●リプレイ本文
「何もよりにもよってこんな近くに墜ちなくたって‥‥!」
前にもこんな事を口にしたな、と考えながら。顔見知りの大尉へ挨拶に出ていた寿 源次(
ga3427)は、救出作業にごった返す仮設陣地の中を愛機のリッジウェイ『大山津見』目指して駆け抜けていた。
突然の難事に騒然とする避難民たち。兵たちの大声が響く中、エンジンを始動した鷹司機の横を源次が駆け抜ける。鷹司機の整備をしていた井出 一真(
ga6977)は地面へ飛び降りると、コックピットの鷹司を振り仰いだ。
「あくまでも『応急』です。まともな整備も出来ちゃいないんですから、無茶はしないで下さいね!」
叫ぶ一真の目の前でゆっくりと立ち上がってゆく鷹司機。その操縦席で鷹司が一真に手信号で感謝を示す。ああ、あれは絶対に言う事聞かないな、と確信しながら、一真は自機へと踵を向けた。走り去る一真。その向こうを、綾嶺・桜(
ga3143)の雷電と響 愛華(
ga4681)のパピルサグ『紅良狗弐式』がずしん、ずしん、と南へ歩いていく。
「‥‥鷹司のおっちゃんの機体は不完全、と。‥‥無理はさせられねぇか」
その光景を風防越しに見遣った龍深城・我斬(
ga8283)が、人型へと変形していく源次機を背景にそう呟く。同じ事は愛華も考えていた。
「英二郎さんは、CFVと一緒に北側や頭上の警戒をお願いできないかな? 南側のワームに気を取られすぎてもどうかと思うんだよ」
そりゃそうだが、鷹司は答えた。確かにその通りなのだが、避難民を守る為には前に出て壁になるしかない。鷹司機を入れても数はギリギリなのだ。
「‥‥無理はせぬようにの。したら後で天然(略)犬娘の飯代を奢らせるのじゃ! ‥‥やばそうになったら言うのじゃぞ?」
無茶(?)を吹っかけながらも、その実、鷹司を気遣う桜。だが、その言動にほっこりしている時間は能力者たちには与えられなかった。
「有希より全機! 敵がこっちに来っけんよ!」
通信回路に守原有希(
ga8582)の警告が響き渡る。墜落したBFからの脱出を果たした陸戦用HW『6本脚』たちが戦闘態勢を取りつつある様子が、彼のイビルアイズ『烈火刃』のセンサーモニターに映っていた。
愛華と桜が動揺する避難民たちに聞かせるように、どんとその胸を叩いて見せた。
「たとえどうなったとしても、絶対に、後ろには通さないから! そうだよね、桜さん!」
「ふ、守りはわしらにどんっと任せるのじゃ! ここまで来て、やらせる訳にはいかぬからの!」
●
火蓋が切って落とされた。
リヒト・グラオベン(
ga2826)のディアブロ『グリトニル』と一真の阿修羅『蒼翼号』の2機は開戦と同時にブーストを焚き、一気に『敵陣』へと突っ込んだ。敵の注意を曳き付け、以って正面にかかる圧力を軽減させる事がその目的だ。前進してくる敵に対して『縦深』を稼ぐ意味もある。
対する敵の初手。地上に展開し始めていたHW群は初期の照準を変更し、迫る2機に対して砲火を浴びせかけた。BFの上の敵は砲列を敷き‥‥一斉に、仮設陣地へ向けフェザー砲を撃ち放った。
リヒト機と一真機の頭上を怪光線が飛んでいく。仮設陣地を狙った砲撃は『KVの壁』の『隙間』を抜けて避難民たちへ降りかかった。
「なん‥‥だとぉ!?」
幅広の半月刀を地面に突き立て盾にした雷電『爆雷牙』の操縦席で、砕牙 九郎(
ga7366)は叫んだ。受け凌いだ半月刀に当たって煌く怪光線の光芒。だが、その隣りの空いた空間を抜けた光条が、収容作業中のAPCと避難民たちを薙ぎ払う。2ヵ所、2台のAPCが爆発し、破片と爆風が避難民たちを吹き飛ばした。
「‥‥っ!?」
