●リプレイ本文
赤茶けた土と緑が絡み合う、ありふれた辺境。だがここに旗揚げした「屑鉄騎士団」の意気は高かった。資金はなくても、資材が劣悪でも、とにかくやる気だけは満ち足りていた。
「おはよう諸君」
まだ太陽は地平線にしがみついているが、爽やかな光と風が世界に満ちてゆく。それを背にして演台に立っているのは「鋼の女」ペネロープ・ミラー施設長。
「おはようございます!」
元気に返答する参加メンバーは、以下を数える。
比企岩十郎(
ga4886)。コールサインは「Rock」。
レイアーティ(
ga7618)コールサインは「OWL」。
そして供に、御崎緋音(
ga8646)。コールサインは「KITTEN」を申請。
リーウィット・ミラー(
gb0635)。コールサインは「Cheer」。
前田 空牙(
gb0901)。コールサインは「Fang」。
ルーシー・クリムゾン(
gb1439)。コールサインはロシア語で燕を意味する「ラースタチュカ」。
そして新たに加わった訓練生は、
コールサイン「Leo」を申請したリオン=ヴァルツァー(
ga8388)と、
「Storm」を申請した嵐 一人(
gb1968)の二人。
都合8人が、再編された二泊三日の訓練へと望んだ。
訓練生を迎える側も、教官に仲屋敷、新堀、ウォルフェス・ハスラーの三名が加わり、なんとか陣容は整った。
全員が顔を合わせての初日は座学。機材も若干充実し、3Dグラフィックを投影しての講義は実戦の度合いを増した。藤岡がほとんど単独でこしらえたものだという。
「先生ー。ちょっと相談が」
「何でしょう?」
一人が自身の持つAU−KVの、訓練への使用を申し出た。機体に手を加えるとなると藤岡の一存では決まらず、呼び出された平山プロデューサーと整備班の幾人かでしばしの交渉がもたれ、作業を手伝うことを条件に許可された。
更けつつある夜の中、くつろぎ気味の連中と一人は別れて、油臭い整備ハンガーでKVの改修を手伝う。バーナーやトーチを持った整備員が装甲を切り開き、シートを一回降ろしてフレームを再溶接していった。
「入力信号を一回サブで処理してるんで、若干のタイムラグは覚悟してください。まだ対応するシステムが無いんです」
整備員の注意に一人は神妙に頷いていた、その腹が大きな音を立てて鳴った。
「‥俺の分、残ってるかなあ‥」
今夜のメニューは緋音入魂の名古屋名物・味噌カツ。整備班にもおすそわけがあったらしく、先に食べてきた連中が異様なテンションに陥っていた。
「その者、白きエプロンをまといて厨房に降り立つ‥そして微笑みたもう、我等に美味なる味噌カツを与えんとや! ああ!」
もはや危ない域のそれを背で受けながら、一人は黙々と手を動かしていた‥
明けて翌日。天気は快晴。まずはランニングである。
「KVうぉーずを知ってるかーい!」
理知的なルックスとのギャップが楽しい掛け声をレイアーティが始め、後に続くメンバーが応える。ゆっくりと上がる気温に身体を慣らしつつ、汗を光らせてメンバーは走った。
やがて陽は高く昇り、トラックにうっすらと陽炎が立つ。機体のアップを終えた面々が、足音を響かせて姿を現した。
「君は俺と剣闘の訓練だ。俺はAmazonで呼んでくれ」
「承知した。手合わせお願い申す!」
新堀教官のKVが岩十郎機に特製木刀を手渡し、間合を空けたと見るや、ダッシュでそれを帳消しにする。それは機械ではなく獣の挙動を思わせた。
速いというよりは疾い、その斬撃を受け止めたKVのフレームが軋む。それでもいなし切った、かに見えた岩十郎の機体が泳いだ一瞬を、新堀が見逃すはずもなかった。
いなされて同じく泳ぐKVの腕、それをあっさり見捨てて空いた拳でパンチを腰部に叩き込む。装甲がボコンと大きな音を立ててへこみ、バランスの要を直撃されたKVは、豪快に横転して動きを止めた。
「まずは一本だな、ははっ」
「流石‥だが見切ってみせる!」
大地を踏みしめKVが立ち上がる。走り、打ち込み、かわされ、また打ち込む。丸太のぶつかり合う濁った音とアクチュエータの甲高い作動音が、絶えることなく続いていった。
「グーッド! ユー、良イセンスネ!」
「ありがと! さあて、どんどんいくわよっ!」
こちらはリーウィット・ミラー、横に乗り込んでいるのはウォルフェス・ハスラー教官。妙なイントネーションで、確実に的を撃ちぬく彼女を褒めちぎっていた。
「デモネ、」
とハスラーは操縦を切り替え、的にとどめの連撃を叩き込む。それは恐ろしく正確に、同じ痕を上塗りしていた。
