タイトル:Uta 雪中の追撃行マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/31 17:24

●オープニング本文


「なんだ、ミュルス‥‥死んだのか‥‥」
 北米ユタ州、プロボ・オレム戦線──
 ユタ州南部のキメラ群を統率するバグアの指揮官、ティム・グレンは、陸戦用ワーム『ゴーレム』と融合して死んだバグア、ミュルス・スカーデの『遺骸』を見上げながら、淡々とそう呟いた。
 少年の外見をした『彼』の傍らには、巨大な瓦礫の小山と、擱坐して倒れ伏した巨人の残骸── 地球人の罠にかかり、爆破されたショッピングモールの地下、瓦礫の山の奥底に閉じ込められたティムを『救う』為、ミュルスは能力者たちの駆るKVと激戦を繰り広げ、その末に討ち取られたのだ。
 だが、その事自体には、ティムは何らかの呵責を抱く事はなかった。
 ミュルスが地球侵攻の間、ティムに従う事になったのは以前に行ったとある賭けの結果である。このユタの地への戦力・補給物資輸送の手配やその護衛、北米司令官との折衝等々──今回のティムの『救出』にしても、彼女にとっては『業務』の一つに過ぎない。
 しかも、ミュルスはティムの撤収指示を無視して、地球人との戦闘を──自らの嗜好を優先した。挙句、地球人の進歩を見誤り、『旧式』のゴーレムで戦闘に臨んで敗死したのだ。自業自得としか言いようがない。だが──
「この様な死に様をせねばならぬほど、私の『戦友』は罪深かったのだろうか──?」
 機体と融合して死んだミュルスの醜い亡骸を前にして、ティムはそう思わずにいられなかった。そして、そのような感慨を抱いた自分に、戸惑った様に眉をひそめた。
 永劫とも言える長い年月を生きるバグアにとって、自己とは(地球人が想像する以上に)代え難いものだった。幾つもの他者の経験を──生き様を喰らってきた彼等にとって、その中心に位置する自我は(様々な影響を受けはしても)確固として屹立している。己の中に多くの宇宙を抱える彼等はその存在自体が当たり前の様に唯我独尊であり、同じバグアと言えども自ら以上の価値をそこに見出す事は(通常)ない。‥‥少なくともティム自身は、長い思索の果てに、自らの存在をそう結論づけている。
 故に、バグアは普通、自己の存続をまず第一に考える。だが、それでも── プライドの高いバグアにとって、地球人の様な『下等生物』相手に機体融合を行う事は、この上ない屈辱なのだ。
 だが、そこまでしても、ミュルスは勝てなかった。‥‥生き残る事すらできなかった。
 策士系の自分とは異なる戦士系の『進化』を遂げたミュルスの気分など、自分には分からない。だが、戦いを至上の価値と認める彼女にとって、少なくとも、この『交通事故』にも似た死に方は本意ではなかっただろう。数多の敵手と戦い、その中で最上と認めた相手を喰らうのが彼女の流儀であったはずだから。たとえ敗れるにしても、その様な相手を認めて、満足しながら消えたかったはずなのだ。
 機体融合したミュルスを倒した敵手には、その力量と資格があったのだろう。だが、肝心のミュルスの方に、それを認識するだけの覚悟と時間があっただろうか──?
「‥‥くだらない」
 周りには誰もいない。だが、言葉は声となってティムの口から零れていた。
 ‥‥それからどれだけの間、立ち竦んでいただろうか。生物の気配を感じて、ティムは後ろを振り返った。
 恐らく、生前のミュルスが手配していったのだろう。7台の『箱もちムカデ』(地上輸送用ワーム)と、それに随伴するキメラたちとが静かに控えていた。敗走するキメラたちを出来うる限り回収しようと、手を打っていたのだ。
 ミュルスは最後まで自らの義務に忠実であろうとしたらしい。恐らくは、それが彼女の『誇り』であったのだろう。
 ティムは残存するキメラたちを簡潔に再編すると、箱もちに出来うる限りのキメラを搭乗させた。それ以外のキメラには、簡単な、或いは詳細な命令を与えていく。
 そうして移動の準備を終えたティムは、最後にワームのフェザー砲でゴーレムを砲撃させた。扇状に展開した7機のワームから怪光線が撃ち放たれ──それはゴーレムが完全に消失するまで続けられた。
 機体は完全に破壊されており、機密保持の必要性はなかった。
 或いは、それは、ティムからミュルスに捧げた火葬であったのかもしれない。


