タイトル:落ちてきた絶望マスター:鴨山 賢次

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/02 01:32

●オープニング本文


 締め切った窓が、谷風を受けてガタリと鳴る。
 うたた寝していたのか‥‥。座席に沈んだ身体を起こすと、脇に立てかけた刀が膝の上に倒れてきた。
 刀を手に取り、立て付けの悪い窓を持ち上げる。吹き込んできた風が心地良かった。
 視界に広がるのは一面の緑と、青い空。
 一人旅だ。孤児院に居た頃は、フランスを出て旅をするなんて考えもしなかった。


 北欧の山地を列車が進む。
 僕‥‥トマ・マズリエは、谷間に引かれた路線を進む、少しおんぼろな列車に揺られていた。
 少し前に受けた依頼で、一緒になった仲間を失った。比較的平和なこの地方に居るのは、遺品を家族に届けようと思ったからだ。
 遺体や遺品はULTに回収されてしまったけれど、借りていたガントレットを渡しそびれてしまった。それを遺族に届けようと思った。
 高速艇を使おうか迷ったけれど、気持ちを整理したかった事もあって、列車を使っている。

 そういえばお腹空いたな。
 腕時計の文字盤は12時を示していて、まばらに埋まった客席でも、ランチボックスが広げられていた。
 売店で買ったサンドイッチを思い出して、カバンを開けた時だった。



 大きな音と一緒に、車両が大きく揺れる。途端、身体が吹き飛んだ。
 前の座席に身体をぶつける。勢いが止まらずに身体が浮く。車両の壁が迫る、覚醒が間に合う。
 事故? とりあえず受身を。怪我人の救助。音は前方から。原因の究明。脱出経路の確保。バグアの襲撃。
 一瞬で浮かんだ案はその程度。身体を捻って受身をとる。
 悲鳴と、何かが壁にぶつかる、嫌な音が聞こえてくる。冗談でしょ?

 窓から前方の車両を見る。線路から外れてる。宙ぶらりんになった車体が、どんどん傾いていく。
 って、この車両も危ない。どうすれば‥‥。


 目に入ったのは連結器。切り離すためのレバー。
 右手には刀。鉄、斬れるかな?
 今なら間に合う。でも、前の車両は落ちる。

 僕の乗った車体が、また傾く。僕は‥‥。




 鉄塊が落ちる。崖を転がる音が聞こえる。僕が落とした音が聞こえる。
 少し先の線路の上に、巨大な岩がある。これが落ちてきたのか。
 この場所も危ない。落石が一つとは限らない。

 見上げると、小振りの岩がまだ振ってきている。

 線路上の岩に、降ってきた石が当たりそうになる。どこかで見た、赤い壁が浮かぶ。
 同時に、後ろの方から何かが落ちる音。どうやら挟まれたらしい。
 怖くは無かった。絶望もしていない。
 あぁ、そうか。憎悪っていうのは‥‥。

「助、て」

 爆発しそうな感情を、列車の中から聞こえた、小さな声が押し留めた。
 岩のようなキメラは動こうとしない。そうだ、今は助けを呼ばないと。

●参加者一覧

花=シルエイト(ga0053
17歳・♀・PN
比留間・トナリノ(ga1355
17歳・♀・SN
伊河 凛(ga3175
24歳・♂・FT
蓮沼千影(ga4090
28歳・♂・FT
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
ジーン・SB(ga8197
13歳・♀・EP
蛇穴・シュウ(ga8426
20歳・♀・DF
鹿嶋 悠(gb1333
24歳・♂・AA

●リプレイ本文

 鼻腔も、網膜も、鼓膜も、ひょっとしたら指先も。トマ・マズリエは自分の全てが麻痺したのだと信じたかった。
 聞こえなくなったうめき声も、自分の手を握る弱々しい力も、全部嘘だと思いたい。 
「もうすぐ、能力者さんが来てくれるから。頑張って」
 目の前の少女に呼びかける。ずいぶんと時間をかけて、頷きが返って来た。
「ほ‥‥と? わ‥‥しのけが、‥‥おしてく‥‥の?」
「勿論。能力者は凄いんだ。怪我もすぐ治る。だから、眠っちゃダメだよ」
 手を離し、少女の頭を撫でて立ち上がる。
(車両を切り離さないと)
 連結器のレバーを引くたびに、車両が落ちる音が頭の中で反響する。
 吐き気を堪えながら、最後尾の車両を切り放す。
 傭兵からの指示通り、怪我人は中央の車両へ集めてある。
 後は、彼等の到着を待つだけだった。



