●リプレイ本文
「モリスさんですか? ‥‥いえ、こっちには来ていないと思いますよ? 開発が始まってますからね。ヘンリー室長とルーシーさんも西海岸の本社です」
ドロームLH島支社、第4会議室前の廊下──
資料の束を抱えた白衣姿のリリアーヌは、扉の前で待ち構えていた阿野次 のもじ(
ga5480)にモリスの所在を尋ねられてそう答えた。
「そう」と答え、なんでもないという態で、のもじがきれいに包装された小箱をリリーに渡す。
「これは‥‥?」
「万年筆。モリスさんに渡しといて。バレンタインのプレゼントだから」
「バッ‥‥!?」
思わず絶句するリリー。確かにモリスはハンサムではあるが、四十男で、しかも妻帯者だ。
「ああっ! お世話になったあの人に、って奴ですね!」
「寝室までつきあってもいいかな、程度には好きよ?」
「しっ‥‥!!!???」
「ま、自分は趣味外みたいだけど。‥‥まぁ、今日はリリーちゃんを愛でるだけでいっか」
「はいぃぃぃ!?」
のもじの頬ずりから逃れて思わず室内へ後ずさるリリー。中で待っていた能力者たちがキョトンとした顔でそちらを振り返る。のもじの姿は既に無い。
リリーは顔を真っ赤にしながら、コホンと咳払いをしつつ襟を但し‥‥
「お待たせしました。では、始めましょう」
‥‥精一杯の威厳を込めてそう言った。
●
「可能ならば、空中変形に追加して貰いたい能力が一つあります」
なんとなく和んだ雰囲気の第4会議室。ソウマ(
gc0505)は咳払いを一つすると、そう言って会議の口火を切った。
「それは移動力の向上です。変形した後、敵の間合いの外から一気に接近。強力な一撃を当て離脱する‥‥これなら被害を受け難いと思います」
ソウマの言葉に、夢守 ルキア(
gb9436)は小さくフム、と頷いた。
「確かに、空中変形には速さそのものが欲しい。‥‥後はパイロットのウデ」
パイロットの腕。空中格闘において──いや、空中格闘に限った話ではないが──攻撃後に離脱して敵から距離を取るか、反撃を考慮しつつ攻撃機会を優先するか、その判断はパイロットに委ねられている。
「あとは‥‥失墜の前に、自動的に戻ればいいね」
リリーは頷いた。新型機には安全装置があるとは聞いている。だが、何分戦闘中の事。やはりパイロット自身の操作が最善ではあるらしい。
「その辺りはエミタのAIが感覚的に処理してくれるはずですが‥‥」
「エミタか‥‥」
アクセル・ランパード(
gc0052)が何事かを考え込む。ソウマは元の話を続けた。
「‥‥そこで、強力な格闘武器による強烈な一撃。これが一番のアピールポイントになると思います」
なるほど、とリリーは頷いた。案は見た事がある。空中変形だけでなく、地上戦でも運用できる事が最大の利点であったはずだ。
「いっそ強力な近接兵装を固定武装にしてみては? スキルとの相性も良くならないかな?」
或いは、命中したら内部に電撃を流し込んで『回避』を大幅に下げる兵装とか。ソウマの言葉に頷いたリリーは、手元の資料を捲って何枚かの資料を取り出した。
曰く‥‥
「傭兵向け高級機体に関しては、嗜好の細分化を考慮し、近接武器の固定武装化は望ましくないものと考える(営業部)」
「生産性の観点から言えば、専用武装に『A級品並みの高品質』は望めない。量産品よりは良い物を作れるとは思うが‥‥(製造部)」
これは、中価格帯以下の普及機なら適している、という事だろうか。でなければ、ソウマの言う電撃兵装の様に『特殊能力に必須な兵装』か。ただ、その場合も、錬力なり行動力なり、それ相応のコストは免れ得ないだろう。
「‥‥色々大変なんですね」
嘆息するソウマに苦笑を返すリリー。とはいえ、格闘武器による強力な一撃が『売り』になる事は間違いない。
