●リプレイ本文
快晴の空の下にしつらえられた大きなステージ。向かいの芝生には既に大勢の子供達が陣取り、めいめいにお喋りの花を咲かせていた。
「みんな楽しそうね」
その光景をステージの袖からそっと眺め、中松百合子(
ga4861)が微笑む。
「わかりますよ、俺も子供の時はワクワクしながら待ってたもんっ‥っと」
諫早 清見(
ga4915)が大きく伸びをして、ストレッチの仕上げに入っていた。
「ぬふふふ、子供はああでなくてはのう。せいぜい楽しんで待つがいいわ」
比企岩十郎(
ga4886)もやる気満々、鬼のような仮面をつけて、早くも悪役になりきっていた。プラスチック製の大剣をいかにも重そうに振っては、見得の練習を繰り返す。
「俺も張り切っちゃうからねー」
飛島飛鳥(
ga9111)もポーズの調整に余念がない。一方カルマ・シュタット(
ga6302)も控えめながら、
「こう踏み込んで、こう‥いや、こうかな‥」
などと殺陣をイメージしながら手足を動かしていた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
悪ボスと呼ばれる悪役側のリーダーを演じるスタントが、奇怪な衣装には似合わない柔和な顔で皆に挨拶した。手には簡単な造りの黒い仮面を持っている。
「こちらこそよろしく。お似合いですわよ」
「いやあははは、これでも結構大変なんですよ。缶を投げられたこともあります」
二児の父だという悪ボスは、照れくさそうに頭を掻いた。
「ま、短いショーですからアドリブでも十分いけますよ。みな慣れてますから」
「こちらは初めてだから、有難いな。よろしく頼む」
カルマと悪ボスが握手する。子供が見れば正義を疑うシーンだろう。
「じゃ、あと10分で開始ですから。ちょっとトイレ行ってきますね」
会釈をすると、悪ボス役は舞台袖の裏へと消えていった。
「えーと、まず俺達が適当に場を盛り上げたところで皆さんに出てもらいます。あとは適宜アドリブで。武器を構えるときだけ大げさにしてください、音響が音入れやすいんで」
準悪ボスともいうべき戦闘員役の男が、大まかな流れを皆に説明する。
「アクションはどんどんオーバーにやってください。でないと舞台では見えないです」
「小難しい演劇とか見に来てるわけじゃないもんな。子供はノリに敏感だもんね」
経験のある清見が得心して頷く。
「できるだけ加減はするが、技が当たると痛いと思う。すまないが注意してくれ」
心配顔のカルマにも、男は屈託ない。
「大丈夫っすよ、梅田先生が予算を出してくれたんで新しい防具も買えましたし」
「でもその衣装、暑くないの?」
百合子の疑問も当然だ。快晴で気温はぐんぐん上昇、客席の後にはうっすら陽炎すら見える。ショーは小一時間という按配だが、なかなか大変なものになりそうだった。
「1回で3キロくらい痩せるのはザラですよ。ま、その後のビールが最高ですけど」
その時、全員が配置についたと戦闘員の一人が呼ばわった。
「え? ボスいないっしょ、まったくあの人トイレが近いんだから〜」
準ボスは苦笑すると、迎えに行って来ますとその場を離れていった。
その数分前。
「急げや急げ、と」
衣装のジッパーを上げながらトイレから出てきた悪ボス役は、すっ、と背後に現れた気配に気づかなかった。
「寝ていろ」
声とともに首筋に落ちた手刀が、彼の意識を断ち切る。へたりこんだ身体から素早く衣装を剥ぎ取り、まるで自分用にあつらえたかのように着こなしてゆく。
「通りすがりだが面白そうだ。この役、私こそが相応しい」
最後に仮面を被って身なりを整えた時、準ボスが姿を現した。