 時は少し前に遡る。
 駆けつけた傭兵達は用意された列車に揺られていた。
「一人でも多く‥‥。連れて帰る」
 月森 花(ga0053)が拳を握り、決意を固めている。傍らでは、宗太郎=シルエイト(ga4261)が被害者達に思いを馳せていた。
「‥‥必ず助けましょう」
 伊河 凛(ga3175)が聞き出した事故現場までは、まだ時間が掛る。
(急いで救出に行こうにも、ここから先は運転手次第‥‥か)
 もどかしさを感じながら、伊河は窓の外を眺める。景色が早足で流れていった。
 同じように窓を見ながらも、景色ではなく上を見つめている者達が居た。ジーン・SB(ga8197)と鹿嶋 悠(gb1333)、そして比留間・トナリノ(ga1355)だ。
 キメラの増援を警戒するジーンと鹿嶋は、前方の空を監視している。飛行可能なキメラが居ては、被害者達の救援は更に難しくなる。
 時折見える鳥の姿に安堵と不安を募らせつつ、二人は流れる雲を睨んでいた。
 トナリノは落石に注意を払っていた。キメラが2体だけとは限らず、自分達の乗っている列車が襲われる可能性もある。自分達が辿り着けなければ、被害者達に未来は無い。
 小さな予兆も見逃すまいと、その大きな瞳で急傾斜の崖を見上げていた。
 列車に備え付けられた無線機では、蓮沼千影(ga4090)と蛇穴・シュウ(ga8426)がトマと連絡を取っていた。
 列車内部の様子を聞き出し、連結の解除を頼む。すると、無線機からトマの呻き声が聞こえてきた。
 トマが車両を落とした事実は、傭兵達には知らされていない。だが、トマの異変を感じ取った蓮沼が無線機の向こうに呼びかけた。
「トマ、どうか気をしっかり持ってくれっ。
 おまえも辛いだろうが、どうか今は車内の皆の希望になってくれっ」
『‥‥はい』
 蓮沼の声を聞き、トマが返事を返す。しかし、その声はか弱い。蛇穴はトマをショックから立ち直らせようと、トマの知人の名前を持ち出してみる。
「ニネット社長から、貴方の事は聞いています。
 もう少しだけ頑張って! 私達も直ぐに参ります」
 息を呑む声が聞こえる。ニネット。蛇穴の言葉は、トマに傭兵になる時の、一つの決意を思い出させていた。
『わかり‥‥ました』
 トマの声に、蓮沼と蛇穴の表情が和らぐ。軽傷者の移動や救援の周知を頼み、二人は通信を終えた。


