●リプレイ本文
「これは‥‥不味い事になりましたね」
瓦礫の山の上に立ち、東進して来るゴーレムを双眼鏡で眺めながら。セラ・インフィールド(
ga1889)は、糸の様な目をさらに細めた。笑った様な顔の造り。眉だけが困った様に山を作る。
「‥‥土木作業でのデータ収集、のはずだったのになぁ」
「私もちょっと噂の歩兵戦闘車型KVを見学に来ただけなんだけど」
セラの双眼鏡は、隣に立つツァディ・クラモト(
ga6649)からさらに隣りの伊佐美 希明(
ga0214)の手を渡り歩き‥‥最後に鏑木 硯(
ga0280)の手に納まった。
ゆっくりと、一定の歩幅でこちらへとやって来るゴーレムが双眼鏡の狭い視界に映る。接触は回避できそうに無かった。
硯は唇をキュッと噛むと、瓦礫の斜面を一気に後方へと駆け下りた。駆け下りながら眼下の視界に白衣を探す。見つけた。やはりあれはよく目立つ。
「ヘンリーさん! すぐに周辺部隊へゴーレム出現を伝えて応援要請を‥‥!」
叫ぶ硯をヘンリーが手で制した。足を緩める硯。ヘンリーのすぐ横でモリスが指揮車両に上半身を突っ込んでいる。既に援軍要請は行われているようだった。
「オタワからKV2個小隊を回させた。到着まで10分といったところか」
無線機を兵に返したモリスが振り返って背広の襟を整える。その瞳が興味深そうに能力者たちを捉えていた。
「‥‥さて、君たちはどうするね?」
「勿論、ゴーレムを倒します」
追いついて来たセラが言う。返答は素早く淀み無かった。
シカゴでは激しい戦闘が続けられている。ここであのゴーレムを倒して置かねば、オタワ・デトロイト間の補給線はその脅威に晒され続ける事になる。
「だが、あの『リッジウェイ』は試作機だ。ハード的にはともかく、新型相手の実戦には堪えられない」
「時間稼ぎくらいは何とかなるでしょう。装甲と耐久力は優れてるんですよね?」
勿論だ、と答えるヘンリーににっこりと笑って、硯は、出しっぱなしのテーブルの上にこの周辺の地図を広げて見せた。リッジウェイに乗る叢雲(
ga2494)の友人、葵 宙華があらかじめ作っておいた地図のコピーだ。戦争で色々と状況の変わるこのご時世、その中で最新の地図となる。
「ゴーレムの足を止めます。幸い、ここには崩すべき瓦礫も崩す為の爆薬もたくさんある」
硯の言葉に、「ちょっと待て」と指揮車から工兵隊の指揮官が顔を出す。その顔は不機嫌に歪んでいた。
「その話の流れからすると、俺たち工兵をそれに巻き込むつもりか‥‥?」
「うん」
あっけなく、ツァディは頷いた。
「と、いうわけで。工兵さんたち貸してくれません?」
「馬鹿を言うな! あんな巨人どもが格闘する真下に部下たちをやれるものか!」
物凄い剣幕で怒鳴る指揮官に、ツァディは「あちゃあ」と首を振った。代わりにセラがその正面に立つ。
「お願いします。一刻も早くアレを倒して補給路を修復しないと、前線で戦っている皆に負担が掛かるんです。私たちには土木関係の知識は殆どありません。力を貸して下さい。作業中の護衛は私たちが引き受けます。なんでしたら無線で指示を出して下さるだけでも構いませんから‥‥!」
お願いします、と頭を下げるセラ。硯が続き、ツァディもペコリと頭を下げる。
工兵部隊の指揮官は言葉を詰まらせた。
「〜〜〜〜っ! 馬鹿野郎共が! 発破なんざ一朝一夕に出来るもんじゃないんだ。トーシロ共に任せれるわけないだろうが!」
ダメか、と肩を落とすセラと硯。ツァディだけが、小さく笑った。
「爆破は俺たち工兵がやる。俺たちも軍人だ。きっちりやってやるさ!」
セラと硯の顔が明るく弾けた。二人は指揮車から降りて来た指揮官を迎えると、早速、爆破場所の検討を始めた。
「どこかゴーレムを押し潰すのに適した場所はないですか? ある程度開けていて、ある程度の高さの廃墟がある所がいいです」