 天地がひっくり返った、というのが、『僕』が意識を失う前の最後の光景だった。
 次に気がついた時、『僕』は冷たいアスファルトの上に寝かされていた。
「おい、ジェシー。大丈夫か?」
 目を開けると、戦友のウィルが心配そうに『僕』の顔を覗き込んでいた。‥‥何がなんだか分からなかった。
「‥‥何があった?」
「後退中にワームに待ち伏せされたんだ。お前たちが乗ったIFVは、初撃で出来たフェザー砲の弾痕に落っこちた」
 ああ、なるほど、と頷きながら、『僕』はゆっくり身を起こした。廃墟の町並みのあちこちから黒煙が上がっているのが見える。砲声は聞こえず、見えるのは味方のKVばかり──既に戦闘は終わっているようだ。
「『軍曹』は無事? 僕の分隊は?」
「バートン少尉ならピンピンしてるよ。‥‥あの人、怪我する事なんかあるのかね? お前んとこの分隊は‥‥ユウとフレイアが首をやったな。まぁ、概ね軽傷だ」
 『僕』はウィルに礼を言って別れると、部下たちがいる場所を聞いて移動した。弾痕に落ちたうちの分隊のIFVは、他の2台によって引っ張り上げられている所だった。作業の指揮をしていたトマスが、どうやら無事だったらしい『僕』に気づいて微笑を送る。
「小隊長、集まれ!」
 そこへ高機動車に乗った中隊長が現れ、バートン少尉を初め、小隊長たちが小走りで駆けていった。‥‥まぁ、嫌な予感がするものである。『僕』はゆっくりとそちらへ歩きながら、『偶然』、彼らの話が聞こえてしまう事にした。バートン少尉は気づいたが、特に何も言わなかった。
「敗走中だった敵の一部に、組織的な動きが見えるそうだ。恐らく、敵の指揮系統の一部が復旧したのだろう。‥‥つまり、ティム・グレンが地上に出てきたという事だ。大隊長はこれを機会と考えている。このまま後退した所で我々に未来はない。これより我が大隊は、傭兵を含む麾下の全戦力で以って前進を再開。キメラを掃討しつつ、敵将ティム・グレンを捜索。その首を取る」
 無茶を言う。と思ったが、大量の避難民を抱えて後のない州都の事を考えれば、ここで無茶をしてでも決着をつけておかなければならないというのだろう。‥‥たとえ、矢面に立つのが自分たちだとしても。
 それにしても、あのティムを討つのか、と『僕』は感慨深く息を吐いた。バグアのティムは、長い冬の退屈しのぎに、と『僕』らの徴募した新兵に紛れ込んでいた事がある。
 吐いた息が白く雲を作る。その『僕』の頬に、冷たい感触がひたと乗った。見上げた灰色の空から、小さな雪が降り始めていた。
 ユタにまた冬が来る。『僕』はそう独り言ちた。

●参加者一覧

綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
美空(gb1906
13歳・♀・HD
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG

