タイトル:UT 米西海岸航空消耗戦マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/07 17:45

●オープニング本文


 アメリカ西部戦線──北米大陸西海岸における主戦場は、言うまでもなく、バグア支配地域のメキシコに接したロサンゼルス近郊である。
 敵の主攻は、メキシコより発して来たるバグア中米軍。キメラと陸戦ワームを主体とする混成部隊であり、HW等の航空戦力がこれを支援する。その戦力は決して少ないものではなく、かつてはロス市内の一角にまでキメラが侵入、跋扈するような事態も度々発生し、政府と軍に対する市民感情を著しく悪化させたりもした。
 だが、それも今は昔。ロスの南に築かれたアーバイン橋頭堡により確固とした防衛が構築されて以降は、その様な事態はただの一度も起きていない。南米での戦いで少なからぬ予備戦力を失ったバグア中米軍は、新型機の配備等、戦力の増強を続けるUPC北中央軍を突破できなくなっていたのである。
 現在、軍は戦線をサンディエゴまで押し返している。西部戦線における彼我の戦力比は、未だ『逆転した』とまでは言い切れぬものの‥‥
 少なくとも『拮抗した』と言っても差し支えはないだろう。


 2011年初頭 サンフランシスコ、UPC北中央軍西方司令部──
 この日も、メキシコを発したバグアの『定期便』──小型HWと中型HW(爆撃機型)を中心とするバグアの西海岸攻撃隊は、ロスより飛び立った北中央軍の迎撃隊によって追い返されていた。かつてはHWの機体性能とキメラの数的優位を活かして激しく攻め立ててきた敵も、ここ最近は碌に戦火を交える事無く撤退する事が多くなってきた。被弾した機体からさっさと離脱を始め、残存戦力はそれを守る様に後退していく‥‥ 恐らく、敵は損害を抑える事を今は優先しているのだろう。
 西方司令部の防空指揮所に設置された大型三面モニターには、小競り合い程度の戦闘を終えて引き返していく彼我戦力の様子が、矢印と兵科記号とで表記されていた。アーバイン上空で旋回している青い矢印が軍の迎撃KV隊。メキシコへ引き返す赤い矢印がバグアの主攻『定期便』だ。その赤色の殿軍には、上下両面に圧倒的な火力を誇る中型HW(ガンシップ型)の立方陣。ここ最近良く見かける様になったバグアの後退陣形で、かつて一度、追撃をかけた部隊が逆に『空中で包囲殲滅』されかけた事がある。西方司令部の参謀たちは迎撃機隊に追撃を禁じた。敵は未だ数が多く、隊形も乱れていない。慣性制御技術で飛行するバグアならではの『攻撃的な』後退陣形を打ち崩すには不利な態勢と言わざるを得なかった。
 敵主攻の撤退に合わせたかの様に、敵の助攻──アメリカ中央部から西海岸の各基地を目指して飛来したバグアの攻撃編隊も後退を開始した。シアトル、ロサンゼルス、サンフランシスコ‥‥各都市へと伸び、青い壁に阻まれていた赤い矢印が踵を返して戻っていく‥‥ バグアは今日も西海岸への攻撃を行う事ができず、西方司令部は敵の戦略的目的の達成を退けた。
 だというのに、西方司令部の参謀たちは厳つい表情を崩さず、戦術モニターを見つめ続けていた。引き潮の様に退いていく戦闘の波‥‥その中で唯一、戦闘が終わらぬ地域があったからだ。
 アメリカ ユタ州 州都近郊上空──