「あ、いましたか! もうみんなスタンバってますよ!」
「待たせたな」
え、と怪訝な顔をする準ボスの脇をすり抜け、ステージへと向かうその男。
UNKNOWN(
ga4276)という名だが、その名も存在も知る者はここにはいない。
「‥ふふふ、せいぜい待つがいい。正義ども、そして子供達よ」
「おまたせしましたーっ!」
五分袖のシャツに裾を断ち落としたパンツ、スニーカーにサンバイザーという、いかにも「司会のおねえさん」然とした格好で、百合子がステージに現れた。その途端、拍手とざわめきが会場から沸き立つ。最前列の子らは早くも興奮し、目まぐるしく立ったり座ったりを繰り返していた。傍らのお父さん達も熱い視線を投げかけている。
「よい子のみなさん、こんにちはーっ!」
打てば響くようなレスポンスが帰ってくる。百合子は頷き、
「今日は集まってくれてありがとう! これからみなさんに、かっこいい‥」
「待テーイ!」
百合子の声を制して、わざと耳障りに加工された大音声があたりを支配した。同時に低音を効かせた煽るBGMとともに、黒衣の男達がばらばらとステージに湧いて出る。手に手に武器を持ち、腰を落としてあたりを伺いながら客席へ迫り、手近な子供へは奇声をあげて威嚇する。芝生のあちこちから、悲鳴や泣き声が上がった。
「ワレワレハ怪星人ばぐあ! コノ会場ハワレワレが支配スル!」
声に合わせて身体を動かす、いわゆる「当て振り」で、岩十郎演ずる怪人が刀を振り振り演技する。本来悪ボスが仕切る場なのだが、この瞬間までどこにもおらず、急遽怪人が仕切る事になったのだ。
「な、なんなのあなた達!?」
百合子がわざと裏返った声で詰め寄るが、怪人は意に介さない、ふりをする。
「地球侵略ノ為ニハ、ワレワレニ協力スル人間ガ必要ナノダ! ン?」
と戦闘員が額に手をあて、きょろきょろと会場を見回す。
「ホホウ、元気ナ子供タチガ大勢イルデハナイカ! 捕ラエテコイ!」
戦闘員へ腕を振ると、早速目星をつけていた幾人かがステージに上げられる。しゃくりあげながら泣くのを我慢している子もいれば、「離せよバカヤロー!」と気勢をあげる子もいる。中には兄妹で舞台に上げられたのか、少年の背中に隠れている少女もいた。兄らしい少年は片手でかばいながら、泣きそうな顔をしつつも拳を胸の前で固めている。
「微笑ましいのう。少年よ、その心を忘れちゃいかんぞ」
岩十郎はマスクの中でそっと呟き、優しく微笑んだ。だがそれをおくびにも出さず、
「オトナシクシロ! オマエ達ハ今カラワレワレノ部下トナルノダ!」
舞台を闊歩しながら、剣をぽんぽんと子供の頭に当てる。ただでさえ長身の岩十郎が不気味なマスクに衣装で子供の前に立つのだから、皆見上げながら目にいっぱい涙を浮かべている。
その時隙を見てステージから逃げ出そうとした子供が一人、戦闘員に捕まって怪人の前に突き出されてきた。じたばたと暴れているが大人の力にはかなわない。
「逃ゲ出ソウトシタナ? イイ度胸ダ! 明日カラオマエノ食事ハ人参トピーマンダケトスル! 我々ニ逆ラッタ罰ダ、ハッハッハー!」
「ずいぶん低レベルな罰だな‥」
「ま、お約束のつかみですよ。あれで本気で泣かれたりすると、大変なんですけどね」
飛鳥が笑う。そういった経験もあるようだ。
「ヨーシ、デハオマエタチニ質問シヨウ。オマエハ何ガ恐イ、ンン?」
剣先を向けられた少女が、つっかつっかえながらも懸命に答える。
「え、ええっと‥大きな犬」
「オマエハ?」
隣にいた少年にも怪人は聞いてみた。今度はきっぱりと、
「ママ」
会場からどっと笑いがおき、母親らしい女性が客席で頭を抱えるのが見えた。
