タイトル:美咲センセと青春宅配便マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/12 19:00

●オープニング本文


これまでのあらすじ(?)

 クリスマスにはサンタキメラ、節分には鬼キメラ── なぜかイベントの度にネタキメラの襲撃を受ける『なかよし幼稚園』。園の先生でもある兼業能力者・橘美咲は、傭兵能力者の仲間たちと共に園児たちを守って戦い抜いてきた。
 そんなある日、黒幕と思しき『黒尽くめの男』が現れる。フルフェイスを被ったバグアと思しきその男は美咲を知っている様子だったが、当の美咲に心当たりは無い。
 襲撃はその後も続き、遂には『お椀型ワーム(お雑煮入り)』なんてものまで来襲する始末。事ここに至り、能力者たちは黒尽くめの正体と目的を探るべく、美咲の過去について話を聞くことにした。
 美咲は、同僚で親友の柊香奈と顔を見合わせ‥‥ 特に語るような事はないけどなぁ、と首を傾げながら話し始めた‥‥


 橘美咲の出生に劇的な要素は微塵も無かった。
 平凡だが優しい両親の元に生まれ、2人の弟の姉として、普通に、当たり前のように、日々を過ごしていた。
 小さい頃の美咲は、明るく、勝気で、優しく、公平な少女で、後に幼稚園の先生となる美咲の気質はこの頃には確立していたと言っていいだろう。慕う友人も多かったが、リーダー役は果たさなかった。柄じゃない、と自分で思っていたこともあるが、隣家の幼馴染によりリーダー向きな男の子がいた事も理由の一つであるだろう。
 柊香奈と出会ったのは、中学に入ったばかりの頃だった。きっかけは体力測定の50m走。足が遅くてため息をついていた香奈に対して、陸上部に入ったばかりの美咲がもっと腕を高く振って走るよう声をかけたのが友情の始まりだった。香奈は運動全般が苦手なタイプだったが、そのお陰でまっすぐ走る事だけは人並み以上に速くなった。美咲にとってはごく単純なアドバイス。だが、香奈からすれば、まるで魔法をかけられたようなものだった。
 
「ま、その効果も香奈が成長(特に胸)するまでの短い間だったけどね。で、それがきっかけで仲良くなって‥‥ あ、香奈が生徒会長を好きになって、私が二人の仲を取り持ったんだよねー」
「違うでしょ。私が美咲ちゃんとユーキくんの仲を取り持ったんだよ! 『なんてこった、私、ずっとあいつの事が‥‥』 ああ、あの時の美咲ちゃんは可愛かった♪」
「ぐっ‥‥! そ、それを言うなら香奈だって、せっかく徹夜で作ったチョコを手渡そーって肝心な時に、テンパって私の口に‥‥」
「きゃー! きゃー! きゃーっ!」
 思い出話に花が咲き‥‥咲き乱れ過ぎて悶絶し始める先生ふたり。
 話を聞いていた能力者たちは、それぞれにそれぞれの表情を浮かべて互いに顔を見合わせた。とりあえず、ここまで聞いた話にはバグアのバの字も存在しない。
 と、ぴんぽ〜ん、と幼稚園の呼び鈴が鳴り、園長先生が腰を上げた。能力者たちは頷き合った。会話を区切るには良いタイミングだ。
 能力者たちは美咲に、これまでバグアと出会った事はないのか尋ねてみた。
 美咲の表情が暗く翳った。
 それは、家族や友人、幼馴染を亡くした、とある戦禍の記憶だった。

