タイトル:Uta小隊 バーガーヒルマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/30 08:04

●オープニング本文


 2011年、晩春──
 北米ユタ州都南方、オレム市近郊にて、北上を狙う敵キメラ集団と激戦を繰り広げてきた『後衛戦闘大隊』は、奪還したプロボ市の防衛拠点を早々に放棄した。
 州都の旅団本部からの命令である。可及的速やかに当該地域を離脱し、州都の旅団本体と合流すべし──命令文はそう謳っていた。
「州都の連中も気楽に言ってくれるよな。血みどろになってようやく取り返したってのに、随分と気前が良すぎるぜ。なぁ、ジェシー?」
 戦友で同じ分隊長のウィルが、兵のいない所でそう零す。『僕』は苦笑した。
「だけど、ここに留まっていた所で遊兵と化すだけだ。州都では避難民の脱出作戦が展開されているらしいし、本部はそっちにこちらの戦力を回したいんだろう」
「‥‥理屈では、そうなんだろうがよ?」
「州都の避難民たちが無事に脱出できる、っていうのなら、僕たちがここで踏ん張った甲斐もあるってものじゃないか」
 でなければ、死んでいった連中が浮かばれない。
 『僕』の言葉に、ウィルはまぁな、と呟いた。目的さえ見失わずにいられれば、まだ俺たちは戦える。
「とは言え、休暇くらいは欲しいもんだよな! 3年間、ずっと休みなしだ。美味い飯に熱いシャワー‥‥それ位は望んでもバチは当たらないだろ」
 『僕』たちはその日が暮れる前に、車両に分乗して早々にプロボの拠点を後にした。
 3年間戦い、暮らし、人生の一部と化したかのように感じていた当地を離れるに当たって、感慨は驚くほど小さかった。IFVの兵員室に窓がなかった事もあるだろうが‥‥まだ戦いが終わったわけではない事が分かっていたからだろう。
 数年ぶりに訪れた州都は、脱出作戦の開始に伴って慌しい様子だった。南方で敵を払いのけ続けてきた『僕』らは州都にとって『英雄』であるはずなのだが、その為か『熱烈な歓迎』を受ける事もなかった。
 唯一の『特権』は市内の兵舎に回された事だろうか。『僕』たちは先を争うように風呂を浴び、貪るように食事を取った。泥の様には眠れなかった。味方の只中にあってさえ、『僕』たちは些細な物音に目を覚ました。
 僅か2日の『休暇』を終えると、『僕』たちの大隊はファーミントン湾東の山地の攻略を命じられた。ここは、州都ソルトレイクシティーとオグデン市を結ぶ15号線を直接狙える位置にある。避難民を安全に脱出させるには確保しておかねばならない場所である。
 山麓に辿り着くと、かつて緑の木々に覆われていた山はKVの爆撃により一面の禿山と化していた。焼け爛れた木々の幹、流れ続ける沢の水‥‥ 「これ、元に戻るんですかね‥‥」と、戦友のトマスがぽつりと呟く。
 だが、差し当たって『僕』らがしなければならない仕事は、この山地に出没する砲撃型キメラ『砲甲虫』を取り除く事だった。無線で命令を受けた歴戦のバートン少尉が攻撃準備を『僕』等に命じる。‥‥先鋒だ。MBT(戦車)、及びIFV(歩兵戦闘車)の支援を受けつつ、山上を制圧していかねばならない‥‥

 前方、禿げた山肌にまんべんなく降り注いだ砲弾が立て続けに炸裂し、斜面に伏せた『僕』たちにその激しさを振動として伝えてきた。
 聞き慣れた爆音、嗅ぎ慣れた硝煙の臭い。攻撃前の肌をちりつかせるような緊張感をなつかしく思いながら‥‥ 『僕』は着弾の前進と共に、部下に斜面の登攀を命令した。重火器を背負い、抱えた兵隊たちが、焦れる様な速度で山肌を登っていく。
