●リプレイ本文
もう少しでこの救出作戦も一区切りなのに、こんな事になってるなんて
セシル君‥‥君はまだ『英雄』になる事に拘っているんだね
気持ちは凄く判るよ。凄くよく判る、でも――それだけじゃ、駄目なんだよ
●
一方的に浴びせられる砲撃から自分たちを護ってくれたKVが爆発、炎上するのを目撃して── サンフランシスコ隊救出輸送第2班の兵と市民は悲鳴を上げた。
「‥‥ワイル3が撃‥‥‥‥イロットは脱出。至急、S‥‥」
上空を旋回するもう1機──イルタのF−201Cから発せられたと思しき通信波が車載無線が飛び込んでくる。それを聞いた阿野次 のもじ(
ga5480)と龍深城・我斬(
ga8283)は、瞬間、その顔を跳ね上げた。
「201Cのワイル3? って、まさか、セシル機?」
「あれ、あいつか! ったく、無茶しやがって、あのバカチンが!」
感心するのもじと、憤慨する我斬。それぞれがそれぞれの表情で、KV訓練施設で会った『新兵』を思い出す。
「負うた子に『助けられ』、ね。でも、今回のはかなりエライゾ」
もしセシルの乱入がなければ、いったいどれ程の犠牲が出ていたことか。ビッグな男になれ── そのマミィとの約束を、セシルは今でもけなげに守ろうとしている。
「男の子よね」
「〜〜〜っ! 連れ戻してからこってり絞ったる。絶対にだ!」
我斬は頭を掻き毟りながらそう言うと、同じ車内にいる軍の隊長に声をかけた。
「すまない、隊長。あの素晴らしい馬鹿を捜索する許可をくれ」
隊長は我斬の顔を見返した。
「こっちは避難民の輸送で手一杯だ。車両は出せない。長時間、敵中に孤立する事になるぞ?」
覚悟の上だ、と我斬は頷いた。シュピッとメモを取り出したのもじが、そこへ車両の手配をするよう頼む。
「MAT。ダンデライオン財団の車両班よ。民間の医療支援団体だけど、多分、やってくれるわ」
「‥‥分かった。隊から離れる許可を出す。我々の恩人を助け出してやってくれ」
そのやり取りを聞いた藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)は、IFVの後部扉を開けると無言で降車した。小柄な身でAU−KVを押し進む藍紗。それをAnbar(
ga9009)が無言でフォローする。
「少々やんちゃ坊主のようじゃ。だが、まぁ‥‥」
「おかげで助かった事は確かだしな。今度は俺たちが助けてやる番だよな?」
Anbarに藍紗は頷いた。なにより、目の前で落とされて助けない、などという選択肢はありえない。
残った能力者たちに声援を送りつつ、再び出発するS隊2班の車列。セシル救出の為に降車したのはのもじ、我斬、藍紗、Anbar、そして、月影・透夜(
ga1806)の5人だった。‥‥車両の護衛を考えれば破格とも言える戦力である。どうやら隊長は最大限の配慮をしてくれたらしい。
「さて、早速じゃが‥‥ 我にはAU−KVという『足』がある。取り急ぎ先行し、墜落現場まで急行したく思うのじゃが」
無線機を肩と顎に挟んだまま地図を広げていた透夜は、藍紗の言葉に頷いた。
「了解だ。パイロットは恐らく山頂方面へは向かわずに救出され易い平野部へ下りるはずだ」
藍紗が同行する者を求めると、Anbarが挙手した。藍紗が「ほ。」と小さく笑った。
「美少年の抱擁とはこれまた役得‥‥いやコホンコホン。では急ごう、Anbar殿。しっかりと掴まっておるのじゃぞ?」
バイク形態のAU−KV『アスタロト』の後席にAnbarを迎えて、藍紗は山腹目指して出発した。住宅街の中を山へ向け走り抜けるその後姿を見送り──透夜は我斬とのもじを呼び寄せた。
「墜落地点がここ。怪我をしている可能性もある。我々は沢や泉、水辺を中心に巡りつつ、下からパイロットを探していこう」