リヒトは奥歯を噛み締めながらも突撃を継続した。砂塵を巻き上げながら装輪で地を駆ける白銀の108。同じく、ブーストで側方へと回り込んだ一真機が、四つ足で駆けながら十式機関砲を撃ち捲る。火線の着弾が地を奔り、リヒト機前方のHWをミシンの様に撃ち貫く。舞い散る破片、砕け散る機体。傍らを走り抜けたリヒト機が敵中へと踊り込み、広げた剣翼で以って敵を切り裂いていった。急襲に乱れる敵隊列。そこへ十式を撃ちながら突進してきた一真機が──剣翼を広げた有翼の獣が側方から突っ込んでいく‥‥
一方、『KVの壁』にも容赦なく砲撃は降り注いでいた。
リヒトと一真の奮戦により、こちらへ放たれる火線の数は目に見えて減ったものの、背後に避難民を抱えている以上、今はただ盾を頼りに耐えるしかない。‥‥たとえ、混乱し、後方へと逃げ出した一部の人々が光条に焼かれたとしても。
「くっ、落ち着け! 落ち着くのじゃ! 敵はBFの上、高所から撃ってくる。怖くとも離れてはいかんのじゃ!」
両手に盾を構えた桜機が頭部を振り返らせて叫んだ。
親の亡骸を前に泣き叫ぶ子供たち。負傷した戦友を曳いて陰へと走る兵士たち── そんな中、混乱した人々を鎮め、叱咤激励する大尉の姿に、源次はホッと息を吐いた。彼が居てくれた事は幸運だった。本人は「運が無い」とぼやきそうだが。
「‥‥弾着を確認。照準を右へ40m、奥へ20m修正して下さい。BFの上部、『丘の向こう』です。そこにHWが固まっています」
評定射撃の情報を元に、有希が愛華に大型榴弾砲の照準の修正を告げた。指示に従い、2発の大型榴弾を撃ち放つ愛華。弧を描いてBFの『地平線』の向こうに飛び込んだ砲弾はHWを薙ぎ払い、周囲に爆発を連鎖させた。傾斜を利用し、船体に隠れながら攻撃していたHWが追い立てられ、どっとこちら側へと雪崩て来る。
「今です! 全機、全火器斉射!」
有希の号令と共に、桜機の88光線砲、愛華機の47mm対空砲、そして、九郎と有希の十式機関砲が一斉に撃ち放たれる。光の槍に貫かれたHWが爆発し、機関砲弾に穴だらけにされた機体がポロポロとBFから落ちていく。その猛攻に敵が再び斜面の裏へと身を隠す。
「今の内に!」
その隙を逃さず有希が指示が飛び、避難民を収容し終えたAPCが急発進で移動を開始した。源次機がそのまま護衛を継続し、盾となるべく並走する。腰を落とし、敵へ向け2枚の盾を構えて走るリッジウェイ。幾筋かの光条が宙を走り、盾の表面に紫色の光芒を閃かせた。
「‥‥ッ! この程度、折れもしないし、折れる訳にもいかん! 気張るぞ、『大山津見』!」
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小型とは言え、流石は『地獄絵図』と称される輸送能力を持つBFである。
前から、左右から、後ろから‥‥間断なく放たれるフェザー砲。一真はただの一時も足を止める事無く、右へ左へと阿修羅を操作し続けた。怪光線の残像が残る戦場を獣の様に飛び跳ねながら、装備したダブルリボルバーを撃ち捲る。被弾し、砕け、火を吹くHW。近接戦用のクローを展開しながら迫る敵機の脚部をすれ違い様に切り裂いて──直後、足を失ったHWがいるも構わず隙無く放たれる十字砲火。一真機はその敵機の爆発を背景に、四肢で地を蹴り、ブースターを噴かして跳び退さる‥‥
地上からだけではなくBF上の敵からも砲火を撃ち下ろされ、リヒトはハッと上を仰ぎ見た。避け切れない、と判断し盾をかざす。複数の光条が地と空気を灼き、直撃を避けてくれた盾がその代償に歪んで溶け曲がる。
「‥‥物量で攻めてきますか。いつもとは逆ですね」
リヒトは盾の残骸を捨てると機に大きく膝に力を溜めさせ、直後、ブーストを焚いて一気に低空域まで跳躍した。ブーストで機動と高度を維持しつつ、敵直上からガトリング砲を撃ち下ろす。流れ行く視界の下で、2機、3機と爆発するHW。光を曳いて飛ぶリヒト機を追う様に一斉に地上から放たれる誘導弾。白煙を曳きつつ飛び交い迫るそれをかわしながら、滞空の限界を迎えて降り立つリヒト機。HW群はその着地の隙を見逃さなかった。
