タイトル:【NS】湖畔の撤収戦マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 12 人
サポート人数: 3 人
リプレイ完成日時:
2011/08/09 14:58

●オープニング本文


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――2011年7月22日、オタワ。
 その日、【North America Strikes Back】作戦本部に戦慄が走った。
「なん‥‥だ、あれは‥‥」
 通信先は、ニューヨーク北のオールバニ。モニターに映る『それ』を見て、幕僚達は思わず言葉を失う。
 画面の向こうには、空を覆い尽くすようなワームの大軍勢。長きに渡りバグア勢力の北上を阻止していたはずの現地駐留戦力は、その圧倒的な数の暴力の前に僅か数時間で防衛網を破られ、壊滅した。
 そして、蹂躙された兵士達の頭上を通り過ぎて行く――ハリネズミにも似た、巨大な影。
 そう、北米人類の反攻作戦に対し動きを見せたのは、ワシントンのギガワームではなかったのだ。
「‥‥ニューヨークのギガワームを動かすとはな。バグアに一杯食わされたか」
 ヴェレッタ・オリム中将(gz0162)は眉根を寄せたまま、フン、と僅かに鼻を鳴らして呟いた。
 『シェイド討伐戦』にも姿を現さなかったギガワーム。それを見た人類は、「ギガワームの脅威」を、自らが生み出した幻影だと推測した。
 しかし、それが幻影ではなかったとしたら――?

『ギガワームを待っていたのでしょう? どうぞ、あなた方の如き愚かな生き物に、墜とせるものなら墜としてごらんなさい』
 通信に混じる、北米バグア軍総司令官リリア・ベルナール(gz0203)の声。
『――私がオタワを灰燼と化す前に、ですが』

 ニューヨークのギガワームによるオタワ侵攻。
 この非常事態に対し、【NS】作戦本部は五大湖周辺戦域全土に向けて、敵進路上に存在する最大の軍事拠点たるモントリオールへの戦力移動を要請した。
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●【NS】湖畔の撤収戦

 オタワの南東、約200kmの位置にあるシャンプレーン湖周辺に展開したUPC北中央軍の地上部隊は、バグア北米軍の攻勢を何年にも亘って防ぎ続けてきたオタワ・フォートラインの精鋭である。
 兵士はみな歴戦のベテラン揃いであり、その装備も最新の兵器群が北米のどの部隊よりも最優先で回される。野戦築城と改修が繰り返された防御陣地は堅固で縦深も深く、戦線が南に移った後でも、前線への補給拠点として戦略的に重要な位置を占めてきた。
 だが、その『不敗』戦歴の神話も、2011年7月に始まったニューヨーク・ギガワームの侵攻により崩れ去ろうとしていた。
 ギガワームと共に北上する敵空中戦力の規模はこれまでとは桁外れに大きなもので‥‥それに呼応するかのように、敵の地上戦力もまた北中央軍の前衛基地に攻撃を仕掛け始めた。
 その勢いはまさに枯野を走る野火の如く── 湖周辺の防衛ラインは、物凄い勢いで呑みこまれつつあった。

「なんてこたぁない。戦力を温存、集結させといて、一箇所に叩きつける‥‥俺たちがNS作戦でやったことと同じだ」
 部下たちの前で平然と、そう敵の戦術を分析して見せる司令官の態度は、ある意味、人の上に立つ者としては立派であったのかもしれない。指揮官の動揺は、容易く部下に伝播していくものだからだ。
 だが、今、彼の役職に必要とされる事は暢気な分析などではなく、実際の脅威に対応する事である。既に、オールバニを初めとする南方の各拠点からは、ここシャンプレーン陣地に向けて、多くの味方が『後退』──いや、敗走して来ている。そして、彼らの背には、圧倒的な数のキメラとワームが迫り来つつあるのだ。
 その事を部下に指摘されて、司令官は一瞬、興が削がれたといったような表情を浮かべ‥‥咳払いをひとつしてから、どこか面白くなさそうな口調で実務的な話をしだした。
「オタワから前線に下された命令は、モントリオールへの速やかな集結だ。だが、我々、シャンプレーンの部隊はここに留まるよう命令を受けている。なぜか? ある程度強固な陣地を持つこの地において、遅滞戦闘──つまり時間稼ぎをやれという事だ」
 司令官のその言葉に部下たちは頷いた。その顔には緊張が漲っている。彼らは防衛戦には慣れていた。敵の数は馬鹿みたいに多いが、上手くやればある程度は持久できよう。
 だが、司令官は、そんな部下たちの考えをあっさりと否定した。
「無理だ。敵の数が多すぎる。援軍は来ない。後退中の味方を接収する事もできない。‥‥本隊はモントリオールに集結中であるからだ。補給も申し訳程度には来るだろうが、本隊が優先されるはずだ。そこまでの事をオタワは我々に望んでいない。第一、制空権がそれまで保つとは思えない」
 作戦室は水を打ったように静まり返った。先程の意趣返しができて、指揮官はほんの少し気分が良くなったが、さりとて、直面する現実が変わったわけでもない。
「つまり、我々が考えるべき事は、いかに戦力を失わずに、時間を稼ぎつつ、上手く後退するか、だ。無理はするな。陣地の保持に拘ることはない。敵に出血を強制しつつ、相互支援のもと整然と後退しろ」
 整然と指示を出す司令官。その場にいる誰もが、言うほど容易い事ではないと分かっていた。防衛線は言わば『敵の圧迫を受け続ける卵の殻』だ。敵の攻勢をまともに受ければあっという間に潰れるし、押されるままに退がり続けても、卵自体が手の平からこぼれて落ちる。
 と、細かく各所へ指示を出し終えた司令官の元に、新たに二つの報告がもたらされた。
「良い方と悪い方、どちらから聞きたい?」
 悪戯っぽく笑う司令官に辟易した表情を見せる参謀たち。司令官はニヤリと笑うと、適当な方を開いた。
「‥‥悪い報せだ。シャンプレーン湖南端に位置するタイコンデロガ砦の防衛線が敵キメラに侵食されつつある。撤収してくる味方に紛れて入り込まれたらしい」
 司令官は舌を打った。予定では、タイコンデロガ砦はもう少し長く保たせるはずだったのだ。このまま砦の戦力を孤立させ、失うのは影響が大きすぎる。
「もう一つは‥‥まぁ、良い報せ、かな。ないと思われていた援軍だが‥‥オタワはこちらへ傭兵たちを増援に送ってよこすそうだ」

