タイトル:模擬訓練キメラテイマーマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/14 07:14

●オープニング本文


 ラストホープ島にある訓練施設の一つで訓練オペレーターをしている神辺七海の元に1枚のデータディスクが関係者から送られてきたのは、年の瀬も押し迫った師走も末の日の事だった。
 ディスクのラベルには『能力者訓練シミュレーター 生身模擬戦用キメラデータ ユタ州版』との文字が記されている。七海はそれを業務用のラップトップに挿入すると、二度のチェックを経た後にソフトを立ち上げ、そのデータを閲覧し始めた。

名称:ビートル 種別:昆虫型(甲虫)
 コスト1 維持費:E レベル:E
 一般的に良く見られる甲虫型のキメラ。能力者であれば苦戦するような相手ではないが、数を活かされると厄介。
 命令を与えられた場合には機械の様にそれを実行する。損害等で撤退する事がない。

名称:カノンビートル 種別:昆虫型(甲虫・大型)
 コスト4 維持費:B レベル:C
 角の代わりに砲身が生えた対車両型の大型甲虫。足は遅いが耐久性に優れ、発する礫弾は当たり難いものの威力が高い。
 通常は固定目標や遅い目標への攻撃に使われるが、事前命令により礫弾を目標の足元に撃って散弾(威力↓命中↑)攻撃をする事も。
 命令(コマンド)に極めて忠実。

名称:ラージアント 種別:昆虫型(蟻・小型)
 コスト1 維持費:E レベル:E
 全長30cm位の蟻型キメラ。耐久性は低いものの硬い甲殻を持ち、大顎と蟻酸による高い攻撃力を持つ。
 より大型で強力なヒュージアント(全長1m。コスト3)も存在する。
 命令(コマンド)に極めて忠実。

名称:サーチャードッグ 種別:猛獣型(犬・小型)
 コスト1 維持費:E レベル:E
 黒い毛並みと赤い瞳を持つ索敵・哨戒用の大型犬型のキメラ。戦闘能力は低いが高い移動能力を持ち、夜目と鼻が利く。
 戦闘を避け、吼え声で仲間を呼ぶように調整されている。

名称:ダイアウルフ 種別:猛獣型(狼・中型)
 コスト2 維持費:D レベル:D
 戦闘用に調整された狼型のキメラ。防御力は低いが打たれ弱くはなく、その足が早さと俊敏さ、鋭い牙とで敵を狩る。
 特定の命令がない場合、同種の仲間と集団で敵を攻撃する習性がある。数が優勢な時の士気は高い。

名称:ゴブリン種別:人間型(小鬼・小型)
 コスト2 維持費:D レベル:D
 屋内・斬壕内での戦闘を考慮して作られた小鬼型のキメラ。その名に反して戦闘能力は低くはなく、新人能力者が不覚を取る事もある。
 得物を持つよう訓練された種もあり、その場合攻撃力は高くなる。夜目が利くのも何気に便利。

名称:『狼騎兵』 種別:特殊
 コスト4 維持費:C レベル:C
 ダイアウルフにゴブリンが騎乗した状態。機動性に優れ、手にした槍で突撃したり、迂回攻撃をしたり、騎兵の様に運用される。
 ただし、独自に作戦を展開するような知性はなく、一度『落馬』したら命令なしに騎乗する事も無い。

名称:トロル 種別:人間型(巨漢・大型)
 コスト6 維持費:B レベル:B
 全長2〜3m程の巨躯を誇る醜い外見の人型キメラ。膂力と耐久性に優れ、自己回復能力を持つ。命令による戦術行動能力あり。
 経験を積んだ個体の関節部を強化し、極めて高い戦闘能力を得た強化型(コスト9)も存在する。

名称:獣人 種別:人間型(獣人・中型)
 コスト4 維持費:D レベル:C
 獣を擬人化した様な外見を持つ人型キメラ。獣の様に疾走し、人の様に爪と牙とで攻撃する。回復能力があり、集団で攻撃する習性あり。
 膂力に優れた虎型とスピードに優れた狼型とがある。