「ナカナカ正直デヨロシイ。ソレデコソ我々ノ部下ニ相応シイゾ」
悪いことって何するの、と眼鏡をかけた少年が聞いてきた。
「知リタイカ。ソウダナ、マズハ自動販売機ノ札ヲ入レ替エル! 真冬ニ冷タイジュースヲ飲ム恐怖ニ、人類ハ怯エルノダ!」
「うわー、嫌だそれは本気で嫌だ」
清見が嘆息した。
「続イテ幼稚園バスヲ乗ッ取ル! ヤハリコレガ無クテハナ」
戦闘員が一斉に頷く。怪人も頷き返して、
「マダマダアルゾ! ゴミヲ分別セズニ出ス等ハ当タリ前ダ!」
延々と続くさもしい悪事の計画に、ついに百合子が声を上げた。
「ああ、このままじゃ地球が大ピンチよ! 誰か、誰か助けて!」
会場からも「助けてー」という声が上がりはじめ、百合子のアクションに合わせて手拍子が始まった。
「よっしゃ、行きますか!」
戦闘員がそっとサインを出すと、3人はステージ裏の階段を駆け上がり、打ち合わせていたポジションから表へ飛び出した。
「そこまでだ! この地球を貴様達の手に渡しはしないぞ!」
襟のピンマイクが声を拾い、スピーカーから勇ましいBGMとともに流れ出る。
「ムウ!? 何者ダ!」
怪人がカルマを仰ぎ見、戦闘員が他の二人を仰いで慌てたジャスチャーをする。
「悪は必ずインターセプト! カルマ・シュタット!」
練習したポーズもきっちり決まり、ちょっぴりいい気分のカルマだった。
「人の希望を消させやしない! 黄色いマフラーなびかせて、諫早清見、只今参上!」
言い終えてトンボを切る姿が、実にサマになっていた。経験者の余裕である。
「正義のパワーで突っ走る! 飛島飛鳥は俺のこと!」
ポーズとともに「わざわざ編集した」特製BGMが流れる‥はずだったが、
「Ready! Go! Set! ‥」
流れてきたのはエクササイズ・ビデオのメインテーマだった。凍りついた飛鳥を置き去りにして、会場が爆笑の渦に包まれる。
「し、しまった‥間違えた‥」
戦闘員はさっそくアドリブで、ポーズをとったりストレッチをしたりと大はしゃぎ。
「ワハハハ、チョコザイナ!」
階段を駆け下りた三人を、戦闘員が奇声をあげつつ囲む。子供達が自由になったのを見計らい、百合子がさりげなく客席へと誘導した。
「さあ、みんなこっちへ避難して! あとはお兄さん達にまかせましょう!」
舞台を縦横に使って、3人対戦闘員5人+怪人1人の殺陣が始まった。
「行くぞ!」
棍を自在に使い、見た目にも派手な連激で戦闘員を打ち据えるのはカルマ。無論精一杯手加減はしている。
一方飛鳥と清見は熊手とファングなので、剣激よりはむしろ相手を受けてのカウンターが中心になっていた。それでもキックを織り交ぜるなどアクションは多彩で、戦闘員が吹っ飛ぶたびに客席から歓声が上がる。
「ワシガ相手ダ、カカッテコイ!」
岩十郎も俄然乗り気になっている。プラ製とはいえそれなりに重い剣が空を切り、それを見切ってすれすれでカルマがかわす。棍で剣をいなし、虚をついては打ち込む。それを小手でしのぎ、また剣を振りかぶる。相手を頻繁に入れ替えながら、大人の目にも応えるスパーリングが続いた。
「とどめだっ!」
間合いをとった怪人の呼吸を見計らい、三人が突進をかけようとしたその時。
一陣の風を纏い、影がステージに躍り出た。
「なんだと!?」
敵味方が一斉に動きを止めた。ステージの中心に、全ての視線を集めて男が立っていた。あまりのタイミングに音響すら仕事を忘れていた。
「お遊びはここまでだ。私の名はアスラ、バグアの首領をやっている」
アンプを通さなくとも、その声は凛と響く。アスラと名乗った男は身体を斜に構え、人差し指をくいっと曲げて挑発した。
