゃうのはどうかな?」
 愛華の言葉に能力者たちは頷いた。
「そうと決まれば、早速、荷物を積んでしまいましょう。龍深城さん?」
「おう。力仕事は任せてくれ」
 準備にかけられる時間はあまりない。蒼志に声をかけられた龍深城・我斬(ga8283)は両手剣を手に立ち上がると、偽装用の屋台を幾つかバラして運ぶべく、園庭へと出て行った。
「美咲先生、偽装用の祭囃子と園児たちの音声データは‥‥」
「あ、それなら桜さんが香奈先生と一緒に準備してるんだよ」
 蒼志の問いに愛華が答えた。愛華の友人であり『妹』でもある綾嶺・桜(ga3143)は、先程から巫女服を翻しながら忙しく動き回っていた。
「中身はないしょじゃ。摘み食いでもされてはかなわぬ」
 なにかおいしそうな匂いのするダンボール箱とガスボンベを抱えて、園庭を走っていたのが先程の事。今は音響関係の準備をしている。
 香奈先生に桜の手伝いを頼んだのは愛華だった。
「荒事は私たちが引き受けるから‥‥ 香奈先生には、こうした事で手助けをして欲しいんだよ」
 美咲の中学時代からの親友でもある香奈もまた、ユーキ──祐樹とは浅からぬ縁がある。思いつめた行動を取らぬよう、愛華は気にかけていた。
「運送会社によれば、荷に記されたキメラは、6本腕仁王像『メタリックビキニタウロス』×2、だそうですが‥‥これについては、何か心当たりがありませんか?」
 テーブルに資料を広げた守原有希(ga8582)は、戦闘に投入されるであろうキメラについて美咲に尋ねた。有希とその婚約者であるクリア・サーレク(ga4864)は、多人数参加型アクションゲーム、『ファイナルクエスト』に関する資料を集めていた。美咲と香奈、祐樹が学生時代に熱中したゲームであり──同時に、甘酸っぱい青春の1ページでもあったわけだが──前回現れたキメラは、このゲームの中ボスを模したものだったらしい。
「なにか『メタリックビキニタウロス』に該当しそうなモンスターとかなかったかな? 攻撃方法とか弱点とか調べられると思うんだけど」
 クリアの言葉に、美咲は首を傾げた。
「‥‥ごめん。メタリックでビキニなミノタウロスなんて、そんなマニアックなもの、ゲームでも見た記憶がないよ」
「では、他にユーキに関わる思い出の中に、そのようなものに関する記憶はないのかの?」
 聞き返したのは桜だった。荷運びを終えて戻ってきたらしい。背後には我斬と香奈の姿も見える。
「どんな思い出だよ」
 ツッコミを入れつつ美咲は再び考え出した。
「バグアはヨリシロの精神に引きずられるらしいから、何かしらユーキの意思が込められているのかもしれないよ?」
「確かに、なにか思い出に関連している場合が多いからの。‥‥ってビキニミノタウロスも?」
 クリアの言葉に、桜と美咲はかつて現れたビキニタウロスを思い返し‥‥ 無言で同時に香奈の胸へと視線をやった。
「‥‥ムッツリね」
「ムッツリじゃな」
「え? え?」
 注目を浴びて慌てる香奈。「‥‥クッ!」と我斬が悔しそうに歯を軋ませ、コハルがそれを呆れたように半眼で流し見る。「どうしたの?」と分からず小首(と胸)を傾げる愛華。「ぬしには関係ない話じゃ!」と桜と美咲が天を仰ぐ‥‥
 ん? と振り返るクリアから慌てて視線を外す有希。「あはははは‥‥」と苦笑した彼は、直後、残念そうに嘆息した。
「多人数参加型のゲームなら、季節イベントは必須‥‥ ユーキがゲームのクエストとかをなぞっているのかも、とも考えたのですが」
 その言葉にコハルが振り返った。
「そういえば、ユーキの目的とかって、一切不明のままなんだよね。なんとなく、『ヒーローは綺麗なものじゃない』みたいなものは見えたけど」
「どうして件のバグアはわざわざユーキさんをヨリシロに選んだのか‥‥それも引っかかるんだよ」
 愛華も頷いた。一瞬、『作戦室』が沈思に包まれる。
「そのような事は詮無きことです」
 チラと美咲に視線をやって、蒼志が咳払いと共にそう言った。
「今は敵を倒す事だけ考えればいい。敵の狙いがなんであろうと、倒してしまえば終わりな事に変わりありませんから」