「今は避難しているが、住人はまだここいらに住んでいるんだぞ? 勝手に爆破したら権利関係が煩い」
「地図に無いですか? 崩しても文句の出ないような建物は。出来れば補給路は傷つけない方向で」
地図を見ながらあーだこーだと始める3人。ツァディはそっとモリスたちの所まで退いた。
「試作機、無事だといいですねぇ‥‥」
ボソリと呟く。モリスの返答はツァディの予想の範囲内だった。
「実用機は再設計機だ。対ゴーレムの戦闘データが得られるのなら、旧設計の試作機など壊れてくれても構わんよ」
馬鹿を言うな、と。モリスの後ろで、ヘンリーが吐き捨てた。
「M−12帯電粒子加速砲、制御ソフトをインストール‥‥良し。練力確認‥‥うん、2発ならこの試作機でも十分かな」
リッジウェイの狭い『銃座』──仮設の砲手席にちょこんとその身を乗せながら。月森 花(
ga0053)は2号機の戦闘準備を着々と進めていた。ぼんやりと薄暗い車内照明、そこに光る電子灯。唯一の視界は照準器だけという閉塞感に身じろぎしながら、花は「うう‥‥クマさん、ボク、頑張るからね‥‥」と呟きながら照準器に目を通した。KVのHUDを流用したそれに各種情報が表示され‥‥よし、全て問題なし、だ。
「藍紗さん、初めての機体だし‥‥色々と試してみて」
瞳を金色に変えた花が落ち着き払った表情で口元の無線機に呼びかけた。照準器の向こうにはペースを変えずに歩み寄るゴーレムの姿。機体制御能力に運動性能、耐久性能等、アレを相手に調べなければいけない事は山ほどある。
「‥‥さて、色々試すことが出来る相手だといいのじゃが」
密閉型の操縦席。リッジウェイの少し重めの機動に思考と操作を慣熟させながら‥‥藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)は、モニターに映る敵を見つめて呟いた。
バグアの新型地上用ワーム『ゴーレム』。先のミシガン湖畔での戦闘でエース級の機体に遭遇した時の事を思い出す。
「‥‥気を引き締めて、掛からねばな」
一方、1号機の銃座にその身体を押し込める叢雲は、無線機を耳に当てながら親友が作った地図の上に指をなぞらせていた。その1点に赤ペンで丸を描き、ここからのルートを走らせる。宙華の作ったマップは、戦闘による被害で封鎖された道路等、最新の情報が記してあった。
「‥‥了解です。では、その通りに」
無線機の向こうの爆弾設置班に返事をして、叢雲は操縦席の緋沼 京夜(
ga6138)と僚機の二人に声をかけた。
「さて、皆さん。パーティーの準備が整うまで、俺たちはアレの足止めです。時間を稼ぎながら会場までエスコートします。では、京夜さん。よろしく」
「おうさ。牽制は任せる。頼んだぜ。‥‥藍紗もな。俺の背中を預けるんだ。ドジるなよ、相棒?」
「わ、分かっておるっ。そちらこそ、容易く突破などされるでないぞっ!」
1音程高い声で答える藍紗。赤くなる頬の熱を感じ、ブンブンと頭を振った。
2機のリッジウェイは前衛と後衛とに分かれると、盾を構えて前進を開始した。ズシン、ズシン、と、彼我共に『徒歩』で距離を詰める。やがて、銃座に座る二人の砲手の耳に、ピピッ、と電子音が鳴り響いた。
「目標補足。攻撃準備良し」
「発射」
2機同時に、砲塔横のランチャーから多目的誘導弾が発射された。白煙の尾を曳きながら、ほぼ一直線にゴーレムへと向けて飛翔する誘導弾。敵は変わらず歩みを続け、命中する直前になってようやくその足を止めた。
直後、ゴーレムの表面で爆ぜる爆炎の華2つ。ゴーレムはたたらを踏んでよろけながらも踏ん張り、次の瞬間、新たな敵を認めて走り出す。
その敵機の機動に、叢雲は小さく眉をひそめた。もしかして、奴はセンサー系に損傷を受けていたのだろうか‥‥?
