タイトル:美咲センセと秘密特訓マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/12 18:29

●オープニング本文


「わたし、おっきくなったら、ユーキくんのお嫁さんになってあげるね‥‥」

 それは、とても、とても懐かしい記憶。
 今から十と何年前。私の世界がまだ小さかった頃の、遠い昔の淡い思い出──

 その頃の私は、お隣に住む幼馴染のユーキくんが好きだった。
 それが『愛』であったかは分からない。
 人は、その両手に抱え切れるだけしか『世界』を認識する事ができず‥‥ 幼い頃の私にとって、『世界』とは、家と、親戚と、幼稚園と、ご近所さんと、友達たちが全てであり、私の中に占めるユーキの存在はとてつもなく大きかったからだ。
 実際、小学校‥‥中学校と、互いの世界が広がっていくにつれて、幼馴染の存在感は相対的に薄れていった。わざわざ教室で声をかける事はなくなり‥‥互いの呼び名も、名前から苗字へと変わった。いつしか、ユーキの存在は私の中で数ある友人の一人となり‥‥それも同姓の友人が増えるにつれて、互いの距離は離れていった。

 そんな二人の状況が変わったのは、中学に入ってから。きっかけは、親友の香奈がユーキを好きになったことだった。
 香奈は私とユーキが幼馴染であることを知らなかったが、私はその立場を利用して少々おせっかいを焼くことにした。ユーキがはまっていた多人数参加型のRPGを調べ、声をかけることも出来なかった香奈を誘って『やり方を教わる』名目で近づいた。
 あとはまぁ‥‥お決まりのパターンだ。香奈とユーキはゲームを通じて仲の良い友人になり‥‥私の方も、香奈に付き合っている内にユーキとの距離が縮まって‥‥気がついたらまた好きになっていた。
 私と香奈は互いにかけがえのない親友で‥‥だからこそ、身動きが取れなくなった。ユーキはユーキで香奈の気持ちに気づいていたはずなのだが、自分から動くことはなかった。私としては、さっさと二人にくっついて貰った方がいっそ楽になれると思ったものだが‥‥まぁ、当時の私には、ユーキも同様に苦しんでいると分かるだけの余裕はなかった。
 結局、互いの距離は縮まらぬまま、私たち3人は高校を卒業した。
 私と香奈は、幼稚園教諭となるべく地元の短大へ。ユーキは他県の国立大学へ進学した。
 とどのつまり、誰も決着をつけない事を選んだのだ。そういう終わり方もあるだろう、とは思っていた。私たちにとっての『幸福』は、誰かが『犠牲』にならない事だったから。
 それも『青春時代の甘酸っぱい思い出』ではあったのだ。
 そう、あの日、バグアの襲撃がありさえしなければ。


