タイトル:UT S・M、ジャングルマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/15 00:49

●オープニング本文


 ユタの空を飛ぶその飛竜の目には、眼下に広がる大地の上に引かれた線は見えていなかった。
 彼の属するバグア側が掌握している地域と、彼の敵たる人類側が辛うじて確保している地域とを分かつ──『最前線』。火と硝煙と血と命とがせめぎ合うその不可視の線を、だが、飛竜は悠然と跨ぎ越す。銃火の煌き、立ち昇る爆煙──地上を這いつくばるモノたちの血みどろの戦いは、翼を一振りする間に視界の後ろへと流れて消えた。飛竜は、無論、頓着する事もなく‥‥その視線を地上に凝らし、代わり映えしない建物の中から目標たる建造物──必死の抵抗を続ける後衛戦闘大隊の大隊本部を見つけ出した。
 本来、それは前線という名の線と同様、飛竜にとってどうでもよい存在だったが‥‥創造主から指示された目標となれば話は別だ。翼を折りたたんで逆落としに、一気に空から降下する。地上の彼方此方から撃ち上げられる対空放火。綿密に計算された火線の網は、しかし、今日はその一部に綻びが見えた。翼を広げ、その『網の穴』から陣内へと踊り込み‥‥獲物と定めた針路上の防空戦車に炎の息を浴びせかける。
 慌てて防弾板の陰から飛び降りる兵隊たち。直後、火炎放射に薙ぎ払われた防空戦車が炎に包まれ爆発する。飛竜は同様にしてもう1両を喰らうと、久方ぶりの戦果に大きく一声啼いて上空へと退避した。
 擾乱以上の攻撃は命令で禁じられていた。絶対主が何を意図してその様な命令を下したのか、飛竜にはそれを理解するだけの知能も興味も無い。彼はもう一度大きく啼くと、貰える筈の餌を求めて自陣へと帰っていった。

「敵飛竜型キメラ、離脱。本部に被害なし。9号車と15号車が破壊されました」
 努めて冷静さを維持しようとする通信員の声音は、しかし、隠しきれない悲観に満ちていた。
 その報告を淡々と聞きながら、大隊長である髭の中佐は矢継ぎ早に対応の指示を飛ばした。飛ばしながら、戦闘糧食のビーフシチューを容器も変えずにかっ喰らう。食事をまともに取る暇も無いほど、大隊本部は前線で攻勢を強めた敵への対応に忙殺されていた。
「A中隊、敵正面攻勢を撃退も陣地の損害甚大なり。後退の許可を請う」
「D中隊の左翼が突破されました。このままでは分断されます!」
「畜生。E中隊、C中隊の後退援護は中止だ。D中隊を突破した敵を押し戻してくれ」
 前線からもたらされる報告は、どれも悲観的なものばかりだった。敵は攻勢を強めている。次の冬が来る前に片をつけようというのだろう。
「浸透してきた蟻型キメラにキャタピラを切られ、移動できなかった防空戦車がいたようです。それで、対空砲火に穴が」
 傍らにやって来た作戦参謀は顔面を蒼白にさせていた。大隊長は──表面上──平然とした顔で参謀を振り返り、手にしたレトルトのパックを差し出した。参謀は無言で受け取り、中身を一気に胃に収めた。
「現在の貧弱な陣地では、『タイタン』(全長4〜5mのゴツゴツした人型キメラ。巨躯に見合った膂力と耐久力、再生能力、強力な力場を持つ)を先頭に押し進む敵部隊の圧迫を押し留める事はできません。さらに、蟻型キメラ(全長30cm。大顎、甲殻、酸を持つ)の浸透攻撃によって前線にはあちこちで穴が開いています。もはや‥‥」
 これ以上の継戦は不可能です──そう言外に進言する参謀の顔を中佐は見返した。
 後は州都ソルトレイクシティの旅団本隊と合流するしかない。そうすれば、かの地で避難民を抱えての血みどろの──しかも、『勝つ』‥‥いや、『負けない』事すら望み得ない流血戦を強いられる事になる。
「‥‥なぜ、『タイタン』なのだろうな」
「は?」
 唐突にそんな事を尋ねてきた大隊長に、参謀は目を瞬かせた。
「陣地突破の尖兵として‥‥というのは分かる。だが、プロボで投入した『鎧角竜』や『突撃竜』でもその役割は果たせるはずだ。というか、あれで押し入られたら我々には為す術がなかった。だのに、なぜ、わざわざ新しいキメラを投入する? 飛竜にしてもそうだ。損害に構わずゴリ押していれば‥‥本来、キメラとはそうした役割を与えられた『兵科』のはずだ」
「損害に構わず‥‥我々、歩兵と同じですな」
 茶化す参謀に中佐は思わず苦笑を零した。表情を戻して参謀が答える。
「‥‥遊んでいるんじゃないですか? 我々で‥‥ 猫が鼠をいたぶるように」
「そうかもしれんな。奴等の動きを見ても、敵の指揮官は『戦争』をしていない。だが、それ以外に‥‥」
 何か理由があるとすれば。巨大キメラと『タイタン』の最大の違いは‥‥サイズ? 巨大キメラに比べて移送にスペースを取らず、かつ、餌代などの『維持費』が少ない。だとしたら‥‥
「‥‥連中、意外と補給に難儀しているんじゃなかろうか」
 大隊長の言葉に参謀は目を瞠った。確認させます、と言って即座に部屋を後にする。
「‥‥時間を稼ぐ必要があるな」
 髭の中佐は呟いた。