●リプレイ本文

 薄暗い曇天から深々と舞い降る雪が、目の前に広がる廃墟の街並みから急速に色彩というものを消し去りつつあった。
 静かに漂白されゆく世界。肺に染み入る冷たい空気が白い吐息となって視界を流れる。浅く、ゆっくりと繰り返される呼吸音。身をゆるやかに圧迫する防寒具の下で、自身の鼓動が小さく脈動して時を刻む──
 ──静かだった。雪も、風景も、なにもかもが乾いた世界。
 ‥‥変化は一瞬だった。静寂の世界は、『砲甲虫』──角の代わりに砲身を持つ大型甲虫キメラの『砲声』によって破られた。
「待ち伏せよ! 散開! 散開!」
 4車線の広い道を等間隔で隊列を組んで警戒前進していた能力者たちは、一斉に付近の遮蔽物に身を隠した。おそらく最大有効射程付近からの『砲撃』だったのだろう。礫弾が雪に覆われ始めた道路を砕き、散弾となってばら撒かれる。
「前方80〜90、建物の陰に『砲甲虫』!」
 阿野次 のもじ(ga5480)が皆に敵の位置を知らせ、かじかんだ指を噛みつつ洋弓に矢を番える。それを聞いたキリル・シューキン(gb2765)は素早く雪の中を這い進むと、瓦礫の陰から狙撃銃の銃身を突き出し発砲した。そのまま身を横へと転がし、次の射撃点へと這い進む。応射はすぐに来た。先程までキリルがいた場所を複数の礫弾が叩き潰す。
「桜さん、ヴェロニクさん! 援護するから前進を! 美空さん!」
「心得てるでありますよ!」
 大口径ガトリング砲を持つ響 愛華(ga4681)と美空(gb1906)の二人が、支援砲撃を行うべく素早く射点へと移動する。AU−KV、PR893『パイドロス』を駆るヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)はエンジンを吹き鳴らし‥‥その『後席』へ、薙刀を手にしたち巫っ女、綾嶺・桜(ga3143)が飛び乗った。
「ふふっ、私の前でなくていいんですか?」
「東南アジアか! お子様か!? お子様ポジションなのか!?」
 桜のツッコミに微笑を浮かべつつ、ヴェロニクはアクセルを噴かして高加速で走り出した。ハンドルを横に切る。一旦外へ回り込み、支援砲撃で釘付けになっている敵の側面を衝く為だ。
 だが、その前に敵は次手を打ってきた。いや、打っていたというべきか。あらかじめ廃墟の中に伏せていた『小鬼』──身長1m程度の人型キメラ──の集団が瓦礫の陰から躍り出て、前方を志向する能力者たちの左右から襲い掛かってきたのだ。
 とはいえ、高レベルの能力者たちに打撃を与えるには、小鬼は数も力量も不足していた。勢いに任せて押せたのはほんの数十秒。その後は態勢を立て直した能力者たちに瞬く間に蹴散らされた。
「逃走が早い‥‥せいぜい足止めと時間稼ぎが目的、といった所かな?」
 待ち伏せの様子を振り返り、愛華が弾薬箱を交換しながらそう分析する。のもじは呟いた。能力者だけで先行偵察に出といてよかった。もし、本隊と一緒だったら、少なからぬ損害が出ていた事だろう。
「最悪はこちらが全滅すること。捜索の失敗は最悪ではないわ。策士なら最初に退路を確保しとくのは当たり前だし‥‥」
 ましてや、相手は趣味全開のティムである。『何かある』と分かっている所に、全部隊を突っ込みたくはない。
「ティムか‥‥あ奴との因縁も長いしの。この辺りで決着を着けたいものじゃが‥‥」
 桜の呟きに頷きながら、愛華はどこか感慨深げに廃墟の街並みを振り返った。
 このユタで迎える4度目の冬──最初はこちらが追われる側だったのに、今度は自分たちが追う側にいる‥‥
「‥‥もしかして、皆さん、今回の捜索対象とお知り合いなんですか?」
 皆の話を聞いているうちに、ヴェロニクがそんな疑問を抱いた。同様の疑問はキリルも感じていたが、特に気にしてはいなかった。外套についた雪を払う。‥‥故郷を思い出させるには、ユタの雪は乾き過ぎていた。
「美空は直接会った事はないでありますが‥‥ このユタでは何度も裏をかかれてきたであります。その『見えざる長い手』から推測して、相当な策略家かと。今回はせっかくのチャンスですから、なんとしても見つけ出して倒す覚悟なのであります」
 ちっちゃな美空が拳を握り、決意を秘めた表情(主に眉)で「おー!」と突き上げる。愛華も桜と顔を見合わせ頷いた。もう次の『冬』は迎えさせない。絶対、この冬で終わらせないと──
「なんにせよ、急いだ方がいい」
 目当ての情報が交わされぬ事を確認して‥‥無線機を下ろしたキリルが、冷静な声音で皆に告げた。グズグズしていれば本隊に追いつかれるし、何よりティムが遠くに行ってしまう。
 能力者たちはすぐに隊列を整え直すと、再びプロボへ向けて警戒前進を開始した。


