タイトル:【LP】塔を上るマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/22 15:35

●オープニング本文


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●北京包囲網小基地の攻略
 北京包囲網八門は陥落したが、それ以外の無数の小基地はいまだ残存していた。もともと、この地域に存在した数百にのぼるという民間空港のうち、どれだけの数がバグアの小基地となっているのか仔細は定かではない。一つ一つの戦力は、大きくともワームが10機以下程度、小さいものだとキメラの小プラントが設置されているだけという物もある。
「地下にもぐられた場合、取り返しがつかん。その全てを、勝っている内に破壊していくのだ」
 UPCは難民の受け入れや解放した八門の維持に忙しい。かくて、傭兵達への依頼が新たに本部に並ぶ事となった。
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 バッ! と炎を噴いた最後のHWが、蒼空に黒煙の狼煙を曳きながら広大な大陸の上へと墜ちていった。
 まるで糸の切れた凧の様に、ゆっくりと荒野に落ちたそれが小さく炎の花を咲かす。ボンッ、という爆発音は、その光景に遅れてついて来た。古いトラックの荷台でそれを見ていた上尉は、くたびれた表情と声とで部下に乗車を命じた。敬意を込めた下士官の返事と、幾人かの兵の反発の視線── それらを等しく無視するように、上尉は通信兵の元へとトラックの荷台の上を歩いていった。
「敵HW撃滅。繰り返す。上空の敵航空戦力は全て撃滅した──」
 無線機が至近上空で繰り広げられていた空中戦の結果を報せてくる。兵たちに上がる歓声。上尉は無表情で空を見上げた。蒼空に複雑に入り組んだ白い飛行機雲──そのシュプールを描いて飛ぶのは全て、もう味方機ばかりになっていた。
「‥‥さぁ、次は俺たちの番だ」
 陰気な声でそう言うと、歓声を上げていた兵たちが一瞬、静まり返った。キメラの相手をするには、彼等の装備は貧弱に過ぎたのだ。彼の部隊は、軍の近代化から取り残されていた部隊の一つだった。北京の解放戦に合わせてこの様な所まで動員されてきたものの‥‥小基地の攻略とは言え、彼らのような兵たちが取るべき戦術は人海戦術以外に存在しない。上尉には、名前も知らない部下が何人もいた。一々覚える事が面倒になったのだ。とりあえず、最近は一週間生き延びた者だけを覚える様にしている。
 どうした、気合を入れ直さんか! という下士官の怒声に、兵たちは再び雄叫びを上げた。周囲に並んだトラックの荷台から上がる鬨の声── 通信兵が袖を引っ張り、上官が発した攻撃命令を彼に伝えてきた。
 前方に展開した旧式の戦車が一斉に震えて黒煙を発する。前進して行くそららに付いて行く様に手を振って‥‥上尉は運転席の上の屋根をバンバン、と叩いてやった。
 ガタガタと揺れながら、前進を始める古いトラック。彼らの行く手には、バグアが小基地としていた民間空港がその身を大地に晒していた。そこに残ったキメラを掃討するのが彼等の役目である。
「さて‥‥何人、生き残る事ができることやら‥‥」
 上尉はくたびれた様に嘆息した。


 管制塔に、この小基地を占拠していた敵の残党が立て籠もっている──
 傭兵の能力者たちがそう知らされたのは、軍が多大な犠牲を出しながら飛行場の制圧をほぼ終えた後の事だった。
 キメラの掃討を終えてターミナルのロビーに集められた能力者たちの前に、状況を説明するべく上尉が姿を現す。血塗れの制服を着替えもせずに現れた──もっとも、能力者の方も似たり寄ったりな感じではあったが──上尉は、挨拶もそこそこに、前置きを一切省いて本題に入った。
「管制塔に立て籠もっている敵戦力は、数人の強化人間、及び、数体のキメラと思われる。四方の窓から重機関銃の銃身が突き出されている事が確認されている。単射が出来、対物狙撃銃として使われる事もある命中精度の良いタイプのものだ。おそらく、敵は軍の装備を持ち込んでいるものと思われる。
 管制塔がある管理棟は、地上には入り口が存在しない。塔の上方には非常口が幾つかあるが、通常の方法で地表からそこまで上る手段はない」
 上尉がそこまで行った時、能力者の一人が手を上げた。
 砲撃なり、KVの攻撃なりで、管制塔ごと敵を殲滅する訳にはいかないのか? 現在の戦況では、とにかく、施設ごとでも敵の殲滅を急いだ方が良い状況なはずだ。
 上尉はくたびれた様に首を振った。
「なんだか知らないが、どこかの有力者がこの空港の運営に『関わって』いるらしい。我々も上から命じられたよ。『ここに師団司令部を設けるから、この空港は無傷で奪還するように』ってね」
 それで何人部下が死んだか、とは上尉は言わなかった。ともあれ、我々は様々な難関を突破しながら、生身で敵を排除しなければならない。
「ここと管理棟とは地下トンネルで繋がっているが、遮蔽物の無い直線の長い廊下を進んで行かなければならない。辿り着いた先には頑丈な『防火扉』──これは防護扉も兼ねていて、内部からでなければ開けられないが、能力者であれば力づくで破壊できるだろう。敵が何を仕掛けてくるかは分からないがね。‥‥扉を抜けると、エレベーターと階段。エレベーターは通電していない。どちらも幾つかの階層ごとに独立しており、その都度、『防火扉』を破る必要がある。‥‥最後の『防火扉』を破れば管制室だ」
 そこを制圧すれば、ようやくこの飛行場は我々のものとなる。能力者たちは頷いた。