 来月になれば、山間部でまた雪が降り始める。どうやらそれまでには片がつけられそうだ。
 思惑通りに進む攻勢に満足そうに頷いて。口元に微笑を浮かべながら、コーラが並々注がれたティーカップに口をつけていたバグア指揮官ティム・グレンは、しかし、直後に鳴り響いた電子音に不快気に眉をひそめた。
 苛立たしげにカップを置き、モニタの前へと移動する。その地図上、ある一点で。彼のキメラ部隊の一つがその動きを止めていた。
 その場所にティムは覚えがあった。人間たちが物資集積所として利用していたショッピングモールで、付近の防衛部隊を統括する拠点でもある。激しい抵抗があると想定はしていたのだが‥‥
「面白い。やってくれるじゃないか」
 ウキウキした表情で上着に袖を通し、前線へと出るティム・グレン。だが、そんな彼が目にしたものは、思わず拍子抜けする光景であった。
 人類が立て籠もっているはずの堅牢であるべき『要塞』の‥‥その『城門』──正面入口は、しかし、大きく開け放たれていた。
 押し寄せるキメラを迎え撃つべき銃座に人は無く、キメラ『トロル』(全長2〜3mのゴツぶよした人型キメラ。強い膂力と再生能力を持つ)が戸惑った様にティムを見返した。
「なんなんだ、いったい‥‥」
 ティムは他部隊の突出を避けるべく全軍に停止を命じると、店内に『狼騎兵』(狼型キメラ『ダイアウルフ』に騎乗した小鬼型キメラ『ゴブリン』)を斥候として派遣した。
 だが、10分、1時間と沈黙の内に時だけが過ぎ‥‥いつまで経っても、キメラたちは出てこなかった。
「こいつは‥‥」
 その事実に笑みを見せるティム・グレン。
 どうやら、人間たちはまだまだ彼を楽しませてくれそうだった。

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
Anbar(ga9009
17歳・♂・EP
シャーリィ・アッシュ(gb1884
21歳・♀・HD
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
アリス・レクシュア(gc3163
16歳・♀・FC

