タイトル:Uta 巨人、一騎マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/31 19:11

●オープニング本文


 2010年5月──
 ユタ州プロボのキメラ群指揮官ティム・グレンに対する補給活動は、この頃既に絶対の安全を保障し得るものではなくなっていた。
 ユタ州東部から続く山間部、その湖畔の森の陰。補給部隊を率いるゴーレム乗りのバグア、ミュルス・スカーデは、遠い空より響いて来る航空機のエンジン音に気付いて、配下のワームへ隠れるよう指示を出した。
 徐々に大きく、山間に木霊するエンジン音‥‥ やがて、西の空から、北中央軍西方司令部所属の偵察機、RF−104『バイパー(偵察型)』が姿を現した。頭上を圧する轟音に息を潜め、ただ時が過ぎるのをじっと待つ。敵機は頭上で大きく旋回し‥‥突如、機首を下げ、湖に向かって降下を始めた。放たれる機関砲。湖畔に立ち昇る弾着の砂塵と水柱── 上昇へと転じた偵察機は再び旋回する事も無く‥‥そのまま、何事もなかったかの様に西の空へと去っていった。
 ミュルスは機を森の中から道路へと歩み出させると、各所に隠れた陸上輸送用ワーム『箱持ち百足』を呼び集めた。その足元には、血塗れ‥‥というか、粉々になった蛙人型キメラの『残骸』。先程の銃撃は、湖畔に生息するこの野良キメラを戯れに撃っていったものらしい。
 森の中から、或いは湖の底から、続々と姿を現す輸送ワーム。それらに再び隊列を組ませながら、ミュルスは淡々とした表情で、しかし、小さく嘆息した。
「‥‥まったく。なぜ私がこのような事を‥‥」
 この自問ももう何度目の事だろう。それを思って、ミュルスはさらに大きく息を吐いた。
 かつて、この大陸の『西海岸』と呼ばれる狭い地域に押し込まれ、メキシコと大陸中央部からの圧力に逼塞していたかの地の地球軍は、今やその戦力を大きく増強しつつあった。F−104改、そして、F−201Cの配備が進むにつれ、地球人たちは西海岸周辺部の制空権を大きく広げている。かつてはバグアが優勢を維持していた空を我が物顔に飛ぶ敵機──だが、まぁ、それはいい。ミュルスはワーム乗りのバグアであり、前線で敵と切り結ぶ事を好む戦士系のバグアだった。敵が強くなろうが、戦える事に何ら不満は無い。
 不満があるとすれば、こうして敵から逃げ隠れしなければいけない事だ。それもこれも、全てはティム・グレンの『命令』の所為だった。前回の惑星侵攻時、彼女はティムととある『賭け』をして、ものの見事に負けたのだ。条件は、次の侵攻の間、自分の『ゲーム』の手伝いをする事。だからこそ、彼女はこうして、前線に立つティムの元へと補給を手配し続けている。‥‥あくまで、彼の『ゲーム』を維持する為に。
 最大の目的は、物資を無事に前線に送り届けること。その為には、戦闘は可能な限り避けなければならない。‥‥敵との戦闘を至上の価値とする彼女にとっては屈辱以外の何物でもないが、自らが負けた賭けの条件を曲げるというのも、この上ない屈辱には違いない。
 ミュルスは日が落ちるのを待つと、夜の闇に紛れるようにしながら、ティムの待つユタ州プロボへの移動を開始した。
 約束はバグアの意地にかけても守る。守ってみせるが、その、なんだ‥‥ 敵を前にこそこそとしなくてはならない自分の立場を顧みると、バグア的になんか、こう、ちょっぴり泣きたくなる気分であるには違いないのだ。

