タイトル:【東京】地下鉄迷宮捜索マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/24 02:03

●オープニング本文


 その空間は、とても快適と言えるような場所ではなかった。‥‥いや、はっきり言ってしまえば。人間が平和に、安寧に、文化的に生を謳歌する事を神に許された生物であるとするならば、その場所は間違いなく、神から見捨てられた空間であったろう。
 その場所に陽の光は決して届くことがない──地下空間であるが故に。
 その場所は常に薄暗い──電力は貴重であるが故に。
 もちろん、水も貴重品だ。飲食に困る事こそないが、毎日シャワーが浴びられる、といった贅沢は流石にできない。地下空間故に風通しは悪く、ちょっと暖かくなろうものならすぐに熱の篭った湿気が首筋に纏わりつく。狭い一室に大勢の男たちが集まろうものならなおさらだ。
 ああ、つまり、私が何を言いたいのかと言えば。今、私の置かれた状況がまさにそれだと言う事なのだ。
 蝋燭程度に薄ら明るい一室に、長テーブルを囲んで座る男たち── べたつく汗と、熱気と体臭、人いきれ──
 その空間は、とても快適と言えるような場所ではなかった。だが、それでも、命が危険に晒される可能性が格段に減るというのなら、私たちはこの『ぬるま湯で茹でられる魔女の釜底』の様な地下にも喜んで潜るだろう。我々はレジスタンス── バグアに屈するを潔しとせず、文字通り地下に潜った戦士たちなのだから。

「時間だ」
 ぜんまい式の腕時計に視線を落としていたリーダーが集まった皆に告げ、隣に座る男に顎をしゃくった。男は一つ頷くと立ち上がり、背後の壁にかけられた薄型テレビの電源を入れた。
 微かな機械音と僅かな時差と──もったいぶるように起動したテレビの画面が光を放つ。闇の中、その光に照らされる戦士たちのごつい髭面。至極真面目な表情で画面を食い入るように見つめる中年男たちの視線の先で──やがて、テレビから軽快な音楽と共にキュートでポップな主題歌が流れ始め‥‥画面一杯に現れたアニメ絵の女の子がウィンク一つ、クルクルと決めポーズをキメながら、番組タイトルがどどんと現れる──

『魔法少女ティピーリュース』

 それがその番組のタイトルだった。驚くには値しない。なぜなら私たちは毎週欠かさず皆でこの番組を視聴しているし、ある意味ではむしろ心待ちにしている。
 ああ、繰り返しになるが、私たちはレジスタンス── バグアに従うを良しとせず、地下に潜った戦士たちだ。それもバグア・エミールに占領された秋葉原を自由に歩く事もできない非オタク系のレジスタンスだ。私たちは秋葉原以外のバグア占領下の東京の地下に潜り、いつか来る蜂起の日に備えて日々、情熱を注いでいる。
 そんな私たちがアニメを見るのは‥‥ それが我らの『地下放送』であるからだ。製作現場に入り込んだレジスタンスの有志が、アニメ本編に暗号や符丁を台詞・図柄としてそれとなく織り込み、バグア支配地域に潜むレジスタンスに各種情報を伝える役割を、これらアニメが担っているからだ。
「ティピーリュースが夏休みに遊びに行きたいと言っていたのは海か、山か」
「私は『スク水』を推す。『体操服』は『スク水』に比べて突破するのに時間がかかる」
「ティピーリュース派は少数派か‥‥主力がマール派となると時間との勝負だな」
 アニメの内容も、それを見終えたむさくるしいおっさん達が真面目な顔して話している内容も、乱数表を用いて符丁を正しく変換すると、UPC軍の侵攻ルートであったり、都内バグアの防衛状況であったり、各地のレジスタンスの方針であったり、が分かるようになっている。