「一撃デ倒ス、ソウ思ワナイコトネ。キメラ強イ、ソシテソノ姿真実ジャナイ‥私ノ仲間、友達、多クガソレに騙サレタネ。悲シイケド、ソレ現実」
陽気な口調でも寂しさを滲ませて、ハスラーが語った。だがすぐに笑顔を向けて、
「サアサ、ドンドン行クネ! 努力ハ裏切ラナイネ!」
「‥む‥難しいな‥これ‥」
地面にひかれた全長100メートルの白線。その白線から外れないよう手を繋いで歩くことが、リオン機、そして空牙機に与えられた課題だった。
「オートバランサーに頼るな! こまめに調整していけ。Leo、頭が高すぎ!」
「おっ、と、とと‥うわあ!」
空牙機が派手な音を立ててすっ転ぶ。なんとかもちこたえたリオン機だが、それにも教官の叱咤が飛んだ。
「僚機が転ぶ前に動け! そこが崖なら心中だぞ!」
「は、はいっ!」
「ちっくしょう! またこぼれた!」
一人機は、水を張った特大のバケツを抱えてのクロスカントリー。ただでさえ出力にムラがある再生KVで、バランスの自由を封じられての行動はなかなかに酷だった。
「リズムを考えて歩くんだ。そんなこっちゃあ、地球は防衛できねえぜー」
隣のシートで胡坐をかき、内田が意地悪い笑みを浮かべる。苛立つ一人だったが、半テンポ遅れる反応がどうしても意識にかみ合わない。大きく揺れたバケツから滝のように水が飛び出し、装甲の隙間からコクピットにだばだばと滴り落ちた。
「‥」
濡れネズミになった二人は、なぜだか無性におかしくなり、顔を見合わせて笑った。笑いながら内田が一人の背中を叩き、
「戻ってやりなおしな! 今度こぼしたらメシ抜き!」
さらっと酷いことを言った。
ルーシー機、レイアーティ機、緋音機は、大きなバルーンを投げ合っての運動教習。無論ただの玉遊びではなく、オートバランサーを切っての行動だから、キャッチボールどころか立っているのもやっとの状態だった。
「き‥きつい‥」
強張った腕を懸命に動かし、ルーシーが溜息をつく。両手両足をフルに使っているので額の汗を拭う間もない。
「はいっ、パス!」
緋音が精一杯モーションを遅くしてバルーンを投げるが、追いつかなかった。バルーンの表面で指が滑り、それた挙動が機体を引っ張る。轟音を立てて機体が倒れた。
「ラースタチェカ、倒れる時は仰向けだ。自分で視界を塞ぐな」
ずしりと重い響きの、大野の声だった。挙動を止めた残りの2機へも指示が飛ぶ。
「OWL、KITTEN、続けろ。5秒動きが止まれば、戦場ではいい的だ」
「‥!」
KVから見下ろす大野は、ちっぽけな存在でしかない。歯噛みするレイアーティだったが、彼の立つ位置を見て戦慄した。
大野は、転倒したルーシー機から2メートルも離れていない場所にいた。命をかけた信頼が、彼にそこを選ばせていたのだった。
やや遅れてルーシー機も立ち上がり、バルーン投げを再開する。
「‥教官」
「なんだ」
レシーバーからは揺るぎもしない応答がある。ルーシーは息を一つ呑むと、
「ありがとう‥ございます」
彼の立っている意味を想い、心からの礼を述べた。
大野は答えない。巌の顔にかすかな笑みを浮かべて、頷いただけだった。
最終日は雲が低く山肌を覆い、時折雨が混じる悪天候だった。赤土に足を滑らせながら、教官機も含めて都合10機のKVが演習フィールドを目指す。
「仕上げの模擬戦だ。しっかりやれ」
Aチーム:Rock、OWL、Cheer、ラースタチェカ
Bチーム:Fang、Leo、KITTEN、Storm
以上の編成が発表された。形式はフラッグの争奪戦。装甲に雨の筋をいくつもつけ、それぞれの機体が配置についた。
「レーダーで探りあっちゃ意味ないから、有視界戦闘でな。チーム全滅か2時間たったら終了だ。では、状況開始!」
教官機が打ちあげた信号弾がゴングだった。
Aチームはお互いをカバーするよう密集陣形を組み、様子を伺う。遠距離兵器があればスナイパーであるリーウイットの独壇場だが、教習用KVの持つペイントボール銃は10mの射程しかない。実質、白兵戦で対処するしかなかった。
一方Bチームは機体の間隔を広く取り、雷鳴にタイミングを合わせて一気に襲い掛かる。
「あれこれ考えさせない内に叩く! 機数が同じなら先制が有利だ!」
一人機が、Stormのコールサインに相応しく疾風の勢いでフラッグに肉薄する。
「おう、突貫か! その意気や良し!」
岩十郎機が木刀を斜に構え、機体を押したてて防御を図ったが、その横をすり抜けた一人機は躊躇いなく、リーウイット機に激突した。火花と破片が散り、2機のKVはもつれあったまま赤土の上を滑走した。
