タイトル:自由放送局ミッドナイトマスター:叶月アキラ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/10 02:21

●オープニング本文


「ザ、ザザ‥こちら、ミッドナイト‥自由放送局、ミッドナイト‥」
 数ヶ月前から、その放送は唐突に始まった。
 名前のとおり、午前0時きっかりから15分だけ流れるラジオ番組。男とも女ともつかないDJの声が、ノイズの彼方から聞こえてくる。懐かしさと温もりを呼び起こすようなその放送は、戦いに疲れた兵士や市民の貴重な癒しとなっていた。
 自家発電で放送しているのか出力は極めて弱いが、あるときは昔の歌を流し、あるときは詩篇の一節をかたる。天候によってはUPC南中央軍の本部、ブエノスアイレス市街の高台でも聞くことができた。
 だがそれはありえない放送だった。軍用の通信ですらままならない現在、自家放送局のAM電波がそうも拡散できるわけがなく、発信源が攻撃される兆候もないのだ。
 さりとてバグア側のプロバガンダや戦略という可能性も薄い。番組の内容はありふれており、過去の大戦でラジオがそう使われたように、詩篇や語彙に乗せていわば暗号通信を行っている様子もない。まったく謎めいた自由放送局だった。
 そこであなたたちに偵察の依頼がもたらされる。偶然でUPC偵察機が捉えた放送から、発信源はブエノスアイレスから500キロほど離れた小さな漁村と推測された。人類側にもバグア側にも戦略的価値はほとんどないこの漁村に、いったい何があるのか。仰々しい行動はバグア側に警戒される恐れがあるため、重火器は持ち込まず、移動手段もわざわざ調達した年代もののピックアップという構成を行った。
 戦いの痕をそこここに刻む田舎道を、車体を軋ませてピックアップは走る。幌をかけた荷台の中では、あなたたちが息を潜めている。恐怖ではなく漠然とした不安、という空気がそこには満ちていた。
 ‥道の果て、鉛色の空の下に、丘陵を背後に小さな入江をもつその漁村が見えてきた‥

●参加者一覧

赤霧・連(ga0668
21歳・♀・SN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
戌亥 ユキ(ga3014
17歳・♀・JG
ネイス・フレアレト(ga3203
26歳・♂・GP
坂崎正悟(ga4498
29歳・♂・SN
佐竹 優理(ga4607
31歳・♂・GD
リン=アスターナ(ga4615
24歳・♀・PN
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA

●リプレイ本文

「自由放送局ミッドナイト」

参加PC:
赤霧・連(ga0668
新条 拓那(ga1294
戌亥 ユキ(ga3014
ネイス・フレアレト(ga3203
坂崎正悟(ga4498
佐竹 優理(ga4607
リン=アスターナ(ga4615
レールズ(ga5293

「ザ、ザザ‥こちら、ミッドナイト‥自由放送局ミッドナイト‥」
 今日もまた、ノイズのむこうから声がする。深夜0時から15分だけ届けられるその放送は、目的も送信者も一切不明だった。敵性放送ではないようだが放置しておく理由も無い。依頼を請けブエノスアイレスを出発してからから丸一日、発信源と思われる海辺の村へと、一行を乗せたピックアップは向かっていた。
「見事に何もないところですねえ」
「あら、これはこれで絵になりますよ? 静かでいいですネ」
 幌の隙間から外をうかがい、ネイス・フレアレトが呟く。その言葉に応えているのは赤霧・連だった。
 それにしても寒い。ワゴンを調達できなかったため、吹きさらしよりはと幌をかけたが防寒の役には立たない。ヒーターなどは夢のまた夢だった。
「村が見えたぞ」
 運転席から荷台へ開いた小さな窓へ振り返り、坂崎 正悟が呼びかける。と思うとぐっと車体が揺れ、ピックアップはほどよい大きさの岩陰に潜り込みエンジンを止めた。
 戌亥 ユキがポットから紙コップにコーヒーを注ぎ、皆に手渡してゆく。その湯気で顎を温めながら、ピックアップの荷台で作戦会議が始まった。
 ここからは歩くしかない。大勢のよそ者が車に乗って現れたら、バグアどころか村人が警戒するのは目に見えている。火薬庫に火種を放り込むようなものだ。
「武器は各自で管理してくれ。無線機は確認できたか?」
「OK。バッテリーは満タンだよ」
 新条 拓那が無線機の表示を確認し、ポケットに納める。
「私もOKです。じゃあ、私と新条さん、赤霧さんは村へ行きますね。役柄はっと‥‥戦火を逃れてブエノスアイレスへ向かう避難民、ですね」
 ポットと紙コップを片付けたユキが、やはり無線機を操作して得心する。
「OKです。私達はとりあえず港‥‥というより船着場に行ってみます」
 レールズも同行する佐竹 優理とネイスへ向き直って頷いた。
「俺とリンさんは、撮影のフリをしてちまちま探ってみるよ」
 正悟が報道カメラマン、それにくっついて行くリン=アスターナが後輩といった役どころだった。
「漁村ということは少なくとも食料はありそうですね、何か食べたいなあ」
 ネイスの暢気な口調に微笑みながらも、一同はピックアップを降り、あたりに注意を払いながら村に向かっていった。
 村の入り口まで20分は歩いただろうか、錆びたアーチをくぐると、轍の残る道が小さな広場へと続いていた。ふと見上げれば、教会らしい尖塔には鐘がない。空白を冷たい風が吹き抜けていくばかりだった。
「お、店だ。開いてるかな?」
 拓那がめざとく見つけたのは、漁具を壁にひっかけたバーとも食堂ともつかない店だった。窓の向こうには雑貨も並んでいて、おそらく村で唯一の物販店なのだろう。
 そちらへ足を進めた三人と別れて、正悟とリンは横丁へと足を進めていった。