 現在、軍民合わせて1万6千人以上が敵中に孤立するかの地では軍地上部隊による救出作戦が展開されており、制空権を廻る戦いが今も『定期便』とは関係なしに繰り広げられている。
 状況は良いとは言えない。
 元々、敵助攻に対する防衛方針は、ロッキー山脈を越えて長駆してきた敵編隊を引きつけ、州外上空にて迎撃するというものだった。補給線の短さをフル活用して戦線を維持してきたのだ。
 だが、突発的に開始される羽目になった今回の救出作戦では、制空権を確保する為、ユタ上空まで航空戦力を進出させての迎撃戦を余儀なくされている。折りしも南米の大規模作戦に合わせて物資を供出した直後だった事もあり、この一連の戦闘は西方司令部に大きな負担となっていた。
(‥‥ここまでか?)
 ユタ州方面を担当していた作戦参謀の一人は、戦術モニターの画面を見ながら奥歯を噛み締めた。西海岸防衛に影響が出ない予備戦力、新規戦力を動員してのユタ上空制空戦だったが、これ以上の継続はどうやら不可能なようだった。KV戦力的には(充分とは言えぬまでも)まだ余裕がある。問題は物資の不足とパイロットの疲労の方だった。敵は断続的にユタ上空の戦力を増強し、こちらの消耗を図ってきた。ユタ州内に出撃拠点を確保・維持できない以上、こちらも西海岸(よくてもネバダ西部辺り)から長駆していく事になる。こういう長期戦の場合は無人機の方が有利となる。
 本来、小型HWとの単騎戦闘においても優位であるはずのF−201Cに損害が出始めた事を受け、参謀たちはこれ以上の戦闘継続は不可能と判断した。それは即ち、ユタ州都近郊地域で行われている救出作戦の打ち切りを意味していた。航空優勢を確保できない以上、地上での救出活動は維持できない。
 参謀たちの意見具申を受けた司令官は、机の下で拳を握り締めつつ、だが、表情には出さずに頷いた。
 司令官には分かっていた。その決断が、ユタに取り残された人々を再び敵中に孤立させるものだと言う事を。だが、決断する事が司令官の役割だ。進むも退くも泥沼だと言うのなら、より浅い方へ進まなければならない──
 司令官は立ち上がった。そして、ユタ州派遣部隊の撤収を命じようとしたまさにその時。
 一通の命令伝が西方司令部に飛び込んできたのだった。
「オタワからです。‥‥『西方司令部は投入できる全ての予備戦力を以って、大陸中央部のバグア航空戦力を可能な限り漸減・拘束すべし』‥‥!」
 命令書には、西方司令部に補給される物資のリストが添付されていた。武器・弾薬・食料・医療品──いずれも作戦を行うのに充分以上な量があった。中には、機種転換訓練を終えたパイロットと補充・増援のF−201Cも含まれていた。
「‥‥どうやら、オタワは東部戦線で何やら企んでいそうですな?」
 参謀の一人がチラと司令官を見やった。司令官は素知らぬ顔で命令書に視線を落とした。
「ともあれ、これで堂々とユタに航空戦力を送り込めます。‥‥オペレーター! 各基地に連絡。救出作戦は継続する。倉庫の扉を開けろ。ユタの空からバグアを叩き出してやれ!」

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
井出 一真(ga6977
22歳・♂・AA
山崎 健二(ga8182
26歳・♂・AA
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

