●リプレイ本文
悪路が続く道を三台の車両と一台のバイクが列を作り走行していた。
輸送車を真ん中に、前方にジーザリオとSE−445R。そして後方にジーザリオといった編成だ。
基地から走り始め、早一時間。輸送車両を引き連れた一団は山間部へ進行した。
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傭兵達は出発前にUPCの軍服を借り受け、着替えていた。
ファサード(
gb3864)がキャンディを含み、暇を紛らわせている。
バイクを運転しているオルカ・スパイホップ(
gc1882)は今度はハッカ味かな、と微かに匂いを嗅ぎ思った。
「スカイポップさんも食べますか?」
ごそごそとキャンディを取り出しオルカに渡す。それにしても、
「バイクというのも、慣れると面白いものですね」
「そっか、ファサードさんバイク初めてですものね〜」
肌に感じる風を感じ、探査の瞳を使用しているその瞳を鋭く光らせながらもファサードは目まぐるしく変わる風景を楽しんでいた。
山間部に入ってから急に視界が悪くなってきている。
敵が仕掛けてくるのならばこの辺りになるだろう。
(「強化人間さんか〜。ここらへんの地域じゃハーモニウムの可能性もあるかな‥‥? 楽しく戦えたらいいなぁ〜」)
これから起こるであろう戦闘を思い描き、無線で後ろを走る仲間に注意を促した。
―――後方、ジーザリオ。
オルカからの無線連絡を受け、最後尾のジーザリオを運転していた翠の肥満(
ga2348)は手元に置いてあった牛乳の残りを飲み干した。
(「フムン‥‥作戦とは言え、先に相手に手を出させなければならんとは、なんかイヤだなあ」)
襲撃者に輸送車両を襲わせる。そして『能力者の護衛はいない』と錯覚させ、相手の油断を誘い込む。
その為に軍から軍服を借り受け、車両にもできる限りのカモフラージュを施していた。
「そろそろ仕掛けてくるかな?」
「可能性は高いですね。この山間を抜ければ、襲撃に利用できそうな地形は少ないですから」
事前に入手していた地図を思い浮かべ、過去の経験を元に翠の肥満は応じる。
助手席に座っていた旭(
ga6764)が軍から借りたライフルを握り直す。能力者が使用する一般的なライフルではなく、SES非搭載の軍用ライフルだ。
「―――あれは?」
前方を警戒していた旭の目に木々の合間から素早く動く黒い陰が映った。
嫌な予感がする。旭はライフルを握る手に力を込めた。
―――前方、バイク。
「オルカさん、前方の木に何か取り付けてあります! 気をつけて!」
ファサードが声を張り上げ注意を促す。
それと同時だった。
木の根元が突然爆発し、支えを失った木々が道を塞ぐように折り重なり倒れていく。
「止まるよ。捕まって‥‥!」
急ブレーキ。横倒しに地を滑るバイクは道を塞いでいる木の直前で停止した。
「ふう‥‥危なかった。ファサードさん大丈夫ですか〜?」
「こちらは‥‥なんとか」
「‥‥いけない!」
倒れた木の向こうから人型のキメラが勢いよく飛び出してくる。
いつものオルカならば即座に対応できたかもしれない。だが、今はUPCの一般兵士として偽装している。オルカが選択できる手段は限られていた。
身を引き締めて防御の体勢をとる。キメラはオルカをその大きな腕で薙ぎ払った。
「ぐ‥‥」
オルカは勢いよく吹き飛ばされる。そしてゴロゴロと地面を転がり動かなくなった。
キメラは勢いを殺すことなく一番近いジーザリオに飛び掛った。
―――前方、ジーザリオ。
(「危なかったのじゃ。やはり罠が仕掛けられておったか」)
ジーザリオを運転していたのはキロ(
gc5348)。
道中に罠が仕掛けられていると予想していたキロはなんとか衝突せずに停車することができた。
『キロさん気をつけて!』
無線から旭の声が響く。言われるまでもない。
「あんなのが直撃したらまずいのじゃ!」
キメラが落下地点は恐らく‥‥車両背部。キロは手早くクラッチを操作し、ほんの少しだけ前に車体をずらす。
運が良かった。
着地したキメラはジーザリオの車体を掠めることなく、たたらを踏んでいた。当てが外れたキメラはジーザリオに向かって振り向くと、一際大きい咆哮を放つ。
「怒らせてしもうたかの? さすがに次は避けられそうにないのじゃ」
まずいのじゃ、と頭を悩ませる。
バックミラーから見えるキメラは息荒く、今にもその腕を凶器に襲い掛かってきそうだった。
「おい‥‥僕が相手だ!」
言葉と同時。旭がライフルを射撃する。SESを搭載していないライフルの弾はキメラに直撃するも有効打を与えることができない。だが、それでも撃ち続ける。ジーザリオを攻撃しようとしていたキメラだが途絶えることがない旭の攻撃に煩わしさを感じ、攻撃対象を旭に変更する。
一気に距離を詰め、その腕を横殴りに振り払う。
旭はライフルを縦に構える。勢いそのままに殴られた旭はそのまま後方に吹っ飛んだ。
―――???