名称:ハーピー 種別:人間型(有翼人・中型)
 コスト2 維持費:D レベル:D
 醜い外見を持つ有翼の人型キメラ。新人能力者に優越する俊敏性と飛行能力を持ち、降下攻撃を得意とする。

名称:アンゲロイ 種別:人間型(天使・中型)
 コスト6 維持費:C レベル:B
 彫刻のような無機的な美しさを持つ天使型の有翼キメラ。飛行能力を持ち、得物を持てる用訓練されているが、知能が高いわけではない。
 無機物を透過する『神弾』を放つ事も可能で、遠近両戦をこなす万能型。より強力な『アルヒアンゲロイ』(コスト9)も存在する。

名称:ライトニングニードラー(小集団) 種別:昆虫型(蜂・超小型(の集団))
 コスト6 維持費:C レベル:B
 小さな蜂型キメラが集まって形成する小集団。集団で1ユニットとして扱う。個体では、雷撃を纏った針を持つ貧弱な拳大の蜂型キメラ。
 防御力は低いものの、集団になった事で極めて高い命中力と耐久性を得ている。行動力が高い代わりに移動力が低いのが特色。

名称:リトルグレイ 種別:人間型(『宇宙人』・小型)
 コスト5 維持費:D レベル:B
 全身が銀色で、白目のない大きな黒い目を持つ全長1m程度の低頭身人型キメラ。耐久性は低いが、極めて強力な力場と礫弾、光線を持つ。
 基本的に数と火力で前面を制圧しながら進むタイプのキメラだが、比較的知能が高く、仲間と横列を組んだり狙撃手として潜伏したりもする。

‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥
‥‥

「いや、こんなローカルなキメラのデータを持ってこられても、ねぇ?」
 七海は苦笑を浮かべながらそう嘆息すると、ラップトップのモニタに映ったデータを、訓練用シミュレーターに手動で入力し始めた。表計算ソフトにも似た入力画面に、数値を物凄い速さで打ち込んでいく七海。物の数分でそれを完了させた七海は、その新しいデータを検証用の仮ステージのデータベースへと上げた。思考ルーチンの入力は仮。外見のモデルやモーションなどは後でもいいだろう。
 そろそろ昼食の時間かな、と小さな身体に大きく伸びをさせた七海は、ふと、ラップトップのモニタの隅に、このような文字が浮かんでいるのに気がついた。
「貴方なら、どの様なキメラをここに追加しますか?」
 それを見た七海は、ふむ、と小さく頷いた。或いは、キメラを使う敵の立場になって物を考えるのも面白いかもしれない。それによって、今まで見えてこなかった敵の思惑などに気がつく事もあるだろう。
 そういえば、うちのシミュレーターでこのテの『机上演習』ってやった事がなかったな、と七海は手を打った。新データの思考ルーチンは未設定だが、人がコマンドを入力して動かす分には問題ない。むしろ、シミュレーターの思考ルーチンを一人で設定するのはめんどくさ‥‥いや、ゲフンゲフン。
 七海は休憩交代の時間を確認するとロビーに出て、訓練を終えて昼食に行こうとする何人かの能力者に声を掛けた。
「ねぇ、貴方たち。昼食を賭けて‥‥って、今日はそっちじゃないや。ちょ〜っと、キメラを率いて遊んでみる気、ない?」

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
九条・葎(gb9396
10歳・♀・ER
ヘルヴォール・ルディア(gc3038
20歳・♀・CA
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER
沙玖(gc4538
18歳・♂・AA