 軋む木戸を押し開けて三人が入ると、薄く警戒の混ざった視線が届く。連はそれを避けるそぶりでカウンターに近づくと、声のトーンを落として呟いた。
「すみません‥‥ブエノスアイレスへ行く途中で車が故障しちゃって。このあたりで、自動車を直せそうなところってないですか?」
「ああ、機械のことなら教会にいるスミスさんかな。漁船のエンジンも直してる‥‥あれ? さっきまでそこにいたのにな」
 店主の視線の先には、空の皿とワイングラス、何枚かの硬貨があるだけだった。

 一方坂崎とリンは、目立つ存在の教会へと近づく。傷だらけのドアをノックしても、返事はなかった。
 リンがそっとドアを開けて中をうかがう。空気には油の臭いが溶けていた。闇に目が慣れてくると、転がっている機械や工具が見える。工場か作業所といった風情だった。
 もう少しよく見ようと正悟が居住まいを変えたとき、
「何か用か」
 ぶっきらぼうな声がした。
 二人がそっと振り返ると、よれよれになった軍用コートを羽織った男が立っていた。明らかに警戒の表情を浮かべている。それを打開しようと、まずは正悟が動いた。
「これはどうも失礼しました、私メトロ・ジャーナルの」
「カメラマンか。撮るのは勝手だが何もないぞ」
 正悟が持っているカメラに視線を走らせて、憮然と男が呟いた。
「あの、こちらがお住まいですか?」
 レンが丁寧に礼をしたあと問いかける。だが男は視線もくれないまま
「そんなことどうだっていいだろう。それより、どいてくれないか」
 道を開けた二人の間を抜け、男がドアの向こうに消えようとしたとき、
「スミスさーん!」
 凍てついた風を切って、よく通る声がした。スミスと呼ばれた男にもそれは聞こえたらしく、ゆっくりと声の方へ振り返る。つられて正悟とリンもそちらを向いた。
 広場をまっすぐ突っ切って、連・拓那・ユキが駆けてくる。白い息を盛大に吐きながら三人は急停止して、あたふたと礼をした。
「すいません、大声でお呼びして。車を直していただけると、店で聞いたものですから」
「‥‥一応はな。だがレッカー車はないから、ここまで持ってこれるのか?」
「なんとかなると思います」
「じゃあ持ってきたら知らせてくれ。陽が沈むまでにな」
 それだけ言うと、スミスは大きなドアをバタンと閉じた。
「‥‥」
 しばしの沈黙が場に落ちる。ユキが店での出来事を簡潔に説明すると、
「なるほど。技術者ならラジオ放送の設備をこしらえてもおかしくないですし、教会の塔はアンテナも建てやすいでしょう。車を話のきっかけにするのもいいかもしれません」
 皆に異存はなかった。
「俺が車を取ってくるから、みんなは店に戻ってよ。大勢が集まっていられるのはあそこくらいだと思う。食事もできるしね」
「わかった。ほら、これ」
 正悟からキーを受け取った拓那は、踵を返して駆け出していった。