 後続する後衛戦闘大隊の本隊は、途中、逃げ遅れた敵の小集団を各個に撃破しながら、無事、プロボの市街に到達した。
「ティムがここのキメラたちの指揮官である事から考えると‥‥ 戦略的な要綱から見れば、活動できる場所はおのずと限られてくるのであります」
 防壁と市内を確保すべく、キメラの掃討に入る本隊。そこに合流した美空は、同行するトマスの第3分隊に己の推察を披露していた。
「今後もユタにおける戦略的な作戦を遂行しようと考えれば、この中央部から離れるという事はあまり考えられないと見るのです」
「つまり?」
「木を隠すには森の中、人を隠すには人の中。そして、バグアは‥‥」
 キメラの中に。このプロボにはいまだ、周辺で最大規模の戦力が存在しているのだ。それが統率されていないというのはどうにも臭い。
「故に、プロボ市内の徹底した掃討と捜索は必須なのですよ!」
 言いながら美空は、廃屋の陰に見え隠れしたキメラに向かってガトリング砲を撃ち放った。廃墟の壁が瞬く間に穴だらけになって吹き飛び、その裏にいたキメラがボロ屑の様になって崩れ落ちる。立ち込める噴煙。逃げ惑う他のキメラたち。IFV(歩兵戦闘車)を中心に素早く横列を展開した兵たちが、それを重火器による十字砲火で薙ぎ倒していく‥‥

「ティムの奴がどっちへ行ったか分からぬが、痕跡ぐらいは残しておるじゃろうて」
 一方、ティムの痕跡を求めて市街地を探索していた桜は、だが、途方にくれて立ち尽くしていた。
 痕跡が多すぎたのだ。
 正確には、野良キメラの数が多すぎてティムの痕跡が紛れてしまっていた、という事だったが‥‥ともかく、ここではまともな痕跡は見つけ出せそうになかった。
 むぅ、と腕を組んで悩む桜。その視界にのもじがとことこと入ってきた。瓦礫の山と化したショッピングモール跡。そのすぐ傍の交差点の真ん中まで進んだのもじは、徐に手にした枝を地に立て、そして‥‥
「ほほれちゅちゅぱれろ〜」
 怪しげな呪文と共に手を離した。枝はのもじが来た方向──北を差して倒れた。ぬぅ、と顔を劇画にして冷や汗を垂らすのもじ。なんじゃそれは! と桜がツッコミを入れる。
「とある天才軍師はこれで『素敵な旦那様』すらぴたり当てたという逸話が‥‥あ、ジェシー君、そこどいて」
 次の交差点へと移動して、のもじが再び枝を倒す。枝は東の瓦礫の山を差していた。‥‥ものの見事に行き止まりである。
「ま、冗談はさておいて」
 木の枝を遠くへ放り投げたのもじは、何事もなかったかの様に桜を振り返った。逃走路として一番ありそうなのは、『南』から『南東』へ抜けるルートだと思うのだが‥‥
「さっきの枝は‥‥」
「なんのことかしらん?」
 ともかく、連絡を受けたヴェロニクがAU−KVでひとっ走り、街の南へと移動する。降車して地面に手を触れた彼女は、道の先を見つめて小さく笑みを浮かべた。路上の雪には幾筋もの轍の跡が──地上輸送用ワーム『箱持ちムカデ』の装輪移動の形跡が見て取れたのだ。
「恐らくは6〜7台。南西ではなく、南東‥‥敵の旧補給路へ移動しています」
 ワームの撤退路として考えられるのは──素早くここを離れる事を前提にした場合──道の整備された『南西』、『東』、『南東』の3方に絞られる。だが、南西は荒野で、逃げるには余りに視界が広すぎる。
 ヴェロニクは捜索結果を味方に報告すると、追いついてきた桜──愛華から借り受けたマフラーを巻いている──を後ろに乗っけて南東への道を先行した。ともかく敵がどこまで進んでいるのか確認しなくてはならない。伏兵を警戒するという意味もある。
 『南東』に向かった二人をよそに、のもじはジェシーの第1分隊と共に『南』へ残った。この周辺に点在する後衛陣地跡は、敵にとって絶好の隠れ場所と考えられたからだ。
 隊の先頭に立って跡地へと侵入したのもじは、弦に矢を番えた洋弓を身体の正面に保持したまま、慎重に捜索を開始した。‥‥やがて、半端に開き、風に揺れて音を立てる食料庫跡の扉に気づく。のもじはジェシーと視線を交わして頷き合い‥‥兵が蹴り破ったその扉から飛び出して来たキメラに向かい、のもじは立て続けに矢を放った。