そう捜索方針を固めた透夜は、そこで初めてのもじがいない事に気がついた。無言で近くの木の上を指す我斬。そこに忍衣ののもじが立っていた。
「何か見えるか?」
「‥‥‥‥。確かに視界は広いけど。下から山腹を見上げる分にはあんまり変わんないかもね」
そのままトゥ! と隣家の木へ飛び移り、鉄棒の要領で枝上へと上がるのもじ。どうやらこのまま木の上を移動していくつもりらしい。
透夜と我斬は顔を見合わせて、「歩くか」と呟いた。住宅街の坂を上り、庭を抜けて山へと入る。
透矢は情報を得る為に上空のイルタを呼び出そうとして‥‥耳を打つ雑音に顔をしかめた。それはジャミング波を発するHWが近づきつつある事を意味していた。
あまり時間はないかもしれない。嘆息しつつ見上げた透夜は、旋回するF−201Cの他に別の機影がある事に気づいた。数は3。その内の1機に透夜は注目した。
「あれは‥‥『ワイズマン』か?」
それは柳凪 蓮夢(
gb8883)のワイズマン『柊』だった。ワイズマンにはジャミング下でも通信を確保するハイコミュニケーターが搭載されている。
●
どうにかここまで辿り着いた。眼下に見える大塩湖を遠目に見やって、蓮夢そう独り言ちた。
自らの血が飛び散ったコンソールに視線を移し‥‥半分以上が赤く染まった警告灯に嘆息しつつ、あと半分だと気合を入れる。機体の損傷は激しいが、ネバダの前衛基地に辿り着くには問題はないはずだ。破片に切り裂かれた傷口のガーゼを取り替える。どうやら出血も止まったようだ。
その事実を僚機に伝えると、守原有希(
ga8582)が「それはよかった」と我が事の様に喜んだ。すぐ横に翼を並べるシラヌイ改『烈火閃剣』のパイロットで、意識を失いそうになる蓮夢を励まし続けた若武者だ。殿を飛ぶK−111改『UNKNOWN』のパイロット、UNKNOWN(
ga4276)は穏やかな口調で、まだ基地へ帰り着いた訳ではないから油断はせぬよう警句を発した。蓮夢は口元に微笑を浮かべて頷いた。損傷して帰還する自機を追って来た敵を単騎で打ち払ったのがこのUNKNOWNだった。この2人がいなければ、恐らく蓮夢の帰還は叶わなかったに違いない。
実際の所、この3人は同じ編隊に属していたわけではなかった。乱戦で味方から逸れた3人が、被弾した蓮夢機を中心に臨時で編隊を組んだだけだ。それが互いに生き残る為に不可欠な『三角形』を形成した‥‥その偶然を思うと不思議な感覚に捉われる。
蓮夢の通信機に、地上の透夜から連絡が入ったのはそんな折だった。
事情を聞いた蓮夢は彼らの手助けをする事にした。相互の連携にはハイコミュニケーターが不可欠だと考えたからだ。なに、救出が完了するまでの短い時間。寄り道という程でもない。
「──ふむ。そういう事なら、私も『散歩』につき合うとしようか」
「守原有希、委細承知! ここまで来て仲間はずれはなしですからね!」
UNKNOWNと有希は、蓮夢と共に上空に残る事にした。西へ向けていた機首を再び東へ向け直す。
「ジャミングが強くなっているという事は、ワームがこちらに近づいている証拠‥‥ここを戦場にするわけにはいきません。まずは移動し、ここから離れた所で敵を迎え撃ちましょう」
「──なるほど。まずは相手の意識をこちらに──空に引きつけよう、というわけか」
有希の案をUNKNOWNは首肯した。どのみち2機だけで完全な防空などできるはずがない。しかも、これまでの戦闘で機は損傷し、パイロットには肉体的にも精神的のも疲労し、消耗している。 であれば、『戦線』を前へ押し上げて敵を誘引。以って現場上空の安全を確保するしかない。