●2007年、晩夏。日本某所──

 どうやら夢を見ていたようだ。
 能力者、橘美咲がその事を自覚したのは、無論、自らの目が覚めたからだった。
 ただ、なんで夢を見たのか、その辺りの記憶が繋がらなかった。自分たち、最初期の能力者グループは、エミタを体内に入れる被検体として、日々、検査と訓練と模擬戦を繰り返していたはずで‥‥
 ああ、そうだ。思い出した。研究所のある町がバグアの襲撃を受け、それを自分たちの所為だと思い込んだ自分たちが、人々を助ける為に、戦う為に、勝手に制止を振り切って町へと飛び出して‥‥そして‥‥
 私は目を見開いた。
 途端に、彼女を取り巻く現実が肌を焼いた。灼熱── 燃え盛っているのは、戦火に焼かれた町並みだった。状況を確認しようと頭を巡らせ──途端、身体中に走った激痛に呻き声を上げる。痛みに耐えながら頭を上げると、前髪からパラリ、とコンクリートの破片が落ちた。どうやら、自分は崩れたブロック塀の只中に倒れているらしい‥‥ 同じ様にあちこちへ倒れた仲間たちを見て、そんな事を考える。
 住宅街の狭い道路の中心には、異形のパイロットスーツに身を包んだ人型のバグアが佇んでいた。付近に墜落したHWから脱出したバグアで、私たちをこんな目に合わせた張本人だ。
 ──黎明期の能力者にはまだバグアと渡り合えるだけの力はなかった。ただ、当時の私たちにそのような事が分かるわけもなく‥‥能力者は人類の希望ではなかったのか、と悔し涙に暮れた事を覚えている。
 私がまだ生きている事に気づいた件のバグアは──こういう言い方が許されるのなら、少し驚いている様に見えた。『彼』の中では地球人とはひどく脆い生物のはずで、『彼』の攻撃を受けて生きていた地球人は、恐らく私が最初だったのだろう。
 とはいえ、それで私の運命が変わったわけではない。バグアは私に止めを差そうとその足を踏み出した。私は瓦礫の中から立ち上がると、落ちていた剣を拾って正眼に構えて睨み据えた。例え敗れて死ぬにしても、最後の一瞬まで戦い抜いてやろうと思った。
 当のバグアはそんな私の意地など埒外なのだろう。無造作にこちらへ近づいてきた。私はきゅっと剣を握り締め、上段へと振り被り──
「美咲ーぃっ!」
 そこへ、バグアの背後からユーキが突っ込んできたのだった。
 最初に感じたのは懐かしさ。卒業以来、その顔を見るのは随分と久しぶりだった。あまりに唐突な再会に、私の思考は動かなかった。
 ユーキは手にした鉄パイプをバグアの背に叩きつけた。‥‥だが、ユーキは能力者ではない。その一撃はバグアの力場に阻まれた。バグアは思わぬ闖入者に対して無造作にその鉤爪を振るい、勇敢だが無謀な青年の胸部を貫いて──
「うわあああぁーっ!」
 ‥‥そこから先の事はよく覚えていない。渾身の力を込めた大剣の一撃は、バグアの力場を貫き、その背の装甲に傷を付けた。
 だが、それだけだ。再度の反撃で私は再び気を失い‥‥気がついた時は病院のベッドに横たわっていた。

 手酷い敗戦をした私たちは、暫く再起できなかった。
 曲がりなりにも、今こうして立ち上がる事ができたのは‥‥ 香奈や、勤務先の『なかよし幼稚園』の園長先生や同僚たち‥‥そして、子供たちのお陰である。
 だが‥‥


●2011年、初夏。なかよし幼稚園、仮眠室──

 そこで美咲は目を覚ました。
 畳の上の布団の上で、暫しじっと天井を見つめ‥‥ 起き上がって胡坐で頭を掻く。
 ──『なかよし幼稚園』のイベントの度、キメラを送りつけていたバグアの外見はユーキにそっくりだったという。だとすれば‥‥ユーキをヨリシロにしたのはあの時のバグアなのだろう。どうして何の知識も力もない一般人のユーキを選んだのかは分からない。が、決着は自分がつけなければいけないのだろう。
 美咲は仮眠室を出ると、事務室へと降りていってそこにいた香奈に声をかけた。「少し休暇を貰おうと思う」と美咲が言うと、香奈は驚いたように立ち上がった。
「‥‥決着をつけなきゃ、いけないと思う。他人任せにはできない。‥‥ユーキの為にも」
 その為には、バグアと戦えるだけの力をつけなくてはならない。
「上級職に、なろうと思う」
 その言葉を聞いた香奈は息を呑んだ。
 それは、美咲が兼職を止め、傭兵として戦いに身を投じることを意味していた。

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
アセット・アナスタシア(gb0694
15歳・♀・AA
天水・夜一郎(gc7574
14歳・♂・GP

