●リプレイ本文
ユタにまた冬が来る── 戦場へ向かうIFVの兵員室でその振動に揺られながら、響 愛華(
ga4681)はそんな事を考えていた。
もう何度、ここでこの季節を迎えたことだろう。3年前は雪の中をキメラに追われていた。2年前はプロボの防衛戦。去年はその防壁を敵に抜かれ、冬季反攻も頓挫した。ティムに会ったのもその頃だろうか。
思い返せば、ここでの戦いは常に、優勢な敵に対する一方的な防戦の日々だった。それが今、曲がりなりにも、反攻の矢を放とうとしている‥‥
「反転攻勢か‥‥限定的とは言え、これまで撤退戦ばかりじゃったからの。腕がなるのぅ」
藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)の言葉に、力強く頷く愛華。二人はジェシーたちと共に停車したIFVから降車すると、横列を組んだ装甲車両の後ろへと展開した。乾いた空に絶え間なく鳴り響く砲声。他の車両から降りて来た綾嶺・桜(
ga3143)が、愛華やジェシーたちと視線で挨拶を交わす。
「さて、ヤツが居らぬ間にもう一発、手痛い一撃を喰らわせるとするかの。鬼の居ぬ間になんとやら、じゃ」
桜が砲声に負けない大きな声で気合を入れ直す。敵は大群と言えど、そのキメラを指揮・統率すべきティムは今、ショッピングモールの瓦礫の下だ。この隙になるべく多く、厄介なキメラを減らしておきたい。
「ま、これもチャンスですからね。しっかり活かさせていただきますか」
独特な十字架兵装を両手に抱えた叢雲(
ga2494)が、武器のチェックをしながらそう頷く。その胸元には文庫本。読書家の叢雲は、IFVに揺られながらもその時間を無駄にはしなかったらしい。
「能力者、前へ!」
砲声が止み、中隊長の指示が廃墟に響く。愛華はガトリング砲を抱えて立ち上がると、両の頬を叩いて気合を入れた。
こちらが追い詰められている状況に変わりはない。大隊が敗れれば、ここのキメラは一直線に州都へ雪崩れ込むことになるだろう。
「わぅ! ティム君には悪いけど、今こそ巻き返しの時。冬が来る前に、削らせてもらうからね!」
粉塵が舞う戦場へ、能力者たちは一斉に飛び出した。
『瞬速縮地』で一気に加速した愛華が道路脇の廃墟に取り付き、砲を瓦礫の上へと乗せる。薄れ行く粉塵に映るキメラの影──愛華はそれらに照準すると、味方の突入を援護するべく横合いから砲撃を開始した。
新たな弾着が弾け、砲撃がキメラを吹き飛ばす。その援護の下、突進した叢雲、桜、藍紗の3人は、敵の混乱を助長するように3方から敵中へと踊り込んだ。
「統制を取り戻す前に、一気に叩くのじゃ! 戦巫女『白鬼夜叉』‥‥参る!」
両手に広げた扇を小気味良く畳み、藍紗が瓦礫の地を蹴り、走る。甲虫型、小鬼型、黒狼型‥‥運良く砲撃を免れたものの、突然の攻勢に混乱し、砂塵に視界を奪われ呆然と佇むキメラたち。藍紗は小鬼の1匹に走り寄ると、手にした鉄扇を一閃してその頭部を殴り砕いた。血を噴き、飛び倒れる小鬼。側にいた別の小鬼がとっさに反撃の槍を繰り出す。鉄扇でそれを打ち弾きながら、クルリと優雅に、舞う様に身を回す藍紗。回しながら開いた超機械『扇嵐』を煽る様に振り払い‥‥直後、発生した旋風がその小鬼を吹き飛ばす。
敵は、突然現れた敵に反射的に対応した。闇雲に藍紗へ突っ込む甲虫。数匹の黒狼はその側面・背後へと回り込む‥‥
「数だけで我を喰えると思うてか! 頭が高い! 控えぃ!」
藍紗がそう発した瞬間、銃声が轟き、突進してきた甲虫が3匹、立て続けに甲殻を砕かれ『擱坐』した。藍紗の後方にいた叢雲が十字架兵装の銃撃で援護したのだ。
「前に出ます」