「痛っ‥て‥無茶するわねえ」
「へへっ、俺の勝ちだな!」
動きを止めたリーウイット機に、一人機がマウントポジションで勝ち誇る。だがリーウイット機は指を「ちっちっち」と悪戯っぽく振り、
「お生憎様、引き分けよ」
そういって天を指差した。
「負け惜しみを」
と言葉を繋ごうとした矢先、バシャンと大きな音がして一人機の視界がオレンジ色に染まる。装甲の隙間や激突で弾けたハッチから、オレンジの奔流が流れ込みコクピットを満たしていった。
「う、うわっぷ! 何だ、これ‥ペイント弾!?」
「咄嗟に狙えなかったからね、空に撃ったの。角度計算なんてしなくても、当たるときは当たるのよね、ふふっ」
ルーシー機と緋音機は、手を四つに組んでの勝負。お互い機体を限界まで酷使した後、一瞬パワーを抜いて相手の過負荷を誘い出した緋音機が辛勝した。
「押してダメなら、かな‥もう動けないか。無理をさせてごめんなさい」
そっとパネルを撫でて、灯の消えたコクピットで緋音は機体をねぎらった。
「よく頑張ったね‥ありがとう」
ルーシーもまた、システムエラーを出して凍りついたパネルに指を滑らせ、感謝の言葉を告げていた。
「むこうは決着がついたか‥」
視界の隅に緋音とルーシーの機体をとどめ、レイアーティ機は空牙機と、岩十郎機はリオン機と打ち合っていた。丸太のぶつかる音があたりにこだまする。
(「捌きが緩くなってきとるな‥相手はもってあと十合か」)
打ち込みの手を緩めないまま、岩十郎は分析する。負ける気は無いが付けこんでの勝利もまた本意ではない。この斬撃で幕を引くか、と機体を僅かにずらした瞬間。
「待って‥ました」
虚の間合、とでも言うのか。すいと振られたリオン機の木刀が、岩十郎機の脇腹を凪いだ。猛烈な衝撃が機体を揺さぶる。前日に新堀教官機に痛打されたそこは、応急処置しかしていなかった。
「ぬかったっ‥しかし!」
火花と煙を散らして岩十郎の機体が傾ぐ、だが渾身の反撃はリオン機の正面装甲に一撃を加えていた。
「! お見事‥でした‥」
要所を直撃されたリオン機が煙を吐き、ゆっくりと仰向けに倒れる。絵になる痛み分けだった。
結局勝負は、レイアーティ機と空牙機の得物が破損したことにより、引き分けとなった。
教官機が割って入るやいなや、がくがくと二機が崩れ落ちる。軋み音をたててタービンが止まり、強制廃熱の熱風が機体のあちこちから噴き出す。それはまさしく、力尽きた巨人の溜息だった。
「応急処置じゃ歩けそうにないな。しゃあねえ、整備班に出張ってもらうか。人間だけ先に帰れ、せいぜい美味いメシを作ってやってくれよ」
ああそれと、と内田は言葉を繋ぎ、
「KITTEN、エプロンを着けて給仕してほしいそうだ。まあ悪気はないが、邪な目で見る奴がいたら蹴っていいぞ。俺が許す」
「はい‥」
淡く頬を染めて、緋音が頷いた。
疲れて痛む身体に活を入れ、全員が手分けして料理にとりかかる。ほど近い小川のほとりを選び、教官や手すきの整備員、ペネロープや平山も交えての懇親会が開かれた。
塊肉のあぶり焼きをメインに、サラダやカナッペ、飲み物も種々雑多に揃い、威勢の良い祝杯がそこここで上がる。
「やっぱりお肉はこの厚さよねっ」
リーウイットが肉を切り分け、リクエスト通り純白のエプロンに身を包んだ緋音と二人で皿に盛り付け手渡してゆく。レイアーティの手前、せっかくのワンピースが半ば隠れるのにいささかの不満はあったが、感涙に咽びながら肉を頬張る整備員を前にすると、
「ま、いいか。お世話になってるしね」
肩をすくめて諦めた。
「美味しいです‥みんなで食べるのって、楽しいな」
リオンがしみじみと呟く。
「おかわりっ! 勝手にもらうぞ」
「あっ、それ俺の!」
「何を言うか、ここは年長者に譲ってだな!」
漫画めいて、一人・空牙・岩十郎が肉を奪いあう。それを見てレイアーティが笑い転げていた。
その盛り上がりからやや距離をおき、雰囲気を楽しみながらルーシーがせせらぎに足を浸してくつろぐ。傍らで微笑んでいるのはペネロープだった。
「設立から皆不休で頑張ってきたからな。たまにはハメを外すのもいいさ」
見れば平山は敷物の上でひっくり返っている。幸せそうな寝顔だった。
「あ‥蛍」
清流の上を低く、淡い光点がいくつも飛んでゆく。今この瞬間だけは、戦いも、悲しみも、どこか別の世界のように、ルーシーには思えた。
「ハッハー、私ニ勝負ヲ挑ムナド一万年ト二千年クライ早イデース!」
「負けませんっ!」
リーウイットとハスラーの射的勝負も始まり、宴はにぎにぎしく続いていった。