●リプレイ本文

「‥‥館内の皆様。『お客さん』のご到着です。正面入口より甲虫型キメラが15‥‥18‥‥21。計21匹がご来店。歓迎の準備を願います」
 ショッピングモールの警備室。横列縦隊で整然と進入して来る甲虫たちを監視カメラのモニター越しに確認したアリス・レクシュア(gc3163)は、館内放送でそう仲間たちに呼びかけた。
 館内に潜んだ仲間たちへ敵情が伝えられる。アリスの背後、警備室の扉に寄り掛かっていたAnbar(ga9009)は、いよいよだな、と呟いた。
「外には圧倒的な数の敵‥‥だが、ここの地の利は俺らにある。時間稼ぎだ。せいぜいあがいてみせようぜ?」
 アリスからマイクを借り受けたAnbarがそう館内の皆に告げる。マイクを返されたアリスはスイッチをoffにしようとして‥‥離しかけたマイクへ再び口元を近づけた。
「‥‥皆さん。殿とはいえ、あまり無理はしないで下さいね。誰一人欠けることのないよう、私も最善を尽くしますから‥‥」
 館内放送故、返事はない(傍受を危惧して無線は使用していないのだ)。だが、モニターのあちこちには、カメラに向かって手を振る能力者たちの姿が映っていた。

 一方、エントランスからホールへ続く廊下では、甲虫たちがその『行進』を続けていた。
 吹き抜けの上からその様子を観察していた響 愛華(ga4681)はパタパタと廊下を渡ってぬいぐるみ屋へと入ると、カウンター脇の館内電話を手に取って内線番号をプッシュした。
「桜さん、準備はい〜い? もうすぐそっちにお客さんが行くよ?」
「わかっておる。‥‥こちらからも、もう見えた」
 連絡を受けた綾嶺・桜(ga3143)は背伸びをして受話器を戻すと、廊下中央へと進み出た。薙刀の石突をドンと突く。気付いた甲虫たちがカサカサとその速度を上げて‥‥薙刀をクルリと回した桜はそのまま後ろを向くと、キメラたちから遠ざかる様に走り出した。
 緩やかにカーブを描いた廊下を走る桜と甲虫たち。やがてホールへと辿り着いた桜は棒高跳びの要領で宙へ舞い、駆け戻っていた愛華の手を取って2階吹き抜けへと引き上げられる。
 遅れてホールへと走り込んで来る甲虫たち。姿を消した桜に戸惑った様にホールをうろつき‥‥と、何かが空気を切り裂く様な音がして、1匹の甲虫の甲殻が砕けた。続けてもう1匹。板の割れる様な音と共に体液を飛び散らせ、体をガクリと床に落とす。
 どうやら攻撃を受けたらしい、と知覚した甲虫たちが、敵の姿を捜し求める。吹き抜けの3階、手摺の隙間から銃身を覗かせた叢雲(ga2494)は、膝射姿勢を保持したまま廃莢・装填。スコープに敵を捉えては発砲を繰り返し、発見されるまでにさらに2匹をその銃火に撃ち倒した。
 上階に敵を見出した甲虫たちが、甲殻を広げてその羽を打ち振り始める。ふわり、と浮き始めたその直後。背後から撃ち下ろされた光線が1匹を直撃し、羽と身体とを薙いで斬り捨てた。
「さぁ、坊やたち。お遊びの時間よ? 楽しませて頂戴?」
 真紅に染まった瞳に愉悦の色をたゆたわせ、加虐的な笑みを浮かべたケイ・リヒャルト(ga0598)が、熾烈なほどに情熱的な、冷酷なまでに正確な射撃で以って甲虫を撃ち貫いていく。飛び上がった状態で回避運動へと転じた甲虫たちは互いにぶつかって次々と床へと落ち‥‥次の瞬間、2Fの踊り場を蹴って宙へと飛び出した人影が天井の照明を背に1Fへと降り下りながら。振り下ろしたその巨大な得物で以って、床に落ちた2匹をその身体ごと断ち割った。
「悪いけど‥‥逃がさないよ?」
 その得物、竜斬斧を肩へと担ぎ上げながら呟く鳳覚羅(gb3095)の背後で、警備室のアリスが操作した防火シャッターが下りていく。唯一の退路を失った事を、はたして甲虫たちは理解し得ただろうか。再び1Fへと舞い降りたち巫っ女桜の、構えた刃がきらりと光る。
 同様に1Fへと降り立ったシャーリィ・アッシュ(gb1884)が、純白のAU−KVを纏ったその身を一歩、前へと進ませた。飛翔した個体を優先的に撃ち落とす叢雲とケイ。砕かれた敵の破片と体液とが宙を舞う中、シャーリィは一点の曇りも無い『鎧』に佩いた鞘から、透き通る様な銀色の聖剣を抜き放つ。
「殲滅する。各個撃破」
 混乱の極みに陥った敵中へ3方から突撃する桜、覚羅、シャーリィたち。その様子を警備室のモニタで見ていたAnbarは、軽く口笛を吹いてみせた。
「完勝だな」
「ええ。今回は」
 アリスはそう頷いた。