●リプレイ本文

「模擬戦訓練、『キメラテイマー』! ‥‥とか言うと、なんかヒーローっぽいよネ? あけましておめでとう」
 訓練所のエントランス。阿野次 のもじ(ga5480)の新年の挨拶を受けて、七海は「これはこれはご丁寧に」と深々と頭を下げた。
 それに応じて更に深々と頭を下げる響 愛華(ga4681)。ぺこり、ぺこりと繰り返される挨拶の応酬は、綾嶺・桜(ga3143)がハリセンでツッコミを入れるまで繰り返された。
「‥‥ともかく、昼時ですし、食事でもしながら説明を伺うと言うことでどうですか?」
 その光景に苦笑しつつ、鏑木 硯(ga0280)が絶妙なタイミングで提案する。なんなら(成長期っぽい)七海さんの分も奢りますよ? そう言い掛けた硯は、しかし、期待に満ちた眼差しでこちらを振り返った愛華に気づいて、慌てて首を横に振る‥‥
 訓練場を出た一行は、そのまま訓練所前の公園に出ていた屋台のオープンカフェへと移動した。七海がホットドッグを頬張りながら、今回の模擬戦についての説明する。
「キメラのデータを用いてのシミュレーション訓練ね‥‥戦略の幅は広がるか?」
「ふむ。自分がキメラを使う立場になってみると言うことか。上手く今後の依頼に活かせると良いね」
 隣のテーブルで昼食を取っていた沙玖(gc4538)とヘルヴォール・ルディア(gc3038)が、七海の説明に興味を引かれてテーブルごと移動して来る。離れた席にいた天野 天魔(gc4365)は、食べかけの食事をきっちり終わらせてから合流した。その間も七海の説明はしっかりと耳に入れていたらしい。
「‥‥こういうゲームは‥‥好きです‥‥‥‥色々と‥‥夢が広がって‥‥」
 いつの間にか側にいた九条・葎(gb9396)が、ふわふわのオムライスを頬張りながら呟いた。
「‥‥もし勝てたら‥‥‥‥デザートもつけよう‥‥」
 どことなく幸せそうな表情で、葎はコクリと頷いた。


 模擬戦はKV用のシミュレーターを用いて行われるようだった。
 キャノピーを模したモニターに、3DCGによる風景が映し出される。選択された戦場は『切り立った崖の岬の先に立つ小さな城砦』だった。
「それにしても、相変わらず良く出来たシミュレータ‥‥っ?!」
 モニターに映るリアルなCGに感心しかけた沙玖は、しかし、現れたキメラのCGに目を瞠った。それは、8bitマシンで使われていた様な‥‥なんかもう妙に懐かしいドット絵で表現されていたのだ。
「すみません。数値以外のデータはまだ仮なので‥‥心のメモリーとか心眼とか、そんな感じで補正して下さい」
「‥‥なんか某ゲームに似ている気がするのじゃが(汗)」
 2パターンアニメを繰り返すキメラを見ながら苦笑する桜。ちなみに、七海の中では『戦術鬼』(和訳)というより『ラ○○○ッサー』と『ネ○○○ス』を(以下略)
「相手方の立場で、とは中々得難い体験だ。精々楽しませてもらおう」
 で、次はどうすれば良いのか、と尋ねる天魔に、七海は使うキメラを選択するように伝えた。
「なんかどこかで見たキメラばっかりだよ〜(汗)」
 呟きながら、愛華はリストの中から『ラージアント』を5匹と『サーチャードッグ』2匹、『獣人』2匹をチョイスする。
 全員の選択を確認した七海は、次にそれを戦場のどこに配置するのかを決めるよう皆に伝えた。
「今は自分のユニット(キメラ)しかマップに表示されていないと思いますが、ゲーム‥‥じゃなかった、『訓練』が始まったら、索敵範囲に入った敵は表示されますので‥‥」
 勝利条件
 攻撃側:『敵の全滅』または『拠点に立つ旗の奪取』
 防御側:『一定以上のコストの撃破』
「では、皆さん。準備は良いですか‥‥? それでは、模擬戦『キメラテイマー』、開始します!」


