タイトル:【共鳴】過ぎ行く灯火マスター:笠木

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/28 21:02

●オープニング本文


 閉じられた部屋。
 窓もなく、扉もない。
 ただ真白に塗りつくされている壁に覆われた部屋だった。

  ―――グシャ

 音と同時に地面に飛び散った何かがポタポタと。
 真白であった空間に一筋の色彩を醸し出す。
 中心に佇む、小さな人影は自分の手を見つめていた。
 手に掴まれたそれは柔らかく、握ればすぐに壊れてしまう。

  赤イ赤赤赤タれるコぼれル赤アったカイ。
  モット赤クモッともットモっと―――。

 さっきまでは動いていた。だけど今になってはただの塊だ。
 それは立ち上がり仰向けに天井を見る。

 微かに声が聞こえた気がした。
『また失 か』
『過程は間違  いなかった。単 に素体の 題だろう』
 遠巻きに。ガラス越しにいる二人の人影は下に居る何かを値踏みするように見下ろしていた。
 クリップボードを持っていた人影が持っていた資料を破り捨てる。
『戦闘力を上げ  るとろくな結果は生ま ないな』
『 が、いい実 材料  なる。見ろよ、あいつ  ことを楽しんでやがる』

  グシャ―――
   グシャグシャ―――

  流レテる。暖かカい。
  もっトイッぱい。あアカイのたクさん―――。

『‥‥  を聞かない  に何の価値がある?』
『   は折り紙付だって  勿体無いこった。これで何体目だ? そろそろ  が切れる頃だぞ』
『無くなるなら  すればいい』
『―――簡単 言ってくれるな』

  ウゴかない。つツまらない。
  こレレはモウいらない。壊す。壊レれば流レる。赤いイ、アカ。

『ああ、  ならこいつを  るぜ。用は使いよ  。  にはお似合いの任務がある。使い捨てても構わないな?』
『‥‥好 にしろ』
 人影はこちらに振り返った。見下すようなその視線に不快感を感じる。
 口元がわずかに動く。声までは聞こえないがこちらに向けて何かを言っているようだ。

  ミルな‥‥おまエハきラいキラキラいい!!!

 声無き咆哮が部屋の中に木霊する。
 ただ、力の限り叫び吠え立てることだけがその存在が感情を表現する唯一の手段だった。



「‥‥‥っ!」
 横たわって眠っていたルミナは何かから逃れるようにその身を起こした。
 白い壁などどこにもない。薄汚れた壁に覆われた小さな部屋。見慣れた光景。
「‥‥どうしたの?」
「いや‥‥ちょっと嫌な夢を見ちまってな」
 荒ぶっていた息を整え、こちらの顔を覗き込んできたアスールに大丈夫だと頭を撫でる。
(「何か‥‥変」)
 いつものルミナならこんな事はしない。アスールは表情を変えずに持っていた、こねこのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
 ルミナはアスールのちょっとした仕草を見て苦笑する。
「この前から気になってたんだけど、その人形‥‥どうしたんだ?」
「ん、車の中にあったから貰ったの」
 思い描くのは、前回の襲撃。確かにいくつか車があったなと思い出す。
「この前のあの時か?」
「そう。女の子が乗ってた車に。置いてあったから貰っておいた」
「―――それ、盗んだの間違いじゃないのか‥‥」
 何の話? といわんばかりに無表情。いや、眉尻が少しは下がっているだろうか。
「てか! アスール!」
「‥‥何?」
「この前、援護がほとんどなかったのはそんなことしてたからだな!?」
「‥‥‥‥」
 アスールはくるっと反転。ルミナの言動に反応すらしない。私は知らないそう言いたいのだろうか。経験上、これ以上問い詰めても答えが返ってくることはない。あの時、アスールがもっと援護してくれてたら、もっと違う展開があったかもしれないのに。
「ああ、思い出しただけで胸糞悪い! なんだよあいつら。邪魔しやがって」
「課題‥‥。失敗した」
「傭兵ってあんなやつばっかりなのかよ。コエーし、俺よりガキだったし―――ツッ」
 慌てて手で頭を押さえつける。襲い掛かる頭痛。
(「また‥‥かよ‥‥」)
 ここ最近、何かが変だ。
 体が――疼く。
 前から体が疼くことはあった。だが、その疼きはこれほど身を揺さぶれるものではなかった。
「ルミナ、これを飲んで」
「ああ、悪いな。いつもありがとよ、アスール」
 アスールは慣れた手つきで錠剤とコップに入った水を取り出しルミナに渡した。
 ゴクリと一息に錠剤を飲み干す。
「そろそろ課題やんねえとまずい時期だな。たく、頭痛くてたまんねえっつのに。アスール、次の課題の準備進めといてくれ」
「そう‥‥。やっとく」
「課題なんてめんどくせえだけなんだよ。なんでこんなことやんないといけな―――」
 いつのまにかひっそりと。アスールはゆっくりとベッドから離れていった。
 ルミナは思考する。気のせいだろうか。
 表情に変化がないアスールの顔。
 だが、この時ばかりは憂いの表情を浮かべていた、そんな気がした。



