●リプレイ本文
「Mole in The Mall」
「それでは、簡単ですが訓練のルールを説明いたします」
慣れてきたのかその口調は滑らかだ。モール・ネストの横、かつては駐車場だったスペースに訓練生を集め、ハンディマイクを持った男が説明を始めた。
「えー、見取り図は先程みなさんにお渡ししましたね。この中にフラッグは30枚ほど設置しております。大きさはさまざまですが、形と色はこれで統一しています」
そういうと男は持っていた三角形の白い旗をかかげ、ひらひらと振った。
「マンターゲットは普通の黒いスコアボード型です。トラップ連動のものもあります」
「しつもーん。トラップにかかったら死ぬ?」
真神 夏葵(
ga7063)がだるそうに挙手をしながら、質問を投げかける。
「まさか、ちょっと驚く程度ですよ。でも作動させないに越したことはないですね」
「あのー、えーと、無線機もお借りしましたけど、緊急の連絡もこれでできますか?」
今度はパティ・グラハム(
ga7167)がちょっと控えめに挙手。
「すいません、保安センターまで電波が届かないんです。非常ベルだけは生きてますのでいざというときは壁の非常ボタンを押してください。ですが助けにはいけないと思います‥皆さんの方が強いですから」
「了解、自助努力いたしますわ」
皮肉めいた笑みを浮かべ、瓜生 巴(
ga5119)が腕を組みなおした。
「訓練時間は6時間に設定していますが、皆さんの決めた目標を達成したらその時点で終了、としていただいて結構です。保安センターに申し出てください」
「埃っぽいんですけど、どこかにシャワーやお風呂とかは」
ありません、とあっさり返され、井出 一真(
ga6977)が鼻白んだ。
「私からもいいかな。訓練以外で想定される危険については?」
辰巳 空(
ga4698)が落ち着いた声で問いかけた。
「棚が倒壊して怪我人が出たことはあります。ふざけて登ったらしいですが‥農機具や建築資材など、鋭利なものも棚にありますので、気をつけてください」
ああそれと、と男は言葉を続け、
「最近野ネズミや、それを狙った蛇の侵入が多いようです。陽だまりになっている場所など、とぐろを巻いてる時がありますのでそれも気をつけて」
「う‥‥」
ネズミ、と聞いて大曽根櫻(
ga0005)の表情が曇る。すかさずアヤカ(
ga4624)が
「まあまあ、襲ってくるわけじゃなさそーだし、あたしもいるから大丈夫ニャ」
と優しく諭した。
それ以上の質問もなく、男はハンドマイクを携えて去っていった。
「えーと、班分けですよね。みなさんよろしくお願いします」
奇門 左弓(
ga7232)が丁寧に頭を下げる。しばしの相談のあと、
A組:アヤカ&櫻、B組:空&巴、C組:夏葵&パティ&一真&左弓という組み合わせに落ち着いた。
「私達は北ゲートから入る。よろしく頼む」
「こちらこそ。コールサインはブラック・タートルですね」
手早く装備の点検を終え、空と巴が頷きあう。
「あたしたちは反対の南から入るニャ。よっろしくー」
「お世話になります。コールサインはレッド・バード、で」
次いでアヤカと櫻が歩を進め始める。
「んじゃ、俺達は東から行くとすっか。ええとコールは‥何だっけ」
「ブルー・ロンです」
パティがさりがねくフォローした。
「緊急などで全部言えないときはとりあえず色を言ってください。では、気をつけて」
時計合わせを終えたあと、各員はそれぞれの場所へと散っていった。
シャッター横に取り付けられた鉄扉をくぐり、かなり暗い店内に立ち入る。空気は重く澱んでおり、汚れがこびりついた窓からの光もおぼつかない。目を凝らしただけでも雑多なものが床に散乱して、かなり歩きにくそうだった。