「訓練に紛れ込んでいた、って‥‥そのバグア、何してたんですか?」
「む‥‥ごく真面目に訓練を受けておった。年の割りに身体能力の高い奴じゃと思ってはいたが‥‥」
 南東へ続く道をタンデムで移動するヴェロニクと桜。パイドロスの発動機は驚くほど静かで、白く染まった畑を左右にしていると、まるで水墨画か何かの中に入り込んだ様な気分になる。
「質問の多い奴じゃった。見た目が子供だからか、皆に可愛がられていたの」
 それじゃあ桜さんも、と言いかけたヴェロニクは、瞬間的にその言葉を呑み込んだ。前方、道の先に、箱持ちムカデの隊列、その尻尾を見出したからだ。
 敵は雪の山間部を多脚で突破しようとしている所だった。ヴェロニクはアクセルを緩めるとAU−KVを人型へと変形させた。ここから先は、こちらも装輪では移動できない。
「‥‥一気に決めてしまいたいところじゃが、流石にわしらだけではどうにもならぬの」
 後席からぴょんと飛び降りた桜が、無線で増援を要請する。モール跡地下の探索を終えた美空はロープで引っ張り上げられながらその要請を受信して‥‥AU−KV『ミカエル』で路上を疾走。途中、のもじを後席に拾い上げて、山間部の桜とヴェロニクに合流する。
「増援は自分たち二人だけであります。響さんとシューキンさんは、美空が地下から出てきた時には既にどこかへ移動しておりました」
「‥‥仕方ない、今ここにいる戦力で攻勢に出る。ここで因縁には決着をつけねばの」
 とはいえ、積雪の深い山間部の移動には彼我共に難儀を強いられた。蛇行する道に対して、斜面を突っ切るように強行して無理矢理敵の側面へと回り込む。‥‥山側の高所は取った。美空のガトリング、そして、のもじの洋弓の攻撃を皮切りに、桜とヴェロニクが敵側面へと突っ込んでいく。
 だが、輸送用とはいえ腐ってもワームである。反撃の拡散フェザー砲を撃ち放ちながら前進を継続し──最後尾の1機を切り捨てた。コンテナから転がり出てくる数体の『トロル』──2〜3mの巨躯を誇る人型キメラ──と砲甲虫。重すぎて雪深い地形に適したキメラとは言えないが、殿、いや、捨て駒とする分には問題ない。
「クッ‥‥相手にしている暇はないのに‥‥!」
 積雪をAU−KVで蹴立てながら、ヴェロニクが斜面を滑り降りる。半ば雪に埋もれた砲甲虫が溺れる様に放つ礫弾。それをかわして肉薄したヴェロニクは倒木を橋代わりに雪面を渡り‥‥砲甲虫の側面をクルリと回りながら、篭手型超機械を振るって電磁波を浴びせ焼きつつ、その傍らを通り過ぎる。
 と、その眼前に現れたトロルが、ヴェロニクへ向かって手にした大木を振り下ろす。蛍火でそれを受け凌ぎ‥‥横へ踏み出した足が雪に沈んで、体勢を崩すヴェロニク。そこへ倒木を、甲虫を、そして、ヴェロニクの肩を蹴り跳んで来た桜が薙刀を素早く一閃し──大木と、そしてトロルの首とを跳ね飛ばす。雪面に赤がぶち撒けられた。
「強化型でない!?」
 ざすっ、と雪に刺さって埋もれる桜。薙刀の柄を叩き付ける様にして自身を引っこ抜き‥‥と、そこへワームが機銃を撃ちまくる。飛び出た桜を空中で掴んだヴェロニクが雪と樹木の陰へと飛び込み‥‥ワームの背後からのもじと美空が激しい攻撃を浴びせまくる。
 激しい雪煙が舞い上がる中、箱持ちが対人用の拡散フェザー砲を斜面の二人へ撃ち放つ。能力者たちは、雪煙の向こうに消え行く箱持ちの本隊を見送るしかなかった‥‥