●参加者一覧

月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
瑞浪 時雨(ga5130
21歳・♀・HD
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
Anbar(ga9009
17歳・♂・EP
ラウラ・ブレイク(gb1395
20歳・♀・DF
堺・清四郎(gb3564
24歳・♂・AA
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD

●リプレイ本文

「TDCP、こちら『デアボリカ』──救援だ。これより降下する」
「強襲降下だ。兵隊たちは巻き込まれないよう注意しろ」
 浸透してきた敵キメラによって、包囲の危機にある『タイコンデロガ砦』──
 その上空、低空侵入してきた2機のKV──時枝・悠(ga8810)のアンジェリカ『デアボリカ』と月影・透夜(ga1806)のディアブロ『月洸 弐型』が、逆制動をかけながら人型へと変形。そのまま、陣地内に設けられていた緊急発着用のスペースに『突っ込んだ』。
 装輪を跳ねさせながら、逆噴射。足元のキメラを力場ごと文字通りに蹴散らしながら、逃げ惑うキメラへ向けてチェーンガンを、ライフルを撃ち捲くる。
 スペース内のキメラを掃討すると、透夜機と悠機はそれぞれ左右に別れ、発着スペースを確保した。その援護の下、2機の背後を後続のセラ・インフィールド(ga1889)(アッシェンプッツェル『シンディ』)とラウラ・ブレイク(gb1395)(フェニックス(A3型)『Merizim』)が強襲降下で駆け抜ける。
 2人はすぐに『滑走路』を開けると、透夜機と悠機の横へと機を走らせ、援護射撃を開始した。代わりに前に出る透夜と悠。未だ周囲に留まるキメラを近接戦で駆逐し始める‥‥
「北米での撤退戦‥‥個人的には、最初の五大湖解放戦を思い出しますね。あの時もハードでしたが‥‥敵に侵食されつつある砦から味方を助けつつ撤退、となるとそれ以上に難しいかもしれません」
「KVと補給があるだけマシよ。どっちも無い状況で似たような事はたくさんあった。一手ずつ確実に重ねていけば問題ないわ」
 対キメラ兵装の7.65mm弾をばら撒きながら言葉を交わすセラとラウラ。その背後を瑞浪 時雨(ga5130)のアンジェリカ『エレクトラ』が降下する。
 同時に降下してくるはずの、阿野次 のもじ(ga5480)機の姿はなかった。彼女は、味方の士気向上を狙って、ど派手な登場を演出してみせたのだ。
「のもじonタイコンデロガ。砦の頭上でマンマミーア!」
 人型形態で降下しつつ、垂直離着陸機能を使ってスラスターを全開、大きくポーズを決めるのもじのシュテルン『日輪装甲ゴッド・ノモディ』。そのまま両手に持った銃器を振り撃ちながら、まるでロケットマンの如く上空を舞いながらキメラを掃討していく。
 その光景に歓声を上げるアメリカ人。呆気に取られ、或いは苦笑と共に見上げる能力者たち。その横で、時雨が淡々と機の光線砲で逃げ散るキメラを狩っていく。
 最後に、大型機──響 愛華(ga4681)のパピルサグ『紅良狗弐式』が降下すると、能力者たちは左右二手に分かれ、キメラの両翼を押し返し始めた。
「うぅ、また嫌な感触‥‥でも、今は一人でも多くの兵隊さんを助けないと‥‥」
 愛華は機を先頭に立たせると、腰部に装着した双機槍「センチネル」を展開。アサルトフォーミュラを起動すると、モップをかけるが如く陣地内を疾走した。その重量に力場ごと押し潰されるキメラたち。その音と振動とが操縦席まで伝わってくる。
 包囲網のキメラたちは、KVの持つ火力と装甲に為す術も無く逃げ散った。だが、陣地内に入り込んだキメラは、KVでは容易に駆除できない。
「退路確保」
 陣地後方──司令部へと続く『道路』周辺の敵を掃滅した悠が、そのまま『砦の出口』の保持に当たる。見える範囲であらかたキメラを撃ち払ったのもじ機が上空からその近くにゆっくりと舞い降り‥‥操縦席で地図を広げる。「さて。ここまでは無敵BGM聞こえるようなガンカタだったわけだけど‥‥」
 のもじが呟いた瞬間、悠が姿を現したキメラに対して砲声を発した。やれやれ、これからが本番のお仕事というわけだ‥‥ のもじは嘆息した。守備隊は段階的に撤退していくとして‥‥敗走してきた味方は一気に後方に送りたいものだが‥‥