 短大を卒業後、なかよし幼稚園で働いていた美咲に、能力者の素養が見つかった。
 当時、『エミタを体内に入れる技術』はまだ治験段階であり、適正者の捜索も今のように大規模なものでもなかった。インターハイ出場経験のある美咲は、父の職場関係を通じて素養調査を受ける羽目になり‥‥ あっけらかんと、能力者になる事を受け入れた。条件はただ一つ。今の仕事を続けさせる事。──まだエミタを身体に入れる事に抵抗感が強い『時代』である。条件は認められた。
 その日から、平日は幼稚園教諭、週末はデータ収集と戦闘訓練という美咲の『パートタイム能力者』な日々が始まった。
 訓練はハードだったが、元々、身体能力が高い事もあって苦にはならなかった。ただ、戦いに関しては素人なので、その辺りのカンを掴むのには苦労した。とは言え、訓練後の検査に比べたら(気分的に)楽なものだった。
 そのまま訓練を積んでいければ、『訓練生』たちは一人前の能力者として戦いに赴くことが出来ていただろう。だが、実際に彼らが訓練を受けられた期間は1ヶ月にも満たなかった。
 ──訓練所がバグアの襲撃を受けたのだ。
 攻撃は町全体に対して行われたもので、訓練所への襲撃は偶然だった。だが、当の訓練生たちはそうは思わなかった。自分たちのせいだ、と考えた訓練生たちは、得物を手にして燃える街へと飛び出した。
 そして、運の悪い事に。墜落したHWから脱出してきたバグアと鉢合わせ、あっけなく全滅する事になる。

「‥‥‥‥それで?」
「それで、って‥‥それだけよ? あの頃はバグアと戦える力なんてなかったし、それこそ羽虫を払うように一蹴されたわよ」
 美咲がバグアと対したのは、後にも先にも、その時限りだという。
 能力者たちは首を傾げた。


「毎度お世話になっておりまーす。○○便のものですがー」
 扉の外から聞こえてきたその声に、園長は小首を傾げた。聞こえてきたのは、名前は知っているものの取引の無い地元の小さな宅配会社の名前だったからだ。
 不思議に思いながら駐車場へと続く裏口の扉を開けると、今にも泣きそうな顔をした年配の男と、どこかふてくされたような若い男が立っていた。年配の男は園長が顔を見せると、若い男の後頭部を押さえつけながら自らも頭を下げた。
「この度は申し訳ありませんでしたっ! 配送予定時刻から半日も遅れた挙句、配達物を放置してきてしまうとは‥‥! これも日ごろの社員教育がなっていない私の不徳の致す所。どうか、平にご容赦を──!」
「‥‥でも、シャチョー。依頼人に『遅れたッス』って電話したら、『もう帰ったから荷物は門の中に置いといてくれ』ってぇー」
「この馬鹿! どこの世界に認印も貰わずに荷物を放置する奴が──」
「あのー‥‥?」
 なにがなんだか分からない園長は事情の説明を求めた。
「いえ、こちらにはイベント用の大道具をいつも宅配させて頂いているのですが、先日、こいつがお昼にこちらへ届けるはずの‥‥えー、『巨大お椀』? を遅配した挙句、園庭に放置してきたっていうんで‥‥」
「え、ちょっ、『お椀(餅入り)』!? ってか、『いつも』‥‥!?」
「ええ。12月にはサンタの人形、2月には鬼の着ぐるみ‥‥ サッカーボールってのもあったな。ビキニのミノタウロスなんて幼稚園のイベントで何に使うのかとウチでも話題に‥‥」
「え? ちょっ、ええっ!?」
「? ああ、そうだ。今日もお届け物があるんですよ。いつもは門前で若い人に受け取って貰うのですが、今日は謝らなきゃいけない用事があったので、こちらに‥‥」
 その言葉を聞いた園長が蒼い顔で一歩後退さる。
 駐車場に停まった宅配車が、グラ、と少し揺れた気がした。

