タイトル:F-201C/E(COP)の初陣マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/13 03:53

●オープニング本文


 ギガワームの北上によって、北米・東海岸の戦線はどこもかしこもひっちゃかめっちゃかになってしまった──
 オタワから前線に向けて走り続ける輸送部隊、その最後衛に位置する第4群の先頭を走るKVキャリアー── その高い運転席の窓越しに、隊で最古参のベテラン、ブル・バウアーは、忌々しげにそう呟きながら、噛んでいた噛みタバコを路上に向けて吐き捨てた。
 それを見て、隣の助手席に座る新兵、ルークは眉をひそめ、あからさまに迷惑そうな視線をブルへと向けた。だが、ブルはお構いなしに新たな噛みタバコを口の中に放り込むと、音を立ててそれを噛みながら、調子はずれなカントリーを鼻歌で歌いだす。
(まったく、かんべんしてくれよ‥‥)
 ルークは大きなため息をつくと、車窓を流れる景色へ目をやった。
 見渡す限りの大地は緑に萌えて、戦況に関わらず常と変わらぬ佇まいを見せていた。空も変わらず蒼く、高く、薄い雲を幾重にも重ねて広がっている‥‥
(ああ、自然はこんなにも美しいというのに、なぜ俺は‥‥こんな南部出身のいけ好かない爺さんの隣に座って、長く退屈で苦痛に満ちた時間を過ごさなければならないのだろう? あの時、エースのペアなんて来なければよかったんだ。素直にドロップさえしていれば、少なくともケツになる事だけはなかったのに‥‥)
 腐るルークに追い討ちをかけるように、車載無線機ががなり立て、小隊長が先頭車──つまりこの車だ──を呼び出し始めた。神経質そうな小隊長の金切り声に、ブルは無視を決め込み見向きもしない。
 ルークは改めてかんべんしてくれよ、と呟くと、仕方なく無線機のマイクを取った。
「任務中に噛みタバコとは‥‥また随分と暇そうだな、バウアー」
 早速、小隊長の嫌味が飛んできた。ベテランのブルは隊でも一目置かれる存在だったが、同時に隊の誰からも嫌われていた。特にこの大学出の速成士官とは互いが互いを毛嫌いしている。
「大体、貴様は我々、輸送部隊の重要性を認識しているのか? 我々が運ぶ食料や弾がなければ、前線の連中も‥‥」
「すんません、隊長。ルークです」
「‥‥っ! とっととバウアーに代われ!」
 半眼でそれを聞いたルークは、表情を変えずにマイクをブルに差し出した。盛大に舌打ちをしてから、ブルがしぶしぶそれを受け取る。ちなみに、隊長もまた兵たちからは人気が無い。‥‥ああ、神様。いくらなんでもあんまりです。本当、俺たちがいったいなにをしたというのですか‥‥
「ふん。親のコネで後方部隊に配属された奴が、この俺に兵站の何たるかを説教するかよ」
 長々と小言を喰らった後で、マイクを叩きつけるように戻しながらブルが言う。ルークは苦笑を浮かべながら、ブルと目を合わさないように慎重に視線を逸らした。一度、愚痴が始まると、目的地に着くまで延々とそれが続くと同僚に聞かされていたからだ。
 ‥‥だが、結局、ルークは目的地に着くまでブルの愚痴を聞かされ続ける羽目になった。
 相手が聞いていようがいまいが、彼の愚痴は留まるところをしらないのだ。