 どうやら敵は建物内部まで引き込んでこちらを殲滅をしているらしい。初戦の状況からティムはそう推察した。
 ティムは、トロルの1個小隊と共にモール内へと侵入すると、奥へは進まず、そのまま入口付近の制圧に掛かった。エスカレーターを塞ぐバリゲードを除去させ、階段手前の溶接された防火扉を打ち壊させ‥‥障害物除去に多大な時間を取られつつも、日没までにエントランス近辺及びその上階部分を確保する。
 同日、深夜。
 ティム率いるトロルの各分隊は、廊下最上階への侵攻を開始。トロルの並外れた膂力で以って、防火シャッターを破りに掛かった。
 1度、2度、と打ちつけられる破壊槌。能力者たちはシャッター正面に設けられたバリゲードに取り付き、眠気眼をこすりながら初弾を装填。その銃口を前へと向けた。
 やがて、シャッターがひしゃげて潰れ、その隙間から捻じ込む様に1匹のトロルが押し入って来る。そこへ一斉に浴びせられる十字砲火。叢雲の狙撃銃、レイの二挺拳銃、愛華の据え付けたガトリング砲が一斉に火を吹き、トロルが回復する間もなく倒れ伏す。
 と、次の瞬間、同階、吹き抜けの『渡り廊下』の反対側のシャッターがベコリと巨大な力によって打ちひしがれた。振られる銃口。天窓から月明かりが降る闇の中、曳光弾の火線が吹き抜けを渡り、敵の突破を牽制する。
 その間に正面の敵はシャッターの穴を広げ、進攻路を完全に開拓した。コンクリ柱を盾に突進してくるトロルたち。桜、覚羅、シャーリィがバリゲードを飛び越え、激突。押し返す。
 だが、その頃には2階東・西、3階西、1階の各所でシャッターが破られていた。援軍に来たAnbarが4Fの味方と連携しつつ、3階東の進攻遅滞には成功したものの‥‥吹き抜け廊下の南半分は既に陥落したも同然だった。
「業務連絡、業務連絡。4F中央、渡り廊下に敵指揮官を確認。第2、第3分隊は一点突破を敢行して下さい」
 館内放送で流れるアリスの声。符丁もない平文にティムは首を傾げながらも、攻勢を一旦中止して守り固めに入る。各所に分散配備したトロルは重量級で、フロア間の移動には階段を使う必要があった。
 だが、いつまで経っても能力者たちの攻勢は開始されず‥‥ティムがまんまと一杯喰わされた事を悟った時には、正面の能力者たちは後方へ下がった後だった。
「ホント‥‥やってくれるよね」
 ティムは微苦笑と共に嘆息した。