 敵はどうやら山腹に穴を掘ったのだろう。激しい支援砲撃にもかかわらず、生き残った敵が結構いた。崩れかけた穴から這い出し、斜面にへばり付く兵に向けて、角の変わりに生やした砲から『砲甲虫』が対人用の散弾を撃ち放つ。遮蔽物に乏しい斜面でまともに喰らった何人かが吹き飛んだ。『僕』は煙幕の支援を要請すると、最右翼にいた兵たちの名を呼び、手信号で前進を指示した。血まみれの斜面から武器弾薬を拾い集める兵の向こうで、名指しされた兵が装備を置いて軽装になる。
「援護射撃、10秒!」
 残りの兵たちに『僕』は無反動砲と重機関銃を撃ち捲くらせた。直後、右翼の2人が駆け出す。『僕』は対物ライフルを一発、煙幕の向こう、敵のいた辺りに打ち込むと、近くの窪みに身を伏せた。敵の発砲音が轟き、近くの斜面を散弾が薙ぎ払う。
 その間に前進した右翼の兵は、敵が篭る穴倉の横に辿り着くと、その穴に向けて焼夷手榴弾を放り込んだ。数千度の熱を発するそれに慌てて穴から飛び出す『砲甲虫』。その間に肉薄した『僕』らが使い捨てのロケットランチャーを斉射し、穴だらけにして吹き飛ばす。
 そうして『僕』らは前進を続け、斜面の一角の岩場まで到達した。穴が掘れないからだろう。その周辺には敵がいなかった。
「バリスタ、バリスタ、こちらペインターツー。ポイント・α2に到達。これより誘導を開始する」
 『僕』は通信兵の横で無線機のマイクを握りながら、斜面に空いた穴の向きと角度を岩場から見える範囲で報告した。程なくして麓から有線式の誘導弾が放たれ、一つ一つ、穴倉の中へと飛び込み、爆発する。
「よし。ここでの仕事は終わりだ。前進するぞ! マイク! ハミルトン! 先行しろ。あの斜面の陰までだ。デイジーとルーが後続。支援射撃、敵を見逃すな!」
 斜面の上方に煙幕が着弾するのを確認してから、『僕』は二人に前進を命じた。脇目も振らずに駆け出すマイクとハミルトン。デイジーとルーが駆け出す準備を整え、他は岩場の陰から銃口を覗かせ、警戒の視線を周囲に這わせる‥‥
 と、突如、乾いた音が響いて、ハミルトンが横へ飛び倒れた。思わず足を止め振り向くマイク。立ち止まるな、と叫ぶより早く、胸部を撃ち抜かれたマイクが倒れ、斜面を滑り落ちてくる。
「どこからだ!」
「見えません!」
 『狙撃手』の射点を確認したものはいなかった。‥‥重い沈黙。『僕』は唇を噛み締めると、デイジーとルーに再び前進を命じた。
「装備は最小限でいい。いいか、何があっても走り続けるんだ。全速で窪地へ飛び込め」
 『僕』は他の者に今度は絶対に見逃さないよう伝えると、射点と思しき場所へ援護射撃を撃ちまくらせた。走り出すルーとデイジー。再び発砲音が轟き‥‥今度は右から敵弾が飛翔してきた。立て続けに地面に弾ける礫弾。悲鳴を上げながら二人が窪地に転げ込む。
「軍曹!」
 叫んだ部下の指差す先へ『僕』は視線を飛ばした。‥‥それは全長50cmもないように見えた。地面に空いた小さな穴から、何か茶色の‥‥大きな鉤爪を持った何かが顔をのぞかせており‥‥目が合った瞬間、『それ』はひょいと穴の中へ引っ込んだ。
 『僕』は横にいる部下を振り返った。互いに信じられないものを見たかのように沈黙する。
「軍曹、見ましたか‥‥」
「ああ‥‥まさか、モグラ型のキメラだと?」

●参加者一覧

月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
猫屋敷 猫(gb4526
13歳・♀・PN
ブロント・アルフォード(gb5351
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

「A中2小隊‥‥ジェシーたちか? 相変わらずどこにいてもピンチになる連中じゃの」