「叢雲!?」
京夜の声に我に返り、叢雲は射撃を継続する。再び誘導弾を撃ち放ち、それを追う様に20mmの火線を敵へと伸ばす。
ゴーレムがビルの陰へと飛び込み、それを追った誘導弾がビルに阻まれ砕け散る。
「敵は!?」
見失う。センサー類が妨害される有視界戦闘。市街地で敵を捉え続ける事は難しい。
2機のリッジウェイは陣形を維持したまま隣の街路へと移動して‥‥飛び出した時、敵はすぐ目の前にいた。
「野郎っ!」
迷い無く繰り出されたゴーレムの槍がリッジウェイの腰部装甲を削り取る。京夜も根元を握ったハンマーで反撃。受けたゴーレムの盾ごと殴りつける。
「どうだっ! LV10ハンマーボールの威力はよっ!」
グシャリ、と歪む盾。一歩退がったゴーレムに、じゃらりと鎖を滑らせてさらに殴り掛かる。牽制で撃ち放たれた20mmを盾で受けつつ、ゴーレムはありえない重心移動でそれをかわす。気にせずに再攻撃。幾ら避けられても構わない。相手に重力制御を使わせれば、その分、敵は早く練力を消耗する‥‥!
「こらっ、京夜殿っ! 無理をするでない、交代じゃ!」
無線機から聞こえる藍紗の声が、大きな金属音に掻き消された。槍の穂先が盾の表面を削り、肩口の装甲に突き刺さっていた。
爆弾の設置にはまだ時間が掛かりそうだった。
KV組も中々に大変そうだ。
「ぼけっと見ている訳にもいかないか‥‥」
希明は長弓をその手に取ると、無人の街路を戦場へとひた走った。遠雷の様に響く戦いの音。ビルとビルの間に木霊する激しい金属音を聞きながら‥‥その気配を近くに感じて近場のビルへ潜り込む。
戦場は、すぐに向こうからやって来た。
20mmを撃ち放ちながらゆっくりと後退する1号機。そのすぐ後にゴーレムと格闘する2号機が押し込まれてくる。
「こやつ、無人機か!」
藍紗が叫ぶ。エース機と比べればその動きは単純で鈍重。だが、使い捨て同然に投入されたとはいえ、敵地の只中に降下する分装備は優秀なようだった。
繰り出された槍を盾で受ける。そのまま受け流しつつ、ヘッジローの爪で絡め取ろうと捻り込み‥‥ぐにゃり、とその爪が捻じ曲がる。ゴーレムの『膂力』を前に『繊細な』高速振動爪は側方強度が足りなかった。
引き抜かれた槍が再び突き出される。間に合わない。衝撃。胸部装甲がベコリとへこむ。
ガアァァンッ‥‥!