●参加者一覧

斑鳩・眩(ga1433
30歳・♀・PN
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
カララク(gb1394
26歳・♂・JG
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG

●リプレイ本文

「壊すな、か‥‥現場を見なければ幾らでも無茶が言えるものだな」
 空港ロビーの椅子の一つに荷物と我が身を共に置き、リボルバーの回転式弾倉を覗きながら。カララク(gb1394)は誰にともなく、そんな事を呟いた。
 脇に立てて並べた弾薬を一つずつ取り上げ、それを丁寧に込めていく。同じベンチの反対側には、火の点いていない煙草を銜えながら無言で銃の動作確認をする杠葉 凛生(gb6638)。その近くでは、月影・透夜(ga1806)がペイント弾を込めた箱型弾倉を自動拳銃に収めていた。
「ここに師団本部を設置する利点も少ないだろうに、な」
「なのに、空港を無傷で奪還しろ、って‥‥ やっぱり、なにかキナ臭いもん、ねぇ?」
 透夜の呟きに、退屈そうに天井を見上げていた斑鳩・眩(ga1433)が頭を上げた。阿野次 のもじ(ga5480)が考え込む。
「『お偉いさんの事情』‥‥ 例えば、立て籠もった強化人間がお偉いさんの身内‥‥とかは薄いか、やっぱり」
 上尉は苦笑した。『利権を持つ有力者が上官に働きかけた』という彼の推定はまず間違いないだろう。現実とは散文的なもの。くだらない理由で部下が死ぬ。‥‥だからこそ、やるせない。
「どうして、偉い人って、人の命よりも物を大事にしちゃうのかな‥‥」
 響 愛華(ga4681)が辛そうに俯いた。有力者のエゴの為に、いったいどれだけの人が犠牲になったのだろう。お金や物、利権なんか‥‥1つしかない命とは、比べられないものなのに。
「『他人の命』は何十億と存在しているからな」
 特に『兵の命』など、上層部にとっては『統計』に過ぎないに違いない。上尉の言葉に、ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)は唇を噛み締め、声に怒りを含ませた。
「物事の価値観がどこかおかしい人って、いるんですね‥‥ 敵にも、味方にも」
「使い捨てにされる兵にとっては、上層部とバグア、どちらが鬼だか分からんな」
 淡々と呟く凛生の声。齢を重ねた彼には、組織というものは本質的にそういうものなのだ、という事が哀しいほどによく分かっている。
 むむむ、と難しい顔をして皆の話を聞いていた綾嶺・桜(ga3143)がぶんぶんと頭を振って、ぴょん、と椅子の上に飛び乗った。
「難しい事は分からぬ。じゃが、引き受けた以上はきっちりやるしかないのじゃろう?」
 眩は声を上げて笑った。この中で最も年若い桜が一番、自分たちが置かれた状況を端的に、過不足なく言い表していたからだ。
「確かに、何がどうであれ、お仕事には違いないわ。さぁ、みんな、頑張っていきまっしょい! ちゃっちゃと終わらせる為にもね!」


