●リプレイ本文
ティムの捜索に、能力者たちは班を3つに分けることにした。
ひとつは2台のスノーモビルで道路南側の斜面を上がり、斜面上部から稜線にかけた地域を東へ捜索していく班。ひとつは、軍のIFV1両と共に山あいの道路を東に進む班である。人数はそれぞれ2名ずつ。残る4名はスキーを履き、南側斜面の山腹から麓にかけた地域を東進・捜索する。
「よし、それでは行くとするかの。‥‥ここまで追い詰めたのじゃ。絶対に逃がすわけにはいかぬ」
「──ティム君、ここが君の最後の地だよ‥‥ みんな! また何か策を講じてるかもしれないから、くれぐれも気をつけて!」
スノーモビル班の綾嶺・桜(
ga3143)と響 愛華(
ga4681)は、エンジン音も高らかにその『愛馬』を雪の積もった木々の間へ乗り入れた。
山林の木々の間を右へ、左へ‥‥時折、小雪崩を引き起こしながら、雪煙を蹴立てて斜面を上る。
やがて、周囲に広がる森が唐突に途切れ、視界がパッと広がった。植生限界を越えたのだ。目の前に広がる一面の雪の原‥‥桜と愛華は眩しさに目を細めつつ、頂まで続く白と灰色の世界を稜線まで上り続けた。降車して周囲を見回し、その荘厳なパノラマに息を呑む。連なる山の峰々と、一面に広がるまっさらな処女雪──どうやら、狼共もここまでは上がって来ておらぬらしい。桜はそう呟いた。
愛華はそれに頷きながら、狙撃銃のスコープで北側を──反対側の斜面に目を凝らした。‥‥軽く眉をひそめる。あちらは日当たりが良いせいか、こちらより植生が濃いらしい‥‥
「どうじゃ、そっちは?」
「うーん‥‥とりあえず、動いているものは見えないんだよ。でも‥‥」
足跡まで見えるわけもなし‥‥もし、既に稜線を越えられていたら、ここからでは分からないかもしれない。
ふーむ、と一つ唸りながら、桜は自らも双眼鏡で周囲を捜索し始めた。拡大された狭い視野をゆっくりと動かしながら、微かな痕跡も見逃すまいと注視する。
と、その視界に、先程まではなかった何かの足跡が流れていった。慌ててそちらに視界を戻す。白一色の世界にキラリと何かが光り‥‥次の瞬間、飛来してきた氷の刃が桜の双眼鏡を撃ち貫いていた。
「ぬおっ!?」
仰け反るように転がりながら、スノーモビルの陰へ隠れる桜。何事か、と見ると、雪の原に伏せていた真っ白な狼が2匹、軽やかな足取りでこちらへ走り出していた。
「桜さん!?」
愛華は狙撃銃を迫る敵へと照準した。遅かった。狙撃銃の『内懐』にあっという間に飛び込んだ1匹の『雪狼』が愛華に跳びかかる。とっさに受けた狙撃銃が雪狼の牙に軋みを上げた。
「愛華!」
振り返る桜。そこへもう1匹の雪狼が氷の刃を撃ち放つ。
「なめるでないわっ!」
桜は既に跳んでいた。モビルの背を踏み飛び、迫る桜。跳び退さろうとした雪狼は、しかし、間に合わなかった。突き振り抜かれた右手の白銀爪、そして続けざま、裏拳気味に振り上げた左の光線爪がX字型に敵を切り裂く。
一方、愛華もまた目の前の敵に止めを差していた。狙撃銃を押し捨て、背後のモビルから散弾銃を引っこ抜き‥‥再び跳びかかってきた敵を銃床で殴り倒してありったけの散弾をぶち撒けたのだ。
「無事か、天然(略)犬娘?」
「うん、でも‥‥」
森の端に現れた新手が、仲間を呼ぶべく雄叫びを上げていた。
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クネクネと蛇行する山間の道に沿って東に移動するIFV。その車上で周囲に警戒の視線を飛ばしていた来栖 祐輝(
ga8839)は、前方に何か動くものを見かけた気がしてIFVを停止させた。
車体から飛び下り、雪溜りのカーブの陰から先を窺う。‥‥見えたのは砲甲虫の尻だった。数は3。隊列から落伍したのか、周囲に他の敵の姿はない。