 目的地たる前線基地は、平原と森を抜けた先、小高い丘の上にあった。敵の進行を受けて急遽、設営されたもので、簡易的な防御陣地と野戦飛行場からなる。
 ‥‥といっても、陣地には塹壕と鉄条網程度しかなく、地雷も敷設していない。飛行場も土を均して凝固剤を注入しただけの簡易なもので、長さも短く、とてもじゃないが大規模な発着に耐えられるものではない。
 それでも、この前線基地は、モントリオール方面から後退してくる味方の移動を支援するには都合のよい場所にあり── 極めて一時的なものではあるが、戦略的な価値は決して小さいものではなかった。
 だが、この巨大な価値を持つ小さな基地は、輸送部隊が到着したこの時、敵地上部隊の先遣隊に攻撃を受けていた。
「‥‥砲声だと? こんな所まで敵が入り込んでいるのか」
 遠来の様に響いてくる火薬の炸裂音。窓から身を乗り出したブルが、行く手の丘を見据えて目を細める。
 ルークはゴクリと唾を飲んだ。間近に戦闘を感じた事は、実は初めてだったのだ。遠方の丘には幾つもの黒煙が立ち昇り、戦場と言うものを肌身に感じさせる‥‥
「退避だ。全車、安全地帯まで退避しろ」
「馬鹿抜かせ。今、最もこいつを必要としているのはあそこだろうが」
 隊長の支持を無視して、ブルはそのまま車両を走らせた。戦場は近いが、まだ基地まで到達していない。陥落するまでにはまだ時間がある。
 KVキャリアー隊が後に続く。この南部出身の古参のベテランは隊の誰からも嫌われていたが、その判断力は信頼に足る事を隊の誰もが知っていた。
「貴様、上官の命令を無視するのか!」
「馬鹿野郎! 俺たちの任務はなんだ?! 言ってみろ、若造!」
 停車した連中には構わず、前進を続けるキャリアー隊。砲声の轟く中、丘を登り、基地へと入ったブルたちは、そこで目を瞠った。
 敵の主力はまだ遠かった。だが、基地の半数は既にキメラに侵入されていた。
「おい、状況はどうなっている! KVを持ってきたぞ!」
「牡牛型キメラの突撃により、滑走路の半分まで侵入された! 基地のKVは全て迎撃任務に出払っている。持ってきてくれた機に乗るはずのパイロットたちも、皆、キメラの迎撃に出ちまってるよ!」
 格納庫前にいた整備士に車上から声をかけたブルは、チッと小さく舌を打った。折角持ってきた機体も、乗り手がいなければただの箱だ。
「そ、曹長どの!」
 ルークの悲鳴に、ブルは慌てて助手席越しの窓をみた。前線を突破してきた1匹のキメラが、こちらへ向け一直線に突進してくる‥‥!
 ブルはルークの襟を引っ掴むと、操縦席まで引っ張り込んで自らの腹の下に庇った。角を振りかざし、突進してくる牡牛型キメラは‥‥だが、KVキャリアーにぶつかる直前、横から飛び込んできた能力者の傭兵にその首を切り落とされた。頭を失った巨体が地を滑り、キャリアーのタイヤに当たって止まった。
 ブルは大きく息を吐くと、まだ震えているルークを乗り越え、助手席の窓から顔を出して、傭兵に礼を言った。
 そうして、親指でグッとトレーラーを指差すと、ニヤリと笑ってこう言った。
「F-201C/E(COP)──正規軍仕様のフェニックス、C型のCOP機だ。今はちょいと乗り手がいない。こいつに乗って敵を追い散らしてくれ!」


(参考)F-201C/E(COP)
 攻撃:290
 命中:270
 回避:250
 防御:220
 知覚:250
 抵抗:230
 装備:450
 行動:3
 生命:230
 練力:170
 移動:4

○ブースト空戦スタビライザー
 練力70消費、ターン中、行動+1

○『SES-190改』エンジン フルドライブ
 練力30消費、ターン中、攻撃か知覚・命中・回避に+50

 兵装・アクセサリは他のCOP機に同じ

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
乾 幸香(ga8460
22歳・♀・AA
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG

●リプレイ本文

「東っ! 東の斜面からも敵が来るわ!」
 横列を組んで並ぶM1戦車の車上に立って、周囲に警戒の視線を飛ばしていた阿野次 のもじ(ga5480)は、丘の下を回りこむように移動する雄牛型キメラの一群を見つけて叫んだ。
 それを聞いた響 愛華(ga4681)と綾嶺・桜(ga3143)が装填がてらに視線をやる。砂塵を巻き上げて走る猛牛の群れ── その怒涛がゆるやかに弧を描きつつ、その進路をこちらへと向ける。
「今夜の馳走は焼肉かの。‥‥バッファローで」
「‥‥和牛だったらよかったのに」
 桜と愛華の呟き。それを聞いた龍深城・我斬(ga8283)は、隣の白鐘剣一郎(ga0184)と顔を見合わせ、苦笑した。
 確かに状況はよろしくない。雄牛型キメラ群の電撃的な進行により、滑走路の南半分が奪われた。ここで側面を衝かれたらさらに厳しい事になる。
 だが、能力者たちの表情にはまだ余裕があった。確かにもう後は無い。だが、この程度の苦境はこれまでに何度も経験している。
「第3、第4小隊、東に回れ! やつらをここに上げるなよ!」
 前線指揮官の命により、防衛線から抽出されたなけなしの戦力が東側へと移動する。隊付きの愛華もまた、ガトリング砲を抱え上げて走っていった。
「みんな、気をつけてね! 生き残ったら、みんなでバーベキューだよ!」
 そう言って一人、正規軍に交じって丘の東側へと辿り着いた愛華は、塹壕に飛び込むとすぐに砲を構えた。エネルギーを纏った角で鉄条網を切り裂きながら、猛牛たちが地響きを立てて緩やかな斜面を駆け上がってくる。
 指揮官は彼我の距離が100になった所で発砲を命じた。煌く力場と爆煙の華。愛華もまた敵の足元を狙い、火線で扇を描くように砲弾をばら撒いた。構わず突進してきた猛牛たちがつんのめるように地に倒れる。
「今だよ!」
 愛華の声に応じて、兵たちが爆薬やら燃料のつまったドラム缶を一斉に蹴落とした。斜面を跳ねながら転がっていくドラム缶。それが敵中に届いた瞬間、愛華たちは銃撃を集中した。爆発が力場ごと猛牛たちを吹き飛ばし、隊列をズタズタにされた敵第2陣が退き始める。
 兵たちの歓声は、だが、長くは続かなかった。立ち上る黒煙の向こう側から、キメラよりもずっと大きな敵影が現れたからだ。
「あれは‥‥」
 息を呑む愛華。黒煙の向こうより放たれた怪光線が、戦車に突き刺さって爆発した。

「敵、第3次突撃、来るわよ!」
 南側防衛線。味方に警告の叫びを上げながら、のもじは指の間に挟んだ2本の矢を弓に番え、先頭の猛牛に投射した。両肩部を矢で撃ち貫かれ、もんどりうって倒れる敵。土嚢の兵たちと共に、我斬が眼前に迫り来る敵を休む間もなく撃ち倒す。櫛の歯が欠けるように仲間を失いながら、その弾幕を突破する猛牛たち。トラックが横転し、土嚢が兵ごと突き上げられ‥‥ 肉薄してきた敵は、だが、我斬が剣を手にするより早く、剣一郎によって切り捨てられた。