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

「うー‥‥話聞いてもあんまりハッキリしない感じだね。分かったことと言えば、二人の甘酸っぱい思い出くらいで」
 美咲の話を聞いた葵 コハル(ga3897)は、その内容を反芻しながら小さく嘆息した。
「香奈先生の、コイバナ‥‥ ぐ、詳しく聞きたいような、聞きたくないような‥‥!」
 部屋の片隅でそう悶絶する龍深城・我斬(ga8283)を見やりながら憮然とする。見た目が急成長したためか、我斬はコハルに「初めまして‥‥?」とか言ったのだ。最初は面白いからそのままにしておいたが、未だに気づかないとか流石にちょっと腹が立つ。
「‥‥実は単に『幼稚園にトラウマ持っているだけ!』って感じに、美咲さんに全く関係のない犯人だったらどうしよう?」
 小首を傾げながら唸るMAKOTO(ga4693)。御影 柳樹(ga3326)はそれに頷きかけて‥‥ 少し考え、首を振った。最初に黒尽くめがその姿を現した時、奴は『美咲先生への執着自体は否定しなかった』。
「美咲さんたち‥‥辛い過去をおくびにも出さないで、ずっと『先生』として一生懸命に頑張ってきたんだよね。それを壊そうとするバグアって、いったい何者なのかな‥‥?」
 響 愛華(ga4681)が、美咲と香奈への共感と黒尽くめへの怒りを込めて言う。我斬は身を起こした。黒尽くめの狙いは分からないが、美咲先生を精神的に追い詰めようとするそのやり方は許せない。
「‥‥劇的な事があったのは、やっぱ襲撃の時だよな? なぁ、美咲センセ? 同期の訓練生で遺体が見つかってない奴いねえ?」
 我斬の言葉に愛華は唇を噛み締めた。黒尽くめが執拗に美咲を狙う理由──もしかしたらバグアは、彼女に縁のある誰かの身体を奪ったのかもしれない。
「2人の弟、幼馴染、ユーキ君、中学の生徒会長、訓練生たち‥‥彼らの生死、行方不明の確認を取らせて下さい。死体が発見されていない者は行方不明とします。‥‥身体さえあればどうとでもできるのがバグアですから」
 眼鏡を指で押し上げながら‥‥声と表情から敢えて感情を消して鋼 蒼志(ga0165)が美咲に尋ねた。
「‥‥辛い質問かもしれませんが、過去に引きずられて未来を潰すというのも悲しいことですから」
 蒼志の言葉に、美咲は気にしなくていい、と手を振った。バグア戦時下のこのご時勢、自分と同じ様な境遇の人はごまんといる。
 助かります、と蒼志は応じた。彼の両親もバグアの襲来により喪われている。
「家族は皆、あの時以来行方不明。弟も両親も、あの黒尽くめとは体格が違いすぎるから、ヨリシロになった、って事はないと思う。私と同期の訓練生たちは‥‥うん、誰も死んでないよ」
「‥‥は?」
「あのバグアも能力者と戦うのは初めてだったはずだし、加減が分からなかったんじゃないかな? ボロボロにされたけど皆、生きてた。エミタのメンテとかもあるから、憑依されてればすぐ分かる。ユーキは‥‥」
 美咲の表情が暗く翳った。香奈がその手をギュッと握る。
「ユーキは‥‥ああ、私の隣家の幼馴染で、中学時代の生徒会長。結局、私と香奈と、最後までトライアングラーだった意気地なし‥‥
 ‥‥あいつはあの日、私の目の前であのバグアに殺された。‥‥能力者でもないのに、能力者の私を庇ってバグアに飛び掛るとか、ね‥‥ まぁ、そんな奴だったよ」
 その遺体がどうなったのか、気絶していた美咲には分からない。ただ、あの戦火の中、遺体の残らなかった者は多かった。
「でも、そもそも、あのバグアにはあの場でヨリシロを変える必要がないんだよね。しかも、何の知識も能力もないただの一青年を選ぶなんて、バグアとしてまずありえないよ」