 その頃、ユタ州上空では激戦が繰り広げられていた。
 整然と列を成して迫り来る敵編隊。引き倒した操縦桿に合わせて回る空と大地── 遠く雲霞の如き敵に向け、誘導弾を放つF−201C隊の翼が重い。物資に余裕なく、戦力も十分と言えず‥‥その上、敵中に突出しての防空戦を余儀なくされている。
 蓄積する疲労、鈍る判断力。翼を並べる僚機たちと、そして、自らの内にそれを感じながら、パピルサグのパイロット、響 愛華(ga4681)は正規軍の若きパイロットたちに呼びかけた。
「無理に突出する事はないよ! 今は『生き残る事』を優先して!」
 自分たちが墜ちてしまえば、この空を護れる者がいなくなる。愛華は残った体力を振り絞ると味方の盾になるよう前に出た。S−01COP隊と共に狙撃砲を撃ち放ち、敵の射程に入る前にその翼を翻す。
 一方のバグアHW隊もまた、損耗を抑える事を優先した戦い方をしていた。
 並列で前進して来た小型HWが一斉にフェザー砲を撃ち放ち、ダメージが蓄積する前にさっさと後続と交代する。『子持ち』(爆撃機型)や『針鼠』(ガンシップ型)といった中型各機は後方に控えたまま動かない。無理に前進を図らず、目の前の敵に消耗を強いるつもりのようだ。
「‥‥まったく、厄介な奴らじゃのぉ」
 愛華に続いて88mm光線砲を放つ雷電のコクピットの中で、綾嶺・桜(ga3143)は分厚い陣形を維持する敵を見やって呆れた様に呟いた。まるで、迫り来る城壁にか細い矢を射掛けているような気分になる。とは言え、自分たちが削り続けなければ、ユタ上空の制空権は奴等に奪われてしまう。
 愛華は首を振った。この空の下には軍民合わせてまだ1万5千人以上が取り残されている。──まだ、この空を譲るわけにはいかない。
「行くぞ、愛華! 敵が退く前に1機ずつ片付けるのじゃ!」
 高度を稼ぎながら旋回を終えた桜の雷電が再び突進を開始する。大きく返事をしてそれに後続する愛華。断続的に撃ち込まれる光線砲と狙撃砲の火線が『壁』の一角に集中し、立て続けに装甲を撃ち貫かれたHWが火を噴き、爆散する。
 だが、その穴はすぐに後列によって埋められた。旋回に移った桜機と愛華機を、砲列から放たれた光条の雨が追う。
「これは‥‥無人機による『車懸かり』か『三段撃ち』か」
「キリないわねー。狙いの針鼠は引っ込んでるし‥‥このまま遠距離からちまっとやってても埒明かないワ」
 シュテルン・Gの操縦席で、叢雲(ga2494)と阿野次 のもじ(ga5480)は戦場を見下ろしながら、声に疲労を滲ませた。
「では?」
「押し通る!」
「‥‥つきあいます。空戦は専門ですし‥‥ま、やれるだけやりましょう」
 流石、ムラちゃん、男前! と茶化しながら、元気良く跳ねる様に突撃を開始するのもじ。ちょっぴり照れつつ叢雲が続く。
 敵編隊上方から後衛の針鼠目掛けて突進する2機に対して、小型HW隊の一部が中型の前に壁を作った。一斉に斜め上を向いた砲列が迎撃の砲火を上げる。
 叢雲は兵装に88mm光線砲を選択すると、その小型HW群に向けて光の槍を撃ち下ろした。その光線に貫かれて爆発するHW。構わず撃ち上げられる『対空砲火』。直線的に突っ込んでいた2機のシュテルンがパッと散開して敵の弾幕を二つに割りつつ、それぞれ違う軌跡を描いきながら同じ一点に突入した。
 火線をヒラリ、ヒラリと翼でかわしたのもじ機が機首下の30mm重機関砲を撃ち放つ。針路上の敵が砕けて爆発し‥‥その陣形に穿った穴から突入していくのもじ。続けて突っ込んだ叢雲は、のもじ機が剣翼で切り裂いた敵の残骸をロールでかわし‥‥自らも剣翼で敵を切り捨てながら突き進む。
 のもじと叢雲の二人は、その調子で小型HWの第3陣までを突破した。しかし、そこで整然と砲火を集中してきた敵の火線に阻まれた。針鼠への突破を諦めた二人は、降下による加速を続けながら敵編隊の下へと抜けた。
「だめです。敵の前進を阻めない‥‥。これ以上は保ちません!」
 正規軍の女性パイロットがそう『冷静な弱音』を口にする。愛華は唇を噛み締め、桜は風防に拳を叩き付けた。航空優勢が失われれば、州都近郊の救出作戦は中断されてしまうだろう。ここまで来て、と無念が滲む‥‥