 朝靄の中、ズシン、ズシン、と重厚な音を響かせながら、重い甲殻に身を包んだ大型甲虫キメラ『砲甲虫(カノンビートル)』が、敵城砦目指してゆっくりと進軍していた。
 その前後をただ無言でついて歩く『トロル』と『リトルグレイ(以後、グレイ)』。感情の見えないグレイとは対照的に、トロルの顔には決戦を間近に控えた興奮が見て取れる。肩に担いだ破壊槌に、キラリト光る朝の陽光──見れば、丘の稜線から太陽が昇り始め‥‥急速に消え行く霞の向こうから、まるで浮かび上がる様に城壁と塔とがその姿を現し始める‥‥
 葎が心中に思い浮かべた自隊の行軍の情景は、或いはもっと違ったイメージであったかもしれない。はっきりとしている事は、彼女の砲甲虫が敵城正門をその射程に捉えた、という事だった。
 葎は自隊の前進を止めると、砲甲虫に正門への砲撃を命じた。砲撃体勢を取り、音高く砲声を打ち鳴らしながら礫弾を放つ砲甲虫。正門を幾発もの礫弾が直撃し‥‥やがて、大きくひしゃげたそれは、ゆっくりと、悲鳴の様な金属破砕音を響かせながら、城の内側へと倒れていく‥‥(※画面はイメージです)。
「‥‥うん。やっぱり、不動目標が相手なら‥‥砲甲虫は、有効度が高い‥‥です‥‥」
 ぴこ〜ん、とダメージ数値を出して消える正門CGを見やりながら、葎はそう頷いた。
 一方、攻撃を受けた防御側でも、いよいよか、との緊張が高まりつつあった。破壊された正門の側には、ヘルヴォールと硯の二人がキメラを伏せていた。
「予定通りですね‥‥そろそろ敵が突撃をかけてきますよ、ヘルヴォールさん」
「分かっている。歓迎の準備は出来ているさ」
 ヘルヴォールは、2匹のキメラを城壁上に伏せたまま『蜂(ライトニングニードラー)』の小集団を飛び立たせると、正門脇の城壁の陰に配置した。敵の突撃に合わせてこれを正門に移動させ、敵が対応に苦慮している間に、城壁上のハーピーが奇襲する作戦だ。
 硯はそれに呼応する様に、『アルヒアンゲロイ』を反対側の城壁裏へと移動させた。蜂が足止めした敵を、非生物透過の『神弾』で壁越しに攻撃。敵戦力を漸減しようというのがその意図する所だった。
 確かに、これが成功すれば、攻撃側は正門前で少なからぬ戦力を消耗していたに違いない。だが、攻撃側は正門の攻略に拘らなかった。葎は正門破壊後も前進せず、今度は城壁への砲撃を開始したのだ。
「‥‥陣地攻撃時の力押し‥‥大好きなのです‥‥」
 砲撃を継続する砲甲虫を眺めながら、ほくほくと呟く葎。だが、城壁は門より遥かに堅く‥‥1門での破壊に限界を感じた葎は、壁の1箇所を崩したところで砲撃を中止し、トロルを前面に押し立てて前進を開始した。
 壁の穴に立ち塞がるべく城壁内を移動する防御側のキメラたち。トロルが突入する直前に穴を塞いだ蜂雲は、だが、次の瞬間、砲甲虫の支援砲撃にその一部をごっそり撃ち貫かれた。直後、得物を振り回しながら突っ込む葎のトロル。だが、大量の蜂は中々減らない。そこへ城壁上を発ったハーピーが加速をつけて急降下。その鋭い鉤爪でトロルの背中を切り裂く。一撃離脱で再び上昇していくハーピー。その1匹を葎のグレイが狙撃で追い討ち、撃ち落とす‥‥
 一方、硯の天使が壁越しに放った神弾は、前進するトロルの背後を抜けて外れた。元々、渋滞した敵を撃ち捲るはずの無照準での攻撃だ。移動目標には当たり難い。そして、小質量の蜂の集まりは──ダメージソースとしては優秀ではあるものの──重量級キメラの足止めには向かなかった。
「敵トロル、城壁を突破!」
 ダメージに構わずに進み続け、遂に城壁内に侵入するトロル。その行く手を遮る様に、硯は天使を回り込ませた。打ち合わされる槍と槌。激しい金属音と共に火花が散る‥‥

