タイトル:3室 スルトの火マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/29 13:13

●オープニング本文


 今から20年近く前の事だ。
 後にSES-200エンジン(通称『スルト』)を開発する事になるルーシー・グランチェスターは、当時、メトロニウムなどの最先端の技術が学べると名高かったドローム資本の技術系大学へ入学した。
 その頃のドロームはまだ一般には名の知られた存在ではなかったが、産業界では「新進気鋭、急成長中の『企業連合体』」、「買収・合併に伴い頭角を現し始めた巨大資本」として、急速に、というより劇的にその存在感を増しつつあった。この大学への投資も将来の人材確保の為の布石であり、実際、後に第3KV開発室長となるヘンリー・キンベル、企画部のモリス・グレーといった多くの卒業生がドロームに入社している。
 学生時代のルーシーは、文武両道、明朗快活、優秀な学生として周囲にその存在を知られていた。最先端の技術研究とワンダーフォーゲル、数多くの友人たちと、ほんの一握りの酒飲み友達── 異性からは『高嶺の花』と認識されており、後に彼女を妻に迎える事になるハワード・グランチェスターは、入学時からずっと交際を申し込み続け‥‥最終学年になってようやく受け入れられた。ちなみに、ルーシーの友人であったヘンリーと、ハワードの友人であったモリスとは、このルーシーを通じて知り合う事になるのだが‥‥とりあえずそれは置いておく。
 大学を卒業したルーシーはドロームには入社せず、当時、結婚を前提に交際していたハワードの父親が経営する『グランチェスター重工』に入社した。車両、船舶、航空機等、内燃機関に関わる分野で発展してきた中堅所の製造業者だが、その技術力には定評があった。その後、ルーシーとハワードは結婚し、メイという一人の女の子を授かった。厳格だが優しい養父に、温和な夫、職人気質の技術者たち── 恐らく、彼女の人生で最も幸せな時間だったろう。
 やがて、スチムソン、ブレスト両博士によりSESが発明されると、グランチェスター重工もまたこの新しい分野に積極的に参入した。ルーシーもまた一技術者としてこの開発に参加した。完成したSES-1航空機用エンジンは革新的で、どこのメジャー製品と比べてもひけを取らない‥‥いや、それ以上のものだった。
 以後、グランチェスター重工はSESエンジンの分野で躍進的な発展を遂げたが、新規事業に失敗。行方不明になった養父は銃で自殺した姿で発見された。
 破綻した会社に資金を投入したのはドロームだった。ハワードはそれまで以上に必死に働き‥‥病気がちだったその身は病に倒れた。
 経営者を失ったグランチェスター重工は、その年の株主総会で正式にドロームに吸収・合併された。
 ルーシーは残された技術者たちを取り纏め、ドローム社内にKV用エンジン開発を担当する『グランチェスター開発室』を立ち上げた。他の開発室との技術交流や人事異動は頑なにこれを拒んだ。

 やがて、グランチェスター開発室はSES-200エンジンと、そこから派生したSES-190エンジンというKV用エンジンを開発する事になる。
 SES-190は他の開発室にも開放され、様々な派生型を生み、ドローム製KVに搭載、または輸出用に、と発展を遂げていく。
 パワーは規格外だが総合性能として失格、とされたSES-200は、第3KV室長ヘンリーに拾われ、リミッターをかけた上でF-201Aフェニックスに搭載された。欠点が多いエンジンであり、改良が急がれたが、グランチェスター開発室は自室開発に拘り続けた。