「LSPHQ、こちらTD傭兵隊。車両が足りない。至急、救出用の車両と護衛車両を派遣を要請する。あと、補給の手配も頼む。物資の多くは中衛砦に。それと、トンネルを抜けた先──平野部にも補給ポイントを設けておいてくれ」
 前線指揮所の有線通信を経由して、透夜がシャンプレーン司令部へ手当を要請した。ここで言う『中衛砦』とは、司令部のある『後衛砦』の前面に位置する、いわば最終防衛戦である。能力者たちは、そこを彼らの『アラモ』──決して下がる事の出来ない砦と定めていた。タイコンデロガ砦からそちらへ至るには、畑と森の平野部を行かねばならず、さらに湖の下を通るトンネルを抜ける必要がある。
「にゃはっ、りょーかい! 大丈夫、こういうのは慣れているし、腕の見せ所だよん」
 司令部にいるカーラ・ルデリアが通信機に向かってそう請合う。その背後では、ルナフィリア・天剣のパピルサグが4本の腕を使って、補給物資を器用に自らの背に乗せていく。それらは全て傭兵向けのもので、それぞれの兵装用の物資を各機体ごとに纏めていた。レオーネ・スキュータムのクスノペは既に補給物資のコンテナへの搭載を終え、先行して平野部に補給ポイントを設営する手筈である。帰りはおそらく、早期の治療の必要な重傷者を乗せて、司令部まで戻ってくる事になるだろう‥‥
「みんな、落ち着いて! 私たちが来たからにはもう大丈夫なんだよ!」
「守備隊は防衛線の再構築、急いで。私たちが支援するから」
 愛華とラウラは兵士たちのすぐ側に機をつけ、安心するよう呼びかけた。湧き上がる歓声。すぐに隊長たちの声が飛び、隊ごとに後退準備を整え始める。
「救援か? よく来てくれた」
 最外縁の防御陣地まで前進した時雨は、そこに篭る正規軍KVパイロットたちに感謝の言葉を送られた。そこに拠るKVたちは、一部を除いて、スカイスクレイパーにリッジウェイ(F型)、ゼカリアといった陸戦用KVばかりだった。どうやら、飛べる機体はその殆どが制空権の確保に回されているらしい‥‥
 と、陣地の外から放たれた怪光線が、陣に篭るLM−01の肩部を吹き飛ばした。敵だ! と叫びながら応戦を始める正規軍機。時雨は落ち着いた様子で状況を味方に報告した。
「陸専用HWです‥‥ 恐らくは中隊規模‥‥」
 恐らく敵の先鋒だろう。砦の南にある僅かな廃墟を隠れ蓑に、砲撃を加えてきてるという。
 連絡を受けた透夜機は、セラ機を伴い、正面ではなく、その側方にあるゲートへと移動した。
「機先を制する。打って出て敵先鋒を追い払ってやる。‥‥機動防御による撤退戦だ。引き際を間違えるなよ」
「可能なら、ゲリラ的に野戦を繰り返して敵に出血を強いたいところですが‥‥ おそらく、そこまで自由に行動できる時間は、敵も与えてくれないでしょうね」
 透夜にそう苦笑を返し‥‥セラは透夜と共にゲートを抜けて、敵の側方から突っ込んだ。砲列を乱され、そのまま近接戦闘へと移行するHW隊。そこへ、遅れてやって来たラウラ機と愛華機が反対側から突入し、背後から敵を打ち減らす。瞬く間に機数を半減された敵部隊は‥‥だが、しかし、退かなかった。後方から現れる新手のHW。その隊列の幅は分厚く、広い。
「ここまでだな」
 そう判断した能力者たちは、敵の包囲を避けつつ後退を開始した。それにつけこむように前進を開始するHWとキメラの群れ。防壁に陣取る時雨は、光線砲の狙いをつけた。
「HWは私が‥‥ キメラはお願い‥‥」
 そう火線の配分をお願いしながら、エンハンサーを起動させレーザーを撃ち放つ時雨。放たれた光の刃がHWの脚部を根元から切り裂き‥‥その千切れた脚部を舞い上げながら、HWが火を噴き、爆発する。
 放たれた応射は、陣地の防壁に当たってその表面を焼き砕いた。「大丈夫‥‥これなら‥‥」と呟く時雨。時雨の愛機は絶大な非物理攻撃力を誇るが、その防御性能はさほど高くない。だが、この陣地があれば、長時間の保持もできるかもしれない。
 だが、突如、陣地内の物陰から湧き出したキメラの群れが、陣に篭るKVの脚部に向けて、酸を吐き出し始めた。装甲の隙間、関節部を焼き切られて転倒する正規軍機。キメラはその全てが殲滅される前に、再び物陰へと逃げ込んだ。薄くなった正面火力。その間隙をつくように、HWの大部隊が一気に走り寄る。
 正面の敵を立て続けに撃破した時雨は‥‥ 周り中から迫る敵に、これ以上の保持は困難と判断した。軍の隊長も同じ事を考えたようだった。
「遺憾ながら‥‥外縁防壁を放棄する。全機、味方を回収後、第2陣まで退がるんだ」