「佐竹さんレールズさん、ここ、何か変ですよ」
 港とはお世辞にもいい難い、古ぼけた漁船がいくつかもやわれているだけの船着場で寒風に耐えながら探索していたネイスは、ふと気づいて二人を呼んだ。
「ホラここ」
 ネイスが指差したのは、港では珍しくないもやい杭。そこそこ大きな船でも繋ぎとめられそうな太さのものだった。
「新しい傷がついてます。しかも同じ方向に」
「貨物船でも繋留したのかな?」
「いえ、船を繋ぐロープは麻だから、ここまで杭を傷つけないでしょう。細身の金属ワイヤーだと私は思います」
「ワイヤーらしいものでついた、新しい傷‥‥つい最近、ここに何かを絡めた人がいる、ということですね。でも何のために?」
 レールズが腕を組んで一人ごちたが、ゴウッと吹き荒れた寒風がそれにピリオドを打った。
「ううう、もう限界ですよ。目ぼしいものもなさそうですし、一回村へ行きましょう」
 ネイスの提案に、二人とも異議を唱えなかった。入江へ吹き降ろす風は心底冷たく、立ったまま凍死させるような恐怖を孕んでいたのだから。
 無線機を使うまでもなく、一同は合流を果たした。無線機で拓那と連絡を取り、村の入り口まで来たピックアップからパーツを抜き取って故障車に仕立てる。8人がかりで息を切らしながら、それをスミスのいる教会へと押したてていった。
「持ってきたか。じゃあ、見るとするか」
 教会の、正しくいえば元教会の中にピックアップを納め、作業灯をつけてスミスがエンジン部分を覗き込む。だがものの1分もかからないうちに、険しい表情で皆に迫ってきた。
「おまえら何者だ」
 誰かが唾を飲む、その音さえも妙に大きく響く。
「こいつは故障なんかじゃない。避難民というのも嘘だろう。俺が目当てか? それともこの村が狙いか」
 スミスの口調が厳しさを増してくる。手に握られたスパナが剣にも見えた。
「いまさら隠し立てしても仕方ないですね。私達はUPCからの依頼で、この付近で発信されているらしい、ラジオ放送の調査に来たんです。あなたのような技術者なら、何かご存知かと思い、ヘタな芝居をしました。申し訳ありません」
 リンの言葉に、わずかながらスミスの緊張がほぐれた。
「‥‥邪魔だけはしないでくれ。放っておいてくれ」
 スミスはスパナを放り出すと、外へと続くドアへと向かった。
 乱暴にドアが閉まった後、窓辺にかけよった正悟の目に広場を出てゆくスミスの背中が見えた。
「あっちは港の方ですね」
 連の肩越しにレールズも闇を見据える。
「追いかけよう。彼がミッドナイトのDJなら、港に機材があるかもしれない」
 広場から港までは大人の足で5分もかからない。慎重に距離をとりながら、スミスを追いかけて皆は走った。
 その時、
「!」
 最初に拓那が、次いで全員が気づいた。めいめいの武器がその手には握られている。
「飛行型の‥‥キメラか!?」
「わからん。急ごう! 彼が危ない!」
 港ではそれに気づかないスミスが、黙々と作業を始めていた。バラック小屋に隠していたボンベからガスを風船に詰め、大人の両腕に余るほどの風船を膨らませる。それにワイヤーを繋ぎ、一筋の細い道を夜空に刻ませがら、徐々に高度を上げてゆく。そこへ駆けつけた全員が、すばやく空とまわりを見回した。
「スミスさん!」
「邪魔するなと言っただろう!」
 スミスの剣幕にもたじろがず、連が声を張り上げる。
「逃げてくださいっ!キメラがこっちへ来ます!」
 スミスが目を見開いた。先程の枯れたような雰囲気は消し飛んでいる。バラック小屋飛び込んで戻ってきたときには、いかにも古びたショットガンが握られていた。
「どこだ、どこにいる!」
「落ち着いてください! まだ見えてません!」
 ヘタをすると皆を向きかねないショットガンを押しとどめるように、ユキが諭す。他の面々は見えない敵を求めて、夜空に感覚を走らせる。
「!」
 最初に気づいたのは拓那だった。
「いた! あそこ、1‥‥いや、2匹だ!」
「どこですか? 見えません!」
 いきり立っていたスミスがその時、ワイヤーの挙動を見て声を上げた。
「風船だ! たぶん風船にとりついている!」
 言いざまスミスがショットガンをぶっ放す。ポンプアクションを重ね、弾が尽きればポケットから予備の弾を取り出して詰め替え、また撃つ。だが手ごたえは無かった。