●リプレイ本文

 灼熱の陽光が降り注ぐ無人島の砂浜で、二人の女性が対峙していた。
 一人は兼業能力者・橘美咲。もう一人は、同じ大剣使いのアセット・アナスタシア(gb0694)である。
「‥‥訓練だけど全力できて。練習でできないことは、本番でもできないだろうからね」
 アセットの言葉に頷きながら、美咲は大剣を脇構えに構えた。波に洗われる砂の上をにじる様に間合いを詰め‥‥ 瞬間、大きく踏み込みながら横殴りに切り上げる。
 アセットは1歩退きながら、その一撃を下段から跳ね上げた。左に一歩踏み出しながら、手首を返して得物を振り下ろす美咲。アセットは右足を1歩引きつつ、斜に構えた剣の刃でその攻撃を受け流す。
 美咲はすぐに剣を引き戻すと、連続して突きを放ってきた。
(こちらの受けの体勢を崩すのが目的ね)
 見切ったアセットは最初の突きを剣で受けつつ、二撃目を1歩退き、体をかわす。
 と、その足首を包む冷たい感触にアセットは目を瞠った。いつの間にか立ち位置を変えられていた。そのまま海へ押し込む様に、左右から猛攻を加えてくる美咲。アセットは水を蹴立てながら、攻撃を打ち分け、受け凌ぐ‥‥
「さすが、正規の訓練を受けてただけはあるな。無駄の少ないコンパクトな攻撃だ」
「元々、運動神経が良いんでしょうね。剣の扱いも体捌きも重心の移動がスムーズです」
 それを離れた場所から見ていた鋼 蒼志(ga0165)と守原有希(ga8582)は、美咲の剣戟をそう評した。それを聞いた天水・夜一郎(gc7574)は、チラと美咲たちへ視線を振った。
(先輩たちをを見ていると、己の未熟を痛感するな‥‥)
 夜一郎は改めて槍を構え直すと、再びそれを振り始めた。
(槍術の第一歩は限りなく大きい‥‥)
 大きく踏み込みながら槍を繰り出す。意識を置くのは下半身。どのような足場でも体を崩さず、確実に動ける事を優先し‥‥安定した下体の上で、上体を振り子の様に前へと突き出し、その速度に緩急をつけつつ、槍を突く。
(滞りなく踏み出せたなら‥‥立ち塞がれる、壁はない──)
 そんな夜一郎を見て、蒼志は目元に笑みを浮かべた。同じ槍使い、しかも、GD志望という事で、何気に共通点がある。
「槍は『突き』よりも『引き』だ。戻すのが遅いとつけこまれるぞ」
 と、そこへ、本土へ買出しに行っていた綾嶺・桜(ga3143)と響 愛華(ga4681)、MAKOTO(ga4693)の3人が帰ってきた。桟橋を歩いてくる彼女らの背には、パンパンに膨らんだ大型リュック── 特に、愛華の荷が一際でかい。
「さ、桜さん‥‥お、重いんだよ‥‥」
「黙るのじゃ、天然(略)犬娘。中身を思い出すがよい。さぁ、その荷の中身はなんじゃ!」
「Sir、お野菜とお肉であります、教官殿! 重くない‥‥食べ物は重くないんだよ‥‥!」
 ふらふらと桟橋を歩く愛華を見ながら、桜は嘆息した。とりあえず、あれだけ買い込んでおけば大丈夫じゃろうか‥‥愛華の食欲を考えれば、一抹の不安は拭えないが。
 MAKOTOは荷を桟橋に下ろすと、美咲とアセットの剣戟を見守る有希に声をかけた。
「どんな按配?」
「攻撃面に不安はなさそうです。‥‥そろそろアセットさんが仕掛けますよ」
 その言葉が終わらぬ内に、それまでいいように打たせていたアセットが攻勢に転じた。美咲の剣を打ち弾くと同時に、正面から振り下ろす。とっさに受けに転じた美咲は、攻め疲れていて体勢を崩した。アセットの横薙ぎを後ろに跳びかわし‥‥と、そこへ続けざまに振るわれたアセットの後ろ回転斬りが、ピタリと美咲の喉下で止まる。
「大剣はリーチが長いし、圧倒的なパワーで押し潰す事も出来る‥‥ だけど、その分、機動性は犠牲になるし、体力も使う。避けられた時、止められた時、どうするかを瞬時に判断する‥‥ 私からはそんな所かな?」
 美咲はアセットの手を借りて起き上がると、感謝の言葉と共に一礼した。慌てるアセット。私も4年前までは駆け出しだったのに‥‥人に剣を教えるなんて実感が湧かない。
「みんなもお疲れ様。それじゃあ、今日はここまでってことで!」
 夜一郎の背中をポンと叩きながら、美咲が言った。幼稚園の先生をやっているからだろうか、美咲は、寡黙で無愛想な夜一郎に対しても、初対面の時から気安かった。
「待てーい! 待つのじゃ!」
 引き上げようとする美咲に対して、荷物を冷蔵庫に放り込んできた桜と愛華が、揃いのポーズ(腕を組んだ仁王立ち)で立ち塞がった。二人とも、なぜか完全武装である。
「本当の訓練はこれからじゃ! 戦場では、疲労し、体力を使い切った後にこそ、本当の修羅場が待っておるのじゃ!」
「わぅっ! 私たちが体験してきた煉獄──その片鱗を体験してみようねっ♪」
 にっこりと満面の笑みを浮かべる愛華── 結局、その日の訓練は、翌日の昼過ぎまで終わらなかった。