「さぁ、まずは高みの見物といこう。‥‥ククク。味方の奮戦に期待だな」
 攻撃側の最後衛。戦場の全てを見渡す位置に初期配置をして以降、全く動かずにいる隊が一つ、そこにあった。
 2匹ずつのハーピーとリトルグレイを傍らに控えさせた、天魔の率いる部隊である。彼は戦闘開始と共にサーチャードッグを放つと、戦場の様子を監視しながら一人、状況を窺っていたのだ。
 愛華が東西に放った犬2匹と自前の1匹とで、正門までの状況は手に取るように分かった。城壁部では激しい戦いが繰り広げられており、未だ突破は果たせていない。その側方、マップの端では‥‥沙玖が率いる襲撃部隊が、戦場を掠める様にしながら、一目散に奥を目指して突き進んでいた。

「地の利が相手にあるというのなら、陸から攻めねば良いだけの話だ。急襲して旗を取る」
 ハーピー、3に、アルヒアンゲロイが1。
 飛行キメラのみで構成された沙玖の隊は、その翼の一振りで城壁を突破。戦場を無視して突進すると、ただひたすらに旗を求めて奥へと進撃し続けた。
「むっ!?」
 防衛側でそれに気づいたのは、マップ中央で警戒に当たっていた桜隊だった。トロルの肩にリトルグレイと桜を乗せ(※画像はイメ(以下略))、正門の援護に向かおうとしていた彼等は、城壁ぎりぎりの高さを突破して来る沙玖隊を発見したのだ。
「ゆけ! 旗に近づくものは撃ち貫くのじゃ!」
 桜の指示に従い、沙玖隊に向き直るトロル。その肩に乗ったグレイが立ち上がり、指先を敵に伸ばして、トロルの肩上という『高所』から礫弾を撃ち放つ。
 空気を切り裂く音がして、直後、空を舞う沙玖のハーピーの1匹が、パッと血を撒き散らして墜落していった。視界を振り、城内に存在した対空砲──桜隊を発見する。沙玖は即座に決断した。
「邪魔は気にするな! 全力で旗を目指せ! ハーピーは最悪、身を挺して天使を護れ!」
 キメラを使った戦術の一番の違いは、人ほどには犠牲や損害を考慮しないで済む点だろう。キメラであれば存命を前提としない、命を賭した作戦も有効となる。
 気づいた桜は「ぬぬぬ‥‥」と唸ると、足元のトロルに岩を投げるよう命じた。岩石をわっしと掴み、力任せに放り投げるトロル。肩に乗っていたグレイと桜が「わー!」ところりん落っこちる。
 突進を続けていた沙玖隊は、目の前を飛び過ぎていった岩塊に目を瞠った。岩は誰にも当たらなかったが、隊列が乱れてハーピー1体、グレイの狙撃に撃ち落とされる。
 それらの犠牲をものともせずに強行した沙玖隊は、ついに桜の防衛線を突破した。目指すべき旗は、城砦の奥、空から見えるか見えないかの所にひっそりと佇んでいた。周囲に敵の姿は見えない。
「よし、各個、総がかりで旗取りにかかれ!」
 だが、それは罠だった。旗へ近づく為に高度を下げた沙玖隊を物陰から飛び出してきた5匹のゴブリンが取り囲み、一斉に手斧を投げ放ったのだ。
「ヒャッハー! 奪取者は粛清だーっ!」
 それはのもじが率いる小鬼(ゴブリン)5匹の伏兵だった。なぜかヒーローっぽい全身タイツ(※画像はイメ略)を着用している‥‥シミュレーター内ののもじは、ガチでバニー姿だが。
「非実在ガチ青年クローバー!(Tooハート!)」
「不純同性交遊推奨・腐ジョカー!(Tooハート!)」
「波紋の薔薇は痛かろうダイヤ! 障子を突き破り逸脱スペード! ‥‥全員揃って‥‥ ゴブリンファイブ!」(演出&声の出演:阿野次のもじ)
 決めポーズを背景に、なぜか沸き起こる爆発(※イメ略)。だが、包囲下での奇襲は──実際問題、沙玖隊にとって致命傷だった。ハーピーが瞬く間に大地に落ち、天使の鎧に何本もの手斧が突き立つ。せめて旗を、と前に出た天使が小鬼の1匹(イエロー)を突き倒し──直後、旗を目前にして包囲攻撃を受け、力尽きた。