 だが、その時にはもう、ティムは能力者たちの実情を看破していた。
 敵はやはり能力者。思った以上に数は少ない。目的は恐らく時間稼ぎ。ショッピングモールという『地形』を利用しての、だが、ある意味『正攻法』な遅滞戦術を取っている。
「ならば、迷う必要はない。こちらも正攻法だ。数に任せて押し潰す」
 翌日、早朝。ティムは、能力者たちに休む間も与えず全面攻勢に打って出た。屋内だけでなく、外からも攻撃を開始する。
「敵砲甲虫、西口入口に対する礫弾砲撃を開始。東口、及びフードコート方面でも、防犯シャッターの破壊活動が始まりました」
 幾面ものモニタに映る敵、敵、敵‥‥ だが、表情こそ硬いものの、仲間に状況を報告するアリスの声にはまだ余裕があった。幾らか予想より早かったとは言え、敵の攻勢は予定通りではある。
 敵は攻勢の主攻路を広い1F廊下に定めたようだった。横列縦隊を組んだトロルたちが障害代わりに設置したバリゲードを乗り越え、進んでくる。
「さぁ、今度はパーティの時間よ! Rock’n Roll!」
 トロルへ向け、吹き抜けの上から両手に持った銃を嵐の如く撃ち下ろすケイ。光線と、リボルバーから放たれる大口径の拳銃弾とがキメラの表皮を裂き、穿つ。ダメージを受けたトロルは腕で頭を庇いながら、吹き抜けの下へと入った。代わりに前に出た後列のトロルは敢えて廊下を前進し続け、被弾したトロルが回復する時間を稼ぐ。
 同じく、吹き抜けの上から狙撃していた叢雲は、スコープから目を離すと狙撃銃を床に置いたまま立ち上がった。狼騎兵が1F廊下から跳躍し、直接2Fの廊下へと踊りこんで来たのだ。
 叢雲に気付き、槍を手にゆっくりと加速しながら突撃を掛けて来る狼騎兵。片刃の直刀を引き抜いた叢雲は腰を落とし‥‥突き出された槍先をかわして、すれ違い様、騎乗した小鬼を斬り捨てた。
「スナイパーだから剣が使えないとは限りませんよ? これでも長い事傭兵をやってますし、ね」
「あら、素敵」
 騎手を失いつつも突撃してきた狼の牙をスルリとかわし、ケイがこめかみに至近距離から銃弾を叩き込む。次々と跳躍してくる狼騎兵。その向こうでは、トロルに打ち据えられたシャッターが一撃ごとに歪んでゆく‥‥
 一方、1階廊下正面で敵を迎え撃っていた桜は、敵の圧力に抗し切れぬといった態で、敵に背を向け走りだした。
 ハードルの要領でバリゲードを飛び越え、床上90cmしか開いていないシャッターの下を走り抜ける。追い掛けて来たトロルは大柄故にそれを潜るのに苦労して‥‥ようやく潜り抜けた先で、愛華の砲火を撃ちかけられた。慌てて戻ろうとするが退路は狭い。血塗れになったトロルは、跳躍した桜の一刀でその首を斬り落とされた。倒れ伏したトロルの死骸をシャーリィが『竜の咆哮』で蹴り飛ばし、後続のトロルにぶつけて倒し込む。そこへシャッターの隙間を抜けて撃ち放たれる愛華の砲弾。被弾した敵が慌てて射界外へと転がり逃げていった。
「‥‥ここでなるべく時間を稼がねば‥‥って、ぬしは何を見ておるのじゃ!」
 リロードする愛華の側へとやって来た桜は、給弾中にアイスクリーム屋の飾り物(でっかいソフトクリーム)を物欲しげに見つめていた愛華を、手にしたハリセンでスパン、と叩いた。
「わぅ〜。おっきなショッピングモール、もっと別の形で来てみたかったんだよ」
 嘆息しつつ一瞬和んだ桜は、しかし、直後、シャッターを押し破らんとする大きな音に現実に引き戻された。
「蟻や小鬼程度ならまだ何とかなるが‥‥さて、、トロル相手にいつまで耐えられるかの」
「わふん。でも、まだここは私たちの縄張りだよ」
 その時、一際大きな破壊音がショッピングモールに轟いて、能力者たちは天を見上げた。轟雷が落ちたと思わんばかりのその音は、タイタンによってフードコートの防犯シャッターがガラス板ごとぶち破られる音だった。
「‥‥っ! タイタンがフードコートの展望ガラスを丸ごと叩き割りました‥‥っ」
 外壁に開いた大穴から侵入して来る多数のキメラ群。それを伝えていたアリスは、自らの名を呼ぶAnbarの声に慌てて振り返った。
 開いた扉の向こうの壁に、Anbarが放つSMGの銃声と閃光が廊下に反射する。職員用通路の存在にようやく気付いたティムが、中にキメラを送り込んできたのだ。
 轟音。螺旋階段を利用してAnbarが仕掛けた閃光手榴弾のトラップが炸裂し、目耳を封じられた小鬼たちが階段でたたらを踏む。すかさず飛び出したAnbarは朦朧とする敵をSMGで打ち倒し、引っ掛からなかった閃光手榴弾を引っこ抜いて廊下の先へと放ってやった。
「何分保ちます?」
「サイズの問題からかトロルはいねぇみてぇだが‥‥ 数が多い。そんなに長くは保たねぇぞ」
 再び轟音。弾倉を取り替えたAnbarが廊下の先へと前進しながら、腰を抜かした敵を撃ち倒す。アリスは数瞬、考えるそぶりを見せると、警備室へ戻ってマイクのスイッチをonにした。