「ただ、それも当たらなければ意味がありませんので、オーバーブーストはもっと『命中』を上げた方が良いかもしれません。勿論、今まで以上の『攻撃』・『知覚』上昇も」
オーバーブーストかぁ‥‥ とリリーが表情を暗くした。彼女の悩みの原因の一つである。が、無論、気づく者はいない。
「空陸で使えて、大消費に見合う強さ‥‥オーバーブーストは、空中変形で尖った『不死鳥』の汎用性の要です」
「同感だ。空中変形は『空戦限定』の能力。KVが投入される多様な戦場を考えれば、場所を選ばず切り札になり得るようにする方が良い」
守原有希(
ga8582)とアクセルが立て続けにそう言った。特にアクセルの言葉には力が入っているようだった。アクセルの『相棒』はフェニックス。その生みの親たるヘンリーたちの助けになれば、との想いがある。
「低燃費化は結局、前提となるブースト消費分がネック。燃費は据え置き、高出力化を推進すべきです」
「む‥‥」
そんなアクセルの秘めたる熱気を感じて、有希の心にも火が入った。SES−200の愛称、『スルト』の『名づけ親』は彼の愛する人なのだ。気合で負ける訳にはいかない。
「防御型のオーバーBstというのも選択できると良いかもしれませんね。『命中』・『回避』と『防御』か『抵抗』の強化で敵の猛攻を凌ぎつつ、手数を確実に当てて威力を出す‥‥」
そんな『主戦場』から離れたデスクの端っこ。九条・葎(
gb9396)がおずおずと小さく手を上げるが、周りは全く気づかない。
そこへ、さらにルキアが『参戦』する。
「低燃費化、という事だったら、英国のアリスシステムがヒントになると思うよ? 『物理』で攻撃中に『知覚』イラナイし。防御か回避、攻撃か知覚って出力を切り替えるようにすれば‥‥」
続々と寄せられる意見を聞きながら、リリーはそれらを手元の書類に書き留めていた。
正統進化の高出力化‥‥出力の問題はあるが、当然、アリだろう。防御系のオーバーBstは盾と相性が良い。後はシステム面での問題か。これは『アリスシステム化』にも言える。管理すべき『スイッチ』の数が多くなると、その組み合わせは累乗的に大きくなる。システムの『枠内』に収まらなくなるのだ。
故に‥‥
「はいはいはーい! シュテルンの様に上昇する能力と数値を任意で設定できる融通の利く能力に進化できないかな!?」
「あれは4基のエンジンと12枚の補助翼とで成り立ってますからね‥‥ その複雑な構造からか、同じ様な機体は軍やULTに敬遠される傾向があるんです」
クリア・サーレク(
ga4864)の提案に対して、リリーは済まなそうにそう言った。この辺りは技術論とはまた違った話で、現場の技術者レベルではどうにもならない事も多い。
「じゃあ、主兵装のSESとスルトを連動。余剰エネルギーを流し込む事で、もう、その後何ターンか主兵装が使用不能になる位の勢いでパワーアップ! とかは?」
出来そうな気はする。ただ、兵装や攻撃システムにかかる負荷も半端ない事になりそうなので、社の上層部やULTが開発を認めてくれるかどうかは未知数、といった所か。
そんな中、一際冷静な、よく通る声で、ヴェロニク・ヴァルタン(
gb2488)が挙手をした。葎の姿はまた遠い。
「強化される能力については再考するのもアリだと思います。現行のKVは複数のスキルを搭載するのが前提のようなので、大出力により『他のスキルを強化する』などの一点強化型も面白いかもしれません」
「他のスキルを強化、となると、どんなスキルを乗せるかによってまた性質が変わると思いますが‥‥?」
「それは‥‥」
「はいっ!」
次の瞬間、後ろの方から大きな声が響き‥‥いや、轟いた。驚いて振り返る。そこには、シュピン! と背を伸ばした葎が思いっきり手を上げながら、前に身を乗り出していた。
(タイミングを外してしまった‥‥!)