 お掃除妖精は、人にその姿を見られてはいけない──
 間借りした家の主人に一宿の恩を返さなければならない── それがお掃除妖精の仁義──

 『お掃除妖精モニョル』は、秋葉原発で製作・放送されている子供向けアニメ番組のひとつである。
 ぼんぼん付きの三角帽子を被った二〜三頭身のぷにぷに系小人──お掃除妖精の5人が世界各地を巡って旅をしながら、潜り込んだ家の住人のため『恩返し』に奮闘する姿を描いた、どたばたハートフルコメディだ。
 基本どたばた、時折ウェット。住人の幸せ、ささやかな奇跡の陰に、人知れず動いていた妖精さんたちの頑張り。姿を見せない妖精さんと人間との『無言の会話、心の交流』が主題となる。

 だが、その実態は、やはり『地下放送』の一つだった。この『お掃除妖精モニョル』は世界中が舞台という事で、現在の世界情勢を伝える際によく用いられるアニメだった。例えば、一つ前の話の『デトロイトの空家に燻る少年サムが妖精の活躍で立ち直り、幼馴染の少女エリーと共にニューヨークへ旅立つ話』は、乱数表で変換すると、北米で反攻作戦が始まった事が判るようになっている。
 モニョルを見終えたリーダーは、傍らの男に「録画したか?」と声をかけ‥‥是との答えを受けて、もう一度最初から流す様に指示した。
「‥‥モニョルが子猫に浚われた時の悲鳴は‥‥『はみゅ〜〜〜ん』だったか、『ふにょ〜〜〜ん』だったか‥‥」
 呟くリーダー。どうやらそれが大事な事らしい。
 やがて、画面に、ネズミに追いかけられるモニョルと仲間たちの絵が映り、画面の奥、廊下の奥の暗闇に消え‥‥やがて、子猫に追いかけられたネズミと妖精が先程以上の勢いで戻ってくる。追いかける猫の口には、ぶら下げられたモニョリの姿。猫の背に乗った妖精が一人、笑っている。
「どうだ!? 『はみゅ〜〜〜ん』か、『ふにょ〜〜〜ん』か!?」
「‥‥何度聞いても、私には『うきょ〜〜〜ん』に聞こえます‥‥」
 男の言葉に、リーダーは小さく舌を打った。やはり、乱数表が変わっている。
「どういう事です?」
「今日の放送、OPとEDが変わっていただろう? あれは乱数表が変わった事を表す方法の一つなんだ。横浜までUPC軍が迫っている現状、我らが蜂起の日も近い。その前に暗号を変更しておこうというのだろう」
 そして、勿論、乱数表は実際の放送前に届けられているはずだった。‥‥それが届いていないという事は、ここに来る途中で『配達人』たちに何かがあったという事だろう。
「迎えに行くしかないか‥‥」
 リーダーの言葉に緊張感が高まった。バグアは地下道に『害虫駆除』の為、キメラを多く放っているのだ。大型鼠型キメラ『ジャイアント・ラット』、警戒用の茸型『シューリカー』‥‥大型ミミズ型の『クローラー』などがいる。特に、地下鉄迷宮の通路幅いっぱいに巨大な超大型猫型キメラ『ガルガンチュア・キャット』は恐怖の代名詞でもある。
「そう緊張するな。夜には横浜から蜂起用の武器弾薬を運んで能力者たちがやってくる。彼らに助力を願おう。‥‥まぁ、彼らでも『オルィム』には手を焼くと思うが」
 苦笑するリーダー。『オルィム』とは、お掃除妖精たちが猫の事を指して呼ぶ妖精語の一つで、彼らはガルガンチュア・キャットをその名で呼んでいた。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
宮明 梨彩(gb0377
18歳・♀・EP
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
鹿島 灯華(gc1067
16歳・♀・JG
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
セリアフィーナ(gc3083
14歳・♀・HD