祐輝はIFVまで駆け戻ると、車長に中央突破は可能か尋ねてみた。
「相手は対車両用だ。しかも、3匹。戦車ならともかく、こいつじゃ無理だ」
とは言え、このままでは先へ進めない。祐輝はちょっと考え込むと、IFVの後ろへ回り込んで兵員室の扉を叩いた。
「姫さん、姫さん。出番だぜ」
「その『姫さん』というの、止めてくれないか?」
不機嫌そうにそう言いながら、錬力消費を抑えるため中にいた壱条 鳳華(
gc6521)が扉を開けた。祐輝から差し出された手に当然の如く手を預けて降車。AU−KVを身に纏う。
そんな鳳華に祐輝はニヤリと笑って見せると、手短に状況を説明した。
「分かったよ。私たちでその『うすのろ』を殲滅すればいいんだな?」
話が早い、と祐輝がIFVの前に出る。その横に並んだ鳳華は、ずっと外にいた祐輝に暖かい紅茶を投げ渡した。
IFVの放った1発の対戦車ミサイルが、1匹の砲甲虫に直撃した。続けて1発。気づいてこちらへ旋回しかけていた砲甲虫が横っ腹を砕かれ、擱坐する。
最初の攻撃にタイミングを合わせて突進を開始した鳳華は、五角の盾をかざしながら天剣を鞘から抜き放った。
祐輝もまた黒い大型盾を構えつつ、その鳳華よりさらに前に出た。足を止め、盾の陰から牽制射を放つ祐輝。その頭上を更に2発の誘導弾が通過していき、もう1匹の砲甲虫を吹き飛ばす。
残った最後の1匹は旋回を終え、迫り来る能力者に高初速、高威力の礫弾を撃ち放った。それを受けたのは前に出ていた祐輝だった。雪のせいでまともに回避はできず、気づいた時にはその盾の表面に直撃を受けていた。
「へっ‥‥! この程度、かすり傷にしかなんねぇよ!」
嘘だった。礫弾は盾を貫通し得ずにその表面で砕けたが、その衝撃は祐輝の左腕部に深刻なダメージを与えていた。ひしゃげた盾が左腕ごと跳ね上げられ、重心を崩され転倒する。
そこを狙い撃たんとする砲甲虫。発砲の直前、AU−KVに錬力を叩き込んだ鳳華が『竜の翼』で突っ込んだ。
雪を蹴立てて突進して敵の内懐に入り込み、下段から振り上げた剣撃によって敵の砲身を跳ね上げる。敵弾は逸れて祐輝の後方に着弾した。鳳華は跳ね上げた剣を思いっきり引き直し、力をこめてその切っ先を敵へ打つ。
そこへ左腕をだらりと垂らした祐輝が抜剣して突っ込んだ。肉薄さえしてしまえば、砲甲虫に反撃の手段は殆どなかった。程なくして二人は最後の砲甲虫を屠り、汗を拭き払いつつ、息を吐いた。
前進を再開したIFVを待つ2人の耳に、南側斜面のどこかから発せられた雪狼の吠え声が聞こえてきた。
戦闘中に増援がなかった事は、僥倖であったかもしれない。
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南側斜面の中腹、薄暗い木々の間を進むスキー班4人の目の前に、突然、開けた雪原が現れた。
斜面に広がる山林を、まるで川の様に断ち割っている雪の原。或いは、実際に雪が流れた跡かもしれない。
「‥‥尾根を越えて来た敵の背後に砲撃して雪崩で敵を呑み込んだ、って戦史あるから‥‥ティムくん、それを知ってたら仕掛けてくんじゃない?」
絶好の地形でもあるしねぇ、と、眼前の光景を観察した阿野次 のもじ(
ga5480)が言う。
先頭に立って進んできた夢守 ルキア(
gb9436)は方位磁石に視線を落とし、記憶の中の地図と周囲の地形を見比べた。既にIFV組が落伍した敵と接触した事は無線で聞いていた。逃げる敵の『本隊』は先にいる。時間的ロスは接敵の可能性も上げるから、無駄な迂回は避けたかった。ティムとの『本戦』まではなるべく消耗したくない。