 2010年10月──
 この一ヶ月の間における、ここ、ユタ上空の敵の進出は尋常ではなかった。
 何が起こっているのか、人類側の事情など彼女には分かろうはずもない。ただ、西海岸の地球人たちが、このユタ上空にこれまでに無い規模の戦力を送り込んでいる事は用意に推察し得た。
 その日、山間部で3度、上空を飛ぶKVの編隊をやり過ごした彼女は、やはり淡々とした表情でプロボへの道を急いだ。急ぎながらも、常に隠れ場所を確保しながら慎重に歩を進める。たとえ本位ではないとしても、仕事は完璧にやり遂げてみせるのが彼女の『信条』──強迫観念にも近い信念だった。このユタの山間部はもうじき雪に閉ざされる。冬を前にしたこの最後の補給は、きっちり送り届けてやらねばならない。
 そうしてプロボ東の山間部を抜けたミュルスは‥‥ 峠から戦場を見下ろして、そこで信じられない光景を目の当たりにした。
 ティムが誇るキメラの大群が、地球人の部隊──それも、僅かな装甲車両と能力者を前面に押し出した『歩兵』の大隊──に、一方的に追い立てられていたのだ。
 ミュルスは通信機のスイッチを入れるとティムを呼び出した。
「ああ、悪い。してやられた」
 あっけらかんとそう言ってのけるティム・グレン。地球人の罠にかかり、ショッピングモールの崩落に巻き込まれて地下道に閉じ込められており、キメラに対する統率が執れていないのだという。
 ミュルスは『箱持ち百足』に荷物の投棄を命じると、大型兵装の砲や自衛用のフェザー砲を展開させた。それを幾つかの班に分け、移動を開始させる。そして、自らは機に大剣を引き抜かせると、フェザー砲の動作確認を終えてから、盾を構えて空中へと跳躍した。戦場上空を旋回していた近接航空支援のKV2機を、そのまま立て続けに斬り落とす。
「まったく‥‥いったい何をしているのですか、ティム・グレン」
 地響きと共に、だが、どこか軽やかに着地しながら、淡々と呼び掛けるミュルス・スカーデ。上空をこちらへ近づいて来るKVの編隊を見遣って‥‥
 彼女は小さく、その唇の端を歪ませた。


「ワームだ! 前線にワームが出た! ゴーレム、有人機が1と‥‥箱持ちが6! CAS機が2機やられた!」
「味方歩兵部隊、及び装甲車両後退中! 畜生、敵も味方もまるで蟻の様に逃げ散り初めているぞ!」
「ギース3、ギース3、こちらHQ。諸君等の編隊が一番オレムに近い。敵ワームを排除してくれ」
 ユタ上空でCAP任務についていた能力者の傭兵たちは、西方司令部からの指示を受けてオレム・プロボ間の戦場へと急行した。遠く、廃墟の市街地の真ん中で、かさかさと動く箱持ち百足と、堂々と佇むゴーレム1機。その頭部の光学センサがこちらをジッと捉えている。気付かれているな、と傭兵の誰かが呟いた。
「全機、これより敵地上ワームを排除する。至近を味方の地上部隊が撤収中。空対地攻撃は不可とする。人型降下し、地上戦にて奴らを片付けるんだ」

●参加者一覧

月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
明星 那由他(ga4081
11歳・♂・ER
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
須藤・明良(ga8652
20歳・♀・EP
美空(gb1906
13歳・♀・HD
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