「いやな臭いがしますね」」
空が神妙な表情をして、エマージェンシーキットに入っているライトを灯す。彼の眼ではこの程度の闇など見通せるのだが、道具があれば使うにこしたことはない。
「洗剤‥‥か、化粧品をぶちまけられたか。単独なら芳香でも混ぜれば悪臭だな」
巴がそれでも警戒を崩さず、棚に積もった埃を見遣り、怪しい気配を探る。床の砂埃を巻き上げないよう、足取りも静かで落ち着いていた。
「こちらはクリヤーだ」
「こちらも異常‥いえ訂正、フラッグを見つけました。意外に簡単に見つかりましたね」
空が差し出した小さなフラッグを手に取り、巴が顔を引き締めて囁く。
「油断させるためかもしれないな。次が危ないかも」
「お手柔らかに、ですか」
わずかに微笑を交し合うと、二人は捜索を再開した。無駄のないその動きは、熟練の狩人を思わせて、モール・ネストの奥深くへと探索の手を伸ばしていった。
対照的に夏葵達は賑やかにフラッグを探索していた。
「おー、結構いろいろありそうだな。持ち帰り禁止ってケチくせえよなあ」
「勿体ないですねえ。これを欲しい人もいるでしょうに」
「何か出てきたらどうしましょう‥‥」
はらはらしながら歩むパティの足元で、カチリと小さな音がした。
「きゃあ!」
パティは咄嗟に伏せ、ガードするように腕を頭の脇で固めていた。その横合いから黒いマンターゲットが起き上がり、反転してこちらを向く。
「驚かすなっ!」
夏葵がヤケ気味に蹴りを入れてターゲットを粉砕する。その裏側に貼られていた何かを駆け寄った一真がつまみあげた。
「フラッグって、これですよね。まずは一枚、幸先いいですね」
「でも恐かったですよう〜」
一方無難に進入したアヤカと櫻。こちらはアヤカが先頭に立ち、利く夜目を生かしてフラッグを捜索していた。
「ん? あそこに何かあるかニャ?」
「ええ、何かひらめいてますね。フラッグってあれじゃないですか?」
「取ってくるニャ」
「罠かもしれません、気をつけて」
棚に足をかけてとんとんっとジャンプし、フラッグらしいものに手を伸ばす。が、
「っと」
その前に張られていたワイヤーを目ざとく見つけ、それを避けて慎重にフラッグをつまみだした。
「やはり?」
罠でしたかとの櫻の問いに、戻ってきたアヤカが笑って頷く。
「でもシンプルだったよ。あたしをひっかけようなんて100年早いニャ」
「そうですね。この調子で頑張りましょう」
体制を戻した二人は、また上下左右、前後にも注意を巡らせながら、通路の闇へと足を進めていった‥‥
棚は文化と生活の残骸を詰めこんだまま、どこまでも廃墟のようにそびえ立っていた。時折差し込んでいる光も、埃の渦を浮かび上がらせるばかりだった。
「ええと、このあたりは家具・寝具が置いてあるみたいですね」
左弓がライトをかざしてもらい、見取り図を指差す。指で道筋を描いてみると、東口からいくつかの角を曲がり、フロアの中心からやや南へ下った場所、という見当だった。
「もう身体がジャリジャリ‥‥なんだか痒いですよ」
一真が愚痴をこぼしながら、手持ち無沙汰にフラッグを折ったり摘んだりしている。あれから5枚ほどは連続して見つけたものの、店の奥深くになるとついぞ見つからない。あるのは簡単なトラップと、時折現れるマンターゲットくらいのものだった。
「ボリボリ掻くなよ鬱陶しい」
「へ?」
一真と左弓がきょとんと、夏葵をみつめ返した。一拍遅れてパティも怪訝な顔をする。
「いえ、痒いは痒いんですけど、さすがに掻くまでは」
「‥‥」
4人が顔を見合わせた。
「じゃあ‥俺がさっきから聞いてた音は」