「くっ、損耗率50%オーバー‥‥しかし、まだやれます!」
「厳しい状況だけど‥‥やるしかないですね!」
一方、仮設陣地の前に築かれた『KVの壁』は、やはり、鷹司機から崩れかけた。
盾も無く、応急修理の左脚部を貫かれ、膝下から崩れ落ちる鷹司のフェニックス。湧き起こる悲鳴。轟音と巻き起こる砂埃。続いた一弾が背後のAPCを吹き飛ばす。
「くそっ、こちら3号車! 誰か直衛にはつけるのか!? 出発するぞ! 行けるのか!?」
「俺が行く!」
2台目の直衛に付く我斬。慌てて急発進するAPCの中で避難民たちが悲鳴をあげる。盾を構え、装輪で並走する雷電の操縦席で、我斬はその光景に舌を打った。地上に展開したHWの一部がリヒトと一真を突破して、こちらに前進しつつあったのだ。
「あの二人を抜けてきますか‥‥ 全機! 向かって来る敵を早期に掃射します。装填のタイミングが重ならないよう注意して下さい」
センサーモニターと実際の地形を見比べながら、有希が攻撃指示を出す。タイミングを計りながら各個に射撃を始める能力者たち。右手の盾を失った桜が「むぅ」と唸り、融解したそれを投げ捨てて88mm光線砲を撃ち返す。
九郎は、同じ十式を装備した有希の射撃を見極めながら、自らの機関砲を撃ち放った。撃ちながら砲口を上げ、『火線の鞭』を下から振る様に照準する。敵眼前へと迫る弾着。それを見たHWは慌てた様に横へと跳んだ。とにかく、敵を近寄らせない事を第一に。敵の足を止めることを最優先に、機関砲弾を撒き続ける。
「これ以上はやらせない! せめて、一人でも多くここから助け出すぜ!」
叫んだ九郎は、十式で激しい牽制射を浴びせながら、右腕部に装着したライフルを小刻みに振って照準、発砲。弾着に縫われた敵が、火を吹いて砕け散る。
その残骸を乗り越え、1体、2体と反撃の砲火を放ってくるHW。
敵は確実に、こちらに近づきつつあった。
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西へと傾いだ太陽が山の峰に沈もうというその時にも、彼我の砲戦は終わりを見せなかった。
APCを直衛して戦場を行き来する我斬と源次。隊列を離れて行動する2機の前にも、敵は突っ込んで来た。
敵後衛から突入支援に放たれる誘導弾。一歩、横に出た我斬機がそれをファランクスで迎撃する。宙に咲く爆発の華。盾をかざした我斬機が着弾の爆煙に包まれる。
その横をすり抜け来た2機のHWがクローを振りかざし突っ込んで来る。源次機はその突撃を盾で受け止めた。ひしゃげた2枚目の盾が腕部から脱落して跳ね上がり‥‥直後、カウンター気味に振り抜いた電撃爪がHWを焼き、吹き飛ばす。
その間に回り込もうとした別の1機は、煙の中から飛び出した我斬機にその行く手を阻まれた。
「何がなんでもやらせねぇ! 頼むぜ、相棒! もう少し頑張ってくれや!」
愛機に呼びかけ、盾から敵へと突っ込む我斬。激突後、横から振るわれたクローを機爪で以って受け弾き、大きく空いた敵機の横腹にその爪先を突き入れる。抉り、引き抜き、盾で押し退け。背後からクルリと回したライフルを、自らが開いた破孔目掛けて撃ち放つ。HWは爆発的に燃え上がり、激しく火を噴き上げた。
「大丈夫か、源次?」
「‥‥まぁ、な。『大山津見』の損傷で彼らが無事なら安いもんさ」
心の底から、源次はそう嘆息した。彼らがいるのは脱出路なのだ。ここに敵を残す訳にはいかない。