弾倉一つ撃ち尽くした叢雲が走り寄り、正面の黒狼にステークを突き入れる。悲鳴を上げ、動かなくなるキメラ。その左右の黒狼が仲間の死を利用して同時に叢雲に飛び掛る。切っ先を敵の身に『呑まれた』叢雲は、1匹を『銃床』で殴り飛ばすとその動きを利用してキメラの死骸を振り払った。もう1匹の牙と鉤爪を潜り抜けながら、倒れた1匹に止めを刺す。
残った1匹が逃げ去るのを見遣りながら、叢雲は空になった弾倉を手に落とした。背後にスルリと回った藍紗が後方の狼を切り払う。気配でそれを察した叢雲は微笑を浮かべながら新たな弾倉に手を伸ばし‥‥視線の先に味方を狙う『砲甲虫』──高威力の礫弾を放つ対車両用の大型甲虫型キメラの姿を認めてハッとした。
叢雲は即座に『瞬天速』を発動すると、砲甲虫の射界にその身を晒した。咄嗟に目標を変更する砲甲虫。発砲と同時に跳躍した叢雲の側方でアスファルトが砕け散る。
「む、砲甲虫か!」
気付いた桜が切り結んでいた小鬼を切り伏せ、地を跳ねる様に砲甲虫の側面へと回り込んだ。その針路上に放たれる愛華の援護射撃。SESの有効射程外へ出ようとする桜を見越して、焼けた砲身に気をつけながら肩へと担いで後続する。
「その厄介な砲身は壊させて貰うのじゃ!」
フェイントを挟みつつ一気に肉薄して跳躍した桜が、肩越しに振り被った薙刀を全体重を乗せて振り下ろした。長砲身の半ばに喰い込んだ刃を鉄棒の要領で身を振り、外し‥‥その無防備な背後に迫っていた黒狼を、追いついてきた愛華の砲撃が吹き飛ばす。着地した桜は後ろを振り返る事もせず、身を回すようにして刀身を跳ね上げた。斬り飛ばされた砲身がクルクルと宙を舞い‥‥反対側から突っ込んで来た叢雲のステークがその甲殻をぶち抜いた。
「道の奥、砲甲虫が2匹、かたまっておる!」
『擱坐』する目の前の砲甲虫には見向きもせずに、桜が新たな敵を確認する。愛華が無線機に呼びかけた。
「わぅっ! 私たちは大物を優先的に叩くから‥‥ジェシー君たちは、小さいのをお願い!」
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一方、同刻。
道路一つを挟んだもう一つの戦場でも、別班の能力者たちがキメラの群れへ攻撃を開始していた。
「この攻勢‥‥私の母国風に言えば、『Who Dares Wins』といった所かしら‥‥ トヲイ、のもじ! そっちには負けないわよ!」
砲声が止み、いよいよ突撃といった所で、シャロン・エイヴァリー(
ga1843)が隣に立つペアにグッと拳を握って見せる。阿野次 のもじ(
ga5480)は、それを「むっふっふっ」と涼しい笑顔(違う)で受け止めた。この日は彼女のペネトレーターとしての初陣だった。
「ピンチ上等、チャンス到来。ここはこのニューのもじ(ダテじゃない)にお任せあれ、ね!」
バサリ、と羽織った襤褸を投げ捨て、麒麟脚を纏った脚を煌かせるのもじ。ミニスカ忍衣に生足が眩しいが、スパッツだから色んな意味で(穿いた理由は『寒いから』)安心だ。それを見て、なぜか「クッ、」と悔しそうな表情を浮かべるシャロン。彼女らとペアを組む鏑木 硯(
ga0280)と煉条トヲイ(
ga0236)が顔を見合わせ苦笑する。
敵中へ突撃を開始した能力者たちは、手近な敵を排除しつつ、一気に敵陣中央へと押し出した。小型種は軍に任せ、自分達は大型種──特に、回復能力を持つ『トロル』──全長2〜3mの人型キメラ──を優先的に殲滅すべく、それらを求めて前進したのだ。
「‥‥砲甲虫がいるわ。車両の前進には注意して。位置は──」