 同刻。タイコンデロガ砦の対岸に位置する『オーウェル砦』── 能力者たちは、こちらへも4機のKVを派遣していた。
 この時点において、湖東岸に対する攻撃は未だ始まってはいなかった。だが、西岸に対する攻撃が開始されたことをみれば、こちらに敵が襲来するのも時間の問題と思われた。
 だが、こちらもまた南から撤退してくる味方を受け入れている最中であり、ゲートは大きく開かれていた。
 このままでは、敗走部隊の撤収を終える前に、敵の攻撃が始まってしまうかもしれない── そう考えた綾嶺・桜(ga3143)と堺・清四郎(gb3564)は、愛機の雷電とミカガミ『剣虎』を駆って、撤退してくる味方の最後衛へと移動した。
 低空で森の上空を飛び‥‥ それが切れた瞬間、目の前にフィールド(平野、戦場)が広がった。逃げる正規軍の隊列、その最後衛で後衛戦闘を続ける殿部隊に、夥しい数のキメラが襲い掛かっている。
「挨拶代わりだ。受け取れ!」
 清四郎は地上のキメラへ向けて、K−02マイクロミサイルを全弾、ばら撒いた。舞い飛ぶ白煙と咲き誇る爆発。清四郎はそのまま機体を人型へと変形させると、降下速度まで減速しつつ着陸、機刀を抜き放って加速をかける。
 桜機は正規軍の最後衛に人型降下すると、正面の敵へ向けてグレネードを撃ち放った。擲弾が炸裂し、飛び散った破片が周囲のキメラを薙ぎ払う。見れば、清四郎が恐竜型の大型キメラを、機刀で袈裟斬りに斬り倒したところだった。思わぬ反撃を受けた敵が一旦、後退していく‥‥
「救援か? 助かった!」
「ここが隊列の最後尾かの?」
「いや、後ろにもまだ後続する味方がいたはずだが‥‥」
 桜は、キメラの大群が退いていった南へ目をやって‥‥力なく頭を振った。おそらく、ここより先に味方は残っていまい‥‥
「よし、わしらが殿につく。一刻も早く砦へ向かうのじゃ」
 血と死骸と粉塵とに塗れた大地──静寂の戦場に、だが、まだ砲声が届いていた。桜と清四郎は、コクピットから互いに顔を見合わせ首を傾げた。砲声は南からではなく‥‥砦の方から聞こえてきたからだ。

「クッ‥‥こいつら、正規軍の撤退に並進して森ば抜けて来たとか!」
 正規軍の撤退する道路の左右、広い範囲に亘る森の中から、高速移動系獣型キメラが次々と現れた。
 砦の正門を守っていた守原有希(ga8582)は、思わず郷里の言葉で悪態をついた。敵は、後退する味方に付け入る形で、高速型のキメラを先行・並進させていたのだ。思えば、西のタイコンデロガ砦も、この手で浸透されてしまったのだろう。まして、このオーウェルの南には視界の悪い森が広がっている‥‥
「えぇい、予測はしとったとに!」
 有希は、恐らく敵が森から奇襲を仕掛けてくるであろう事を予測していた。だが、それをまさか初手から打ってくるとは、流石に予測できなかった。
「どうする?! 彼我の距離が近すぎっぞ!?」
 道路を挟んで反対側、同じく正門の守りについていたシラヌイ『アルタイル』に乗るAnbar(ga9009)が、キメラにスラスターライフルを撃ち捲くりながら尋ねてくる。
 有希は舌を打った。ともかく撃ち捲くるしかない。有希はシラヌイ『烈火閃剣』にスラスターライフルを構えさせると、森から湧き出してくる敵へ向け掃射した。
「急げ! さっさと砦に入るんだ!」
 道路上の味方へ手を振り、急がせるAnbar。敵の主目標はやはり開きっ放しのゲートなのだろう。迫る敵の数が多い。
 と、唐突に森のあちこちから、大型のモグラ型キメラが一斉に飛び出してきた。正門から距離が遠い── 有希はふと理由無く、これが敵の本命だと直感した。兵装をレーザーガンに変更し、そのモグラ目掛けて撃ち放つ有希。Anbarもまたショルダーキャノンを反対側のモグラに撃ち放つ。光の刃に切り刻まれ、或いは砲弾に吹き飛ばされるもぐらたち。だが、射程外の個体の何匹かは正規軍機の弾幕を掻い潜り、辿り着いた土塁にドリルの様に突き刺さり‥‥ そのまま内部で爆発した。土塁が一瞬、円形に浮き上がり。直後、グズグズの土砂と化して爆発痕に崩れ落ちる。
 有希とAnbarは歯噛みした。
 左右の二箇所ずつ、計4箇所の防壁の穴目掛けて、森から足の速い新手が飛び出くる。
 オーウェン砦の外縁陣地の失陥は、最早、時間の問題だった‥‥