皆の視線に気づき、赤くなって腰を下ろす葎。ヴェロニクと苦笑を交わして、リリーは葎に意見を求めた。
「は、はい! ‥‥2年前には博打扱いだった2ndリミッターを解除して、更なるパワーの発揮をお願いしたいです。機体に応じて求めるものが変わってきますので、現状の長所を伸ばす形で。汎用利用が可能なハイパワーエンジンにして欲しい、というのが個人的な意見です!」
『絶対的な突撃力を以って正面突破を可能とする機体』。それが葎の求める機体だった。出来ればヘンリーに話を聞きたかったが、社内の法規に抵触するらしい。
葎の言葉に、能力者たちは「ああ、」と声を上げた。
「確かに、2ndリミッターは開放して欲しい所ですね。なにより、未使用の潜在能力は勿体無いです」
「そういえば、初めて空中変形に成功したのは、2年前の今頃だっけ‥‥ きっと出来るよね、スルトの改良。鎖で繋がれた鳥が自由に空を飛ぶ姿、見てみたいんだよ!」
アクセルとクリアの言葉に、有希も力強く頷いた。リリーが答える。
「リミッター自体はすぐに解除できますよ? ただ、初期のハヤブサみたいになっても困るというだけで」
つまり、結局はエンジンの改良次第という事か。
「‥‥ひとまず単発での運用を諦めて、最初から、双発での運用を前提に、全ての設計を見直してみるとか?」
ヴェロニクのその言葉にリリーは小さく首を傾げた。その方法論は、出力の小さい──例えば、192の様な──小型エンジンを纏めて大型エンジン並みの出力を得る際に使われる手法な気がする。ましてや、制御の難しい200となると‥‥
「いや、エンジン2基とバイパス機構搭載の制御装置をシステム化して、全体で一つのエンジンとして扱うなら‥‥」
「なるほど‥‥ 確か、COPKVでは装置を取り付けてパワーを強化しているはず。何か安定性を与えるような装置をつけて、フルパワーを観測するのも」
楽しいかもしれない。と、アクセルの制御装置案を聞いた葎が呟いた。アクセルはハッとした。
「エミタ‥‥!」
「は?」
「エミタだよ! スルトは初期からなんかしらエミタとリンクしている節がある。もしかしたら、スルトは俺たちとリンクして初めて『完成』するのかもしれない‥‥!」
だとしたら、スルト単体で改良を進めても意味は薄い。一度、本格的にリンク実験を行って関連を調べてみるべきかもしれない。
「興味深い話ですね」
だが、リリーの表情は暗かった。
能力者たちも気がついた。だが、事情も分からず、互いに困惑の視線を交わすだけだ‥‥
と、卓上におかれた時計が、昼休みを告げるアラームを鳴らした。
パン、と有希が手を打った。
「とりあえず‥‥お昼にしましょうか」
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この日も、能力者たちは中庭の一角を借り切って、持ち寄った料理を使って昼食会を始めた。
『厨房』には襷掛けをした有希の姿。この日のメニューは菜飯におでん。デザートに餅と白玉の善哉、そして、しるこである。おでんの具はたこにじゃが芋、大根、丸天、それに蟹と海老のロールキャベツ。たこと昆布、それにぶつ切り牛すじ、焼いた海老と蟹の殻でとったダシがきいている。
少し離れた所では、クリアとヴェロニクがチョコレートフォンデュの準備を進めていた。家庭用の小さな機械とチョコの準備を進めるヴェロニク。彼女が用意したイチゴとラスクと共に並ぶクッキーやビスケット、パンケーキは、クリアの手作りの品である。‥‥なぜか醤油煎餅まで並んでいたりするのだが。
