タイトル:北米戦線 竜巣をつつくマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/20 23:12

●オープニング本文


 2008年1月、北米大陸競合地域北西部──
 州都の民間人を避難させる時間を稼ぐ為、州都南部の小都市群で遅延戦闘を行っていた『僕』らの大隊は、その戦力を減耗させながらも何とかそこに踏み止まっていた。
 幾つもの町を廃墟に変えて、その度に後退を繰り返し‥‥気がつけば最終防衛線に定めた市街を半分ほども奪われて。
 死神の息吹を何度も背中に感じながらも地獄の戦場を戦い抜いて、『僕』らは待望の『冬』を歓喜と共に迎え入れた。
「お待ちかねの『冬将軍』様だぞ、ジェシー。もっとも、本場のそれに比べたら可愛いもんだけどよ!」
 戦友のウィルは、初めて雪に感謝するぜ、と、舞い振る雪にキスを投げる。それば部隊の皆の声を過不足無く表していた。
 その日から1週間に亘って途切れる事無く降り続いた『白い天使』は瞬く間に戦場を白く染め上げた。襲撃してくるキメラの戦力は積雪が厚くなるにつれてその数を減らし、やがて腰の高さ程まで積もると殆どその姿を見せなくなった。

「州都まで後退、ですか? 今、この時期、このタイミングで?」
 そう答えた『僕』はよほど素っ頓狂な顔をしていたのだろう。普段は厳つい顔を崩さないバートン軍曹が小さく笑みを零していた。それがひどく貴重なものに思えて、『僕』はウィルと顔を見合わせる。軍曹はすぐに顔から笑みを消すと、『僕』たちに向かってスコップを持つ手を休めるな、とぶっきらぼうに『命令』した。
 『僕』らは今、普段は銃を持つ手にスコップを握り、道路の雪掻きに精を出していた。キメラによる襲撃が少なくなった代わりに、雪はこちらの部隊間の連絡や補給をも阻んでくれる、というわけだ。まったく、大自然というものは万物に対して平等だ。そこには善意も悪意も無く、ただ人の心の内に立つ小波だけがそれと決め付ける──
 雪掻きの退屈凌ぎにそんな哲学的な事を考えながら、『僕』は道路に降り積もった雪にスコップを突き立てた。舞い散る雪。除雪作業に勤しむ兵たちの吐く息が煙となって白く立ち昇る。人の営みの無い街は死んだも同じだ。除雪したばかりの道路にもすぐに雪が降り積もり、きっと『僕』たちは明日も同じ作業をする羽目になるのだろう‥‥
「‥‥今、この時期だから、だろうな」
 除雪作業を繰り返していると、やがて軍曹がボツリとそんな事を呟いた。『僕』はキョトンとした顔でそれを見返して、先程の後退の話の続きだとようやく気が付いた。
「雪が積もってキメラ共が身動きできない内に戦力を引き上げたいんだろう。今は州都の方が、『シアトル直行便』が撒き散らしていくキメラの対応で大忙し、って話だからな。キメラ共が雪で動けない、というのなら、大隊をここに貼り付けておく意味も無い」
 軍曹の話に『僕』はなるほどと頷いた。結局、地獄の位置が少しずれるだけの話だ。
「でも、軍曹。飛行型のキメラはどうするんです? ‥‥あの『ワイバーン』とか」
 その巨大な飛竜の姿を思い起こして『僕』は小さく身を震わせた。『ワイバーン』は巨大な飛竜型の飛行キメラで、この辺りでは最大級のキメラの一つだ。KVの相手こそ出来ないものの、通常戦闘機との空中戦や車両攻撃をしているのを良く見かける。この辺りの地上の部隊にとっての『悪夢』の一つで、この街にも連中の『巣』が幾つかあったはずだ。