決断したルキアの視線を受け、のもじは弓を手にして飄々と前に出た。矢筒の矢を数本取って雪面に刺し落とし、鼻歌交じりに1本番えて斜面『上流』へと放つ‥‥
作業中、翠の肥満(
ga2348)と住吉(
gc6879)は後方警戒に当たっていた。
寒いねぇ、と冷え切らぬよう両の指を擦り合わせる翠の肥満。住吉はぼんやりと空(曇天)を見上げて微笑を浮かべ‥‥
「‥‥鍋」
と一言、呟いた。
「‥‥は?」
「寒い場所ではやはり鍋です‥‥はやく終わらせてキムチ鍋でも摘みたいですね〜 ‥‥むにゃ」
寝てたよ。いや、今しがた寝たのだろうか‥‥しゃべりながら。翠の肥満が肩を竦める。
やがて、数本の矢の『着弾』を受け、大きく『地滑り』を起こした雪の塊は一気に崩れ、雪崩となって目の前を流れていった。
完全に収まるのを待ち、菱形隊形ですばやく雪の原を渡った4人は、そのまま疾く前進を再開する。
結果的に、3班の中で1番早く敵『本隊』を発見できたのがこのスキー班だった。
トロルを前衛に縦隊を組んで進むキメラの隊列。パッと見、ティムの姿は見えない。
翠の肥満は無線で他の2班に状況を伝えた。IFV班にはすぐに連絡がつき、彼らは前進速度を上げた。スノーモビル班の方は雪狼の度重なる接触を受けており、駆けつけるまで少し時間がかかりそうだった。
連絡を終えると、スキー班の4人は敵の『本隊』を無視してさらに前進しようとした。ティムが『本隊』を残して先行し、一人で逃げているる可能性を考慮しての事だった。
だが、スキー班の前進は、前方から撃ち放たれた礫弾の一斉射に阻まれた。
「なっ、なんだ!?」
慌てて木陰に身を伏せる能力者たち。狼たちの遠吠えが響き渡り、トロルや小鬼たちが足を止めて振り返る。
「‥‥狙撃兵か」
ルキアの言葉に、翠の肥満は舌を打った。敵は雪狼の一部にリトルグレイ──強力な力場と礫弾攻撃力を持つ1m程の人型キメラ──を乗せ、隊列側面の斜面に配置していたのだ。『本隊』を見つけたスキー班を彼らもまた見つけていた。雪狼から下りたグレイはその場に隠れ、本隊を攻撃する能力者たちを横撃するつもりだったのだが、能力者は本隊を無視して前進を続け、結果的に真正面からぶつかる事になった。
前方の様子を伺うルキア。敵は射撃の規模から多くても4〜5人と推定されたが、どこに潜んでいるのか分からなかった。どうしたものか、と考えるルキアに、1本離れた木の根元に隠れた翠の肥満が声をかける。
「‥‥何かアイデアでも?」
「連中はフォースフィールドを持っている。つまり、このテの地形に隠れるには不向きだと思うわけよ」
そういうこと、とルキアは頷き、のもじと住吉に声をかけた。手信号でカウントを伝え‥‥翠の肥満と同時に木陰から身を乗り出し、前方へ向かって制圧射撃を実施する。
狙うともなくありったけの弾丸をばら撒く二人。木の幹が、皮が、雪を乗せた枝が飛び散り、葉と雪が宙を舞う。
その弾幕の中、偶々被弾したグレイの力場が煌いた。「発見っ! おいしいお店っ!」と叫んだのもじがすかさず弾頭矢を投射する。爆発と共に仰け反り、倒れるグレイ。そこへルキアは両の手に持ったハンドガンとEガンの射撃を集中させた。力場を貫かれ、着弾の衝撃に踊る様に跳ねる敵。そこへのもじの第2射が飛び込み、グレイはボロ雑巾の様に爆発に吹っ飛んだ。
継続して制圧射撃を続ける翠の肥満の背後に位置した住吉は、何かの気配を感じてハッと後ろを振り返った。
既に眠気眼はどこにもない。取り回しと反動の軽さで選んだSMGをコンパクトに構えつつ、膝射姿勢を取ったまま聞き耳を立て、慎重に視線を周囲へ巡らせる。
と、突然、木々の間を抜ける様にして複数の雪狼が飛び出して来た。住吉は冷静に先頭へSMGの射撃を集中させた。まともに顔面に喰らった雪狼が弾着の衝撃に転倒する。次の敵へ銃口を振る住吉。着弾した雪狼の毛皮で砕けた氷が散り飛んだ。