 現場へと到着した傭兵達は、キメラから離れた場所に列車を停め走り出す。
「キメラに近づきすぎないで、ボクの後ろに居てね」
 月森は5名の医療スタッフに指示を出しながら、キメラとの距離を取っている。
 他の傭兵達は、各々が用意したジャッキや鉄の棒を手にキメラに取り付いた。欲を言えば大型の油圧式ジャッキが欲しかったが、用意できたのは小型の螺子式だけだった。
 それでも、道具の有無で作業の難易度は大きく変わる。傭兵達の準備は最良とも言えた。
「持ち上げるぞ! 1、2、3!」
 宗太郎の声に、傭兵達がタイミングを合わせる。
 豪力発現によって、鹿嶋と蓮沼の筋肉が盛り上がる。人知を超えた能力者の筋力で、数十トンを超えるキメラと地面の間に、僅かな隙間が生まれる。
「お、も‥‥っ。ジーンさん、その鉄パイプを」
「了解だ。借りるぞ」
 蛇穴が顔を紅潮させながら頼むと、ジーンが蛇穴の用意した鉄パイプを何本も隙間に捻じ込んだ。転がっていた手ごろな石を使い、梃子代わりにして力を加える。
 キメラの身体が更に持ち上がる。トナリノが次々とジャッキを仕掛けていく。
「うっうー! ジャッキの設置完了です!」
 キメラを持ち上げていた傭兵達が手を離す。複数個設置されたジャッキは、見事にその重量を支えていた。
 トリナノや蛇穴がジャッキを操作して、順序良く持ち上げていく。
「ちー兄、仕上げといくぜ」
 大き目の岩を用意した宗太郎が、蓮沼に呼びかける。槍や折れたレールを使い、更に大型の梃子を用意しようとした時だった。
「ありゃ?」
 蛇穴がジャッキの操作を止める。持ち上げていたキメラに、岩石以外の模様が見えたからだ。
 乾燥しひび割れた、ねずみ色の肌。丸太のようなそれは、蛇穴にある動物の足を思い出させる。
「象ですかね、これ?」
 蛇穴が左目を細めながら呟く。傭兵達は警戒を強めながら、作業を急ごうとした。
 しかし、キメラが素直に落とされるはずは無い。その巨体が震え、傭兵達に向けて岩石の礫が放たれた。

「戻って!」
 礫による攻撃を警戒していた月森が、瞬時に反応して医療スタッフを下がらせる。
「後ろの皆へは‥‥手を出させないよ」
 身を挺することも考えていた月森だったが、その必要は無かった。小銃を構えると、正確に飛礫を打ち落としていく。
「くそっ」
 ジーンがキメラの攻撃からトナリノを庇う。警戒していたとはいえ、ほぼ奇襲に近い。自身障壁は辛うじて間に合うものの、道具を使うにはいたらなかった。
「ジーンさん!」
 ジーンに抱えられ、その身に守られながらも、トナリノが反撃を試みる。
 岩石を打ち出してきたなら、その装甲が薄くなっているはず。急所を狙ったサブマシンガンの攻撃は、飛礫を砕きながらキメラに向うが、岩の下の装甲に弾かれてしまう。
「硬い!?」
 キメラと距離を取ったトナリノとジーンがキメラを見る。岩の下から現れたのは、艶のある甲羅だった。
「亀さんでしたか。唯でさえお堅いのに、厚着しちゃってまぁ‥‥」
 即座にキメラの傍を離れていた蛇穴がぼやく。彼女が甲羅の下に見たのは、亀の後ろ足のようだった。
 飛んでくる飛礫をシュリケンブーメランで弾きながら、蛇穴が構えを取る。
「列車は無事なのか?」
 月詠で飛礫の軌道を逸らし、あるいは身を避わしながら伊河が叫ぶ。道は完全に塞がれており、向こう側の様子は見えない。
 ただ、前方からガラスの割れる音が聞こえてきた。
「拙いな」
 キメラへの攻撃方法を考えながら、伊河が呟いた。


 列車の後方から銃声が聞こえてくる。傭兵達の戦闘が始まったのだろう。
 トマが傍らの刀を手に取る。応援に向おうとした時、車体が小さく揺れた。
「前のやつか‥‥」
 後方の戦闘は続いている。対応に向かえるのは、自分だけのようだ。
 決意を固める。幸い、恐怖は麻痺しきっていた。


「ちー兄! 向こう側に飛ぶ!」
 ガラスの音を聞き、宗太郎が槍を構える。キメラを越える跳躍なら、崖を利用すればこなせそうだったが、飛礫がそれを許さない。
「援護は任せろ。一人も死なせるなよ!」
 蓮沼がカデンサを回転させ、宗太郎の前に立つ。
 飛礫を弾きながら、蓮沼が走り出す。宗太郎はその影に隠れ、少し遅れて助走を始める。
「跳べ!」
 叫ぶと同時に、蓮沼と宗太郎が跳躍する。槍の長さを最大限に活かし、蓮沼が飛礫を振り払う。
「クールなアクションですね。邪魔はさせません」
 二人の意図を汲み取ったジーンが、スコーピオンで崖側の甲羅を狙い打つ。甲羅に張り付いた岩が砕け散り、宗太郎への攻撃が弱まった。
 崖を蹴りながら、宗太郎が走る。落下しようとする身体を蹴り足で支え、見事にキメラを跳び超えた。
「‥‥やはり、予め二手に分かれるべきだったな」
 列車前方へ走り出した宗太郎の呟きは、止まない銃声に掻き消された。