 そんな『僕』の顔を見て、軍曹がじったりと人の悪い笑みを浮かべた。
 嫌な予感。こんな軍曹は見た事が無い。
「話が早いな、ジェシー。撤退に先立っては『竜の巣』に対して攻撃を行うそうだ。飛び立つ前に、巣の中にいるところを仕留めるというわけだ」
「話が早い、という事は‥‥」
「そうだ。当然、俺たちにもお鉢が回る」
 その言葉に、周り中の兵隊たちがスコップを投げ出してブーイングをする。軍曹はそれを咎めもせず、納まるのを待ってからこう言った。
「逃げ場の無い雪中道路を後退中、車列をワイバーンに空襲されるのとどっちがいい?」
 再度沸き起こるブーイング。それはそうだ。どちらも地獄に変わりはない。
 その時、雪の街中にターン、と銃声が響き渡った。続く怪物の雄叫びと剣戟の音。積雪を物ともせずに突っ込んできた巨人型キメラ『トロル』を、能力者たちが迎撃しているのだろう。雪降り積もるこの街を闊歩できるキメラは数少ない。空を飛ぶ『ハーピー』と、雪に埋もれず走る事が出来る『ダイアウルフ』と、そして、体力バカの『トロル』ぐらいだ。そして、そのどれもがロケットランチャーを対キメラの主兵装とする『僕』たちには戦い難い敵であり、自然、能力者に頼る事になる。その度に練力を消費する彼等の消耗は‥‥『僕』等の想像以上に大きいはずだ。
「‥‥また、能力者の皆さんに頼る事になりますね」
 疲れ切り、身を横たえる能力者たちの姿を思い返して『僕』は大きく溜め息を吐いた。友人になった幾人かの顔を思い起こし、頼り切りの自分に肩を落とす。
 それは気にするな、と軍曹は頭を振った。
「皆がそれぞれの立場で補完し合って戦争をしている。兵隊には兵隊の、能力者には能力者の地獄がある」
 落ち込む『僕』に、軍曹は顎で空をしゃくって見せた。雪を降らせる灰色の雲には何も見えず‥‥いや、航空機のエンジン音がその向こうから聞こえてくる。補給物資を投下しに来た輸送機だろう。今日は無事に着いたようだ、そう考えてハッとする。3日前は到着しなかった。撃墜されたのだろう。パイロットにはパイロットの地獄がある。
「胸を張れ。俺たちが戦ってきた地獄にはその価値がないとでも?」
 その言葉に『僕』は弾かれたように顔を上げた。卑屈になる事はない。それは死んだ戦友たちを侮辱する行為に他ならない。
 そんな『僕』の顔を見て、軍曹は無言で『僕』の腕をポンと叩いた。
 心配そうにこちらを窺っていた(バレていないと思っていたらしい)ウィルが、満面に笑みを浮かべて茶化すように声を上げた。
「とりあえず、今の俺たちの地獄はこの雪掻きッスか、軍曹?」
「そうだ、兵隊。何か文句があるか?!」
 ありません、軍曹殿! 皆の声が唱和した。

●参加者一覧

九条・命(ga0148
22歳・♂・PN
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
リリィ(ga0486
11歳・♀・FT
ベル(ga0924
18歳・♂・JG
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
みづほ(ga6115
27歳・♀・EL
夜木・幸(ga6426
20歳・♀・ST