 気付かれている。でも、なにか待たれている気もする。
 降下の為に高度を下げつつ戦場上空へと進入しながら、明星 那由他(ga4081)はそんな事を感じていた。
 瓦礫の山と化したショッピングモールの横に立ち、正確にこちらへ視線を送る敵ゴーレム。その佇まいには、無人機にはない『意志』の気配が見て取れた。
「『黒焔凰』より全機。降下開始。降下予定地点に煙幕弾を投下する」
 共に前衛を飛ぶ鳳覚羅(gb3095)の言葉に、那由多は操縦桿を握り直した。先頭を飛ぶ月影・透夜(ga1806)のディアブロ、覚羅の破曉の後に続き、那由他のイビルアイズも大通り沿いに高度を下げる。
 最も早く降下したのは、須藤・明良(ga8652)のガンスリンガーだった。彼女は僚機の中でも最も北へ──撤収を始めた地上部隊よりもさらに北側へと降下した。そのまま周囲を索敵しながら南へ機を走らせ‥‥後退して来る装甲車両とすれ違う。その中に歩兵を乗せたIFVの姿を認めて、明良は人の悪い笑みを浮かべた。あの中には知り合いの能力者がいるはずなのだ。
 少し離れた南の路上には綾嶺・桜(ga3143)と響 愛華(ga4681)が降り立った。それは撤収する味方と敵との間に立ちふさがる位置だった。
「早く逃げて‥‥! ここは私たちがやるんだよ!」
「味方はやらせん! ここを通りたくば、わしを倒してからにするがよい!」
 だが、敵は前進して来る気配を見せなかった。龍深城・我斬(ga8283)のシラヌイS2型と美空(gb1906)の破曉が降下を取り止め、上空から戦場を確認する。敵はゴーレムを中心にして、3機ずつ計6機の箱持ちムカデを左右に大きく展開していた。鶴翼の陣、とでもいうのだろうか。中央のゴーレムへ突撃する機体を左右から砲撃するつもりらしい。
 だが、陣形と呼ぶにはあまりにも数が少ない。このユタに派遣されて来る箱持ちの数は、ずっと多いはずなのだが‥‥
「さて、この微妙な布陣‥‥どんな隠し手があるものやら」
 我斬は風防越しに地上を見下ろした。箱持ちは何かと嫌な物を持っている事も多い。だが、ざっと見た限りでは『戦場』にそれらしき怪しげな物は見当たらない。
「愛華、地殻変化計測器はどうだ?」
「‥‥地中はクリア。地下を何かが動いている気配はないんだよ。でも、地上は『ノイズ』が多すぎて‥‥」
「キメラの群れが南へと逃走している。榴弾砲で狙えるか? 座標は‥‥」
 敵の多くは既に射程外に達していたが、愛華は最大有効射程で榴弾砲を撃ち放った。逃げ惑うキメラたちの真ん中で2発の大型榴弾が炸裂する。進路上に砲弾を撃ち込まれたキメラたちは、四方八方へと出鱈目に逃げ散り始めた。
 その光景を空から見下ろす我斬の視界の隅に、旋回を止めて南へ一直線に飛び始めた美空機の姿が映った。
「お、おい、美空! 単騎でどこに行こうってんだ!?」
「中央のゴーレムは明らかに陽動。ここは隠された意図があるとみて間違いないのであります。美空はそれを叩くのであります」
 そう答えた美空は逃げるキメラを追って『戦場外』まで飛んでいくと、その先頭集団の只中へ魔神の如く降り立った。
「まずは弱い敵からぶっ潰すのであります。うららららぁ! なのであります」
 走りながら、じゃらり、と垂らした真ルシファーズフィストを、地面を掬う様にして振り払う。遠心力で広がった鎖付きの金属球がキメラたちを薙ぎ払い‥‥その度に、キメラたちは押し潰され、磨り潰され、或いは半身を永遠に吹き飛ばされた。
「さあさあ! お友達ご自慢のキメラ部隊が全滅してしまうでありますよ?!」
 美空の挑発に、だが、ゴーレムは動かない。
 その理由を、美空は後で知る事になる。

 一方、KVの着地を確認したミュルス・スカーデは、機を瓦礫の小山の上へと跳躍させた。
 瓦礫の一部が崩れ、通信機越しにティム・グレンの悲鳴が響く。何やってるんだ、と叫んだティムの声が、次の瞬間、何かに気付いた様にハッとした。
「おい、まさか‥‥止めろ、今は敵の方が優勢だ。さっさと僕を助けて離脱──」
「少し、黙ってて貰えませんか?」
 ミュルスは足元の瓦礫へ向けてフェザー砲を1発、撃ち込んだ。沈黙するティムに満足そうに一つ頷く。緒戦以降、地球人と矛を交える機会はなかった。ここで少しくらい楽しんだ所でバチは当たらないはずだ。
 こちらへと突撃してくる前衛3機のKVを見て、ミュルスはまず敵の技量を見る事にした。最も近い箱持ちを呼び寄せ、その背からプロトンランチャーを引っ張り出す。長い砲身を振って先頭の赤いKVを照準、必中を期して撃ち放ち‥‥
 だが、放たれた光線は、あり得ない事に、よりにもよって上へと逸れた。
「‥‥照準装置に、誤差だと‥‥?」