 正規軍歩兵部隊の一部が、モグラ型キメラの攻撃を受けて孤立している── その報せを聞いた綾嶺・桜(ga3143)は呆れた様に呟いた。響 愛華(ga4681)が苦笑する。確かに、ジェシーたちにとってはこれくらい『日常茶飯事』には違いない。
「長い間、激戦地で戦い続けている人たちの為にも、頑張るです!」
 茶飲み仲間になった猫屋敷 猫(gb4526)が、ちっちゃな拳を「おー」と上げる。
 愛華は頷いた。能力者の出番は、決まって誰かがピンチの時だ。こういう時こそ──自分たちが命を懸けねばならない。
「突入するよ! 砲撃支援をお願い。‥‥とにかく、こちらが移動する間、砲甲虫が頭を出せない様に撃ち込んで!」
 愛華の要請で支援砲撃が開始され、能力者たちは山の斜面を走り始めた。
 岩場に向かったのは4人。盾を構えた葵 コハル(ga3897)が先に立ち、その後を猫、桜、そして、ガトリング砲を抱えた愛華が続く。
 最初の遮蔽物へと辿り着いた4人は、そこで一旦足を止めた。焼け焦げた木々の陰から、猫がそっと上方を伺う。立ち上る土煙に、遅れて響いてくる爆音── 表に出ている砲甲虫は1匹もいない。
「──うん、行けるですよ!」
 その言葉に飛び出すコハル。盾をかざして突進しながら、一足跳びに駆け上がる。周囲の警戒は後ろに任せ、ただ前方に集中し‥‥ と、そこへひょっこりと顔を出したモグラが、こちらに気づいて振り返る。
 コハルは盾に身を隠し、だが、スピードは緩めずに、手にした大型リボルバーを撃ち放った。慌てて穴へと引っ込むモグラ。その横を駆け抜ける。
「さぁ、救援の女神たちの到着じゃ! ‥‥って、自分で言っててちと恥ずかしいの」
 堂々と胸を張りながら照れる桜の頭を、ジェシーら兵たちがわしゃっと撫でる。羨ましそうに見る猫。その頭を愛華とコハルがわしゃわしゃする。
 岩場へと到着した能力者たちは、周囲のモグラに銃撃を加え始めた。増援の到着に、もぐらたちは慌てて周囲へと散り始めた。桜と猫──二人のち巫っ女がそれを追い討とうと岩場を飛び出す。
「上の窪地に二人取り残されている」
「大丈夫です。これ以上、死傷者は出させないです」
 振り返った猫が斜面を指差す。その先には、別ルートで窪地へ向かう別班能力者4人の姿があった。

「よく耐えたな。後は任せて貰おう‥‥!」
 窪地へと飛び込んだブロント・アルフォード(gb5351)は、絶望的な抗戦を続けていた若い女兵士二人へそう安心させるように声をかけた。
 新兵あがりだったのだろうか。緊張感から解放されて、まるで女学生の様に泣き出す二人。月影・透夜(ga1806)は「無理もない」と思いながらも、敢えて突き放してみせた。娑婆に戻るにはまだ早い。我らは未だ危地にいる。
「2人は足元や周辺地面の盛上がりに注意し教えてくれ。敵の数は?」
 兵士の顔を取り戻した二人は、6匹だ、と言いながら左側の斜面を指差した。モグラの移動跡だろうか。土中で何かが動く度に、盛り上がった土がもこもこと地面に軌跡を描く。
 透夜はブロントと目を合わせると、その移動するもこもこへ銃弾を撃ち放った。着弾に土煙が弾け、もこもこの移動が止まる。
 だが、暫くすると、また別の場所からもこもこの軌跡が走り始めた。どうやら敵は水面下を泳ぐイルカの様に『浮上』と『潜航』を繰り返しているらしい。
「土中での移動は速度がどうしても落ちるので、見えるのであればいい的だと思ってましたけど‥‥やっぱり『見えない』移動も出来そうですね」
 だとすると、あの動きは‥‥ 不自然さを感じた辰巳 空(ga4698)は、その手のひらを地面にそっと当てた。『バイブレーションセンサー』──地面や壁に伝わる振動から、その数や距離、大きさを知る能力である。