紫色の怪光線が夕闇を圧して飛び、KVの壁を乱打する。愛華機に複数の火線が集中し、かざしていた盾が装備していた腕ごと吹き飛ばされた。振動に振り回されながら短い悲鳴を上げる愛華。心配する声を上げる桜機も、その盾が焼き落とされる。
「ん達の弾道、こんうちが捻じ曲げる!」
砲戦距離が縮まり、激しくなる一方の砲火の応酬に、有希はロックオンキャンセラーを起動させた。敵の砲撃が目に見えてずれ始め‥‥その間隙に、愛華がほぼ最大仰角で榴弾砲を撃ち放つ。ひどく鋭い弧を描いて長い、長い旅路の末に、迫り来る敵中央で炸裂する2発の大型榴弾。爆発と破片が周囲のHWを薙ぎ払い、火力により強制的に分断された敵前衛へ能力者たちが砲火を浴びせかける。穿たれ、ひしゃげ、爆散していく6本脚たち。敵はその損害に怯まず、姿勢を低くして突っ込んで来る。
「キャンセラーは、もってあと1分ってとこばい!」
叫び、迫る敵へとライフルを撃ち放つ有希。短く被弾の舞踏を踊った敵がバラバラに砕けて爆発する。その爆風と破片が後方に抜けぬよう、しっかりと膝を付いて受け止める有希機。その爆炎の向こうから、クローを展開させたHWが突っ込んで来た。支援‥‥を要請するより早く、横合いから振り下ろされる桜機のハンマーボール。ぐしゃり、と潰れた敵が地と鉄球の間で炎に包まれる。
「CFV! 現在の避難状況はどれくらいだ?!」
扇状にライフルを撃ち捲っていた九郎機は、至近に迫った敵をその砲撃で穴だらけにしながら問い質した。問い質しながら、弾を撃ち尽くしたライフルを脇へと捨てる。地を蹴り、クローを振りかざしながら飛び掛って来るHW。再装填の時間は無かった。九郎機は地面に突き刺さった半月刀を引き抜くと、宙を舞う敵の斬撃を、受け凌ぎ、受け弾き、それが再び地に戻る前に、振り下ろした斬撃でもって真っ二つに斬り捨てた。
「残った避難民の数は、あと1割ってとこだろうが‥‥ ‥‥っ、CFVより傭兵機! 誰か、北に照明弾を打ち上げられるか!」
九郎は大尉の要請に従い照明弾を打ち上げた。戦場の北に輝く小さな太陽。白色の光に照らし出された大地の上に、無数の黒い影が、長く、シミの様に映し出された。
一度逃げ散っていた獣人型キメラが、戦闘の喧騒と夜の闇に紛れて密かに接近していたのだ。
「北だ! 北にも敵がいるぞ!」
九郎は皆に警告を発すると、グレネードを敵キメラの集団、その只中に撃ち放った。地を跳ねた擲弾が炸裂して周囲に破片を撒き散らす。近辺のキメラをただの1匹も逃さずに切り刻んだそれは白く照らされた大地を真っ赤に染めて‥‥奇襲を看破された挙句大損害を被った獣人たちは、再び闇の中へと逃げ始めた。
「あと少し。本当にあと少しで、皆を助けられるのに‥‥!」
沈黙した敵前衛。その背後から迫る新手に愛華が唇を噛み締める。左に88、右にハンマーを手にして奮戦してきた桜機が、その両手を広げて残された避難民たちの前に立ち塞がった。
「まだじゃ! ここより先へは一歩も行かせぬ! 避難民の収容が終わるまで、引く訳にはいかんのじゃ!」
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「最後の『駅馬車』が出る。各自、後退を開始してくれ」
CFVの車内から、鷹司が傭兵各機に呼びかけた。
兵や人々の遺体を収容する余裕はなかった。慌しく出発するAPCとCFV。KVがその直衛と殿を務めてこの地獄を後にする。
「他人に無茶をするなと言っておきながら、わしらが無茶してたら世話ないのぉ」
苦笑する桜。激戦であった。まともに無事な機体はない。戦場を振り返ると、破壊されたHWの燃える様が、野火の様に夜の闇に浮かび上がっていた。
「今後も救出作戦は続き、それは困難を極めるだろう。だが残された人々がいる限り、何度でも盾になってみせるさ」
源次がそう呟いた。