「ロックオンキャンセラー起動。これより40秒間、使用を継続します。‥‥左右の箱持ちは効果範囲外ですけど」
「味方に任せろ。信じるんだ。‥‥各機、伏兵の奇襲に注意! 敵前で足を止めるなよ!」
 頭上を越えていく膨大なエネルギーの奔流に照らされながら、那由多機と透夜機、そして、少し遅れて覚羅機が突撃を継続する。そこへ向けて横合いから多連装型フェザー砲を撃ち捲る箱持ちの群れ。そこへ、さらに横合いから放たれた誘導弾が箱持ちのコンテナ部分を吹き飛ばす。廃墟をホバー装輪で抜けて来た愛華機が、右翼の箱持ちへ向け誘導弾を撃ち放ったのだ。
「天然(略)犬娘、援護を頼む! 吶喊する!」
「わぉ〜ん!」
 多脚部を地に下ろし、両腕のブラストシザースを撃ち捲る愛華機。その横を、マウントされたハンマーボールを引き出しながら桜機がブースト装輪で突っ込んでいく。錯綜する火線の中、箱持ちのフェザー砲が桜機を指向して‥‥直後、愛華機が放った光線が箱持ちの機体を貫き、小爆発がその照準をずらす。
 その間に接近を果たした桜機が大きく鉄球を振り被り、その一撃で以ってワームをぐしゃりと地の上へと叩き潰す。そのまま軸足へ機重を移動させつつクルリと回り‥‥遠心力でぶん回した鉄球で以ってもう1機のコンテナを薙ぎ飛ばす。
 一方、降下を果たした我斬は左翼の箱持ちへと突っ込んでいた。
 廃墟と化した建物の間を縫う様に──伏兵を警戒しながら迫る我斬のシラヌイ。敵は3機がかりの火力でそれを迎え撃った。廃墟の中を飛び交い、或いは蒸発させる多連装型の怪光線。建物の陰に隠れながら、我斬は小さく肩を竦めた。単騎でこれを突破するには、ある程度の損害を覚悟しなければならないか‥‥
 と、突然、後方から飛んできた一弾が、箱持ちのコンテナを貫通。爆発を引き起こした。振り返る我斬。遥か後方、頑丈なビルの屋上に上がって膝射姿勢を取った明良機が、スナイピングシュートによる狙撃砲の一撃で狙い撃ったのだ。
「──LETs PARTY」
 廃莢。それが地に落ちて音を立てるより早く、次発を敵へと発砲する。先ほど被弾した1機が続け様に弾を喰らって爆発。コンテナを大きく空へ吹き上げる。
 我斬はすかさず物陰から半身を出してマシンガンを撃ち捲った。宙を裂く火線。弾着が敵のすぐ横の地面に弾け、よれた1機がもう1機の側へと傾ぐ。
「よし、思惑通りそこに来たな! アクチュエータ起動、ぶっ飛べ拳ー!」
 物陰から飛び出した我斬機はブーストを使って一気に加速。両の腕に機拳を掴んで敵中へと肉薄した。『砲塔』を動かして反撃する箱持ち。それを機拳の左籠手部で受け凌いだ我斬は右拳のブースターに点火。その一撃で以ってコンテナごとその箱持ちをぶち抜いた。