「では、我々は前に出るよ。敵情は逐一報告を頼む」
「悪い。怪我で後方支援しかできないが‥‥その分、全力でサポートさせていただく」
加速し、前進するUNKNOWNと有希機を見送って、蓮夢はセンサーに目をやった。
イルタ機は燃料が底をついていたため、司令部に要請した捜索救難機、V−22の情報を残して帰投した。近くの空域にはそのV−22と‥‥クリア・サーレクのF−201A3と、カーラ・ルデリアのR−01E改。それに砕牙 九郎のXF−08D改がいた。
蓮夢はV−22に連絡を取ると、状況を説明して後方での空中待機を要請した。さらに、近くの3機にその護衛を頼む。
「藪蛇をつついた後始末かぁ。めんどくさいやねぇ‥‥」
「了解! ボクに出来る事は少ないけど‥‥その分、しっかり果たしてみせるんだよ!」
気だるそうなカーラ、弾むようなクリアが、了承してV−22へと向かう。少し離れた位置にいた九郎は、少し考えてからこう返信してきた。
「俺の機はまだ余裕がある。離れた場所で敵を誘引するぜ」
一方、その頃、東部の山岳地帯上空まで進出したUNKNOWNと有希は、小型HWの1個小隊、4機と遭遇していた。
州都方面へと進攻していた敵が2機に気づいて進路を変える。喰いついた、と有希は微笑した。先手を取ったこちらが優位な態勢を取っている。高度と速度を活かして先制し、敵が数の利を活かす前に叩き落す。
「蹴散らしましょう。割り当ては2機ずつでいいですか?」
「──いや。これくらいなら守原の手を煩わせるまでもないよ」
言うなり、UNKNOWNは無造作に敵の正面へと入り‥‥淡々と95mm砲の引き金を引いた。緩やかな弧を描いて飛ぶ砲弾。高密度のSESエネルギーを付与された95mm砲弾は容易く敵の力場と装甲を撃ち貫き、入射と同様にあっけなく背後へ突き抜けた。
空中に立て続けに爆発の華が咲き‥‥その傍らを何事もなかったかのようにUNKNOWNが行き過ぎる。後ろから全てを見ていた有希は苦笑した。
「相変わらず‥‥出鱈目な戦闘力ですね」
「──UNKNOWNの名には相応しいだろう?」
●
同刻。ユタ州オグデン第1キャンプ──
非営利の医療支援団体、ダンデライオン財団。そのユタ派遣団の医療拠点は、ここ数日、修羅場の如き慌しさの真っ只中にあった。
各避難民キャンプから一時に大量の人間が移動してきた事により、それまで碌な医療が受けられなかった病人や、脱出行で負傷した怪我人などが一気に病院棟へ流れ込んだからだ。
一方、財団車両班MATのベテラン機関員、ダン・メイソンは、わざわざ他科の手伝いをするようなお人好しでもなく、病み上がりという事もあって、その日は自室で昼寝を決め込んでいた。MAT隊長、ラスター・リンケから呼び出しを受けたのは午後の昼下がり。ダンが欠伸交じりに隊長室へ顔を出すと、別の意味で多忙な──書類仕事に追われたラスターが迎え入れた。
「脱出した正規軍のパイロットが孤立している。MATに救出要請がきた」
ダンは眉をひそめた。
「正規軍のパイロットなら軍が救出するのが筋でしょう。俺たちの仕事じゃない」
「分かっているはずだ、ダン・メイソン。飛行キメラが多いここでは、ヘリはまともに活動できない。パイロットは負傷している。一刻も早い搬送が求められる」
随分と詳細に過ぎる情報だ、とダンは呻いた。聞けば、そのパイロットに助けられた傭兵がこちらに依頼を回したのだという。
「さらに言えば、件の救出輸送隊には、うちの車両班──お前の相棒が同行している」
言わばMAT関係者の恩人でもある。そう言われてダンは頭を掻きながら立ち上がった。
「装甲救急車は全部出払っている。俺の高機動車を持っていけ」