「美咲さんはどういう上級職になるつもりなの?」
 満点の星空の下、焚き木の炎を囲んだ夕食の席で、MAKOTOは美咲にそんな事を尋ねてみた。
「いや、上級職って言ってもさ、単純なパワーアップでなくて、RPGで言うところのバランスキャラから極振りキャラになる、って感じなんで、どういう方向性でクラスチェンジするのかなー、って」
 短期決戦型や、面制圧型‥‥幼稚園を守るなら、防御特化という選択もあり得る。
「バグアに打撃を与えうるなら──倒せるのならなんでもいいよ」
 どこか昏い調子で言う美咲。それを聞いた愛華は、小さく首を振った。
「‥‥力を求める事だけが、必ずしも良い結果を生むとは限らないと思うよ?」
 決着はつけなくちゃいけない。逃げ出してはいけない。でも、美咲には、『なかよし幼稚園の先生』である事も忘れて欲しくない。
「でも、今のままじゃ勝てない‥‥傷一つ、つけられないかもしれない」
 炎を見つめて呟く美咲。愛華は救いを求める様に周囲へ視線を振ったが‥‥桜は決然と首を振った。
「ま、美咲がそう決めたのなら、わしからは言う事はないの」
「‥‥美咲さんがどのように考えて決意したのか、俺には推測できませんし、するつもりもありません。美咲さんの迷いは、美咲さんだけのものですから」
 桜の言葉を受け、蒼志もそう続けた。美咲がそうと決めたなら、それを全力でサポートするだけだ。
「とはいえ、別に上級職になったからといって、傭兵に専念しなきゃいけないってわけじゃ‥‥」
「いや、元々、兼業は被験者のなり手がいなかった頃の権利だから‥‥こちらから新たに力を求めるのなら、当然、戦線への本格復帰は要求されると思う」
 愛華は唇を噛み締めた。
 或いはそれこそが、あのバグアの思う壺なのかもしれない‥‥