●リプレイ本文

「ここに至るルートは複数ある。今回、『配達人』がどのルートを選んだかは不明だが‥‥恐らく、このどれかだろう」
 卓上の地図の数箇所にレジスタンスのリーダーが印をつける。捜索に協力する能力者たちは、早速それを覗き込んだ。
 薄暗い照明に照らされてぼんやりと浮かび上がる月城 紗夜(gb6417)とラナ・ヴェクサー(gc1748)。叢雲(ga2494)とイルファ(gc1067)の二人が思案気に顎を摘む。
「無線通信が可能な距離は? 通じるのか?」
 月影・透夜(ga1806)の疑問に、鏑木 硯(ga0280)も頷いた。捜索場所は電波の届き難い地下だ。無線機が使えなければ、他班の状況を把握できない。
「我々は基本的に無線は使わない。だが、どうしても必要な時にはこれを使う」
 そう言って、リーダーは無線中継器を取り出した。曲がり角や階段等に設置すれば、この装置が無線を中継してくれる。
「エミールが『完全復活』させたあの街はな、元々、『こういった方面』に強い街なんだぜ?」
 にやりと笑ってみせるリーダー。無線機や中継器の中には、彼らが自作した物も少なくないという。
「暗視装置なんかも手に入るのか?」
 紗夜の質問に、「流石にそっちは数が入らない」とリーダーは首を振った。代わりに机の上にばら撒かれたのは、ペンライトとケミカルライトの束だった。
「‥‥これは?」
「いや、こういうのばかりやたらと手に入るんだよ。あの街‥‥」
 紗夜は小さく眉をひそめた。

 その情景を壁際から見守りながら、セリアフィーナ(gc3083)は隣に立つ宮明 梨彩(gb0377)にそっと伺うように視線をやった。
 梨彩はこの日、噂に聞く秋葉原レジスタンスの士気向上の為、ゴスロリ魔法少女風の格好で登場したのだが‥‥ここのレジスタンスは非オタク系と言う事で、思っていた程のリアクションは得られなかった。
「‥‥流石にちょっとやりすぎだったでしょうか」
 どよ〜んと落ち込む梨彩。レジスタンスの一人が慌ててフォローを入れる。
「大丈夫ですよ。毎週、アニメとか見ているうちにはまった『隠れ』もたくさんいますから。内心、喜んでいるはずですよ!」
「‥‥‥‥変態ですか?」
「なんでっ?!」
 青年のその反応に梨彩が笑う。
「でも、アニメで情報流通とは物凄い手段ですね。確かに、こんな所に極秘情報があるなんて誰も思いません。情報を入れつつ脚本を組み上げ、セル画を描いて声を入れる‥‥物凄い労力です。まさに『あいつら未来に生きてるぜ』ですね♪」
 フィーナがそう話を向けると、レジスタンスは照れた様に「情熱だよ」と答えた。
「アニメへの、ですか?」
「生き残ること。戦うこと。バグアを追い出すことへの、さ」
 青年の言葉にフィーナと梨彩は頷いた。でも、そういった台詞は死亡フラグなのであんまり口にしない方がいい気がした。


●α班──硯とフィーナの探索

「まさかいきなり遭遇するとは、俺も夢にも思わなかった」
 硯、フィーナと共に進むその30代のレジスタンスは、冷や汗を垂らしながらそう呟いた。
 ずしん、と衝撃が地を揺らす‥‥ 隊列先頭の硯は、黙って懐中電灯の灯を消した。これ程の地響きを響かせる生き物は他に存在しない。巨大猫型キメラ『ガルガンチュアキャット』── この迷宮の死神を、彼らは最初の遭遇相手に引き当ててしまったのだ。
「‥‥レジスタンスの皆さんは、あの『オルィム』をどうやってやり過ごすんですか?」
 床から手を離しながら、フィーナが男にそう尋ねる。
 とりあえず、まずはさっさとここから逃げ出すね。男はそう囁いた。幸い、敵はこちらをまだ見つけていない。もし、先に気づかれていたら、肉球で音もなく忍び寄られていただろう。
「先程、細い通路がありました。そこへ逃げましょう。噂通りの図体なら入り込めないはずです」
 硯が呟く。迫り来る足音を身体中で感じながら、3人は小走りで元来た道を引き返し始めた。
「待て」
 小路が見えた所で、男が二人の足を止めた。オルィムが通るトンネル脇の通路には、慌てて逃げ込んで来る獲物を狙って、キメラが待ち構えている事があるらしい。
 頷き、硯が小路の先をライトで照らす。光の輪の中に浮かび上がる巨大ミミズ型キメラ── 硯は間髪入れずに飛び込んだ。片手でライトを所持したまま、小太刀の一刀を振るって敵を裂く。
「走って!」
 気づいたオルィムが走り出す中、フィーナが横路に走り込む。巨大猫はスンスンと入り口から臭いを嗅ぎ回り‥‥ 自分が入れない通路だと気づいたのだろう。やがてそこから離れていった。