「さて、お楽しみですよ」
 シュリケンブーメランに練力を注ぎ込み、蛇穴が疾る。並び駆けるのは月詠を操る伊河。
 蛇穴がシュリケンを投げ、飛礫の弾幕に隙を作る。威力を底上げされたシュリケンは、飛礫に押し負けることなく。蛇穴の手元に戻ってきた。
「楽しんでいる時間も惜しいさ」
 射線の隙に飛び込んだ伊河が、下段からキメラを甲羅ごと切り上げた。銃弾さえ弾いたその甲羅があっさりと切り裂かれる。
 斬り返しを同じ亀裂に。キメラの内肉が割れ、赤い体液が噴出した。
 伊河が返り血をかわすと、そこへ蛇穴が飛び込んだ。体液の飛沫を浴びながらも、シュリケンを傷口にねじ込む。
「いえいえ、何事も楽しまないと」
 血化粧を施した蛇穴がシュリケンを捻る。甲羅の亀裂を広げると、小銃のバレルを突き刺して引き金を引いた。
 轟音。体内を鉛弾に食い荒され、キメラが叫び声を上げながら身を起こす。
 立ち上がったキメラが、甲羅に隠していた尾を、蛇沼と伊河に振りかざした。
「させねーよ」
 蓮沼がカデンサを投擲する。
 空を切り、フォースフィールドを破り、放たれた槍がキメラの尾に突き刺さる。肉を抉り、獣皮を貫き、尾を甲羅へ縫いとめた。
「起き上がってしまった時点で、貴方の敗北は決まったのですよ」
 刀を大地に突き刺し、キメラの下に潜り込んだ鹿嶋が、甲羅の裏に手をかける。
「おぉぉぉぉぉおおおおぉっっ!」
 丹田から声を発しながら、全力でキメラを持ち上げる。
 そして乾いた銃声が響いた。
「大人しく伏せているべきでしたね」
 ジーンのスコーピオンがキメラの左足を狙い撃つ。
 片側を攻撃され、キメラがバランスを崩し転倒する。
「こいつは土産じゃねーんだよ」
 甲羅からカデンサを引き抜いた蓮沼が、キメラの下で構えを取る。
 伊河が、蛇穴が、鹿嶋がそれに合わせる。甲羅の内側へ総攻撃を受け、キメラは絶命と同時に谷底へと落ちて行った。



「今です! 皆さん、着いてきてください」
 戦闘を見守り、救護班への合図に備えていた月森が、キメラの落下と同時に声を上げる。
 キメラを倒した6名は、トナリノを残して前方のキメラへと向っている。
(宗太郎クン、無事でいて‥‥)
 恋人を想いつつも、道に散らばった飛礫の跡を確認する。瓦礫の除去と救助のスケジュールを冷静に組み立てながら、月森は列車へと飛び乗った。

 最後尾から乗り込んだの車両、目の前に広がるのは地獄だった。
 吹き飛ばされ、列車前方の壁に激突したのだろう。首が折れているもの、頭蓋が砕けているもの、動かないモノが横たわっている。
「嫌ですね‥‥戦争は。人が傷ついたり、死んだりする事に慣れてしまう」
 赤いペンキで塗装された風景を前にしても、トナリノの心は揺れなかった。ただ、心が揺れなかった事実がトナリノを苦しめる。
 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるトナリノの横を、金色の光を瞳に灯した月森が通り過ぎる。
(生存者0、トマ君が移動させてくれたのかな)
 冷徹に、車内の瓦礫を取り除きながら月森が進む。2番目の車両でも、その歩みは止まらなかった。
 車両の端に少女が座り込んでいる。動かなくなった両親に背を預け、焦点の合わない目を月森に向ける。
(生存の可能性、0)
 戦場や被災地での経験が、少女は手遅れだと告げている。
 フリルのついたワンピースは、元は純白だったのだろう。赤黒く染まった腹部からは、ガラスの切っ先が突き出ていた。
 見捨てる。
 良心が月森を責めたてる。しかし、月森の歩みは止まらない。トリアージとはそういうもので、彼女は自ら買って出た役割を果たしていた。
「お姉‥‥ゃん‥‥ち、の‥‥りょくしゃ‥‥ん?」
 月森の後ろで、トナリノが少女の前に座り込む。ありがとう、と心の中で呟きながら、月森は3番目の車両に入っていった。