 企画部のモリス・グレーの命により、グランチェスター開発室へ『出向』中のリリアーヌ・スーリエは、未だその本来の目的を果たせずにいた。
 本来の目的──即ち、3室が開発する新型機の為、SES-200エンジンの『改良』を『完成』させること。その為に必要とあらば、他の開発室の手が入る事をルーシーたちに了承させること、だった。
 とはいえ、グランチェスター開発室は重工時代からのメンバーで固定されており、『余所者』は頑として受け入れなかった。出向してきたリリーに対しては、その人柄と、SES-200を拾ってくれた第3KV開発室の関係者、という事で当たりは柔らかかったが、その扱いは『3室との調整役』以上の何ものでもなかった。
「SES-200の元になった設計はな、ルーシーとハロルドが最後に共同設計したものなんだよ」
 一人の老技術者がリリーに飴玉をくれながらそんなことを教えてくれた。或いは、ルーシーとその仲間たちは、今もその『過去』に囚われているのかもしれない。
 翌日、3室に顔を出してきたリリーは、ルーシーたちに一通の発注書を提出した。それは新型KV用のエンジン開発に関する発注書だった。その仕様要求を見た技術者たちはざわめいた。新型機が予定している性能諸元は、SES-200の発揮し得る最大性能を元に数値が設定されていたからだ。
 そのざわめきはすぐに呻き声に変わった。3室は続けて、エンジンと新型機の共同開発を持ちかけていた。
「これは‥‥エンジン単体でなく、新型機体のシステムの一部としてのエンジン開発、という事か」
 それは即ち、グ室にSES-200単体での完成を放棄するよう迫るようなものだった。だが、同時に、それは新型機の──3室の命運をも彼等に委ねた事も意味していた。グ室がエンジンの改良に失敗すれば、新型機もまた完成する事がなくなるからだ。
「うちのヘンリー室長は、『シェイドに対抗し得る機体』を旗印に新型機の開発を進めています。この地球からバグアを追い出すにも、あの機体は避けて通れません。‥‥F-201Aでは届きませんでした。現場のパイロットたちの為、子供たちの未来の為‥‥ そして、SES-200を見捨てなかった室長の為に、何とぞよろしくお願い致します」
 ルーシーとヘンリーが学生時代から酒飲み友達だった事は知っている。リリーは黙って頭を下げた。グ室の技術者たちは無言でルーシーを見やった。彼等のボスは彼女である。
 ルーシーが顔を上げた。
「‥‥お受けするわ。でも、エンジン部分については、私たち以外の誰にも手を出させないわよ?」
「構いません。200を使うのか、それとも他か、判断は任せます。でも、手は出さなくても口は出すかもしれません」

 一ヵ月後。北米ネバダ州、ドローム社KV実験場──
 滑走路脇の駐機場には、複数のSES-200エンジン搭載機がその翼を並べていた。
 そのいずれもがエンジンの2ndリミッターが解除されていた。これにより、SES-200は最高出力を発揮できるが、同時に、機体、そして、能力者のAIの制御が及ばないレベルになる。
「皆さんには、リミッターを解除した機体に搭乗して貰い、各種機材のデータを収集して貰います。機体には追加装備として、開発中の制御ユニットを載せていますが、現段階では安全は保証できません。故に、データの収集作業の内容、および作業時間は皆さんにお任せします。‥‥データは貴重ですが、無理はしないで下さいね」

●参加者一覧

守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
井出 一真(ga6977
22歳・♂・AA
仮染 勇輝(gb1239
17歳・♂・PN
ラウラ・ブレイク(gb1395
20歳・♀・DF
須磨井 礼二(gb2034
25歳・♂・HD
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
アクセル・ランパード(gc0052
18歳・♂・HD

●リプレイ本文

「『不死鳥』の生みの親たるヘンリーには感謝している。が、それ以上に恨んでもいるさ」
 久しぶりにヘンリーに会えるかもしれない、とネバダまで駆けつけて来たヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)は、ブリーフィングルームの中から聞こえてきた発言に思わずその足を止めた。
 扉の陰から中を窺う。中には、困ったように佇むスタッフたちと、仮染 勇輝(gb1239)がいた。
「スルト単独での改良を諦めたという事は、『不死鳥は見捨てられた』ってことだろう?」
「それは‥‥既存機の改良より新型機の開発を優先するULTの方針がある以上、現場にはどうにも‥‥」
「分かっている。ああ、分かってはいるんだ」
 リリーの言葉に勇輝は首を振った。実際、ヘンリーのせいでない事も、無理な事を言っている事も分かっていた。それでもフェニックスもリミッターを解除できるようにして、愛機に最高性能を引き出させてやりたかった。
「あら。傭兵向けのA3型? だったら、2ndリミッターの上限値は個人改造で弄れるわよ?」
 と、そこへルーシーがやって来て、あっけらかんとそう言った。フェニックスに限れば出力改造は、エンジンの個体差とエミタAIの個人差に最適化しつつ、リミッターの限界値を引き上げてやる作業なのだという。
「でも、最初から『専用機』を前提に性能向上を目指すわけにもいかないしね。だから、今回のデータ収集は、あくまで新型機の基礎性能の向上が目的。‥‥大丈夫。貴方のスルトはちゃんと応えてくれるわよ」
 ヴェロニクはほぅ、と息を吐いた。と同時に疑問が湧いてきた。
 少なくともルーシーは、改良が進まぬ現状で他室の助力を拒む様な偏狭な性格には見えない。なのになぜ、200に関してはああも頑なになるのだろう?