「どうやらバグアに一杯喰わされたらしい‥‥だが、負け戦を引っくり返してこそ、真の武士よ」
 味方隊列で殿を務める清四郎は、そう言って気勢を上げた。まだ敵の主力に浸透を許したわけではない。味方の前衛が頑張っている内に戻り、敵を挟撃できれば、少なくとも第2陣でまだ頑張れる。
「同感じゃ。‥‥じゃが、連中、そんな時間は与えてくれぬみたいじゃぞ?」
 桜がカメラを向けた先──南側には、敵本隊先鋒、陸戦用HWが大量にその姿を現しつつあった。
「ふん。地獄の何丁目かは知らぬが、この程度の地獄なら何度も見ておる。味方には一切、手を触れさせぬ!」
 撃ち放たれるフェザー砲の雨霰の中、桜は機を森の中へと後退させると、スラスターライフルを撃ち捲くる。清四郎は苦笑した。たしかに、無茶は承知でそれをまかり通さねばならない状況ではある。
「この地形を上手く使えば、もう少しは粘れるか‥‥よかろう。撤退する前に、バグアの連中に我々の底力を見せてくれよう!」


 数刻後 タイコンデロガ砦、『北門』付近──
 退却する正規軍の車列を背に立ち塞がった悠機とのもじ機は、西方前面より迫る敵HWへ向けて一斉に砲撃を開始した。
 悠機のレーザーガンが、そして、のもじの47mm砲が、畑を歩み寄るHWに浴びせかけられ、砦からの砲撃とで十字砲火を形成する。たまらず、後退していく敵前衛。と、撤収する味方隊列の前方、並進する軍のゼカリアが、その装甲表面に怪光線を煌かせた。いつの間にか、さらに前方へ回り込んだ敵がいたのだ。悠とのもじは顔を見合わせると、味方に北門のフォローを頼み、その敵を駆逐するべく前進する‥‥
「よし。撤収部隊が砦から出た。後は、オーウェルの後退に合わせるように、随時、時間を稼ぐだけだ」
 砦北の最終陣地で敵の大軍に応戦しつつ、透夜は周囲の皆を励ますようにそう言った。
 ところが、オーウェル砦の方から、撤退合図の照明弾が早々に打ち上げられた。何が起こったのか分からないが、なにか不都合な事態が起こったらしい。
 能力者たちはタイコンデロガ砦を捨てると、一路、中衛砦へ向かった。後退する味方の隊列へは、思いの外早く追いついた。‥‥後退速度が思ったより遅い。オーウェルからの合流地点で渋滞を起こしていたのだ。
「まずい。こんな所で敵に捉まったら‥‥」
 能力者たちは正規軍機に隊列の護衛を任せると、補給を済ませてから隊列側方へと移動した。案の定、敵はこちらの退路を断つべく、一翼を大回りで先行させていた。おそらく、このままトンネル入り口前へと突入し、こちらを包囲殲滅するつもりなのだろう。
「流石にあれは放置できない‥‥」
 時雨の言葉に、能力者たちは頷いた。だが、厳しい戦いになる。敵は圧倒的多数。だのに周囲は畑ばかりで森の様な利用できる地形に乏しい。
「俺たちの仕事はあくまで撤退支援だ。撃墜スコアを稼ぐ必要はないぜ?」
 オーウェルから合流した清四郎が告げる。能力者たちは頷いた。そう、自分たちの仕事はあくまで支援。味方が後退するまでの時間を稼げばいい‥‥

