●リプレイ本文
「あんたを護衛してやる。それ、下ろしてくんねぇか‥‥?」
アンドレアス・ラーセン(
ga6523)は、埃舞う室内に内心、眉をひそめながら(髪の手入れが大変なのだ)、落ち着いた様子で男に呼びかけた。
呼びかけながら、室内の様子を観察する。銃を下ろさぬ男‥‥これは、まぁ、当然か。構えは素人。手にした銃は‥‥SES? 黒服は能力者か。床の上に横たわったその黒服は、包帯に血を滲ませながら上体を起こし、こちらの様子を窺っている‥‥
「これはまた‥‥意外な所で大物に出会えたものですね」
叢雲(
ga2494)のその言葉に、男はビクリと身を震わせた。知っているのか? と、飄々とした風で、その実、油断なく周囲に目を配りつつ尋ねるツァディ・クラモト(
ga6649)。そう言えば、と街中に流れていた噂を思い出し、大泰司 慈海(
ga0173)は傍らのアンドレアスの肘を突付いた。内ポケから新聞を取り出すアンドレアス。手配書代わりに自警団が配っていたその古い紙面には、目の前の男、エウリコ・ベナビデスの写真が大きく写っていた。
「ふ、ん‥‥? 政治の臭いがぷんぷんしやがる」
「‥‥でも、噂とはまた状況が違っているような?」
横から写真を覗き込んだ慈海が首を捻る。どうします? と冷静な顔つきで皆を振り返る叢雲。決まっているよ! と間髪入れず、響 愛華(
ga4681)が訴えた。
「お母さんは言ってたよ! 誰かに何かを必死に頼まれたのなら‥‥それは絶対にやり遂げなさいって!」
薄汚れた顔に凛とした決意を滲ませ、グッと拳を握る愛華。アンドレアスと慈海は頷いた。
どの道、やる事は決まっている。不当に中断されていい命なんかあるわけが無い。助けられるならそうする。例えそれが何者でも。
人の命を守るのが、能力者の使命である──そう信じているが故に。
「まぁ、いいんじゃないか」
苦笑し、肩を竦めて見せるツァディ。要人だというのなら、直接的な報酬はなくとも貸しを作っておく分にはアリだろう。
綾嶺・桜(
ga3143)は友人の愛華に見つめられ‥‥微苦笑と共に頷いた。まぁ、キメラに襲われるバグア関係者というのもないだろうから‥‥確証が無い内はそれでよかろう。
「何にせよ、早く移動せねばならぬ。‥‥ここは危険じゃ」
「そうですね。ですが、まずは訊きましょう。‥‥貴方は、親バグア派ですか?」
叢雲の問いにエウリコはキョトンとした顔をして‥‥慌てて首を横に振った。自分は親バグア派ではない。はっきりそう断言する。
「‥‥嘘をついているかどうか、舐めれば味で分かるわよ?」
阿野次 のもじ(
ga5480)が、隣の桜に小声で呟き、桜が疑わしげな視線を返す。
「‥‥そっか。だったらちゃんと行かないと、だね!」
笑顔でエウリコに頷いた愛華は、部屋を出て、先ほど息を引き取った男の傍らに膝をついた。手を合わせて暫し瞑目し‥‥手早くその衣服を脱がし始める。
「命を狙われているなら、見捨てられない。遺言通り、貴方を守るよ」
「‥‥遺言?」
慈海の言葉に、エウリコは訝しげに眉を寄せた。答えが返ってくる前に、戻って来た愛華が衣服を手渡す。目立ちすぎるから着替えるように、と言われてそれを広げたエウリコは‥‥血に塗れた衣服に目を見開いた。
「ヘンドリック‥‥逝ったのか‥‥」
衣服を握り締めたその腕が。小さく、震えた。
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ともあれ、200kmも移動するには、何らかの足がなければならない。
叢雲、愛華、アンドレアスの3人は移動する仲間と別れ、使えそうな車両を求めて街中へと入った。
「人数の乗れる大きめの車と、できれば、オフロードも行けるバイクがあればいいのですが‥‥」