「おかしい。不自然」
「まあなー。なーんか違和感感じるけど、上手くいってるからいいんじゃね」
「‥‥どうみても子供。戦ってる」
「それだ! 軍人も人手不足ってやつなのか?」
「‥‥‥‥」
「まっ、どうでもいいか。とりあえず行ってくるぜ」
「あ、また。―――ルミナの大馬鹿」
一つの影は動き出す。
―――後方、ジーザリオ。
(「うまいやられ方だなあ」)
オルカにしろ、旭にしろやられ方は派手だが、注意しないと分からないぐらい巧妙にキメラの攻撃を上手く受け流していた。
翠の肥満は運転席で恐慌状態を装いながらも仲間のやられっぷりを心の中で賞賛した。
(「後は引っかかってくれるのを待つのみ」)
輸送車両が奪取されないようにジーザリオを道の封鎖に利用した。前と後ろ、これで輸送車両が奪取される可能性はほぼなくなった。
外から見えないように顔を下に向けると、自分の装備を手元に手繰りつつ、にやりと笑う。
(「おっと、いけない。警戒に集中しなければ―――ん?」)
一瞬、視界の端の草むらが揺れたような気がした。慎重に目で探りを入れていく。違和感はほどなく姿を現した。
さっと左手を伸ばし無線機を手に取る。
草むらから出てきた影はどうみても少年のそれであった。
少年は手早く輸送車両の背面扉に手をかけ、扉を開けようと試みる。
だが、扉には鍵が掛かっていて素手では開けられなかったようだ。
翠の肥満はそっと左手の無線機を口元に寄せた。
「聞こえますか?」
『感度良好。聞こえている』
「大きな鎌を持った少年が扉をこじ開けようとしています。出番は近いですよ」
『了解』
輸送車両で待機している仲間に連絡を取る。
その間にも少年は鎌を大きく引き倒し、弓の弦を引っ張るように力を溜め込む動作をとっていた。
―――中央、輸送車両。
ORT=ヴェアデュリス(
gb2988)は時を待っていた。
翠の肥満からの通信に淡々と受け答えを返し、小銃「シエルクライン」に弾を装填する。
輸送車両の中は積荷でスペースが埋まっており、なんとかヴェアデュリス一人が積荷の間に挟まっているような状態だ。外の様子を窺うことはできない。
外の状況を知る術は背面扉に取り付けてある覗き穴と無線による連絡だけだった。
『‥‥よし、敵が取り付いた。背面扉の方に向けて撃って下さい!』
無線を受けるや否や、即座に身を起こし背面扉に接近する。そして、シエルクラインを覗き穴に突き入れトリガーを引いた。
「目標確認、殲滅する」
全行動力を使用し八十発もの弾丸の雨を瞬間的に叩き込んだ。
「うわっ、ちょ‥‥っ!」
少年‥‥ルミナは扉をこじ開ける為に集中していたので反応が鈍ってしまう。
「いってぇ! 何するんだ!」
避けきれずダメージを負う。ルミナは突然のことに状況が把握できない。
刹那。誰も居なかった空間から声が聞こえた。
「あれを食らっても生きてるなんて凄いですね」
翠の肥満だ。傭兵達の中では一番離れた場所にいたが、限界突破と瞬天速を駆使することで一気に距離を詰めたのだ。
「わ、なんだよ? 何なんだよ!?」
ルミナは戸惑いながらも後ろに向けて水平に鎌を一閃する。
だが、振り払われた鎌の軌跡には翠の肥満は居なかった。
「まずは輸送車両から離れてもらいましょうか」