「戦車隊、援護を!」
 桜の叫びに応じて一斉に砲口から火を噴く戦車隊の横列。爆発が敵隊列を吹き上げる中、薙刀を手に突進した桜は、身の丈の倍はあろうかという得物を大きく横へと振り被り‥‥渾身の力を込めて正面の3匹を切り飛ばす。
 その間に、最前衛の味方は負傷者を抱え、或いは引きずりながら後退した。大神 直人(gb1865)は両肩に抱えた負傷兵を格納庫の片隅に下ろすと、周囲の軍医や衛生兵たちに交じって『蘇生術』による治療を始めた。
 遠い砲声を圧して響く怪我人たちの呻き声。ベッドも無いコンクリ上の『野戦病院』には次々と負傷者たちが運び込まれ、すぐに床が血で染まっていく。直人は奥歯を噛み締めながら治療を続けた。額に浮かぶ汗を拭い‥‥擦れた眼鏡のレンズに負傷者の血が付着する‥‥
 バウアーたちが到着したのはそんな折の事だった。
「補充機か!? ‥‥まったく、素晴らしいタイミングだぜ!」
 土嚢の裏、後退する味方の殿に立って大剣を振るっていた我斬が、基地内に進入して来たKVキャリアーを振り返ってその表情を輝かせる。戦車よりも高い足場を見つけたのもじがぴょこりと獣耳を立てて(注:イメージ)、猫顔でとん、とん、とん、とトレーラーの上へと跳び移る。
 そこには先客がいた。コンテナ上に膝をつき、双眼鏡で戦場の様子を観察していた守原有希(ga8582)は、東側、黒煙の帳を割って前進してくる陸戦用HWの姿を見て取った。
「東側斜面、陸戦用HWが接近中! 数は‥‥2、いや、3機!」
 叫びつつ、開き始めたコンテナから飛び降りる有希。剣一郎は周囲を見回し、状況を確認した。──この調子で戦えば、猛牛たちは抑えられる。やはり脅威はHWか。KVはコンテナから下ろしたばかり。起動にはまだ時間がかかる。
 牽引車の上に乗ったのもじが、ひょい、と逆さまになって運転席のバウアーを覗き込んだ。
「ハーイ、おじさま。慌てて急いで正確にやって、立ち上げまで何分で出来る?」
 10分でやってみせる、と、整備の言葉も聞かず勝手に請け負うバウアー。承知、とだけ答えたのもじは、再び牽引車の上へと戻って矢を番え、単騎で紛れ込んだ猛牛へ矢を放つ。
 剣一郎は近くにいた桜とのもじに声をかけるとバウアーを振り返った。
「曹長。済まないが、こいつの起動まで面倒を見てやってくれないか? 必要な時間は‥‥俺たちが稼ぐ」
 そう言って、迫るHWを足止めすべく、東の斜面へ向かう剣一郎と桜。のもじは再びひょいと頭を下げると、バウアーに声をかけた。
「助けられついでに‥‥協力、お願いできない?」