「氷‥‥っ!?」
その雪狼は『氷の鎧』を纏っていた。砕けた氷が宙に煌く中、雪狼が住吉へ飛びかかる。
と、そこへ、忍衣にポンチョを重ね、脚部を白いもこもこに包んだのもじが飛び込んだ。
「キャストオフ! ヒャハーっ★!」
宙を跳んだ雪狼に向け、横合いからトゥッ、と飛び蹴りをかますのもじ。雪狼の氷の毛並みが肉球型に砕けて跡が残る。
そのままズザザァッ、と派手なポーズで着地したのもじは、足払いをかける様にその雪狼を『獣突』で蹴り飛ばした。突如、進路上に現れたそれにたたらを踏む後続の雪狼。と、そこへ翠の肥満が猛烈な弾幕を投射し、2匹を纏めて吹き飛ばす。
フルフェイス型のマスクを被り、両手にガトリングシールドを構えた翠の肥満が、砲身を左右に振りながら住吉の前に立ちはだかる。突進してくる敵へ足元から舐める様に銃撃を浴びせる翠の肥満。敵は眼前に迫る着弾に進路を変え‥‥それを追う様に砲身を振った翠の肥満が、雪面に飛び出た岩場を使った『跳弾』で敵を撃ち貫く。
「はははっ、逃がさんよ!」
くぐもった声でそう言いながら銃撃を続ける翠の肥満。その背後、住吉の所へ、リトルグレイを片付けたルキアが滑り込んできた。雪狼に噛まれた住吉の左腕をルキアが『練成治療』で治療する。
「行こう。戦闘はまだ終わっていないよ」
背後に回り込んだ雪狼は追い散らされた。だが、斜面の下の道路では、IFVが放つ25mm機関砲の発射音が途切れる事無く鳴り響いていた。
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IFV班が戦場に到達した時、後衛の小鬼たちは算を乱して逃げ散り始めていた。
その様子に祐輝と鳳華は何か──そう、まるで指揮官がいないような違和感を感じながらも、ともかく、敵に立ち直る間を与えぬよう攻撃を開始する。
だが、そこへ、道路北側の斜面からリトルグレイの側面攻撃が撃ち掛けられた。盾を構えて膝をついた鳳華と祐輝が履帯を撃ち砕かれたIFVを庇い‥‥と、態勢を整え直したトロル隊がそこへ突撃を開始する。
間一髪、スノーモビル組がそこへ間に合った。斜面を駆け下りてきたスノーモビルから飛び降り、IFVの前に立ち塞がる桜と愛華‥‥いや、爪を出した桜と散弾銃を構えた愛華は自分たちから突っ込んでいく。
祐輝と鳳華の所には、ルキアと住吉が飛び込んできた。怪我の酷い二人に治療を施し、すぐさま戦列へと復帰させる。その間、住吉はのもじから借り受けた無線機でもって北側斜面のリトルグレイの位置をのもじに伝えていた。南側の木立の中からのもじの弾頭矢が放たれ、北側の木立に着弾して爆発する。
一方、両手にガトリングシールドを構えたままスキーで斜面を滑り降りた翠の肥満は、道路の北側、即ち、敵の『退路』に回り込んでいた。
「あー、もしこの中に居るなら、武器を捨てて投降してもらおう。身の安全は保証する。‥‥とまあ、そうしてもらえると、こっちも楽なのよね」
特に期待もせずにそう呼びかけながら、銃を撃ちまくる翠の肥満。敵は密集していたのがこの場合は災いした。碌に態勢を整える間もないまま十字砲火にさらされてしまったのだ。
ついに敵は支え切れず、唯一の逃げ道、北側斜面へ敗走し始めた。それを追い討つ能力者たち。
逃げることができた敵は数少なかった。だが、戦闘の最初から最後まで、能力者たちがティムの姿を見る事はなかった。
「一人で先に逃げたのか?」
確かに身一つなら、バグア制空権下まで辿り着けば拾い上げて貰う事も容易かろう。だが、ここより東には何者の痕跡も存在していなかった。
ティムはどこへ消えたのか? その行方はようとして知れなかった。