ルミナの背中が蹴られ押し出される。素早く輸送車両側に回りこんだ翠の肥満がこれ以上は近づかせまいと。
「生命反応有り。攻撃続行」
「やべえ‥‥」
輸送車両から隙なくヴェアデュリスが降車する。マスクを通して見るその瞳はルミナにとっての死神に等しかった。
―――反撃開始。
「もう反撃してもいいのかな〜」
輸送車両から銃声が聞こえる。地面に伏せっていたオルカは爛々とその瞳を輝かせ、一直線にキメラを見据えた。
「ええ、いきましょう。援護します」
「ようやく出番かの。長かったのじゃ」
キロはキメラの攻撃を受け止めていた双斧「パイシーズ」の片側を軽く内側に流す。それまでかろうじて均衡を保っていた両者のバランスがこれで崩れた。崩れていくキメラを面白おかしく眺めながらも、動きは流れるように。もう片側でキメラの背中を斬撃する。
「いまじゃ!」
キロの号令にファサードが長弓「燈火」を構え、放つ。
そしてオルカは跳躍、全体重を乗せた袈裟斬りを繰り出した。
会心の一撃。
本気を出した傭兵達の前では、動きに戸惑いがあるキメラなど敵ではなかった。
「その銃、うざったいな!」
ルミナは身を屈め隙を窺う。右へ左へと動き回り銃口の狙いを定めさせない。
だが、ヴェアデュリスと翠の肥満。二人の弾幕の嵐はルミナに反撃のチャンスを与えなかった。
「お前ら、軍人じゃないな! 騙しやがって卑怯だぞ!」
「奇襲を使うような人に言われたくないですね‥‥っと」
リロード。一瞬の弾幕の途切れをついて逃げようとする。
「そう簡単に‥‥逃がすものですか!」
「目標の行動能力低下を確認。残弾0。近接戦闘に移行する」
ヴェアデュリスが獅子牡丹を手に一気に距離を詰める。回避に集中するには翠の肥満の弾幕がどうしても邪魔だ。
「くそっ‥‥アスール!」
途端、銃声が響く。翠の肥満はその音に敏感に反応する。射撃地点がわからない攻撃に対し、急所をガードすることで目一杯だった。
それでもヴェアデュリスは止まらない。長い刀身をルミナの首の高さに合わせ、水平に薙ぐ。
対してルミナは鎌を逆袈裟に切り払った。軌跡のずれた攻撃は惜しいところで空振りする。
「いや、それマジ死ぬし。あんた本気で怖いな。俺達の仲間じゃねえのか?」
「――――」
ルミナに問われるが、ヴェアデュリスは無言を返す。
「お前達が傭兵ってのなら話は早い。一回全力で―――」
その時だった。
迅雷を駆使しルミナの死角に回り込んだ旭が跳び蹴りを放つ。
死角からだが、何の変哲もないただの跳び蹴り。回避されても仕方ないと踏んでいたのだが‥‥。
当たった。それも盛大に。
「‥‥‥あれ?」
ルミナは大げさにも一回転しながら地面に転がった。跳び蹴りを出した本人が拍子抜けしてしまった。
「えっと‥‥だ、大丈夫?」
「大丈夫‥‥な‥‥わけ‥‥ないだろ‥‥」
(「本気で痛がってるますね‥‥」)
事態を見守っていたファサードはあれは確かに痛いと少しだけ同情した。
「あまり危険な事をしてはいけないよ? 誰が怪我することになっても。それは誰かが悲しくなることだからね」
「えーと、攻撃しておいて今更聞くのも心苦しいんだけど。投降か、撤退する意思はない?」
ファサードと旭の説得も空しく、しゃがみこんで頭を抱えたまま、ルミナはふるふると頭を横に振った。