 月の光がぼんやりと二つの影を生み出す。
 一つは長く。一つは短い。
「失敗したそうだな」
「言われたとおりにした。だから失敗した」
 長身の影は笑う。
「なんだ怒っているのか? はは、珍しいな。お前が感情を露にするなんて。それほどまでにあいつの事が大切なのか。あの失敗作がそんなにも」
 長身の影はクツクツと笑い、対する影は微動だにしない。
 ただ、笑い声だけが響き、その場を支配した。
「そんなに怒るな。あの程度の課題をこなせなければ価値はないのは確かだ。そんなものは生かしておいても何の得もないのは‥‥お前も理解しているな?」
「わかってる。次こそは必ず成功させる」
 言葉に応じるように長身の影は懐から袋を取り出し投げた。
「新しい薬だ。次の課題は私も見守らせてもらおうか。―――何。邪魔などする気はないぞ。せいぜい頑張ることだな」


 ―――なあ?

  ―――アスールよ


●参加者一覧

旭(ga6764
26歳・♂・AA
依神 隼瀬(gb2747
20歳・♀・HG
フィン・ファルスト(gc2637
17歳・♀・DF
國盛(gc4513
46歳・♂・GP
春夏秋冬 ユニ(gc4765
17歳・♀・DF
キロ(gc5348
10歳・♀・GD

●リプレイ本文


「僕ら二人だけで探せって言うのも、なかなか無茶な話だよね」
「そうかの。我はこういうのも楽しいと思うぞ。探索っ探索っ、静かにこっそりお宝探し〜」
 旭(ga6764)はいつまでもマイペースなキロ(gc5348)を横目に、はぁ、と少しばかりの溜め息をつく。
「それで君は何がしたかったの?」
 振り返った先。そこには‥‥そこには‥‥ルミナが居た。
 大事なことなのでもう一度言おう。
 ルミナが居た!!

 ここまでの経緯を短く説明しよう。

 ばったりと出くわしてしまった両者。
 凍った時の中で見詰め合う二人。ルミナは思い出した。以前のあの屈辱を。
 やられたままが嫌いなルミナはどうせならと思い、旭に借りを返すべく行動に移った。
  ルミナ の ドロップキック!
  旭 は 華麗に回避した!
 囮として動いた旭と自由奔放に動き回ったルミナ。
 両者が出会ってしまったのは必然といえば必然なのかもしれない。

 まあ、そんなところである。

「てめえぇ! あのタイミングで避けるんじゃねえ!」
 ビシィ! 人差し指を旭に突き立てた。
「避けるに決まってるよ、痛いし。えっとルミナ君、だっけ?」
「なんで俺の名前を知ってんだ」
 どうやら未だに自分達の名前が傭兵達にばれていないと思い込んでいたようだ。
 アスールが前に出る。
「ルミナ。今回の目的は傭兵を倒すことじゃない」
「そうだった。こいつに構ってる暇なんかないな」
 じゃあな! と、手を振り上げ颯爽と二人の前から逃げ出す。
「待って! 前回は断られたけど、やっぱり投降しない?」
「嫌だね。なんで投降するなんてまっぴらだ」
 うーん、やっぱりだめだったか。旭はむぅ、と唸ると周りを見渡し始めた。
「ねぇ、逃げるのは構わないけど、僕達、道に迷ってるんだ。教会ってどっちだったかわかるかい?」
「あそこにあるじゃねえか? 何、聞いてるんだお前」
 確かに良く見渡せば遠くに教会の物らしい十字架が見え隠れしていた。だが、旭の目的はそれではない。
「じゃあ、君たちの拠点は?」
「ああ、それなら‥‥」
 ん? とルミナは顔に疑問符を浮かべた。
「‥‥拠点ならあっちの方角だけどよ。まあお前らに見つけられないほど巧妙に隠してるしな」
 にやりと笑いながら、旭にそう告げる。
(「当然、違う方向だけどな。ざまあみろ」)
「ルミナ、その方向は合ってる」
「―――へ?」
「へぇ〜そうなんだ」
「ほぅ。興味深いの」
「ばばばば、馬鹿! 嘘に決まってんだろ! いくぞ! こいつらは無視だ。無視!」
 今度こそ二人はすぐさま姿を消した。旭とキロはあえて後を追わない。
 二人が走り去った後には風だけが残った。
「拠点はあっちの方にある、と。それにしても台風のような二人ですね。さて―――こちら、旭。そちらは目標を追えていますか?」
『今のところ問題ありません。任せてください!』
 無線越しのフィン・ファルスト(gc2637)によろしくと伝える。彼女らならばルミナとアスールを見逃すことはないだろう。
「では、僕達も行きますか」
 そうじゃの、と首肯を返し二人はルミナとアスールの後を追った。