 手のひらに感じる振動を、感覚的に知覚する。‥‥範囲外から伝わる大きな波紋は、砲撃による振動か。左側には、ランダムにうねうねと動く6匹のモグラ‥‥ そして、反対側の右手には、未だ地表に顔を出していない新手のモグラ──
 空はハッと顔を上げた。その視線の先、モグラの行く手には、なぜかまだ窪地に到達していない阿野次 のもじ(ga5480)の姿がある──
「右手後方30、地中にモグラの別集団! 阿野次さん、逃げて下さい!」
 銃口を背後の地面へ向ける空。モグラ叩きの全ての穴からモグラが顔を出した様な──そんな光景を目にしたのもじは、だが、ギンッ、と笑みを浮かべた。
「計画通り」
 呟きながら、池の岩を跳び渡る忍者の様に後ろへと跳び退さる。のもじは敢えて『迂闊で迂遠』な位置を取り、敵を誘き寄せていたのだ。
 大量の礫弾を投げつけられながら、のもじが弓を打ち放つ。その矢が1匹のモグラを貫く前に、隣の1匹が血煙を上げて倒れ込んだ。出現位置を予測していた空が銃弾で弾いたのだ。さらに背後から浴びせられる透夜とブロントの集中射撃── 密集していた敵は、地中に戻る間もなくたちどころに殲滅される。
「背後に敵!」
 とそこへデイジーとルーの警告の叫び。振り返った能力者たちは、視界に飛び込んできた光景に目を見張った。囮をしていた6匹が地中を『泳いで』突進し、まるでイルカの様に地中から飛び出して来たからだ。
 銃を手に振り返った空は、空中のモグラに銃を弾かれた。続けざまに振るわれるモグラの鉤爪。それを空は仰け反るようにかわすと後転一回で膝をつき、腰に佩いた天剣を抜き放つ。着地し、再び地を蹴って空へと跳躍するモグラ。空は手にした盾でそれを地面へ殴り落すと、敵が起き上がるより早く踏み込み、手にした剣を突き入れる。
 一方、ブロントは思い切りよく銃を手放すと、そのまま身をクルリと回して、太刀を居合いで振り抜いた。それを両の鉤爪で受け止め、口から『唾』を吐くモグラ。掠めたフライトジャケットが焦げるような臭いを発した。
「酸か!」
 ブロントは刀身からモグラを振り払うと、空いた左手でもう一刀を引き抜き、踊りかかった。舞い散る火花。一刀でモグラの小手を斬り飛ばし、すかさず別の一刀でその首を切り飛ばす。
 同様に、両手に双槍を手に、素早い突き出しの連続でモグラを追い詰め、止めを刺した透夜は、斜面の下からジェシーたちの分隊と能力者たちが上がってくるのに気がついた。同じく、気づいた生き残りのモグラたちは、それぞれに周囲へ散っていった。


 とりあえずの危機を脱して、窪地にて合流を果たした能力者たちは、このまま協力して山頂を奪ることにした。
 愛華は再度、麓の『砲兵隊』に連絡すると、今度は誤射を防ぐ為、煙幕による支援を要請した。
「モグラはどうする? 恐らく出てくるぞ?」
「大丈夫。道は私が切り拓くんだよ‥‥!」
 愛華は大口径ガトリング砲を腰溜めに構えると、前方へ砲弾をばら撒き始めた。高速回転する砲身から砲弾が吐き出され、着弾が斜面を上へと走る。
 桜はその着弾を追う様に駆け出した。その後に続く猫とコハル。そうして次の岩場に飛び込んだ桜はSMG──桜が持つとやたらゴツく見える──を構えると、斜面の下へ向かって叫んだ。
「援護する。登ってくるのじゃ!」
 愛華の砲撃により、モグラは前方から散っていた。それを確認した空は頷き‥‥その『開拓』された『進路』を登り始める。
 桜とコハルはルート周辺に顔を出すモグラに銃撃を加えて、後続の前進を援護した。その2人の後方では、刀と聖盾を構えた猫が周囲へ警戒の視線を飛ばし‥‥ 斜面の少し上、少し離れた物陰にモグラが顔を出しているのを発見した。
(あの位置からだと、桜さんとコハルさんが背中から撃たれてしまうです‥‥!)