ラスターが投げたキーを受け取り、ダンは気の進まぬ様子で傭兵たちの詰所へ向かった。そこはMATの護衛に雇われた能力者が待機する部屋で‥‥今の時間は、綾嶺・桜(
ga3143)と響 愛華(
ga4681)がおかしとジュースを持ち込んでおやつパーティーとしゃれ込んでいた。
「わふぅ。ダンひゃん、ひゅふどふぉなのかな?」
シュークリームを口一杯に頬張った愛華がもごもご言いながら立ち上がる。わたわたと薙刀を手に取る桜。そのほっぺたにはあんこがついたままだ。
ダンは2人について来るよう言うと、道すがら状況を説明した。顔を見合わせる桜と愛華。セシルというパイロットの事を2人は知っているようだった。
「ダンさんの若い頃って、セシル君みたいな感じだったのかな?」
「まぁ、ダンは今でも似たようなものじゃがの。救助の為に無茶をするところなんか特に」
そう言ってジト目でダンを見やる2人。ダンはスタスタと歩き続ける。
駐車場には白鐘剣一郎(
ga0184)と終夜・無月(
ga3084)の二人がいた。ジーザリオにSE−445R──それぞれに愛車の整備をしていたらしい。
ダンは出動だ、と言うと、剣一郎と無月にMAT版のロードマップを投げてやった。2人は地図の中身を頭に入れつつ、それをすぐ目のつく所に貼り付けた。愛車に乗り込み、火を入れる。剣一郎のジーザリオの助手席には桜が座った。
「む。助手席と言う事は‥‥わしはレナ役か?」
「ははっ。戦闘も任せるよ。俺は運転に専念するから」
ホルスターの位置を確認しながらハンドルを握る剣一郎に、任せるのじゃ、と胸を叩く桜。SMGに装弾しながら、ちゃきっと窓から身を乗り出してその銃口を振って見せる。
ダンの高機動車には愛華が乗り込み、車体上部のターレットにガトリング砲を設置した。テスト代わりにターレットをぐるりと回し‥‥無月と目が合い、ニコリと笑う。その背に大きな両手剣を背負い、ホルスターには漆黒の大型拳銃を提げた無月。自動二輪に乗る彼はその機動力を活かし、隊列の前、横、後ろ、と遊撃を担う事になっている。
ダンを中心とするセシル救出隊の車列はキャンプのゲートを抜け、キメラの跋扈する危険地帯へと足を踏み入れた。
隊の前衛を走る剣一郎のジーザリオは、廃墟と化した無人の町並みを穏やかに──だが、高速で疾走していた。
「‥‥このまま現地まで足止めを喰らわなければよいのだがのぉ」
零す桜に、剣一郎は微笑で答えた。二人ともそれが願望に過ぎない事は承知していた。案の定、それから10分としない内に、建物の影から獣人型キメラがちらほらと顔を出し始める。
「やはり出てきたか。ともあれ、まずは突破だな。足を止めずに行くぞ!」
「速度、進路そのまま‥‥立ちふさがる敵はわしが吹き飛ばしてやるのじゃ!」
窓枠に腰掛ける様に身を乗り出し、両手で保持したSMGで弾をばら撒き始める桜。パパッ、と被弾した狼人が血煙と共に道路に転がり、あっという間に後ろへ流れていく。
銃声を聞いた愛華が後ろの無月へ手信号で指示を出し‥‥増速して前に出る二輪の無月を背景に愛華がガトリング砲を装弾する。
「グルルッ! こっちは急いでいるんだから! 邪魔するとミンチだよ!」
ターレットを回し、砲口を斜めへ上げて砲撃を開始する愛華。火線の鞭が建物上に薙ぎ振るわれ、着弾の粉煙と共に屋根上のキメラを吹き飛ばした。
●
ユタ州東部山間部上空──
眼下に見える山の峰々と太陽、白く雲のかかった青い空とが、風防越しの視界に目まぐるしく回転した。
煌き、宙を切り裂くフェザー砲の怪光線── 擦過し、装甲を掠め飛んだそれが自機を激しく振動させる。有希は奥歯を噛み締めながら、フットペダルを踏み込みつつ操縦桿を押し倒した。クルリとロールを打ちながら敵機の後ろへ出る有希機。レティクルに敵を捉えようとした瞬間、横から突っ込んできたHWに警報をならされ、その機首を翻す。正面に敵──認識するより早く、すれ違いざまにスラスターライフルを叩き込む。敵機が炎と煙を吐きながら後方を墜ちていく。