巨大な金属同士がぶつかり合う轟音。頭上の巨人の格闘に見入っていた希明は、我に返って慌てて長弓に矢を番えた。
「弾頭矢は2発‥‥せめてゴーレムの気を引く位は‥‥」
呟く希明。その顔の左半面に影が差す。ギラリと光る光点一つ。引き絞った長弓がギリ‥‥と悲鳴を一つ上げ、物凄い勢いで矢を吐き出した。
バァン、とゴーレム膝裏の関節部で弾頭矢が炸裂する。効果は見えない。だが、構わず希明は第2射を放った。
再び爆発。その瞬間、新たな敵を感知して、一瞬、ゴーレムの『気が逸れ』た。
「‥‥頭を貰う」
間髪入れず、花が至近距離から頭部目掛けて機銃を連射した。顔面で爆ぜる20mm。ゴーレムのセンサーが幾つか弾けて散った。
よろめいたゴーレムがビルに手をつく。降り注ぐ瓦礫の中を希明は慌てて離脱した。
「爆弾の設置、まだですか!?」
とある雑居ビルの1階部分。空っぽのエントランスにセラの焦った声が響いた。
柱に削岩機で穴を開けて爆薬を詰めていく。時間が無いので一部はそのままC4を巻き付けた。
「これでちゃんとゴーレムの上に倒れます?」
「分からん。ちゃんとした計算をしないでの作業だからな」
勘だ、と叫ぶ工兵隊指揮官に、セラがそんな無茶な、と肩を落とす。
ツァディはそれを淡々とした表情で見守っていた。なるようにしかならないさ、という諦観にも似た思いが心の中にたゆたっている‥‥
やがて、能力者たちの無線機に、現場から作業完了の報告が次々と入って来た。エントランスに全員が戻って来るのを確認してから、指揮官はセラにひとつ頷いた。
「撤収します。時間がありません。急いで下さい」
慌てつつも整然と、工兵たちが車両に乗車する。手にした爆破スイッチを見下ろすツァディ。場所が場所だけに、余り遠く離れたら起爆できないのだが‥‥
「なるようにしかならないかなぁ‥‥」
ポリポリとツァディが頭を掻く。その肩を硯がポンと叩いた。
「俺がスイッチを押しますよ。この中で一番逃げ足が速いのは俺ですから」
てらいもせずに微笑む硯。ツァディは硯に理がある事を確認して‥‥畜生、いい男じゃねぇか、と心中で呟き、それを硯に手渡した。
「じゃ、頼んます」
「はい」
ツァディは硯を一人残すと工兵たちが乗り込んだ車の一つに飛び乗った。急いで出発するように運転者に促す。これまでの作業と覚悟を無駄にするわけにはいかなかった。
「爆破作業班からKV班。トラップ設置完了。後はよろしくど〜ぞ」
「左腕部アクチュエーター負荷増大。これだけ盾を殴られ続けたら流石にダメージも蓄積しますか」
激しく振動する機内で、叢雲は淡々と呟いた。無線機からはまだまだ元気な京夜の声が聞こえてくる。それに微笑を浮かべながら、叢雲は膝の上に広げた地図に視線を落とした。
「あ、次の角を右です。パーティー会場はすぐそこですよ」
作業班からの連絡を受け、2機のKVは交互にダメージを散らしながらゴーレムを目的地まで引っ張った。その挙動に有人機なら不審を抱いたかもしれないが、無人機にそこまでの応用力はない。
盾を構え、20mmを撃ち放ちながら後退する。ゴーレムも盾を構えて喰らいつき‥‥
ズズン‥‥!
と。大地が鈍く振動した。
同時に、横のビルから激しく噴き出す埃と爆煙。爆破スイッチを押した硯が『瞬天速』で走り去る。
「京夜殿!」
「おう!」
無人機が事態を把握するまでのほんの一瞬。藍紗と京夜が同時にシールドでゴーレムを押し返した。即座に離脱する2機。立ち尽くすゴーレムの真上に、天を覆い尽くした巨大なビルが落ちてきた。
流石のフォースフィールドも、その質量を支える事など出来なかった。
むしろ、これで致命傷を与えられなかった事こそ脅威であろう。
ギチギチと、嫌な駆動音を立てながらコンクリの山から這い出したゴーレムを待っていたのは、狙い済ました粒子砲の砲口だった。
「月森殿、任せる」
呟き、藍紗は右腕のコントロールを砲手に手渡した。粒子砲の照準にリンクして動く右腕。花は何の感慨も伴わずに引鉄を引き絞り‥‥かのゴーレムはあっけなく爆散して果てた。
●
今回の戦闘で、オタワ・デトロイト間に降下した敵戦力はその全てが掃討された。
「お蔭で片付けるべき瓦礫が増えたがな」
工兵隊指揮官はそう悪態を吐くが、部下に犠牲も出なかった事に安堵している。
工兵たちは作業に戻り、補給路はすぐに復旧するだろう。
そして、後の話になるが‥‥
シカゴ方面から後送される負傷者や損傷兵器の後退路として、この道はその重要性を増す事になる‥‥