 躊躇う事無く、猫は岩場から飛び出した。だが、モグラは猫に気づいても反撃せず、大声で「キュイ、キュイ!」と鳴くばかり。それを斬って捨てた猫は小首を傾げて思案した。あれは何か助けを呼び寄せたのだろうか? 或いは、何かを報せたとか‥‥?
 直後、斜面上方で一斉に発砲音が轟いた。桜とコハルが振り返り‥‥煙幕を越えて降り注ぐ散弾から慌てて身を隠す。後続の分隊と能力者たちは、ギリギリ岩場へと飛び込めた。散弾があちこちで弾けて豪雨の様な音を立てる。
 猫は気づいた。さっきのモグラはこちらの位置を上の砲甲虫に報せていたのだ。随分と大まかだが、散弾であればある程度のフォローは利く。
「地の利は『奴』にあり‥‥か」
「新型のモグラに、砲甲虫の改良‥‥やはり『ヤツ』は‥‥」
 岩に隠れて散弾をやり過ごしながら、コハルと桜が言葉を交わす。それを聞いた愛華は、「‥‥やっぱり生きているんだね」と、州都南方のキメラ群指揮官の顔を思い浮かべた。勿論、確証はない。ただ、なんとなく、そんな『臭い』がする‥‥
 フフン、とコハルは不敵に笑った。
「‥‥上等。ちょっと有利な状況を作ったからって、この程度であたしたちがどうにかなるって思ってるなら‥‥それはつまらない冗談だと教えてあげましょう」
 誘導役を失った為か、山頂からの砲撃はすぐに止んだ。能力者たちは距離を取って展開すると、砲甲虫の篭る穴倉目掛けて突撃する準備を整えた。
「ユタも大詰め。ここはさくっと倒して、皆で砲火後ティーパーティとしゃれこみましょう」
 なんとなく死亡フラグっぽい台詞を言うのもじ。前方にモグラがいない事を調べた空が手信号で前進を示し‥‥能力者たちと分隊が一気に斜面を駆け上る。
 その内、透夜と桜、コハルとジェシーの4人が、敵の第2陣──中腹上方に空いた穴の一つへ辿り着いた。
「穴の中に突っ込んで下さい、とか言わないよね、ジェシー君?」
 苦笑するコハル。この狭い穴の中では、敵の散弾を避けれない。ジェシーは「まさか」と苦笑すると、焼夷手榴弾を差し出した。
 透夜はそれを受け取ると穴の淵へと張り付き、放り込んだ。左右に分かれて入り口の外へ伏せる桜とコハル。そこへやがて高熱に炙られた砲甲虫が飛び出してくる。
 横合いから飛び出した桜は、敵の砲門目掛けて薙刀を振り下ろした。ガキリ、と食い込む刃。桜は薙刀から手を離すと、間髪入れずに肉薄。脚部の爪でその甲殻を駆け上った。そのまま甲殻を蹴破りつつ、後ろへぽーんと宙返り。薙刀の柄を掴んでクルリと回り、食い込んだ刃を跳ね外す。
 反対側から突っ込んだコハルは、蛍火のSESに練力を叩き込むと、渾身の力を込めてその刀身を叩きつけた。桜に半ばを断ち割られていた砲身が折れ、千切れて跳ね上がる。
 透夜は両の手に持った双槍を一つに纏めると、それを大きく振るって下側の脚2本を叩き折った。バランスを崩して倒れる甲虫を3人がかりで蹴り落とす。
「よし、次だ」
 戦場を移動しようとした能力者たちは、だが、次の瞬間、ゴゴゴ‥‥と足元を振るわせる振動に足を止めた。
 嫌な予感に捉われた空は、急いでその手を地面へ付ける。伝わってくる振動がもたらす情報は‥‥とんでもないものだった。
「全員、警戒して下さい! 何か大きな‥‥とても大きな何かが地中を移動しています!」
 大きくなる振動。空はじっとそれを追跡し続け‥‥ それが『浮上』へと転じた瞬間、警告の叫びを上げた。
 予想出現地点には、一人、ポツリと孤立したのもじの姿。