 管制塔攻略にあたって、能力者たちはまず班を二つに分けた。地下道を通って管理棟内部から攻略を目指す班と、管制塔の外壁をよじ登ろうという班である。
 主攻は地下道を行く班であり、登攀組はあくまで助攻だ。だが、敵が管制塔を放棄して格納庫まで逃げようとする場合はそれを阻む役割を担う事になる。
「では、始めるとしよう。‥‥まずは敵の目をこちらに曳き付ける」
 ロビーから外に出た透夜は、桜と愛華、2人と視線を交して頷き合うと、ゆっくりと管制塔へ向け歩き出した。
 気付いた強化人間が銃座越しにこちらを覗き込む。3人が交渉人でない事はすぐに知れた。透夜の発砲したペイント弾が、銃座前面のガラスを染め上げたからだ。
 敵はその特殊ガラスを叩き割ると、3人に向け重機関銃を撃ち始めた。その弾着がコンクリを砕く頃には、3人はすでに別々の方向へと跳んでいた。そのままランダムに進路を変えながら3方へと散っていく。なるべく多くの強化人間を銃座に拘束しようというのだ。
「12.7mmか‥‥流石に簡単には当たってやれんな」
 管制塔から撃ち下ろされる太い火線の鞭を見遣って透夜が呟いた。対物狙撃銃として使われる事もあるその重機関銃は高い命中精度を誇る。能力者たちは回避に専念した。
「ふっ、その程度の攻撃は当たらぬぞ! 鬼さんこちら、じゃ!」
 右へ、左へ、細かく跳び避けながら、反撃の銃火を撃ち上げる桜。有効射程外、SESエネルギーを失った銃弾が、管制塔の窓に小さなヒビを走らせた。

 一方、別班の5人もまた、管理棟へ続くトンネルへと侵入を開始していた。
 星明り一つない闇の中、隠れる所一つないまっすぐな廊下が暗視装置越しの視界に続く。防火扉の前には敵の集団。30cm程度の大きさの四角い甲虫型キメラが、煉瓦の壁の様に組み上げられている。
「一斉に撃たれたら避けようがありませんね‥‥ 一気に突っ込んだ方がいいかもしれません」
 そう言ってのもじを振り返ったヴェロニクは、次の瞬間、ビクゥッ、と身を震わせた。のもじが懐中電灯の光を自らの顎の下から照射していたからだ。
「じゅんじ」
 そう言って明かりの点いた懐中電灯を床に伏せたのもじはヴェロニクの提案を了承した。まず、ヴェロニクとのもじが高速移動。キメラの壁を打ち崩し、後続する眩、カララク、凛生の3人が残敵を殲滅する、という段取りだ。
 エンジン音を響かせ、のもじを乗せたヴェロニクのBM−049「バハムート」が吶喊する。廊下の中程までを一気に踏破したAU−KVは、しかし、次の瞬間、爆発に薙ぎ倒されていた。
「なんだぁ!?」
 衝撃波と爆煙が吹き抜ける中、盾を構えた凛生とカララクが前へと飛び出す。一斉に礫弾を撃ち始める銃甲虫。前に出たカララクと凛生は、転倒したのもじとヴェロニクを庇う様に盾を構えて膝をついた。反撃の銃火を浴びせるカララク。凛生は、床に落ちていたワイヤーに気づいて拾い上げた。敵はこの闇の中に、黒塗りのワイヤーと爆発物とでトラップを仕掛けていたのだ。
 ヴェロニクはAU−KVを装着すると、黒鎧を纏ったのもじと共に、装甲と盾とを活かしての前進を再開した。姿勢を低く、前かがみで極力被弾面積を小さくしたのもじが『瞬速縮地』で一気に飛び込み、床付近の低空から振り上げた拳で積み上げられた甲虫の壁を打ち砕く。バラけてわらわらと四散する銃甲虫たち。それを能力者たちは片っ端から叩き潰していった。
「どうだ、防火扉は」
「‥‥外部からは開けれんな。テロ対策か、内部からでないと開けられないようになっているらしい」
 カララクに答えながら、凛生は扉前を映す天井の防犯カメラを銃弾で以って破壊した。‥‥どうやら、こちらの状況は全て敵に筒抜けである、と思っていた方が良さそうだ。
「破壊するしかない、か。機械剣で焼き切るか?」
「瞬間的、だと表面を浅く削れるだけだろうな。爆弾かなにかあればいいんだが‥‥」
「爆弾ならあるわよ?」
 振り返るとそこには『100tハンマー』を手にしたのもじ(=爆弾)。彼女はそれを大きく振り被ると防火扉へ叩きつけた。
「むぅ‥‥1発じゃ飛んでかないわね」
 2度、3度、と破壊槌を振るい、どうにか人の通れそうな隙間を開く。瞬間、中から放たれる礫弾の弾幕。のもじが扉の陰からもう一撃して突入口を大きく広げ、そこへカララクが閃光手榴弾を放り込む。
 閃光と轟音が弾ける中、盾を構えたヴェロニクを先頭に能力者たちは突入した。そのまま階段の踊場とエレベーターホールまで押し込み、制圧する。管理棟の中は電気が通じていたが、エレベーターだけは通電していなかった。シャフト内に敵が居ないか、扉を開いて確認するカララク。直後、空のエレベーターが落ちてきて、身を仰け反らせたカララクの目の前で砕けて潰れた。
「伏兵の可能性もあるし、階段で上がった方が良いかしらね‥‥」
「時間も無いわ。Go、Go、Go!」
 盾を構えたヴェロニクとのもじが階段を上り始める。銃甲虫は、階段の壁、天井、手摺に張り付き、移動しながら礫弾を撃ち下ろして来た。両手に銃を構えたカララクと凛生とが片っ端からそれらを狙い撃つ。その弾倉内の弾が尽きると同時に、階段の手摺を踏み台にして眩が前方へと躍り出た。
 壁を蹴り、反撃の銃火をかわしながら、拳の金属爪で以って壁に張り付いた敵を切り落とす。踊り場へと落ちたそれへと拳を上から叩きつけ‥‥膝を曲げた着地姿勢をそのまま次の跳躍動作にして跳び上がる。
 壁のもう1匹を斬り捨てた眩は、反撃が来る前にバク宙で味方の裏へと戻った。それを追う甲虫の火線は、再装填を済ませたカララクと凛生が撃ち砕く。
「‥‥っ! 皆、伏せろ!」
 直後に発せられる凛生の警告。直後、階段に身を伏せた能力者たちの直上を無数の金属球が薙ぎ払った。廊下の先に仕掛けられていた対人地雷が一斉に爆発したのだ。
「‥‥ったく。油断も隙もありゃしない」
 凛生は小さく嘆息した。