大型の対車両キメラを発見したシャロンが、無線機でそう後方の味方へ警戒を促す。のもじはカポエィラ的な蹴り技で周囲の小鬼を蹴散らすと『瞬速縮地』で砲甲虫へ突っ込んだ。放たれる礫弾を「当たらなければどうという事はない」的な動きで避けつつ、地を蹴り、砲身を踏み台にしてその背後へと飛び下りる。着地し、後ろへ脚を振り出すのもじ。その後ろ蹴りには『獣突』が乗せられており、砲甲虫は10m程前へと蹴り出される。
そして、その蹴り出された先には、金属爪を両手に構えたトヲイがタイミングを合わせて突っ込んでいた。
吹き飛ばされてくる砲甲虫にカウンター気味に合わせながら、腰を捻るようにして肩ごと右腕を突き入れる。ゴシャッ、と甲殻が砕け、飛び散る体液。一瞬、殴られた体勢で宙に制止した砲甲虫の巨体が地に落ち、地響きと共に転がった。
「いつキメラたちの指揮系統が復活するか分からん。『頭』──ティムが復活するまでの間にどれだけの数を掃討できるか‥‥」
その為には、可能な限り迅速に、効率よく敵を撃破していかねばならない。トヲイは拳と金属爪についた砲甲虫の体液を払いながら、即座にのもじの後を追う‥‥
そんなのもじとトヲイを見遣りながら、シャロンはムムム‥‥と眉をひそめた。ひそめながら、小鬼が突き出してきた槍の穂先を斬り飛ばし、盾で顔面を殴り飛ばす。力場と共に吹き飛ぶ小鬼。踏み込んだシャロンがそれを袈裟懸けに切り捨てる。
「シャロンさん」
相方の硯に呼ばれて、シャロンはそちらを振り返った。逃げ惑うキメラの中に立つ巨躯──トロルだ。のもじたちよりこちらに近い。
「俺が前に出‥‥」
「硯! 私が隙を作るから! 上、任せるわよっ!」
硯の言葉よりも先に前に出るシャロン。硯は慌てて後を追った。気付いたトロルが手にした鉄骨を地から横へと薙ぎ払う。遠心力により浮き上がる鉄骨の先のコンクリ塊。その一撃を盾で受けたシャロンを粉塵が爆煙の如く押し包む。
目を見開く硯の視線の先──粉塵の中で、シャロンは盾と剣の腹を使って横撃を滑らせていた。得物を振り抜いたトロルが硬直した瞬間、渾身の力を込めて刀身を振り下ろし、鉄骨を地面へ押さえ込む。硯は間髪入れずそのトロルの腕をを駆け上がり──次の瞬間、得物を手放したトロルが腕部を振り上げ硯を払う。宙を舞う硯。そこへ振るわれる拳の一撃。スッと目を細めた硯は『回転舞』によって二刀小太刀を宙へと『突き立てる』と、宙を蹴る様にしてトロルの肩部へ取り付いた。そのままクルリと後ろに回り、手にした小太刀を目耳に突き立てようとする。こめかみを切り裂かれながらそれをかわし、硯を振り払うトロル。地に降りた硯は振り向き様にトロルの膝の裏を一撃し‥‥どうやら敵は『強化型』ではなかったらしい。トロルがガクリと膝をつく。
そのまま視線を上げた硯は、その瞬間、目を見開いた。盾を捨て、直刀を両手で構えたシャロンが、防御を捨てた大上段でトロルに斬りかかっていたからだ。何かが砕ける様な音と水音が響き、トロルがズゥン、と地に倒れる。呆気に取られた硯は、勢い良く立ち上がった。
「なんでこんな無茶を──!」
「や。なんとなく、硯なら次そう動くかな、って」
盾を拾いながら、困った様な笑顔で頭を掻くシャロン。硯は何も言わなかった。しかめっ面をしたその頬がちょっぴり赤くなっていた。
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敵を蹴散らしながら侵攻したトヲイ・硯・シャロン・のもじが属する一翼は、その日初めて、強力な防衛線を展開するキメラの一群と遭遇した。軍は攻勢の継続を指示した。防衛線を展開しているのは敵のごく一部だったからだ。恐らく、最後の維持命令を守っている──守っているだけの一隊だろう。
ショッピングモール手前の大きな十字路。横列を組んだ砲甲虫が、逃げるキメラを追う能力者たちの前面に一斉に礫弾を撃ち放つ。瓦礫の合間から浸透してきた蟻型キメラを掃討していたトヲイとシャロンは、その破片の猛威を地に伏せてやり過ごしながら、正規軍に停止する様に手を振った。