「嗅覚での遭遇率を下げる為、身体の臭い消しか何かあれば良いのですが‥‥」
 横路を奥へと抜けて別路線のトンネルへと入った硯は、ふとそんな事を尋ねてみた。先程の猫の仕草、そして、ミミズの挙動から、視覚より嗅覚が鋭いのではないかと思ったのだ。
 男は思案気な顔をした。
「‥‥やはり臭うか?」
「いえ、そういう事でなく」
 苦笑する硯に、いや、あながち冗談でもないのだが、と答えつつ、男は硯に次の駅舎を上がるように指示を出した。
 辿り着いたのは、オフィス街に広がる地下街の一角だった。全国チェーンの薬店、その棚にはまだ多くの医薬品がそのままに残されている。
「俺たちも余り長く同じ場所には留まれないからな。ある程度はこうして倉庫代わりに残してある」
 なんとなく得意気にそう話す男。大分中身の揮発した消臭剤を手に取りながら、硯とフィーナは顔を見合わせた。
「‥‥なんだよ。使えなくなったのも多いけど気にスンナ」
「‥‥いや、そうでなく。もし、配達人が怪我とかしていたら‥‥やっぱり、こういった『薬屋』に移動してたりするんじゃないですかね?」


●γ班、叢雲と梨彩──

 α班がオルィムと遭遇していた頃。
 他の3班はそれぞれ、配達人が通ったかもしれない予想ルートを逆進する様に捜索していた。
 配達人が拠点に辿り着けていない以上、何かしらのハプニングがあった事は間違いない。その痕跡がルート上に残されていれば、それを手がかりに捜索範囲を絞り込める。

 叢雲と梨彩のγ班に同道するレジスタンスは、いかにも戦士然とした、無口な40代の男だった。彼を真ん中に、ランタンを持った叢雲が先頭に立って遭遇戦を警戒し、提灯型照明を手にした梨彩が『探査の眼』で後方から全周を警戒・捜索する。
 何もかもを呑み込んでしまう闇の圧迫感に耐えつつ、地下鉄トンネルを進む3人。やがて、叢雲は、扉の破壊された作業用通路に気がついた。
 手信号で足を止めるよう報せつつ、ランタンを床において横路に近づき、小太刀の柄に手をかけながら通路の先の様子を伺う。‥‥闇の中、その姿は見えなかった。だが、カリカリと、複数の何かがその場に留まり、蠢いている気配がする。
 叢雲は隊列に戻ると状況を報告した。「迂回しますか?」と尋ねる梨彩に首を振り、通路の入り口で拾ってきた物を見せる。それは鈍色に光る薬莢だった。
「配達人の物かは分かりませんが‥‥初めて見つけた手がかりです。諦めたくはないですね」
「‥‥鼠の『巣』とかじゃないですよね?」
 無口な男を挟んで沈黙する叢雲と梨彩。‥‥まぁ、巣だったら逃げるという事で、と顔を見合わせ苦笑する。
 気配を消しながら通路へと入った叢雲は、闇の中、ライターに火をつけた。灯火に、何かに群がる数匹の鼠型が浮かび上がる。振り返る鼠たち。叢雲は安堵した。とりあえず、巣ではない。
 鼠がこちらに気づいて走り出すと、叢雲は横路からトンネルへ駆け戻った。それを追いかけ、飛び出してくる鼠たち。それを、待ち構えていた梨彩が大鎌で薙ぎ払い‥‥取って返した叢雲が二刀小太刀で切って捨てる。
 敵を一掃した能力者たちは、改めて通路に入った。
 鼠たちが噛り付いていたのは‥‥想像通り、人間の遺骸だった。
「どうやら、配達人の一行は、ここでキメラに襲われたようです。他に遺体が運ばれた痕跡もないですし、乱数表を持った配達人は無事に逃げおおせたのでしょう」
 ここからは── 後に続く言葉を飲み込みながら、叢雲は状況を他班に報せた。ここからそう遠くない場所に配達人は潜んでいるはずだ。隠れる所が多い場所と言えば‥‥地下街だろうか。
「‥‥猫の腹の中、とかいうオチはないだろうな」
 状況を聞いた紗夜が無線機越しに呟いた。