 テロ対策の為、管制塔に続く直通の階段やエレベーターは存在しない。
 能力者たちは消耗しながらも、全ての階層を制圧しながら上へと上がり‥‥遂に、管制室の防火扉の前へと辿り着いた。
 辿り着くや否や、のもじはバールのようなものでエレベーターの扉を破壊、封鎖した。管制室へ突入する際、背後から別の敵に挟撃される可能性があるからだ。
 監視カメラを撃ち抜き、防護扉の破壊に掛かる。いよいよ、とカララクが閃光手榴弾のピンを抜いた所で、突然、背後のエレベーターが動き始めた。下階から上がってくるエレベーター‥‥能力者たちが慌てて視線を交わす。
 今更、突入のタイミングを変える訳にもいかない。エレベーターの扉はのもじが封鎖した。大丈夫なはずだ‥‥!
 カララクは閃光手榴弾を管制室内へと放り込んだ。タイミングはギリギリだった。床へと落ちる前に炸裂する閃光手榴弾。直後、ヴェロニクがボロボロになった盾をかざしながら室内へと突入する。
 迎撃の銃火がそこに集中した。怯まず前進を続けるヴェロニク。管制塔攻略の諸端から彼女は最前列に立ち、味方の壁となってきた。この時も断固として退かず、管制室入り口付近に味方の橋頭堡とも言うべき空間を確保した。
 後続してきたのもじがヴェロニクの隣りに立って、盾を構えて壁を作る。その壁に守られる様に突入した眩は外壁沿いに疾走し、こちらを3方から包囲する敵の1翼に突っ込んだ。
「それじゃ、一撃、ぶんなぐります、よっと!」
 言いながら、文節の区切り毎に、踏み込み、身を捻り、火線をかわしながら剣を突き入れる。抜剣してそれを受け凌ぐ強化人間。ヴェロニクとのもじに対する銃火が弱まり、二人がそれぞれ前に出る。
 階段から、蛇と百足を足して2で割った様な大型キメラが上ってきたのはその時だった。敵は管制室に突入する能力者の前衛と後衛の分断を狙っていたのだろう。潜んでいたエレベーターシャフトから出て、階段から上がって来たのだ。
 不意を衝かれた形のカララクと凛生は襲撃を受けながらも慌てずに管制室の中へと逃れ、入ってくる蛇百足に対して十字砲火を浴びせかけた。強かに打撃を受けた蛇百足が怯み、一旦、室外へと退散する。そうして稼いだ時間を利用し、二人はクルリと強化人間へとその銃口を向け直す‥‥