「敵リーダーを叩けば戦いは有利に進む‥‥が、そう容易くないってのは言うまでもありません。敵は壁役のキメラ等を置いて、攻撃・逃走を図るでしょう」
 翌朝。林の中に拓けた広場の真ん中で、蒼志が美咲たちの前で槍を構えて立っていた。その背後、少し離れた所には‥‥
「な、何故わしが人質の園児役なぞ‥‥」
「わふぅ♪ 桜さん、似合うんだよ! 園児の制服も可愛いんだよ!」
 屈辱に身を震わす桜と、もふもふと喜ぶ愛華の姿。見なかった振りをして、蒼志が振り返る。
「えーと‥‥あぁ、そこで重要なのが『壁』崩しです。とはいえ、それは一人でやる事じゃなく‥‥ ま、実際にやって貰いましょうか。立ちはだかる俺を突破して、人質を救出してみてください」
 攻め手は美咲と夜一郎。守り手は前衛に蒼志が立ち、後ろから愛華が水鉄砲を撃つ態勢だ。
 まずは美咲が正面から打ちかかったが、守りに徹したGDはそう簡単には打ち崩せない。盾で受け、槍で払い、その悉くを打ち払う蒼志。だが、その隙に、夜一郎が盾のない右側に回り込み、その鋭い連続突きで蒼志を牽制し始めた。蒼志は口元に笑みを浮かべ‥‥槍先をアーマーに当たるに任せながら、夜一郎の足を槍で払った。そのまま後ろに跳躍する蒼志。『四肢挫き』で動けなくなった夜一郎に、ここぞとばかりに愛華から水が浴びせられる。
「美咲さん! 左です!」
 外野から呼びかけられた有希の声に、美咲はハッとした。前日の訓練の際、有希に教えられた事を思い出す。
「左太刀は、柄の上を左、下を右で握る技法です。普通、バックハンドの攻撃は、腕の捻りの分、時間と力のロスが出ますが、左太刀が使えればロスは消えます。‥‥もっとも、左太刀に慣れるための素振りや持ち替え練習、左手の鍛錬は必要ですけど」
(左太刀‥‥左太刀‥‥!)
 美咲は大剣のリカッソを左手で引っ掴むと、左上段から振り下ろした。突然の軌跡の変更に、受けにいった蒼志の盾が右へと泳ぐ。それを見た夜一郎はすかさず、美咲と盾をスクリーンに右側へと回りこむと、がら空きになった蒼志の左半身に槍を突き入れ、突破する‥‥

 さらに翌日。最終日、打ち上げのBBQ(バーベキュー)に備えて、食材集めを兼ねたサバイバル訓練が行われた。
「ツユクサとか、美味い野草は身近にも多いですよ。蝮はこう頭を落として、内蔵除いて‥‥洗ってやって照焼きに。牛蛙なんかも、揚物や炒め物、焼き物と万能選手ですよ」
 どこからか取り出した万能包丁で、捕まえた生き物たちを手早く、手際よく捌いていく有希。後ろで見ていた女性陣の表情がクルクル変わり‥‥ 実際、食べる段になったらおいしい、と笑えるのは女の逞しさか。
 午後には再び海に出て、水中戦の訓練が行われた。講師役は、そのダイナマイトバディ(ほぼ死語)を水着に包んだMAKOTOである。
「夏なだけに、海水浴先で襲われる、ってパターンも‥‥あるかな? まぁ、水中での身体の動かし方って、地上で応用できるのもあるし」
 水中では無駄な動きはそのまま力のロスになる。
「高速でスイングするには、剣筋を正確に、筋肉よりも腱と関節を使う感じで‥‥ 基礎の延長でしかないけど、たまにはこういうのもいいでしょ」
 そう語るMAKOTOの頭には、ゴーグルとシュノーケル。‥‥潜る気満々である。
 美咲たちは、MAKOTOから視線を外して、少し離れた場所にいる愛華と桜に目をやった。
 スクール水着を着た桜(本人はサラシに褌を着るつもりだったらしい)の傍らで、愛華がばちゃばちゃともがいている。
「さ、桜さん‥‥う、浮き‥‥浮輪が欲しいんだよ!」
「いつまでも海を怖がっているわけにもいくまいて! とりあえず水に慣れるのじゃ!」
「む、無‥‥ゴボゴボ‥‥沈‥‥」
「さぁ、水の中のお魚を捕まえんとBBQで食べれぬぞ!」
 ‥‥美咲たちは再び視線をMAKOTOに戻した。MAKOTOはあらぬ方に視線をやっていた。
「いや、園長先生がさ‥‥この辺りでは海栗とかサザエとかも採れるって‥‥」


 そんなこんなで夜になり、浜辺で訓練終わりの打ち上げを兼ねたBBQが行われた。
 桜やアセット、有希たちが持ち込んだ肉や野菜、そして、昼間に取った海産物やらの調理を行い、片っ端から焼いていく。肉と玉葱の刺さった串を運ぶMAKOTO。愛華の食べっぷりを見た有希は、食材を持ち込んでいてよかった、と心底思った。‥‥主に、この辺りの生態系保護的な意味において。