 輸送隊、KVキャリアーの護衛として雇われていた乾 幸香(ga8460)は、自らのあずかり知らぬところで戦場へと突入し‥‥挙句、あれよあれよと言う間にKVに搭乗する羽目になっていた。
 暫し、コクピットの中で呆然としてから、「えー?」と遅れて声を上げる。周囲で忙しく動き回る整備士たち。機体の説明を続ける声にとりあえず頷きを返しながら‥‥ようやく幸香は覚悟を決めた。
「乗り慣れている機体とは勝手が違いますけど‥‥緊急時にそんなこと言っていられませんからね。最善を尽くします」
 頷く幸香に、整備士が親指を立てて機を離れる。その向こう、東側に築いた防衛線で、フェザー砲に撃ち貫かれた戦車がまた一両、火柱を吹き上げた。
 幸香と同じく、KVのコクピットに収まっていた有希は、出撃準備を整えながらギュッと操縦桿を握り締めた。
(落ち着け‥‥己が役目に専念。皆を信じろ‥‥)
 一方、東側の斜面へ到達した剣一郎と桜は、そのまま敵HWへ向け突進した。
「無茶だよ、桜さん! 真正面からなんて!」
「戦車や兵をこれ以上やらせるわけにはいかん!」
 心配する愛華に答える桜。だが、そうは言っても、流石に3機を相手取るのは厳しいか‥‥
「大丈夫。時間を稼ぐだけです。それに、あのHWたちは相互に支援する態勢にない。バラバラならば勝機はあります」
 その言葉に頷きを返して。桜は愛華たちの援護射撃の下、剣一郎と共に先頭のHWに向け吶喊した。気づいたHWが、対人用の拡散フェザー砲で迎撃する。放たれた瞬間、無数の光弾と化して降り注ぐ怪光線。桜は『瞬天速』で一気に大地を駆け抜けた。盾を構えた剣一郎は‥‥炸裂する光弾が地表を焼く中、輻射熱に炙られながらも突破する。
 一気に敵の懐へと潜り込んだ桜は、薙刀を振るって敵脚部の先端を切り落とした。ずしん、とバランスを崩すHW。振り下ろされる別の脚部を敵機の下へ潜り避け‥‥そのまま反対側の脚部の『膝関節』を一撃。続けざまの連撃で叩き折る。
 対するHWは対人用散弾を撃ち下ろすべく擲弾を打ち上げようとして。次の瞬間、西から飛来してきた矢によって発射機を撃ち抜かれた。
「ローーーーード・トレーラー!」
 その矢の射手、バウアーのトレーラーごと防衛線に乗り入れたのもじが雄叫ぶ。爆発する擲弾発射機。桜は苦笑すると、回転機銃の銃撃を避けながら残りの脚を削りにかかる。
「とどめです。天都神影流『秘奥義』、蒼龍牙っ!」
 敵正面に仁王立ちした剣一郎が揺らめく刀身を振り被り、敵へ向け瞬間的に振り下ろす。放たれた蒼い衝撃波は、脚部を失い動きを止めたHWの正面装甲を喰い破った。そのまま大きく中身ごと装甲を切り裂かれ、火を噴いて爆発するHW。兵たちに歓声とどよめきが走る。
 だが、前方に脅威が存在する事を察知した後方のHW2機は、破壊されたHWの周囲に向け、ロケット弾を集中的に撃ち放った。まるで一面を耕すかの様に振り注ぐ噴進弾。桜を小脇に抱え、剣一郎が近くの塹壕に飛び込んで。またか! という桜の叫びは爆音にかき消された。着弾、そして、爆発の嵐が周囲の全てを薙ぎ払う。
 弾着は防衛線にまで及んだ。直撃を受けた戦車が吹き飛び、破片が兵たちを薙ぎ払う。のもじは車上からクルリと運転席に潜り込むと、バウアーとルークを抱えて牽引車から飛び出した。直後に吹き飛ぶトレーラー。残像だ、‥‥なんていってる場合じゃないわね、と、のもじがホッと息を吐く‥‥
「えぇい、KVの起動はまだなのか‥‥っ!」
 降り積もった土砂を払いながら身を起こした桜は、だが、次の瞬間、塹壕の中で絶句した。
 最初にいた2機のHW。その後方から整然と前進してくる3機の新手── 更に、桜からは見えなかったが、南からも3機が侵入している。
 流石に5機は足止めできない。ここまでか、と諦めかけたその時。丘の上から放たれたレーザーの光が、東斜面にいたHWの1機を貫いた。
 爆発するHWをよそに、稜線を振り返る桜と剣一郎。そこには、起動したF−201C/E(COP)がその雄姿を彼我に見せ付けるように立っていた。