「だよなぁ。ここまできて地上の皆を見捨てるとかねえよ」

 聞き覚えのある声がレシーバー越しに耳朶を打った。
 と、西の空から放たれた一筋の帯電粒子加速砲の光条が1機のHWに突き刺さり‥‥ 二つにひしゃげて爆発した。
 疲労した味方編隊の頭上を飛び越え、敵へと突き進む2機のKV── それは、龍深城・我斬(ga8283)のシラヌイS2型と、山崎 健二(ga8182)のディアブロだった。
「我斬さん?! それに、健二さん!」
「よぉ、みんな。まだ生きてるか?」
 そう言って翼を振った健二のディアブロが荷電粒子砲から兵装をエネルギー集積砲に変え、新たな大型兵装の一撃を叩き込んだ。
 その横に翼を並べた我斬のシラヌイS2がK−02を撃ち放つ。機体各所のコンテナから放たれた小型誘導弾が空を奔り、『壁』の一面に爆炎の華が咲く。
 健二機と我斬機のすぐ後には、正規軍の新規兵力が後続していた。その先頭には2機の傭兵機。ドクター・ウェスト(ga0241)の雷電と井出 一真(ga6977)の阿修羅がいた。
「けっひゃっひゃっ! 待たせたね〜、今の内に補給に戻るといいよ〜」
「援軍か! よし、一旦補給に戻らせて貰うのじゃ。ミサイルだけでも積み直さねば‥‥」
「助かった‥‥ここはお願いするんだよ。なるべく早く戻って来るからね‥‥!」
 東進するドクターの雷電と桜機・愛華機がすれ違う。ユタ上空で戦っていたKV隊は順次、入れ替わるように後退していった。
「じゃあ、行こうか相棒。夜修羅のコンビネーションを見せてやろうじゃないの。‥‥まずはユタ上空、この戦線から虫どもを叩き出す!」
 我斬は自らのミサイル群がこじ開けた敵陣の綻び、その只中へと突っ込んだ。機を振り十式バルカンをばら撒いて損傷した敵機を打ち払いつつ‥‥火線の鞭でもって、陣を離れて孤立したHWを『相棒』たる健二機の射線へと追い込んでいく。口笛を吹き鳴らしながら、前方へと『転がり出てきた』それを照準して──ついでに、我斬機の側後方に回り込もうとした1機も叩き落としつつ、次々と集積砲を放つ健二。光条と火線が交錯し、前と横から撃ち貫かれたHWが火を噴き、独楽の様に墜ちていく。
 小型HWが一斉に退き始めた。損傷機を内側に庇いつつ、潮が引くように整然と後退して行くHWの群れ。自然、それまで最後衛にいた針鼠の立方陣が殿として隊列の底に──こちらから見れば前列に出て来る。
 迫り来るKV各機に向けて、針鼠は長距離狙撃用ポジトロン砲を一斉に撃ち放った。刃の様に鋭い光線が宙を走り、正規軍機が慌てた様に追撃を中断して回避に転じる。
「どうにもやっかいな敵がいるようですね」
 その様子を見ていた一真が小さく眉をひそめた。それを聞いた我斬が頷く。
「問題はあの立方陣だ。単機で突っ込んだら、即、地獄行きだ」
「‥‥近づきすぎても離れすぎてもダメって、まさにハリネズミのジレンマってヤツだぜ。まったく笑えねぇ展開だな」