●β班、透夜とイルファ──

 γ班からその通信を受けた時、透夜とイルファ、20代の女性レジスタンスからなるβ班は、『シューリカー』の排除行動中だった。
 茸は移動する事も『攻撃』する事もなく、視覚も聴覚も嗅覚も存在しない。あるのは触覚のみで、茸本体、そして、床に這い伸ばした菌糸に物が触れる事で『絶叫』し、他のキメラを呼び集める。
「故に、最も有効な対処法は、そのまま触れずにやり過ごすか、いっそ叫ばれる前に切り倒してしまうことです。私のおすすめは後者です。撤収時に退路を気にせず済みますから」
 女の助言を聞き、菌糸を跳び避けながら稲妻の様に飛び込み、両手の槍を振るう透夜。援護に放たれたイルファの矢が突き刺さり‥‥槍の穂先にズタズタにされた茸がおいしそうに千切れて広がる。
 戦闘後、通信を受けた透夜は、近くの駅舎へ移動すると床面に地図を広げた。女がハンカチで薄く包んだペンライトを点けて照らす。
「γ班が痕跡を見つけたのがここ‥‥ 長時間の潜伏状況からみて、恐らく食料や飲料の確保がし易い場所にいると思うんだが、イルファはどう思う? ‥‥イルファ?」
 返事がない事を怪訝に思った透夜が頭を上げる。イルファは地下鉄の案内板を見ているようだった。が、どこか様子がおかしい。手で押さえた頭を盛んに横に振っている。
「イルファ!」
 鋭い声音で呼びかけられて、イルファはようやく気がついた。慌てて透夜に返事を返し、小走りでそちらへ向かう。
(あの光景はなんだったのだろう)
 知らない顔、知らない言葉‥‥断片的な情景が脳裏をフラッシュバックの様に駆け抜けた。或いは、この町は私の失われた記憶に関係しているのだろうか‥‥

 γ班からの情報を元に透夜が推測した地点へ向け、β班は移動を開始した。途中、抜け道に屯していた数匹のミミズは回避せずに殲滅した。迂回をしていたら大幅に時間を失うからだ。
「これ以上の戦闘は無駄だな」
「ですね。一気に突破しましょう」
「では、そういうわけで、失礼」
 透夜は女を抱え上げると、イルファの後について一目散に戦場を離脱した。