 中座して部屋を出た綾嶺・桜(ga3143)は、巫女服にスリッパ姿でぺたぺたと廊下を歩き、軽食を作っている守原有希(ga8582)がいる給湯室へと顔を出した。
 椅子に飛び乗り、机の上の茶菓子の一つを口に入れる。つまみ食いが目的ではないぞ? と桜は自分に言い訳した。そんな愛華みたいな真似、このわしがするわけないではないか。
 お茶を運んで廊下に出た桜は、丁度、部屋から出てきた我斬とコハルに会った。
 裏口の異変に気づいたのはその時だった。
 園長は不意の危難に際して、最適と思われる行動をとった。即ち、屋内の能力者を呼び寄せたのだ。ああ、こういう時の対処ばっかり熟達して、と園長が心の中で泣く。
 我斬とコハル、桜、有希が駆けつけた裏口には『園長と腰の低いおっさんとクソ生意気そうな若者(我斬談)』が立っていた。
 園長が状況を掻い摘んで説明する。宅配便のコンテナの中からベキベキと破壊的な音が聞こえてきた。
「とりあえず、ツッコミどころがかなり多いが‥‥園長は他の皆を呼んでくれ! お主らも中へ逃げるのじゃ!」
 手にした薙刀を構えながら、桜が園内へ指を差す。
 有紀は周囲を見回した。裏口の駐車場には車がそこそこある。宅配便のトラックからはある程度距離があるのが幸いか。迷っている暇はなかった。他に戦場にしても被害の少なさそうな場所が分からない以上、ここで敵を食い止めるしかない。
「子供たちが思い出を作る幼稚園──守らせて貰う。‥‥龍深城さん!」
「ああ、被害は最小限に抑えたい。駐車場内でケリをつける!」
 我斬はコハルを振り返ると、「お嬢さんはえんちょたちの護衛へ!」と叫んだ。いい加減ツッコミを入れようとしたコハルは‥‥フッと大人びた表情で我斬を見返した。
「‥‥胸でしか女の人を識別できない可愛そうな人なのね‥‥生暖かい目で優しく見守ってあげましょう。ああ、アタシってオトナ」
「なんだろう‥‥なんだかとっても悔しい気がする」
 小首を傾げながらトラックへと走る我斬。コハルは宅配業者の二人を屋内に『誘導』すると、その一挙一動に注意しながら、運んできた『荷物』が荷台のどの辺りにあるのか尋ねてみた。
「『怪人の着ぐるみ』ってケースが後部扉の近くに‥‥一番早くに降ろす荷だったから、最後に荷台へ乗っけてるはず‥‥だよね、コバヤシくん!」
「車のキーは?」
「運転席のサンバイザーの中ッス」
「ちょっ、コバヤシくんっ! キーは肌身離さず持ち歩けって何度‥‥!」
 なんとなく二人を理解するコハル。と、コンテナの後部扉が中から押し破られ、中から『敵』が現れた。メタリックな光沢を放つ甲殻を持った、4本腕の甲虫人型のキメラだった。
「虫人型!? 防御やら移動やら色々厄介そうな‥‥!」
 舌打ちをする有希の言葉は、次の瞬間、現実になった。車から降りた敵はコンテナに張り付くと、そのまま三角跳びの要領で能力者たちに急迫した。後ろに回り込もうとしていた桜に飛び迫る甲虫人。眼前に敵を迎えた桜が慌てて『回転舞』で宙を蹴る。ペイント弾入りの番天印、その銃口で敵を追っていた我斬は、次の瞬間、地を蹴り肉薄してきた敵にその飛び道具を払われた。跳び避けながらクローを展開する我斬。振るった爪が敵の腕部甲殻を裂き‥‥同時に反撃の拳が叩き込まれる。
「外観から見るに‥‥九州名物(?)ハイブリットバグスの親戚みたいなやつ?」
「端午の節句で甲冑──それで甲虫人型とか? ‥‥なんかこじつけとか時期的に段々きつくなってるさ?」
 屋内から飛び出してきたMAKOTOと柳樹が、敵を見るなりそんな事を口にした。どうも今回のキメラはネタ元が分からない。
「今日は園のイベントもないのに‥‥どうしてなのかな‥‥っ!?」
 敵の姿を確認した愛華は、旋棍「砕天」を構えた両腕を両脇から前へと振った。『真音獣斬』──放たれた衝撃波が側面から敵を打つ。