 翌日、朝食とブリーフィングを終えた能力者たちは、宿舎を出てハンガーへと向かった。
「たしかS−01Hの改良案の時にお会いして以来でしたね。お久しぶりです、リリアーヌさん」
 早起きし、整備士に交じって作業をしていた井出 一真(ga6977)が、機の下から出てリリーにそう挨拶をした。アクセル・ランパード(gc0052)もまた、駐機場にいたルーシーに歩み寄る。
「貴女がルーシーさんですか? 一度お会いしたかった。今日は我が『相棒』の『弟』の為に頑張ります」
 と、挨拶をする一真とアクセル、二人の動きがぴたりと止まった。困ったように乾いた笑みを張り付かせるリリアーヌ。その横に‥‥背中に『ゴッドクラッシャー試作機のぬいぐるみ』をでろりと背負った阿野次 のもじ(ga5480)の姿があった。
「あの、それは‥‥」
「‥‥見えているようね。という事はあなたも能力者ね。これが私の『傍らに立つ者』‥‥能力『ゴッドクラッシャー』よ」
 どうやら見せびらかせたかっただけらしい。一真とアクセルがのもじの頭をぽんぽんとなでりこする。
「さあ、実験開始よ! まずは慣らし運転でラジオ体操から! さあ、アクセル君、音楽にあわせてユニゾンするの! これも騎士の務めよ!」
「む。騎士の務めか」
 のもじ機に合わせて大きく背伸びの運動をするアクセル機。ぐりんと首を巡らせてこちらを見る能力者たちに、リリーが「やりたい人だけでいいですよー」とたじろぎながら言葉を返す。
 最初の実験は慣熟も兼ねて、まずは陸上で行う事にした。
「じゃじゃ馬と分かっていて、いきなり空を飛ばすのもね」
 人型形態で駐機場から滑走路に進入した201のコクピットで、各種機材を確認しながらラウラ・ブレイク(gb1395)が呟いた。初日の地上実験、第1陣は彼女と勇輝の二人で行うことになっていた。いずれも自前で持ち込んだ愛用の201で、安全運転領域の限界値が高いためにリスクが少ない。
「この子なら多少の無茶も耐えてくれるはずだけど‥‥」
 コンソールを撫でるラウラの前で、勇輝が管制塔に発進の許可を求めた。発進許可。陽炎昇る滑走路へ、腰溜めに構えた人型形態の勇輝機が飛び出すように走輪走行で走り出す。
 滑走路を飛び越え陸戦用実験場へと走りながら、勇輝は装備した4基の高出力ブースターの推力を徐々に上げていった。
「こいつの装備はリミッター解除に備えておいたんだ。それをこんな形で‥‥」
 振動を始める機体。揚力とダウンフォースをブースターで抑えつけながら荒野を疾走し‥‥オーバーブーストに点火してブースター2基を真横に噴かせて横へと跳躍。戦闘機動に突入する。リミッターを解除した事もあって、その速度はさらに増しつつあった。勇輝は暴れだしそうなその動きを高出力ブースターで上手く押さえ込んだ。
「いいですね、高出力ブースター」
「そうね。でも、販売機体にあれだけの機材はさすがに載せられないでしょうね」
 管制塔のルーシーは無線機のマイクを手に取ると、勇輝に後続するラウラを呼び出した。
「『Merizim』、SES−200の推力だけで『Chronus』に追随できる? 収集するデータは‥‥」
「走行速度、跳躍高度、戦闘機動時の運動性能と耐過重性能、兵装出力といったところ? まぁ、出来得る限りなら」
 ラウラは白銀の機体を一気に増速させた。地を駆ける勇輝機をレティクルに捉え‥‥と、横に跳び避ける勇輝機。凄まじい勢いで減り続ける燃料計。目まぐるしく変動する各種計器の数値をセンサーが拾い上げているのを確認しながら、ラウラは勇輝機を追って操縦桿を傾けた。
「後継機、か‥‥」
 ラウラは呟いた。人も、機械も、この世界に存在する何もかもが移ろいでいく。全てが移ろいで、それでもなお受け継がれるものがあるというのなら。その本質はいったい何なのだろう。