 瓦礫の上に立つゴーレムへブースターで跳躍しようとした透夜は、だが、その直前、瓦礫を蹴り下りた敵機の突撃を受けていた。
 スラスターを素早く逆噴射させつつ、敵機の刺突を受け流す。そのまま右へ──敵の盾側へと回り込む透夜機。追随する様に敵が旋回する。
 逆に左側へと回り込んだ那由他は、手にしたシールドキャノンを素早く地に据え、発砲した。射線上、敵機の先にはティムが埋まった瓦礫がある。だが、敵はあっけなく回避した。
「避けるんだ!?」
 驚く那由他に突っ込んで来るゴーレム。センサーの異常が那由他のイビルアイズによるものだと気付いたらしい。
 盾砲もそのままに、背部から機槌を抜き、振るう那由他機。ワイヤにつながれた球体部分が外れ、遠心力で振り回される。それを掻い潜り迫る敵。そこへ放たれる47mm機関砲弾。敵はそれを盾で受け弾きながら構わず突っ込み‥‥ 直後、その眼前に横合いから鋭い火線が飛び、ゴーレムはその身を仰け反らせた。追いついて来た覚羅機がスラスターライフルで牽制射を行ったのだ。
 那由他に下がるよう伝えながら射撃を続行する覚羅。機体に練力を叩き込んだゴーレムが右へ、左へ、ステップを踏みつつ後退する。その盾へ向け、機刀による斬撃を叩き付ける透夜。素早く銃に再装填しながら、覚羅機が走輪走行で敵側面へと回り込む。
「構わん、今だ、砲を放て!」
 透夜の叫びに、那由他は思わず引鉄を引いた。叫ぶと同時に機を翻した透夜機の横を抜け、那由他の砲弾が不意打ち気味に敵の盾表面で弾け散る。
「切り札を切る。これが全力の一撃だ!」
 スラスターを吹かし、ブーストを全開にした透夜機が機槍「ルーネ・グングニル」を突き出しながら吶喊する。砲弾に不意を打たれ、なおかつ、覚羅の牽制射撃に気を取られていた敵は、その瞬間、無防備だった。
 機槍の穂先が盾を掠め、ゴーレムの肩口を穿ち、貫く。直後に放たれた液体火薬による炸薬は、ゴーレムの左腕部の半ばほどを吹き飛ばしていた。
「なんだと?」
 ミュルスは驚愕した。緒戦の経験しかない彼女は人類側の進歩を実感していない。油断がなかったと言えば嘘になる。それは取り返しのつかない損害を自機にもたらした。
 この瞬間、ミュルスは覚悟した。バグアには数々の『奥の手』が存在するが、未開人相手にそれを使用することはこの上ない屈辱だ。だが、敗北はそれ以上の恥辱であり‥‥何より、ティムに対して立てた己の誓いを破る事になる。
 止めを刺さんと能力者たちが距離を詰める前に、その変化は起こっていた。装甲に脈動する管が走り、損壊部分を生体部品が凄まじい勢いで埋めていく‥‥
 『機体融合』。バグアとワームとが混じり合う事でその性能を大幅に上昇させる‥‥ 命がけの、禁じ手だった。


 キメラに甚大な損害を与えていた美空機の正面に、2機の箱持ちが姿を現した。やはり敵は貴重な歴戦のキメラを回収するつもりであったらしい。美空は「ふっ、ふっ、ふっ」と不敵な笑みを浮かべると、機が手にしたフレイルをじゃらり、とそちらへ突きつけた。
「どんな武装を持っていようと、所詮は輸送機。戦いの申し子であるKVの敵ではないのです」
 だが、敵がこちらに──キメラの回収に投入した戦力は、2機ではなく2個小隊、8機の箱持ちだった。機数比で1:8。平均火力でも3倍以上優勢な敵集団だ。
 それが美空機を包囲すべく両翼を伸ばしつつあった。流石の美空機も『対複数』、『側面攻撃』、『背面攻撃』、『十字砲火』、『包囲』と不利な状況が積み重なれば、あっという間に跳ねてハコになる。
「むむむ‥‥撤た、じゃない、戦略的転進なのですよ!」
 美空はブーストを焚いて機を後方に跳躍させると、包囲網が完成する前に1機の箱持ちを叩き潰し、そこから突破、離脱した。