 肩を竦める健二に、我斬は苦笑しながら頷いた。敵の弾幕兵装の射程に入らぬように気をつけながら、複数機で多方向から同時に攻撃。敵の攻撃を分散させつつ、敵包囲網が完成する前に針鼠を落としていくしかない。
「ドクター、どうやら俺の機体の方が小回りが利くようです。攪乱役となって攻撃機会を作りますので、ドクターの方で攻撃してください」
「ふむ‥‥了解だよ、カズマ君。君の力を見させてもらうとしよう。ひゃひゃ」
 速度を上げる一真の阿修羅。ドクターの雷電の各所からI−01『ドゥオーモ』が──非物理攻撃式小型誘導弾が一斉に撃ち放たれる。その軌跡を風防越しに見ながら、一真は兵装をK−02にスイッチした。阿修羅の全身から放たれるマイクロミサイル。空を乱舞する白煙の軌跡へ向け、針鼠から迎撃の弾幕が放たれ‥‥宙に煌く爆炎の華を突破した誘導弾の群れがガンシップに襲い掛かる。
 次々と命中した誘導弾が針鼠表面の火砲を吹き飛ばし、炸裂した雷撃が砲塔内に誘爆を引き起こす。健二と我斬は迎撃されたミサイルの爆煙を隠れ蓑にする様にしながら、それぞれ別方向から突っ込んだ。
 放たれる迎撃のポジトロン砲。それをかわし、或いはAECで受け凌ぎながら、88mm光線砲と長距離バルカンを撃ち放つ健二と我斬。そこへさらに正規軍機から誘導弾が撃ち放たれ、集中攻撃を受けたその1機──立方陣最外縁の角に位置する針鼠が火を吹きながら徐々に速度と高度を落とし、落伍していく。
 一真はその様子を見やりながら、さらに奥へと突っ込んだ。被弾して煙を吐いてる1機を目標に定め‥‥正規軍機が放った誘導弾の白煙から飛び出し、斜め上方から襲い掛かる。誘導弾に対する迎撃と応射を放つ針鼠の、その砲口が一斉に一真機を指向する。風防越しにそれを確認した一真は、瞬間的に操縦桿を横に引き倒した。急激なGにより狭まった視界を流れ行く針鼠。一真はそこへ長距離バルカンを撃ち放った。着弾が針鼠の機体を走り、小爆発が線を形作る。さらに次々と誘導弾が着弾して‥‥その1機もまた、敵編隊から落伍していく。
「対艦荷電粒子砲、粒子加速器へ動力伝達。G放電装置、出力上昇‥‥」
 後衛に残った雷電のコクピットで、ドクターは小隊【西研】名物のGS攻撃の一つ『Gストリーム・エクセレント』の準備を進めていた。複数機で行うG放電装置と知覚武器による集中攻撃だ。
「今はひとりだけどね〜」
 言いながら、機首を正面の1機に向けて照準し‥‥スロットルを全開にしてアクチュエーターを起動する。ロックオン完了を告げる電子音。ドクターが引き金を引き絞る。
 帯電していた高電力が放たれ稲妻となって荒れ狂い、解放された荷電粒子が奔流となって空を奔る。針鼠表面の装甲を焼いて走る稲光が砲塔を吹き飛ばし‥‥突き刺さった光の槍が、一際大きな爆発を引き起こした。