 管制室突入の連絡を主攻班から受けた愛華は、大きな声で桜を呼び寄せた。急いで駆け寄ってくる桜は、しかし、竜斬斧を肩越しに構える愛華を見て嫌な予感を覚えた。透夜が手渡したワイヤーロープを見下ろし、その予感は確信へと変わる。桜はまた投石器の様に宙に打ち上げられようとしているのだ。
「ぬぁぁ‥‥ やはりやるのか!? やっぱりこれをやろうというのか!?」
 言いながら竜斬斧の上に乗せられる桜。膝をついた愛華が肩の上の柄を掴む。管制塔に向けて閃光手榴弾を放り投げる透夜。それは管制塔まで届かなかったものの、その射線を一時的に閃光で遮蔽した。
「行くよ、桜さん!」
「‥‥っっっ!」
 膝を上げ、投擲体勢に入る愛華。その時、管制塔の銃火が煌き、閃光越しに周囲へ12.7mm弾が着弾した。構わず竜斬斧を振り切る愛華。梃子の原理で打ち上げられた桜が宙を舞い、管制塔の壁へとSES爪を突き立てる。
「愛華!」
 振り返った桜の視界に、倒れ付す愛華の姿が映った。透夜がそれを担ぎ上げて重機関銃の死角へ入り込む。運ばれる愛華の指は、桜に上を指差していた。
「‥‥っ!」
 桜はロープを肩に担ぎ直すと、爪と足爪を突き立てながら管制塔の壁を登った。登攀は困難を極めた。一度も落下する事無く登れたのは幸運に依る所が大きい。
 どうにか管制室へと辿り着いた桜は、避難梯子を落とすとそこにロープを括り付けた。そうして一つ息を吐いてから‥‥非常口をぶち破った。

 大きく拳を振り上げたヴェロニクの籠手から放たれた電磁波が、強化人間の一人を包み込んだ。身を焼かれ、捩る敵。そこへ、非常口の外から突っ込んで来た桜が背後から襲い掛かる。慌てて振り返る敵。懐に飛び込んだ桜の左右のワンツーを受け弾き‥‥直後、跳躍した桜に中央から蹴り上げられた。そのまま振り下ろされた踵落としを力場で受け弾き‥‥直後、背中からのもじに爪を突き立てられる。
 同じ頃、眩と切り結んでいた強化人間もまた、その刃に打ち倒されていた。カララクと凛生の支援射撃の着弾にその身を躍らせながら、直後、眩に肩口から切り裂かれる。ほぼ時を同じくして2人の強化人間が崩れ落ち‥‥ほぼ同時に、格納庫の2ヵ所でHWが立て続けに自爆した。
 最後の一人となった強化人間は、手にした得物をカララクに撃ち弾かれた。
「投降しろ! 空港はもう陥ちたも同然だ。こんな場所、もう命を懸ける価値はないはずだ!」
 カララクの呼びかけに、強化人間はニヤリと笑みを浮かべた。
「籠城を選択する時、その理由は何だと思う?」
 援軍の当てはない。だとすれば時間稼ぎ。捨て石へ与えられる命令など、死守命令と相場が決まっている。
 凛生はハッとした。慌てて周囲を振り返る。管制室のあちこちにC4(爆薬)が仕掛けられていた。
「退避しろ! 急げ! ここから出るんだ!」
 能力者たちが動揺する隙に、強化人間は残された唯一の脱出口──非常口から外へと飛び出した。
 その下には、桜に後続してロープを駆け上がる透夜がいた。透夜はロープを振り子の様にして落ちてくる人影に飛び掛ると、反撃に突き出された短剣を首を逸らして避けながら、天地撃で以って地面へと打ち下ろした。そのまま追いかける様に落下しつつ、両手の双槍を一つに合わせて敵の胸倉へと突き立てる。がはっ、と血を吐いた強化人間は、口の端に血の泡を滴らせながらニヤリと笑い‥‥直後、格納庫、そして、管制室が爆発した。


 その後、廊下の蛇百足を掃討し‥‥能力者たちは疲れ切ってロビーへと戻って来た。
 空港の被害は小さくない。敵の排除には成功したものの、有力者とやらの思惑通り、とはいかなかったに違いない。上尉の部隊には、休む間もなく移動命令が伝えられた。
「‥‥二度と『外』の争いを戦場に持ち込まないで欲しいな。現場の命は数じゃないんだ」
 吐き捨てる透夜に、上尉は苦笑しながら別れを言った。
 彼の部隊の行く先は、最前線だった。