●リプレイ本文

「‥‥あーあ。おしゃれもなにもあったもんじゃねーな」
 能力者たちに貸し出された白一色の防寒具を手にとって。リリィ(ga0486)はそれをマジマジと眺めながらそう小さく溜め息をついた。
「‥‥おい。地と素が出ておるぞ?」
 隣に立つ綾嶺・桜(ga3143)がジト目でリリィを眺めやる。同じ年頃の、同じ様な背丈の二人。並んで立つと可愛い和洋のお人形さんの様で‥‥まぁ、見た目に限れば、間違いではない。
 桜の忠告に小さく「oops」と呟き、優雅な動作で袖を通す。冷え切った防寒着が体温を奪い、リリィは小さくその身を震わせた。
「うー‥‥やっぱり寒い‥‥」
「わぅ? 寒い時はこうすればいいんだよっ♪」
 それを聞きつけた響 愛華(ga4681)が、リリィと桜を思いっきりその胸に抱き寄せた。「むぎゅう」とリリィがそれに埋まる。
「わふぅ〜、あったかいんだよ〜」
「こ、この天然貧乏腹ペコ犬娘! わしは湯たんぽではないのじゃー!」
 顔を真っ赤にした桜がワタワタと手足をバタつかせる。愛華の方はお構い無しだ。挙句、あ、ジェシー君たちだ、と知り合いの兵を見つけて桜の手を強引に引いていく。遠ざかる桜の文句の声。まるで嵐の様だった。
 解放されたリリィは半ば呆然とそれを見送って‥‥その目の前にスッとアルミ製のコーヒーカップが差し出された。立ち昇る温かい湯気と甘い芳香。ココアだ。チョコレート色をした幸せが静かに波を揺らしている。
 ちょうど飲みたいと思っていたココアが差し出された奇跡にリリィはハッっと顔を上げた。ココアを持つ腕の先に、ベル(ga0924)の表情に乏しい顔があった。
「‥‥あんまり寒そうにしていたから‥‥よかったら、どうぞ」
 小さく平坦な、しかし、どこか穏やかなベルの声。リリィがありがとう、とココアを受け取ると、ベルは小さく頷き、静かに微笑んで去っていった。左手に持つトレイには幾つものカップ。恐らく皆に配るのだろう。
 リリィはそれを見送りながら暫し湯気を顎に遊ばせ‥‥その甘いココアを口に含んで幸せそうに嘆息した。

 その頃、鏑木 硯(ga0280)は、ジェシーやウィルたちと目的地までの移動の確認をしていた。
 お互い無事で何よりです、と挨拶を交わし、実務的な話に入る。その端整な顔には隠し切れない疲労が影を差していた。雪が降り積もるまで行われていた練力ギリギリの持久戦。その消耗はまだ回復していない。飛竜との戦闘の前に更なる消耗は避けたかった。
「『ワイバーン』のいるという体育館までは見つからずに行きたいですね。音を立てず、強い匂いのする物は身につけず‥‥もっとも、体臭は誤魔化しようがありませんが」
 その冗談に皆で笑う。州都と違い、ここは毎日シャワーが浴びれるような贅沢な戦場ではない。
「んー‥‥ 大丈夫、そんなにきつい臭いはしないんだよ!」
 いきなり背後から飛びつかれ、硯は素っ頓狂な悲鳴を上げて慌てて後ろを振り返った。その目に飛び込んでくる朱い髪。愛華がクンクンと硯の襟元に鼻先を突きつけていた。
 突然の事に、硯は頬を軽く染めて身動きできずに硬直する。
 その横を桜が平然と通り過ぎ、何事も無いようにジェシーたちに挨拶した。
「しかし、お主たちとはよくよく縁があるのう。共に地獄に縁深いとは中々困った巡りじゃの」
 地獄か、と硯は呟いた。兵隊たちの地獄と能力者たちの地獄。同じ地獄なら‥‥言いかけて硯は口をつぐんだ。能力者はなぜか可愛い女の子率が異常に高いので、断然こっちの方が『良い地獄』だと思いますよ‥‥