「ね、おけが‥‥治してく‥‥るの?」
「うっうー、もう大丈夫です‥‥! 助かりますよ、安心してください!」
 少女を励ましながら、トナリノがガラスに触れると、血流がぶつかる細やかな揺れを感じ取れた。
(動脈に‥‥)
 月森が一瞥で通り過ぎたのも頷ける。このガラスを引き抜いた時、少女の命は終わるのだろう。
「最新の医療設備も列車に載せて持って来ました。
 だから‥‥安心して、目を閉じてください」
 それでも、トナリノは優しい微笑みを少女に向ける。
 少女はトナリノに微笑を返すと、ゆっくりと瞼を閉じた。 



 宗太郎が駆けつけると、トマが折れた刀と歪んだガントレットで、飛礫から列車を守っていた。
「これ以上‥‥死なせてたまるかあぁ!」
 飛礫の射線に割って入り、錬力を注ぎ込んだ我流槍術の奥義を狙う。飛び来る飛礫を、最小限の動作で捌き、キメラに向かい突進する。
 同時に、後方でトマの倒れる音が聞こえる。キメラは既に身体を起こしており、無防備な顔面を晒していた。
 甲羅に残った飛礫は残り少ない。トマが受け止めた分もあるが、列車の衝突によるダメージも大きいようだった。
 宗太郎の身体が炎に包まれ、ランス「エクスプロード」が紅に染まる。
 キメラの顔面に槍の穂先が突き刺さり、瞬時に爆発を起こした。
「まだだぁっ!」
 ランスを引き抜く動作のまま、宗太郎が全身を後ろに反らせる。戦士の身体が再度炎を纏う。
 全身をバネのように引き絞り、反動と共にランスを放つ。顔の側面にあるキメラの目が、宗太郎を見据える。
「終わりだ」
 キメラの凝視を無視し、宗太郎は弾けとんだキメラの鼻先に、腕ごと槍を食い込ませる。
 一瞬の後、キメラは大きくその身を震わせ、地面に崩れ落ちた。

「トマっ!」
 駆けつけた蓮沼がトマを助け起こすと、徐々にトマの傷が塞がっていった。ロウ・ヒールだ。
「僕は‥‥、無力ですね」
 血と共に涙を流しながら、トマが蓮沼の袖を掴む。蓮沼はトマの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「その気持ち、マシなモンだと思いますよ」
 追いついた蛇穴が、俯いたトマに話し掛ける。
「私は憎悪なんて代物で此処まで来ちゃいました。良いか悪いか、自分でも判りませんけどね」
 苦々しい呟きに、トマが顔を起こす。錬力が尽き、薄れ行く意識の中で、風が蛇穴の前髪を揺らした気がした。


 負傷者の収容を終え、列車が町へと戻っていく。
 遠ざかる事故現場に向かい、鹿嶋が黙祷を捧げている。それには追悼だけではなく、謝罪の念も込められていた。
「まだ終わってませんね」
 窓にもたれながら蛇穴が呟くと、近くに座っていた伊河が頷いた。
 キメラとの戦闘後、月森の指示を受けて、傭兵達は瓦礫の撤去に尽力した。動けない怪我人の運搬を手伝い、励ましの声を掛ける。
「遺体が残されたままです。このままでは心苦しい」
 ジーンが言葉を継ぎ足すと、黙祷を終えた鹿嶋が賛成した。

 直ぐに折り返す線路に揺られながら、傭兵達は一時の休息を迎えていた。