 同様の事は北でも起こっていた。
 撤収中の地上部隊から送られて来た救援要請。敵は箱持ちの一隊を山越しに迂回させ、あらかじめ退路に回り込ませていたのだ。
 これを予想してなるべく北に位置していた明良が即座に機を反転させる。機に練力を叩き込み、通常に倍する速度で後方へと駆けつけた明良が見たものは、扇状に半包囲された地上部隊の姿だった。
「ROCKnROLL!」
 明良は躊躇うことなく、敵側面から突っ込んだ。バレットファストを維持したまま横っ飛びに宙を舞いつつ、両の手に引き抜いたダブルリボルバーと2種の自動機銃で以って箱持ち2機を撃ち捲る。無数の弾丸を撃ち込まれて火を噴く敵。反撃の砲火は苛烈だった。明良機はそのまま敵対列を突き抜け、距離をとる。味方の盾になる余裕はなかった。足を止めればその瞬間に、連装型フェザー砲の集中砲火の餌食になってしまうだろう‥‥

 一方のモール近辺。
 目の前の箱持ちを脚部で踏みつけ、拳を振り下ろして止めを刺した我斬機にも救援要請は届いていた。
 残骸から拳を引き抜きながら、後衛の愛華と桜に呼びかける。桜と連携しつつ至近距離からC−0200を浴びせて止めを刺した愛華は、答える前にもう北に向かって機を走らせていた。
「‥‥ジェシーたちはやらせぬ! わしらも急ぐぞ、我斬!」
 愛華機を追い、ブーストを焚いて桜機と我斬機が廃墟を走る。同様の要請は前衛の3機にも届いていたが、彼らは機体融合したミュルスのゴーレムとの戦闘に拘束されていた。
「私にここまでさせておいて‥‥決着もつけずに逃がす訳はないだろう!」
 機体と半融合した大剣が透夜へと打ち付けられる。軋む機剣。練力をフル投入して最大能力を発揮した融合機の『性能』は透夜機すら上回るものだった。
「融合だと‥‥?! だが、やる事が変わるわけでもない!」
「バグアの本領発揮と言ったところか‥‥なら、こちらも見せてあげよう。黒焔凰の鬼札をね!」
 瞬間、役割を分担する透夜と覚羅。弾倉を空にした銃を捨てて側方へと回り込む覚羅機に対して、透夜機は正面から槍の切っ先を突き出し突撃する。狙うは左肩、装甲に覆われぬ生体部分。だが、それを読んでいたミュルスはその穂先を脇へと抱え込み、透夜機の動きを拘束する‥‥!
「今だ!」
 叫んだのは3人同時だった。機杭装備の腕部を抱えて死角から突っ込む覚羅機。見えないはずのそちらへ右腕を振り、ミュルスが掌からフェザー砲を撃ち放つ。覚羅機の中央を撃ち貫くはずだったその一撃は、しかし、頭部の半分を砕いて抜けた。練力切れを装っていた那由他がこの期に及んで必殺のキャンセラーを発動させたのだ。
 瞬間、装甲外にも関わらず液体火薬を炸裂させる透夜。その隙に超限界稼動で加速した覚羅機が背後からゴーレムの腰部に拳を当てて──
 次の瞬間、打ち出された機杭による一撃が、ゴーレムの腹まで突き抜けていた。


 程なくして。
 救援に駆けつけた能力者たちにより、伏兵の箱持ちは殲滅された。南の箱持ちは生き残ったキメラを乗せるだけ乗せると、事前命令に従って戦場を離脱する。
「ギース3、こちらHQ。敵HWの大編隊が接近中。直ちに戦場を離脱せよ。急げ、離陸が出来なくなるぞ──」
 撤退命令を受け、能力者たちは空へと舞い戻る。
 静寂を取り戻した無人の戦場で、ティムはミュルスのフェザー砲が開けた穴から瓦礫を這い出して──
 物言わぬ骸と化したミュルスの『遺骸』を、ただ、無言で見つめていた。