 一人離れた所で黙々と肉を食べていた夜一郎が『それ』に気づいたのは、肉を姉へのお土産に持って帰るのを有希に諭されて諦めた時だった。
 皆の輪から離れた美咲が、きょろきょろと何かを探すように岩場の方へと歩いていく。夜一郎と有希は顔を見合わせ、その後をついていった。
 と、どこかから聞こえてくる独特な歌詞とメロディ。夜一郎に聞き覚えはなかったが、どうやら有希には心当たりがありそうだった。
「まさか、この歌声は‥‥」
 ずんずんと早足で進む有希。歌声は段々大きくなり‥‥やがて、洞窟の中へと辿り着いた。
 そこには、頭を抱えた美咲の姿と‥‥ なにやら、オリジナルの魔法少女っぽい衣装に身を包んだ阿野次 のもじ(ga5480)の姿があった。
「‥‥なにしてるんです、のもじさん?」
「否、私はのもじにあらず! バグアを蹴散らす魔法美少女から最終究極形態『ハイパーアルティメットのもじ』へと進化した‥‥究極ののもじなのだっ! 必殺技はメカメロ波! BBQの臭いにつられたのは内緒!」
 呆気に取られる夜一郎の横で、有希が美咲と同様に頭を抱える。
 とにかく戻ってBBQを食べましょう、と言う美咲を、のもじは呼び止めた。
「これまで、なかよし幼稚園が襲われてきたのは、園に理由があるからか‥‥それとも、『貴女大切にしている何か』だからなのか」
 ピクリ、と美咲の身体が震えた。真面目な表情でのもじが頷く。
「そう。これ、キツいけど真面目な話よ。‥‥もし、そうであるならば、兼職か、専属か、上級職か否かはそれほど重要な選択ではない。‥‥本当に大事なのは、『自分は本当に何をしたいのか』よ」
 決着をつけることを選んだならば、美咲は選ばなければならない。能力者として仇を屠るのか、大切な何かを護るヒトとしてバグアに挑むのか‥‥ なんなら、全てを放り出して逃げ出すのも一つの手段だ。
「過去・現在・未来‥‥貴女が選ぶのは、どれ?」
 その問いに沈黙する美咲。時間がゆっくりと傍らを流れていき‥‥やがて、夜一郎が口を開いた。
「‥‥俺は、守る為の力を求めている。故に、俺の槍捌きは敵を逃さず、動きを制圧する為の槍‥‥仲間を守る事が俺の戦いだ。だからこそ、俺はGFを目指している。‥‥未熟な若造の言だ。参考になるか分からないが‥‥」
 有希は頷いた。美咲はこれまで、子供たちを守る為に戦い続けてきた。信じてくれる彼らの心を胸に戦ってきた美咲の信念は、彼女の力に必ずなる。
「大事な人の為に戦う‥‥それは僕も同じですから‥‥って、黙れ、そこな怪人物」
 ヒューヒューと口で言うのもじにツッコむ有希。美咲は無言で立ち上がると、キャンプに向けて歩き始めた。
 海岸では、既に花火が行われていた。4人に気づいた皆が美咲を迎え入れる。
「自分が信じられれば、使う剣は選ばないし‥‥ 同じく、今の自分のクラスも気にしないかな、私は」
 結局、得物もクラスも選ぶ自分次第なのだ、とアセット。
「まぁ、こういう事は人任せにすると、後悔する事になるからね‥‥ やれるだけ、やっちゃお〜!」
 元気付けるように言うMAKOTO。
「まー、あれですね。戦いをさっさと終わらせる事ができたら、今度は先生に専念できますしね」
 やれやれと言う風に、苦笑を浮かべてみせる蒼志。
 そして、最後に桜と愛華が、美咲に花火を手渡しながらこう言った。
「この期に及んで、わしは何も言わぬ。じゃが──」
「忘れないでね、美咲さん。──私たちが一緒にいることを」
 美咲は花火を受け取ると、クルリと皆に背を向けた。肩が小刻みに震えている。
 夜一郎は仰ぐように夜空を見上げると、傍らの美咲に一言、呟いた。
「目的、果たせるといいな‥‥」
 返事はなかった。ただ、頷く気配がしただけで十分だった。