 ガンシップの撃墜は、敵が攻撃的後退陣形を確立して以後、初めてとなる大きな戦果だった。この調子で陣の要となる針鼠を落としていけば、敵は以後の戦いでこの陣形を維持する事ができなくなるかもしれない。
 だが、この戦いに限って言えば──この時にはもう、敵は包囲網を完成させつつあった。
 針鼠を中心に漏斗状に展開した小型HWの群れが逆進し、花がしぼむ様に──或いは、獲物を捉える蛸の様に、急速にその包囲網を収縮させる。
「全機、直ちに敵正面より退避!」
 四方から放たれる火線の網。擦過した怪光線に装甲を焼かれながら、目まぐるしく機を機動させた一真がその砲火をすり抜ける。
 半包囲網から逃れて、能力者たちは後ろを振り返った。‥‥再び潮が引く様に下がる小型HW。正規軍機の何機かが逃げ切れずに巻き込まれたようだった。
 健二が呟いた。
「無茶をせず、損傷と損耗を抑え、戦闘を継続・維持しつつ敵を葬る、か‥‥ なんか、帰りたくなる様な作戦だな」
 だが、やるしかない。再び後退を始めた敵編隊に向け、能力者たちは操縦桿を傾けた。


 ネバダ州西部の前衛基地に降り立った叢雲、桜、愛華、のもじの4人は、機体が補給と簡易整備を受ける間、休憩がてら機を降りた。
 食堂に集まった女性3人の所へ、叢雲が正規軍から聞いてきた話を告げる。曰く、正規軍はユタ上空で敵を引き付けている間に、迂回部隊で後方の敵前衛基地を攻撃するつもりらしい。既に攻撃隊が西海岸の基地を発したそうだ。
「んーーー? ‥‥予定変更。爆撃隊についていくわよ」
 のもじはそう言って機に戻り、航空地図を広げた。軽食(?)を全て平らげた愛華と桜もハンガーに戻り、対地攻撃用のフレア弾とロケット弾を装備するよう整備兵に要求する。
 先んじて空へと上がったのもじと叢雲は、侵攻ルート上を先行した。迎撃機が上がってくるようであれば、攻撃隊を別ルートに迂回させる為だった。

 一方、ユタ上空で敵と交戦するドクター、一真、健二、我斬の4人は、一進一退を繰り広げながら戦闘を続けていた。
 全体を俯瞰すれば、後退する敵をユタ州東部へ少しずつ押し込んでいる形にはなる。だが、彼我の消耗は激しく、大きな損害を受けて戦場を離脱する機体が増えてきた。
「まだまだいけるよな、相棒?」
「勿論‥‥と言いたいところだが、そろそろ腹が減ったかな」
 機体の不具合を表す警告の赤ランプが光るコンソールを見やりながら、我斬は健二にそう答えた。
 能力者たちは交代で補給に戻る事にした。まずは健二と我斬が前衛基地に戻る為にその翼を翻す。
「弾薬と燃料を最優先だ! 機体の方は最悪、飛べりゃ何とかする!」
 二人が補給と整備を済ませた時、けたたましく警報が鳴り響いた。バグア中米軍の大編隊がこれまでにない規模で、西海岸に向け侵攻を開始したのだ。
 西海岸の防衛部隊、そして、前衛基地のKV隊にもスクランブルがかけられた。慌てて西海岸上空へと移動する健二と我斬。並み居る正規軍KV隊と共に中米軍を迎え撃つ。
 だが、向かってきた中米軍の大部隊は、その殆どがマイクロワーム──センサーを欺瞞するだけの超小型ワームだった。軍はまんまと囮に誘引されたのだ。
 中米軍の『侵攻』とタイミングを合わせ、攻勢に出るユタ上空のバグア軍。それをドクターと一真が正規軍部隊と迎え撃つ。
「どうやら補給に戻る暇はないぞ、カズマ君」
 増援も、交代もなく、消耗戦を強いられる人類側。地上部隊の事を考えれば最早退く場所はない。1機、また1機と墜ちていく正規軍機。戦力比が開き始め、奮戦するドクターと一真にかかる負担が大きくなる‥‥
 と、そこへ、西海岸から戻った健二と我斬、そして、正規軍が戻ってきた。
 敵編隊は退き始めた。増援もさる事ながら、バグア前衛基地に向けて軍の攻撃隊が向かっている事が判明したからだ。追撃をかける人類軍。バグアはそれを後退陣形で迎え撃つ‥‥
 その攻撃隊による敵前衛基地に対する爆撃は、このまま進むと敵中に孤立する事になる算段が大きくなったため、中止された。攻撃機は爆弾と対地ミサイルを投棄。身軽になって離脱を図る。
 敵が集まってくる事を考慮したのもじの提案により、攻撃隊はユタ上空を迂回して西へと進むことにした。

「痛み分け‥‥か?」
 サンフランシスコの西方司令部で、参謀たちは彼我の戦力配置を見やって呟いた。
 ユタ上空の戦いで、こちらは敵後退陣形の要となるガンシップを複数、撃墜。小型HWにも少なくない損害を与えた。
 同時に、正規軍は中米軍の囮に誘引された挙句、戦力分散した所を叩かれた。
「とはいえ‥‥」
 米大陸中央の敵戦力はこちらの『出し物』につきあってくれている。
 少なくともこの時点において、中央の敵を拘束する、というオタワからの命令は果たせそうだった。