 ササッ、ササッ、ササッ‥‥
 積もった雪を踏む微かな音が耳に響いてくる。
 雪上を軽やかに歩みながら交差点へと進入する2匹の『ダイアウルフ』。その内の1匹が足を止め、ピンと耳をそばだてた。
 沈黙。東の空がようやく白み始めた薄い闇に、キメラの瞳が赤く光る。
 永遠にも似た十数秒。やがて、キメラはもう1匹の後を追って走り去った。
 その姿が完全に見えなくなるのを待って、ベルはようやく雪の中から顔を上げた。『隠密潜行』を維持したまま、後方の本隊へハンドシグナルを送る。
 白いシートを被ったリリィが『ひさし』の奥からそれを双眼鏡で確認し、周囲に油断無く目を配るみづほ(ga6115)の肩をポンと叩いた。みづほはそれをさらに後ろに伝え‥‥ようやく物陰から何人もの人影が姿を現した。
 軍曹は時計に視線を落とし、何も言わずに前進を指示。2隊に分かれた縦列が闇に紛れるように道の端を前進する。明るさを増していく空の下、幾多の装備をぶら下げながら、両手のストックでスキーを前へと滑らせて‥‥やがて、一行は目標の体育館に辿り着いた。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、と言うが‥‥竜の子は余っているからな。ここで散ってもらうさ」
 スキー板を外し、動きにくい防寒着を脱ぎ落とし。九条・命(ga0148)は素早い動きで入り口横へ取り付いた。ガラス張りの扉が無残に砕け、雪の吹き込んだ小さなエントランス。その先に、両開きスライド式の鉄の扉がひしゃげて壊れているのが見えた。
「竜の子なら俺は欲しいけどな。ドラゴンの刺青の参考に丁度いい」
 前進する命の後ろをついて行きながら、夜木・幸(ga6426)はニヤリと笑った。まるで空想(もしくは悪夢)の世界から飛び出してきたようなキメラたちの姿は、新しい刺青のデザインにインスピレーションを与えてくれる。人類外の感覚に触れる、というのも面白い。
「飼うつもりじゃないだろうな?」
「まさか。参考にするだけさ。きっちりと倒させてもらう」
 幸の答えに命はフッと小さく笑い‥‥そっと体育館を覗き見た。
 照明の無い闇の中。窓から差す薄ら明かりに照らされて。体長10mを超える巨大な飛竜が2匹、奥で小さく丸まって眠っていた。
「2匹か‥‥思っていたより少ないが、思っていたより大きいな‥‥」
 空中戦もこなす、地上部隊の『死神』か。正直、こんな『穴倉』でもなければ相手は遠慮願いたい。
「確認します」
 みづほが最終確認を行う。エントランス入り口付近に展開した兵たちが振り返った。
「対飛竜の戦闘は私たちが行います。皆さんはこの退路を確保して下さい。対応出来ないようなキメラが現れた時は私に連絡を。すぐに駆けつけます。焼夷手榴弾を使用する状況とタイミングは‥‥」
 兵たちの視線が一斉に動くのを見て、みづほはその言葉を止めた。
 視線を追って振り返る。寝惚け眼の『ハーピー』が、体育館を取り囲む廊下の角からよたよたと、その姿を現していた。
 至近での遭遇戦。互いにとっての不意打ち。奇妙な沈黙の一瞬を経て、先に動いたのはこちらだった。
「発砲、待て!」
 慌てて無反動砲を構える兵たちを軍曹が制止する。こんな所で奇襲の機会が失うわけにはいかない。
 瞳を真紅に染めた硯が真っ先にハーピーに飛びかかった。金切り声を上げようとするキメラの首を掴んで投げ倒し、膝で抑えて拳を落とす。
 Goooow‥‥!
 体育館から不吉な唸り声が聞こえてきたのはその時だった。目を覚ました飛竜が寝惚けながらその首をゆっくり起こし‥‥
「攻撃を! 機会を失ってはダメ!」
 沸き上がる不安と恐怖を押し殺してみづほが叫んだ。