「目標は南西に向けて移動中」
『了解。見失わないでね』
 依神 隼瀬(gb2747)は問題なくストーキングに成功しているようだ。
 傭兵達の作戦はこうだ。旭、キロは囮として市街地を探索する。別働隊として動いている傭兵が囮役のサポートをする。そして最終的には敵を尾行することで拠点を調べることが目的だった。
 今のところ作戦通りに物事が進行していると考えていい。
 國盛(gc4513)は予めルミナから離れた場所に陣取り全体の様子を見れるようにしていた。
(「ルミナだったか。やけに頭を抱えているようだが‥‥」)
 先ほどからやけに頭を抱える回数が多くなってきた。
「止まりましたね」
 春夏秋冬 ユニ(gc4765)はじっと力の篭った眼で二人の行動を見守る。
「やはりあそこが目的なのか」
 やがて、ルミナとアスールは人気がない仮設基地の裏口に隠れ、立ち止まった。



 ‥‥頭が痛い。最近になって頻繁に感じるこの痛み。思わず頭に手を当てるが痛みが引くことはない。
「なんで‥‥あいつら‥‥こんな‥‥場所にいるんだ」
 息を荒立てながらも前へ前へと進んでいく。途中、追跡できないようにぐるぐると回り道をしたせいか、やけに疲れを感じる。
「なんだ‥‥この感じ」
 視界が歪む。いつもならこの距離を走るだけでこんな状態になることはなかった。
「大丈夫? ルミナ」

 ―――ドクン。視界が一瞬赤くなった。
 痛い痛い痛いいた痛いいいイイイタイ!!

 懐から薬を取り出して、ルミナを押さえつける。
「ルミナ! 薬、飲んで!」
 だが、ルミナの力はアスールとは比べ物にならない。痛みに任せて振り回された腕に阻まれ薬は地面へと落ちてしまった。
「ああああああアアあああアあああああああああ!!」

 ドクン。
  ―――視界が赤く染まる。
   ドクッ。
    ―――目の前に何かがある。
     ドク。
     ―――知っている。コレハ。

 突然に駆け始める。
 その足取りはもはや、人のモノとは言えない。
 居た。
 市民らしき服装の男と女。そしてルミナの目前に騒ぎを聞きつけ駆けてきた軍服の男。

  ―――アイツを潰セバ
   ―――赤イモノがデテクル!