「トロルがトンネル掘ってるぜヒャハー! 『ていくざっとユーふぃーんど』!」
何か体力がごっそりなくなりそうな勢いで、のもじが砲列目掛けて突進する。硯もまたその後に続いた。敵中へと踊りこみ、自分たちへ注意を惹き付ける事が出来れば‥‥あわよくば、指揮系統の混乱に乗じて同士討ちを生じせしめる事が出来るかもしれない。
だが、砲甲虫の砲列の間に控えていたのは、一糸乱れぬトロルの横列だった。足を止めるのもじと硯。『随伴歩兵』にしちゃ強力すぎるでしょ、と苦虫噛んで苦笑する。
中隊長に帯同していた一人の士官──前線航空統制官が、無線機に航空支援を要請した。前衛に退避を命じる中隊長。後退しながら空を見上げたのもじと硯は、側方から翼を翻して侵入して来る2機の近接航空支援機を見た。
それはいつものA−10ではなかった。
近接航空支援機は、KVだった。
轟音と共に敵上空を飛び過ぎていった2機のKVが、敵隊列に沿って20mm弾をばら撒いた。弾着の粉塵が目の前で噴水の壁の様に吹き上がり、破片と体液と肉片とが撒き散らされる。
あっけにとられる兵と能力者たち。強力な防衛線は、だが、今は見る影もなく‥‥千地に乱れた隊列は、既に烏合の衆に成り下がっていた。
「何を呆けている。突入するぞ。‥‥俺たちは敵の喉元にに喰らい付く。背中は任せたぞ、正規軍!」
崩れた陣形を抜け、敵中へと突入するトヲイ。のもじは後に続きながら、1匹の砲甲虫を『獣突』で蹴飛ばし、その横腹に銃撃を浴びせ掛けた。さらに左のもう1匹。敵の巨体を利用して、砲甲虫の射界を閉塞にかかったのだ。そのまま地を蹴り、甲虫の背を跳び歩くのもじ。その姿はさながら舞踏のようだ。
1陣を突破したトヲイは、混乱するトロルの渦中を端から刈り取る様に侵攻した。跳躍し、振り返ったトロルの顔面を金属爪の一撃で以って叩き伏せる。土煙と共に着地し、踏ん張った軸足で振り返る。倒れ行くトロル。甲高い音を発するシュナイザー。そこに剣の紋様が浮かび、一際力強く光を発する。
「回復の間は与えない―― 皐翼流合戦礼法『激』」
「受けられるものなら‥‥受けてみなさい!」
踏み出し、腰と肩とを回して振り抜いたトヲイの拳が再びトロルの頭部にめり込み、連携したシャロンの斬撃が止めを差す。さらに次へ。敵に連携を取り戻させてはいけない。混乱している間に1匹でも多く討ち倒す‥‥!
そこに、別班の部隊が合流した。「まさか、モールまで出戻りする事になろうとは‥‥」と苦笑しつつ、十字架銃による制圧射撃を放つ叢雲。その叢雲の、そして、愛華の砲撃と藍紗の長弓の援護を受けつつ、桜がトロルへ突進する。
「お主等とは何度も戦っておるんじゃ! そろそろ見飽きて来たし、消えるがよい!」
薙刀の斬撃で力場を打ち、間髪入れぬ刺突で以って打ち貫く桜。倒れ付した敵の首を叢雲が機械刀で討つ。
‥‥或いは、このまま勝てるかもしれない。
一方的な戦場を見て、愛華はそんな事を考えた。これまでトロルの強化型を相手にこれ程の戦果を上げた事はない。或いはティムを地下に封じ込めたまま、この地からキメラの集団を駆逐できるかもしれない‥‥!
その時、戦場に一際高い金属音が響き渡った。
上空に滞空していた2機のKVが、続け様に断ち切られて爆発する。上空を飛ぶ黒い人影──空気を切り裂く落下音が大きくなってゆき‥‥それは地響きと共に戦場に降り立った。
それはバグアの地上用ワーム──『ゴーレム』だった。有人機であることはすぐに知れた。
「まったく‥‥いったい何をしているのですか、ティム・グレン」
若い女性の声が、戦場に響き渡った。