「来たか!」
 薙刀を大きく振るって敵を圧迫し続けた桜が喜色を浮かべて振り返る。甲虫人は後ろに下がると、再びコンテナを蹴って戦線を飛び越え、後方へ──美咲の方へと走り出した。警戒していた有希が立ち塞がるが、敵は照明の柱を蹴ってその斬撃を跳び過ぎる。突進を受けた美咲が大剣で受け転がり‥‥追撃をかけようとした甲虫人は、だが、一歩前に出たコハルに盾ごとぶつけられて動きを止めた。身を起こした美咲の剣が、追いついてきた有希の両刀が甲殻を切り裂き、敵がその場を跳び退く。
「‥‥敵の移動を止められない‥‥?!」
「なら、移動自体させなければいいだけの話だ」
 言いつつ、ドリルスピアを構えた蒼志が敵へ向かって走り出す。その横を、愛華が放った2発目の衝撃波が飛び過ぎた。砂埃を舞い上げ奔る一撃を横へと跳び避ける甲虫人。その足元へ蒼志が高速回転する槍を横に薙ぐ。
「ドリルってのは、貫くだけじゃなく‥‥こういう事もできるんでな!」
 横に払われたドリルに脚部を跳ね上げられ、敵はたたらを踏んで足を止めた。『四肢挫き』によって移動を封じられた敵を能力者たちが包囲する。駐車場の真ん中──周囲に敵の足場になりそうな柱もなく、被害を増大させそうな車もない。‥‥宅配業者のトラック以外には。
「ああっ!? うちのトラックが──っ?!」
 悲壮な声で叫ぶおっちゃんを、柳樹は気の毒そうに見返した。地元の小さな運送屋さんにとって、トラック一台失うというのは物凄い痛手なのだ。縋る様な目で柳樹を見返す宅配業者のおっちゃん(恐らく経営者でもあるのだろう)──柳樹は至極まじめな表情でおっちゃんに一つ頷くと‥‥
「ごめんなさい。──努力はするさ?」
 済まなそうに手を合わせた。
「でえぇぇぇーーー?!」
 悲鳴を上げるおっちゃんをよそに走り出す柳樹。悪いけど、このまま圧し包んだ方が楽だもんねぇ、と隣を走るMAKOTOが苦笑する。この場合の『楽』とは、周囲に深刻な被害を出さずに済む、という意味も含む。
 MAKOTOは『瞬速縮地』で戦場へ辿り着くと、足止めを続ける蒼志の反対側から蛇槍を突き出した。素早く槍の穂先を出し入れして敵の意識を上半身へと持っていく。
 だが、敵は足を止められ、周囲を囲まれながらも、能力者たちと五分に渡り合っていた。
(やはり、多対一を想定して『設計』されたキメラ‥‥4本腕は伊達ではないと言う事さ?)
 柳樹はまず相手の手数を減らす事にした。相手の視界の隅から杖で以って打ちかかり‥‥反撃に繰り出された拳を受けつつ、くるりと回してその手首へ引っ掛ける。合気道の要領で腕ごとひっぱられて甲虫人はバランスを崩し‥‥瞬間、MAKOTOがその穂先を翻して脚部関節へと蛇槍を突き下ろす。
「愛華!」
「うん!」
 地を蹴り、回り込む桜に応じて、愛華が正面から打ちかかる。蒼志とMAKOTO、二本の槍に足を『縫われた』甲虫人は4本の腕でそれに応じた。激しく打ち合わされる棍と甲。舞い散る火花が宙を舞う。
 だが、愛華は囮だった。『迅雷』で敵に肉薄した我斬が拳を握り、走りながら正拳気味にその拳を打ち入れる。速度と質量を乗せて振るわれた爪が敵の肘関節を突き破り、千切れた腕が宙を舞う。
 さらに、横合いから弾丸の如く跳び迫る有希の身体。気づいた敵が振るう裏拳を刀で打ち払い‥‥ザッ、と敵の至近に踏み込んで二刀を背から地を経て振り上げる。
「続いて下さい! 天地撃、いきます!」
 ゴッ、とまともに喰らった敵が、大きく宙へと打ち上げられた。我斬が断った腕が落ち行く横を空へと上がり‥‥落下へと転じる甲虫人。着地に備えて姿勢を整えるその視界に、しっかと大地を踏みしめた桜の姿が入り込む──!
「ふ、隙だらけじゃ。この一撃、食らうがよいわ!」
 地から突き上げる様に繰り出された桜の『真燕貫突』による二連撃が、甲虫人の喉元から背へと突き抜けた。