 トンネル方面へと進行してきたバグアの先行部隊は、自分たちの正面に立ち塞がる数機のKVに気がついた。
 後退支援用の塹壕に篭った、透夜、桜、愛華、のもじ、悠、計5機のKVである。左右に2機と3機ずつ、互いに支援するように配置された塹壕だったが、ともあれ、自分たちに比べれば寡兵に違いない。時間のロスを恐れた敵指揮官は、正面からの粉砕をキメラと無人機に命令する。
「‥‥数で俺たちの心を折れると思うなよ。TDCP、砲撃支援を頼む。座標は──」
 透夜の通信を受けたワイズマンが、傍らのリッジウェイ砲兵仕様に座標を伝える。撃ち放たれる重砲。だが、迫る敵中で炸裂する爆発の規模は敵の数に比してあまりに少ない。前進しながらフェザー砲を放つHW。砲撃を抜けてくる敵へ向けて、透夜他各機も銃撃を開始した。愛華機は塹壕から機体を出すと、双機槍を盾代わりに前面に掲げながら、機体各所に装備した機関砲を一斉に撃ち放った。それをまともに喰らった1機がバラバラに砕けて爆発する。
 しかし、敵の数はあまりに多かった。損害に構わず突撃する多数のHW。このまま塹壕内に飛び込まれたら、守りを失ったKVはそのまま数の暴力の前に呑まれてしまうだろう。
 だが、その寸前。戦場の側方に位置する森の中から、一条の光が撃ち放たれ、1機のHWを貫いた。それは時雨が放ったレーザーによる一撃だった。敵正面に陣取った能力者以外のKVは、この森に伏せていたのだ。
「突撃準備射撃、撃ち捲くれェ!」
 Anbar機が身を起こし、敵側面へ向かってライフルを撃ち捲くりながら、肩のキャノンを撃ち放つ。伏兵全機の火力は敵の中央に集中され、敵集団は火力の川に中央を薙ぎ払われて、隊列の前後を分断された。
「突撃ィ!」
 時雨機の支援の下、そのまま白兵へと移行するラウラ機、有希機、Anbar機に清四郎機。真っ先に突進したのは、チャリオッツを発動させたセラ機だった。機盾槍を小脇に抱えるようにガッシリと構え、敵隊列を切り裂くように一気に150mの距離を躍進する。その騎行が通り過ぎた後には、脚部を吹き飛ばされてバラバラになったHWが地に転がる。爆発が、セラ機に後続するように後へと続く。
 奇襲に成功した伏兵のKVたちは、敵隊列の後半部には目もくれず、分断した前半部へと突っ込んだ。機刀をひっさげ、地を駆けて、敵中へと飛び込む清四郎機。HWがその砲を振り向かせるより早く走り寄り、抜き打ち気味に斬り捨てる。Anbarは正面の敵に槍を突き入れると、振り向けられた砲を脚部で蹴り飛ばし、得物を引き抜きながら肩砲を叩き込んだ。爆発する敵から飛び避けながら、両腕部で保持したライフルを付近の敵へと撃ち捲くる。
 ラウラ機は、スタビライザーとオーバーブーストを発動させると、地を飛ぶ様な勢いで敵中を駆け抜けた。銀翼を煌かせながら、ハイディフェンダーによる一撃を横薙ぎに加えつつ‥‥それが爆発する前には、横っ飛びに跳んで別の1機を斬り捨てる。
「ラウラさん!」
 有希が指差す先、敵前半部の中央付近に、ゴーレム数機の集団がいた。恐らく敵の前線指揮官機とその護衛だろう。
 ラウラ機はそちらへ稲妻の様にに駆け抜けると、立ち塞がったゴーレムを瞬く間に斬り捨てた。その横を駆け抜ける有希機。味方を盾に逃げようとするゴーレムを指揮官機と断定する。
 有希はラウラ機に誘引されたゴーレムの脇をすり抜けると、両手に提げた二刀を振り上げながら斬りつけた。慌てて応戦する有人機。有希は機刀の一振りでそれを弾くと、砲撃で傷ついた腕部を斬り飛ばし‥‥逆手で敵胴部に突き出したヒートディフェンダーに高熱を纏って突き入れる。
 透夜機と桜機が正面から突入を開始すると、敵前半部は完全に瓦解した。
 だが、敵後半部は焦らなかった。HWとタートルワームで砲列を敷くと、整然とした砲火を味方ごと浴びせかけてきたのだ。
 戦況は再び逆転した。濃密な火力を浴びせられて、距離を取るべく後ろへ流れる‥‥
 と、そこへ、味方の車列が全てトンネルを通過したとの報告が入り、能力者たちはブーストを焚いて一気に戦場を離脱した。時雨機の発射器から打ち出され、周囲へ煙を撒き散らす煙幕弾。それに紛れて、各機は戦闘機形態へと変形、トンネルへと入っていく。
 殿に位置したラウラは、追っ手にレーザーを撃ち捲くり、その残骸で敵の行動を阻害しながら、トンネルを駆け抜けた。ラウラ機が飛び出すや否や、合図を発する有希機。次の瞬間、軍が仕掛けていた爆薬が次々と爆発し、トンネルは湖の水に押し潰されて永遠に封鎖された。