 一時間が経過した。
 園庭に出た蒼志は、襲撃時を想定して繰り返しシミュレーションを行うと、実際に螺旋槍を手にして模擬訓練を開始した。
 『先手必勝』。地を蹴り、園庭から園舎へ疾く駆け抜けて‥‥エントランスを抜け、開け放しにした裏口から砂利敷きの駐車場へと抜ける。そこには敵手たるバグアとその手駒たる2体のキメラ。蒼志は『仁王咆哮』で連中の気を惹きながら、戦闘へと突入する‥‥
(まず来るのはやはりキメラか。数は2。ユーキを直撃するのは難しいな。出来たとて、初見時の体裁きを見るに、難敵なのは間違いなし‥‥さて、どうしたものか)
 一方、園庭端の屋台の一つでは、ビールケースの上に乗った桜が、香奈に手伝って貰いながら実際に調理を始めていた。
「なにしてるんだ?」
 バックヤードへ運ぶ荷を手に、通りかかった我斬が声をかける。
「烏賊焼きじゃ。偽装を完璧にすべく、実際に匂いの出る食べ物をこさえているのじゃ」
 捻り鉢巻を巻いた額に玉の様に汗を浮かべながら、手を休める事無く桜が答える。確かに匂いは広がっているようだが、と我斬は背後を振り返った。園舎の2階、ベランダの飾りつけをしている愛華が、犬耳尻尾を振りながら食い入るようにこちらを見ている。
「しかし、美咲はてっきりエースアサルトになるもんじゃと思っておったのじゃがのう」
「いや、敵の狙いである美咲先生が『瞬天速』を使えるのは大きいぜ。相手を誘導しやすくなる」
 香奈が、親友の想いを代弁した。
「たしかに、自らの手で決着をつけるならエースアサルトがいい、と美咲ちゃんも言ってました。でも、それだと、優先的に狙われた場合、最後まで戦場に立っていられるかわからない‥‥ 自分の役目は囮になる事だから、この方がいいんだ、って」
「‥‥この1戦だけの為に、上級職を選んだのか?! 先生兼業の権利を失ってまで?!」
 香奈は苦しそうに美咲を見やった。
 美咲の覚悟。その為に美咲が失うものがどれ程大きいか。親友である香奈はそれが痛いほどに分かっていた。

 さらに時間が経過し、到着予定時刻が近くなった。
 スピーカーからアナウンスが流れ、園長始め準備を手伝ってくれていた先生たちが避難を開始した。桜がバックヤードの『抜け道』を抜け、門についた小さな扉をいつでも開けられるように待機する。
「あー、香奈先生は、くれぐれもこっそり覗き見とかしに戻らないように。人質とかにされたらオ‥‥美咲先生とか、すっげー心配するからね。‥‥南から避難して下さい。ヤツと鉢合わせしないよう、くれぐれも注意して下さいね」
 大丈夫ですよ、と振り返った香奈は、だが、本気で心配している我斬の表情を見て固まった。‥‥振り返り、出てこなくなった言葉の代わりに、重く、深く、頭を下げる。
「どうかお願いします。力のない私に代わって、美咲ちゃんを助けてあげて下さい。戦えない私に代わって、ユーキくんをあの人をバグアから『解放』してあげて下さい‥‥」
 我斬は香奈の肩を掴むと、その頭を上げさせた。なんとなく泣きたくなりそうな心持ちで、笑顔を作る。
「勿論。全力で美咲さんを守りますよ。バグアもペペペペペーっと倒します。‥‥それが貴女の望みなら」
 振り返る事無く、我斬は自分の待機場所である園舎へと駆け込んだ。同じく園舎待機のコハルが「遅かったわね」と声をかける。
「来るわよ」
 壁際に背をつけ、小さく開けた窓から外を覗きながら、コハルが言う。我斬は無言で頷くと、両手剣の鞘を床へと落とした。

「よし、これで完成、っと。クリアさん、愛華さん!」
 屋上で飾り付けを作っていた有希は、手描きで完成させたパネルを持ち上げながら、刷毛をペンキ缶に放り上げた。呼ばれたクリアがおー、とその絵に感心する間もあればこそ、急いでそれを鉄柵に吊るしかける。有希が持ち上げている間に、クリアと愛華が針金でそれを留めていく。最後に、愛華はメトロニウム製の盾を絵の描かれたベニヤ板の裏に防弾板代わりに立てかけ‥‥ 愛華とクリア、二人の為の即席の銃座はようやく完成した。
 ギリギリだった。既にキメラとユーキを乗せた宅配便のトラックは、南側から北側へと回りつつある。ここまで時間がかかったのは、南側の2階ベランダと屋上北側、2箇所に擬装を施していたからだ。
 クリアは有希が用意した打ち上げ花火を並べると、ライターで次々と火をつけた。打ち上げられる花火は祭りの偽装であると同時に、トラックが北側に回った事を示す狼煙でもある。
「すみません、クリアさん‥‥ うちの事情に巻き込んでしまって‥‥」
 決戦の助っ人をクリアに詫びる有希。クリアは慌てて首を振った。
「違う、違うよ、有希さん。たしかにボクが戦ったのは芋掘りの時だけだけど‥‥ 美咲先生も、香奈先生も、園児の子供たちも、みんなを知っているんだよ!」
 たとえどんな理由があれ、この園が脅かされてよいはずがない。クリアはそう信じている。
「それに、別段、死にに行くわけじゃないんでしょ?」
 クリアの言葉に、有希は目を見開いた。そうだ。死にに行くわけじゃない。戦って、勝って、クリアさんと一緒に生きて戻る‥‥!
 そっと手を握り合う有希とクリア。それまでジッと‥‥色んな意味で気配を消してきた愛華が、花火の合図で上がってきた美咲に気づいて手を振った。
「来たよ、美咲さん」
 覗き穴から駐車場を見下ろした愛華が言う。中腰で駆け寄った美咲が代わった。
「‥‥大事な事だから先に聞くよ、美咲さん。桜さんと迂回・挟撃班に回る? それとも前に出て囮になる?」
 美咲の返事は早かった。──矢面に立つ。恐らくそれが、自分に拘るユーキを誘引するには一番効果的だろうから。
 美咲の覚悟に愛華は頷くと、ペチ、と小さく、美咲の頬を叩いた。
「私たちは仲間──友達、だよ。自分の事を『使って』なんて言わないで。『一緒に』頑張ろう!」
 美咲は驚いたような顔をしたが、すぐに照れたように苦笑し、頷いた。愛華はホッとした。死に急ぎかねない危うさが美咲にはあったからだ。
「じゃあ、美咲さん──必ず決着をつけようね」