呟く叢雲。だが、暴動の起きた町という事もあって容易に見つからない。放置された車は黒コゲか、絶賛炎上中のものばかりだった。
「どうだ? 動きそうか?」
尋ねるアンドレアスに、ボンネットを覗き込んだ愛華は顔を上げて横に振った。外身は無事でも、中身は弾痕だらけで使い物にならなかった。
「そこで何をしている!」
唐突に背後から声を掛けられて、愛華はビクゥッ、と身を震わせた。
ゆっくりと振り返る。鍬やら散弾銃やらで武装した15〜6人の自警団が訝しげにこちらを見ていた。リーダーらしき男は警察官の服を着ている。‥‥流石に気まずい。いざとなったら、無断で車を『拝借』するつもりだったのだ。
「LHの能力者だ。現在、この先で大規模なキメラの集団と戦闘中だ。数が多い。近づかぬよう、連絡を回してくれ」
身分証を呈示しながら、敢えて威圧的な口調で叢雲はそう言った。偽情報を流し、エウリコの捜索を妨害しようというのだ。
「なっ、仲間が戦闘で重傷を負ったんだよ! 急いで空港に‥‥LHに搬送しなくちゃならないんだよ!」
あらかじめ用意していた答えを愛華は必死に訴えた。実際、黒服や赤月 腕(
gc2839)が重傷を負っている事は事実だった。今すぐ命がどうという事はないが、あながち嘘という訳でもない。
警官がどうしたものかと考えていると、その後ろから慌てた様子で一人の男が駆けて来た。
「大変だ! キメラが出た! 2匹だ!」
その言葉に団員たちは狼狽した。能力者ではない彼らにとって、キメラは2匹は手に余る。
「すまない。一緒に来てくれないか」
そう言って駆け出す警官たちに頷いて、能力者たちは後に続いた。
「いいのか? こんな事をしている暇はないぞ?」
「でも、見捨てておけないよ」
まったくもってその通り。アンドレアスは天を仰いだ。
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一方、エウリコを護衛する能力者たちは、街外れにある車の大手販売所に移動して出発の準備を整えていた。
無事な車は一台もなかったが、少なくとも暴徒はもう寄って来ないだろう。視界も広く、キメラの接近を警戒するにも申し分ない。のもじは満足そうに頷いた。
「ヘンドリックの任務に懸ける覚悟が、言葉ではなく想いで伝わった!」
高らかにそう宣言したのもじは、直後、あらぬ方を窺う様にきょろきょろと視線を振った。‥‥沈黙。どうやらこれ位ならセーフらしい。ホッと息をつき、再びズギャンと奇妙な立ちポーズを決めて言葉を続ける。
「我々の任務を確認しよう。エウリコ・ベナビデス──彼を200km離れた空港に連れて行く事である!」
ゴゴゴ‥‥と効果音を口にするのもじに、うん、と頷いて‥‥エウリコは困った様にツァディを見た。
「大丈夫。俺たちも一応プロだしね。キッチリ仕事はしますって」
鼻歌混じりに銃の手入れをしていたツァディが、そう言って手をヒラヒラと振る。ますます困った顔をするエウリコ。顔を隠す為、慈海に包帯をグルグル巻きにされてる黒服の傍らで、その様子を見ていた腕は苦笑を零しつつ、手元の地図へと視線を戻した。
それはヘンドリックから『受け継いだ』地図だった。おそらく、印の付けられた所が目的地の飛行場なのだろう。随分と山間だが、車で行けない事もなさそうだ。
折り畳んだ地図の隙間から舞い落ちる物を見て、腕はそれを拾い上げた。微笑の柔らかな女性と、元気そうな女の子と‥‥そして、今は亡き男の写った家族の肖像。腕は暫し無言でその写真を見つめると、それを傍らの黒服へと手渡した。ヘンドリックは身元が分かる様な物を、何一つ身につけてはいなかった。
「祖国の為に命を落とした英雄のものだ‥‥遺族に渡して欲しい」