 慌てる皆に‥‥のもじはフッと笑って見せた。
 地面が、何かの冗談の様に大きく盛り上がり、のもじごと数mも跳ね上げる。直後、ボコリ、となくなる足場。巨大なミミズ型キメラ『クローラー』──その巨大な口は、奈落へ続く暗黒の穴のようだ。
 当ののもじは宙を吹き飛びながら、全くやれやれだわ、と呟いていた。ジェシーたちに危険がいかないようにこっちに死線を引いてみたら、まさかこんな事になるなんて。
「だが、何か釣れたようね!」
 だが、ミミズに呑まれんとしたその直前。のもじは『回転舞』で宙を蹴ってその魔の手から逃れ出た。
 弓に矢を番えながらクルリと地面へ降り立つのもじ。その横を能力者たちが巨大ミミズへ走り迫る。
「モグラの大きさと砲甲虫の穴の大きさが合わないと思っていたら‥‥あのミミズが掘ったのか!」
「ち、またも新しいキメラか! バリエーション豊かなのも問題じゃな!」
 肉薄した透夜と桜が胴体部分を突き刺し、切り付けた。硬い皮膚を突き破って溢れる体液。胴から生えた複数の触手が振るわれ、2人は慌てて距離を取る。
 触手はうねうねと長く伸びて、分隊を守る愛華の元まで届いた。砲撃でそれを迎え撃つ愛華。だが、ガトリング砲は取り回しが重く、数本が砲火を抜けてくる。愛華は我が身を盾に皆を守ろうと手を広げ‥‥直前、横から飛び込んできた空が天剣を振るって斬り飛ばす。
 振るわれる触手を右へ、左へと回避しながら‥‥機を見て突進をかける猫。真正面、目の高さから突き出された触手を盾で受け凌ぎながら、構わずその刀身を本体へと突き入れる。硬く、柔らかい不思議な手応えを感じつつ、素早い連撃で力場を抜く。分厚い肉に突き刺さった刀の峰へ掌を打って切り裂くように引き抜いて。反撃の触手が迫る前に距離を取った。
 鎌首をもたげた敵は、まるで縮んだゴムが飛び出す様な勢いで透夜目掛けて突っ込んだ。
 その巨大な口をステップでかわしながら、「呑みたければこれでも呑んでろ」と、焼夷手榴弾を敵口中へと放り込む透夜。それはそのまま地面へ潜ったミミズの中で灼熱する。
「やったか!?」
 急いで地面に手をやった空は‥‥険しい顔で警告を発した。地中から飛び出してきたミミズの口から熱風が放たれる。どうやらアースクエイク等と同じく、クローラーの口中にも力場があるらしい。
「くッ‥‥予想はしていたが、手強いな‥‥」
「でも、倒せない敵ではないです!」
 ホゥ、と息を吐くブロントへ、猫が元気よく声を上げた。空のナビにより、敵の最大の攻撃はほぼ封じ込めている。実際、大きな怪我をした者もまだいない。
 ブロントは頷いた。
「ああ‥‥次で終わらせる‥‥いくぞ!」
 再び地中へ潜るミミズ。空が次の出現場所を皆へ伝える。
「今だ! 攻撃を集中して一気に決めるぞ!」
 叫び、一本槍を手に突っ込む透夜。のもじと空、そして愛華の援護の下、特殊能力を発動させた桜が、コハルが、そして、猫とブロントが一斉にミミズへと走り寄る。
 肉薄した能力者たちは、それぞれ全力で攻撃を叩き込んだ。──四方からの同一部への攻撃‥‥胴の半ばを千切られたミミズがグラリと傾き‥‥地響きと共に倒れ伏した。


 30分後。山頂──
 最後の砲甲虫が甲殻を砕かれ、斜面に倒れて擱座した。
 その上に立ち、「あらぶる『もう何も怖くない』のポーズ」を取るのもじ。山頂の制圧に、兵たちの間から歓声が沸き起こる。
 よくやった── と大隊長が労いの言葉をかけた。
「あとは‥‥州都の人間が避難するまで、この地を確保するだけだ──」