彼我共に後退しようという中、東部で戦闘を続ける2機は色々な意味で目立っていた。数度に亘ってHWの小隊を返り討ちにしたUNKNOWNと有希に対し、敵は数を結集して中隊規模の戦力を叩きつけてきた。
「UNKNOWNさん、山間低空、中型HWが侵入中! 見えますか!」
上昇に転じて敵機を引き離しつつ、有希が無線で叫ぶ。通信を受けたUNKNOWNは、その中型を確認すべくふわりと翼を翻し──優雅に、だが、その実、戦闘速度でぶっ飛びながら追い縋る敵を引き離した。機を傾け、風防越しにその中型を確認し‥‥だが、次の瞬間、新たな敵集団に囲まれる。
UNKNOWNは手近なHWに照準すると、高速で旋回しながら95mm砲を撃ち放った。正確に砲弾に撃ち貫かれて‥‥だが、そのHWは爆発もせずに砕け散る。
「む──ダミーか」
瞬間、上下左右に位置したHWがUNKNOWNの進路上へフェザー砲を格子状に撃ち放った。瞬間、ブーストを焚いて進路自体を、だが、流れる様な動きで捻じ曲げたUNKNOWNは、周囲のHWに向け最後のK−02をばら撒いた。白煙を曳き乱舞するマイクロミサイル。空に閃光が走り、爆発の華が宙に咲く。
だが、その爆煙を抜けて、さらにクローを展開した新手が飛び出してくる。クルリと回転しながら剣翼で切り裂くUNKNOWN。だが、それもダミーだった。
「──流石に、数が多い」
中隊規模‥‥しかも、それぞれがダミーを装備したHWだった。この運用の上手を見ると、指揮官機が交じっているに違いない。
まずはそれを落とすべきだと判断するUNKNOWN。中型機には有希が突っ込む事にした。
「そう易々と‥‥都合よくいかせんよ!」
高空で大きく弧を描くように旋回した有希機は、その高度を速度に変えながら中型機へと突っ込んだ。翼端に雲を曳き‥‥やがて空気の壁を抜けて迫る有希機。ぐんぐんとレティクルに迫る中型機には、護衛も対空武装もなかった。輸送機──? と首を傾げる間もなく、前方の中型進路へ小型プラズマミサイルをばら撒いた。小放電が周囲を飽和し、中型の装甲上を灼き走る。その放電を抜けた中型HWへレーザーガンを撃ち捲くりながら、本命を叩き込む有希。その本命、リリースした8式螺旋弾頭弾を追い抜きながら、中型の上空をフライパスするシラヌイ改。一拍遅れて降り注いだ螺旋弾頭が灼けた装甲を次々と喰い破り‥‥大きく爆発を起こした中型はその中身──炎に包まれた猿型のキメラをばら撒きながら、地面へ激突し爆発した。
「今のは──地上戦用の増援か‥‥?」
再び高度を稼ぐ為に上昇へと転じる有希。上空では有人機と思しきHWと渡り合うUNKNOWN機と──その間に戦線を抜けた数機のHWが西へと飛び行く姿が見えた。
●
「男子にはまことに済まぬ事だが‥‥急ぐのでな」
藍紗はAnbarをAU−KVの腕に、所謂、『お姫様抱っこ』で抱え上げると、脚部の装輪で山肌を登り始めた。でこぼこの山道、木々の根っこを跳び避けながら、滑るように斜面を登る。『隠密潜行』による移動はすぐに諦めた。エンジン音が鳴り響く限り、敵から隠れる事などできはしない。
山に入ってすぐ、木々の陰から狼人型のキメラが顔を出した。Anbarは「応戦するか?」と身を起こしかけたが、藍紗はその身を離さなかった。
「‥‥時間が勿体無い。このまま突破するのじゃ」
藍紗はそう言うと、片手でAnbarを肩まで抱え上げてその上に座らせた。空いた片手で鉄扇を掴み取り、鉤爪を振りかざして迫る狼人へ広げてみせる。