 翌日、地上実験で得たエンジンデータを元に、戦闘機形態での飛行実験が行われた。
 空を飛びゆくはのもじとアクセルの201実験機。限界高度まで上昇した2機が、蒼く暗い空と丸みを帯びる地平線とを背景に機を水平へと持っていく。
「じゃ、アクセル君。ユニゾン実験、始めるわよ」
 のもじはコクピットに設置されたカメラに向かって、リミッター解除の許可と音楽のリクエストを求めた。ユニゾン実験──2機で同一の飛行・人型を組み込んだランデブー飛行で、機体個体差のデータの比較とイレギュラーへの対応を実験するのだ。できればエミタAIとの相関関係も調べたい所だったが、ULTでもなければ表層的なデータ位しか収集できない。
 無線のスピーカーからクラシカルな音楽が流れ始め‥‥アクセルは後続するのもじ機をミラーで確認すると、操縦桿を傾けて機を旋回させ始めた。
 戦闘機形態から人型形態へ、またその逆へ。踊る様に優雅に、その実、戦闘速度でぶっ飛ばしながら空を舞う2機。やがて、音楽の終焉と共に『格好良い決めポーズ』でシンクロした2機が演舞を終える。
「のもじさん、これも‥‥」
「そう。騎士の務め。‥‥とはいえ、自由落下状態じゃ締まらないわね」
 二人は滑走路に降りると新たな実験機で同じ様に実験を繰り返した。慣れない機体に乗り込んだアクセルは、エンジンではなく制御装置の方に意識的にリンクをさせてみた。勿論、エミタAIを意識的に操作する事などできない。が、能力者が『感じた』通りに最適化してくれる『現象』がエミタには存在する。アクセルが考えたのもそこだった。200エンジンに限れば、どうもエミタAIがキーになっている節がある。
「どうですか? ドラグーンや新兵が扱えないようでは問題です。仮想新人として‥‥上手くエンジンは制御できていますか?」
「大丈夫。問題はないわ。‥‥この辺りは、3室製の制御装置が上手くやってくれている」
 この制御装置はエンジンとAI間の『OS』みたいなもので、AIとエンジンの個体差を超えて制御作業を最適化する『中継器』であるらしい。現状、効果は限定的だが、データが増えるにつれその効率を増していくという。

 さらに翌日。
 この日は、リミッター解除時における空中変形のデータ収集が行われた。
「スルトの名はね、終末の戦いを終わらせるもの。そして人の世を作るもの。そう願ってつけたんだよ。だから大切にしたい」
「大丈夫、燃料と新しい風があれば火は絶えませんよ。『魔法の杖』ができあがるまで、みんなで燃やし続けましょう」
 この実験に参加したのは、クリア・サーレク(ga4864)と、須磨井 礼二(gb2034)だった。再び高高度へと舞い上がった2機の不死鳥は、コロシアムを回る剣闘士の様に蒼空に円を描き‥‥突進していく。
「それじゃあ‥‥いくよ!」
 クリア機が薄ら赤い気流制御力場に包まれ、人型へと変形しながら練剣白雪を抜き放つ。対する礼二も機を赤く染めつつ‥‥『人型へと変形せずに』ロールを打った。そのままオーバーブーストを起動して、突進してくるクリア機から『軸』をずらす。使い手故に空中変形の弱点も分かっていた。空中格闘を仕掛けるには、少なくとも敵の至近に接近していなければならない。
 急旋回する礼二機の後ろを飛び抜けながら、クリアはクッと奥歯を噛み締めた。これがスルトの全力全開? いや、そんな事はない筈だ。繋がれた軛、その枷から、今、不死鳥は解き放たれている。
 クリアは練力を機に叩き込むと、リミッターを超えたその領域へエンジンパワーを持っていった。気流制御が限界まで出力を上げ、宙を横へ跳ねる様に飛んだクリア機が礼二機の背後へ回り込む。礼二は目を瞠った。『フェニックスを追えるのはフェニックスだけ』。そう思ってはいたが、この跳び様はまるでグリフォンの‥‥!
「もらったよ!」
 練剣を振り被ったクリア機は、だが、次の瞬間、力場と安定化装置の効果を失った。出力を増大させたエンジンのパワーに、201の搭載機材が耐えられなくなったのだ。
「クリアさん、特殊能力解除。通常飛行への復帰を!」
 失速しかけたクリア機の後方へ、礼二がすぐさまフォローの為に機位をつける。クリアは再びスタビライザーを起動すると、パニックボタンを押して機を水平飛行に戻した。
「危なかった。やっぱり、エンジンパワーに合わせて他の機材も強化・調整しないと‥‥」