 その頃、正門前の戦闘も終わりを迎えようとしていた。
 ヘルヴォールの蜂とハーピーは既に消耗し尽くしていた。だが、葎のトロルもまた、ダメージの蓄積に耐えられずに倒れ付す。前に出る硯の天使。迎え撃つ葎の残存戦力。だが、移動目標に対して砲甲虫はほぼ遊兵と化し、残ったグレイ1匹では流石に大天使の相手は手に余る‥‥
 旗への奇襲攻撃をかけた沙玖隊も待ち伏せに遭って壊滅し‥‥戦況は一見、防御側に有利に見える。だが、まだ勝負はついてはいない。防御側は、残る攻撃側の2隊の所在を掴めないでいたからだ。
「ふむ。敵の配置はおおよそ見切ったな。さて、今なら旗を急襲し、奪取するのも容易いが‥‥」
 戦力を温存してきた天魔は、だが、そう言いつつも頭を振った。‥‥いや、それでは美しくない。折角、今の俺はバグアなのだ。ならば血に濡れた狂乱の宴こそが、今宵の俺に相応しい‥‥
「故に、出撃せよ。惨劇の幕を開けるのだ!」
 ばさり、とマントを翻した(※イメ略)天魔の号令の下、キメラが進軍を開始する。グレイを吊下したハーピーが素早く前線へと進み、消耗していた硯の天使を撃破。城内へと突入する。
 さらに前進し、そこで桜隊と交戦に入る天魔隊。だが、桜隊もまた殆ど消耗していない部隊である。グレイの援護の下、トロルを前面に押し出して攻勢をかけてくる桜隊。グレイとハーピーのみで構成された天魔隊は、逆に地形を利用しての射撃戦でそれを『迎え撃つ』が、桜隊は岩の投擲で以ってその『地形』自体を破壊する‥‥
「見えた! 旗だ!」
 交戦の最中、遠目に旗を確認した天魔が思わず叫んだ。全ての敵を破り、あそこに辿り着いた時こそ、彼の狂宴は完成するのだ。
 だが、その目前で、するすると旗が下りていった。戦闘を中断し、おや? と顔を見合わせる桜と天魔。きょとんとした顔の愛華が顔を出し‥‥手にした旗を、掲げて見せた。


 戦闘が始まってからずっと、蟻と獣人とで構成された愛華の隊はマップの端を北上し‥‥誰に気づかれる事無く、ひっそりと壁に取り付いた。
 蟻の酸と顎を使って城壁に穴を開けて進路を開拓。そのままひっそりと城内を進み続け‥‥ 旗の側まで近づくと、蟻5匹を複数方向から突っ込ませて囮としつつ、背後から獣人2匹を突入させて旗を奪取したのである。
「やはり索敵範囲が狭かったのが致命的だったかと。サーチャーも飛行キメラも居ませんでしたからね。その隙を衝かれた形です」
 そう言って七海が今回の『訓練』を総括する。
「なるほど‥‥まぁ、勝敗はともかく、今回の経験がユタ戦線の戦いに少しでも役立つといいですね」
「今回の訓練の検証と意見交換を兼ねて‥‥皆、この後、一杯やりに行かないか?」
 そうですね、と笑みを湛えて頷いた七海は、しかし、先に行っていて下さい、とヘルヴォールに返事した。まだ遊び足りない人もいるらしい。シミュレーター上では、『風雲のもじ城』なるイベントが始まっていた。
「‥‥では、甲虫を基幹とした部隊で東西から砲撃しつつ、南北から主力で攻め上がります」
「むむむ、そうして1Fのゴブリンファイブを突破した葎っちゃんの前に現れたのは、天使と虎人と狼人で構成された3バカキメラなのでした!」
 攻める葎と守るのもじ。傍から見ていた愛華が桜を引っ張って参加に走る。
 そういうわけで、とシステム管理に戻った七海。残された『大人たち』は、もう少しつきあうか、と顔を見合わせ苦笑した。