「ね、ネズミですよネズミ。係員さんもいるって言ってたし‥‥」
「ネズミがいるってことは、蛇もいるんですよね」
パティが総毛だった。夏葵に駆け寄り、服の裾を絞るように掴む。
「わわ私、ネズミも嫌ですけど蛇も嫌なんですう〜」
夏葵は苦笑して、不安げな表情を浮かべる左弓と、フラッグを摘んだまま動きを止めている一真を見遣った。
「仕方ねえな、パティを中心に密集して進もうか‥‥こらパティ、肩触るな」
「えっ」
先程に倍して、嫌な沈黙が訪れた。
「夏様、私触っていませんけど‥‥」
夏葵がそうっと、触られているあたりに視線を持ってゆく。そこには大人の拳ほどもある蟻が、黒光りする顎を今まさに夏葵の肩に突き立てようとしていた。
「うわっっ!!」
叫びざま夏葵がもんどり打って、ありったけの力で蟻をもぎはなす。そのままアンダースローで蟻を棚の向こうに投げ捨てた。
一真が呼笛を取り出し、思い切り吹き鳴らした。甲高い音色が辺りにわずかなエコーを伴いながら響いてゆく。
「こちらブルー・ロン、敵と遭遇! 現在位置は南側、寝具家具売り場のあたり! 蟻のような姿でした!」
「こちらレッド・バード、すぐに向かいます。気をつけて」
「ブラック・タートルよりブルー・ロンへ。位置はおおむね確認した、急行する」
連絡を終えると夏葵、一真、左弓は背を合わせ、がっちりとパティをガードした。
「さあて、お楽しみ開始ってとこかな!」
「うふふ、なんかワクワクしてきたニャ!」
「遊びじゃないんですけど‥‥」
走りながら二人が覚醒を始める。櫻の瞳が澄みきった蒼に変わり、アヤカの瞳もまた、切っ先のような猫のそれへと変わりつつあった。
巴と空も迷うことなく夏葵達のもとへ急ぐ。見取り図は頭に叩き込んでおいた。
「ふーっ‥‥」
穏やかに息を吐き、巴が覚醒してゆく。しなやかな手に鋭い亀裂が走り、そこから光が滲み出してきた。空は既に覚醒を終え、真紅の瞳で前を見据えている。平穏を乱されたネズミが足元を逃げ惑うのも気に留めず、二人はまっしぐらに駆けていった。
夏葵達は敵に翻弄されていた。敵は散らかった商品を盾にして夏葵のショットガンを半ば無力化し、狭い空間では左弓の長弓も一真の斬撃も活かしきれない。ただのキメラアントとは思えないほどその行動は統率されていた。
「くそっ、奴らもバカじゃねえな。姿さえ見えりゃ蟻キメラなんて一発なのに」
歯噛みをしながら夏葵がショットガンの弾をリロードする。緊張が疲労を呼んでいるのか、パティの顔が幾分青白い。あまり長くは保たないだろうことは容易に知れた。
「それにしても、何匹いるんだ!? 同じ奴が何回も攻めてくるのか、っとお!」
眼についた一匹へ一真が斬りつけるが、キメラアントはあざ笑うようにそれをかわすと再び品物の影へと消えた。
「おまたせっ!」
棚の影からひょいとアヤカが顔を出した。その足元へ這い寄ってきたキメラアントを、櫻の蛍火が両断する。刃に浮いた燐光が、そこにいた皆には頼もしく思えた。
「ここでは不利です。外か、せめて明るいところへ出ましょう」
「ですね。狭すぎます」
「すまない、あたりを探索していた。 今のところクリアーだ」
やや遅れて合流した巴と空に、櫻が大雑把ではあるが行動予定を話した。妥当な判断だと巴が頷く。
「一番近いのは南だな。外へ出たら保安センターに連絡しよう」
「そのままナパームでもぶち込んで、蟻ヤローを蒸し焼きにしてやりてえな」
「それは勿体ないですよ〜」
だが南への道は、全員が思うより遥かに困難だった。
園芸用品や日曜大工の資材を扱っていたのか、棚はひときわ大きくなって視界を遮る。はみだした資材が道を塞ぎ、回り道させられることもしばしばだった。