 さらにその翌日。
 この日はKM−S2に搭載したスルトのリミッター解除実験が行われた。
「リミッターカットですか‥‥機体を弄る身としては楽しみではありますが、スリリングですねえ」
 一真の声に苦笑いを浮かべるヴェロニク。とは言え、スピゴはその推力を殆ど揚力に使っているようだし、全翼機ゆえ無理も利かなさそうだ。あくまでエンジンとの相性チェックと特殊能力の影響確認程度でいいかもしれない。
 上空へ上がったヴェロニクは、早速、出力を規定値以上に押し上げた。上がる速度と機体への負荷値‥‥とはいえ、ブースト使用時に比べればまだ余裕がある。ファルコンスナイプは別個の機材であるらしく、バイパスを新たに繋げ直さない限り影響は受けなさそうだ。
 ヴェロニクはエンジン出力を元に戻すと、前方の一真機に目をやった。一真はまだ実験を続けていた。出力をカウントしつつ4基のSES−200エンジンをフルドライブで運転させる。
「‥‥まだ上がるのか。流石のパワーだな、SES−200は」
 呟く一真の目の前で、コンソールが警告の赤ランプを灯した。エンジンの一つがこちらの制御以上に回転数を上げたのだ。
「一真さん!」
「大丈夫。制御不能になるのは予測の内‥‥」
 一真は冷静に問題のエンジンへの燃料供給をカットした。‥‥止まらない。どうやらエンジンの熱で膨張した空気が勝手にエンジンを回しているらしい。と、続けざまに他のエンジンにも警告の赤ランプがつき始める。
「エンジン回転数、オーバーブースト領域を超過。燃料供給をカット‥‥だめだ。どうやら完全に暴走している」
 言いながら、一真は制御装置を中継して全てのエンジンの電源をカットした。これまでに稼いだ速度で機を水平に保ちつつ‥‥やがて、機を降下させながら再点火を試みる。まともに動いたのは3基。その内1基は実験場に帰還する前に停止した。一真はヴェロニクのエスコートを受けながら、残る2基のエンジンで滑走路へと舞い降りた。

 ハンガーへ戻ると、一真は他の整備士たちと共に機からエンジンを下ろしてチェックした。
 エンジンが暴走した理由は、出力の上昇要求と重量機負荷にエンジンが耐えられなくなった事だった。
「ねえ。エンジンの安定にエミタが一役買ってるなら、エンジンか制御装置の一部をエミタで製作して、制御を強化できないかな? 機体にエミタを実装するのはオウガで実装されてるし」
 いいアイデアだとは思うけど、と焼けたエンジンを見下ろしながら、クリアの提案にルーシーは呟いた。機体にエミタを利用するのは、恐らくカプロイアの最新技術だろう。おいそれと技術提供をしてくれるものとは思わない。「剛性が不足しているなら何かで補うとか‥‥例えば、気流制御力場。あれの効果をエンジン内部にまで及ぼせば、エンジンの保護とエンジン内燃焼ガスの高効率制御が可能になりませんか?」
「3室でも考えてたわね。気流制御とか、アクセル・コーティングとか。でも‥‥」
「ああ、分かります。練力消費がさらに激しくなりそうですものね」
 礼二の言葉に頷きながら‥‥ルーシーは溜息を吐いた。


「オーバーブーストの機能追加は魅力的ですが‥‥消費が大きくなりそうなのが懸念材料ですね」
 最終日。最後の実験を終えた能力者たちは、食堂に集まって最後の夕食にありついていた。
 一真がオーバーブーストに言及したのを受け、ラウラがスプーンを持ち上げる。個人的には、オーバーブーストって使い勝手が悪いのよね、と、そう呟いた。
「なんか空回りしている感じ。機体性能を十分に引き出せていないと思う。ブースト中は擬似慣性飛行が可能だから、それを活かす方向性も手じゃないかしら」
 一方、離れたテーブルでは、ヴェロニクがつまらなそうにテーブルに肘を預けていた。試作機製造に忙しいヘンリーは、結局、最後までこちらには来なかった。
「旦那さんとの思い出、か‥‥重いなぁ」
 リリーから苺のムースと引き換えに聞き出したルーシーの事情を思って、ヴェロニクは呟いた。
 学生時代の話を聞くと、なにかこう、胸の辺りがざわざわとする。ヘンリーさん、学生の頃、ルーシーさんの事をどう思っていたんだろう‥‥
「どんな事を願って、誰の為にエンジンを作り始めたのか‥‥それを思い出してくれればいいのにね。そうすれば‥‥」
 向かいに座ったクリアがそう呟く。ヘンリーとヴェロニクを肴にルーシーと話をしようと思っていたのだが‥‥ルーシーは現場に詰めっぱなしで、遂にその機会は訪れなかった。
「覚えているからこそ、かもしれないぞ」
 食事のトレイを持ってきたアクセルが椅子に座りながらそう言った。
「当時の地元紙をファックスで送ってもらった。‥‥グランチェスター重工は、ドロームに買収工作をしかけられていたらしい」