振るわれた鉤爪による一撃を、藍紗は鉄扇で受け弾いた。そのまま手首を翻し、扇を畳んで逆に振る。首筋と鎖骨を痛打された狼人は後方の木へよろめいた。藍紗は速度を緩める事無くその脇を走り抜ける。
「フン。峠の巫女神の名は伊達ではないのじゃ」
呟き、鉄扇の陰で得意そうに微笑む藍紗。その右腕、AU−KVの隙間から血が垂れていた。
「藍紗、それは‥‥」
「フッ、美少年に傷をつけさせるわけにはいかんからの」
Anbarは藍紗の手を取ると、『蘇生術』でその傷を癒した。互いに礼を言い合い、沈黙する藍紗とAnbar。ごついAU−KVにお姫様抱っこされた美少年、という絵面は、まぁ、十分以上にシュールではある。
その後、2人はなるべく戦闘を避けながら、立ち上る黒煙を目印に斜面を登り続けた。装輪で地を走り、鋼の脚で茂みを踏み進む。途中、急斜面に回り道を余儀なくされながら、それでも、最速に近いタイムで藍紗はセシル機の撃破地点へと到達した。空にはハーピーやアンゲロス──飛行キメラが黒煙に群がり始めていた。爆発、炎上した音と煙に引き寄せられた敵だろう。すぐに地上からもキメラがやって来るに違いない。
Anbarは徐行した藍紗から飛び降りると、地を滑るように着陸しながら、『探査の眼』と『GooDLuck』を発動させた。そのまま地を這うような姿勢で、脱出したセシルの痕跡を求めて地面へと視線を凝らす。
(‥‥機体から一定間隔で続く足跡──片足を引きずっている。負傷しているのか? ‥‥唐突にそれが途切れて‥‥ 少し離れた斜面の下に転がったような跡。爆発に吹き飛ばされたのか)
その後、足跡は沢まで続き、そこで途切れてなくなっていた。恐らく、沢を使って足跡を消そうとしたのだろう。どこへ向かった、と眉をひそめるAnbarの視界に、上空、翼を畳んで急降下体勢に入るハーピーの姿が見えた。響いてくるエンジン音。藍紗を攻撃してるのか。
(‥‥考えろ、考えろ! 俺だったらどうする? 怪我をしているならそう遠くへは行けないはず‥‥!)
上空の蓮夢を介してもたらされたAnbarからの『沢を下る』という通信に、麓から捜索を続けていた透夜は地図の範囲を絞り込んだ。
まだ決め付けるのは早計だが、沢沿いに下りてきているなら随分と探索範囲を狭く出来る。透夜は少し離れて登る我斬に向かって、手信号で無線を聞いたか確認した。首肯する我斬に頷いて、連絡のあった沢を中心とする探索ルートへの変更を伝える。
沢へ向かって移動しながら、我斬は無線機に耳を当てた。相変わらず雑音まみれのそれに嘆息する我斬。‥‥ったく、救難無線ぐらい入れていろ、ってぇんだ。それとも、そんな余裕がないくらい怪我の程度が酷いのだろうか‥‥
と、唐突に無線がコールを発して、我斬は大きく仰け反った。透夜が呼び出し主のAnbarに尋ねる。
「どうした?」
「パイロット──セシルを発見した! 怪我が酷い‥‥すぐMATに連絡してくれ! 俺はこれより応急処置を施し次第、彼を背負って下山する」
川沿いの小さな茂みの中に、恐らく休憩中に気絶したセシルをAnbarは発見した。沢辺の石に血の跡が点々と残っており、それを辿った先にいたのだ。
Anbarは『蘇生術』と応急手当でとりあえず血を止めた。気休めだが、これから背負って山を下りる程度には耐えて貰わなければならない。
透矢は上空の蓮夢に連絡を取ると、MATという組織の車両がこちらに向かっているはずだから、そちらに連絡をつけてくれるよう頼んだ。
「隠れる場所に困らない事と、彼らの車が入れる事‥‥以上から、最東端の住宅街をランデブーポイントに指定する」