「右から来たっ!」
叫びざま左弓が長弓に矢をつがえ、一撃を放つ。キメラアントはそれをあっさりかわし、床をひっかく小さな音を立てて迫ってくる。皆の意識がそちらへ向いた瞬間、
「ぐっ!」
夏葵がくぐもった悲鳴を上げた。棚から飛び降りたキメラアントが、フライトジャケットの袖ごしに腕を齧ったのだ。
夏葵は全力でそれをもぎはなすと、思い切り地面に叩き付けた。バウンドしたキメラアントが起き上がるよりも早く、空のゼロが唸るや文字通りの八つ裂きにする。蟻酸の臭いがまわりに溢れ、ちくちくと皆の鼻や目を刺激した。
「だ、大丈夫ですか夏様っ!」
「かすり傷だ! 囮を使うって生意気な蟻だぜ!」
囮、という言葉に空が反応した。
「そうか‥‥奴らの行動に何かパターンがあるとは思ってましたが、指揮官役のキメラがどこかにいるかもしれません」
パティは額に脂汗を浮かべながら、夏葵の傷に治療キットと練成治療で応急手当てを施す。ジャケットの丈夫な生地が顎の威力を削いでくれたのは幸いだった。
「囮には囮かな。私がやります、敵の動きを見極めてください」
「危ないニャ! あたしも行くよ!」
ありがとう、と櫻は微笑んだ。
「でもあなたのスピードが頼りなの。頑張って」
少し歩いてやや開けた空間に出た一行は、櫻と距離をおいた。
「では、始めます」
蛍火を鞘に収めた櫻は、目を閉じると深い呼吸を繰り返した。金色の髪が風もないのにふわりとたなびき、蒼色の瞳がゆっくり閉じられる。
獲物がいると思ったのか、そこいらの隙間からキメラアントが這い出してきた。数は20に少し足りないというところか、櫻を取り囲み、じわじわと包囲を狭めてゆく。顎の鳴る音が、見るものの恐怖をかきたてた。
「!」
まず巴が気付いた。声を潜めて指の動きを交え、皆に情報を送る。
「正面やや左‥あと右の奥か、二匹だけ妙な動きをしている」
なるほど言われて見ると、その二匹だけは櫻の包囲網に加わっていなかった。尻尾をぴょこりと宙に上げ、何かを振り撒くように小刻みに動かしている。一方で残りのキメラアントは整然と並び、じわじわと櫻との距離を詰めていた。
「狙撃なら任せてくださいよ」
左弓が覚醒し、狙撃眼を使って精密に狙いを定める。包囲はますます狭まり、あと一跳びで襲い掛かれそうなほどの間合いに忍び寄ってきていた。失敗は許されない。
ピシリと風切る音がして、地面すれすれに放たれた矢が一匹のキメラアントを貫いた。その虚を衝く形で、瞬速縮地で一気に間合いを詰めたアヤカと空が、残りの一匹を攻めたてる。二人の爪がキメラアントを破片に変えるまで、一秒もかからなかった。
統率を失ったキメラアント達を、皆が見逃すはずもない。
「お返しだっ! また来週〜ってね!」
夏葵のショットガンが、巴のアーミーナイフが、そして一真の朱鳳が、一匹また一匹とキメラを葬り去っていった。もちろん櫻も刃をひらめかせ戦いに加わる。
特殊攻撃をおこなう間もなく、キメラアントの群は壊滅した‥‥
「はふう、終わりましたね〜」
全身埃だらけになった一同が出てきたのは、訓練開始からたっぷり5時間たってのことだった。
「ちょっとやりすぎたかな。指揮官役キメラの死骸でも持って帰ればよかった」
空が苦笑し、肩をすくめた。
「でも楽しかったニャ、またみんなで来ようニャ!」
「冗談! こんな辛気臭い訓練はごめんだね!」
心底本気らしい夏葵の声に、一同がどっと笑った。
フラッグ獲得の結果としては、
ブルー・ロン:6枚、レッド・バード:5枚、ブラックタートル:5枚と、
夏葵達のチームが勝利を収めた。
「怪我の功名、とかってやつ?」