「くそっ、弾が届いていない!」
 両腕で銃を構え、丁寧に射撃を始めたネイスも、弾倉一つを丸々使いきり首を振る。
「こっちもダメです。この高度差でハンドガンでは相手のフィールドを破れません」
 万事窮すか、と皆が焦りを覚えた時、正悟がひらめいた。
「教会の塔から俺が狙撃する! しばらく撃ちまくって相手の注意を惹いてくれ!」
 そのまま正吾は駆け出し、たちまち教会へとたどりついた。ピックアップの運転席を倒し、シートバックの空間から厳重に梱包された銃を取り出す。
 その時無線機からけたたましいアラームが響いた。すばやく通話ボタンを押すと、距離が近いせいかクリアーな声ガ聞こえてくる。
「俺だ、スミスだ! 狙撃するなら風船を狙え、ヘリウムが手に入らなかったんで水素を詰めてある。そう量は多くないが助けにはなるはずだ!」
「ハナからそのつもりさ。もう少し頑張ってくれ」
 通信を終えると、正悟は銃と付属品を抱えて一気に尖塔へと駆け上った。ここからは村が一望でき、港の空にはかすかに火花が見える。弾丸がキメラのフォースフィールドに弾かれて火花を散らしているのだろう、漆黒の中でその閃光はありがたい目標だった。
 スコーピオンのバイポッドを尖塔の縁にかけ、レバーを引き、弾丸の最初の一発を薬室へ送り込んで準備は完了した。
 正悟は目を閉じた。眠りに落ちるような感覚のあと、腕のエミタ・ユニットにぽうっと燐光がともる。心臓の鼓動がゆっくり減速してゆく‥‥
「‥‥よし」
 静かに開いた目、その左目には照準のレティクルが浮かび上がっている。工芸品を触るような手つきで狙撃銃を構え、「弾道に意識を乗せ」てゆく。スコープは使わない。
 五秒‥‥十秒‥‥十五秒にさしかろうとした時、かすかに動いた指が引鉄を絞った。
 弾丸は風船のほぼ中心を貫き、狙い通り水素ガスに火をつけて空に火球をこしらえた。無論その程度で倒されるキメラではないが、爆発の至近でまともに衝撃波を食らったのはたまらない。耳障りな悲鳴を上げながら、2匹がほぼ同時に落下してきた。
「よっしゃあ!」
 拓那が雄叫びを上げ、まずは飛び立てないよう羽根をめがけてソードを振るう。もう一方は優理が引き受け、それぞれが一刀の元にキメラの飛行能力を奪った。
 こうなればあとは容易い。ショットガンの散弾が、エミタによって格段に強化されたハンドガンの弾が、ものの数分とかからずにキメラをずたずたの躯と変えた。
「‥‥一年ほど前のことだ。俺は負傷除隊して、子供の頃住んだことのあるこの村に戻ってきた」
 戦いが終わり夜が明けはじめたころ、教会に戻って長い休息をとっていた面々へ、スミスが過去を語りはじめた。
「戦うことが嫌になっていた。俺は娯楽が欲しかった、いや、‥‥娯楽に逃げこみたかっただけなんだ。そんな時、港の倉庫で壊れかかった無線機を見つけた」
 皆、黙って聞いている。
「送信設備に改造するのは簡単だったが、電波を飛ばすアンテナが無い。考えた末に、風船にワイヤーをつないで長いアンテナにすることを思いついたんだ‥‥あとは知ってる通りだ」
 スミスの表情からはすっかり険が消えていた。
「ほむ。大勢の人が、あなたの放送を楽しみにしているんですネ」
「そう言ってくれるとありがたいな。だが‥‥もう風船が無い」
「ああ、それなら大丈夫だ。教会の尖塔に避雷針が残っていた、あれを使えば多少は効率が下がるかもしれないが、アンテナの代わりになるんじゃないか」
 よく晴れた空の下、ちょっとした作業は始まり、すぐに終わった。港から機材をピックアップに積み込んで教会へ運び、残ったワイヤーを尖塔に引っ張り上げて避雷針に繋ぐ。簡単にテストしたあと、村の入り口まで見送ってくれたスミスと別れて、一行はブエノスアイレスへの帰路へとついた。

 報告。
 調査対象の漁村にて探索活動を行うも、自由放送局ミッドナイトの痕跡は発見されず情報もなし。住民を無用な戦乱に巻き込まないためにも、以降の調査継続は必要を認めず。
 字にすればただそれだけのレポート。だがそれは、ミッドナイトを守りきった誇りをそれぞれの胸に刻む、無形の勲章だった。

 そして今夜も声がする。ノイズの彼方から、あの声が。
「こちら、ミッドナイト‥‥自由放送局、ミッドナイト‥‥」

−完−