●δ班、紗夜とラナ

「γ班が配達人の痕跡を見つけた。どうやらこっちは外れらしい」
 そう報告する紗夜の吐息は明らかに早かった。
 トンネルの壁際に座り込み、汗を一つ拭ってから、借り受けた無線機をラナへと投げ返す。同じく、座り込んだラナはそれを片手で受け取って‥‥取り出したケースを振って手の平へと薬を落とし、それを口中へと放り込んだ。
「‥‥辛くなったらすぐに言え。我が前に出る故」
「足はまだ動く‥‥から、もう少し、やれると思う」
 息も絶え絶えに会話を交わす二人の足元には、鼠型キメラの屍の山‥‥ 5分前、二人は叫び茸を除去しようとして『叫ばれて』しまっていた。
 殲滅が上手くいかなかった分けではない。ラナは発見した茸を疾く両の爪でスライスし、紗夜もまた『閻魔』で見事に茸を一刀に両断した。運がなかったのは、近くの物陰に潜んでいた茸に気がつかなかった事と、その茸と最初の茸が菌糸で繋がっていた事だったろう。
 敵の存在を感知したその隠れ茸はその役目に従い『絶叫』した。寸前で気づいた紗夜はとっさに刀を捨て、両耳を塞ぎながら身を縮みこまらせた。だが、至近距離で不意をつかれたラナは、その衝撃波に意識を飛ばされた。超機械で茸を焼き滅ぼし、すぐにラナへと駆け寄って『キュア』で治療を施す紗夜。無線で味方へ警告を伝える彼女の耳に、迫り来る鼠の足音が響く‥‥
 そうして、5分後──
 辛うじて鼠の大群を退けた紗夜とラナだったが、叫びに呼応した敵の来襲は続いていた。薬を嚥下したラナは立ち上がりながら、傍らの紗夜に尋ねた。
「どうします? すぐに離脱しますか?」
「いや‥‥我らがここで敵を誘引できれば、他班も捜索がやりやすかろう」
 二人はトンネルの真ん中に足を進めた。前衛はラナ。その少し後ろに紗夜がつく。
 ラナはまだ若いレジスタンスに逃げるように言うと、両の爪で構えを取った。現れたのは鼠とミミズの混合団だった。先頭をうねうねと迫るミミズの姿に、ラナは嫌悪感を露にした。
「‥‥気持ち、わる‥‥」
 鎌首をもたげて飛び掛ってくるミミズ、その伸ばされた複数の触手を素早い、舞い踊る様なフットワークで掻い潜りながら、次々と切り飛ばすラナ。更に伸ばされてくる新たな触手。それを後ろに跳び避ける。追撃をかけようとしたミミズは、だが、実は誘き出されていた。淡い光の軌跡を描く刀を振り上げ、横合いから打ちかかった紗夜が、ミミズのどてっぱらにその刀身を振り下ろす。袈裟斬り、逆袈裟、真一文字‥‥五芒を描く様に切り裂き、倒れた所を止めを刺す。
 第一陣を打ち払った直後、背後から第2陣が襲いかかってきた。
 ラナはホルスターからナイフを抜き取ると、レジスタンスの若者へ向かう鼠へ投げ足を止めた。
 若者は一人で逃げるのを潔しとせず、トンネル脇の扉に隠れて、二人の退路を確保していた。


 配達人の隠れ場所に最初に到達したのは、ある程度隠れ場所を特定していたβ班だった。
 だが、現場へ到達した彼らはすぐに、嫌な予感に顔を見合わせる事になった。‥‥前方から戦いの喧騒が聞こえてきたからだ。
 透夜とイルファは即座に役割を分担した。腰のライトを点けた透夜が双槍を手に突っ込み、敵中を引っ掻き回して引きつける。残った鼠は、暗視スコープをつけたイルファが闇の中から和弓で狙撃した。そのまま敵を一掃しつつ、配達人が立て篭もった店舗内へ走り込む。
 イルファは治療を施そうと配達人を抱え起こし‥‥直後、手遅れである事を知った。‥‥致命傷だった。
「‥‥乱数表は?」
 息を呑んだレジスタンスの女が、殊更事務的な口調で尋ねる。配達人は一人の遺体を指差した。女はその背から乱数表を──1冊の少女マンガを取り出した。
「‥‥キーは57ページの1コマ目‥‥『お兄ちゃん! 私、もう、お兄ちゃんをお兄ちゃんとは思えない!』‥‥だ」
 復唱するレジスタンス。配達人は弱々しく、しかし、満足そうに頷いた。
「トウキョウを‥‥この町を、頼む‥‥」
 イルファは差し出された手を握り、望むままに水を持たせてやった。男は最後にそれに口をつけ‥‥そのまま息を引き取った。


 乱数表を手にした能力者たちは、速やかに残敵を掃討しつつ地下道を後にした。
 配達人は助けられなかったものの、乱数表は無事、レジスタンスの元へ届けられた。