 なし崩し的ではあるが、やるべき事がブレたわけではない。能力者たちは当初の計画通りに突入した。
 目覚めたばかりで寝惚けた飛竜たち。その貴重な初手、前衛全員がただ1匹の飛竜に突っ込んでいく。
「オラオラァ! ちょいと邪魔するぜぇ!」
 リリィが啖呵を切りながら、自らの身長程もある月詠を引き抜いた。その横を『瞬天速』を使った命と桜、一拍遅れて『瞬速縮地』を使った愛華が駆け抜けていく。
「天然貧乏娘! 今回はわしを殴るでないぞ。地獄への道連れは飛竜だけで十分なのじゃ!」
「わぅ? とにかく行くんだよ〜!」
 起きかけた飛竜の首。その下に一気に潜り込み、桜はキアルクローを突き上げた。ギシィン、と、鱗に喰い込んだ爪が硬い音を立てる。引き抜き、そのまま靴爪で蹴り上げる。左右の足で一回づつ、そのどちらもが硬い感触を返してきた。
(「こやつ‥‥硬い!」)
 クルリと空中で一回転した桜が着地、留まらずすぐに身体を流す。直後、入れ替わるように愛華がその斧槍を突き込んだ。
 速度を殺さずに『急所突き』で突いた穂先が喉に喰い込む。飛竜は苦痛の雄叫びを上げ、翼をばたつかせ‥‥スルリと横に回りこんだ命がリボルバーを飛竜に向けた。
「‥‥銃は好みじゃないんだがな」
 呟きながら、照準。その先は飛竜の翼の付け根に向いていた。5m以内という至近距離、このデカブツ相手に外す道理は無い。
 発砲、続けて2発。初弾の貫通弾はあっけなく竜鱗を貫いて、残る2弾も着弾、それを砕く。
「ベル君、あの左翼を狙います。射線は通りますか?」
「‥‥はい。問題ありません」
 長弓に矢を番えるみづほに答えながら、両手でフォルトゥナ・マヨールーを保持するベル。
 みづほは手にした長弓により多くの練力を流し込み、それを大きく引き絞った。ピンと張った長弓は軋む音すら立てずにその力を易々と受け入れ‥‥白く輝く腕から放たれた矢は狙い過たずに飛竜の左翼を貫いた。続けて一矢。翼に空いた2つの穴は、飛竜が羽ばたく度にその大きさを増していく。
「喰らいやがれ!」
 敵前へと辿り着いたリリィが叫び、飛竜の側面を月詠で斬り払う。峰に腕を押し付け、竜鱗による抵抗を体重と速度で押し切りながら走り抜ける。飛竜は胴を横に一文字に切り裂かれ、雄叫びと共にその巨体を床へと沈ませた。
「ハンッ! お次はどいつだ!?」
 直刀についたキメラの血を払いながらリリィが見得を切る。その背後で、ぬらり、と巨大な影が身を起こした。
 ぼたり、と頭上から床に垂れる青い血。振り返る。血塗れに赤く染まった飛竜がこちらを見据え‥‥直後、衝撃がリリィを床へ弾き飛ばした。振るわれたのは巨大な尻尾。続けて鋭い牙の生えた巨大な顎が‥‥
 ダアァァン‥‥! と。密閉された体育館に、ベルの大型拳銃の銃声が轟いた。轟音が鼓膜を叩き、耳鳴りが悲鳴を上げる。銃弾は浅い角度で飛竜の側頭部を叩き、逸れていった。続けて1発、今度は首に。撃ち尽くした大型拳銃に即座に再装填。再び両手にそれを構える。
 その隙に、硯がリリィを抱え上げて飛竜から距離を取った。
「九条さん、もう1匹が!」
 硯の声に命はそちらを振り返った。もう1匹がその身を起こし、事態に気づいて咆哮する。命は小さく舌打ちすると、硯とそちらへ駆け出した。最初の1匹に止めを刺すまで、何とか引きつけておかねばならなかった。
「安心して戦いな。後ろには俺たちがいるからさ」
 飛び起きたリリィに向かって『練成治療』を使用して‥‥幸はそう言いながらも流れる汗を止めれずにいた。
(「焦るな‥‥俺には、俺の出来る事を。その為に俺はここにいる。それで誰かが楽になるならその事自体に価値がある‥‥!」)