 一瞬だった。
 遠くから誰かあいつを止めろと声がする。だが、誰もが距離を取っていた為、咄嗟のことに対応することができない。
 構えを取らず、倒れこむぐらいに姿勢を低く、市民へと彼我の距離を縮め持っている大鎌を振り払う。
 狙いは首。一般的な能力しか持たない男にはルミナが近寄ってくることすら分からない。
 だが、一般的ではない者ならば話は別だ。
「随分と‥‥様相が‥‥変わったものだ」
 瞬間、男は姿勢を低くする。首を狙って振りかざされた鎌は男の耳元で音を残し素通りする。男が被っていたカウボーイハットが風圧で飛ばされた。
「懐が隙だらけ‥‥だ」
 姿勢を低くした反動を利用しルミナの懐へ右足を蹴り上げる。力一杯に鎌を振り回した直後のルミナは避けることはできない。
「‥‥‥あア!!」
 紅蓮衝撃をも加えた國盛の蹴りは勢いでルミナを打ち上げる。無防備なルミナへさらに追撃をかけるべく距離を縮めた。
「國盛さん!」
 國盛と共に市民に変装していたユニが叫ぶ。―――ザッ。國盛の頬から血が吹き出した。
 あの体勢から‥‥攻撃。無茶苦茶だ。
 國盛はルミナの反撃にたたらを踏む。瞬天速を使用したユニがルミナの背後へ回り込み、挟撃をかけるが大鎌によってその攻撃は防がれる。
「あ赤アあアカあああ!!」
 大鎌一閃。横に円を描くように振るわれる鎌は國盛とユニの行動を押し止めた。
 二人を手強いと感じたのかルミナは攻撃の標的を変更。駆け出す。
 ルミナの走る先には軍服の男。状況の変化についていけずただ棒立ちしていた。
 あは、赤い、赤モウスぐ赤い、みれる。
 一閃。同時に響き渡る金属音が響き渡った。
「何してるんですか! あんたは!」
 フィンと隼瀬が乱入する。刀を盾にフィンが大鎌と男の間に割って入っていた。苦悶の表情こそ浮かべているが、なんとか受け堪えている。
「早く、逃げてください‥‥」
 フィンが促す。隼瀬はさあ、早くと男を誘導。脱出に成功した。
「‥‥流石強化人間、並みのキメラとは違うね‥‥」
 ジリジリと力の差が現れる。このままでは押し負ける。はあ! と気合を込めて体ごとルミナへぶち当てた。
「あんたに何があったかは分からない‥‥でも、こうやって相対するならやってみせるよ‥‥あんた達を、止める!」
 言葉が通じているかも定かではない。
 この想いを。言葉で伝えることができないならば、行動をもってそれを示す。
「フィンちゃん、援護するよ」
 蛍火が淡く光を帯びる。練成強化。隼瀬は続けて練成弱体をルミナへとかける。
「これなら‥‥いける!」
 切り結ぶ。一手、二手、三手。
 フィンが、隼瀬が右から攻める。
 國盛が、ユニが左から逃がすまいと包囲する。
「ルミナ‥‥ルミナ!」
 アスールの呼びかけにも応えることはなく、力任せに振り払っている大鎌の動きが鈍くなることもない。
 明らかに異常だ。強化人間でもここまで動けるものなのだろうか。
「イタ痛いイタイイ!」
「この‥‥往生際が悪‥‥きゃ!」
 飛んでくる大鎌をなんとか避ける。体勢を崩した隼瀬の目前にルミナが一直線に駆け寄ってきた。
 今、攻撃されたら避けられない。
 隼瀬は来るであろう衝撃に身構えるが衝撃がこない。代わりに一筋の風が通り過ぎる。
「え‥‥逃げた? フィンちゃん追って!」
「了解です。任せ‥‥っわ!?」
 銃声。
「もうこれ以上、ルミナを追い詰めないで」
 傭兵達の前にアスールが立ち塞がった。



 アスールは装飾銃を傭兵達に向けて牽制していた。
 場が硬直するや否や、自分も逃げる為にジリジリと後退を始める。装飾銃を持つ手に力が入る。
「おっと、変なことはしないでくださいね」
「いつの間に。回り込んだの」
「ついさっき、かな。どうにも後ろへの警戒が足りなかったみたいだね」
「油断したことは認める。今、あなた達に構ってる暇はない。そこをどいて」
 顔が心なしか青ざめている気がする。
「早く、しないと‥‥あいつが」
 うっすらと聞こえた呟き。アスールが『あいつ』と呼ぶ相手。何かを焦っている。もしかしたら、とユニは閃いた。
 手に紙を。そして筆談するようにアスールへと見せた。
『ハイなら瞬き一回。イイエなら瞬き2回して下さい』
 アスールはユニの顔を怪訝そうに窺う。おかしなことをするならば、と手に持っていた装飾銃の銃口をユニの眉間に定める。だが、ユニは銃口を向けられても動じることは無かった。
『貴方達は監視されてますか?』
 考える。これはどういうことなのか。
 アスールは頭の中でいくつもの想定できるパターンを思考し、無表情とも言える顔を次第に強張らせていく。逆に銃口を向けられているユニは平然としたままだ。それがアスールの思考をより一層掻き乱していた。
 場が固まる。ユニとアスールを中心に独特の緊張感が静かに広がった。
 アスールの沈黙を肯定と受け取ったユニは先を続ける。
『私は貴方達を助けたいです』
 アスールは反応しない。銃を持つ手に力が篭る。
『彼を捕まえます。少なくともそちらより安全なはずです』
 ピクリと動いた。だが、銃口は未だにユニへと向けられている。
『頃合を見計らって、こちらに貴方も着てください。優遇します』
 図りきれない。この自信の根拠はどこに在るのか。
『条件は強化人間の延命のヒントです』
 アスールは動かない。いや、動けるはずもなかった。