「アスラ様! ココハ我々ガ!」
音響咄嗟のアドリブ。本当に彼もアスラが誰なのかわからないらしく、百合子がちらと盗み見ると、目を見開いて半ば青い顔をしていた。
「フン、貴様らでは勝てぬさ。さあせいぜい頑張れよ、正義の戦士とやら」
「言ったなーっ!」
清見がファングをかざして飛び掛る、その機先をアスラが踏み込んで制した。
「!」
カルマが戦慄する。それは明らかな手練の挙動だった。力が入りきらないファングをいなし、その手首を捉えてくるりと捻る。流れるようなモーションで清見の身体が宙を舞い、背中からステージに叩きつけられた。
「貸せ」
あっけに取られている怪人から剣を奪うと、風切る音をたてて横8の字に振る。適当な動作だが、剣筋が読めないほど速い。咳き込みながら立ち上がった清見も、熊手を構えた飛鳥も、カルマですらつけいる隙のない、剣の舞だった。
「ほうらほら、どうした? 貴様らの正義とは、こんなものか?」
じり、じりとアスラが迫る。会場のそこここから「しっかりー!」「負けないでー!」と声が上がり、百合子のジャスチャーに促されて再び手拍子が巻き起こった。
「こうなりゃ本気でやるしかないな。俺が隙を作る、あとは二人で頼む」
囁いて目配せすると、カルマが棍を正面に構えた。
「何を相談したかは知らんが、無駄なあがきだ。人類はバグアに屈する運命なのだよ」
「そうかな?」
ニヤリと笑った次の瞬間、鋭い呼気を吐いてカルマが棍を突き出した。それを剣の柄で鮮やかに止めたアスラだが、さすがに動きが止まる。
「む!」
バックステップには遅すぎた。
「トウ!」
飛鳥と清見、二人が息を合わせてカルマの背後から翔ぶ。そのまま前方に重心を傾け、
「ダブルキーック!」
ごてごてと飾りがついた胸板にヒットしたキックは、アスラを弾き飛ばすに十分なスピードと威力だった。アスラも心得たもので、自ら回転を加えて派手にステージを転がる。
「ふ、少しはやるようだな。今日は退くとしようか」
アスラが怪人に剣を返し、マントの裾を翻してステージの陰に消えた。それを合図に悪役が、ぞろぞろと続いてゆく。
「覚エテオレ! 我々ばぐあハ地球ヲ諦メナイゾ!」
怪人が最後に見得を切って姿が消えると、会場から大きな拍手が沸きあがった。
「やったわ! みんなの応援がバグアをやっつけたのよ、ありがとうーっ!」
百合子も満面の笑みで子供達に手を振る。三人も肩を組み、鳴り止まない拍手と子供達の熱い視線の中で、微笑を浮かべていた‥
ステージ裏の楽屋へ、梅田十三が興奮しながら訪れた。皆の手をかわるがわる握り締めては、感謝の言葉を連ねる。汗びっしょりでスーツを脱いだ岩十郎が、上気した顔でその手を握り返した。
「いやもう皆様の凛々しさ、血が騒ぎましたわい! アスラの堂に入った悪役っぷりも見事でしたなあ。最後は子供達に並んで声援を送っておりました」
「あれ? そういえばアスラさん、戻って来てませんね」
清見があたりを見回した。
「ああ、最初の挨拶と違う雰囲気だったしね。一体何が」
と飛鳥が首を傾げたその時、
「た、大変です! トイレの前で人が倒れてます!」
塩噴いたシャツのままトイレへ行っていた一人が、血相を変えて楽屋に飛び込んできた。駆けつけた一行が見たものは、悪ボス役を演じる「はず」だった男。
「‥まさか‥あいつ、本当のバグア‥」
カルマがぞっとしない思いを呟いた。
「茶番もたまには悪くないか‥子供に夢を、明日に希望を」
興奮さめやらぬステージに背を向けて、アスラの衣装と仮面をその辺に打ち捨てたUNKNOWNは、紫煙を一筋たなびかせて、木漏れ日の下をいずこともなく歩いていった。