「ないよねぇ‥‥はぁ」
半ば諦め気味に旭は吐息を漏らす。
「ルミナ泣いてる。泣かせたのは‥‥誰?」
アスールが木陰から歩いてくる。両手にはハンドガンを構え、その眼光は傭兵達が変な動きをしたら即座に攻撃すると物語っている。
誰と言われると自分になるんだろうか、と悩んだ旭は苦笑する。
旭の反応をじーっと見つめたアスールは無表情のままルミナと向き合った。
「ルミナ適当にやるって言った。でも逃げない」
「課題とかそんなのはもうどうでもいい。一発食らわせないと気がすまねえ! 手伝え!」
待ってました、といわんばかりにオルカの顔は笑顔を濃くした。
「きみも戦うのが好きなんだ〜。ふふふ〜お仲間さんだね〜」
「カカカッ、喧嘩してわかることもある。さあ、おぬし存分に遊ぼうぞ」
六対ニ。数の優位は圧倒的に傭兵側にあった。
「僕は万が一に備えて輸送車両の警護につきます!」
翠の肥満の制圧射撃をきっかけにお互いに動き出す。
キロとヴェアデュリスはアスールの動きを抑えにいく。
ルミナにはオルカが踏み込む。素早く接近し上段から剣を振り下ろした。それはお見通しとばかりにルミナは回避。代わりに鎌を横に振った。オルカの体は剣に振り回されるように体勢を前のめりに崩しかけている。このタイミングは避けられない‥‥はずだった。
「まだまだ続くよ!」
振り下ろした剣を脚甲で強引に蹴り上げる。同時に地面を踏みしめ足場を固めた。
慣性の逆転、そして戻る刃による反撃。
天地撃を使用したその一撃を咄嗟に鎌の柄でガードするが、反動を全て殺すことはできない。
ルミナは浮かび上がり無防備な状態を曝け出してしまった。
「決めさせてもらう!」
『Smash Break!』
OCTAVESが主人の行動を読み取り音声を出力する。
勢いに乗った旭はルミナを見据えつつ回転するように蹴りを繰り出す。
スマッシュそして両断剣の乗った一撃をまともに食らえばルミナは‥‥。
「‥‥ダメ!」
ヴェアデュリスらの攻撃から逃げ回っていたアスールが無表情だった顔に焦りを浮かべ、空を舞っているルミナに向けて全力で駆け出す。自分が無防備になることすらも厭わず、跳躍。ルミナをキャッチし旭の攻撃を代わりに受けた。
勢いよく地上に叩きつけられる。
アスールは無表情こそは変わらないが相当なダメージを負っている様だ。
「これ以上は無理。ルミナ逃げる」
そうだな、と呻きながらルミナは立ち上がった。
「今日のところはここで勘弁しといてやる。覚えてろよ!」
そう言い残すと全力で逃げ出した。
「待って! 僕は旭。君たちの名前は?」
「ッハ! 教えるわけねえだろ! アスール、いくぞ」
(「さっきからお互いの名前で呼び合ってますよね‥‥」)
口には出さないがファサードのつっこみは皆、思っているだろう。
「目標の逃走を確認。追撃に入る」
ヴェアデュリスが二人の後を追おうとするがファサードが行く手を遮った。
「待ってください。‥‥あちらの草むら罠があります」
それとは別に二人が逃げた先からキメラ‥‥だろうか。獣の叫びが木霊する。
下手に動けば元々の目的である、輸送車両の護衛が難しくなる。
これ以上の深入りは避けるべきだろう。
輸送車両の護衛は無事に果たされた。
こうして、始まりの一幕は下ろされたのである。