 おそらく正規軍は、タイコンデロガ砦の撤収を済ませた後、司令部へ続くトンネルを爆破して、西側からの攻撃に対する時間稼ぎをするつもりであったのだろう。そして、その間──敵が西側から渡河する前に、オーウェルの戦力に段階的に後退させるつもりでいたに違いない。
 だが、それは、オーウェルの外縁陣地が早々に放棄された事で修正を余儀なくされた。
 渋滞の起こった平野部での時間稼ぎを余儀なくされ、軍も傭兵も消耗を強いられた。そして、敵は、まだ傷一つ無い後続部隊を中衛砦にぶつけてくるだろう。

「‥‥これ以上、退くことのできない撤退戦、か‥‥ 気が滅入る戦いになりそうだな。まぁ、一人でも多くの味方を逃がす為には、踏ん張るしかないわけだが」
 シャンプレーン湖中衛砦──最終防衛線──
 トンネルの爆破で稼いだ貴重な時間で機の補修を済ませつつ、Anbarは傷だらけの機を見上げながらやれやれといった態で肩を竦めてみせた。
 上空では味方が押し込まれ、空中戦の舞台は既に湖上へと移行している。傭兵たちが投入されたらしいが、さて、どうなるか‥‥
 それを聞いた愛華は嘆息した。
 もう何度、こうして皆を逃がす為の戦いに身を投じただろう。もう何年、バグアの脅威に背中を見せる戦場で戦い続けてきたのだろう‥‥
「‥‥敵が強いのも、状況が面倒なのも、別に今日に限った話ではない。最善を尽くせば良いってのは、ま、いつもの通りだ。だから、まぁ、なんだ‥‥気張らずにいくとしよう」
 フン、と鼻を鳴らしながら、どこか照れた様な風で悠が言う。おそらく、気恥ずかしいのだろう。今、ここに『魔帝』と『盾座』が残っていたら、どんな顔をしていたことか‥‥
「あとはここでどの程度抑えられるか、か‥‥ふ、全力で相手をしてやるのじゃ!」
「いかに守り、敵を削ぐか‥‥やってみせますよ!」
 桜と有希が顔を見合わせ、その表情を明るくした。
 愛華は頷いた。
 だが、それでも、私たちはこうしてここにいる。それが私たちの‥‥能力者の戦場だから。たとえ何度繰り返すことになっても、諦めるわけにはいかない‥‥!
 そこへ警報が鳴り響き、砦は緊張に包まれた。
 こちらの妨害をものともせずに敵が渡渉を終え、砦の前面に展開し始めたのだ。