 多数の敵の侵入を知らされたシャーリィは、装輪駆動の火花を光らせながらそちらへの移動を開始した。その背後、打ち破られるシャッターと進入して来るトロルたち。愛華が銃撃を撃ち放ち、桜が前へと突っ込んでいく‥‥
 慌てて振り返ったシャーリィの背後、行く手の廊下から飛び出してくる狼騎兵たち。その頭を抑える様に、竜斬斧を振りかざした覚羅が突っ込んだ。
「本腰を入れてきたか‥‥けど、鳳凰の羽ばたき、この程度で止められると思われるのは心外だね」
 雄叫びと共に、振り被った竜斬斧を叩き付ける覚羅。十字型に奔った衝撃波が狼騎兵たちを吹き飛ばす。このまま一気に突破しようとしていた敵は、慌てた様に一歩後退した。
「加勢します。後ろは任せて下さい。鳳さんは前に専念を」
 と、そこへ辿り着いたシャーリィが、覚羅の側後方に回りこもうとしていたキメラ群を蹴散らしにかかる。覚羅は微笑で応え、逆に廊下への前進をかけ始める‥‥
 だが、そこに現れたのは絶望だった。外壁を破ったタイタンがそのままこちらへと侵攻して来ていたのだ。2Fにも届かんとする巨大な体躯。大きすぎて吹き抜け部分しか移動できないが、その巨躯と膂力の前にはバリゲードやシャッターなど意味をなさない。
 そして、その足を止めるべき能力者は2人しかいないのだ。
「私が左に回り込みます。真正面から打ち合わず、動き回り、体格差を利用して隙を窺えば‥‥」
「そうですね‥‥けど、そろそろ潮時みたいですよ?」
 警備室のアリスが撤退命令を発したのは、まさにその時だった。
「業務連絡。全分隊、屋上、最終防衛ラインへ集結して下さい。作戦名、『蛍の光』を発動します」
「『蛍の光』ね‥‥」
 事前の符丁に合わせ、各所で撤退を始める能力者たち。店舗からバックヤードへ抜け、職員用通路を移動。社員用食堂の床に開けた大穴へと飛び込んでゆく。
 最後に辿り着いたシャーリィは全員の退避を確認すると、用意してあった機器のスイッチを続け様に押していった。立て続けに響く小さな振動。シャーリィは穴へと飛び込むと、『竜の翼』で以って一気に仲間を追って離脱した。

 カカカッ、と放たれた礫弾が、目の前に現れた人影を撃ち砕いた。
 前進し、戦果を確認するキメラたち。だが、それは穴だらけになったマネキンで‥‥直後、炎色に染まった空気が瞬間的に膨張、爆発する。仕掛けられていたガスボンベが爆発したのだ。
 罠と炎を踏み越えて前進したティムとキメラたちは、やがて、食堂で床に開いた大穴を発見する。既に能力者たちは誰も残っていなかった。
「‥‥下水道。これを使って脱出したのか」
 呟くティムの耳に聞こえてくる不気味な鳴動。主要部の柱が幾本か爆破されており、建物全体がその損壊に耐えられなくなったのだ。
「全群、退避ー!」
 大きくなっていく破砕音の中、目の前の穴へと飛び込むティム。直後、激戦の地となったショッピングモールは多くのキメラを巻き添えに崩れ去った。