「さて、では、再び話を聞くとするかの。‥‥そこの宅配人も一緒に、の」
「この会社、軍に要請して踏み込んでもらっていいんじゃないでしょうかね。シロにしてもクロにしても、調査すべきところが多過ぎます」
 威圧的なオーラを漂わせて見下ろす桜と蒼志に、宅配便のおっちゃんは「どうかそれだけは勘弁してください!」と半泣きで土下座した。警察の手入れを受けたとなれば、小さな宅配業者などあっという間に潰れてしまう。
 一方、若者の方はあっけらかんとしたものだった。
「依頼人と受取人はおんなじ人ッス。時々、荷と一緒に運んであげたッス。結構なチップを弾んでくれたッス」
「コ、コバヤシくん、君ってやつはまた勝手にアルバイトを‥‥!」
「‥‥このなかよし幼稚園の噂を聞けば、自分達が危険物を運んでいることは分かった筈‥‥分からないというのなら、その理由はなんです?」
「自分、ニュースとか見ないッスから!」
 平然とのたまう新人類(死語)。一方、経営者のおっちゃんの方は何のことだか分からない風だった。蒼志はふと首を捻った。
 戦時である。或いは、被害が出ていない事をいいことに、軍なり警察なりが報道規制を布いていたりするのかもしれない‥‥
「まさか、本当に今までのキメラたちって、全部宅配便で運ばれてきてたのかな?」
 苦笑する愛華に若造は言った。
「きっと、中免も持ってないから俺らに頼んだんスよ」
「やだよ、そんなバグア‥‥」
 肩を竦めて愛華が立ち上がると、今度はMAKOTOが若者に事情聴取を始めた。普段、配達を依頼している若いのは、どんな面の男か、女か。普段、どういった場所で受け取りを行い、配送していたのか。その話を聞きながら、桜と蒼志がクレヨンで似顔絵を書き始める。
「受取人の人相とか‥‥あと、依頼人の住所とか、会社に問い合わせて貰ってもいい?」
 コハルがMAKOTOの質問にそう付け加える。MAKOTOは頷くと、キメラのケースからはがした伝票を愛華に渡した。もしかしたら、美咲や香奈がその筆跡に見覚えがあるかもしれない‥‥
 愛華はその場を離れると、壁際に座った美咲の所へ歩いていった。
「今回のキメラに見覚えはない? 絶対、これも何か意味があるはずなんだよ。例えば、誰かが好きだったキャラクターとか」
 美咲は両腕を組んで考え込んだ。そう言われても、あんな外見の代物、これまでの人生において係わり合いになるはずが‥‥
 有希は香奈に対しても同じ質問をしてみた。本人は覚えてなくても、周囲は覚えている事もある。
「これってあれじゃないかな? 『ファイナルクエスト』の‥‥」
 香奈の言葉に美咲も気づいた。中学の頃プレイした多人数参加型のアクションRPGで、そこに出てくる中ボスに似ているかもしれない、という。思えば、ユーキと香奈の出会いはこのゲームがきっかけだった‥‥
 と、そこへ、依頼人の似顔絵を書いた桜と蒼志が絵を持ってやって来た。
 痣か傷跡か、絵に描かれた特徴的なそれに気づいた香奈が思わず立ち上がり指を差す。気づいた美咲は目を丸くして‥‥顔面を蒼白にして震えだした。
「うそ‥‥ユーキ? でも、なんで‥‥?」
 MAKOTOと蒼志は顔を見合わせた。
 どうやら、ようやく事態が転び始めたようだった。‥‥どちらに転がるのかは、別にして。