蓮夢は透夜の伝言を伝えると、ダンと名乗る男が了承した。彼らは既に高速15号線を南下し始めているという。のもじは木上で一人、流石に仕事が早い、と頷いた。
「ダン殿か‥‥なるほど、兄に聞いた通りの御仁のようじゃ。回収地点、了解した」
多数の敵を引き連れて山中を駆ける藍紗が答える。その周辺、ぎゃあぎゃあと騒ぐハーピーの『蚊柱』を木上から双眼鏡で確認したのもじは、合流した透夜と我斬の頭上の枝に逆さまにぶら下がった。
「じゃ、私、ちょっくら囮になってくるから」
「は?」
「ワイルのみんなにはないしょだよ☆」
言いたい事だけ言ったのもじは、腹筋で枝上に舞い戻ると、某筋肉番組みたいな調子で枝から枝へと渡って言った。そうして最も高い枝に上がり‥‥忍マフラーを風に棚引かせながら、あえて飛行キメラから目立つ位置に身を晒す。両手の指で口笛を吹き鳴らすと、何匹かが気づいて針路を変えた。のもじはそのまま『怒りのノモディ』っぽく洋弓を引き絞ると‥‥立て続けに矢を放って迫る敵を打ち落とす‥‥
一方、回収地点を指定されたMAT班の剣一郎は、新たなルートを地図上に書き加えた。フロントガラスの向こうには、桜に撃ち倒される獣人の姿。数が増えると流石に倒し切れなくなり、車両近くまで到達する敵も現れ始めた。窓枠に腰掛けたままSMGの弾倉を落とし、新たに装填する桜。その隙に跳び迫って来た虎人を剣一郎が片手に抜いた拳銃で撃ち倒す。
後方から高速で追い縋る狼人たちには、後衛に位置した無月が併走位置まで下がり‥‥気づいた狼人が振り返ったその顔面に大型拳銃を撃ち込んだ。二輪上の戦闘はバランスが悪いが、無月は‥‥最後まで乗り切った。反対側の狼人が横から無月に跳び迫り‥‥ハンドルを握る脇の下に通した銃で打ち倒す。
ガトリング砲を撃ち捲くっていた愛華は、進行方向左の山腹にキラキラと何かが光るのを見た。愛華が警告の叫びを上げ、直後、ダンが左‥‥建物の陰へと車を寄せる。
直後、道路の周辺に着弾した礫弾があちこちで大きく土煙を巻き上げた。砕けた建物の破片が車上の愛華に舞い落ちる。
「蓮夢より透夜。MAT班が砲撃を受けている。このままでは回収ができない」
「確認した。これより殲滅する」
透夜は我斬に斜面上部に見える砲甲虫を指差すと、二人して無言で疾く斜面を登り始めた。気づいた1匹が砲口を下へ向け、直接照準で発砲する。それを横へと跳び避ける透夜。直前にいた大地に命中した礫弾が、破片となって飛び抜ける。一方、我斬は盾を眼前にかざしたまま、稲妻の様に肉薄した。
側面へと回り込んだ我斬を追おうとする砲口。その内懐に飛び込んで盾の陰から雷槍を甲殻の隙間に突き入れる。がしゃりと崩れ落ちる砲甲虫。その我斬を狙おうとした別の砲甲虫は、その旋回を終えたところで『迅雷』で突っ込んできた透夜にその砲身を弾かれた。左手の槍で砲を弾き‥‥突進の勢いもそのままにクルリと回転しながら右手の槍を砲身の根元に突き入れる。
瞬く間に2匹を沈黙させた二人に向けて、残る2匹が砲撃を撃ち放つ。味方の砲撃に砕かれる敵の遺骸を後置して、透夜と我斬が飛び掛る‥‥
「MAT班、こちら蓮夢。斜面の砲甲虫は全て排除された。回収地点への進入を開始してくれ」
その報告を受け、MAT班の車列は大通りから住宅街へと入った。先頭を行く剣一郎は、住宅街の一番奥、ロータリー状になった道へと車を入れて‥‥ 途中、立ち塞がる格好で立っていた獣人の背中を、車体を滑らせ跳ね飛ばした。荷台から飛び出した薙刀を引っこ抜いて、桜が窓からぴょんと降り、倒れて起き上がろうとするその首を跳ね飛ばしてから、薙刀を両手に仁王立ちで左右へと首を振る。
続けて進入するダン車と無月。気づいた2匹の虎人が道路の端で振り返り‥‥重い砲口を振ってそちらへ向けた愛華が発砲。背後の廃墟ごと着弾と粉塵の底へと沈める。