●作戦の結果
「あれ? 駐車スペースが空いてないッスね‥‥ しゃーない、駐車場へ回りますんで」
 閉められた鉄柱の門扉と置かれた荷物に目をやって。運転席のコバヤシ君は、ウインカーを出しながら、園西側の道路へ入った。
(イベントなのに、正門を閉じてバックヤードに‥‥?)
 確か駐車場には裏口しかなかったはずだ。訝しむユーキの疑念は、だが、回答を得る時間はなかった。トラックは園をグルッと回り‥‥北側の駐車場へ入りつつある。
 待機していた南門から外へ出た桜は、トラックが行った反対側、東側から園の外側を回り込んだ。北側に回りこみ、敵の退路を断つ為だ。
「ここできっちりと決着をつける。‥‥まぁ、イロモノキメラとの戦闘がなくなると思うと、ほんのわずかじゃが寂しい思いがないこともないような気がしないでもないが」
 一方、駐車場に到着したコバヤシ君は、すぐ側にバグアがいるにも関わらず、堂々と──或いは淡々と、コンテナからキメラが入った箱を二つ、降ろす作業を続けていた。
「しかし、あのコバヤシってのは‥‥大物なのか、アレなのか、分からないわねー、ホント」
 それを園舎の窓から覗いていたコハルは、感心するなり、呆れるなり、複雑な表情でその様子を見守った。まさか、アレは洗脳された借りの姿で、本当は超つくほどド真面目な人だったらどうしよう‥‥
「‥‥‥‥。‥‥ないわね」
 これまでのコバヤシ君の態度を思い出してみて‥‥コハルは苦笑と共にそう結論付けた。あぁ、園長先生の胃が痛くなる日は遠くなろうとも、あの運送会社の社長の胃の痛い日々はまだまだ続くに違いない‥‥
「作戦を開始します。いいですか?」
 屋上で、有希が美咲に確認してくる。彼の合図と共に、我斬がコバヤシ君の確保を行う事になっていた。
 これは、コバヤシ君の保護であると同時に、彼がユーキの手先となっていない事を確認する作業でもあった。彼はあまりに落ち着きすぎている。洗脳なり強化なりされている可能性は排除できない。有希はそう思っていた。
 駐車場を見下ろしていた美咲は‥‥だが、降ろされたコンテナの大きさを見て、有希に作戦の中止を求めた。『迅雷』で駆け出そうとしていた我斬が慌てて廊下から部屋へと戻る。
 美咲は脳内で作戦をシミュレートしてみた。駐車場のユーキと強敵キメラ2体。こちらの配置は、園庭に蒼志、園舎内にコハルとユーキ。屋上銃座に愛華とクリア。そして、正面へ出る予定の有希と美咲。‥‥こちらの配置は全て敵の南側に集中していた。敵が北への離脱を選択した場合、回りこんだ桜一人では、到底止められない。
 美咲はコバヤシ君への吶喊を中止するよう頼むと、全員に待機を願い出た。「ユーキとキメラを分断する」。それだけを口にする。
 やがて、代金を受け取ったコバヤシ君は、トラックに乗り込むと駐車場から出て行った。ユーキはイベントを襲撃すべく、キメラに園庭への移動を命じる。
 だが、なにかしらの疑念を抱いていたユーキは、まず1体だけを前進させた。流体金属っぽいメタリックなビキニタウロスが園舎を回って歩いていく‥‥
「気のせいか‥‥?」
 駐車場に何の反応もない事を確認したユーキは、もう一体のキメラに前進を命じると、自分は帰ろうと踵を返しかけた。
「逃がさないわよ。今日こそは」
 有希と共に、2階屋上から飛び降りた美咲が告げる。
 ユーキは驚いたような表情を見せた。──昔と変わらぬ顔でもって。

(続く)