 エンジンの咆哮を高らかに響かせて──
 有希機と幸香機、2機のKVが滑走路上に立ち上がるのを、直人は臨時の救護所から眩しそうに眺めていた。
 装輪で動き出し、東の防衛線からレーザーバルカンを撃ち下ろす2機。爆音が轟き、兵たちが幾度目かの歓声を上げる。
 滑走路脇のトレーラーには、まだ2機のKVが残っていた。能力者を呼ばわる声。直人の治療を受けていた負傷兵が、行ってくれ、とその背を押した。直人はほんの僅かの間逡巡し、頷いた。近くの軍医に治療を引き継ぎ、KVの下へと走り寄る。
 残されたもう1機の操縦席には、既に我斬が座っていた。
「マッチングは戦いながらなんとかする。とっとと出すぞ!」
 風防を閉めながら、慌しく立ち上がる我斬機。直人もその後に続いた。我斬機と共に猛牛にレーザーを撃ち放ちながら、2機と合流すべく移動する。
「反転攻勢に出るべきです」
 4機が揃った事を確認して、有希がそう提案した。南と東、3機ずつ計6機の新手は分進合撃を狙っている。であれば、敵が合流する前にどちらか一方を各個撃破するのが上策だ。
「南だな」
 我斬が断言した。なるほど、と直人は頷いた。丘の上、滑走路上での戦闘は、東の斜面にいるHWからは稜線越しのため視認できない。
「作戦了解しました。では‥‥さっさと蹴散らしていまいましょう!」
 再び覚醒した幸香を先頭に、突進を開始する能力者たち。3機の敵は一斉に誘導弾を撃ち放つと、迫るKVたちをフェザー砲で迎え撃った。
 対する能力者たちは応射もそこそこに、近接戦へ移行すべく突進を継続した。滑らかな土の上を装輪で疾走する4機のCOP機。風防を照らして掠め飛ぶ怪光線を至近に見ながら、直人はスロットルをフルドライブに入れ、飛来する光条をすり抜ける‥‥
「マッチング不足でもよく動く‥‥さぁ、反撃の時間だぜ!」
 我斬は回避運動を始めた敵の鼻先にレーザーを撃ち込むと、突進を続けながら左腕部に機剣を展開させた。‥‥うん、良い機体だ。COP化で基本性能も上がっているし。欲を言えば、ミサイルを一つ外して物理ライフルを追加すれば言う事はないんだが。
「誘導弾2つ、地上戦ではデッドウェイトですものね」
 呟く幸香。同感だ。とはいえ、現場の人間は与えられた機材でなんとかするしかない。
 我斬の攻撃で動きを止めた敵機へ向かって、幸香は機剣を下段に構えて突進。それを横殴りに振り抜いた。それを展開したクローで受ける敵。幸香はそれを弾き上げ、続く一撃で根元から切り飛ばす。直後、背後から放たれた正規軍の援護射撃がHWの力場の上に弾け‥‥その隙に側面へと回りこんだ我斬機が大上段から敵機を斬り潰す。
 敵機の砲撃が後ろの正規軍に抜けぬよう、もう1機の敵に斜め側方から回り込んだ直人機は、敵の砲口に捉えられた。応射が放たれ、かわし損ねたそれが直人機の脚部を擦過する。つんのめりながらもどうにか踏ん張り、突進を継続する直人機。HWの砲口が冷静にそれを追う。
 その為、そのHWは近接戦用のクローを出すのが遅れた。その隙に突っ込んだ有希機が体当たりをかましながら──瞬間、放たれたフェザー砲が直人機から離れた地面を抉る──体勢を崩した敵を振り打つように、機剣で砲身、脚部、と切り飛ばす。
「この剣‥‥うちに向いている‥‥!」
 その機剣『ハイランダー』を逆手に持ち上げ、HWへと突き立てる有希。辿り着いた直人機がHWの横腹にレーザーを続けざまに叩き込み‥‥爆発するHWから2機共に逃れ走る。
「次、東です!」
 そのまま4機がかりで残りの1機を片付けた能力者たちは、滑走路を斜めに横断しながら、東側の斜面に躍り出た。
 誘導弾で迎え撃つ東3機のHW。塹壕から飛び出し、足元から残る1機の先陣を討ち取る剣一郎と桜の2人。東の斜面には、猛牛に続いて宇宙人型キメラ『リトルグレイ』の横列が後続していたが、KVたちの乱入により文字通り蹴散らされた。白煙を曳いて飛ぶ誘導弾をかわしながら斜面を駆け下りた4機は‥‥だが、しかし、HWが焚いた煙幕にその接近を阻まれた。
 後退していくキメラたち。慎重に煙幕を抜けた4機は、殿に残った3機を南と同様に撃破した。その時には、戦場に敵は残っていなかった。指揮官機と思しきゴーレムが、こちらをちらと振り返り、下がっていく。
「敵が‥‥撤収していく‥‥?」
 南の滑走路上にいたキメラたちも、適宜後方へと下がっていった。

 損害は甚大だったが、ともかく、前線基地は守られた。


 とはいえ、敵はすぐに態勢を整え、大兵力でもって攻勢を再開するだろう。そうなれば今度は守り切れない。
 前線基地には、すぐに撤収できるだけの最低限の戦力を残し、守備隊の大部分は後退する事となった。
「牛‥‥」
「‥‥仕方なかろう。帰ったらわしが何か馳走するのじゃ」
「和牛?」
「‥‥」
 バーベキューをし損なった愛華が指をくわえるのを桜が慰める。直人は負傷者を乗せたトラックの荷台に上がり、再び治療を開始した。
 バウアーと隊長の二人は、無線で今回の『命令違反』について激しくやり合っていた。それを見たのもじは、お互い様で大変ね、と肩を竦めた。
「‥‥あの二人を頂く俺たち兵隊が一番、大変なんですけど‥‥」
 ルークがしょんぼりと呟いた。