「『祖国』、か‥‥」
皮肉気にそう呟いて‥‥黒服は丁重にその遺品を受け取った。治療を続けながら黒服の様子を注意深く観察していた慈海は、顔に出さずに訝しんだ。
この男は何者なんだろう。ボディガードか、お目付け役か‥‥ 発音や動作、目の配り方などから見ると、軍人というより諜報部員か何かの様な気がするのだが‥‥
「静かに!」
緊迫した腕の声が響いて、能力者たちは一斉にその動きを止めた。
‥‥‥‥沈黙。チャリ、とガラスを踏む微かな足音。その音がピタリと止まり‥‥直後、裏口のドアが吹き飛び、人型キメラ『追跡者』が突っ込んで来た。
素早く銃を構えたツァディがフルオートで撃ち捲り、その弾幕による制圧射撃で敵の脚を止めようとする。だが、敵は防弾のロングコートでそれを『受け』、その歩みは止まらない。
「ち。『避け』やしねぇ‥‥」
「それなら‥‥!」
慈海が『練成超強化』で虹色の光を送り、ツァディの戦闘能力を強化する。相手が『避け』を放棄するなら、与えるダメージを底上げしてやればいい。だが‥‥
「畜生、どんだけタフなんだ!?」
その体表に幾つもの弾着が弾け、血の飛沫が床へ降る。だが、追跡者はその歩みを止めなかった。放たれる慈海の光線銃。エネルギーの奔流が敵を貫き、肉の焼ける臭いが周囲に満ちる。
「くっ‥‥こんなヤツ、相手をしてられぬ!」
徐々に後退するツァディと滋海の後ろで、桜は閃光手榴弾のピンを抜いた。退路を確保すべく、矢を番えたのもじがエウリコたちに先行して外へと飛び出し、周囲を警戒して弓を振り‥‥街の上空を旋回していた大型の鳥型キメラ『コンドル』が急降下して来る所を『抜き打ち』に矢を放つ。慌てて上昇へと転じる敵。そのまま射程外へと逃れるそれを見上げて、のもじは「見られている‥‥?」と舌を打つ。
「キメラの襲撃を受けた。合流場所をC3に変更する」
銃声轟く中、無線で探索班にそう伝える慈海。銃を撃ちながら外へと後退してきたツァディを確認して‥‥桜は閃光手榴弾を屋内へと放り込んだ。
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どうにか追跡者から逃れた能力者たちは、その後2度に亘って追跡者を退けながら、夕刻になってようやく探索班の3人と合流した。
探索班はマイクロバスとジープ、オフロードのバイクを持って来た。キメラ退治に奮戦してくれた礼に、自警団が警察車両を貸し出してくれたのだ。
傷を癒し、夜を待って出発した一行は、途中、自警団の検問をやり過ごし、狼型キメラに追われたりしながら(バイクに乗った叢雲が踵を返して立ち塞がり、十字架型兵装の銃撃で追い払った)、ようやく街の外へ出た。
「さぁて。夜明けへのドライブといくかね」
バスを運転するアンドレアスが改めてハンドルを握り直す。黒服とエウリコを挟むように後席に座った腕が地図と磁石を確認し、「輸送機やヘリに追われていないか?」と慈海が暗視スコープを覗く桜に尋ねる。
桜は注意深く周囲を見回して‥‥敵影が全く無い事を確認した。
「‥‥振り切った?」
「このまま何事も無く空港まで着ければよいのじゃが‥‥」
ところが、飛行場までの道中は、本当に何事もなく着いてしまった。
能力者たちは手前で車を降りると護衛を残して先行し、飛行場とその周辺の探索を行った。どうやら私用に使われているらしい小さな飛行場には‥‥人っ子一人、いなかった。
やがて、日の出を迎えるころに、遠くの空からエンジン音が聞こえてきた。アンドレアスが隣りで双眼鏡を覗く桜に「大丈夫そうか?」と声を掛ける。目を凝らす桜。機種は‥‥V22。なんと北中央軍機だ。その部隊章は‥‥
「エンタープライズIII!?」