「箱持ちって、輸送機だよね? なら、キメラを積む前の荷物はどうしたのかな?」
 愛華が何気なく呟いたその一言に、キリルは少し驚いた様に目を瞠った。
 まことに勝手な言い草ではあるが、正直、愛華の事を『お気楽系のお姉さま』と思い込んでいたのだ。いや、特に理由があるわけではないのだが‥‥
「‥‥市内に物資を放擲した形跡はなかった。なら、ここに来る途中で投棄したのだろう」
 即ち、現在の補給路たる『東』のどこか。
「受けられるはずだった補給を受けられていない‥‥なら、撤退を前に回収したくならないかな?」
 愛華の推理に、キリルは今度こそ驚いた。キリルもまた、彼女ほど明解な論理を持っていた訳ではないが、ティムは東に向かったのではないか、と思っていたのだ。撤退路としては当たり前過ぎるルートではあるが、『第1目標』として目指す可能性は高い。
「──急ごう。だとしたら、敵はグズグズしていない」
 愛華は中隊長に連絡を取って車両を手配すると、キリルと共に『東』へ向かった。途中、敗残の身のキメラを何回か見かけたが、こちらを見るとすぐに逃げ出した。二人はそれを相手にせず、ただひたすらに東へ走った。
 山道へは徒歩で入るしかなかった。幾つかの足跡が先へと続いていて、中には人型のものも幾つかあった。だが、それがティムのものか、小鬼のものかは判然としなかった。
 最初の峠を越えた所で、彼らの目指すものが見つかった。ティムではない。補給隊が投棄していったコンテナの中身である。ミュルスの補給隊は予想通り、キメラ回収の為に中身をここに棄てていったのだ。
 だが、二人が辿り着いた時点で、中身は殆どが開放されていた。物資と、そして、新手のキメラが入っていたのだろう。急激に増えた足跡が道を東に進んでいた。
「‥‥とりあえず、これ以上は俺たちだけでは無理だ。‥‥見ろ。狼型の足跡が周囲へ散っている。隊列に同道させず、この辺りに残したんだ。‥‥追い抜いてきた敗残のキメラたちも、おいおいやって来るだろう」
 だが、痕跡は掴んだ。
 コンテナを開ける事がキメラに出来たとは思えなかった。解放後のキメラの統率された動きからも、ここにティムが来た事は間違いない。
 愛華は砲を抱え直すと、キリルの後に続いて峠を下り始めた。
 途中、一度、振り返る。雪と曇天を頂いた山々は何も答えはしなかったが‥‥これで終わりではないだろう。その思いは確信に近かった。