 戦闘開始から30秒もしない内に、幸の練力は底をついていた。
「‥‥っ、もう回復は出来ないぞ!」
 叫び、荒い息を吐きながら超機械αを手にする幸。その言葉を耳に入れながら、命は2匹目の飛竜に突っ込んだ。
 キュッ、と踏み込んだ床が音を立てる。飛竜の脚に向けてロー、ミドル、ローの三連撃。尻尾で薙ぎ払われる前に『瞬天速』で離脱する。
 命とは反対側に回り込みながら、硯は常に飛竜の視界をうろつく様に跳び回った。目障りな硯を砕こうと迫る顎。その眉間と顎の付け根をメタルナックルで殴打する。
 削られ続ける飛竜の体力。その翼はみづほの攻撃で矢衾と化し、飛竜はもう羽ばたく事すらしない。
 一方、最初に痛撃を受けた飛竜はそろそろ限界に達しようとしていた。
 タン、タン、タン、と蹴鞠でも蹴るように攻撃を繰り返す桜。反撃する飛竜を邪魔しようと愛華は翼に斧槍を引っ掛けて‥‥
「わわわっ」
 ぽーん、と得物ごと放り投げられた。
 そこへ走り込んだリリィが二回目の流し斬り。飛竜は血の雨を降らせながら三人を尻尾で薙ぎ払おうと‥‥
 その瞬間、流した血液を蒸発させて、身体中から白煙を立ち昇らせた。
 幸の超機械αだった。硬い竜鱗を持つ飛竜も非物理攻撃には意外と脆かった。
「あれ? 俺、ヒーロー?」
 何より自分で一番驚く幸。飛竜はその身を電磁波で焼かれながら、一声嘶いて倒れ伏した。
「‥‥ゴメンね。お休み」
 その亡骸に、愛華が呟いて‥‥
 SyGyaooo‥‥u!
 残った飛竜が一際高く咆哮を上げた。蛇の様に鎌首を上げ、その口中に紅蓮の炎が上がる。その視線の先には幸の姿。打たれ弱いサイエンティスト‥‥!
「‥‥っ!」
 警戒していたみづほが息を飲む。『ディフレクト・ウォール』は‥‥間に合わない!
「夜木さん!」
 長弓を捨てて幸へと覆い被さるみづほ。吐き出された火炎の渦は後衛組の三人を飲み込んだ。
 そのまま突進を始める飛竜。硯がハッとする。あの突進は3人に止めを刺すものではなく‥‥
「いけない! 外に出られては手がつけられない!」
 その声に皆がハッとする。だが、能力者といえどもあの質量の突進は止められないし、事前に手当てもしていない。焼夷手榴弾‥‥いや、脱出より先に奴は外に出てしまう‥‥!
 いや、その質量を止める手立てが一つあった。それは愛華の目の前で血塗れで床に倒れている。
「いっ‥‥けぇっ‥‥!」
 愛華の秘めし獣の力が、飛竜の死骸を弾き飛ばした。『瞬速縮地』、さらに『獣突』。床を滑る遺骸は突進する飛竜の足元で壁に激突し‥‥2匹の飛竜はもつれ合うように倒れ込む。
 これが最後の機会とばかりに走り寄る能力者たち。注がれる銃弾と矢と電磁波、壁際に半包囲してのタコ殴り。10秒としない内に、その飛竜も足元の死骸の上に折り重なるようにして倒れていった。

「余計な事を。俺が頼んだわけじゃないからな(照れ)」
 火炎の息によるダメージは、庇ったみづほの方が大きかった。お蔭で大ダメージを免れた幸が、悪態を吐きながらその肩を貸す。
 能力者たちの治療をする時間は無かった。一刻も早く味方の前線まで後退しなければならない。
「急げ!」
 軍曹が皆を急かす。明るくなっていく空。必死にスキーを『漕ぐ』一行に、追いついたハーピーの群れが襲い掛かろうと‥‥
 ダダダダダダ‥‥!
 突如響く連続音。それが機関砲の発砲音だという事に気付いた時には、急降下したハーピーはフィールドごと弾き飛ばされていた。
 前方に現れた1両のIFV(歩兵戦闘車)。30mm機関砲を撃ち放つそれにキメラが慌てて逃げていく。流石にIFVクラスの装甲車両にはハーピーも手が出せない。ワイバーンを潰しておいた所以だった。
「おい、あの道‥‥」
 ウィルの言葉に、ジェシーは小さく微笑んだ。IFVが迎えに来た道は彼等が除雪した道だった。
「帰るぞ。全員乗車しろ」
 軍曹の声が今回の地獄の終了を告げていた。