驚いた。今作戦の為に太平洋に展開している空母の艦載輸送機が、こんな所まで出張って来ていた。
「確かか?」
「間違いない。食堂で愛華とアイス奢って貰った事あるのじゃ」
パタパタと尻尾を振りながら、無線機に呼びかける愛華。予定外の任務をぼやくパイロットは‥‥しかし、次の瞬間、緊張に声音を硬くした。
振り返る能力者たち。見れば、藍色に染まった空を背景に、コンドルに吊り下げられた追跡者がふわりと空を飛んでいた。
「馬鹿な‥‥追跡はなかった。ここが分かるはずがない」
その言葉にハッとして、エウリコの鞄をあさる黒服。彼がチェックしていない追加の荷物──写真立てを開け、発信器の貼り付けられた蓋を踏み砕く。
「ここは任せて先に行け! ‥‥って一度言ってみたかった!」
降下した追跡者に向かって矢を浴びせ掛けながら、のもじが男前に振り返った。その傍らに立つ桜と愛華。時間を稼ぐだけでいいぞ、と伝えて、慈海とツァディがジープに飛び乗る。
「ぐるるるるっ! しつこい子は嫌いなんだよ!」
のもじの援護を受け突っ込む桜と愛華。桜が薙刀の斬撃で注意を引き、反撃で振るわれた拳を『宙を蹴って』跳び避ける。その反対側へと回り、雄叫びと共に機械爪の一閃で追跡者の背中を焼き切る愛華。そのまま身を回して左手のツインブレードで脚を斬り上げ‥‥右肘の『獣突』で吹き飛ばす。飛んで来た巨体。穂先を地面に下げて待ち構えていた桜が、その切っ先を振り上げると同時に『真燕貫突』で突き出して‥‥刺さった薙刀を振り回すようにして地面へと叩き付ける。即座にナイフを放つ愛華。タタタッ、とコートの端を地面へ縫い付ける短剣の柄を、愛華がより深く蹴り入れる。起き上がろうとして、ピンと張ったコートに一瞬、動きを止める追跡者。慌てて振り替える視線の先。弓を構えたのもじが放つ必殺の矢が、追跡者の眉間を撃ち貫く。
一方、コンドルを撃ち落としながら着陸した輸送機へと向かっていた能力者たちは、突如、前方に降り下りて来た追跡者に慌ててハンドルを切った。
「2匹目だと!?」
「相手をするな! 走り抜けろ!」
大きく進路を変えて追跡者をかわす3台。追跡者はそれを視線で追って‥‥手にしたロケットランチャーを撃ち放つ。
ジープの荷台からアサルトライフルの狙撃でそれを『撃ち落と』すツァディ。弾頭が中空で爆発し、焼けた破片がジープの車体に突き刺さり、タイヤを撃ち貫く。
「くそぉ!?」
コントロールを失った車体をなんとか滑らせ、慈海がツァディと飛び下りる。放たれる重機関銃。燃料タンクを撃ち抜かれたジープが盛大に爆発する。
「柄じゃないが‥‥アレを止めるぞ」
顔を見合わせて笑う慈海とツァディ。と、そこへ燃えるジープを隠れ蓑に接近した叢雲が、横合いからSMGによる銃撃を浴びせ掛けた。浴びせながら突っ込み、柔らかそうな腹部にステークを突き入れる。そのまま大きく切り上げる叢雲。追跡者の野戦服が破れ、その大きな傷跡が明らかになる。
ツァディはハッとした。非能力者であるヘンドリックにも倒せたのだ。どこかに弱点があるのではないか。
「注意を!」
逸らしてくれと叫ぶ彼に呼応して、慈海と叢雲が攻撃を集中する。ツァディは弾倉を貫通弾に交換すると、ぶ厚い筋肉の隙間、鳩尾の脆そうな傷跡に向けて立て続けに撃ち放った。
「これが正しい結末なのか‥‥分かんねぇけど、それでも、生きていりゃどうとでもなる」
輸送機へ乗り込む二人を運転席から見送りながら、アンドレアスはそう声をかけた。
振り返り、微笑で頷くエウリコ。アンドレアスに皆への礼を言付けて、彼は機中の人となった。
「さて‥‥みんなを拾い上げてかねぇとな」
飛び立つ輸送機を見送りながら、ハンドルへと手を掛ける。
昇る朝日の陽光に、輸送機の翼端がキラリと光った。