「『命は惜しめ、弾は惜しむな』だ。無理はするなよ」
 全面で攻勢を開始した敵が迫る中、透夜は周囲の味方機にそう声をかけた。
 敵は前面に多数のキメラを配置し、突撃をかけさせてきた。こちらの弾薬を消耗させるつもりだろう。だが、分かっていてもそれに乗るしかない。
「撃て!」
 防壁の上から一斉に放たれる砲撃。最前列を走っていたキメラが一斉にその身を地へ倒す。発砲の硝煙と弾着の土煙が戦場に棚引き、途切れる事無く流れ続ける。キメラが流す血の河もまた。
「敵、第二陣、来ます!」
「無駄弾を撃つな! 倒せるだけを倒せ!」
 再び撃ち阻まれるキメラの列。続けてHWがついに前進を開始した。中衛砦と湖の間の幅は狭い。次々と上陸してくる敵に押されて、前に出ざるを得なくなったのだ。
 三度、迎撃の砲火が放たれ‥‥今度は応射が防壁上に煌いた。直撃を受けた軍の機体が、数機、防壁に倒れて沈黙する。破壊された敵の隊列は即座に後列によって埋められた。だが、こちらに予備機は1機もない。激戦は続き、敵は大きな損害を出しているにもかかわらず、ついに防壁下の土塁まで到達した。
 HWの間を抜けるように走るもぐら。それが土塁に突き刺さり、土中で爆発、壁を崩す。
「くそっ。弾切れだ!」
「同じく‥‥」
 前列で敵を狙撃し続けてきた清四郎は、部品を消耗しつくした88光線砲を背部へ回すと、機刀を抜き放った。ライフルは既に弾が切れていた。使用者が多かった為、補充弾数が少なかったのだ。
 ガトリング砲を撃ち尽した透夜もまた、機に機刀を握らせた。見れば、軍もあちこちで弾切れを起こしているらしく、薄くなった火線の下、前進してくる敵は数多い。敵は土塁の崩れた箇所へ重点的に火力を集中し、突破を図るつもりのようだった。
「弾が尽きてもまだハンマーがあるのじゃ! わしのハンマーを舐めるでないのじゃ!」
 崩れた防壁を突破してきた敵が頭を見せたその瞬間、桜は機が手にしたハンマーボールを思いっきり直上から叩きつけた。ぐしゃり、と潰れ、土塁を転がり落ちていくHW。次々と現れる敵を、桜はハンマーで叩き潰していった。振り回されるその得物をかい潜りながら、前に出た清四郎が残りの敵を掃討していく。オーウェンでの一戦でなんとなく、互いの戦い方は分かりかけていた。
「フハハ‥‥! この瞬間こそが! 我が故郷であり! 青春であり! 我が人生だ!」
 激闘の最中、機に機刀を振らせながら、知らず、哄笑する清四郎。それを見た透夜は微笑を浮かべ‥‥ 新たに崩れた隣の防壁へ移動し、陣内へ入り来る敵を斬り払い始めた。断ち割れれるHWの装甲と吹き飛ぶ脚部。斬り飛ばされた破片が火を噴きながら土塁をゴロゴロと転がっていき、爆発の衝撃が周囲の力場を煌かせる‥‥
 だが、敵は着実に陣内にキメラと機数を送り続けた。
 防壁から身を乗り出して機槍で敵を突き落とし続けてきたセラ機は、突如、側面から現れたHWが振るったクローをすんでのところで跳び避けた。防衛線がついに破られ、陣内にも敵が入り込むようになったのだ。
 間髪いれず、クローを振るって迫る敵。セラはクッと目を細めると、機の左腕部で逆手に練剣を引き抜いた。瞬間、煌き、装甲の半ばまでを断ち切る光刃。セラは機に地を蹴らせて距離を取ると、地を蹴って再び跳び迫る敵へ、待ち受けた穂先でもってその敵を突き貫く。
 陣内で近接戦闘を続ける桜機と清四郎機。その戦場を臨む、まだ崩れていない防壁上に、HWがずらりと顔を出し、並べた砲列を一斉に撃ち放った。
 直前に気づいた清四郎は、幾本もの怪光線に装甲を擦過されつつ、どうにか致命傷を免れた。桜も同時に気づいたが、機の反応は一瞬、遅れた。左側の腕部と脚部を複数の光条に貫かれ、爆発して四散する。破片が操縦席に食い込まなかったのは、頑丈な機体に助けられたかもしれない。
「桜さん?!」
 至近距離からの47mm砲の砲撃で、肉薄してきたHWを打ち倒した愛華は、擱坐した桜機の前へ移動させると、クルリと機を回して立ち塞がった。その背に浴びせられるフェザー砲。愛華は機から飛び降りると、雷電の操縦席から桜を引き出した。そのまま抱き上げ、近くの塹壕に飛び込む愛華。再び放たれたフェザー砲がパピルサグの装甲を貫き、動力炉を撃ち抜かれた機が爆発する。
「損傷が80%を越えた‥‥すまねぇ、先に退かせて貰うぜ」
「両腕部を失いました‥‥これ以上の継戦は不可能です‥‥無念ばいばってん‥‥」
 激戦に、戦闘能力を失ったAnbar機と有希機が第一線から後退する。
 突入してきたゴーレムと切り結ぶ悠機は、振るわれる剣を盾で受け止め、受け流し、威力を上げた光刃斧を敵機の肩口に振り下ろした。火花を散らし、ガクリと膝をつくゴーレム。得物を引き抜こうとした悠機は、しかし、その右腕部を敵に引っ掴まれ‥‥ 敵の顔面至近にチェーンガンの一連射を撃ち放って、ゴーレムの頭部センサーを穴だらけにして吹き飛ばす。
 その横で、入り込んできたキメラに7.65mm機関砲を撃ち捲くっていたラウラは、地殻変化計測器──ルナフィリアが設置したセンサーだ──が反応したと聞いて、皆に警告の叫びを上げた。
 弾を使い切り、第2陣に下がっていた時雨機の目の前で、地中から飛び出してきたEQ──アースクエイクが防壁を下から突き崩す。
「逃げろ! 逃げるんだ!」
 時雨機や他の味方に向かってそう叫んだ正規軍機が、時雨機の目の前で、頭上から振り降りてきたEQに丸ごと呑み込まれた。EQの肉体越し、爆発の煌きが透けて見える。時雨機は一歩後退さり‥‥ その場で踏ん張り、MMEディフェンダーを抜き放った。
「退けない‥‥たとえ墜とされても、守り切る‥‥!」
 EQを真一文字に切り裂き、止めを刺そうと剣を振り上げた次の瞬間── 後方の司令部から全機に、後退命令が伝えられた。撤収部隊、および司令部が戦域からの離脱を完了したのだ。
 時雨機は振り上げた剣を止めると、地中へ逃げるEQを無視して、周囲へ撤退命令を伝えて回った。損傷の激しい機体を先に下がらせ、殿に立つ透夜機とラウラ機。そこへゴーレムを打ち倒した悠機と、兵装を槍一本まで減らしたセラ機が合流した。のもじは救出していた愛華と桜を時雨に託すと、まだ弾を残していた47mm砲でもって、後方から殿の後退を支援する。
 煙幕を撒きつつ、後退する時雨機。その手の平の上で、桜を抱きかかえつつ背後を振り返った愛華は、その目に映った光景に息を呑んだ。
 遥か後方、地平の向こうの空の上── ここからでもはっきり分かるその威容、ギガワーム──
 身を起こしかけた愛華の視界から、だが、それはすぐに煙幕の帳に隠れて消えた。