 ただ、動かぬ場を見かねてキロが動く。
「我はそなたともっと話してみたいと思っておる」
「‥‥私は話したくない」
 キロに視線を移すがそれも一瞬のこと。アスールはポシェットから顔を覗かせているこねこのぬいぐるみを取り出しぎゅっと抱きしめる。
「そのぬいぐるみ‥‥大事にしてくれているようじゃな」
「‥‥‥?」
 アスールには理解できなかった。なぜここでぬいぐるみの話が出てくるのかが。その疑問を確かめる為にキロは視線を移した。今まで敵のことなんてどうでもいいと思っていた。だからこそ見落としていた。この娘はこの前の‥‥。
 いつの間にかユニへと向けていた装飾銃を下げていた。キロはゆっくりとアスールへと向かって歩く。アスールはこねこのぬいぐるみを取られまいと抱きしめた。
「武器なんて持つより、そっちの方が似合ってるのじゃ」
 こねこのぬいぐるみとアスールには違和感がない。キロは素直に思ったことを言葉にした。
 銃さえ持っていなければただの大人しそうな女の子。こねこのぬいぐるみを大事に持つアスールには戦場は似合わない。
 そうだ、と閃き手を打った。
 キロはごそごそと持ち物の中から、こねこのぬいぐるみを取り出した。
「その子も一人じゃ寂しいじゃろ、お友達とペアでそれぞれ持っていたら仲良しさんでよいぞ」
 アスールとキロの持っているこねこのぬいぐるみは同じ形、同じ色。二つのぬいぐるみは同じであるがゆえに二つ揃うと仲が良い双子のこねこに見えてくる。
 キロの手から託されるぬいぐるみ。
 アスールは嬉しさよりも戸惑いを隠せなかった。
「ほら、やっぱり似合うのじゃ」
 満面の笑みでアスールに笑いかける。少し離れたユニもキロと同調するように、そうですよと穏やかに笑っていた。

  ―――困るな。
   ―――私の人形にそんなものは不要だ。

「―――危ない!」
 微かな閃光を直感で感じ取り、旭は駆けた。
 普通に走っていたのでは間に合わない。旭の全身からほのかに光が立ち込める。
 迅雷。一気に距離を詰めた旭はキロとアスールの間に割って入り二人を押し倒した。
 その直後だった。
「‥‥‥あ」
 こねこのぬいぐるみの片割れが宙を舞う。光が幾重にも重なり、元々二人が立っていた位置に降り注ぐ。
 地面が抉れる。
 一つ一つの光にもかなりの破壊力がある。徐々に方向修正がされ、光の弾幕が旭達へと向かうが、体勢を立て直したキロによってその光は防がれた。
「誰! そこに居るのは分かっている。出て来い!」
「やれやれ。怖い怖い‥‥」
 フィンがキッと睨みつけたその先から一人の男がゆらりと姿を見せた。
(「武器らしき物を所持していない‥‥?」)
 乱入してきた白衣の男。國盛は冷静にその人物の脅威を推し量る。
 威圧感、だろうか。ルミナやアスールにはない独特な雰囲気がこの男には在った。
「へんな真似をしたら、許さないよ」
「何をしている。さっさとあの出来損ないを回収しておけ」
 警戒する隼瀬にお構いなしに堂々とアスールへ向かって歩を進めた。
 アスールの体が跳ねる。言葉と同時。アスールは即座にルミナの後を追った。
「あ、待ってください!」
 ユニが呼び止めるがアスールの動きを止めることはできない。ちらりと見えた、アスールの横顔は元の無表情へと戻っていた。
「今回は出てくるつもりはなかったんだがな。私の人形にヘタなマネをされるとなれば話しは別だ」
「偉そうなこと言っちゃって。あんた何様さ」
 ふんと息を吹き、無言で懐からメッセージカードを取り出し、隼瀬へと放る。
「―――ここまでだな」
 白衣の男はさっと右手を振り上げた。
 その直後だった。
 轟音。視界が光で埋め尽くされるほどの砲撃。光が抜けた後、白衣の男は消えていた。

 ただ残された物は、焼け焦がされた大地とメッセージカード。
 そして‥‥‥。無残に焼け焦げてしまった、こねこのぬいぐるみだけだった。


 少年の叫び。少女の嘆き。そして、涙。
 それ以外にも様々な感情が少年と少女を中心に突風となり渦巻く。
 少年が大事に抱えていた小さな灯火。少女の心に新しく小さく灯った灯火。
 だが、その灯火は儚くも消えかかっていた。