回収地点を維持するMAT班の所へ、最初に辿り着いたのは、セシルを背負ったAnbarだった。
誘導に従い、ダン車の荷台へセシルを運び入れ、SMGを手にその入り口を守る位置につく。入れ替わりで入った無月が再びセシルに応急処置。開きかけた傷口を再び癒す‥‥
続けて辿り着いたのは、砲甲虫を片付けて降りてきた透夜と我斬だった。ダン車と剣一郎車、2台にどっちゃりと入りそうな数を見て、ダンが叫ぶ。
「これで全員か!?」
「のもじと藍紗がまだだ!」
最後に辿り着いた藍紗とのもじは、なぜかアイスダンス(ペア)っぽいポーズで山を降りてきた。走る藍紗の後方へ、抱え上げられたのもじがキメラへ矢を放つ。
それを見た愛華は、なぜか、くっ、と唇を噛み締めた。うらやましくなんかないもんね、と呟き、桜に驚愕されながら、迫る飛行キメラへガトリング砲を撃ち放つ。
剣一郎車の屋根にとう、と飛び乗るのもじに、AU−KVをバイク形態に展開する藍紗。最後に無月と入れ替わりに透夜と我斬を乗せて、車両は回収地点を後にした。
帰り道にはこれまで突破してきたキメラたちがわんさと溢れていた。剣一郎車と共に前衛に出ていた無月はホルスターの銃を見やり‥‥敵中に愛車を停めると、背中の大剣を抜きつつ、まるで舞い降りる様に地面へ降り立った。
一瞬、我を忘れた2匹の獣人型を、すれ違いざまに首を刎ねる。さらに『瞬天速』で跳ぶ様に地を駆け、さらに2匹を切り飛ばす。
流石に一人は無茶だろう、と感じた剣一郎が、助手席の桜に「運転を頼む」と告げ、ドリフトで車を滑らせ飛び降りる。紅に染まる太刀を振り被り‥‥気合と共に一閃する。
「天都神影流・虚空閃!」
放たれた衝撃波により、無月の背後の虎人が真っ二つに裂け分ける。どちゃりと倒れる死骸をよそに、目と目を合わす剣一郎と無月。二人はそのまま無言で役割を分担すると、周囲のキメラを切り捲った。その余りの暴威に周囲のキメラが逃げ散り始める。
桜が車体のコントロールを取り戻したとき、周囲にキメラの姿はなくなっていた。何事もなかったかのように自車へと戻る剣一郎と無月。何があったのじゃ? と呟く桜の背後を、何も知らないダン車と藍紗が通り過ぎた。
●
救出作戦は未だ終わった訳ではないが、自分の役目はもう終わりだろう、と蓮夢は息を吐いた。
センサーに映る4つの影──自機へと迫るHWは、だが、追いついてきたUNKNOWNと有希によって瞬く間に叩き落された。
その後方から更に迫る中隊規模のHW。だが、もう無理に戦う必要はない。蓮夢は二人に状況の終了を伝えた。
「では、ずらかりますか」
そのまま一目散に西へと去る3機のKV。敵手を失ったHWは暫く辺りをうろうろしていたが‥‥ やがて、踵を返して帰っていった。
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比較的、安全な場所まで辿り着いたMAT班の待機場所に、救難機のV−22が降下してきた。
意識を取り戻したセシルに向かって、顔見知りの能力者たちは小言を述べたが‥‥まぁ、今はこれくらいでいいだろう。本格的なお説教はセシルの身体が治ってからだ。
とはいえ、当のセシルの未来は、あまり明るいとは言えないかもしれない。下手をすれば、命令無視での軍法会議もなくはない。
ヘリへの移送に運ばれるセシルの担架を、のもじは呼び止めた。その手には無線機。無事逃げ延びる事が出来たS隊2班の避難民たちが、お礼の言葉を述べている。
「ちゃんとヒーローできてるじゃない」
のもじの言葉に、セシルは小さく笑って見せた。
担架を収容したヘリが夕日に遠ざかっていく。能力者たちは、暫くの間、その影を眺めていた。