「ねえ、ねえ、リリーさんはバレンタイン、誰かにあげないの?! ‥‥例えば同期の二人とか!」
煎餅をチョコに突っ込んでバリバリと噛みながら、クリアがリリーにそんな事を聞いてみた。リリーは小首を傾げ‥‥
「‥‥弟(みたいなもの)?」
と、一言。クリアとヴェロニクが顔を見合わせ苦笑する。
「私はパフェ、パフェ食べるーっ!」
ルキアが食堂で買ってきたソフトクリームをどぷん、とチョコにつけ、幸せそうに微笑んだ。少し意外だったのは、ソウマが甘党だった事か。両手の串の数は2、3じゃ済まない。
そんな光景を『厨房』から眺めて、有希は「あああ‥‥」と震えていた。苦笑するアクセル。チョコフォンデュ食べた後におでんとか食べたら、なんか色んな意味で大惨事に違いない。
「ルーシーさんかぁ‥‥娘さん、元気かしら‥‥」
思い出した様に呟き、ヴェロニクは俯いた。
「他の研究室かぁ‥‥ドロームはライバル色が強いからちょっと心配。出来れば生みの親の‥‥」
「ルーシーさんに権限が残れば良いんですが‥‥」
クリアとアクセル、二人の言葉に頷くヴェロニク。『グランチェスター研に主導を置いたまま、他研究室の助力を得る』。それが出来たら苦労は何も無いのだろうが‥‥
「できますよ」
リリーがあっけなくそう言った。
「多分、その条件でも良い、という開発室は沢山あります。自室の技術をアピールする機会はなるべく逃したくないはずですから」
ただ、スルトに関しては、ルーシーたち自身が自室開発に拘っている。
「‥‥拘る理由は、多分‥‥左手薬指のあれ絡み、なのかな」
ヴェロニクの言葉にアクセルは頷いた。ルーシーの亡くなった旦那さん、原因は戦災ではないようだ、と又聞きした事がある。
「それとなく聞いてみれば?」
「聞けると思います?」
うーん、と唸る4人。余った煎餅にチョコつけて食べた葎がびっくりしつつも口を開く。
「拘ってるのは、多分、エンジン単品での完成度。でも、まずはそれ以外の‥‥外部の制御装置等で安定させるのもありだと思う」
拘るのはそれからでも遅くないはず。ただ、それをどう納得させるか、が分からない。
「長く一つに打ち込むと、近視眼的になる事もある。視点の違う目は要ります」
有希が言う。そういう意味では、彼女の存在がなんらかの突破口になる可能性はあるのだ。
うーん、と悩み続けるリリーは、ふと、離れたテーブルでのもじが一心不乱に何かを描いているのに気がついた。
「なんです? それ?」
「ん? これはユタの子供たちが考えてくれた凄いKV『ゴッドクラッシャー』よ。超電磁ドリルとロケットパンチが主装備で53万KVパワー」
見れば、周囲にはたくさんのKV‥‥らしき絵が広げられていた。恐らく、その子供たちが描いてくれた絵なのだろう。
と、服の裾を引っ張られて、リリーは後ろを振り返った。見れば、ルキアがジッとこちらを見つめ‥‥
「ルーシーさんに伝えて。アリガト、って」
と、そう言った。
「有希にアリガト。美味しいモノ作ってくれて、ウレシイ。それを伝えるの。アリガトって」
だから、ルーシーにもありがとう。たとえ明日も知れぬ命であれど、生きて帰る為にKVに乗るが故に。
「はい、これ」
と、リリーはのもじから紙の束を渡された。それは子供たちの描いた絵の束だった。
「これが私のHearts of the world。ルーシーさんに渡して。自分の一番大切なものを預けるから、って」
その上で、もう少し他人を‥‥私たちをちょっとだけ信じてくれると嬉しいんだけどな。そうのもじが言う。
「伝えます‥‥絶対に」
小さな声で、だが、はっきりと呟くリリー。
その瞳からは涙が止め処なく溢れていた。